shiganosato-gotoの日記

星の巡礼者としてここ地球星での出会いを紹介しています。

2001『星の巡礼 ヨーロッパ周遊の旅 11000km』

                              星の巡礼 ヨーロッパ周遊の旅 11000km』

           Ⅰ ヨーロッパ前半 《スカンジナビア半島・イギリス・アイルランド  5500kmの旅》

 

 

2022年3月、ロシアによるウクライナへの特別軍事作戦が開始され、世界の目がロシア

大統領の前近代的歴史観<大ロシア帝国>により、<国土回復、いや一度ロシア領で 

あった地域は、ロシアの地に還る>というロシア正教独特な考えを見せられることとな

った。

さっそく、本棚に眠っていた旅日記を取りだして、約20年前のソビエット連邦から

解放されて間もない2001年当時のロシアを覗いてみたくなったのでシベリア横断鉄道に

飛乗った。

その後、ヨーロッパ周遊の旅に向かうはずであったが、2023年10月に、ガザを実効支

配する武装勢力ハマスによって、イスラエルへの越境攻撃による大量殺戮と、約260名

にのぼる人質を拉致する事件が起き、急遽 『イスラエル縦断の旅 1100km』 を

取り上げることとなって、横道にそれていた。

 

ようやく、ユーラシア・アフリカ二大陸 38000km の旅にもどり、ここではヨーロッパ

前半としてスカンジナビア半島縦断し、イギリスからアイルランドへ向かうことにする。

ただ、2024年現在、ここスカンジナビア半島も、ロシアと接するフィンランドや、バル

ト海でロシアと接しているスエーデンも、ロシアのウクライナ侵攻をみて、中立政策を

捨て、NATOという相互安全保障条約の傘のもとに加入することとなり、2001年当時の

スカンジナビア半島は、中立地帯として貴重な存在であった。

 

では、バックパッカーの見た2001年当時の、平和なスカンジナビア半島から、イギリス

そしてアイルランドの旅へ、ご一緒しましょう。

 

 

■ 《スカンジナビア半島縦断 5000km 南下の旅》

 

では、《ヨーロッパ周遊の旅 11000km》 の入口、フインランドの首都ヘルシンキに向

かうことにする。

2001年9月20日、ロシア・サンクトペテルブルクを国際列車(アレグロ直通列車・距離

443km・所要3.5h)で出発し、フィンランド首都ヘルシンキへ向かった。

 

      

                 ヘルシンキ行国際列車<ALLEGRO>

 

          《ユーラシア・アフリカ2大陸の旅 38000㎞》 全ルート図

                     

                        <スカンジナビア半島縦断列車の旅 5000km> ルート図

                  

 

■ 9月20日  <フィンランド首都ヘルシンキへ向かう>

 

朝2時に起床、シベリア横断時の収集品や、旅日記を追記し、携行品を再点検、不用品

を選び出し、バックパッカーのモットーである<コンパクトこそ最高>に従ってフィン

ランド行パッキングを行う。

処分する品は、ホテルの部屋係であるおばちゃんにプレゼントすることにした。

 

テレビのCNNチャンネルは、9:11同時多発テロ事件のニュースを流し続けている。

世界貿易センターであるツインタワーでの死傷者や不明者を含めると、約5000名(後日

の報道で、最終的に死者2749名)に達するという。

悲惨なテロ事件に対し、アメリカの出方が注目される。

 

<時の流れが止ったシベリア、広大なロシアからの脱出>

ピロシキとオレンジジュースで簡単に朝食を済ませ、ロシア最後の地 サンクトペテルブ

ルグのソビツカヤ・ホテルを 05:00 にチェックアウト、フインランド駅(サンクト

ペテルブルグのヘルシンキ行発着駅)に向かう。

風邪っ気で頭がぼやけていたのか、シベリア時間にボケていたのか、昨日下見しておい

フィンランド駅への道順を間違えて右往左往してしまった。 どうも、地下鉄の下車駅

を数え間違えたようである。

ヘルシンキ行の列車の発車時間が迫るなか、ぼやけた頭がますます混乱する。

とっさに街路に出て、タクシーに乗り、運ちゃんに事情を説明すると、「お客さんは、

間違った駅に降りたんだね」と事情を察し、夜明けのサンクトペテルブルグの街をぶっ

飛ばしてくれた。

広大なロシアの大地で、タクシーを飛ばすおのれの姿が滑稽に見えたものである。

シベリアと言う優雅に流れる時間に身を任せていたはずなのに、ロシアを離れる途端

に、また時間に縛られた都会人にもどされたのだから、文明は恐るべき機械的な人間を

作り上げているのだと、思い知らされたものである。

 

ヘルシンキ行国際列車>  「赤い矢号」 Красная стрела

   サンペテルブルグ05:53発➡12:17ヘルシンキ

   Train#33 4号車 コンパートメント3(定員6人用)

           男女カップルとの3人の同室

 

                              

                                             <ヘルシンキ行国際列車>ALLEGRO「赤い矢号」
 
 

ヘルシンキ行の国際夜行特急列車<赤い矢 ALLEGRO>に乗車すると、車掌にチケット

と、命より大切なパスポートと添付された出国証明書(ビザ)を回収されてしまった。

いくらパスポート、ビザのコピーを持っているとはいえ、これじゃ、まるで身分を剥

奪された囚人と変わらないではないか。 

それにここはまだロシアであるという緊張感と、丸裸であることに一抹の不安を覚

えたが、コンパートメント同室のロシア人男女は平然としているのを見て、郷に入れば

郷に従えの例え通りに気を鎮めたものである。

乗客へのクッキーとヨーグルト、りんごジュースが配られ、列車がゆっくりとヘルシン

キ駅を後にしたときは、不安も消え去り、ようやく落ち着きだした。

 

これから、広大なユーラシア大陸の3分の一を占めるロシアから、その西に広がる

ヨーロッパへ向かうのである。 それも、この星で一番早くから文明という言葉が定着し、

近代化が推し進められてきた欧州に向かっている。

フインランドは、北欧の一角にあり、ロシアとも1340㎞の国境を接している陸続きの国

である。

歴史的にも、フィンランドはロシアに盗られたり、奪い返したりと、大熊に立ち向かう

森の小人のような関係にある。

小国が隣国である大国に立ち向かうことの困難さを歴史的に学んできた国であり、国民

である。

生存する知恵は素晴らしく、独立国としてロシアに認めさせているのだから、日本も学

ぶべきところが多々あり、興味深い国である。

 

これから、かかる民族的悲哀を歴史的に味わって来た国に入るのだ。

美しい白樺・ピリョーザの国境が続く。 車掌が<出国申請書>を配りに来た、国境が近

いようである。

現在、列車が通過しているロシア・フィンランドの国境付近は、フランスのナポレオン

軍やドイツのヒットラー軍が、レニーングラードを攻撃した折、冬将軍に戦い敗れた原

野である。

 

 

                   

                                   冬将軍に敗れ撤退するナポレオン軍

 

                  

      

              冬将軍に敗れ捕虜となったドイツ軍将兵


 

<ロシア国境の村 Vyborg / ヴィープリ>

ロシア側国境の街<Vyborg/ヴィープリ>では、婦人係官が乗込んできて、「出国カー

ド」・「税申告カード」をチェックし、荷物の個数と中身をチェックするという簡単な

検査に安堵したものである。

なぜなら、これが1991年以前のソ連赤軍による検査であるならば、厳しいチェック、身

体検査、尋問などがなされていただろと想像してみたからである。 

車窓からは、ロシアの貧しいスレートのブリキ屋根、それも温かさの消えた灰色一色で

ある。 厳しい冬将軍をどのようにしのいでいるのだろうか・・・凍える農民の姿が脳

裏に浮かんだ。

 

ロシア国境の村<Vyborg/ヴィープリ>駅で約20分間停車したあと、列車が動き出して

から、乗込んできた国境警備隊による徹底した検査が始まった。

まず、無言でにらみつけるような威嚇の目で、顔とパスポートを確認、その後、名前を

読み上げてまたじろりと一瞥、コンパートメントから乗客3名を外に出し、室内のチェ

ックが行われた。

土足で寝台の階段を上り、天井の隙間やベットの下までめくりあげてのチェックがくま

なく行われた。

多分、麻薬・偽札・銃器・ポルノ・機密情報(パテント・地図・写真)等の持出し、又

は持込の捜索なのであろう。

 

写真機と双眼鏡をベットに出していたのでびくり、どっきり、生きた心地がしなかった

ものである。 ロシア・シベリアでの恐怖を想いだし、フィルムを抜き取らりたり、双

眼鏡を没収されたりしないかと恐れたものである。

今でも不明なままだが、この国境警備隊がロシア側なのか、フィンランド側なのか分か

っていないのであるから、当時の恐怖が分かるというものだ。 

僅かフィンランド国境の村までの十数分間の出来事であった。

今から振返ってみると、同室者の男女のカップルに何らかの容疑、嫌疑または、密告が

あったのではないだろうかと思ったほどである。 

 

それとも、東洋人であるバックパッカーに対して、ロシアを離れるにあたっての最後の身

辺チェックがなされたのであろうか・・・、 ともなれば私はロシア横断中見張られてい

たことになるのである。

この時期2001年、ロシアはいまだソビエット共産体制の崩壊から10年目の、国家主義

体制から民主主義への移行の混乱時期であり、古い秘密警察の機能が引き継がれていた

とするば、私の妄想だけではなさそうである。

 

 

フィンランド国境の村  Vainikkala / ヴァイニッカラ>

09:50am フィンランドに入り、国境の村<ヴァイニッカラ>駅に着いた。

シベリア横断は、ロシアと言う、いまだ冷たい官僚主義的な国家風土の抜けきらない、

コルホーズ的社会のなかに生きながらも、素朴な本来の親しみあるロシア民衆の温かさを

感じたものである。

この瞬間、ロシアという国家権力と、人間本来の純粋なロシア人のギャップに戸惑いな

がらも、民主主義国家であるフィンランドとい童話の国に入ったのである。

そう、スカンジナビア半島というバイキングのテリトリーに入ったのである。

なにか、急に緊張がほぐれ、すこし疲れを感じた。やはりロシア横断中は緊張の連続で

あったのであろう。

 

                 

                                         フィンランド国境の村  Vainikkalaヴァイニッカラ駅

 

         

         

                  フィンランド国旗

 

 

<バイキング>

「バイキング」と口にするとき、すなわち中世のスカンジナビアのバイキングがただ

奪を繰り返した野蛮な海賊のようにイメージしがちである。

スカンジナビアに住んでいたバイキングが、襲撃や略奪を行ったのは確かである。

しかし一方、彼らは遠くまで旅をし、北大西洋スコットランド諸島の一部にも入植

し、アイスランドや、シベリアの川や水路へも進出していた。

グリーンランドに500年にわたる植民地を作り、北米の端にまで進出していたことはあ

まり知られていない。

アメリカは、コロンブスによって発見されたというより、バイキングによって第一歩が

記されたと言ってもいいのではないかと言う説があるほどである。

バイキングは、探検家であり、冒険家でもあったのである。

 

           

                   バイキングのイラスト

 

 フィンランド国境の村<Vainikkala/ヴァイニッカラ>駅からフィンランドの管理官

(兵士)が乗車してきた。 

自動機関銃を肩にかけた、おっかない軍服姿の兵士がパスポートチェックをしながら

日本語で「こんにちは!」、「どうもありがとう!」と笑顔でご挨拶、これが解放され

た自由の国なのかと、緊張から解放されていく自分に気づいた。

フィンランドには、どれくらい滞在し、いつ頃お国へ帰られるのですか」、もちろん

英語である。

「お国には、3日間滞在し、クリスマス頃帰国する予定です」・・・なんと平和な国境

通過であろうか。

 広大なロシアと違って、田畑もきちんと手入れされ、アスファルト道がきれいに整備さ

れている。

白樺・モミの木、松、杉の木立が無数の湖やの池に投影し、美しい北欧の景色が迎えて

くれた。

 

<北欧の男女平等>

ロシア女性のセックスアピールは、本人たちが充分承知、意識した上で男性にアッピー

ルしているようである。

恐らく、ブラジルの情熱的な女性に負けないほどにロシアの女性、とくに独身女性は、

世界で一番魅力を発散させているのではないだろうか。

それに対して、ロシアからフィンランドに入ってまず驚いたのは、男女の違いがなく

そこにはセックスアピールなる物の存在が無く、男女同権たる、高貴なる大人の姿とし

て目に移ったものである。

かえって、凡人たるわたしには、もうすこし女性らしい表現の在り方を追求してもらっ

た方が、世間全体として幸せを感じるのではないかという思いにさせられたほどであ

る。

北欧では、すでに男女平等が達成され、次の段階へと向かっているようだ。

かえって、日本の男女の格差、あり方に後進性を見た思いで愕然とさせられたと言って

いい。

日本も成熟社会に入り、人口減少が問題視されてきた。

フィンランドはじめ、北欧の男女平等による国家維持の手本を、受け入れる時期に差し

掛かっているように思えたのである。

 

 

<水の都 ヘルシンキサンクトペテルブルク

12:17 定刻にヘルシンキ駅に列車は滑り込んだ。

サンクトペテルブルクは水路で結ばれた水の都であり、一方、ヘルシンキは多くの島で

成り立つ<水の都>と言っていい。

古い歴史の中で洗練されてきた両都市とも、水路をつなぐ船・島を結ぶ船の多さに<水

の都>の情緒をよく醸し出しているのである。

ヘルシンキでは、海外からの観光客にあふれ、それもクルーズを楽しみながら北欧の短

い日光浴に体を横たえる老夫婦を多く見かけた。

また、ヘルシンキには世界中の若いバックパッカーが集まっているのではないかと目を

疑うほどのバックパッカー天国である。 

ヘルシンキ中央駅近くの屋外マーケット「Kauppatori(カウパットリ)」や、空飛ぶサウナ

(ゴンドラ)も人気があるようだ。

みな思い思いのバックパック・スタイルで、ここ<バルト海の乙女>ヘルシンキで、ム

ーミンやサンタクロースの物語に浸っているようである。

 

 

                 

                                                               ヘルシンキ駅に到着            

 

                 

                              水の都<ヘルシンキ>の交通手段フェリー       

 

ヘルシンキに数泊したかったが、ユーラシア・アフリカ大陸踏破の途上の事、残念なが

ら今夜の夜行列車で、次に向かうことにした。 というよりも都会のYH(ユースホステ

ル)よりも、田舎の静かなYHに泊まりかったのである。

まずは、腹ごしらえである。 栄養補給のため日本レストラン<古都>か、中華料理

ロータス>で迷ったが、やはり持ち帰りのできるバックパッカーの常食である中華を

選んだ。

何といっても、中華はボリュームがあり、その半分を箱詰めにしてもらい移動中の携帯

食にできる優れものなのだ。

 

  

                    ヘルシンキ市街散策


  

       

                  ヘルシンキ大聖堂

 

フィンランド と ロシアとの歴史的関係>

 ロシアとフィンランドの歴史的な関係は、数世紀にわたり様々な要因によって形成される

以下に、主な時期や出来事を中心に歴史的な経緯を見ておきたい。

 

  ➀スウェーデン時代 (12世紀初頭 - 1809年):

   フィンランドは長らくスウェーデンの一部でした。スウェーデン時代中、フィンランド

   はスウェーデン王国の一部として統治され、スウェーデン文化や統治機構の影響を受け

   ました。この時期、フィンランドの都市や文化が発展しました。

 

  ②ロシア帝国時代 (1809年 - 1917年):

   ナポレオン戦争の影響で、スウェーデンはロシアに敗れ、1809年に結ばれたトルン条約に

   よってフィンランドロシア帝国の一部となった。しかし、帝国内で特殊な地位を保ち、

   自治権を維持した。この時期、フィンランドはロシアの文化的・政治的影響を受けつつも、

   相対的な自治を享受していた。

 

  ➂フィンランド独立 (1917年):

   ロシア革命の影響を受け、1917年にフィンランドロシア帝国から独立を宣言した。

   この出来事はロシア帝国の混乱期に起こり、フィンランドが独立する際には比較的平和的な

   形で行われた。

 

  ④冷戦時代 (1944年 - 1991年):

   第二次世界大戦中、フィンランドは継続戦争(独ソ戦におけるフィンランドの一環)で

   ソ連と戦ったが、戦後にモスクワ講和条約を締結し、ソ連との平和を確保した。

   冷戦時代、フィンランドは中立政策を採り、ソ連との隣国関係を維持しつつ、西側とも

   経済的なつながりを築いた。

 

  ⑤冷戦後 (1991年以降):

   冷戦が終結すると、フィンランドとロシアの関係も変化しました。

   フィンランドEUNATOに加盟せず、中立を維持しつつも、両国は経済的な協力や

   文化的な交流を進めている。

   国境問題や安全保障上の懸念が存在するものの、一般的には平和的な関係が続いていた。

 

  ⑥最近(2024年~):

     2023年のロシアによるウクライナ軍事侵攻を受けて、フィンランドとスエーデンは

    安全保障上、中立政策を破棄し、NATO加盟を申請し、受理された。 

    スカンジナビアである北欧3国はノルウエ―を加え、NATO加盟国となり、ロシアに対峙する

    ことになった。

 

 

▼ 10/20  夜行列車  <ヘルシンキ➡ケミ/KEMI>

  

 《夜行特急列車 #P-69便》 

   ヘルシンキ10/20 22:28発➡(列車)➡ KEMI・ケミ 10/21 09:15着➡(連絡バス・国境越え)➡

   スエーデン国境の街<Haparanda・ハパランダ>➡(連絡バス)➡ Lurea/ルーレア駅

 

           

                 《夜行特急列車 #P-69便》 
   

 《ノルウエ―最北鉄道オーフォート線 列車#ST-4便》

          スエーデン・Lurea/ルーレア駅発➡<最北鉄道オーフォート線>➡ノルウエ―・Narvik/ナルビク

              

             

               ノルウエ―最北鉄道オーフォート線を走る 

                    貨物列車#123

 

    

                    フィンランド鉄道路線

 

 

■ 9月21日 フィンランドに入る    天候・晴れ  気温8℃

 

夜行特急列車 #P-69便は、快適に北に向かっている。

コンパートメントの中段(3段ベット)、ゆったりしたスペースに朝の光が差し込んで

きた。

昨夜、列車に乗込んでから旧ソビエット時代の専制的な官僚制の残っていたロシアから

の離脱に気がゆるんだのだろうか、自由世界の神話<安心安全>の中に吸い込まれて、

無防備にぐっすりと熟睡してしまっていた。

朝6時に起床してから、北欧の洗練された特急列車の設備やもてなし(ミネラルウオー

ター・タオル・石鹸・飴ほか)に感心しながら洗面を終え、食堂車に向かった。

コーヒーを飲みながら、車窓から見る北欧の大自然、そこに隠されている生命の神秘、

大宇宙の営みに触れ、生きる力がみなぎってきたものである。

 

スカンジナビア半島の付け根、ボスニア湾に面するオウル(Oulu)で迎えたフインラン

ドの夜明けの風景<湖・森・夜明け・白樺・パインツリー>をスケッチに収めながら、

スカンジナビア半島の列車の旅をエンジョイした。

 

                    フィンランドの夜明け

                   Oulu近郊 列車の車窓から

                     Sketched by Sanehisa Goto

 

     

           食堂車でスケッチ中 (特急列車 #P-69便/ヘルシンキ➡ケミ)     

 

     

               洗練された特急列車を背に(オウル駅で)

 

<ノルウエ―最北鉄道路線・オーフォート線乗車>

 オウル駅を過ぎると、スエーデン国境に近いKemi・ケミ駅に到着する。

ここからノルウエ―の北極圏にある<Narvik・ナルビク>に向かうが・・・少し煩雑なので、

少し経路について説明しておきたい。

まず、ケミからスエーデン国境の街<Haparanda/ハパランダ>へ連絡バスで移動する。

ここから10:30発バスで、最北鉄道路線<オーフォート線>に乗るため、

始発駅Lurea/ルーレア駅にバスで向かう。

この間、鉄道路線がないためバス移動となる。

ただバックパッカーとして助かるのは、バス代がユーレイル・パスに含まれていること

である。

また、ノルウエー最北鉄道路線の列車に乗れるという夢がかなうので、何一つ苦にな

らないのである。

 

                                      スエーデン国境の街 Haparanda / ハパランダのバスステーション

           ここから連絡バスで Lurea/ルーレア鉄道駅へ向かう

                   Sketched by Sanehisa Goto

 

ハパランダから、ノルウエー最北鉄道路線<オーフォート線>の始発駅とも言える

Lurea/ ルーレアまでは、約2時間のバスによる車窓観光である。

スカンジナビアの国々は、GDPが高く世界で一番豊かな国々である。

美しい白樺の林を見ながら高速道路が南に向かっている。

野生動物の保護、危険な横断を防ぐために、延々と網のフェンスが続く。

 

12:30  時間通りにバスは、ルーレアのバスステーションに滑り込んだ。

次のナルビック行列車<TRAIN#ST-4>は、3時間後に出発するという。 

すこし気分転換にルーレアの街を散策することにした。

ノルウエ―最北鉄道路線、北極圏を走る路線の始発駅と言うことであろうか、

この小さな町に、世界中のバックパッカーが集まったような観がするほど賑わって

いる。

  

                 

                                                              ルーレオ大聖堂 (ノルウエー)

 

 

 

 

            ノルウェーの国旗 - Wikipedia

                           ノルウエ―国旗

 

 

                  スカンジナビア半島 鉄道路線図 

 

 

<ノルウエ―最北の鉄道路線 オーフォート線> 1903年開通、 全長42km

  

       スエーデン / ルーレア駅

       ⇑          

             ➡(国境まで363km)  スエーデン側 / MALMBANAN線 / マルム線

           ⇓ 

     ( ノルウエ―国境)  

                       ⇑          

             ➡(国境から42km)  ノルウエー側 / OFOTBANEN線 / オーフォート線

           ⇓ 

    ノルウエー/ナルビク駅

 

 

            <ノルウエ―最北の鉄道路線 オーフォート線>路線図

         ノルウエー/OFOTBANEN ⇦(国境)➡スエーデン/MALMBANAN線/マルム線

 

  

             ノルウエ―最北の鉄道路線<オーフォート線>

             <ルーレオ➡ナルビク>間を走る列車 #ST-4

                  Sketched by Sanehisa Goto

 

たくさんのバックパッカーや観光客の夢を載せたノルウエ―最北路線を突っ走る列車#ST-4は、

まる銀河鉄道999のように<Arctic Circle / 北極圏>を通過した瞬間、車掌のアナウンス

に、みな歓声を上げたものである。 

 

―いま、わたしはここにいる。 そう、北極圏にいるのだー

北極圏の夕陽がきれいだ、松林の木陰をぬって真っ赤な大きな顔が駆け足で、過ぎ去っ

ていく。

 

《白樺の 木洩れ日舞いし 北極圏》 實久

 

想像していた極寒はどこへやら、外気は10℃、ヘルシンキで購入したマフラーの出番は

あるのだろうか。

夕食は、バックパッカー食<ピロシキ大2個・オレンジ・チョコ>で済ます。 

終点ナルビックには真夜中に到着するので、もしものことを考え非常食としてビスケッ

トは残すことにした。

 

予定では、Kiruna/キルナで泊まる予定であったが、終点のNarvik/ナルビックまで行っ

て、ゲストハウスを探すことにした。 それにしても、なぜか乗客のほとんどがキルナで下車し

てしまったではないか。

後で分かったが、北極圏であるこの辺りの宿や店は、夜8時頃には閉店してしまうと言

うことだ。

ましてや到着予定の 21:00 では、旅行者は路頭に迷うことになると言うことであ

り、まさにその受難者となったのである。

最果ての街ナルビック駅に着いた時、車両に一人取り残され唖然としてしまった。

この北極圏の最果ての街に、まだ少し明かりが残る駅に、数名の旅行者の一人として降

り立ったのである。

侘しさを通り越して、映画の一シーンのような死の町に放り出された。

 

 

                 

                                                          北極圏の明るさ残る街ナルビクに到着

 

<北極圏で野宿をする>

いくら体力があると言っても北極圏の9月下旬、夜中の最低気温である0℃を、野宿で

過ごせるか心配である。

 

▼9/21 野宿  ナルビック(北極圏)   ノルウエ―

 

 

                                     ノルウエ―最北の鉄道路線図<オーフォート線>ルーレオ➡ナルビク

 

 

■ 9月22日 Narvik/ナルビク  ノルウエ―

 

実は、前もってナルビクでの宿泊先としてゲストハウスの所在を確かめていた。

人一人出会わない真夜中の街を歩いて、かすかな望みをもってシティホール近くにある

ゲストハウスに向かった。

ゲストハウスはすぐに見つかったが、灯りは消え、ブザーを押せども応答がない。

真夜中の事、不審者として招き入れられるはずもなく、観念し、朝になれば温かいコー

ヒーでも飲ませてもらえたらと、玄関先での野宿で一夜を明かすことに覚悟を決めたの

である。

北極圏にあるナルビクは、白夜がまだ完全に終わっていないのか、明るさがまだ少し残

っているだけに恐怖は感じることはなかった。

かえって、人の住むゲストハウスの玄関先、いや軒先であるというだけで、厳しい寒さ

であったが安心して眠りにつけたものである。

 

     

               ゲストハウス玄関先での野宿スタイル

 

北極圏での野宿スタイルを記録したスケッチが残っているので紹介しておきたい。

 

       

                           北極圏での野宿スタイル

寒さのため3時間程の仮眠のあと、朝ゲストハウスの玄関の戸を再度ノックしてみた

が、応答がない。 やはり予約客が無く、閉じていたようで、オーナーもゲストハウスを離

れていたようであることが分かった。 

 

北極圏の星を眺めながら、凍てつく夜空のもとで野宿が出来るなどバックパッカー冥利

に尽きるものである。 何といっても<北極圏>というロマンを含んだ響きがいい、夏

だったら白夜を経験できていただろうと思うと、ちょっぴり残念である。

 

寒いはずである、昨夜ナルビクに夜遅く着いて分からなかったが、周囲の山は雪におお

われていた。

しかし、冷えた体を温めるための温かいコーヒーどころではなくなってしまった。

出立の準備をして、北極圏での野宿と言う貴重な体験に感謝し、ゲストハウスの玄関先を離れ、

<ナルビク・バスステーション>に向かった。

 

では、北欧ノルウエ―のフィヨルド、いやバイキングの巣窟のあった入江を、フェリーに

乗ったバスから眺めながらの旅行に出かけることにしたい。

バスには、アメリカ人2名・ドイツ人2名・ノルウエ―人2名に日本人の計7名、もちろん

全員バックパッカーである。 すぐに意気投合、情報交換に話が弾んだ。 

 

 

<バス+フェリー旅行>

Narvik/ナルビク(バス+フェリー)➡Bode/ボーデ経由(これより列車)

➡Trondheim/トロンヘイム行

 

ナルビク 07:30 発  長距離バスに乗り、ナルビクの港からフェリーにバスごと乗船し、

ファウスケ近郊のボーデ港で下船し、列車に乗り換えてトロンヘイムへ向かう。 

ノルウエ―の西海岸は、切り立った崖を持つフィヨルドの入り組んだ国道なので、

途中道がなくなり、フェリーが国道に早変わりし、バスと乗客を乗せて北極圏の船旅を

楽しませてくれるのである。

終点トロンヘイムまで、約900㎞、14時間の、北極圏のフィヨルド風情を眺めながらの

長距離バス+フェリー+列車というロマンに満ちた旅である。

 

フェリーが出航して間もなく、北極圏にあるロフォーテン諸島の山々が、神秘的にそび

えているではないか、さっそくスケッチブックに絵筆を走らせた。

                    

             北極圏にあるロフォーテン諸島を望む   on Ferry<TYSFTORN>

                                            Sketched by Sanehisa Goto

 

 

フェリーから眺めるフィヨルドの景色は絶景である。 人を寄せ付けない厳しい岩場

や、背景の雪を頂いた、神の宿る不思議なほど寒々とした雪渓を持つ山容は、エスチュ

アリー(三角江)というあまり土砂が運び込まれない入江を創り、奥に大小のフィヨル

ドを隠し持つというノルウエ―の海岸でしか味わえない光景である。

ここに、バイキングが隠れ、船を襲ったのかと思うだけで、あの荒々しい海賊風の戦士

を少年時代に愛読した雑誌<少年>や<冒険王>で見たことを思いだしたのである。

 

              

                バイキングのイラスト
                      - KING HAAKON-

               

冬の旅、それも地球最北の北極圏の旅もいいものだ。

遠くの山岳の峰々にかぶさる純白の雪渓の輝きに吸い付けられ、

フィヨルドの入り江に映り、揺れ動く黄葉の縞模様の美しい風情に見惚れ、

白樺林に音を立てて、幾筋もの細い急流が走り、

天どこまでも青く澄み切り、今にも雪が降りそうな冷たさに頬が赤く染まりゆく、

水鳥だろうか、この一枚の油絵の額縁の中を、悠々と飛翔している・・・・・

 

この瞬間、すべて神のなせる業、美しいと言おうか、厳しいと言おうか、人智を越えた

表現が見つかりそうにもない。

ただただおのれを風景に溶け込ませ、率直に美しさを味わった。

 

いつかは、この死を迎え入れてくれる大地のこの美しさに、いかに対処すべきか、この

わたしと言う汚れた肉体が気にかかるのである。

                  

                  

                 スカンジナビア山脈をフェリーから望む

                 (フェリー下船港ファウスケ手前の入江から)

      

フェリー船長から、終着ファウスケ近郊ボーデ港に近づいた時、この先に目には見えな

い北極圏線(北緯66度33分)があるとのアナウンスがあり、乗船客は遠くに横たわる雪

を抱くスカンジナビア山脈に向かって<ブラボー>を叫んだものである。

この旅での2度の北極圏通過は、幻のアトランティック大陸探索にも劣らない興奮を

味わせてくれた。 若い時、船で通過した赤道を懐かしく思い出していた。

 

ノルウエーのフィヨルド海岸とそれを創り出している山々と言うのは、一枚の岩の塊で

できているようだ。 それも古代から、人類がこの世に姿を現わす何万年もの前から、

時間をかけていまの姿を創って来たと思えば、自然の偉大さに驚嘆させられるのである。

 

<スケジュール変更>

ナルビクを出て、約5時間で<バス+フェリー>は、250km 先のボーデ港(ファウスケ

近郊)に着岸した。

目的地であるトロンヘイムまでは、ボーデ港よりファウスケ経由897㎞もある。

昨夜の睡眠不足を取り戻すため、港にある<ボーデ・ユースホステル>に急遽泊まるこ

とにした。

睡眠不足では、フィヨルド探検の醍醐味も半減してしまうので、思い切って予定を変更

したのである。

YHは、ボーデ港バスターミナル・ビルの2階にあり、便利だったことと、近くに中華料

理店があり、毎日バックパッカー食である携帯食ばかりで、美味しく栄養のあるものを

摂る必要があったことが予定変更を決心させたのである。

 

ボーデ港のチャイニーズレストランは、「竹龍」という。

肉と野菜たっぷりのローメン、シュリンプ・カクテル、ワンタン・スープに、ライス付と、

豪華に注文した。

もちろんノルウエーのクラフトビール<OSLO>で乾杯。 コーヒーで締めくくった。

                  

                                                           フェリーは<ボーデ港>に着いた

                                                                     Ferry<TYSFTORN>

 

                                                           ボーデ港で出会ったハーレ仲間と

 

ノルウエー性風俗二景、素っ裸でシャワルームより出てきて前を隠さず立ちはだかる若

い女、トイレでこちらの一物をじっと眺め、ぶつぶつ言っている中年男、東洋の美青年

にモーションをかけているのだろうか・・・・(笑い)

 

▼  9/22 宿泊 <BODO VANDERHJEM Youth Hostel> (ボーデ/ノルウエー)

 

                 

                                                          BODO VANDERHJEM Youth Hostel

 

 

                 

                                               ボーデ・ユースホステルのドミトリーで

 

 

 

■ 9月23日 列車移動 <ボーデ駅➡ファウスケ経由➡トロンヘイム> 

 

静かな日曜の朝、午前中は海を眺め、フィヨルド迫る街を散策し、ヘルシンキ以来の過

密スケジュールからくる疲れをとることにしている。

ボーデの街を散策し、句を作りスケッチをしながら過ごすことにした。

 

ボーデは、ちょうどノルウエー南北の中間点にあり、多数の島々と船で結ぶ交通の要所とし

て栄えた半島の先にある。 また鉄道路線とも接続しており、南北に走る国道、陸の要

所である<ファウスケ駅>にも近く、観光拠点としても栄えているようである。

いかにもバイキングの住処のような雰囲気を醸す静かな漁港でもある。

 

肌を刺すような冷たい潮風が、アイスランドの方から吹き付けてきている。

 

  妖精の 住すフィヨルド 雪帽子   實久

 

  バイキング 太古背負いし 雪の谷  實久

 

  白樺に 木洩れ日踊る 北極圏    實久

 

 

                     <ボーデ港散策>

 

 

                   ボーデ港・ノルウエー

                   Sketched by Sanehisa Goto

 

 

始発駅である<ボーデ駅>11時35分発の列車Train#472で、ファウスケ経由、トロンヘ

イムに向かう。

列車での相席のノルウエーの女子学生さん、ローズ嬢とリン嬢からノルウエー人の人生

観や国民性、習慣について聞かせてもらう。 二人は、オスロ近郊に住み、ボーデの

ジャーナリスト・インスティテュート>に週3日かよっているとのことである。

とくに、世界観としてトルストイの言葉「光あるうち、光のなかを歩め」に話が及び、

北欧青年の宇宙観を聴くことが出来た。

それは、キリスト教化される前のノルド人(ノース人)の信仰に基づいており、興味あ

る話であった。

 

北欧ゲルマンの世界観では、この世は九つの世界から成るといわれ、

その一つに、神々と混沌による大いなる戦いで、命あるすべての存在が死に絶えるとさ

れた、北欧神話における最終戦争<ラグナロク>という世界観があるという話をしてく

れた。

仏教にも末法思想という考えがあり、「この世の終わり」を意味する終末的思想がある

ことを伝え、お互い「今を生きる」大切さを認め合った列車の旅となった。

バックパッカーとして世界を放浪していると、おのれの齢を忘れ、つい青年の情熱に浸

ってしまうのである。

この列車には、日本では見られない子供車両<Kid‘s Car>を連結しており、内部を見学

させてもらった。

また車窓よりノルウエーの風景をスケッチし、楽しんだ。

 

 

      

                フェリーと列車が接続するボーデ駅にて

 

        

                    Train #472 Kid‘s Car

                                                             Sketched by Sanehisa Goto

 

                             

                                         車窓からのNaeroyfjord/ネーロイ・フィヨルド風景

                  

                                            Naeroyfjord/ネーロイ・フィヨルド (車窓からの風景)

 

 

                                                         トロンヘイム近郊の星空と日の出風景

                       Train#472の車窓より

                                                                 Sketched by Sanehisa Goto

 

列車内での夕食は、バックパッカーらしく、中華のテイクアウト<肉・野菜炒め+ライ

ス>にローズ嬢差入れの生のニンジンをいただく。

目的地であるトロンヘイムには、21:35に着き、オスロ行きの夜行列車に乗り換え

て、翌日朝 07:00 にオスロに着く。

 

▼ 9/23 列車泊   <21:35着 トロンヘイム 22:30発 ➡夜行列車乗換 ➡翌日07:10着 オスロ

                                                               

               

                                                                 オスロ➡ベルゲン 特急夜行列車にて  

 

           

■  9月24日  夜行列車<オスロ ➡ ベルゲン>

 

朝一番、食堂車でコーヒーをいただきながら、遠く明けゆくスカンジナビアの峰々の息

吹きを感じ、心の平安と、豊かな恵みに感謝した。 コーヒーを口にしながら夜明け前

オスロ近郊のスケッチを画き上げた。

 

                                                                  オスロ近郊<夜明け前>

                                                              Sketched by Sanehisa Goto

 

     

               ノルウエ―鉄道の特急夜行列車

なんとゆっくりと、心豊かな時間をノルウエーの人々は享受していることか。

静かに自然と溶合い、時の流れに逆らわずに生きている姿に人間としての尊厳を見る思

いである。

同乗のローズ嬢とリン嬢との別れを惜しむ。 ジャーナリストとしての夢が成就するよう

に祈り分かれた。

 

07:10 ベルゲンへの乗換駅オスロ駅に定刻到着した。

     さっそく、駅構内でベルゲン行のサバイバル食料(バナナ・リンゴ・ビスケット・

     水 38KR)を調達する。

 

08:25発  ベルゲン行の列車は、1等車のみの列車編成、それもユーレイル・パスが使え

     るという。

     ミュージック・イヤホーンサービス、ソフトドリンク・赤ワインサービス、アペタ

     イザーとゴージャスなサービスである。

     食堂車でいただくランチも、バックパッカーとしては贅沢そのものである。

            アペタイザー(サーモン・ブルベリー・ライム)、バター味付きポテト+ローストビーフ

             赤ワイン、フルーツ(オレンジ・ストロベリー・アップル)、パン、バター、ジャム、

             コーヒーと、   

 一流ホテル並みである。

 

                             

     

      

               ユーロパス1等車 <夕食メニュー>

 

ノルウエーの人々、いや北欧の人々は、<生きる喜び>を感じることにたいして貪欲さ

が見られる。 それを成就するための工夫をし、国を挙げて総力を挙げ、全員で勝ち取る

姿勢が凄いのである。

女性70%の就労という男女平等社会の実現、社会保障制度の充実に見る「高福祉・高

負担」の分担、年金制度による老後保障政策の充実など、その社会福祉政策は日本も

見習うべきところが多々あると云える。

高齢少子化を迎える日本には、いまだ25倍の人口を抱えているのである。

ノルウエーは、500万人、東京都の半分以下の人口で<豊かさ>を感じる国造りに励ん

でいるのである。

 

少し、ノルウエーの生活をのぞいておきたい。

物価で見ると、日本と同じだが、ロシアの倍だろうか。 

サンドイッチが49KR(約600円)である。

Credit CardのVISAが使えなくなり、AMEX(アメリカン・エクスプレス)Cardに切り

替える。

女性の化粧は、男女同権を掲げる国らしく、素顔が多く、歩き方もどちらかと言うと男

性的である。

幼児や、子供の育児にも男性の参加が進んでいて、乳母車を押す父親の爽やかな姿が印

象的である。

 

フロムへの山岳列車乗換駅ミュダール駅手前のFINSE駅付近(12:35)で、「現在、列車

は 1228m 地点を通過中」とのアナウンスがあった。

どうも、ノルウエー鉄道路線の最高地点を越えているようである。

1800m級の峰々は雪帽子をかぶり、観光客を歓迎しているようである。

フィヨルドは、100万年もの長い時間をかけて氷河が山塊を削り、創り上げられた偉大

なる造形作品である。

 

フィヨルド観光の入口・フロム / Flamへは、トロンヘイムからの道路はない。 複雑なフィヨルドを避けて、列車によりオスロ経由でしか行けない。

   

                                           乗車路線<ボーデ➡トロンヘイム➡オスロ➡ベルゲン>

                                        Bodo➡Trondheim➡Oslo➡Bergen

 

ミュルダール/Myrdal駅で、13:30 発フロム/Flam 行の山岳列車、日本からのフィヨル

ド観光の団体客であふれる列車に乗換えた。

山岳列車は、美しいフィヨルドのオンラインにあり、人を近づけさせない岩の塊という

厳しい急こう配を下っていく。 その間、植栽を許さない岩壁からきれいな滝が流れ落

ち、フィヨルドに一幅の水墨画を見せてくれるのである。

もちろん、この滝は氷河や万年雪の融水である。

よくもこれらの巌岩にトンネルを穿ち、山岳鉄道を敷設したものである。

 

お召列車のように急こう配のトンネルを潜り抜け、ゆっくりと進む山岳列車は、次々と

景色を変え、楽しませてくれる。 乗客は、自由に席を移動して、氷河や雪渓を楽しむ

ことができる。

秋真っただ中のノルウエーのフィヨルドは、特に紅葉が美しく、目を楽しませてくれ

る。

                       

                 

                              ノルウエ―・フロム路線最大の滝<ショースフォッセン/Kjosfossen>

 

ミュルダール / Myrdal駅から、フィヨルド観光の基地フロム / Flam駅へは、標高差900m

を一気にシーレベルまで下る山岳鉄道で、世界で最も美しい路線ともいわれている。

なかでも、途中下車して見せてくれるショースフォッセン(ショース滝)は圧巻であ

る。

フロムを中心とする、世界遺産ソグネフィヨルド>は、大きな山とフィヨルドですっ

ぽり囲まれたフェリーによる観光拠点である。

また、フロムは、海賊バイキングや北欧神話の雰囲気を残す村で、クラフトビールの醸

造所(エーギル・ブリッゲリーエ社)の建物やその内部のインテリアにその影響を見る

ことができる。

 

ソグネフィヨルド観光> 

世界遺産である<ソグネフィヨルド>へは、ほとんどが観光ツアー参加の団体客であ

る。

こちらは、単独のバックバッカ―、現地のフィヨルド・ツアーに参加した。

 

 

                 

                                          バイキングの影響が見られるクラフトビール醸造

 

                 

                                                     フェリー観光船よりソグネフィヨルド観賞          

 

                                                         世界遺産ソグネフィヨルド>を堪能

 

              世界遺産 ソグネフィヨルド観賞拠点<フロム>

                ―観光フェリー & 山岳鉄道列車―  

                  Sketched by Sanehisa Goto 

 

 

     

              ノルウエ―・フロム線 山岳鉄道列車 17-2227

                    <Flam ⇔  Myrdal>
 

                  

                 世界遺産ソグネフィヨルドの景観

                     Sketched by Sanehisa Goto

 

観光フェリーによるクルージングから見上げる氷河によって削られた深い谷と、断崖絶

壁の頂に残雪の残る絶景や数多くの幻想的な滝を堪能した。 時間を惜しんでスケッチ

にも励んだ。

 

フェリーは、約2時間のフィヨルド観光を終え、終着港クドヴァンゲンに到着した。

ここからは、バスに乗換てベルゲン鉄道のボス駅に向かい、 ノルウエーの第二の都市

ベルゲンに立ちより1泊することにした。

 

               

                                     バスでクドヴァンゲンよりボス駅に向かう小休止のホテルにて

 

今夜は、フィヨルド観光の入口でもあるベルゲンの<モンタナ・ユースホステル>に宿

泊する。

モンタナYHへは、路線バス#31で、13番目のバス停で降りる。

 

▼ 9/24  Montana Youth Hostel泊 (Bergen)

 

     

            Montana Youth Hostel

           Bergen/Norway

               

 

 

■ 9月25日  <ベルゲン➡オスロ

 

モンタナ・ユースホステルのドミトリー(6人部屋)では、オーストラリアの青年アン

ドリュー、ビッキー、ジョリー3人組との相部屋である。 彼らはIT企業に勤務し、バケ

ーションをとってスカンジナビア半島を旅行中とのことである。 

夕食に招かれ、自炊で作ったベーコン入りクリームソース・マカロニをご馳走してくれ

た。 自分たちでクックしながら旅行を楽しんでいる素敵な青年たちである。

こちらも、赤ワインとチキンサンドを差入れて食卓を飾った。

 

今朝は、同室のオーストラリアの青年たちに朝早く別れ、ひとりノルウエーの原風景を

楽しむため、駅までの4㎞を、徒歩で2時間かけてゆっくりと散策を楽しんだ。

     

          早朝、ベルゲンの港町を見下ろしながら列車駅に徒歩で向かう

            

                ベルゲンを取巻く氷河をいだく峰々

 

この海に向かって開けたフィヨルドの街 ベルゲン(ノルウエー第2の都市・35万人)

にも、ここでしか味わえない北欧の生活に出会えた。

まず気付くのが、自転車による通学・通勤の圧倒的な多さである。 <エコイズム>を優

先させ、整然と整理された自転車道の素晴らしさ、ヘルメットの着用、交通規則の徹底

など、車に優先させた思想<ユックリズム>の広がりに目を見張ったものである。 車も

歩行者第一、安全に徹した運転に感心させられた。

また、いたるところで乳母車を押し、公園でブランコを押し、子育てをする多くの

若き父親の姿に出会った。

 

 

                ノルウエ―・ベルゲン・メルケン街

                  Sketched by Sanehisa Goto

 

 

   

                    ベルゲン駅で朝食を

 

ベルゲン 07:58 発の列車#62 は、オスロに 14:45 に着く。

 

ノルウエ―の山岳鉄道列車は、氷河を抜けて突っ走り、乗客は好きな席に移動して美し

い雪渓や、氷河を楽しむのである。

9月末のノルウエ―の紅葉もまた素晴らしい。

生きとして命あるこれらの紅葉が一斉に命輝かせるのであるから、言葉では言い表せな

いほどの美しい姿にこころ打たれた。

 

オスロに着くと、まず今夜の宿となるオスロユースホステルオスロ・バンドレル・

ハラルズヘイム/Oslo Vandrerjjem Haraldsheim>に向かった。 

栄養補給のため中華料理店を見つけるためである。

同じドミトリーに、カナダからの大学生で、1年休学し世界を回っているバックパッカ

ーJohn君がおり、日本語を習いたいとのことで、相手をさせられることになった。

お手玉4個の名人で、握り寿司が大好きであることをテーマに日本語教室がさっそく持

たれた。

 

▼9/25  オスロユースホステル   (ドミトリー160NCR)

 

                 

                                 オスロユースホステル

 

 

■  9月26日  <列車移動>  オスロ(ノルウエー)➡ストックホルム(スエーデン)

            列車番号IC50 : オスロ 07:32発 ➡ ストックホルム13:20 着

 

07:32 発 ストックホルム行列車に乗るため、オスロYHを早めに出た。

しかし、前もって調べておいた市電での移動がストライキで、やむなく市バスに変更す

ることになり、列車に間に合わせるためには随分慌てたものである。

ツアー以外の、単独旅行では、おのれしか頼れるものがないため、前段階でのスケジュ

ール管理と、時間管理は特段に厳守しない限り、旅は頓挫してしまうことになる。

列車・バスは1時間前、飛行機では2時間前には、駅・バスステーション・飛行場に到着

していることが求められるといえる。

ノルウエー通貨―クローネ(NOK)を使い切るために、キオスクでランチ用シュリン

プ・サンドを購入する。

 

09:35 ノルウエ―/スエーデン国境の街<Charlottenberg駅>を通過中である。

EC(ヨーロッパ連合国)間では、国境が取り払われ入出国の検査がなくなったこと自

体、バックパッカーにとっては有難いことである。

国境ごとに、立ちふさがる難問と時間を乗越えて初めて国境を越えられることを考える

と感無量である。 (2001年当時、EU/ヨーロッパ共同体はまだ結成されていなかった)

 

10:30 スエーデンに入り、Vanerin Lake(ブエーネル湖)の風景に見惚れた。

さっそく湖面に映る村の景色をスケッチにおさめた。

 

                                                                      Vanerin Lake /  Sweden

                                                                    Sketched by Sanehisa Goto

 

 

ストックホルム 13:20 着、さっそく栄養補給のため中華<ドラゴンパレス>飛び込

んで<肉野菜炒め・焼き飯・ワンタン>をオーダー、かなりの量なので半分はテイクア

ウトして、夜食に当てることにした。

食べすぎからか、珍しく腹を下す。 どうも生ものからくる細菌性のようだ。 生水には

特に気を付けているが、用心することにした。 ただちに正露丸を放り込む。

 

洗練されたストックホルムの街に映える夕焼けの美しいこと、見事であり、ロマンチック

である。

教会から流れる鐘の音、真白な月、茜さす夕焼け雲、真白な帆船、たたずむ中世風建築

物など、幸せを表現している町である。

旧市街の街並みも、イタリアのアシジを思わせる職人の街であり、中世風路地裏に魅了

させてしまった。

 

 

今夜は、ユースホステルとして使われている、港に錨を降ろした真白な帆船で宿泊する。

多分、夢の中でお伽の国を走り回ることになりそうである。

 

▼ 9/26 宿泊 <アフ・チャプマン・ユースホステル>  

           ストックフォルム /  スエーデン

 

磁気カード式ドアーキーを供えた8人部屋(ドミトリー)、ドイツ青年2・イギリスと

フランスの夫婦2組・中国青年・出張中のスエーデン会社員2に、私の8名である。

セキュリティーも万全、シャワー・トイレも清潔だが、ロッカーには持参のカギが必要

である。

   

     

     

                 YHの帆船 と ストックホルム

                <アフ・チャプマン・ユースホステル>  

 

 

■ 9月27日   ストックホルム

 

ストックホルムは、クラッシックとモダンの融合の街である。

緑樹とモダン色、太陽の演出である夕焼けと朝焼けと、すべてにハーモニーで成り立っ

ている。

どこか人間の英知が生み出した都市美の極致と言っても過言ではないであろう。

素敵な街並みである。

そこに住み、維持している人々の豊かさとゆとりを感じた。

 

コペンハーゲンに向かうユーレイルに乗る前に、ストックホルムの街を散策し、スケッ

チに励んだ。

 

いよいよ、スカンジナビア半島北ヨーロッパから、中央ヨーロッパである西欧、東欧

へ向かう。

北欧から西欧へ、ストックホルムからコペンハーゲンへは、橋で渡るのだから驚きである。

フェリーで渡るものとばかり思っていたからである。

       

               港に囲まれたストックフォルムの美しき街

                  Sketched by Sanehisa Goto

 

          

          ストックホルム港の浮かぶ真白なYH帆船 と ストックホルムの街

 

          スウェーデンの国旗 - 世界の国旗

                 スエーデン国旗

 

 

■ 9月27日  列車移動 <ストックホルムコペンハーゲン

 

中央ヨーロッパは、バックパック(個人旅行)や家族旅行、ツアーなどで何度も訪問し

ているお馴染みのエリアである。

計画を立てるにあたって、ヨーロッパはユーレイルパスを使っての鉄道利用と決めてい

た。

ユーレイルパスは、現地での購入は不可能なので、日本で購入することとなる。

また、鉄道に興味があるので、出発前に列車や機関車、路線、時刻表などを随分と調べ

たものだ。

いつものことだが、海外で巡り合った機関車や列車の写真を撮るため、またスケッチを

したりして、時には列車に乗り遅れたりもした。

まずは、ヨーロッパを走っている主な高速鉄道をみておきたい。

 

 

<ヨーロッパの特急列車> (2023年現在)

  1. ユーロシティ(EuroCity)

            西ヨーロッパでは高速鉄道網の発達により減少傾向にある。

           一等車と二等車の双方を連結している。

           最高速度は200km/h以下であり、ICEなどの高速列車の運行されている国では、

           これらに次ぐ種別と位置づけられている。

   

   

           ユーロシティ(EuroCity)

 

  1. インターシティ(InterCity)

   ヨーロッパ各国の主に在来線において、その都市間連絡を主たる目的として運行される。

   JRの特急列車に近い。

   

   

         インターシティ(InterCity)

 

  1. インターシティーエクスプレス(InterCity Express) ドイツ高速鉄道

   最高速度は約300kmで運行しており、ベルリンやハンブルク、ケルンなどの都市間を移動するのに

   非常に便利。 ICEはドイツ国内だけではなく、デンマークやオランダ、フランス、ベルギー、

   オーストリア、スイスへの国際路線にも乗り入れている。

   

   

   インターシティーエクスプレス(InterCity Express) 

           ドイツ高速鉄道

 

  1. 旧タリス(Thalys) ユーロスター(西ヨーロッパ)

   車体・内装ともに赤を基調とし、パリ~ブリュッセル間を約1時間25分で1日最大24便が運行

 

   

    旧タリス(Thalys) ユーロスター(西ヨーロッパ)

 

  1. TGV (フランス国鉄

   ヨーロッパ周遊旅行におすすめの鉄道は「TGV」。フランス国鉄SNCF)が運行する超高速鉄道

   最高時速約320kmで、日本の新幹線の記録を世界で初めて超えたことでも知られています。

 

   

          TGV (フランス国鉄

 

  1. ユーロスター(EuroStar)

   ドーバー海峡トンネルを通ってイギリスとヨーロッパ大陸を結ぶ高速鉄道ユーロスター」。

   1994年に開通してから、徐々に運行スピードを上げ、現在ではロンドン~パリ間を毎時300㎞の

   速度で約2時間20分で運行。

 

   

          ユーロスター(EuroStar)

 

  1. イタロ (ITALO) イタリアの高速鉄道

   イタリアの主要な都市であるローマやミラノ、フィレンツェヴェネツィアナポリなどを結んで

   いる。

   

   

       イタロ (ITALO) イタリアの高速鉄道

 

  1. アヴェ(AVE) スペインの高速鉄道

   AVEはスペインで有名な高速鉄道で、マドリッドを中心にバルセロナコルドバセビリア

   バレンシア、マラガなどを結んでいるのが特徴。

   最高時速約310kmで運行しており、スペイン国内を快適に移動できる。

 

   

        アヴェ(AVE) スペインの高速鉄道

 

  1. ベルニナエクスプレス

   ベルニナ急行も氷河急行と同じく、スイスで人気のある観光鉄道。

   観光名所のサン・モリッツ周辺を走っており、複数のルートがあるのが特徴。

 

   

            ベルニナエクスプレス

 

  1. 氷河特急

   氷河特急は、スイス旅行で人気の観光列車。ツェルマットとサン・モリッツを運行しており、

   スイスアルプスをゆっくりと横断、約8時間の旅を楽しめる。

 

   

              氷河特急

 

  1. SJ2000/SJ3000 (スカンジナビア特急)

   スウェーデンを代表する高速列車。

   振り子式の列車で、カーブでもスピードを落とさずに最高時速約200kmで走り抜ける。

 

  

      SJ2000/SJ3000 (スカンジナビア特急)



 

<ユーレイル・パスの利用>

ひとつの共通レールパスでヨーロッパ中を旅行できるので、バックパッカーにとって便

利である。

ユーレイル・パスは、ヨーロッパ各地のほとんどの列車をフレキシブルに利用できる

オールインワンの鉄道チケットである。

従来の鉄道チケットとは異なり、ユーレイルならいつでも好きな場所へ行ける。

 

  ➀1枚のレイルパスで33か国をカバーしている。

  ②新しい列車、バスやフェリーに乗車/乗船する前に、ユーレイル・パスの<旅行欄>

    に旅の詳細<出発時間、出発駅、到着駅>を必ず記入する。

    検札係は、記入したパスを確認して、その区間を有効とみなす。

  ➂ユーレイルパスには座席の予約は含まれていないが、少額の予約料金で席を

    確保できる。

   

  

                   EuRail Pass / ユーレイルパス(みほん)

 

 

 

<列車移動 ストックホルムコペンハーゲン/デンマーク

 

陸路で、次なる目的地イギリスに行くには、一度ヨーロッパ本土(デンマーク

オランダ・ドイツ)を通って、ドーバ海峡をくぐっていくことになる。 

もちろん、ヨーロッパ全線共通の<ユーレイルパス>を使ってである。

途中、デンマークコペンハーゲンに立寄り、ドイツのケルンでユーロスター

乗換えてイギリスに向かった。

 

12:40  列車は、カテガット海峡に架かる鉄橋を渡ってコペンハーゲンに向かっている。

スカンジナビア半島と、中央ヨーロッパが橋で結ばれていることに驚いたものである。

中学時代の地理の本を見ていた限り、スカンジナビア諸国はバルトの海峡を挟んで遠く

離れていたものとばかり思っていたからである。

コペンハーゲンに向かって、左側がバルト海、右側が北海という狭い海峡の鉄橋を列車

は走っているのだから不思議に思えた。

この海峡は、地中海の出入り口のジブラルタル海峡と同じく戦略的に重要な地点でも

ある。

ロシアの潜水艦にとって、バルト海から大西洋にでるただ一つの出口であり、よく事故

を起こすことで知られている。

 

13:30  あれこれ考える間もなく、デンマークの首都コペンハーゲンに列車は到着した。

まず目にしたのは、筋肉流々とした男性的なご婦人である。

もちろん北欧と同じく、大抵の女性が化粧をしていないのにも驚かされた。

ファッションは、主にジーンズで、カジュアル・スタイルであり、働く女性としての

動き易さを尊重しているようである。

 

駅のロッカーに荷物を預け、チボリ公園に寄るが残念ながらこの日は休園日。

しかし、ロシア・シベリアのウラジオストクをでて、どちらかと言えば、カントリー的

風景や、素朴な人間に接してきただけに、オスロストックホルムから、いきなりヨー

ロッパの中心に飛び込んだものだから、大都会の雑然さと言おうか、人間の坩堝にいき

なり飛び込んだという錯覚に落ち込んだのである。

人間があまりにも多すぎる。

それも、広大なシベリアや、スカンジナビアという大自然を潜りぬけてきたバックパッカー

にとって、都会の人々のちょっぴり汚れた生態にすこし違和感を覚え、文明の煩雑さに少し

疲れたものである。

デンマークも、フィンランド・ノルウエーやスエーデンと同じく、男女同権・自由平

等・高福利厚生という点で見る限り、デンマークも北欧に属するように思えた。

一方、コペンハーゲンに入って、浮浪者や第三国からの出稼ぎの人々が多く目につき始めた。

街角の広場<Herlev Place / ヘアレウ広場>に腰を下ろし、人々を観察しながら尖塔が

立ち並ぶ街並みをスケッチした。

 

 

                            <ヘアレウ広場 / Herlev Place>

                                                              コペンハーゲンデンマーク

                                     Sketched by Sanehisa Goto

 

人間の醜さにくらべ、中世的な建物に囲まれた歴史の街コペンハーゲンは、歩行者天国

や、立ち並ぶ教会の尖塔に何とも言えない包容力が感じられ、安堵したのである。

 

コペンハーゲンより、ドイツ・ケルンへは、もちろんユーレイル・パス利用の高速鉄道

での移動である。

コンパートメントには、2人用のクシェットと6人用があり、疲れをとるため2人用を利

用した。

夜中、トイレに立った時に6人用をのぞく機会があったが、酒盛りに興奮、大声で<オ

オソレミヨ>を合唱し、どんちゃん騒ぎである。 どの国の青年も皆同じである、若さ

の特権を謳歌している姿に妙に拍手を贈ったものである。

ベットメーキングは、車掌に任すこと。 日本のように自分でベットメーキングしてい

たら、車掌に自分の仕事をとるなと、真赤な顔をして注意されてしまった。 何か、ド

イツ人の職業意識であるマイスター精神の片鱗をかいま見た気がした。

 

               

                                                                     ヘアレウ広場にて                                                           

                                                               コペンハーゲンデンマーク

▼ 9/27  列車泊 

   高速鉄道移動 <コペンハーゲン / デンマーク ➡ Kolo“n / ケルン / ドイツ> 

       ・ハンブルグ経由 645㎞

       ・夜行列車は、<コペンハーゲンハンブルグ区間

            (注意)ベットメーキングは、車掌の役目

      ・海峡横断は、列車ごとフェリーで渡る

 

 

 

■ 9月28日 

 

ケルン / Kolo”n は、ボン(旧西ドイツの首都)の郊外にあり、ヨーロッパ鉄道網の中

心的位置にある。

コペンハーゲンからの高速鉄道は、憧れのタリス(Thalys)であった。

ケルン到着前にでた朝食(1等車のメニュー:菓子パン・ジャム・バター・ヨーグル

ト・オレンジジュース・コーヒー)をとりながら、ケルン到着時の高速列車タリスの

顔写真撮りの準備にかかった。

 

              憧れの高速鉄道<タリス>と共に (ケルン駅で)

 

                 

              高速鉄道<タリス>1等車クシェットで朝食 

   

今朝のファイナンス・タイムス紙によると、この先に訪ねるスイスで手榴弾による15人

死亡、14人重傷という無差別殺人があったと報じていた。

地球どこにも安全地帯はないといバックパッカーの鉄則を確認し、自分は自分でしか守

ることができないという覚悟を新たにした。

 

ケルンでユーロスターに乗換えて、イギリスに向かっている。

ユーロパスを100%使い切るために、ヨーロッパは鉄道旅がメインになることは致し

方がない。

鉄道の旅をエンジョイすることに集中することにした。

 

12:15 ユーロスターが、ドーバー海峡のトンネルに突入した。

アメリカでの同時多発テロ9:11の影響であろう、英仏トンネルの爆破を恐れてか、

空港と同じく厳しいボディチェック、手荷物検査が行われていた。

 

12:30  高速鉄道ユーロスターにより約15分でドーバー海峡を通過したのだから、

18年前の家族旅行で船によるドーバー海峡横断で約6時間もかかった記憶が懐かしく

よみがえった。

 

                                                         ユーロ―スター/EUROSTAR Train#51

                                  Sketched by Sanehisa Goto

 

ロンドンに到着し、ユースホステル や ゲストハウス(最低23£)をあたったが、宿泊

費が高く、学校関係者に解放されている<国際学生ハウス>(16£)に投宿することとなった。

原則として、バックパッカー精神として、<Cheap Is Best>に従うことにしている。

 

 

▼9/28  国際学生ハウス<International Students House> 連泊

      23D Tavistock Place, London WC1H 9SE, UK

 

連泊するので、旅の汚れに音を上げている衣服・下着・靴下などを洗濯することにした。

その上、シャワーにも時間をかけて、旅の垢を洗い流した。

 

        

             ロンドン国際学生ハウス

 

 

■ 9月29~30日  <ロンドン滞在>  

 

朝一番、ロンドン観光前に、ハウス近くのキングス・クロス駅で、明日からの

ユーレイル・パスによるスコットランド周遊の予約をとった。

ロンドンブリッジ・タワーブリッジ・ロンドン塔・ロンドン大英博物館を歩いて回った

が、どっと疲れが出たので、ハウスに戻ってひと眠りである。

世界遺産<ロンドン・ブリッジ>は、城塞として建てられ、王宮に使われたり、造幣

局・銀行・動物園を備えたりした後、政治犯の収監所や、犯罪者の処刑所として使われ

たという。

現在もイギリス王室が所有する宮殿である。

 

途中で気になったことがある。

男性用の便器が高く、つま先立ちでやっと届くというその高さに閉口した。 

それも一人用の便器ではなく、長い飼い葉桶に台をつけた便器に出会って驚かされた。

なんといっても、並んでの立ちションは落ち着かなく、不発におわることもあった。

 

            

                ロンドン公衆トイレ<飼い葉桶タイプ>

 

大英博物館では、アングロサクソンの偉大さ、それも植民地や侵略の歴史からくる略奪

の展示と、その植民地からの作品の多さに少し嫌気がさしたものである。

 

                                                               アレンジされた<双頭の蛇>

                              大英博物館再訪時 2006年

                             Sketched by Sanehisa Goto

 

一方、アングロサクソンの生立ちを詳しく学ぶことが出来た。

アングロサクソンであるロンドンっ子は、ローマ帝国が退散後、入って来たゲルマン人

デンマーク・ドイツ北部)によって引き継がれた子孫であるという。

ただ、ロンドンが、2000年前のローマ帝国によるロンディニウムが創建の起源であると

いい、紀元200年ごろには、ローマ支配のもと、すでに60,000人を擁する都市を形成し

ていたというからずいぶん古い街であることには驚かされた。

               

         

                     ロンドン塔前で                 

 

         

                     タワーブリッジ前で

           

                    <タワーブリッジ

                               ロンドン・イギリス

                   Sketched by Sanehisa Goto

 

 

▼ 9/28   国際学生ハウス<International Students House> 連泊

 

 

 

■ 9月30日 ロンドン散策(二日目)

 

<国際学生ハウス>は、学生だけでなく、学校関係者も広く利用することができる。

ある私大と国立大に関係していた関係で、ロンドンでの宿泊はこれで2度目である。

旅行者だけでなく、留学生の寮としての役目も果たしているようで、長期滞在者が

目立っていた。

同室のイタリアからの青年 マリオ君は、職探しのため利用しているという。

 

イングランド向け出立の準備を終え、散策コース<ビックベン・国会議事堂・ウエス

ミンスター寺院>へ出かける。

ウエストミンスター寺院では、40名ほどの礼拝者と共に、祈りを捧げ、祝福を受けた。

日曜日だというのに礼拝者が少なく、静かな日曜礼拝であった。

 

     

               ウエストミンスター寺院での礼拝を終え       

 

     

                  国会議事堂<ビックベン>を背に

 

北から南へヨーロッパを下りて来るにつれ、その人間模様も変わってくる。

北欧の方が、人間としてより誠実であり、勤勉であり、清潔であり、計画的である様に

見受けられる。

ここ英国は、島国であり二度の世界大戦にもかかわらず、徹底した破壊を免れているか

らか、17世紀風の建物が残り、帝国時代の生活が続いているような気がしてならない。

気候もそうだが、どんよりと曇った、どこか暗く陰湿な風景に飲み込まれていくような

気がしてならない。

ロンドンっ子は、このようなありのままのロンドンがお好きなようである。

家一つとっても、個性ある家や、ストリートハウスを見かけることなく、くすんだレン

ガ造りの建物が機械的に並んでいるのだから、恐らく行政の指導によるものであろう。

 

島国ブリテンは、火山国のイメージがない。

日本のような山脈がなく、北海道のように大平原が定規で線を引いたように整

然と区画されて、見事である。 アングロサクソンによって成立したカナダ、オースト

ラリア、ニュージランドでもよく似た光景を目にしてきた。

 

▼9/29  国際学生ハウス<International Students House> 連泊

 

 

 

■ 10月1日  列車移動 <ロンドン ➡ キール・ロチェス>

 

コンチネンタル・ブレックファースト(ハム・チーズ・・ミルクティー・オレンジジュ

ース・ブレッド・バター・ジャム)をいただきながら、国際学生ハウスを利用している

老夫婦が、人生を質素にエンジョイしている姿を、微笑ましく眺めていたものである。

お二人は、多分教師であったと思われる。

その柔和なお顔にどこか優しくも、信念に燃えるきりっとした目の輝きに、今なお教師

としての姿が残っていた。

日本の私学共済組合にも見られるように、英国でも教職を終えられた方々への福祉事業

が進んでいるようである。

人生の旅を終えようとする数組の老カップルが、静かにお互いの長年の苦労を労わりな

がら朝食をとっておられる姿に、成熟しきった英国の落日の姿を重ねていた。

 

《ロンドン・キングクロス駅 09:00発 ➡ 13:21着 <エジンバラ駅乗換> 13:34発 インバネス駅 19:27着》

 

エジンバラ / Edinburgh行のスコット・レイルに乗車し、エジンバラで乗換て、インバ

ネス/Invernessに向かう。

 

ネッシーが棲むと云われるネッシー湖の、小雨煙る幻想的な風景を楽しみながらの列車

の旅である。

旅立つ前に想像した風景が眼前にあるが、この水深のない湖にはたしてネッシーと言う

幻の生き物は生息しているのだろうか。 いや、いるという夢物語にどこか日本の桃太郎や

竜宮城やかぐや姫の物語が重なり、童話であり夢物語だからこそ楽しいのであろう。

 

 

                               

                                                             車窓よりネッシー湖を眺める

 

列車は、これよりローランドからハイランドに入っていく。

ロンドンのキングクロス駅を出てから、ずっと平原であったのだが、遠くに山の姿を見

つけて、懐かしく日本を思い出したのである。

イングランドでは、くすんだレンガ色の家ばかりであったが、スコットランドでは黒い

屋根に白壁へと変わるのである。

 

波打つ緑の絨毯に、背中に赤いマークを付けた羊たちが、太陽の恵みを受けて長い影を

作っていた。

 

19:17  約10時間のイギリス縦断列車の旅を終え、まだ明るさが残るインバネス

駅に着き、さっそく予約しておいたインバネスユースホステルに落ち着いた。

 

▼10/01 宿泊 Invernes Youth Hostel (インバネスユースホステル) 

   

         

                      Inverness Youth Hostel       

 

インバネスユースホステルでは、ドイツからのサイクリング・ペアーと同室。

情報交換をしながら、お互いの手料理カレー<チキンカレーと ベジタリアン>を半分づ

分け合って、夕食をとった。

ドイツは、ワンダーフォーゲル(渡り鳥)運動発祥の地であり、若者たちはリュックを

担ぎ世界中を旅してまわる。 その土地の自然や、歴史に対する知識も豊富で、政治情勢

にも敏感である。各国にあるドイツ大使館には、バックパックする青年たちの避難宿泊施

設も併設されているという。

自国の青年たちのワンだフォーゲル運動を助け、またその地での紛争や騒動に巻き込ま

れないようにするためだという。

日本の現地大使館も、邦人保護や救済を担っており、バックパッカーとして万一の危機

にはお世話になれることを知っておくとよい。

これまでの旅では、かかる危機に直面することもなく無事であり、幸いにも現地大使館

にお世話になったことはない。

 

 

■ 10月2日  英国内移動日 <インバネス/Inverness ➡ グラスゴー/Glasgow>

 

      インバネス/Inverness(列車)➡ Kyle of Lochaish (フェリー) ➡ 

      Broadford(フェリー)➡ Mallaig(列車)➡ グラスゴー/Glasgow

 

次なる訪問国アイルランドへの中継地であるグラスゴーへ向かう。

インバネスより、カイル・オブ・ロカルシュへの列車では、マンチェスターからの

老夫妻と楽しい時間を過ごした。 

彼らはツアーに参加し、スカイ島を周遊するという。

スコットランドでは、老夫婦のほほえましい旅姿をよく目にする。 

お二人して寄添って、人生を楽しんでいらっしゃる。

それも、夫である男性がみなお洒落であり、生き生きとお歳をとっているのに対して、

奥さんの方は少しお疲れなのか、年相応の地味な恰好をされているのが対照的である。

 

グラスゴーへの行程は、スコットランド最北のスコットランド・レイル(鉄道)の一つ

カイル・オブ・ロカルシュ行の列車で終点まで行き、フェリーでスカイ島ブロードフオ

ード港を経由してマレーグに向かう。

マレーグからは、列車に乗り換えて、グラスゴーに向かうのである。

スコットランドのよく手入れされた自然を楽しめる列車、フェリーの旅である。

 

                

           車内吊ポスターの<バイキング>をスケッチする

 

バックパックの旅は、ツアーと違い、おのれの行きたいところへ、時間に左右されず

に、好きな乗り物を選んでコースを決められるところにある。

この旅も、地方の列車や、フェリーに揺られて、スコットランド北部の田舎の景色や生

活をのぞきながらのんびりと旅を楽しんだ。

 

       

       イギリス最北路線の一つ<Kyle of Lochaish / カイル・オブ・ロカルシュ>行の列車で

 

時には、第一線から引退してもよいと思われる、古き良き時代のSLに出会ったりと、鉄道

マニアにとって新しい発見をすることもある。 マレーグでは、出会ったSLに群がるマニ

アの真剣なまなざしに、こちらも乗車列車を見送ってまで、スケッチに興奮したもので

ある。

                   

                                   SL62H5/620D5

                                              West Cost Line – Scot Railway

                                                       Mallaig Station

                                                                  Sketched by Sanehisa Goto

               

 

                                                 現役で走り続けている<Jacobite Steam Train>

                                                               West Cost Line – Scotrail

                                                                  Near Mallaig Station

 

グラスゴー行列車、West Cost Line – Scotrailwayの車窓からの風景は、まるでチベッ

ト高原をトヨタのランドクルーザで横断したときに出会った風景によく似ているので驚

いたものである。

僅かの草が、小川の周りに見られるのと、木が一本も生えていないところがそっくりで

ある。

お城の周りの緑に出会って、驚きのペンを走らせたほどである。

後で調べて分かったことだが、このダンフタフナージ城 / Dunstaffnage Castleは最古

の石造りの城(13C)として有名らしい。

 

イギリスを旅していて、ロンドン以外でめったに黒人のひとに出会わなかったことに

違和感を持った。 特に、列車の長旅で一人として見かけなかったことに驚いている。

アメリカに長年住んでいた者にとっては、不思議にさえ感じたものだ。

それもそのはずである、イギリスは多民族国家として成り立っている割に、全人口に占

める黒人の割合は2001年当時、の総人口約5878万人に対し、黒人系約114万人

(1.95%)に過ぎないのである。 ちなみに、アメリカは12.00%である。

歴史的には、ローマ時代から英国で黒人は市民権を得ていたというのにである。

一つの課題が突き付けられたような気がした。

過去の奴隷貿易との関係があるのだろうか・・・それとも国家政策か・・・

 

              ダンスタフナージ城 (Scotrailの車窓より)

                                  Oban近郊

                  Sketched by Sanehisa Goto

     

スケッチ2点 <SLとお城>を仕上げているうちに、マレーグ 16:08発 のスコット・レ

イル の ウエスト・コースト・ラインの列車は、7時間の旅を終えて、グラスゴー

に23:00頃着いた。

夜遅くグラスゴー駅に着いたので、急いで駅近くにあるユースホステルに直行した。

 

▼ 10/02  <Glasgow Youth Hostel>泊

             7/8 Park Terrace, Glasgow G3, 6BY

 

      

            グラスゴーYH

 

 

■ 10月3日 移動日 

   グラスゴー(列車) ➡ Stanrear(フェリー) ➡ ベルファースト(列車) ➡ ダブリン(アイルランド)

 

グラスゴーは、昨夜から暴雨風。

ユースホステルの窓は強風に一晩中悲鳴を上げていた。

昨夜、6人部屋のドミトリーを独りで占めていたので、洗濯を済ませて眠りについた。

しかし、深夜、強風の中を3人のホステラーが到着、ドミトリーが急に騒がしくなり、

寝るに寝られず夜を明かしてしまった。

バックパッカーが利用するユースホステルは、ゲストハウスとも違って、格安の宿代で

ベットを提供する代わりに、ドミトリーと言う数名の相部屋を提供するのである。

もちろん、シャワーやトイレは外付けである。 

朝食代は、ホステル代に含まれるのが一般的である。

 

最近、世界各地のユースホステルでは、YMCAやYWCAと同じく、老夫婦が青春の追憶

を楽しんでいる姿が多く見受けられる。

また、学生や社会人の宿舎として長期滞在する者にも利用されていることが多い。

ユースホステル利用の利点は、格安の宿泊代はもちろんだが、世界中の旅行者と情報を

交換でき、旅行する先の国々の政治・世情・危険度などの情報をリアルタイムに収集で

きる利点がある。

また、時にはペアーを組み国境や、危険地帯を突破したり、グループを組み危険に立ち

向かったりと、ひとりでの行動に困難が生じた場合の安全保障として互いに助け合うので

る。

かような仲間を見つけるためにもユースホステルは、バックパッカーにとってのオアシ

スといえる。

 

昨夜、鉄道グラスゴー駅から、ユースホステルへの道順を間違えて、チェックインに遅

れてしまった。

一人旅では、必ず自分のいる位置を確認しておくことである。それも自信過剰に陥ら

ず、周囲の人に確認することである。

磁石による確認作業には自信があるはずなのに、時として正反対の方向に歩いている

ことがある。

時々、方向音痴に落ち入るから、旅の途次では十分注意しているのだが・・・

この旅の終着、ケープタウンまでまだまだ気が抜けないのである。

 

今日は、グラスゴーを出発し、ベルファースト(北アイルランド)経由、アイルランド

の首都ダブリンまでを旅する。

 

グラスゴーを出発した列車は、地平の彼方に消え入るように見える丘陵地帯、緑の絨毯

を駆け抜けていく。

日本ならば、丘陵を削り、棚田し、水田を作るところだが、英国では森林を伐採し、牧

草を植え、ところどころに群れる羊や乳牛を放牧している。 

なんと贅沢な土地利用だろうか。

 

Stanrear/スタンリア駅より、Cairnyan/ケイルニャン港へ移動し、フェリー<Stena Line>で

ベルファーストに渡る。

英国内乗り放題の<ブリティッシュ・レイル・パス>(British-Rail Pass)は効かず

31£を支払うこととなった。

英国領ではあるが、ノースアイルランドは独立体として、扱われているようである。

ダブリン行列車にも、ブリティッシュ・レイル・パスは使えず、11.4£を支払う。

 

  <フェリー/Stena Line : Cairnyan港10:00発 ➡ 11:50着Belfast>

日本でいうフェリーの感覚ではない。 浮かぶ豪華なカジノ・ホテルと言った趣がある。

それも高速で運行し、約2時間弱の所要時間にこのような大型フェリーが必要なのだろ

うかとも思った。 

やはり、膨大な観光客の往来に見合ったフェリーなのであろう。

 

     フェリー・ルート・マップ (Cairnryan/ケイルニャン ➡ Belfast/ベルファースト)

 

             

                        To Belfast(Stena Line) Ferry     

 

             

               ダブリン行国際列車(ベルファースト駅)

                     北アイルランド    

 

先にも述べたが、北アイルランドは英国領であるにもかかわらずブリティッシュ・レイ

ル・パスが使えないという複雑なお家事情があることに触れたが、もう少し英国と北ア

イルランドについて触れておきたい。

 

イギリスを構成する4つの地域<連合王国>の中の1つである<北アイルランド>は、ア

イルランドが1920年代にイギリスから独立する際、プロテスタント(新教)とカトリッ

ク(旧教)という宗教や立場の違いから、イギリスに留まった北部の地域である。

 

1960年代後半から始まった新旧の武装対立、多数派の新教<プロテスタント>と

少数派の旧教<カトリック>間の宗教的対立や、差別問題から生じた対立は、3500人もの

犠牲者を出し、1998年の<ベルファースト合意>をもって終結した。

この旅は、対立終結3年後の訪問であり、ベルファースト訪問を危惧したが、バックパ

ッカーの<見てやろう>精神をかえって刺激してくれたものである。

ベルファーストには、今なお新旧両グループを隔てた壁も残っているが、新旧両住民の

感情はともかく、表面上は、観光化して平和な光景を見せていた。

 

ダブリン行の国際列車に乗るまでのわずかな時間、ベルファースト散策を楽しみ、スケ

ッチに筆を走らせた。

   

                        

                      北アイルランドの位置

                   (アイルランドの東北部)      

 

 

                                       

                                                                           英国POST 

                                                         Illustration by Sanehisa Goto     

 

         

                      ベルファースト動物園

                     Belfast Zoo・Northern Ireland

                        Illustration by Sanehisa Goto

 

この<ベルファースト合意>によって、はじめて北アイルランドは正式に英国の一部となった。

現在では、住民のイギリスとアイルランド二重国籍も認められているという。

ベルファーストの住民に苦節を越えて、ようやく笑顔が戻ったように見えたものである。

宗教間の対立が、住民間の陰惨な殺戮を繰り返してきたことを歴史は見てきている。

 

ダブリン散策のあと翌日は、ツアー(25£)に参加し、世界遺産<タラの丘とニューグレンジ遺跡>

を見て回った。

 

▼ 10/3  <Isaacs Hostel Dublin> 泊

       2-5 Frenchmans Lane Dublin 1

 

       

            Isaacs Hostel Dublin



 

■ 10月4日 ダブリン2日目 (観光後 列車移動)   小雨後曇

 

世界遺産 タラの丘 & ニューグレンジ遺跡>  ツアー参加

ケルト人の聖地として知られている世界遺産<タラの丘>、ケルト音楽に魅了されてい

る者として持参のCDを耳に、エンヤの代表曲であり、幻想的で神秘なるケルト音楽

Shepherd Moonほかを楽しみながら、ケルト的世界観に浸った。

 

いまから300年前に発見された5000年前の先史時代の古代遺跡<ニューグレンジ>は、

エジプトのピラミットや、メキシコのテオティワカン(太陽のピラミット)などと同じ

く、誰が造ったのか、どんな民族が住んでいたのか、なぜ滅亡したのかなど、解明に至

っていないことが多く、今なお研究が続けられている。

古代遺跡<ニューグレンジ>の巨石への渦巻彫刻もまた、宗教儀式と天文学、とくに太

陽による生産暦<カレンダー>として利用されていたと思われる。

1年で最も日が短い冬至の明け方、太陽光が長い導入路に真っ直ぐ入射し、部屋の床を

短時間照らすように建設されている。

ギザのピラミットや、マヤのチチェン・イッツァ、インカのマチュピチュほかでも同じく

太陽神を生活の中心に据えている文明が多くみられる。

果たして各遺跡に同時性があったのかとの考古学的考察がいまだなされている所に

興味が尽きないのである。 

 

あくまで推測だが、現代人に劣らない人類が存在していて、地球変動で絶滅したあと、

現代人が誕生したという説である。 

例えば幻のアトランティス大陸に関する神話や、先の古代遺跡にみられる天文学や、

土木工学など現代科学を駆使しても解明できない多くの謎が存在することである。

そこから、宇宙人による地球基地の建設が進んでいたのではないかとの説もあるほど

である。

なんとロマンに満ちた先史物語のなかに、我々生きているのだろうか。

この地球を放浪していると、多くのロマンあふれる史跡に出会えるのである。

 

今また、世界遺産<タラの丘>や<ニューグレンジ遺跡>に立って、

ロマンに夢を馳せてみたのである。

 

                             <タラの丘>のモニュメントと

          

                 

                    タラの丘/Hills of Tara

                  Illusutration by Sanehisa Goto

              

            世界遺産:ニューグレンジ遺跡のある<緑の丘>にて

     

 

     世界遺産ニューグレンジ遺跡            ニューグレンジ遺跡入口にて 

      <ストーンの渦巻彫刻>

 

    

             世界遺産:ニューグレンジ遺跡<ストーンの渦巻彫刻>

                  Sketched  by Sanehisa Goto

 

<古代遺跡の同時性>

紀元前、BC5000年以上の前の墓墳に、12月21日の冬至の太陽が、正確に墓の中の部屋

を照らし、翌年の豊作を祈るという天体幾何学の知恵は、先に述べたようにマヤ文明

ピラミットや、アンデス・ペルーのインカ文明、メソポタミア、エジプトのピラミット

などの建築技術に、天文学を採り入れていたことに驚くのである。 それも、全世界を

カバーするコミュニケーション・ツールのなかった古代に、かかる天文技術と言う最高

の知識が全世界的に存在していたのである。

 

ニューグレンジ遺跡とともに、ユーラシア大陸の最果ての地<モホの断崖/Cliffs of

Moher>の沖、大西洋の海底にプラトン提唱の<幻のアトランティック大陸>が沈んで

いるという夢のある仮説の地をのぞいてみたいという気持ちがわき上がって来た。

 

アイリッシュの自然環境との共存>

アイルランドのトイレに入って驚いたことがある。 手洗いに液体ソープではなく、粉

石鹸が置かれていたことである。 環境に優しいと言うことだが、アイリッシュらしい

とおもったものだ。

アイルランドでは、自然環境の多様性、権利について長年議論が続けられてきたという

歴史がある。

空気や水などの「自然」は人間のように、生まれながらの権利を持つようになるかもし

れない。  自然が生存・繁栄・永続する権利、自然環境が劣化したときに修復される

権利、そもそも自然環境が劣化しないよう守られる権利など、さまざまな権利が考えら

れるというのである。

人間は、安全で健康的な自然環境のもとで生活する権利を得るためにも、人間が自然の

声に耳を傾けることが求められていると言える。

 

昼頃、ダブリンのアイザック・ホステルを出て、アイルランドを列車<アイリッシュ

レイル>で横断し(186km)、西海岸のGalway/ゴールウエイ向かった。

 

 

        

                  <アイリッシュ・レイル>

      <アイルランド横断鉄道 ダブリン11:25発➡ゴールウエイ13:40着 186㎞>

                  Sketched by Sanehisa Goto

 

        

             IÉ22 000系列車(アイリッシュ・レイル)ダブリン近郊線

                                      

           

                アイリッシュ・レイル路線図 (wikipedia)        

 

          

                   アイルランド国旗 と 聖句

 

エンヤのアイリッシュ魂のこもった曲を聴きながら、アイルランド大草原を西海岸に向

かう列車の旅は、最高である。 同じ島国でありながらこの緑の大平原は、日本では決

して味わえない風景である。

また、昨夜のアイリッシュのパブでの生演奏、それも地域の住民が楽器を持って集ま

り、地ビールである黒ギネスのジョッキ―を片手に合唱するさまもまた、日本では味わ

えないアイリッシュの世界である。

車窓から、緑の草原に悠々と草を食む羊や、乳牛たちを眺めながら、パブで歓迎し、演

奏してくれた童謡<夕焼け小焼け>を思い出し、アイルランド人のフレンドリーな、人

の良さを思い出していた。

 

 

▼ 10/4  ゴールウエイ(アイルランド西海岸の中心都市)

               <CELIC HOSTEL> 泊  ドミトリー@13£

       駅を出て、左へぐるっと回って、突当りを右へ200m

 

      

         <CELIC HOSTEL>ゴールウエイ 

とても清潔で、静かなホステル。 さっそく街に出て中華食材を仕入れ、食堂で夕飯を

作っていると、その強烈なニンニクの匂いに、オーナーから苦情、窓を開けての料理と

なった。

購入食材の、モヤシ・玉ねぎ・ニンジン・ピーマン・マッシュルーム・サーモン・ハムに

ニンニクと携行醤油とスパイシーで味付けする。

ご飯は、携行アルファー米にトマトベースのフライドライスを作る。

飲物は、もちろんギネス黒である。

久しぶりの豪華な夕食となった。

この日は、体を休めるための時間をとっていた、いや、ちょっとしたミスから時間が

出来てしまったので、購入したハサミで一か月ぶりに散髪を済ませる。 

もちろん洗濯も、だ。

 

  

■ 10月5日 ゴールウエイ (アイルランド最西端の街)

 

昨日は、自信からくる、うっかりミスで朝一番の列車に間に合わず、昼頃の列車に飛び乗

って、ここ<モホの断崖>の基地ゴールウエイに13時51分に着いた。

さっそくインフォーメーションに行ってみたら、なんとすでに冬スケジュールに代わっ

ていて、<モハーの断崖>へは1日1便になっていて、その1便がすでに出発した後であ

った。

これは、神様の「疲れをとるため、少し休め」とのメッセージと受取り、駅近くのセリ

ック・ホステルに泊ったことは、すでに述べたとおりである。

 

今日は、一日遅れのスケジュールを取り戻すため、ゴールウエー/Galway ➡モハーの断

崖/Cliffs of Moher ➡ Tralee ➡ Limerick ➡ Waterford ➡ Rosslare まで行くこ

とにした。

 

いよいよ、古代史以前の人類の存在を信じ、<モハーの断崖/Cliffs of Moher>沖、

大西洋に沈んだという<幻のアトランティス大陸>との対面である。

 

<先史人類と星座言語学

先でも述べたように、古代史以前にも、現代に劣らない知識や技術を持った先史の人類が

いたと言うことを信じているひとりである。 

当時のコミュニケーション言語は、<星座を読み解く宇宙言語>であったと仮説を立てて

みるのも面白い。

天文学建築学・占星学・太陽神学・運命学・生命誕生学・天体測量学・天道信号学・

時空計測学・真理学・頭脳コンピューター学などで構成されていたのではないだろう

か。 

当時の人類は、天体・星座と密接にコミュニケートし、一つの星座言語学を共有したと

想像してみた。

また、彼らはナスカの地上絵に見られるように、宇宙人との交流もあったのではないだ

ろうか。 

いや、すでに宇宙人が地球に住み込み、ナスカの地上絵を描いたのではないだろうか。

そう、先の人類が、天文学・土木学などを宇宙人から学んだと思えば、おおくの疑問も

解けてくるように思えるのだが・・・。

 

では、<モハーの断崖/Cliffs of Moher>をバスツアーで訪ねることにする。

 

 

         

  

               <モハーの断崖> バス・ツアーコース

                  (Galway発コースに参加)

 

<モハーの断崖/Cliffs of Moher>

日本から見て、地球の最西端にあるモハーの断崖は、プラトンの時代の9000年前に海中に

没したとされる大陸、そこに繁栄したとされる帝国があった大陸<幻のアトランティック大陸>が、

離没した跡の断崖であると想像してみただけで、興奮は最高潮に達した。

       

                                                      地球最西端モハーの断崖<Cliffs of Moher>

                                                  Sketched by Sanehisa Goto

 

 

                 

                                                             イラスト<Cliffs of Moher>

 

    

                 Cliffs of Moher展望台より垂直断崖を鑑賞     

 

 

              

                   Cliffs of Moher観光バスと

 

                    Cliffs of Moherの全景

        

                     

                 イラスト <アイルランドの田舎風景>  

                      (Trelee村)

         

 

▼ 10/5 宿泊 <The Railway Hotel> @38£

          Limerick, Ireland

  

     

            <The Railway Hotel

ツアー観光バス<Cliffs of Moher & Dingle >の復路、途中で降ろしてもらい、リメリック/Limerickにある

<The Railway Hotel> に投宿する。

 

ここアイルランドにおいて、「ヨーロッパ周遊の旅 11000km」 の前半を終了すると

ともに、『星の巡礼 ユーラシア・アフリカ二大陸38000kmの旅』 の中間点に、よう

やく到達したことになる。

近くの中華料理店に出向いて、栄養補給と共に、<ユーラシア・アフリカ二大陸38000

kmの旅>前半終了を祝ってギネス・ビールで乾杯した。

 

ウラジオストックをスタートし、シベリア横断鉄道でユーラシア大陸をまたぎ、スカン

ジナビア半島を南下し、イギリスからアイルランドに至る全行程の約半分19000kmを

無事踏破できたことへの感謝と、これよりの中央ヨーロッパ、東ヨーロッパ、中東から

アフリカを縦断し、南アフリカケープタウンまでの後半約19000kmの旅の安全を願っ

ての乾杯である。

これまで買いためた小さな土産類や、書き溜めたスケッチ・日記ノート類・資料などを

整理・パッキングし、日本へ返送する荷造り(船便)も終える。

 

 

■ 10月6日  リメリック/Limerick

 

<旅は人生の縮図>

この旅は、病で亡くなった妻との約束の旅でもある。

同行二人、それは神であり、亡き妻でもあるわけだ。

多発硬化症と言う、当時難病として治療の方法さえ確立されておらず、7年間の闘病生

活をへて、天に召された。

その間、交わした夢物語や約束事をノートに記したものである。

定年を機に<サバティカル>長期休暇をとり、実行に移した。

 

ネパールのヒマラヤを一緒にトレッキングすること、トルコのボスポラス海峡を船で遡

行し、アジアとヨーロッパの接点に立つこと、キリマンジャロを眺め、サイドカーで日

本全国を駈け巡ろう・・・と。

 

わたしにとって60才からは、人生の長期休暇<サバティカル>であった。

サバティカルである<星の巡礼>の第一歩が、この『星の巡礼 ユーラシア・アフリカ

大陸38000kmの旅』である。 この38000kmの旅に欲張って、そのほとんどの夢を

詰め込んでみたのだ。

どうしても一か所にとどまらず、出来るだけ多くの夢を実現するために、3か月の間

に、出来るだけ多くの地を駈け巡る旅となってしまった。

 

昨日、日本への小包(通過地記念マグネット・書き溜めた日記や資料・お土産・写真フ

イルム他)を贈るために郵便局に行き、小雨の中、列を作ってオープンを待った。

アイルランドの農夫と言う初老の男性に傘をすすめたところ、この辺りの天気について

話を聞くことが出来た。

この辺りは(アイルランド西岸中部)、毎日のように雨が降り、雲が低く垂れこめ、ど

んよりした気候だという。 冬はマイナス15度にもなり、最悪な場合、零下35度にもな

ったことがあるそうだ。 イギリスとアイルランドは「雨の国」と言われていると笑っ

ていた。

地図で見ると、北海道よりも、はるか北に位置しており、天候不順の日が多いようであ

る。

   

        

              イラスト <アイルランドの緑色ポスト>

 

       アイルランドの国旗 - Wikipedia

               アイルランド国旗

 

ケルトの列車の旅  リメリック/Limerick ➡ ロスレアー港/Rosslare>

アイルランド列車の旅は、流浪の民ケルト人の悲哀を詠ったケルト・ミュージックを聴

く旅でもあった。

この日のために、友より贈られたケルト音楽を網羅したエンヤの曲、CDをたくさん持参した。

<Shepherd Moon・Ebuda・Angels・Evacuee・Afer Ventus・・・・・・>の曲を

聴きながら、ケルトの世界へ埋没したのである。

 

       

             <アイルレイル> ARROW2820型車両

 

ヨーロッパの中央であるボヘミアあたりで起こったケルトは、ローマやゲルマンの台頭

により、過酷な自然環境の土地であるアイルランドへと追いやられ、北からはバイキン

グやアングロ・サクソンにも侵攻された。 近代に入ってからもアイルランドはイギリ

スの搾取に苦しみ、アイルランドを捨て、移住した新天地アメリカ大陸でも差別を受け

続けた。 近年、ジョン・F・ケネディという若き新進気鋭の大統領を生んではじめて

アメリカでのアイデンディティを勝ち取ったと云われている程である。

 

どれだけ厳しい自然環境でも、侵略され征服されても、世界中に移民して行っても、搾

取や差別を受けても、彼らはケルト精神とアイデンティティーを失わず、敗者という意

識を持つこともなく、持ち前の不屈さと前向きな力強さで、今日までのその文化を継承

してきた人々だと云える。

 

ケルトの神話や伝承では、人間が様々な動物に生まれ変わったり、神や妖精と人間が結

婚したり、魂が絶えず流動する思想が見られるという。

自然の大きな輪の中で、人や動物を含むあらゆるものの魂が絶えず流動しているという

世界の捉え方がケルトの人たちの思想の特徴であるという。

 

それぞれの民族は、自然環境、歴史、侵略と制服、離散と移民、抵抗と回復、屈辱と苦

難、富と成功を乗越えて文化を育み、芸術を育ててきたと云える。 

ケルトもまた人類の貧しさ、いや普遍が生み出した典型的な民族の一つであるといえ

る。 

 

列車はリメリック/Limerickを出て、アイルランド南部にある港町<ロッサレ/Rosslare

>へ向かって、ケルトの世界を駈けているのである。

果てしなく続く、丘陵の波打つ360度広がる緑のケルト草原を走り続けている、まるで

夢のようである。

祈りを誘う地平への沈みゆく太陽の厳粛さ、空から垂れ下がった雲の重圧感、すべてが

神の意志のもとにあると思うだけで、ケルトの世界に引きこまれていくのである。

 

<フランス高校生の生態>

リメリック/Limerickを出て、アイルランド南部にある港町<ロスレアー/Rosslare>へ

向かう列車は、修学旅行生なのか満員、フランスの高校生であふれかえっていた。

まるでケルト列車が若者たちで占拠、いや乗っ取られたような有様である。

フットボール観戦のあの騒然とした様に似ている。

若者特有の若き血潮がうねりとなって伝わってきて、わたしの中のケルト世界はぶち壊

されたが、スカウトのサインである<三指>をしてみせると、なんとほとんどの子が、

三指に応えて三本指を高く上げてくれたから驚きである。 

彼らはボーイスカウトでもあったのだ。

以降は、以前と打って変わって静粛に協力してくれたものだから、またケルトの世界へ

没入することが出来た。

 

今夜は、明日フェリーでイギリス・ウエールズの港に渡って、ロンドンに戻り、フランスから

スイスへ向かうため、ここロスレアー港にあるロッジに泊まることにした。 

列車旅でのケルトの世界の余韻を楽しむために、ロッジ近くのアイリッシュ・バーで Irish

Beer<BULMERS>を一杯飲んで、床についた。

 

 

              

             

                  アイリッシュ・ビール<BULMERS>

 

 

▼ 10/6  <Rosslare Port Lodge>宿泊

           

      

            Rosslare Port Lodge

 

 

ロスレアー港近くのロッジに泊る。

温かい出迎えを受ける。 共同部屋(ドミトリー)では、やはり60歳代のリタイア―し

た男性と同室である。 髭に白いものが混じり、流浪の老人と言えそうだ。

こちらも同じく人生の最終章にさしかった流浪の老人である。

どことなくお互い、家族の温もりに飢えているような雰囲気を醸し出し、うら寂しさを

感じさせているのだから、人生の終着駅に近づいている仲間でもある。

ホステルの窓から眺められる向かいの一軒家のかすかに揺れる灯火のように、重荷を背

負った老人が、見知らぬ遠い地を彷徨っているような気がしたものだ。

映画のシーンのようで、この情景もまたいいものだと、おのれを慰めた。

深夜、ルーフトップの明り窓から射しこむ月の光が、アイルランド最後の夜を、さらに

哀愁に満ちた情景を醸し出していた。

この最果ての国アイルランドで、月を眺めるおのれの幸せを噛みしめた。

 

 

         

            アイルランド緑の郵便ポスト(ロスレアー駅前)

 

 

<トイレ・シャワーの水>

ここアイルランドでは、日本とは少し異なる水に対する感覚、取扱いが見られる。

環境保護の観点からか、アイルランドの節約スピリットからか、使い放題と言っていい

日本的な水感覚とは異なるのである。

どうも水の大切さを、アイルランドの人々はよく知っているようである。

その端的な例は、トイレとシャワーにある。

そこには必ずボタンが付いているプッシュ栓である。

ワンプッシュ、3秒程すると水が止るのである。

シャワーなど出し放しに慣れている日本人にとって大変であるが、慣れれば、水の有難

さが身に沁みたものである。

しかし、風邪をひいてしまう恐れがあるので、もう少し工夫、調整してもらえたら有難

いのだが・・・

 

 

■ 10月7日 暴風雨によりフェリー欠航

 

ロスレアー港(Rosslare Europort/ Ireland)を、朝9時出航予定のイギリス・ウエールズ

フィッシュガード行フェリーが、直前になって暴風雨のため出航を取りやめるという。 

次便は、天候次第だが、夜10時になるという。

この長旅で初めての自由時間、スケジュールにないトレッキングが出来るチャンス

でもある。

それもアイルランドの自然に囲まれた田舎町、バックパッカーにとっては貴重な時間、

大切に使うことにした。

 

アイルランド南海岸トレッキング>

まず、重たいリュックを港の送迎ターミナルの長椅子にチエーンで縛り付け、サブザッ

クにトレッキング用品だけを詰込で出かけることにした。 

もちろん、所有者である自分の名前・国籍・住所・トレック中・緊急連絡先を書いたメ

モも添えた。

しかし、トレックから帰って、このリュックが忽然と消えて無くなっているという事件

が起こるとは、知る由もない。

 

まず、港近くにあるグロッセリー(食料品店)に立寄って食料を調達(プラム・バナナ・

トマト・ビスケット・ドライフルーツ・水・オレンジ・パン・ハム)、次に昨夜泊った

港近くのロッジで、海岸のトレッキング・マップと、トレック情報を仕入れた。

大雨対策として、持参のポンチョのほかに、ナイロン袋に頭・両腕の穴をあけて、ジャ

4ンパーの下に着こみ、雨水による低体温を防ぐことにした。

トレッキングシューズも、靴下の上からナイロン袋をかぶせて履き、雨に備えた。

 

約6時間の<アイルランド・サウスコースト・トレッキング>を楽しむことにした。

崖の上にトレッキング・コースがあり、色とりどりの花や、ブルべリーの花が一杯咲い

ていた。

あいにく海は荒れ、強風、大雨の中のトレックである。 アイルランドはどこでもそう

だが、海岸線いっぱいまで牧草が生え、牛が放し飼いされている。

トレッカーが通ると、牛達が二列に並んで、こちらをじっと観察する。

あたかも <人間って面白いね。 こんな雨の中、音楽を聴きながら歩くなんて、

何してるんだろうね>と、お互い顔を突き合わせて、草を食むのも忘れてあきれ顔である。

西端モハーの断崖<Cliffs of Moher>ほどの絶壁断崖ではなく、ゆるやかな断崖で、

の淵まで牧草が生える大草原である。

雨の中、ただ一人アイルランドの見知らぬ海岸を、ケルト・ミュージック<エンヤ>を

聴きながらトレックするという贅沢を味わった。

崖っぷちには、牛達が崖から落ちて海で溺死しないように太い針金が張ってあるのだが、

これには高圧の電流が流れているのである。 

最初、針金をまたぐとき少し触れたのであろう、頭と心臓にショックが走った。 

なんと、股の下が雨でぬれていて通電したのである。

以降は、必ず高圧電流線をまたぐ柵を使ってトレックを続けた。

 

カモメたちは風に乗ってアップ & ダウンを繰り返しながら、こちらと並んで飛び続

け、フレンドリーである。

暴風雨下の波は、一番乗りを競って崖下に激突し、波しぶきを吹き上げ、シャワーの洗

礼である。

強風は、これでもかと体当たり、よろよろしながらの前進。 

アイルランドでのトレッキングも、ヒマラヤのトレックと同じく記憶に残りそうである。

 

          

                  暴風雨のなか高圧電線をまたぐ柵を越える 

 

     

 

                緩やかな崖になっている南アイルランドの海岸線をトレック中       

   

        

                  ロスレアーの港町にもどる

 

 

<リュックが消える>

トレックから帰ってみると、フェリー乗り場の長椅子に自転車用チエーンで長椅子に固

定しておいたリュック(バックパック)が、失せていた。

よく見ると、鉄バサミで切りちぎられたチエーンが長椅子に残り、リュックが持ち去ら

れているではないか。 もし窃盗であれば、取り返すことは至難の業であろうし、最終的

には目的地である南アフリカケープタウン行をあきらめ、残念だが帰国しかない。

 

さっそくターミナルの売店に急ぎ、尋ねて見た

店員によると、パトカーと消防車が駆け付け、不審物としてリュックをチエーンから切

り離して、持ち去ったという。

持ち去った先は、すぐに判明した。 親切な店員は、ポリスに電話してくれたのである。

説明によると、フェリーターミナルの警備員(一か月前にアメリカで起こった9:11テロ

事件<米国同時多発テロ>を警戒中)から不審物があるとの連絡を受け、その関連性を

調べるため警察に押収されていた。

 

9:11テロでは、アフガニスタンイスラム原理主義タリバンによるアメリカ・ニューヨ

ークの世界貿易センターへの突っ込み、また二機目のワシントンDCにあるペンタゴンへの

突入未遂、三機目の乗っ取り自爆と言う同時多発奇襲テロにより、多くの犠牲者を

出していた。

世界中が厳戒態勢を敷いてお折り、この旅でも9:11事件当日は、丁度ウラジオストク

らシベリア横断鉄道でモスクワに向かっていた途上、新聞で知って驚くと共に、これから

の行き先々での国境や、交通機関での検問の強化は覚悟したものである。

その後、ユーロスター乗車時の厳しい荷物チェックや、尋問に辟易していた。

とくに、バックパッカーの荷物や行先に、鋭い目が向けられていた。

 

リュックに爆弾が仕掛けられてれているのではないかと、爆弾処理班が近くの広場の真

中にリュックを置き、取り囲みながら観察し、リュックを爆破処理する準備を進めてい

た。

何とか間に合い、説明を尽くし、リュックを置いてトレックに行っていたことを説明

し、詫びを入れ、リュック返却を懇願した。

雨でずぶ濡れの東洋人がこのような田舎町で何をしているのかとのいぶかしさを隠すこ

ともなく、異様な眼差しでにらみつけて居る。

もちろん身分証明と、リュック内容について厳しい検査と尋問を受けた。 

特にハサミ・サバイバル用ジャックナイフ・フォーク・ライター・マッチに注目が集ま

った。

最終的に、テロリストではなく一般のバックパッカーであることが認められ、リュック

と共に解放されたが、携帯物は身から離すなとのお叱りを受け、放免された。

 

フェリー・ターミナルに戻ってみると、暴風雨のため夜10時に延期されたフェリーに乗

る客と、同じ時刻にフランス・ノルマンディー方面に向かうフェリーの乗客で混雑して

いた。 特に列車で一緒だった100人ほどのフランスからの修学旅行中の高校生が目立

って賑やかであった。

若者たちと交流していると、英国ウエールズ行のフェリーは、悪天候を理由に明朝9時

に出港するとの再順延のアナウンスが流れ、乗船客からあきらめのため息とブーイング

が起こった。

 

こちらは、丸一日スケジュールが無くなったことになり、先を急ぐためにはイギリス経

由ではなく、直接ヨーロッパへ向かう事を決断した。

さっそく、夜10時に出港するフランス・シエリーブル/ Cherburg行きフェリーの乗船手

続きを済ませた。

長旅をしていると、思いもよらない色々なことが起こるものである。

臨機応変に対処し、スケジュールを修正する必要がある。

 

 

▼ 10/7   <Irish Ferries / フェリー アイリッシュ> 船中泊 

     (フランス・Cherburg / シェリブール行フェリーに変更)

 

          

              Irish Ferries / フェリー アイリッシュ

 

          

             Irish Ferries / フェリー アイリッシュ 航路図
           <アイルランド/Rosslare ➡ フランス/Cherbourg>

 

 

 

■ 10月8日 <Irish Ferries / フェリー アイリッシュ>    

     <アイルランド/ロスレアー港22:00出航 ➡18:00着予定 フランス/シェリブール港> 

          (約20時間の船旅を楽しむ)

 

暴風雨の中での出航、2時間遅れの真夜中0:00の出航となった。

10月8日の午後8時ごろ、ノルマンディー近くのフランス/シェリブールに入港する予定

だという。

ノルマンディーは、第2次世界大戦におけるドイツの敗北を決定づけた連合軍最大の反

攻<ノルマンディー上陸作戦>が行われたところである。

少年のとき観たニュース映画<ノルマンディー上陸大作戦>は、日本敗北の前哨戦とな

った連合軍の猛反撃による同盟国ドイツの敗北としてとらえたものである。

そのノルマンディーに、これから上陸するのだと歴史的証人であるかのような興奮を覚

えた。

  

              ノルマンディー(フランス)上陸前の夕陽を眺める        

 

          

            挿絵 <フェリー・アイルランド号 航路図>

 

とにかく、アイルランド脱出作戦にようやく成功した。

旅は、天候次第であることが良く分かるのである。 天候は、旅のすべてを左右すること

を肝に銘じた。 特に一人旅であるバックパッカーは、天の行いにただただ従うことが

精神衛生上良いのである。 問題あればいつかは解決し、道が拓けると思えば、我慢も

また旅上手の一手である。

しかし、先を急ぐバックパッカーにとって2日間のロスは、ただただ我慢し、辛抱の時

間であった。

 

フランスの修学旅行生とも仲良くなり、学生たちの希望で、数名の子の名前を漢字に書

き替えてプレゼントしたり、スケッチに彩色していると、仲良くなった生徒たちが、ス

ケッチにサインをしてくれたものだ。

 

                 アイルランド・ロスレアーの街並み

                  With signature of students

                    Sketched by Sanehisa Goto

 

学生たちと交流していると、日本語で語りかけてくる青年 金子君(埼玉出身・哲学専

攻・哲学者バッハ研究・大学2年)がいた。

アイルランド・ゴールウエイでの 6か月 の語学留学を終え、ヨーロッパ観光の後、帰国

するという。

この時の日本語のなんと心地よかったことと、日本語が遠くの言葉になっていることに

気づいた。

ロシア・ウラジオストクをでて、ここまでの約2か月の間、日本語を使っていなかった

からである。

かえって、なぜ地の果てのローカルなフェリーに日本の青年が乗船しているのかと不思

議に思ったものである。

 

旅のスケジュールが、悪天候のため変更せざるをえなくなったので、修正が必要であっ

た。 

さっそく金子君からThomas Cockの時間表を借り、スケジュールを短縮し、向かうスイ

スのジュネーブまでの路線を確定し、時間表を書き写した。

フェリーは、いまだ暴雨風の余波で、船体を上下に揺らし、左右に傾き、船旅に慣れな

い彼はすでに船酔い気味である。

船酔いの苦しさは、体験したものでないとわからないと思うが、こちらは小学校4年生

のとき、引揚船で朝鮮半島の釜山から門司へ引揚げてきたときに、生死をさまよう船酔

いの洗礼を受けたことがある。 

その後、世界一周を貨客船や、客船で数度経験するほどに船旅を愛するようになって

いたのでケロッとしていた。

船酔いの苦しみは、船が大波の波間に沈み、浮き上がるその振幅が大きければ多き程、

苦しみが増すのである。 引揚時の対馬海峡での経験では、大波は上下に15~20m

程であったと記憶する。

船が波間の底に沈んだ時は、波の先はビルディングの7階ぐらいの高さであり、まるで

地獄の底に吸い込まれたような錯覚になり、吐き気と共に胃が口から飛び出すような感

覚に襲われる。

 

フェリー・アイルランド号は揺れ続け、あちこちで物が落ちる音がしている。

不規則に船が揺れて、ズーンと底に引きずり込まれるようになる。

修学旅行生も静まり返り、嘔吐にせき込む音が激しくなってきた。

彼も船酔い気味で、口に手を当てて虚ろである。

今夜は眠れそうもなさそうである。

             

                                                                   フランスの修学旅行生たち

                                                                フェリー・アイルランド号にて

                    Sketched by Sanehisa Goto

 

 

           フランスの修学旅行生たち(フェリー・アイルランド号にて)

 

夜を徹して揺れまくった船体も落ちつき、カフェテリアで朝食をとっていると、荒波と

ぶつかったのだろうか、椅子と共に吹っ飛んだ。

あっちこっちで皿が割れる音がして、騒然となった。

朝食のメニューも限定するとのアナウンスが流れた。 

この揺れでは、サニーサイドアップの卵焼きも難しいのであろう。

ヨーグルトと、パン&オレンジジュース、コーヒーで朝食を切り上げた。

 

  《わが連合艦隊は、現在、英国南岸を東進中、ノルマンディー/シェリブールに

           22:00に上陸せんとする。全員上陸準備をして甲板に集合せよ》

 

とアナウンスが流れたように聴こえた。

 

荒天で、眠れない夜を過ごした乗船客が、船倉の客室から甲板にでて、雲間から顔を出

す太陽に向かって両手をひろげ、盛んに深呼吸をしている。

なかに金子君も太陽を拝んでいた。 転覆の危機を脱した極度の安堵が、乗船客を感謝

の気持ちにさせているのであろう。 この時の太陽は、救いの女神に見えた。

客室のある船倉は、一枚の鉄板で天国と地獄を分けている空間である。

荒波に軋む金属音は、乗船客の極度の恐怖をいやおうなしに高め、祈りへと駆り立てる

のである。

 

ひとはみな、トルストイ著<光りのあるうちに、光の中を歩め>の豪商ユリウスのよう

に、何度か宗教(キリスト教)の世界に走ろうと志しながらも、そのたびに俗世間に舞

いもどるが、しかし、長い魂の彷徨の末についに神の道に入る。

船旅とは、昔から一大決心と、今生の別れが求められ、テープを投げ合って別れたもの

である。

 

ふと、この船旅で青年時代を想いだしていた。

大学を出て、電機会社に就職したのが東京オリンピック(1964)の年の春であった。

青葉城跡近くの仙台支店に配属となった。

素晴らしい先輩や同輩に恵まれながらも、職を辞し、かねて希望していたブラジルへの

スカウト移民に選抜され、ブラジル・サンパウロに向かうこととなった。

ドラム缶に荷物を詰め、移民船「さくら丸」の船倉で、荒波に揺られての48日間の船旅

であった。

それ以来、船旅は、わが人生の一部となったのである。

 

ヨーロッパの旅前半の締めくくりとして、日本の青年に出会い、船酔いと言う洗礼を受

けながら、ノルマンディー上陸作戦を敢行することとなった。

 

大雨の中、フェリー・アイルランド号は、夜10時、フランス・ノルマンディー海岸のシェリブー

ル / Cherburg港に接岸。 連合軍とドイツ軍の大激戦地ノルマンディーへ上陸、ナバロ

ンの要塞を想像し、興奮も最高潮に達した。

フェリーで出会った青年バックパッカー2人と金子君、4人で近くの列車駅目指して歩き

だした。 途中で、近くのユースホステルを知っているというカナダのバックパッカ

ー・サンドラ嬢が加わり、深夜でもあり、YHで一泊することになった。

 

▼ 10/8 <シェリブール・ユースホステル>泊 (朝食付き 110F)

 

                   

                                  シェリブール・ユースホステル

 

ここフランスの港町シェリブールで「星の巡礼・ヨーロッパ周遊の旅 1100km」の前半

を終え、いよいよ後半、ヨーロッパ全土を<ユーレイル・パス>を使って列車で駈け廻り、中

東にあるイスラエルに立寄り、エジプトよりアフリカを縦断し、アフリカ最南端にある

喜望峰に向かいたい。

 

 

        

      


        今回の90日間にわたる《ユーラシア・アフリカ 2大陸踏破 38000km》の旅姿を

                       イラストで紹介

 

 

                     90日間《ユーラシア・アフリカ 2大陸踏破 38000km》おおよそのルート図                    

 

 

 

 

                            『星の巡礼 ヨーロッパ周遊の旅 11000km』 

                           Ⅰ ヨーロッパ前半

               <スカンジナビア半島➡イギリス➡アイルランド➡フランス>

 

                      完

 

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                           Ⅱ ヨーロッパ後半 

            <フランス➡ヨーロッパ列車周遊➡ギリシャイスラエル

                    に続く

 

 

                     現在作業中

 

 

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<関連ブログ>

 

shiganosato-goto.hatenablog.com

 

shiganosato-goto.hatenablog.com

 

shiganosato-goto.hatenablog.com

 

shiganosato-goto.hatenablog.com

 

2024 星の巡礼 詩集『ああわれいま ここにおりて』

 

                                                         星の巡礼 詩集

                   『ああわれいま ここにおりて』

                                                                      

                   詩・短歌・スケッチ

               星の巡礼者 後藤實久

 



                     

 

人の一生は、未知の世界を求めての、旅の連続であると思います。

老境に入り、ようやくこの世に生を受けての目的<星の巡礼>を果たしたような安堵感に浸っている

今日この頃です。

人生航路の終着港にしたいと、あの時、あの場所で浸った己だけの世界を謳いあげた詩句を、

詩集『ああわれいま ここにおりて』に、スケッチや写真を添えて、まとめて見ました。

あの時、あの場所で観て、感じた情景を、覗いていただければ幸いです。

 

<shiganosato-gotoの日記>

https://shiganosato-goto.hatenablog.com/

なお、これまでの、ここ地球星での出会いは、ブログ<星の巡礼>として上記日記に

書きとめていますので、気軽にお立ち寄りください。 弥栄

 

 

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       ■《 ああわれいま ここアンナプルナ山麓におりて》

 

 

                   <ヒマラヤの霊峰を詠う>

 

                    《神の声 聴きて勇みし 霊峰に こころ響きし 木霊うれしや》

                             ―かみのこえ ききていさみし れいほうに こころいびきし こだまうれしや―

 

     《ヒマラヤに 神と出会いて 感極め われを忘れて 泪やまずや》 

        ―ひまらやに かみとであいて かんきわめ われをわすれて なみだやまずや―

 

      《満天の 輝く星に 我見つけ 愛語かたりし ヒマラヤの峰》

        ―満天の かみとであいて われみつけ あいごかたりし ひまらやのみね―

 

    《影踏みし われを見つめる 月明かり 白銀まぶし アンナプルナや》

        ―かげふみし われをみつめる つきあかり はくぎんまぶし あんなぷるなや―

 

       《触れおりし 人のこころに 神の愛 祈る姿に 銀嶺眩し》

        ―ふれおりし ひとのこころに かみのあい いのるすがたに ぎんりょうまぶし―

 

     《わが命 無の風舞いて 嶺をこえ 未知なる山に こころ残せし》

        ―わがいのち むのかぜまいて みねをこえ みちなるやまに こころのこせし―

 

    《にっこりと 笑い迎えし アンナプル 神々しさに 手合わせしや》

        ―にっこりと わらいむかえし あんなぷる こうごうしさに てをあわせしや―

 

     《触れし手に 温もり伝う 心地よさ ヒマラヤにみる 万年雪や》

        ―ふれしてに ぬくもりつたう ここちよさ ひまらやにみる まんねんゆきや―

 

        《坐りてや 神のこころを 宿さんと 白銀輝く ヒマラヤの峰》

      ―すわりてや かみのこころを やどさんと はくぎんかがやく ひまらやのみね―

 

      《一念を 想い伝えし 闇の息 見つめしわれに 神の声あり》

        ―いちねんを おもいつたえし やみのいき みつめしわれに  かみのこえあり―

 

       《峰の花 踏みて崩れし 命だが 神の息吹に 命蘇りし》

        ―みねのはな ふみてくずれし いのちだが かみのいぶきに いのちやどりし―

 

     《知りたいと 真の悟り 求めしや 何處にも無きて わが内にあり》

        ―しりたいと まことのさとり もとめしや どこにもなきて わがうちにあり―

 

       《神の声 聞きて目を閉ず 暗闇に 銀嶺まぶし 残月の山》 

       ―かみのこえ ききてめをとず くらやみに ぎんりょうまぶし ざんげつのやま―

 

    《生きるとは かくありなんと 教えられ 山歩き終え 感謝満ちにし》

       ―いきるとは かくありなんと おしえられ やまあるきおえ かんしゃみちにし―

 

     《アンナプル 山麓トレック 踏破おえ ポカラ目指せし 脚も軽やか》

      ―あんなぷるな さんりょうとれっく とうはおえ ぽからめざぜし あしもかろやか―

 

 

 

 

            ヒマラヤ山麓を駈けたワイルド・ローバーⅡ世号

              Sketched by Sanehisa Goto

  

                ヒマラヤの霊峰を詠う (ナガルガットの丘よりⅠ)

     

     

                    ヒマラヤ山系における

        アンナプルナ・ダウラギリ・カンチェンジュガ・ゴルゲ村の位置情報

 

 

               アンナプルナ山麓トレッキング・コース・スケッチマップ

                                                      Sketched Map by Sanehisa Goto

 

 

         ヒマラヤ<ランタン・ジュガール山群の山容>  (ナガルコットの丘よりⅡ)

 

 

 

                                                           ------------------------

    

 

                     <山の神よ>

 

ああわれいま ゴレパニにて 

アンナプルナと対峙す

ダウラギリよ 黙して語らず 

ただただ鎮座せし君よ

なぜにわれをさそい 

われを沈思の世界に導きしや

 

宇宙の塵にすぎぬわれに 

山の神たる君の魂ひびき

われを抱きて われに

愛の眼差しを送り伝えしは

黙して語らなぬ君の 

愛の深さを知りて感涙す

 

わが魂またむせび泣き 

                                                                             君に交わりて 

                                                                             飛翔し止まず

神聖なる白銀の君の眼差し

わがこころに広がりてや

ああわれいまゴレパニの山小屋におりて 

                                                                                幸に咽びし

 

ああわれいま

アンナプルナの山麓におりて

                  満天の星に招かれ

                                                                           雪の精と戯れるに

                                                                              われ天に舞い

     精霊と交わりしや 

君を拝し黙してやまず

 

                        

                      

                                         

                アンナプルナ山群に輝く星座たち

                                                          2001_05_13   01:30

                Sketched by Sanehisa Goto

                                                                    

                    アンナプルナ山群を望む

     左・アンナプルナⅠ 8091m / 中央・アンナプルナ サウス 7219m / 右・ヒムジェリ 6441m                                   (アンナプルナ山麓トレッキング途上、ネパール・ゴレパニ村の山小屋から)

 

2001・2006と2度、アンナプルナに魅せられて訪れている。

豊穣の女神とも、キラーマウンテンとも呼ばれるヒマラヤ山群の中央にそびえる霊峰アンナプルナを

眺められる<アンナプルナ山麓トレッキング>を歩いて来た。

その神秘的な、人を寄せ付けない威厳に満ちた山の神に頭を垂れたものである。

 

アンナプルナ山麓トレッキングコース上で、足を止めては神の山<アンナプルナ>を眺め、詩を作り、

道中の風景をスケッチしながらの夢の時間を過ごした。 

幸せの一つに、未知なる光景に遭遇した時がある。

尊厳に満ちた山姿<アンナプルナ>に出会ったときも、幸せを感じた一瞬であった。

 

 

                  アンナプルナサウス7219mを望む

       アンナプルナ山麓トレッキングコースでの宿泊先<スーパービユーロッジ>より

  

 

                             アンナプルナ山群に輝く星座群 

                                                                            2001_05_12   01:30

                                                      Sketched by Sanehisa Goto

 

 

                  アンナプルナ山麓トレッキング山小屋

                 <スーパービユーゲストハウス>

                               ウレリ村1990m

                                                      Sketched by Sanehisa Goto

 

              アンナプルナ山麓トレッキングで出会った白毛

                    ネパール・ゴルバニ村

                 Sketched by Sanehisa Goto

 

 

            アンナプルナ山麓トレッキングで出会ったネパールの老婦人たち

                   ネパール・ゴルバニ村

                          Sketched by Sanehisa Goto

 

    

 

 

                                

                       アンナプルナ・サウス7219mを背に

                                                     タダパニ村 ・ネパール 2680m

 

  

 

                                                                               -------------

 

    

                             <霊峰タウラギリよ>

 

                                  ああわれいま

                  アンナプルナ山麓におりて

                      霊峰タウラギリよ 

                    なぜにきみ黙して語らず 

                       鎮座せしか

 

                            きみわれを抱きしめて 

                  われに愛を伝えんとする

                      その姿

                   わが魂ふかく揺さぶりて 

                 われ君とともに宇宙を舞わん

 

                             ああわれいま

                  霊峰ダウラギリに酔いて 

                     われ君に恋し

               君を離れること能わず

                 さらばタウラギよ

                                                          また会う日まで

          

 

  

 

                                                             再会を約した霊峰ダウラギリ山  8167m

 

                                                    アンナプルナに連なるダウラギリ連峰からの日の出 

                                                                左端がダウラギリ山(8167m-世界7位)

                                                                        (プーンヒル3210mより)

 

                                               

                                             プーンヒル3210m 

 

 

      

               HIMALAYA TOURIST GUEST THOUSE

                                                            タダパニ村・ネパール 2590m

                                                  Sketched by Sanehisa Goto 

 

 

      

                  アンナプルナ山麓トレッキング上の風景                   

                                                         チャンドラン村の急峻な棚田風景 1940m

                    Sketched by Sanehisa Goto

 

 

ダウラギリ山(8167m)、サンスクリット語で「白い山」は、ネパール北部のヒマラヤ山脈

ダウラギリ山系にある山で世界第7位である。

1960年5月13日 - 世界初として、スイス・オーストリア隊のクルト・ディムベルガーらが北東稜から

無酸素による初登頂。

1970年10月20日 - 日本初として、川田哲二(同志社大学山岳会)、ラクパ・テンジンが登頂している。

 

 

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             ■《 ああわれいま ここオラビンタ岩で瞑想す》

                                              ―カンチェンジュガ山麓 ゴルゲ村 ネパールにてー

 

                                                                            ああわれいま 

                                               ここカンチェンジュガの山麓  ゴルゲ村におりて

                                                                      オラビンダ岩に坐し 

                                                                          天風師とともに 

                                                                こころを天に溶かしおるを

                   喜ぶなり

 

 

                                                                             降りそそぐ

                                                                星のつぶてに  われ光り輝き 

                                                                       力の結晶たらんとし

                                                                             いままさに

                                                                   一つの願い成就せしを 

                                                                             天に深謝す

 

 

                                                                      「人の中に神をみ 

                                                                      自然の中に神をみ 

                                                               おのれの中に神をみたい」

                                                いまわれそれらを成就し 

                       わが宇宙に沈潜せしを

                                                                             識るなり

 

 

                                                                           満天の星に

                                                                           祈り伝わり 

                                                                       星たちの大合唱

                                                                 このゴルゲの谷に木霊し

                                                                   蛍と踊りて 流星と競い

                                                                悠久の流れに 月は笑う

 

 

                                             いまわれあるを喜び

                                                             川の流れに身をまかすわれ

                                                                         深く瞑想し

                                                                  天風師の願いし波動 

                                                              時を伝いてわが心に宿りて

                                                                       体内に充満す

 

 

                                                                       人のいとなみ

                                                                     自然のいとなみ

                                                                     宇宙のいとなみ

                                                                     変わることなく

                                                             ただただ感謝の温もりに

                                                          天に飛翔してわれを見るなり

 

 

                                                                     ああわれいま

                    カンチェンジュガ山麓

                                                                 ゴルゲ村におりて 

                                                               中村天風師に

                     相まみえしを

                                                                   喜ぶなり

 

 

 

                      オラビンダ岩<天風岩>

                        Sketched by Sanehisa Goto 

 

                                       

           オラビンダ岩、ゴルゲ村マイユ川に鎮座する<天風岩>で瞑想

 

                 

                                                          ゴルゲ村はカンチェンジュガ山麓にある

          

 

  朝もやに包まれたゴルゲ村を流れるマイユ川     ゴルゲ村<自称:天風会現地連絡先>シバ氏家族と共に       

 

2001/05/16 05:13am ヒマラヤ山系カンチェンジュガ山麓ゴルゲ村シバ宅滞在し、

オラビンタ岩で瞑想にふける機会に恵まれた。 

カンチェンジュガ山は、標高8586mの世界第三位の高山である。

オラビンダ岩は、カンチェンジュガ山麓・ゴルゲ村・Maiyu/メイユ川に鎮座する大岩、

カリアッパ師修行の大岩であり、

中村天風師はじめ多くの聖者や、修験者、巡礼者が坐した悟りの大岩である。

 

早朝、オラビタン岩で瞑想する。

こころの中に、星がふりそそぐヒマラヤの峰々が生きいきと浮かび上がる。

闇の中に祈りの言葉が広がり、谷間にこだまし、わが魂を満たしおる。

 

中村天風師を慕うだれもが、この地を訪れ天風師と同じく、天風師の思いを感じ取りたいがために

オラビンダ岩に坐して天風師の魂におのれの魂を重ねてみるのも自然な流れであろう。

 

瞑想よりもどって、次男坊Hridesh君の手作りのベッドにもぐりこみ夜明けを待った。 

遠くで鶏たちが時を告げている。

婆さんが朝食の用意をしているのであろうか、アワやヒエを石うすで挽いている、

心地よい石の触れ合うかすかな音が伝わってくる。

奥さんの炊飯の煙が鼻をくすぐる。

ゴルゲ村の朝があけようとしているのだ。

生きるという素朴な風景が、今日もゴルゲ村に繰り返されているのである。

その悠久の時の流れに溶け込んできた。

 

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          ■《ああわれいま ここシーギリヤにおりて》

 

 

                                                           <洞窟の美女>

スリランカ 世界遺産 シーギリヤー

 

ああわれ いまシーギリヤの洞窟におりて

暗闇に浮かびしフレスコ画に目を見張る

 

鮮やかな色彩に生きしシーギリヤの美女

豊かな乳房の膨らみにときめきを覚えし

 

月光に艶しく微笑みし乙女たちの豊満に

1500年の歳月の衰えを見ること能わず

 

冷気漂う洞窟にハーレムの熱気満ちて

乙女の肌 妖艶にして今を生きおりしや

 

ああわれいまシーギリヤの美女に会いて

セイロンの美しき姿に感嘆すること切なり

 

 

           スリランカ(旧セイロン)の世界遺産<シーギリヤ・ロック>を訪ねて  

                           2004年1月4日

 

 

 

                                                 托鉢僧 と ダンブニラ石窟のガルヴィハーラの涅槃像

                                                   Sketched by Sanehisa Goto

   

                   洞窟のシーギリヤ・レディース

              スリランカ・シーギリア洞窟の壁画・フレスコ画美女

                     Sketched by Sanehisa Goto

 

   

 

     世界遺産シーギリヤ・ロック             シーギリヤ・ロック入口         

 

 

 

                 セイロン・キャンディ <仏歯寺守護象>

 

 

 

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           ■《ああわれいま ここ南極にありて》

 

 

                                                 <ああ君おりて われおり>

 

    ああわれいま   最果ての南極におりて

       きみ静寂に和して 泰然自若たるは 

                                                             その姿厳然たるをためらわずして然り

 

   一塊の氷花  満月に坐して動ぜずも

     その幽玄 月光にさらし寂滅たらんと

     律する君の姿 悟りて無なるを知る也

 

   無碍なる天にありて円明を照らす月

   愛語聞きし君なる姿に戯論を躊躇す

  われ一人あなもひとり仏たるを知る也

 

  ああわれいま最果ての南極におりて

  万物の等しきを識りて喜びを慶ぶや

  ああわれいま君ありて我あるを認む

 

 

 

                     

                                                    <ああ君おりて われおり>        

                                                            Poem & Sketched by Sanehisa Goto

 

 

                                                 < 南極大陸上陸> 2007年2月24日午前1時15分

                 ロシア船籍砕氷船オルローバー号船上にて

                   南極大陸に坐して、満月と愛語を交わす

                                      

        

                                                           南極大陸砕氷船<オルローバー号>航路図

 

 

                    南極大陸のアザラシ(♂)                    

                           Sketched by Sanehisa Goto

 

              南極大陸・ノルウエ―旧捕鯨母船港<ニコ・ハーバー>

                寄港中のロシア船籍砕氷船オルローバー号

                           Sketched by Sanehisa Goto

 

 

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          ■《ああわれいま ここアカバにおりて》

 

 

                                                 <今を生きるアカバの女>

 

深淵なる宇宙を宿し

黒き瞳もちしアカバの女

閃光たきしわれを

心眼にとめて

挑みて曰く

 

ああわれ いま君に問ふ 

君なぜに わが信仰を試すや

君なぜに わが魂に挑まんとすや

君なぜに わが命を脅かすや

君なぜに わが黒衣を疑わんとすや

 

われもまた 君と同じく 

今を生きる女にして

われもまた わが幸せを求めしや

われもまた わが愛を求めしや

君もまた 今を生きる人であるを信ず

 

われ深く頭をたれ

わが胸に尽きぬ愛を感じしや

 

 

 

     ヨルダン・アカバの街角で、ニカブで全身を黒装束で覆ったイスラムのご婦人に

       出会った時に詠んだ詩である。

  Carp Diem-カーペディエム(ラテン語「今を生きる・その日を摘め」)からくる

     「今を生きる」アカバの女を詠んでみた。  

  2006年6月8日

 

 

                                                                       <今に生きるアカバの女>
                                   Carpediem-Seize The Day in Aqaba

                                                                     2006/06/08 Aqaba・Jordan

                                          Poem & Sketched by Sanehisa Goto

 

 

                                                               

                                                                       ニカブ着用のアカバの女

 

                              ニカブ・ファッションのご婦人たち

                       Sketched by Sanehisa Goto

 

 

 

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          ■《 ああわれいま ここミーソン寺院におりて 》

 

 

 <武士、魂に銘ず>    

 

                    ああ われいま         

                                                           ミーソンの武士(もののふ)共の            

                                                                            跡に坐して

                                                                            歴史を観ず

             

           ひとつ一つの石に                     

             込められし祈りと                      

               願い天を突き                          

              地に満つを観ず                        

 

           対峙せしわれ                        

             無限の力と                          

            悠久の時をえて                        

           魂の至福を観ず                        

 

        ああ われいま                      

古(いにしえ)の勇者と出会いて          

            こころ踊らし                          

   天空を舞いて風を観ず                 

 

           ああ われいま                        

          天と愛語を交え                       

       感涙しきりにして                   

                                                                   天と和して無を観ず   

               

 

 

                                     2006年4月13日 ミーソン寺院遺跡にて ダナン・ベトナム

 

                    

                                             

                                                                        《 武士、魂に銘ず 》 

                       ミーソン寺院遺跡と赤き満月

                      Poem & Sketched by Sanehisa Goto

 

        

                

                                ミーソン寺院想像イラスト           発掘時のミーソン寺院

 

  

                                                                         -------------------                            

                                 

                                              <ああわれ いま我を識りて>

 

目を閉じ 天を仰げば

幻ひろがり われ沈む

沈む往くわれ 浮き草に触れ

わが存在を識るなり

 

われいま どこへ向かえしや

叫びしわれに気づきて

われまた 我を見るなり

ああ なんたるや我 

われを 救い出したまえや

 

 

-------------------- 

 

 

                                                  <われに 気づきありや>

 

すべてに満ち足りて  目を閉ず

心に横たわりし  満足の広がり

 

用いられし喜びに  咽し姿にこそ

短き人生の先を  見るおのれ有り

 

ああわれを見捨て  給うなかれ

われに命の花を  咲かせたまえ

 

 

                                     ( 2006年4月11日 ベトナム・ダナン・ミーソン寺院にて瞑想ス)

 

  

                      「覚醒」 

                 ダナン・マイソン寺院・ベトナム

                                                          Poem & Sketched by Sanehisa Goto

                           

                                                   

                                                                      ダナン・ミーソン遺跡にて

 

 

                                                    ----------------------------

 

 

           ■<ああわれ いま仏の愛に包まれて> 

 

白隠禅師坐禅和讃ー

 

われら本来 仏なり

水と氷のごとくにて

われら近くを知らずして

遠く求めるはかなさよ

 

六趣輪廻の因縁は

おのれが愚痴の闇路なり

闇路に闇路を踏み添えて

いかに生死を離るべき

 

因果一如の門ひらけ

無二無三の道なおし

夢想の想として

 

往くも帰るもよそならず

無念の念を念として

歌うも舞うも法の声

 

三昧無礙の空広く

四智円明の月冴えん

この時何をかを求むべく

 

寂滅現前する故に

当初すなわち蓮華国

この身すなわち仏なり

 

 

             日々愛唱するお経のなかに「白隠禅師坐禅和讃」がある。

     ベトナム・ダナンにあるミーソン寺院にある涅槃像の前で和讃を吟じ、スケッチに励んだ。 

 

 

                       「仏の愛」

                    ー白隠禅師坐禅和讃ー 

                  ダナン・マイソン寺院・中部ベトナム

                                                                     Sketched by Sanehisa Goto

 

   

              中部ベトナム 世界遺産ホイアン・廣肇會館>

                   Sketched by Sanehisa Goto
                

              

 

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          ■《ああわれいま ここ太平洋上におりて》

 

 

                                      <われ一人 あなたもひとり 仏かな>

  

遠方より耳をとらえし北の風

宇宙の鼓動を揺らしつつ

わがこころを震わし

わが魂を突き動かすなり

 

煩悩のまにまに

念仏の声 賛美の詩

「大丈夫だよ」と母つぶやきて

ああわれ一人にあらず

 

わが心なる母 天なる父とおるや

われ一人 君も一人 仏かな

仏かな 仏かな

ああわれ いま仏かな

 

 

               2006年5月28日~6月5日 大西洋横断トパーズ号船上<アイルランド・ダブリン➡ニューヨーク>

 

                 

                                                            「われ一人 あなたも一人 仏かな」

                                                             Poem & Sketched by Sanehisa Goto

 

  

                                                              --------------------

 

          < 命のうねり >   

  

蛇の鱗 闇に光りて浮かび

まさに生を飲み込まんとす

 

船揺れ 波切り裂きて

波のうねり 天の波動と和す

 

飛沫一滴水 心眼に飛び込み

涙に溶け込みしや

 

わが魂の潮流はやなりて

わが命怒涛の中に浮沈す

 

蛇の絶叫 天と合し木霊すや

天空を共に舞いたいと我を招く

 

われ悠久の時を蛇神と遊びて

ああわれ沈黙の中 闇を貪る

 

 

                             (2006.06/13  07:18pm ジャマイカ近くの大西洋のトパーズ号船上にて)

 

 

                      「命のうねり」 

               双頭蛇(15世紀 メキシコ)-大英博物館所蔵

               ジャマイカ近くの大西洋横断中のトパーズ号船上にて描く

                   Poem & Sketched by Sanehisa Goto

 

                                                                         

                                                                             ----------------

 

 

              <無に坐す>    

 

ああわれ この月光のもと

坐して いままさに 

無の世界に飛び込まんとす

 

無の風吹きて われまさに

無の祈りの世界の中に

坐して 消えゆかんとす

 

わがこころの一息を

見つめつつ 無たらんと

深き闇の中に坐するなり

 

                                               

                                                       

     < 無に坐す >     

Poem & Sketched by Sanehisa Goto

 

 

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                                            <ありがたやー無常尽尽無明法>

  

ただただ われ消え入りて

ただただ われを失う

そらうみに ひとすじの

光ありて われはなし

ありがたや ありがたや

 

つねに 明法なく

ひと つねに流転す

ただただ 坐して

わが命 みつめしや

ありがたや ありがたや

 

わが一粒の 涙に

ひとすじの 光やどりて

われを見つめし われに

気づきて うれし

ありがたや ありがたや

 

   ( 2006年5月30日 ニューヨークに向かう大西洋上 トパーズ号にて)

 

<ありがたやー無常尽尽無明法>

Poem & Sketched by Sanehisa Goto
 

 

                                                                        -------------------

 

 

         <ああわれ 満月に酔う>   

 

ああいま われここに在りて

満月に向かって吠える

 

月桂の冠 薄雲に影し

満月われにほほえむ

 

ああいま われここに在りて

満月を月桂の酒に映し

 

その満月を飲み干すは

わが腑蔵にしみわたる

 

ああわれ ここに在りて

満月となりて 満月に遊ぶ

 

満月となり 満月に宿るや

満月に酔いて 我を失う

 

(2006年5月14日 01:32am 東大西洋ポルトガル沖 トパーズ号 サンシャインデッキにて)

    

                   <ああわれ 満月に酔う>

                                                          Poem & Sketched by Sanehisa Goto

 

 

                                                                            -------------------


 

            <流星夜話>   

 

    暗闇にして  波静かなり

   西方浄土  天の川を包み

    またたきの  一閃の流れ星

    今宵また  東天より出でて

   ここ地球星に  堕ち来る

 

   ああわれ  いままさに

    新生なる  命にまみえん

    清く美しき  生命花

    この地球星に  魂与えられ

    愛と平和を   学ばんとす

 

    見上げし  満天の星たち

    微笑みて  愛するわれに

    ただ問いて  鎮座するなり

   「君何処より   来たりて

  君何処へ   還るや」と

 

 行き来たりし  一億光年

  ながき旅路に  わが天命を観ず

  ひとときの  地球星での開花

  またたきし一瞬   約80余年

  わが命 29200日なり

 

  ああわれ   いままさに

  縮みゆく   わが命数えしや

  学びし愛   叫びし真理

  積みし愛    叫びし平和

  与えし愛   叫びし自由

  

  今宵の流星   降る星の如く

  使命帯びし   星の王子王女様

  希望の星として   地球星に降誕す

  使命終えし   星の王子王女様

  安らぎの星へ   還りなんとす

 

  わが人生   振り返り

      わが星に   向かいて 

  わが使命を   顧みるや

  今宵出会いし   流れ星

  産声こだまし   わが魂揺さぶる

  

  美しき死に   巡り会いたいと

  山路越えて   独り往く

  峰々の残雪   心地よく

  雲なき夜空に   わが胸澄みぬ

  流星今宵また   行き交いて尽きぬ

 

 

2006年6月28日 「わたしは星になりたい」との少年時代の夢をかなえようと真夜中、

船のデッキに横たわって三日月や星座や流星たちと語り明かした。 

カナダ・バンクーパ沖 航海中のトパーズ号のサンシャインデッキにて

 

 

<流星夜話>
Poem & Sketched by Sanehisa Goto 

        
                

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          ■ 《ああわれいま ここアカプルコにおりて》

 

 

                                                               <夢想> 

 

慈しみ 優しくわれを包み

わが姿 暗闇に光り輝く

『 この月光に導かれ 天に昇りしや

 わがこころは喜び わが魂は踊る』

われ心を尽くし合掌す

 

ああわれ いま坐して

われを離脱せんとす

この幸せを噛みしめるや

わが魂 無に生きるを喜び

宇宙に満ちて至福に至る

 

われまさに人の生死の道を

識りてやこころ安らかにして

無なるを説く経を唱え

魔訶般若心経の世界に

ああわれ いま遊びて嬉し

 

2006年6月19日 メキシコ・アカプルコ港をとりまく山並みの夜空を見上げながら、

天空に舞ってみた

 

             

  

                      <夢想 >  

メキシコ・アカプルコに寄港、夜空を見上げながら般若心経を唱えてみた

                  Poem & Sketched by Sanehisa Goto

    

             

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           ■《ああわれいま ここインド洋上におりて》

 

 

      <浮雲>      

 

澄み切った青空 どこまでも深く

浮雲ゆっくりと     東へ遠のく

心のなか    無の風吹き抜けて

わが魂  寂滅に包まれて静まり

耳を澄ませば  天なる声聞こゆ

 

ああわれを 抱きたまえや

ああわれを 包みたまえや

いまわれ 浮雲になりて

いまわれを 見つめなおすや

 

2006年5月30日  インド洋航海中のトパーズ号サンデッキに寝そべって、

浮雲になって我を見つめる。

 

  

 <浮雲

ーインド洋上の天子の梯子ー 

                Poem & Sketched by Sanehisa Goto              

 

 

 

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  ■《ああわれいま ここシルクロード中国におりて》

 

 

                                                  <歩訪霊魂 発絹之道>

詩 後藤實久

 

ああわれいま ここ西安におりて

古城の跡に 小雨煙る朝が訪れ

人は自然に親しみ 心軽やかなり

舎殿の跡 周りには石榴実り

青色から黄、橙と色新しくある

昨夜飲みし酒の酔い いまだ残り

陽の昇る様を 西に映る陽光で知る

今はなき昔人の心 我を包み込み

長安の昔 懐かしき都を思い出している

これからの霊魂を 求めての歩みを

この西安から 絹之道に入らんとする

 

 

      <漢詩「王維渭城」改詩> 

    西安にて

      

                   渭城朝雨 浥軽塵客         渭城に、朝降った雨が 客の塵を軽く濡らし

                 舎熟石榴 色新功書      屋敷の石榴も熟し、功書色新たなり           

                      更盡酔酒 西出陽芖      酒に酔うままに 芖の陽のもと西へ立たんとする

                      無故人我 長安音惜      人われなきゆえに 長安の音を惜しみながら

                      歩訪霊魂 発絹之道      霊魂を訪ね歩くため いま絹之道を出発する

 

 

          2004年8月4日 シルクロード踏破18000㎞途上、西安国際ユースホステルにて

 

                               長安城南門 シルクロード東の拠点・西安    

          Chang'an Castle South Gate: Xi'an, the eastern base of the Silk Road

               Revised Chinese poetry & Sketched by Sanehisa Goto

 

兵馬俑の付近には熟した実をつけた石榴の果樹園が目を引く。
始皇帝が自分の墓と定めた農村の小道の両側に石榴がたわわと実をつけているさまは、

詩を詠み、絵をかき、書を遺す雰囲気を醸し出していた。

 

 

《 精華池に 熟し楊貴妃 石榴かな 》 實久
―せいかちに じゅくしようきひ ざくろかなー

 

  

          長安城南門  

     (シルクロード東の拠点・西安)    

           Chang'an Castle South Gate: Xi'an, the eastern base of the Silk Road

                    Sketched by Sanehisa Goto

 

 

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 < 緑の島オアシス 嘉峪関 >
         

    ああわれいま ここ嘉峪関におりて

 走る列車 東の陽を浴びゴビの大地を滑りゆく

 

 霞み立つ遠景に 白き百姓の家 光りて

祁連の峰々 雪をいだきて 白雲と解けあいて

 

   水無き乾燥の地に 緑の島 嘉峪関  我を迎えし

 

 

2004年8月7日 シルクロード踏破・長距離バスの車窓から祁連山脈を望みながら嘉峪関を詠う

 

 

祁連山脈に沿って走るシルクロード

ー河西回路・国道312号線と鉄路ー

Poem & Sketched by Sanehisa Goto

 

 

  シルクロードを見下ろし、万年雪を冠した祁連山脈の峰々

                                                         Sketched by Sanehisa Goto

 

 

 世界遺産 <嘉峪関> 万里長城第一墩

   Sketched by Sanehisa Goto

 

 

                   世界遺産嘉峪関の遺跡群 

                  Sketched by Sanehisa Goto

 

              

                世界遺産嘉峪関・万里長城第一墩を巡る

 

 

 

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                                                   <楼蘭美女のつぶやき>

 

ああわれいま ここ楼蘭におりて

われ3800年タクラマカン砂漠に埋もれ来て

君に出会える日を待ち焦がれきしや

 

ああわれいま 君にあいまみえて

再生復活の命を与えられたことに感謝する

眠りは私にとって一瞬の時の流れ

 

ああきみいま わが魂を再生し

                 神のもと 共に今を生きるを喜びて

                   歴史の流れに相まみえし

                 

 霊魂は、ひとの命のみにあらずして

神のみこころの中にあるを知りて

悠久の流れに共に生きられるを嬉しく思う

 

 

 

   2004年8月14日 シルクロード踏破18000㎞踏破途次、

 敦煌・中国<新疆維吾爾自治区博物館>にて、スケッチをしているわたしに

  ミイラ<楼蘭美女>は語りかけてきた

 

 

                                                           3800年間眠り続けてきたミイラ<楼蘭美女>

                    (新疆維吾爾自治区博物館)

   Poem &  Sketched by Sanehisa Goto

 

     楼蘭市のシンボルマーク  

   Sketched by Sanehisa Goto

 

 

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 <ああわれいま ここ天池におりて>

 

 神 われに天池与うるに

   われいま  天池になりて 

    悠久の宇宙を讃えるなり

 

  ああわれいま天池になりて

一体にして一心なるを

    誇りて君に抱かるるなり

 

 

 

                               雪をたたえたボコダ山(5445m)が映る<天池> ウルムチ・中国

2004/8/15

Poem & Sketched by Sanehisa Goto

 

 

                                      ボゴダ山脈を背に、ウルムチ近郊に広がるゲル<パオの花>  

    Sketched by Sanehisa Goto

 

                  

                                                          

                                                    ボゴダ山脈の雪解け水を湛えた天池に抱かれて

 

 

 

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         <ああわれいま ここタクラマカン砂漠におりて>   

タクラマカン砂漠の風景 ―

   

                              行けどもゆけども無言の風景

                               どっしり腰をおとした禅の世界

                                無言の砂に似たり

 

                            砂漠も命も広大無辺なりて

                          深い眠りにあって霊感に生きし

                  無言の風に似たり

   

                           語らんとする人の浅はかさを笑い

                             沈潜し、寡黙に生きるは

                                                           無言の雲に似たり

   

                           己を捨て去れ、一粒の砂になりきれと

                           ただただ二本の足で大地に立てと

                 タクラマカン砂漠は独白するなり

 

       

                                            輪台(クチャ付近)のタクラマカン砂漠の隊商(イメージ) 

Poem & Sketched by Sanehisa Goto

 

 

                               

                                      确泉达克山脈

                                                          <シルクロード/絲綢之路>クチャ近郊

 タクラマカン砂漠よりシルクロードとMts.Chuatakesanを描く

  Sketched by Sanehisa Goto

 

 

                            

                                                   タクラマカン砂漠道路(ホータンに向かう)

 

 

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                 シルクロードは、中国よりパキスタンに入る

 

 

 

                  ■《ああわれいま ここシルクロード・クンジェラグ峠におりて》

 

 

                                               <霊を求めしシルクロード> 

 

死との契約 

その時 われにその履行を求め

その影をのばしくる

 

われいま

まさに神の栄光の影にて

ラストダンスを楽しむなり

 

神と共に

導かれし荒野に月影踏みて

宇宙を彷徨するなり

 

暗闇の砂漠に

あがりし陽光ありて

霊あるをしる

 

ああわれを

神のしもべたらしめ

導き給え

 

 

 

2004年8月25日 中国/パキスタンの国境の街タシガルガンから始まるカラコルム・ハイウエーで

最も高い峠クンジェラグ峠(標高4500m)を越えて

カシミールフンザの村への途上で、峠越えの<死の世界>を詠う

 

           

            ムスターグ・アタ峰7546m(標高3600mカラクリ湖より)

              シルクロード中国/パキスタン国境の山稜を眺める

                Poem &  Sketched by Sanehisa Goto

 

 

              カラコルム山脈  (標高3600mカラクリ湖よりを望む)

                 シルクロード 中国/パキスタン国境の山並み

                     Sketched by Sanehisa Goto

 

 

     

             シルクロードの最高峰<クンジェラブ峠4500m>を越える


 
            

           

  神に導かれてカラコルムのクンジェラグ峠(標高4500m)に立つ

 2004/08/25

 

  

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             ■《ああわれいま ここシルクロードパミール高原におりて》

 

 

                                       <ああわれいま フンザ渓谷におりて>

 

ああわれいま パキスタンの北方

フンザのカリマバードにおりて

<オールド フンザ・イン>に坐す

 

神の誘いたるこのひとときに

一番鶏(とり)の声渓谷に響き

静寂(しじま)心に忍びよりぬ

 

魂の浄化なるを覚えし そのとき

命ある蝶 羽ばたきしかすかな音

渓谷を揺らしパミールの風と化す

 

残りし月まさに天空に消えんとし

わが魂目覚めてや 我を見つめし

ああわれいま まさに宇宙に溶解す

 

 

 

2004年8月26日  パキスタン、カリマバード・フンザ渓谷にあるゲストハウス

<オルド・フンザ・イン>に投宿し、後方にそびえるラカプシ山7788mをスケッチしながら、

詩の世界に迷い込んだ。

 

            

     ゴールデンピーク山7027mの天空に舞う星たち

                            Poem & Sketched by Sanehisa Goto

      

 

 

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                                          <われいまパミールの風となりて>

 

 

ああわれいま  宇宙の中心におりて

神の声響きし フンザ渓谷に

わが魂を震わせ  共鳴せんとす

 

高鳴りゆく心の鼓動   霊峰に響き

神々の山に擁かれて  無になりしは

パミールの風となりて  悠久に宿る

 

ああわれいま 悠久の風になりて

パミールの峰々に  舞いて充足す

ああわれいま 夢みし我を 見下ろせし

 

 

 

2004年8月26日 05:20am早朝、

<オルド・フンザ・イン>の正面にそびえるゴールデンピーク山7027mの天空に風たちと遊んだ

 

 

            

              フンザ渓谷より眺めるラカプシ山7788m パキスタン

 2004/8/26  01:15pm

                 Poem & Sketched by Sanehisa Goto 

 

              

                               ---------------------------

 

 

             ■《ああわれ いまここシルクロードカシミールにおりて》  

 

 

                                          <ああわれ いま花一輪になりて>

 

今日も一輪の野の花に命を懸けてみたい

ああ人生なんたる幸せか

 

静かに頭(こうべ)をたれ、精神を集中するに

魂の世界に舞うおのれの姿の美しいことに気づく

 

ああわれいま、一輪の野の花にいだかれて

悠久の彼方に羽ばたきゆきしや

 

 

 

2004年8月27日 23:15pm  カシミール・ウルタル山7388mに

一輪の赤い花<カシミール酔芙蓉>ささげて詠う。

人生の旅とは、壮絶にしてファンティックスな出会いであり、

奇跡の織り成す人生は、予定しえない力の働きによるものといえる。 

感動に涙する人生の旅を大切にしたい。

人生の旅は一瞬一瞬が切り取られた感動であることに気づくのである。 

人生の旅とは、夢いや空想の連続かもしれない。

            

                     

                  

               カシミールフンザ・ウルタル山7388mに

2004/8/27  23:25pm  <カシミール酔芙蓉>を捧げる

                         Poem & Sketched by Sanehisa Goto

 

 

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              ■《ああわれいま ここシルクロード・イランにおりて》  

 

 

                                <ああわれ いまペルセポリス遺跡におりて>

 

ああわれ いまペルセポリスにおりて 

アケメネス朝の戴冠式に招かれ

                             アバターナー(謁見の間)に参列しおる

               ああなんたる夢想なりしや

 

                               きらびやかな民族衣装を着飾りし

                             各国王族のダレイオスⅠ世への拝謁に

                              インド王族の祝辞を受ける王 威厳あり

                ああなんたる夢想なりしや

 

 

2004年9月14日 廃墟である宮殿ペルセポリスの遺構に座って、

空想にふけるため2500年前の戴冠式に迷い込み、

廃墟のペルセポリスとダレイオス1世をスケッチして、ペルシャの都を心に残した。

 

 

 

                                 

              紀元前、約200年間栄えた世界遺産ペルセポリ・イラ

                            Poem & Sketched by Sanehisa Goto

 

 

  

        アケメネス朝ペルシャ帝国の王ペルセポリスを造営した ダレイオス1世像

   2004/9/14  11:25am

   Sketched by Sanehisa Goto

 

 

        

               <シルクロード・イラン 横断バスルート地図>

 

 

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                            ■《ああわれいま ここシルクロード・トルコにおりて》   

 

 

                              <洞穴で瞑想す>

                               ―カッパドキア

 

   無常甚深なるこの胎内に

   ひとすじの月光ありて

   闇裂きてわれと融合す

            

           嗚呼、こころ溶けて

   悠久に漂い

   真理、われに満ちなん

 

     幸せは神と共にありて  

     嗚呼、いまカッパドキア

   月下の洞穴で瞑想す

 

 

2004年9月24日 03:45am  トルコ・カッパドキアの奇岩洞窟で月光のもと瞑想する

 

 

  カッパドキアの奇岩洞窟で瞑想する

                         Poem & Sketched by Sanehisa Goto

 

 

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                                                         <神に捧げる詩>

 

ああわれ いまウフララ渓谷におりて

神よ、われいまカッパドキアに導き給いて

無常の歓びを観ず

   幾多の信仰への迫害を乗り越えし

先達の苦しみの中に

        信仰の姿に接しわが泪溢れしや 

    嗚呼われ永遠の愛を観ず

 

 

         2004年9月27日 ウフララ渓谷の迫害キリスト教徒の洞穴住居跡を訪ねて

 

 

 

 

 ウフララ渓谷の迫害キリスト教徒の洞穴住居跡を記録に残す

 カッパドキア・トルコ

                                      

      

                                                 シルクロード踏破 トルコ横断バスルート

 

 

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                        <コンドルとなりて黒海に舞う>

           

                             われコンドルとなりて 黒海の空を舞う

                           風に乗り 風に乗せられ 風になりてや

 

                                 見果てぬ夢を求めて飛びしわれを 

                                                       君恋するボスポラスよ 我を抱きしめ給え

 

                            我を呼びし君の声 我が魂に満ちてや

                          われコンドルとなりて 黒海の海に舞う

 

 

2004年9月29日  14:25pm 黒海沿岸 トルコ

 

 

                                ボスポラス海峡とブルーモスク

                     Poem & Sketched by Sanehisa Goto

 

 

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     <ボスポラス海峡に再会す>

 

    ああわれいま 第二ボスポラス大橋を通過しつつあり

  この地5年前 パートナーの遺灰を散じし海峡にして

         魂の悔悟を打ち破りて 内なる霊の慰めを得んとする

 

 甚深なる鎮魂の波に洗われて ただわれ沈黙に佇む

     今日も変わらず 海峡のさざ波踊り 爽やかな風吹き

  想いて激しく涙溢れ 再会を喜び 感謝するものなり

 

 

 

      2004年9月29日 ヨーロッパとアジアの架け橋ボスポラス海峡大橋を通過する

 

    

ヨーロッパとアジアの架け橋ボスポラス海峡大橋  トルコ

   

 

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                      シルクロード・ヨーロッパに入る

 

 

 

           ■《ああわれいま ここ幻の大陸アトランティスにおりて》

 

 


               <幻のアトランティス大陸サントリーニ島よ>   

 

                           ああきみ 幻の大陸 アトランティス

                           君いま 息をひそめ ここエーゲ海

                           静けき深海に沈みて 息をひそめおる

 

                           ドルフィン号のわれ きみの呼吸に没し

                           サントリーニ島に その姿をのぞかせて

                           時を越え われを迎えんとするを喜ぶ

 

                           アトランティスの  われに寄せし魂の鼓動

                           きみわがこころに響きて 姿をみせんとす

                           ドルフィンに背負われしわれ興奮を隠せじ

 

                           わがこころの宇宙に  きみ来たりて歌いて

                           われに夢を叶えさせたまえと  祈りてや

                           君に会えしこの日を 共に喜びて祝わん

 

 

                                                                     ------------------------

 

 

                      <ああアトランティスよ!>

             

                            ああ麗しのアトランティスよ!

                            この日を幾度夢見たことか

                            初秋の柔らかい日差しを浴び

                            われ胸をときめかして切なり

 

                            柔肌のなめらかなる感触に

                            恥じらいて息吹き交わし

                            君我にすべてを与え給い

                            君に我こころを捧げしや

 

                            エーゲよアトランティス

                            君を想うこころ深きこと

                            エーゲの蒼き心に似たり

                            今宵の宴を共に祝わん

 

                            紺碧のエーゲに顔出せし

                            アトランティスの峰々よ

                              海に沈みし幻の大陸よ

                            親しみ込め挨拶するなり

 

                            アトランティス語り部

                            フルガンドロスの島民にして

                            オレンジがよく似合う女神は

                            我を幻の大陸に導くなり

 

 

   2004年10月4日 幻の大陸アトランティスの中心ではないかといわれるサントリーニ島に上陸し、

   その感動を詠んでみた。

 

                                                     

                       

                             サントリーニ島フィラにある聖堂

                            Poem & Sketched by Sanehisa Goto

 

 

                                                                  ------------------------------------         

 

 

                                アトランティスの山々よさらば>

 

                               いままさにエーゲの海に映える  真紅の太陽は

                               サントリーニ、いやアトランティスの峰に注ぎ

                               古代の神々に 朝のお告げを伝えんとするなり

 

                               オレンジ色の一筋のひかり わが胸を射抜きて

                               アトランティスの温かき太陽を  浴びて満ち

                               3000年前の息吹で  わが体は膨らみて飛立つ

 

                               エーゲに沈みしアトランティスを  船で越え

                               いままさに  古代遺跡ミコノスに向かわんと

                               われ ここサントリーニに別れを告げるなり

 

 

                        2004年10月7日 幻のアトランティス大陸の一部といわれるサントリーニ島

                                                                  後にしてロドス島に向かう。

 

           

            幻のアトランティス大陸の中心と言われたサントリーニ島フィラの街

                          Poem & Sketched by Sanehisa Goto    

 

 

                                                                       --------------------------

 

 

                                     < ロドス島よ>

 

                                われいまここ幻のアトランティス大陸におり

                                神の創りたもうたエーゲの海を航海しおりて

 

                                夢にまで見たアトランティスに沈みし大陸よ

                                われも君と同じ太陽の光を浴び幸せに浸りし

 

                                君無限の空間におりて 同じ空間の我を抱き

                                神の創造せしこの世で 共に遊ぶを喜ぶなり

 

 

       2004年10月4日 幻のアトランティスの遺跡が遺るといわれるロドス島に上陸した

                

                     

                                

               幻のアトランティス大陸の遺跡ともいわれるロドス島

                         Poem & Sketched by Sanehisa Goto

                                  

 

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                      シルクロード終着 イタリアに入る

 

 

             ■《ああわれいま ここシルクロード終点におりて》   

 

 

                       <ああわれいまアッシジにおりて>

           

                                                        ああわれいま無事にシルクロードを終えんとし

                                神の加護によるものと  深く感謝するものなり

 

                             日々の導きのもとフランチェスカ聖堂に坐して

                             喜び分かち合い  感謝の祈りを捧げるものなり

 

                             苦しい歩みにありしも 主の導きにすがりて笑い

                             古き絹の道を歩みて  羅馬の街に立つを喜ぶ

 

 

                                                                          ---------------------------

 

 

                                                                <主への一里塚>

 

                                霧のアシジ いまだなお暗く なお深き眠りの中にありて

                                   聖フランチェスカの遺せし清貧のこころにわれを没す

                                神に従いしは  すべてを捨て去り   体に布一枚を巻きて

                                神の宿りし魂をもてと  聖徒はわがこころにささやけり

 

                             アシジの朝 聖ドミアーノ教会の鐘響きわたりて

                             おごそかに 主なる神の到来を告げるなり

                             ここスパシオ山に流れし聖歌は  霧の舞となりて

                             慈しみ深きキリストの目は 神の愛をたたえて美しや

 

                            ああわれいま神と歩みしシルクロード102日を終えて

                            ここアシジにて神の恩寵を受けその目的を果たすなり

                            星の巡礼シルクロード16000キロの一歩一歩が

                            求めし主への一里塚 歩み終えしを切に喜ぶなり

 

 

                                                                               ---------------------

 

 

                    <祝福 シルクロード踏破を終えて>

 

                                                       アッシジの朝 鐘が鳴り

                                                                聖ドミアーノ聖堂に坐すわれに

                              厳かなる神の到来を告げるなり

                            このスパシオ山に流れる聖なる歌は

                          霧の舞いとなり  わが魂を覆い尽くすなり

                         十字架にかかりしイエス・キリストの目は

                           神の愛を満たして  大きく見開きし

 

                                            ああわれいま  神と共に歩みて 

                                                星の巡礼シルクロード終着なるローマに着きて 

                                                                     その目的を成就するなり

                                             ここアッシジにありて

                                                                  聖フランチェスカをとおして

                           その恩寵を感謝し  祝福を喜ぶなり

                          われに与えられし神のみもとへの一里塚を

                              歩み終えしことを心より喜びし

                                                                                  ハレルヤ !

 

 

                            2004年10月23日 シルクロード18000kmを踏破し、最終地ローマに着いた

                                     その前にアシジに立寄り聖フランチェスカ大聖堂で祝福を受けた

        

                   

                 

                フランチェスカ大聖堂

                              シルクロード踏破を終えアシジにある聖フランチェスカ大聖堂で祝福を受ける

                                              アシジ・イタリア

                                                            Poem & Sketched by Sanehisa Goto

 

 

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 ■ 《ああわれいま ここサハラ砂漠におりて》  

 

  

                                           <ああわれいま 命あるを喜ぶ>

 

ああわれいま 天空に飛翔し 命預けおる時

いのちあるを よろこびてや 神を観ずる也

 

ベルベルの花 我と語らいて 咲きし砂漠に

愛と交わりて 無の風となり サハラを飛ぶ

 

ともに神の子 志しと夢語り 命を相見てや

いのち交わし いのち震わせ いのち喜びし

 

 

        2005年11月26日 モロッコサハラ砂漠 メルズーガ大砂丘にて

 

    イメージ 16

                                                                 サハラ砂漠 メルズーカ大砂丘 

                           モロッコ

                                Sketched by Sanehisa Goto

 

                 サハラ砂漠横断中

     (2001年11 月 エジプト・ギザのピラミットをスタートし、2日後に熱砂のため中断)

 

 

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                                            <ああわれ いま神の国を観ず>

 

ああわれ いま

陽沈みゆきし国 地なる西の果て

大地モロッコに 臥しおりて

 

いざなわれし いま

この地サハラにて 神の恩寵にふれ

頭を垂れ 愛に包まれおりて

 

ああこの地 いま

選ばれてありし この存在に

大いなる意志を 観じおりし

 

ああこの宇宙 いま

われと響きあいて 共鳴するに

神と結ばれて 一体となりし

 

ああわれ いま

すべてに感謝し 悠久の始まりし

神の国への 旅立ちを待つなり

 

 

          イメージ 15

                                                                雪をいだくアトラス山脈  

                                  モロッコ北アフリカ

                        Poem &  Sketched by Sanehisa Goto

 

          イメージ 17

                                                 ベルベル人天幕よりアトラス山脈を遠望する

                  ロッコ

                                      Sketched by Sanehisa Goto

 

 

 

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                                                  <熱き日々 モロッコ

                

 

    《 君背負い 駈けしモロッコ 熱き日々 十字架握る 手に君おりし 》

 -きみせおい かけしモロッコあつきひび じゅうじかにぎる てにきみおりしー

 

      《 涙して 祈りの砂に 口づけし 君の血潮や われを慰む 》

 -なみだして いのりのすなに くちづけし きみのちしおや われをなぐさむー

 

     《 モロッコや サハラ砂漠に 降る星も いのち輝き 我いざないし 》

 -もろっこ さはらさばくに ふるほしも いのちかがやき われいざないしー

 

                  《 悠久の 時の流れに 身を任せ われを捧ぐる 神のみ旨や 》

 -ゆうきゅの ときのながれの みをまかせ われをささぐる かみのみむねやー

 

               《 ハレルヤと 祈りし声に 木霊して アトラス揺れし 万年の雪 》

 -はれるやと いにりしこえ こだまして あとらすゆれし まんねんのゆきー

 

                  《 降る星に 祈り込めにし 幾年や 王子に出会い 魂ゆれし 》

 -ふるほしに いのりこめにし いくとしや おうじにであい たましいゆれしー

 

                   《 涙して 祈りの砂に 口づけし 君の血潮や われを慰む 》

 -なみだして いのりのすなに くちづけし きみのちしおや われをなぐさむー

 

           

 

 2002年11月22~30日 モロッコ紀行にて

    <君なる星の王子さま>が自分の星に帰って行った西サハラ砂漠を訪れて

 サハラ砂漠・モロッコ

 

 

         

                時計塔 - カサブランカ・オールドメディナ

                               モロッコ

                          Poem & Sketched by Sanehisa Goto

 

 

                                                                           --------------------

 

 

 

                                      <ああわれいま  モロッコを旅するなり>

                     

       ああわれいま 陽沈み往きし国 地の果て西なる 

   モロッコの大地に 触れおりて 

       星の王子様に いざなわれて 赤き砂にあいまみえし

 

   いまこの地サハラにおりて 神の恩寵にふれ 

  頭を垂れ 感涙しきりなり

  この存在に 大いなる意思を観じおりしや

    この宇宙 この今 われと響きあい 共鳴せしなば 

       神とむすばれて 一体となりして

   ああわれいま すべてに感謝す 

 

   ああわれいま 悠久の彼方に飛翔し 

       われ神の国を旅するなり

 

 

  2011年11月23日 モロッコ・マラケッシュで

 

 

 イメージ 24

     働きに汗する<ちびロバ達> 

マラケッシュ郊外  モロッコ

                                                        Poem & Sketched by Sanehisa Goto

 

 

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                                     ■《ああわれいま ここユーコン川におりて》  

 

 

                                                   <晩秋ユーコン小夜曲>

 

    ああわれいまユーコンを下りしや 

大自然の咆哮わが心魂を揺さぶる

 

悠久の流れユーコンに身を預け

   主の祈りを吟じ 愛語を聴きて黙す

 

  とも(船尾)に座しカヌーを漕ぎて

森羅万象の胸中に 聖霊を観ず

  

   凍でつきし幕営(テント)抜け出でて

残り火に 暖をとる喜びや幸せなり

 

星の群 あくまで清く瞬きて微笑み

その輝き わが霊魂を刺して貫く

 

満天の迫りくる大宇宙の真珠たち

わが小宇宙の細胞たちと融合し喜ぶ

 

妖変自在に乱舞せしオーロラありて

われと踊りしや狂喜感涙に咽ぶなり

 

雑念妄想に われ煩うことなく

只々瞑目一心を念じて天機を促す

 

神よ われを導き良知を与え給え

われに安らぎと夢想を与え給えや

  

ああわれいま無の風となりはてて

ユーコンの天空を飛翔してやまず

 

遠くよりムースの鳴声 木霊して

優しく響ききて母の慈愛にひたる

 

ああわれいま悠久の営みにありて

感謝の祈りを捧げ 頭を垂れるや

 

目を閉ずれば ユーコンの風

爽にして われを天空に誘う

 

焚火あくまで煙く  ただ棚引きて

こころの闇夜を照らして止まず

 

迫りくる偉大なるユーコン

右往左往せしは 人生を観ず

 

ユーコンに人生を省みては

われ生き様の真なるを識る

 

ユーコンの流れ  遠きにありて

たえず本流を探して彷徨す

 

 

2007年9月16~27日 ユーコン川

<ジョンソンズ・クロッシング ➡カーマックス>

370㎞カヌー下り

 

イメージ 3 

                  星の巡礼 ユーコン紀行』 ノート表紙

                                                    Design by Sanehisa Goto

 

 

                                                                      -----------------------

 

 

                                                             ユーコン讃歌     月と狼>   

 

ああわれいまユーコン におりて

月光の流れ ユーコンに映りて驚嘆す


ユーコン両岸の樅の木 儀仗兵のごとく

一筋の絨毯に向かいて われを迎える


ユーコンの闇に生きる 命に囲まれて

月の光慕い 狼とともに遠吠えす


ああいまユーコン の静寂をまとい

われ愛語に舞いてオーロラと遊ぶ

 

 

 

カヌーでユーコン川(カナダ)を下ったときは、

漂流の楽しさ、見えざるグリズリー(熊)との食糧をめぐっての攻防、

凍でつく夜空でのオーロラの乱舞など冒険とロマンに満ちた旅であった。

 

                         

    ユーコン川カヌー下り370㎞          ユーコン川380㎞を下ったカナディアンカヌー

     (強風を避けている姿勢)

 

 

        ユーコン川畔のサイト              ユーコン・オーロラ

 

      

 <White Horse➡Dawson City>ルートマップ           カヤック積載配置図

 

 

 

<関連ブログ>

shiganosato-goto.hatenablog.com

 

 

 

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                                    ■《ああわれいま ここヨルダンにおりて》

 

 

                                             <ワディラム・月の谷に坐す>

 

天焦げて 色変わり

雲こたえ 歌い踊る

青天の空 蘇き返り

我いのち 輝き満つ

岩山黙し 陰に坐し

天と結び 瞑目せり

ああわれ 月の谷で

魂の再生 喜び涙す

ああいま 朝日拝し

われ消え 我に還る

 

 

    f:id:shiganosato-goto:20210111172052j:plain

                                                      ワディラム渓谷に顔を出した朝日

 ペトラ・ヨルダン 2006/05/01  05:17am

                                                  Poem & Sketched by Sanehisa Goto

 

 

 

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                      ■《ああわれいま ここ北アルプスにおりて》

 

 

                                                       <立山におりて>

            

  ああわれらいまここ立山にありて

  標高2450の室堂に集いて再会す

 

  11面観音阿弥陀如来にいだかれて

  そのこころに癒され青春に沸立つ

 

  神と仏の化身なりしわが身を識り

  極楽浄土を願いて立山にわれ没す

 

  日常を脱し見失いし珠玉の心洗い

  山を見よ花を見よ我を見つめよと

 

  青き天空に突きだすその姿鎮座し

  残雪に清き心を映して歓喜感涙す

 

  吹き抜けし無なる風心地よく舞い

  仲間なる一人一人に天地有情あり

 

  この崇高の極みを与えし友ありて

  西の地にて病身なる孤高をかこう

 

  君の快復を祈りともに哄笑を願い

  久住を約してその青春の瞳輝かす

 

  ああわれらいまここ立山にありて

  山の神立山権現の宇宙を飛翔せり

 

 

 

   立山室堂 みくりが池温泉にて  「ピースボート81山の会」の仲間と共に

 2015年7月21~23日

 

 

                   立山 ・一ノ越より後立山連峰を望む

                     Poem & Sketched by Sanehisa Goto

 


                                            イメージ 4

                 立山連峰縦走中 

 

<関連ブログ>Ⅰ~Ⅳ

shiganosato-goto.hatenablog.com

 

 

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                   ■《ああわれいま ここ宇治天ケ瀬ダムの露営地  テントにおりて》

 

 

  <闇に光ありて>

 

   陽まさに落ちなんとす

   野焼きの煙、わが体に絡みて

   その咽びに命味わう

 

   村に溶け込みし寺の瓦に

   闇せまりきて、眠りをさそい

   一杯の鬼ごろし、夢を語る

 

      夜空に星なる花満ちて

   闇に光をみるなり

   ああわれいま天地にありて

   幸せをかみしめるなり

 

      ---------------------- 

 

 

 般若湯に沈む>

 

      般若湯はいりて、われを

     心地よき酩酊の世界へといざなう

      近在に犬の遠吠えきき、暗闇で小鳥騒ぐ

   ここ曽束のかくれし村で

   天地を抱きて眠るに

   一夜の露営に歌ありて

    今宵もまたこの星に眠りしや

   ひとの命ここにあり

 

 心地よく酔いて また 温もりあり

 この小村にただよいしこの空気

 われに絡まり われを抱きしめし

 ああわれいまここ曽束に

 天地の愛をかみしめつつ

 陽は沈み われまた沈む

 今宵もまたこの星に眠りしや

 ひとの命ここにあり

 

 

般若湯とは、智恵のわきいずるお湯という意味を持った液体、日本酒である。

 

                                                                           ---------------------

 

 

                                               <一畳の宇宙にわれおりて>

 

     一畳の天蓋に ヘッドランプの輪

     宇宙を照らし  われを照らす

    この一畳に宇宙のエキスありて

   宇宙の真理に浸りおる

    一畳の宇宙<天幕>にわが住ありしや

 

----------------

 

 

                                                       <われ宇宙人なり>

 

 夜空の黒天に

 無数の地球ありて

 星なるわれまた輝く

 その命を仲間に託し

 われを宇宙人と呼び

           なんの憚りあるや (憚りーはばかり)

 

                                                                            -----------------

 

<夜天 仰望>

  

 夜天 霞みて

 星の数 半減す

 カシオペアの先に

北極星ありて

七つ星消え

その残像を探る

 

闇に隠れしわれ

 わが友 闇に導かるる

 ああ天を仰ぎ見てや

 夜天にわれを見つけんと

 われありてわれを喜び

その残像を探る

 

                                                                              ---------------

 

 

                                                       <光と共にありて>

 

  この宇宙にありしを

 歓びしわれおりて

 この宇宙の響きに

 心震わすわれあり

 

 ああ 愛の高鳴り

 わが魂をふるわす

 われ眠りより覚め

 この空間を飛翔す

 

 このひとときに

 わが命輝きて

                    飛翔を愉しむ我 

                                光りと共にあり

 

---------------- 

 

 

                                                            <共に歌いて>

   

   漢詩を高吟するわれありて

     小鳥たちまた唱和するに

     闇破りて静寂に木霊す

 

  われらに虫たちも加わり

     宇宙の温かさを感じつつ

     歓び抱きしめ共に合唱す

 

 

 

2015年7月23日自転車で瀬田川を下る旅

なかなか眠りにつけない。こころに踊ることばを書き綴ってみた。

どうも般若湯「鬼殺し」が、わが青春に火をつけたようだ。

星空に天の川をみつけては喜びの声をあげ、

闇のしじま(静寂)に獣の眼光を見つけては感動しているうちに、

半疊のテントに暖かき朝の光が満ちてきた。

野営の興奮冷めやらず、とうとう朝を迎えてしまったようだ。

至福の時間を過ごせたことにこころ満たされ、体にエネルギーを感じる。

力のみなぎりを感じる。

「わたしは力だ。 力の結晶だ」と中村天風師と唱和している自分がそこにあった。

 

 

                                  イメージ 8

                                    瀬田川を下るサイクリング旅

            天ヶ瀬ダム湖上流に架かる「曽束大橋」近くの「曽束運動公園」でテント泊

 

 

<関連ブログ>➀~⑤

shiganosato-goto.hatenablog.com

 

 

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                               ■《ああわれいま ここ高島トレイルにおりて》

 

 

                                           <高島トレイル・赤坂山に臥して>

       

ああわれいま 高島トレイル 赤坂山露営地にありて

無常の風に ツエルト(簡易テント)は 悲鳴をあげし

 

宇宙せまり来て わが仮の宿 ひかり輝けり

外にいずるに 琵琶の海 月光に浮かびて

 

長浜に発す湖東の灯火 夜の闇を色どりて美しき

天空にカシオペア座ならびて われを北へ導けり

 

満天の星たちにむかいて 鹿たちは歌いて恋し

風 その歌声にあわせて舞い踊り ツエルトと遊ぶ

 

ロープに吊るせし 熊除けの鈴 響きてすずし

わが魂にあふれ わがこころを満たしてこぼるる

 

ああわれいま この天地に恵まれて 幸せなり

 

 

2015年10月3日 高島トレイル縦走1日目露営地赤坂山北斜面露営地にて

                ミヤンマー(旧ビルマ)・アラカン山脈にある白骨街道を慰霊縦走するための事前訓練中

 

 

     

 高島トレイル縦走のビバーグ風景

              (アラカン山脈・白骨街道 縦走訓練)

 

 

                     -------------------

 

             

 <満天の星に祈る>

 

        ああわれいま 大御影山におりて 

    天をあおぎ 満天の星に祈る

 

   われ進むべきか 撤退すべきか

  わが前に立ちふさがりし 案内なき尾根

 

    なぜわれを受け付けようとしないのか

     こつ然と消えし目印 そのわけを教えよ

 

  もてる経験と知識を動員し

    地図と磁石をさぐりて答えたり

 

この目印無き道こそ わが道なりと

 われ決断し  すすむべきと

   

高島トレイル縦走なくして阿羅漢なし

ああわれいま 白骨街道へ一歩踏み出すや

 

 

       2015年10月5日高島トレイル縦走3日目早朝0:49am大御影山露営地の寝袋の中で書す。

                 <白骨街道>は、第2次大戦末期、日本軍は起死回生を願ってインド侵攻を試みたが、

       連合軍の反撃による撤退路であり、餓鬼・マラリア等で壊滅、アラカン(阿羅漢)山脈

       は死体で埋まった。

 

     

 

           

                               アラカン山脈<白骨街道>を背に、チンドウイン河畔で野営

            (高島トレイルをアラカン山脈に見立てての縦走訓練を実施)

 

 

                        --------------------

 

 

                                       <高島トレイル  ここ桜峠におりて>

                 

 ああわれいま宇宙という闇夜に抱かれて、

眠りという別世界へ向かう

 

生のなかでこんなに至福な時間がほかにあるだろうか

 

深々と夜がふかまり

天上に妖精の星たちが愛を語り合い肩を寄せあう

 

ああわれいま生を謳歌

次なる生をみるがごとく眠りに導かれゆくなり

 

 

 2015年10月7日0時8分 高島トレイル桜峠露営地にて書す

 

 

            イメージ 3

 高島トレイル縦走中 桜垰にて

 

 

                      -------------

 

 

                                   <高島トレイル 与助谷山露営地におりて>

 

ああわれいま 高島トレイル

与助谷山におりて

東風(こち)にあおられ

天幕おおいに猛りけり

 

闇夜にうかびし若狭の漁り火

ゆれに揺れ

山のシルエットにその踊り火

見え隠れするなり

 

山は動き 海は静まり

この美しき星に平和ありて

ああわれいま

般若湯を口にふくむ

 

深き眠りにつかんとし

心地よき血の流れを観ずるに

 ああわれいま

わが生なるや わが聖なるや

 

 

2015年10月08日 高島トレイル縦走露営地与助谷山天幕にて 午前0時21分書す

 

 

                                      イメージ 6

                                                 高島トレイル縦走露営地与助谷山天幕にて

 

 

                                                                  ----------------

 

 

                                 <高島トレイル ・ナベクボ峠に露営す>

         

ああわれいま 滋賀・福井県

ナベクボ峠におりて

中央分水嶺 高島トレイルの草に伏すなり

 

天空に霧の幕たれ

草木ぬれて冷ややかにして

この宇宙は闇の中に乳白色を呈す

 

風たえず 旋風(つむじ)乱舞に狂い

風に乗りて 濃霧の世界に沈みて

愉快なりや 愉快なりや

 

 

2015年10月09日午前4時12分 高島トレイル縦走路 ナベクボ峠露営地にて書す

 

 

                     

                                               濃霧の高島トレイルナベクボ峠露営地で

 

 

<関連ブログ>➀~⑮

 


 

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                         ■《ああわれいま ここアラカン山脈白骨街道におりて》

 

 

                                <ああわれいま ここアラカン山脈にありて>

 

ああわれいま アラカン山脈におりて

マニプール河を見下ろして

多くの斃れし将兵を慰めんとす

  酒 地深くしみわたり 白米その白きを没す

   線香天高く昇りゆき 埋もれし兵士の

声となって天にとどく

 

 鈴の音 軽やかにアラカンに木霊して

 その涼しき音色に 英霊こころ癒すや

    その魂 西風にのって祖国日本に帰らん

    ああわれいま ここトンザンにおりて

     阿羅漢の主と 共に眠らんとす

 

  ああわれいま マニプール川を望みし

     アラカン山脈のチン高地に伏しおりて

      醜い戦いに散りしおおくの将兵と語りおる

      突撃せし日本兵 迎え撃ちし英印軍兵

       たがいの顔を突き合わせたる肉弾戦

        アラカンの地に屍をさらし退路続きて

         白骨街道 靖国街道といわしめし

         

  無謀なるいや無意味なる戦いを命じられ

        無念の涙流して命すてし兵の哀れをなげく

        ここトンザンの夜天に輝きしオリオンの

       70年の輝きをいまわれはみるなり

          遠くに犬の遠吠えありて上弦の月に響く

         われ静寂を破りし英霊の声をきくなり

 

 

   ああわれいま 阿羅漢山脈 トンザンにおりて

      わがこころに迫りくる宇宙の波 怨念の波動ありて

         安らかに眠らんとする将兵の願い伝わりきし

         静寂にその声たかまり

   わが背筋を伸ばして

           線香の煙に 巡礼の鈴の音に ひとり舞うなり

            この悠久の祈りに馳せ参ぜし将兵の御霊ありて

           いまは彼我なく手をとりあいて

          ともに神の子たるを喜びおりし

 

 

 (2016年1月19日 0:38 阿羅漢山脈トンザン露営地 テントに臥しながら)

 

         インパール作戦後「白骨街道」と化したアラカン山脈とチンドイン川

                   Poem & Sketched by Sanehisa Goto

 

                                     

                     アラカン山脈<白骨街道>縦走中

                                     

              アラカン山脈縦走中 トンザン付近の露営地にて

 

                                        

            アラカン山脈のテント泊にて、英霊との交わりを持つ

 

               アラカン山脈<白骨街道>トンザンの夕暮れ

                 Sketched by Sanehisa Goto

 

                             

                                   インパール作戦<白骨街道>に斃れし将兵を慰霊する

                                                                 (アラカン山脈トンザン路にて)

 

 

                   インパール作戦路縦走のルート図

 

 

                白骨街道の赤土にアラカン山脈の野草を添えた俳句二点

 

 

                  -----------

 

 

<ああわれいま ここチン高地におりて>

 

ああわれいま  雲海に顔を出したる 

チン州ハカに立ちて 忘却の中にあり

 

乳白色の雲あつく 濃い赤の屋根 

ラカンのチンヒルズにロマンを漂いし

 

いままさに眠りからさめ 天地と共に 

悠久のいとなみが高地にやどりきて

 

息白くして 指の紫色に変わりゆく寒のなか 

天空の街をながめてうれしや

 

モルゲンロートに染まりゆく 

ラカンの雲海や峰々の色彩を染め上げおる

 

ああわれいま このチン高地ハカにおりて 

心眼あらいて聖なるや

 

      

        2016年2月2日 アラカン山脈 チン高地 ハカのゲスト・ハウスにて

 

 

         ラカン山脈チン高地の山並み(ケネディーピーク1560mより)

 

 チン高地ハカからの雲海

               Sketched by Sanehisa Goto

 

 

                  --------

 

 

                                            <ああわれいま バカンにおりて>

            

 ああわれいまバカンの地におりて

    いままさにここビルマに陽あがらんとす

                    

     小鳥さえずり 樹々の静なるつぶやきや

       こころの耳に届きて 寂なること仏の如し

 

  聖なるパゴダに あたたかき光とどきて

        その美しきこと天女の舞をみるが如し

 

    ああわれいま 赤き地のバガンにおりて

         散華せし多くの将兵に会いまみえるは

 

           まさにわが交わりにして 切なる祈りなり

   安らかに眠りたまえと手をあわせ 瞑目す

 

 

 

 

      バガンのパゴタ               ビルマ方面戦没諸精霊碑 (バガン

 

 

<関連ブログ>➀~⑱

shiganosato-goto.hatenablog.com

 

 

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           ■ 《ああわれいま ここ熊野古道におりて》


                        

                                    「 ああわれいま熊野古道中辺路にありて」

 

ああわれいま  熊野古道中辺路におりて

 天と語り 地と語り  わが内なる人と語る

 

 わが心をみつめるに  深く息を吸いて吐き

 大宇宙われに満ち  大自然にわれを帰す

 

 生きるとは 日常を繰り返すことにありて

 生かされるとは  天に従いその教えを乞う事なり

 

  ああわれいま  神に見守られ中辺路を歩き

 熊野の鼓動にあわせ  わが歩み確かなり

 

 ああわれいま

 木漏れ陽なる天使の階段(はしご)を駈け上がるや

 

 

2015年8月23日 熊野古道 中辺路 露営地「80大門王子」にて

 

        

        熊野古道中辺路縦走中70出立王子➡ 95祓戸王子/熊野本宮大社

 

  

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                                  <ああわれいま熊野古道 小辺路におりて Ⅰ>

 

 ああわれいま 小辺路大股高野槙の露営地におりて

 カワビラ川のせせらぎにこころ奪われ

 温かき母の胸に抱かれおるをよろこぶ

 

 山鳩  陽沈みゆくを見送りて 鳴くも悲しき

 暮れゆく山麓 山の香に包まれ  静寂に落ち

    薄れゆきて 小辺路に帳(とばり)落ちなん 

 

 ああわれいま  熊野古道 小辺路におりて

 いにしえの旅人 願いを背負いて行くは

 わが世の尽きし 暮を眺むるがごとし

 

 

(2019年5月29日 熊野古道小辺路縦走の旅にて)

 

                                                 

               熊野古道小辺路 縦走中<高野山➡熊野本宮>

 

 

                                                              ---------------

 

 

   <ああわれいま小辺路におりて Ⅱ> 

       

ああわれいま 小辺路 大股の露営地にて

           カワビラ川のせせらぎにこころ奪われ            

温かき母の胸に抱かれおるをよろこぶ

 

                                                          山鳩 陽沈むを見送りて  悲しく鳴くは

                暮れゆく山麓の 山の香に包まれるに

                静かに薄れゆきて小辺路に帳落ちなん 

                       

                   ああわれいま  熊野古道小辺路におりて

                                                          いにしえの旅人  願いを背負いて行くは

                                                          世の尽きし  暮からの解放を見るが如し

 

 

         2019年5月31日~6月2日 熊野古道小辺路縦走<高野山➡熊野本宮> 

 

 

                 -----------------

 

 

                                               熊野古道 川柳日記>

                                                          

 

                  《ツエルトの 顔出し招く 夏星座》
             ―つえるとの かおだしまねく なつせいざ―
                    
             《鶯の 鳴きて招きし 小辺路かな》
             ―うぐいすの なきてまねきし こへじかな―


              《山百合の 果無峠 無の風や》
             ―やまゆりの はてなしとうげ むのかぜやー


                   《浮世見る 小辺路の村や 田植えかな》
            ―うきよみる こへじのむらや たうえかな―


              《茶屋跡に 熊野詣の 草餅や》
            ―ちゃやあとに くまのもうでの くさもちや―

 

   《ありがたや 観音手招き 夏清水》
 ―ありがたや かんのんてまねき なつしみず―
 
  《蟻たちに 噛まれて熊野 夏露営》
 ―ありたちに かまれてくまの なつろえい―
 
  《峰重ね 霞む水墨 小辺路かな》

 ―みねかさね かすむすいぼく こへじかな―
  
   《背負っ子 背負われてや 夏小辺路
  ―せおいっこ せおわれてや なつこへじ―


  《一輪の 野挿し嬉しや 百合地蔵》
 ―いちりんの のざしうれしや ゆりじぞう―


 《八咫烏  老いて熊野路  蝉時雨》  
  ーやたがらす  おいてくまのじ  せみしぐれー

 

 

 

           熊野古道小辺路縦走中 <三浦峠より伯母子岳を望むイラスト>

                                                      Illustration by Sanehisa Goto

 
 
 
<関連ブログ>
■ 中辺路を歩く Ⅰ・Ⅱ➀~⓻ 

 

■ 熊野古道<奥掛け>➀~②

 ■ 小辺路縦走➀~⑬


 

 

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         ■《ああわれいま ここフイリッピン戦跡におりて》

 

 

                                                            <一灯霊魂>

 

ああわれいま  戦没者の灯明の前におりて

先達の純真なる誠にこころ洗わる


われいま  この灯明に頭たれ

悠久に生きるもののふ(武士)の哀れを識る


ああいま君ら  安らかな眠りにありて

 われわれを守りたまふを こころして謝す

 

 

                       

                         本土防衛のためフィリッピンの第一線で散った最初期の神風特攻隊員達



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                                  <コレヒドールに散華せし大先達にささぐ>

  

ああわれいま  コレヒドールにおりて

椰子の木陰に  涼をもとめし


70
年の月日去り  今なお傷は癒えず

壕にこもりて  息をひそめ


猛攻に散りし  6千数百の御霊

海風に乗りて  その霊をいやす

 

ささげし漢詩  吟じて唱和す

草木に宿りし魂  いまだ健在なり


ああわれいま  その血の同胞に

誇りと真誠を授かるなり

 

君らよ  安んじて眠りたまえ

 


2015年2月28日フィリッピンルソン島コレヒドール戦跡にて

 

         

            マニラ陥落時の<I shall return>の約束を果たして

                 ルソン島上陸を果たすマッカ―サ元帥

 

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                                              <サマール島に上陸せんとす>

  

白波けりわけて  フェリー巨体をゆすり

海道をつけて  悲しき戦跡に近づけり

 

    天裂けて  陽光を照らししめるに

   サマール島  また天衣をまといし

 

    ああわれいま  サンベルナルジノ海峡を

   渡りて  サマール島に上陸せんとす 

 

 

---------- 

 

 

  <サンベルナルジ海峡におりて>

 

    最後の日本帝国海軍連合艦隊たる栗田艦隊の

   通峡せる幻の雄姿をみるなり

 

    戦局不利のなか  フィリピン防衛のため

   また 集結せし米国艦隊を壊滅させんがため

 

    その任にありしは  日本艦隊最後の出撃の姿なり

   制空権奪われ  灯火を消しての闇夜の渡峡

 

  若き海軍将兵はいかなる光明を求めしか

 

  ああわれいま  彼らの心情を察するに
   
 熱帯の深き暗闇に帝国海軍の悲しき叫びを聴くなり 

 

 

 

マニラをでると、ルシアナ、ナガ、レガスピを経由しルソン島最南端Matnog港に

深夜2:00am頃に着く。

ここルソン島南端Matnog港から5:42amフェリーに乗換え、

サンベルナルジノ海峡を渡りサマール島Allen港に6:45am入港、

約1時間の乗船時間であった。

 

      

サンベルナルジノ海峡を渡る

 

                                                               -------------

 

 

         <ああわれいま 栗田艦隊の幻の雄姿をみる>

           

   栗田艦隊暁に出航し  濃紺の波を打ちけりて

     整然とサンベルナルジ海峡を突き抜けんとす 

              北にルソン島を見やり  南にサマール島を望見す

       今日もまた波高く強風ありて  敵艦もとめし

         海男なる武士(もののふ)の意気を感ずるなり 

 

 

         

  レイテ沖海戦栗田艦隊航跡>

 

 

太平洋戦争中のレイテ沖海戦にて、サンベルナルジ海峡は

1944年10月24日深夜半に栗田艦隊が通峡した海峡である

視界の効かない夜に軽巡洋艦能代」を先頭とした短縦陣で20隻以上の艦が

通過することは航海の上から見ても艦位の把握などに

大変に慎重さを求められるものであったが、

艦隊は闇に乗じて

1時間かけて25日0時30分に通過したと戦史にある。

栗田艦隊所属の<戦艦 武蔵>65000トンは、米軍の魚雷と空爆により

フィリピン・シブヤン海

1994年10月25日19:35pmに沈没したことは有名である。

 

 

      

<戦艦 武蔵>65000トン
 フィリピン・シブヤン海で沈む

 

                    -------------

 

 

      <スリガオ海峡を渡る>

      

   ああわれいま  スリガオ海峡におりて

   漆黒の天空は星座で満ちおる

 

   不思議なるや  南十字星に出会いて

   北の半球で  輝きをわれに送るなり

 

  遠く陸にまばたきし燈火あり

       亡き兵士たちの御霊を見るが如し

 

     ああわれいま  涼風に誘われ

     レイテよりミンダナオに渡らんとす  

 

 

 

     2015年3月11日19時08分レイテ島最南端Liloan港に到着。

            ここよりフェリーでスリガオ海峡を約3時間でわたり、

                ミンダナオ島の北端のSurigao港経由ダバオに向かった。

 

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                  スリガオ海峡 

              Poem & Sketched by Sanehisa Goto   

                     <レイテ島よりミンダナオ島にかかる北斗七星と北極星を鑑賞>                                                                                     フイリッピン縦断時 タクロバン港よりミンダナオ島を望む

                    2015/03/11  01:07am

 

            

 フィリッピン2500km縦断中

 

<関連ブログ> フィリッピン縦断➀~⑤


 

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         ■《ああわれいま ここ潜伏キリシタンの里におりて》

 

 

                                                         <われを憐れむ>


ああわれいま 迫害の地に

外海の断崖の上に露営せり


暗闇深く 海風吹き寄せては

テントをゆすり 眠ること能わず

 

遠くに一条の光 風に揺れ

近くに秋虫の大合唱を聴きし


わがこころ響きて安けきありて

信仰篤きキリシタンの魂と和す

 

眼を閉ずれば 迫害 拷問の嵐

人をおとしめる声 諌める声々


それぞれの苦悶の声風に乗り

灯に揺れ 人の心を揺するなり


ああわれいま 風に向かいて

灯に向かいて 神に向かいて


なお見失いしわれを憐れむなり

ああわれ外海にて眠りて眠らず

 

   

          

2018年9月9日 <潜伏キリシタンの里探訪 自転車の旅630km> 

―  外海・擢坂岩公園設営のテントにてー

 

 

                         

                     <外海(そとめ)の夕陽>

                 隠れキリシタンの里サイクリング 630km

 

 

         長崎港にて            生月島沖の聖地・中江の島をバックに    

          ―雨の多かった<隠れキリシタンの里>サイクリング 630km―

 

 

                 ------------

 

 

 <人間とは不思議なものだ>    

   

                                                            面白いものだ

思い描くだけで風になり

花のこころにもなり

落ち葉の心境にもなれる

 

苦しい時も

楽しいと考える力があり

出来の悪い子だと言われながらも

何か一つ取り柄が備わっている

    

  賢いだけが、

  綺麗だけが、

不幸だけが

人間の世界でないのが実に面白い

 

心の持ち方、

考え方一つで

どんな状況にでも、どんな方向にも

おのれをコントロールできる

      

人間は

そんなこころの生き物として

神は創造されたのだろう

                  愉快である

   

 

    

西海橋を見下ろす東屋に座り、大村港からの潮風に吹かれながら、

キリシタンの迫害をおもう。

人間とは不思議なものだ。 迫害するのも人間だからである。

神はなぜ人間という生き物を創造したのだろうか。

神は人間に何を求めているのだろうか

人間はどのように応えたらいいのだろうか

 

 

 

        佐世保市西海橋露営地のテントの中で想う

   2018年9月11日 深夜2:18am  <潜伏キリシタンの里探訪 自転車の旅630km>  

 

 

 <天地創造   西海橋より夕陽を拝する>

                隠れキリシタンの里サイクリング 630km

 

   

    西平椿公園      原城址・浦田漁港      平戸・田平漁港    五島列島福江港                    

         <隠れキリシタンの里サイクリング630km  主なる野営地>         

 

 

-------------- 

 

 

<ああわれいま 生月の島に臥して>    

 

漆黒のキャンバスに 大橋の点滅灯 機械的に光りてや

生月の海の風生暖かく  大粒の雨間断なく大地を打つ


暗闇に叫ぶ虫たち 海鳴りと重なりてオラショを唱えし

弾圧にあえてキリシタンを憐れむが如き 重き音に聴こゆ

 

ああわれいま 生月の島におりて 幾多の苦難を乗越えて

殉教を選びし 御霊に語りかけてや その清き道をうらやむ

 

いまわれわれは 何にすがりて 魂の安寧を求めしかや

この重く垂れこめし雨雲に 何を学び取り 教わるべきか

ああわれいま生月におりて 人間の小さきを知りて祈るや

 

 

 

  2018年9月14日 02:30AM   <星の巡礼潜伏キリシタンの里 自転車の旅630km>

  生月島生月大橋公園(道の駅・生月大橋)にて露営 

 

             

                      <平戸の夕陽>

                                                          隠れキリシタンの里サイクリング 630km

 

 

  

           踏み絵        柱に隠されたメダイ            鬼瓦の十字架

 

 

<関連ブログ>潜伏キリシタンの里探訪 自転車巡礼 日記― 2~29


 

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           ■《ああわれいま ここびわ湖岸におりて》

             ー恒例ビワイチ・サイクリングー

 

 

                                             <安土城びわ湖岸におりて> 

       

 ああわれいま  びわ湖岸日野におりて

暗闇に燦々と照りし冷月のもと

おのれを無となし 月を讃える

 

 無数の星高らかに  賛美の歌うたい

 静けき夜空に木霊して  われを包みしや

 おのれを無となし  星と戯むる

 

  月輝りまして  星その姿を隠し

 テントもまた  寒のなかに埋没するや

  おのれを無となし  月光を楽しむ

 

   ああわれいま  夜陰に安土の城仰ぎ

   その秀麗にして  優美なるシルエット仰ぎ

  おのれを無となし  その主と語るや

 

 

  2019年2月17日 びわ湖一周老人自転車ひとり旅  湖岸緑地 岡山園地 露営地にて

 

        

  幻の安土城NHK歴史探偵より)

                

                    湖岸緑地 岡山園地にて露営

 

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<ああわれいま湖北に臥して>

 

ああわれいま 湖北大浦浜の荒波来るを聴き

   寝袋に臥して 闇を感じつ静かに目を閉じるに

     波 荒磯にぶちあたりて われ轟音に怯える

 

激しき雨 強風に重なりて東屋の茅茨をたたき  

   テントしなりて わが体をも圧して恫喝をなす

     ああわれいま 寝袋に潜りて懐炉を握るや

                                                           (茅茨―ぼうし:屋根)

 

 

                                                 

        西浅井 大浦浜公園 東屋での露営にて

     2019年2月19日 びわ湖一周老人自転車ひとり旅

 

大雨のため、寝袋に潜りっこんでの読書はいいものだ。

 ロシア作家・ドストエフスキー著「貧しき人々」を読み終える。

    誰でも一度はかみしめたであろう、ほろ苦い恋の味。 

愛する人に迷惑をかけたくないと行動する

体弱き乙女ワーレンカと善良な小官吏マカールの不幸な恋の物語である。 

時間を忘れて読書に没頭、雨音に夕暮れを気づかされたほどである。

空腹を覚える。

チョコレートをかじり、赤ワインをなめ、

湖の波の音、風の音を聴きながら、

テントのなかに広がり始めた闇の中で目を閉じた。

 

 

                                                               ------------

 

 

                        《ああわれいま ここ日野川びわ湖岸の露営地におりて》

 

ああわれいま びわ湖岸日野におりて

暗闇に燦々と照りし冷月のもと

おのれを無となし 月を讃える

 

無数の星高らかに 賛美の歌うたい

静けき夜空に木霊して われを包みしや

おのれを無となし 星と戯むる

 

月照りまして 星その姿を隠し

テントもまた 寒のなかに埋没するや

おのれを無となし 月光を楽しむ

 

ああわれいま 夜陰に安土の城仰ぎ

その秀麗にして 優美なるシルエット仰ぎ

おのれを無となし その主と語るや

 

 

                                           

2019/2/18    びわ湖一周耐寒サイクリングの途上

湖岸緑地・岡山園地にて露営

 

 

<関連ブログ>

 

■ ビワイチ<若き友を偲んでー 吉村和馬君>

 

《ビワイチに誘いて》山を愛した東山元子さんと雪帽子の比良の峰々


■ビワイチ<ウクライナにエールをおくる>

 

 

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             ■《ああわれいま ここ中山道を歩きて》   

 同志社ローバースカウト創立50周年記念<中山道てくてくラリー>

 

 

                                                           <浅間山再会>

 

ああわれいま、地球星、浅間山車坂峠登山口におりて

同志社ローバースカウト創立50年記念『中山道てくてくラリー』の途次

霧雨煙る浅間山を温泉旅館『ゆうすげ』よりながめおりて

いつか君との再会を夢見しが、その機会をいま与えられ嬉しく思う


ああわれいま地球星浅間山にありて

ウイスキーとカルピスソーダのカクテルに酔い

老松よりしたたる雨滴音に心を傾けつつ

宇宙の温もりを感じて幸せをかみしめるなり

懐中電灯のあわい光、いのちのごとくひかりて

われを照らしわれを興奮せしむるなり

 

降り落ちる雨滴の叫び声

この全宇宙に響き渡りてわがこころを満たしおる

これまたわが人生のひと時と想いしとき

生かされし幸せをかみしめて感謝するなり

いままさに、われ浅間山と一体となりて爆発し

その噴煙となりてわれ宇宙に飛び出さんとす

 

ああわれいま宇宙となりて幸せをかみしめるなり

 

 

                                同志社ローバースカウト創立50周年記念<中山道てくてくラリー>                                    

                                      中山道徒歩旅行 望月宿 笠取峠露営地にて 2011/4/21

 

                     

  <浅間山中山道徒歩旅行 望月宿よりの眺望

   

              

   望月宿㉕「木曽街道六十九次・望月」

  

 

                  -----------

 

 

        <千手観音堂 一刻院に臥す>

 

          嗚呼(ああ)われいまここ中山道観音堂にありて

    三留野(みどの)宿 千体観音堂 一刻院に 一心を托しおる

 

   坐して 瞑目するに 時止まりて 

          われまた 即身成仏の一体となるを観ずる 

 

          千体観世音の心音 宇宙に歌いて わが命と融合してやむことなし

    闇に浮かびし 御堂の姿に 大いなる神のお姿を覚ゆ

 

           神、その創世記にありて創られしこの世を想うに

            嗚呼 われいま 神の愛を識りて 頭(こうべ)を垂れし

 

           遠きにありて 神々の賛美の歌声あり 

    近くにありて 観世音のマントラを聴く

     嗚呼 われいま わが身を捧げてや

               われ無し坐するわが姿をながめてや われを捨つるなり

 

              嗚呼 われいまここに 至福をえて真なり

 

 

 

2011年5月6日   中山道徒歩旅行 三留野宿(みどのしゅく)にて

 

   

          中山道 三留野宿千手観音堂 一刻院に臥す>にて一宿する

 

                 ---------------

 

 

                                                       <無の風と遊びて>

 

 陽光全身を包み  空の彼方へ我を誘う

 草息 我に風の衣を着せて喜ぶ

 

 時 われを誘い  時 われと戯る

 時の流れに身を沈  時の中で躍るなり

 

 われ天地にありて  ひとの生き様を識り

 命を芽吹き 命を捨つるに  ひとの尊さを観るなり

 

 けふも無の風に遊びたい

 

 

          同志社ローバースカウト創立50周年記念事業<中山道てくてくラリー>

 2011年5月11日 中山道中津川宿にて

 

 

      同志社ローバースカウト創立50周年記念<中山道てくてくラリー> 中津川宿にて

 

                                                   中山道徒歩旅行踏破隊員

             

             弥次さん(後藤60生)      喜多さん(田中祥介79生)

 

 

<関連ブログ>「中山道徒歩旅行550㎞」Ⅰ Ⅱ Ⅲ

shiganosato-goto.hatenablog.com

 

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           ■《ああわれいま ここ鈴鹿山脈縦走路におりて》

  

 

    <山鳴りの鈴鹿山脈縦走に酔う>  

                 

          ああわれいま 鈴鹿の山稜におりて
     神風に踊りし 山鳴りに怯える
    

        山の神怒りしか ほろ酔いて吠えしか
        轟音近づきて 悲しき声を残して去る

 

   何を怒り なにを求めての  山鳴りか

    ああわれ鈴鹿の山稜におりて

          

    寝袋に沈みて  山の咆哮を聴くなり

 

 

 

 鈴鹿山脈縦走・ロングトレッキングの露営にて

蛭(ヤマビル)に噛まれながらの鈴鹿山脈縦走・老人の牛歩トレッキング

            <水晶岳麓 中峠露営地にて2018/4/15 23:15>

 

       

                                        鈴鹿山脈縦走  藤原岳登頂(1120m 日本300名山)

 

                 

             鈴鹿山脈縦走<水晶岳麓 中峠にて露営>2018/4/15

 

                 

            鈴鹿山脈縦走 御池岳登頂 (1241m 日本300名山)

                  

<関連ブログ>「星の巡礼 鈴鹿山脈縦走60㎞」1~19

shiganosato-goto.hatenablog.com

 

 

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■ 《ああわれいま ここカミーノデサンチャゴにおりて》

 

 

                                               <魂こそ神の贈り物である>

 

自然の営みは神の語りかけである

今宵も流れ星を眺めながらの野宿を楽しんだ

わたしは流れ星との出会いの一瞬が大好きである

その流れ星に乗って宇宙を旅してきたと思うだけで

わたしはいつの間にか流れ星になって悠久なる夜空の

ひとつの星になっているのだ

 

わたしはいつも思うのだが

わたしはいまでも自分がある星からやってきた

生命体であると思っている

世間でいう宇宙人・異星人なのである

と思うと愉快ではないか

 

地球人という人間はみなほかの星からやってきた集合体である

きみも間違いなく異星人なのだ

魂を授かった者は  与えられた命に忠実に生きるのだ

「あなたの命はどこからきたの?」

コウノトリが運んできた  という昔の人はロマンがあった

流れ星に夢と命と魂が詰まっていると思うのもロマンである

 

今朝も東から太陽が顔をだし、月が姿を消していく

ああ、なんと偉大な営みであろう

その営みに参加させてもらっているのだと思うと

魂の震えがとまらない

魂こそ神の贈り物である

 

 

  2003年8月18日 ポンフェラーダ・スペイン 

                                           カミーノ・デ・サンチャゴ巡礼路 850km途上

 流れ星は、サンチャゴ・デ・コンポステーラへと導いてくれた

 

 

        気温42℃、ほとんど裸で駆け抜けたカミーノ・デ・サンチャゴ巡礼路

 

                                      カミーノデサンチャゴ巡礼路 自転車走破85KM

                         ルート図 

 

                                                     

                                           カミーノ・デ・サンチャゴ巡礼路850KM スタート

                 

 

                 カミーノ・デ・サンチャゴ<巡礼手帳>

 


                 --------------

 

 

                                 <ああわれいま カミーノデサンチャゴにおりて>

                     川柳日記

 

 

 野に伏して  仰ぎ星みる  カミーノや 

 生きること  神の教えを  識ることぞ

土におふ  この温もりや  神の肌

神慕う  子たち多き  この星に

 

ピレネーの  湧きいでし水  甘露かな

カミーノや  息吹きかけし  いのち道

白き雲  われ導きて  こころ旅

サンチャゴの  見えぬ力に  身をまかせ

 

                                                   

 

無のこころ  己見つめる  息づかい

祈りこそ  愛語ありてや  こころ歌

風ひとつ  ほほに触るるや  神の愛

石畳み  ひとの祈りを  聴きおりて

 

闇のなか 光るホタテや 巡礼路

ピレネーを 神と駆けし ふたり旅

影うつす 巡礼路や 夏帽子

夜道をや  裸で漕ぎし 巡礼路


杖つきて 神にすがりし 巡礼者

苦痛さえ このひと漕ぎや  神の汗

道すがら  影重なりし 神とわれ

いまの苦は いつかは楽に 変わりけり


カミーノで 死んでも生きる 教え知り

巡礼の 弾む鈴音 神の声

笑顔にて 「ウルトレーヤ」 神の声

         アルベルゲ アメジングレイス 木魂する (アルベルゲ=巡礼宿)


            村通過 スタンプ嬉し 恵比須顔  (スタンプ=巡礼通過印)

腹空けば チキンラーメン かじりしや

聖堂に 立てたる杖も 祈りおり

アルベルゲ  疲れ伏してや 夏の夢

 

ホタテ貝  見つけて嬉し  巡礼路
巡礼路  身を焦がしてや  ペダル踏み

巡礼者  抜かれ追い抜き  同志顔

カミーノの  銀河鉄道  こころ旅

 

               

                 シンボルマーク<ホタテ貝>              

 

走りぬき 神と乾杯  歓喜

魂の 終わりなき旅(路) あの世まで

聖堂の 陰に夕日や 崩れ落ち

聖地踏む 魂ここに 咲き誇り

 

悠久の カミーノにわれ 神と立ち

巡礼を 終えて満ちなん 我こころ

夢叶い こころは神に 近きかな

            髭面や コンポステーラ 抱き合いて

 
 

 

   <カミーノ・デ・サンチャゴ巡礼路 結願証書>    サンチャゴ到着のワイルドローバーⅠ世号

 

          

           姉妹巡礼路<SANTIAGO-KUMANO>結願証明書

                 

 

  帆立貝をリュックに結ぶ   カミーノ・デ・サンチャゴ巡礼路はホタテ貝のシンボルマークに導かれる



<関連ブログ>「カミーノ・デ・サンチャゴ自転車巡礼800㎞」①~⑫

shiganosato-goto.hatenablog.com


 

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         ■《ああわれいま ここ六甲縦走路も天幕に臥して》

 

 

                                                  <義経鵯越峠に露営す>

  

ああわれいま 鵯越え「一ノ谷の合戦」跡に臥し

神戸須磨にありて 源平合戦の史跡にして

義経軍が平家陣地を襲いし地に 露営せし

 

息ひそめ 獣道なりし鵯(ひよどり)を越えし

義経の勇姿を この地の野に伏して思い描くとき

おなじく歴史の営みの中にいる身 引き締まりし

 

ああわれいま 歴史のロマンに夢を託して

露営の目覚めから ここ鵯越で朝をむかえしは

義経の卓越せし智略を知りて 歴史を覚ゆ

 

 

 

2017年3月12日『六甲全山縦走のんびり2泊3日のトレッキング』

第1日目露営地 : 鵯越え「一ノ谷合戦」跡に伏して

                                                                    

「一ノ谷の合戦」は、平安時代の末期の治承8年(1184)2月7日に須磨で行われた

 戦いであり、源平の合戦における戦いの一つである。.義経が70騎を率い、一ノ谷の

 舘を馬で出て、ここ険阻な一の谷の背後にある鵯越(ひよどりごえ)から攻撃を仕掛

 けるにあたって、人馬が越えられるかと猟師に尋ねたという。.猟師が「鵯越は到底人馬

は越えることのできぬ難路である」と説明すると、義経は「鹿はこの道を越えるか」と

 問い、猟師が「冬を挟んで餌場を求め鹿が往復する」と答えると、義経鵯越えを戦略

に取り入れたという。

 

     

             鵯越え「一ノ谷合戦」における義経軍の<逆落とし>

 

  

     鵯越え<一の谷公園>でのビバーグ              ひよどり(鵯)道


               <鵯越え/逆落とし「一ノ谷合戦」跡で野宿>

 

                六甲全山縦走2泊3日のルート図

 

 

<関連ブログ>「六甲全山縦走」Ⅰ~Ⅶ

shiganosato-goto.hatenablog.com

 


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     ■《ああわれいま ここモンゴル平原におりて》  

 

 

   <ああわれいまゴビ砂漠におりて>   

 

不毛の砂漠にも生き物はいる

ガタガタと羽をこすりあわせ

大きな音をだすバッタたちが飛び交い

 

まばらに生える背の低い草たちも

素敵な花を咲かせている

夕日がぼくの長い影をゴビの大地に描き出し

 

遠く大地に溶け入りそうに

ゴビに横たわっているゴビ・ゴルバン・サイハン山脈が

夕日に浮かぶ

 

時として地平線上に浮かぶ蜃気楼の島々

自然の織りなす動画や、アートに釘付けになり

一陣の風にさえ体、こころが浮き立つ

 

少年時代より

ゴビの遊牧民の栄養源である

馬頭乳の熟成のように

モンゴルへの夢を温めてきた

溶け行く地平線をみながら

闇のゴビ砂漠で夜空を眺めたいと

 

古馬

駱駝、羊たちの生き物を育んできた

モンゴルの大地で寝てみたい

モンゴルの天地に満ちた

清浄なる空気にひたり、

大草原の風に舞ってみたい

 

チンギス・ハーンに率いられた

栄光に輝く蒙古騎馬軍団の

荒々しい風土に接してみたい

モンゴル騎馬戦士の都である

カラコルム(現ハラホリン)に立ち

元寇を考えてみたい

 

モンゴル・ソ連軍と

戦ったノモハンに触れてみたい・・・

チンギスハーンの

源義経の生まれ変わりという

志賀の里での夢想は

すでにここモンゴルの地を駆け巡っていた

 

 

             2017年7月 ゴビ砂漠の天幕にて綴る

 

        

                ゴビ砂漠で弥栄を叫ぶ

 

       

                念願のゴビ砂漠で露営した

 

  

                モンゴル紀行地図

 

 

                  ---------------

 

 

                                             <ゴビ砂漠でテントを張る>

 

ゴビ砂漠に到着した 

N43‘35’33‘72(北緯) / E 104’24‘27’19(東経)

ゴビ砂漠での露営地の仮住所なり


ここは標高1455m

大気圧は現在845hpaなり

 

風向き、星空観察などの条件に合うようにテントの位置をきめ

愛用のモンベル一人用テントを張る

砂塵の侵入をふせぐため

グラウンドシートを二重に敷き

四隅に砂嚢(強風対策として袋に砂をつめた重し)

を置きし

 

 

       

   夢にまで見たゴビ砂漠に設営した

              

                 

                                                                     ああわれいまゴビ砂漠におり

 

 

                                午後10時30分、夕日が斜めにさし、砂漠を朧に包み込みつつある。

       夕日の染まる大空に白雲浮かびて、遠くの山並みはモルゲンロート現象に赤く染まり

              ここゴビ砂漠は、幽玄の世界のはじまりである。

     ゴビには山脈があることはすでに述べた。 砂丘もほとんどない、常識的な砂漠ではない

  ゴビ砂漠は、夜に近づくにしたがって風が強くなり、日が沈むと昼の灼熱が一転、気温も急降下する。

         深夜、体は震え、ダウンを着込み、たまらず蝋燭の火で暖をとった。

 

 

       

                ゴビ砂漠の暮れゆく夕焼け
             

                                   

                 -------------

 

 

                                                            <ゴビの詩>

 

ゴビの砂漠に沈む夕陽

茜色に染まりて 一片の雲を残す

 

待宵月(まつよいづき)に寄り添いて

変化自在の地平にとける

 

 影なる羊 鳴き声残し

風に漂いて  砂漠に消えゆく

 

ああわれいまゴビにおりて

乾きし大地を  泪濡らしおる

 

 

                                                                 ------------

 

 

                                                <ゴビ砂漠での露営を歌う>


テントを張るに 幾度も強風に飛ばされ

日が沈むと風ますます強まり 寒さ襲いくる

深夜の強風 テントをゆがめ

その風の歌 高鳴りし

 

遠くブリザートなる騒音

胸騒がせて耳を澄ます

暁  気温さらに下がりて

重ね着するも寒さあり

 

朝方、さらなる強風にテント傾き

体転びて驚く

日の出とともに  かすかに熱風はこび来て

熱砂の砂漠  今日も又戻りくるが、いまだ眠し

 

                 ------------

 

 

                                                   <ゴビ砂漠の星と遊ぶ>

 

夜半起き出でて 満天の星座を観賞す

北天を見るに 地平線近き左に逆さ北斗七星

右にカシオペア座ありて われに微笑む

 

普遍なる、皇帝の如し北極星 輝きて鎮座し

強風にわれ揺れ 星たちの姿定まらずして

星たちも踊りて 大気の揺れにとどまらず

女神なる明けの明星 04:40 東方に確認す

 

 

                  

                 -------------

 

 

                                                        <モンゴル縦断>

 

蒙古 緑なる絨毯に包まれ その懐深くして

人間はこの大地にあって ちっぽけに見える

見よ 大草原の丘の曲線に沈む太陽よ

あとに続く夜空に 輝きし悠久なる星たちよ

嗚呼 蒙古はなんと幻想的な国だろうか

ビバー モンゴリア

 

 

       

            モンゴル大平原を染める緑の絨毯がどこまでも続く

 

                 内モンゴルのパオ村

 

            

               モンゴル・ゴビ砂漠を行く
          

-------------- 

 

 

                                               <オルホン川畔に露営せし> 

 

モンゴル帝国を支えた水がめにして

悠久の流れは変わらず現在を流るる

 

チンギス・ハーンという英雄の夢乗せて

 その流れは北海へと流れゆく

 

オルホン川の水に手をひたしおるに

 水の精、わが魂に宿りきて満つるなり

 

ああわれいま、オルホン川畔におりて

モンゴル帝国の戦士と会いまみえしや

 

 

       

モンゴル帝国の歴史と共に流れるオルホン川にて露営 

 

                 ------------

 

  

                                                     <モンゴル 風の詩>

 

風いづこより来りて

帝国、疾風怒涛の如し

 

小鳥の囀り風に舞い

チンギス静寂に遊ぶ

 

騎馬武者に燃えし太陽

栄光を放ちて沈黙す


後裔たち雲に祈りて

白骨なる骸を捧ぐる


ああわれ今帝都におりて

繚乱たる歴史に沈む

 

 

          モンゴル大帝国の騎馬軍団 (ウランバードルの壁画より)

 

<関連ブログ> 「モンゴル紀行」1~14

shiganosato-goto.hatenablog.com

 

 

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                    ■《ああわれ ここ鯖街道を縦走する》

  

                                                      後藤實久作 《酔月酒》 漢詩五言絶句 

 

           月下初冬凛   凛として 月下の初冬     りんとして げっかのしょとう                

                  独酌美酒酔   独り酌み 美酒に酔ふ          ひとりくみ びしゅうによふ              

                   濡頬落流星     落ち来る 流星頬濡し         おちくるりゅうせい ほほぬらし

                 了鯖道共仏           仏と共に 鯖街道了る          ほとけとともに さばかい

 

 

 

2019年9月3日 東鯖街道踏破の途次、

花脊峠のテントの中から、満月のもと漢詩五言絶句《酔月酒》詠んだ。

 

 

  

                                                                 満月を愛でつつ 鯖街道踏破を祝う

                                                         志賀の里 弧庵にて

 

 

 <亡き同志との同行三人>

今回は、同志社ローバースカウト仲間二人・故 桂茂樹君(72年度生)と、故  田中祥介君(79年度生)との

遺影を携え、日本海若狭・小浜より陸路、針畑峠を越え<鯖街道>を都のあった京まで歩いた。

この鯖街道縦走中(出発した翌日9月1日)に、桂茂樹君を偲ぶ会がもたれ、多くの同志仲間が

京都平安ホテルに集まり、孤高を愛した同君を賑やかに見送ったという報を帰宅してからもらった。

出発前に偲ぶ会幹事に届けた短歌を載せて、同君への哀悼の言葉としたい。

 


《旅路終え 遥けき天へ 往く君の 残せし陰に かおり遺すや》 
 ―たびじおえ はるけきてんへ ゆくきみの のこせしがげに かおりのこすや―

 

《永遠の スカウト誓い なりし君 溢れし命 喜び満つらん》
 ―とこしえの すかうとちかい なりしきみ あふれしいのち よろこびみつらん―

 

                                                     

                                                      故 桂茂樹君(72年度生)

 

また7年前(2011)同志社ローバースカウト創立50年を記念して共に歩いた<中山道てくてくラリー>の

相棒・喜多さんこと田中祥介君の一周忌がやってくる。 

今回も彼の写真を携えて一緒に歩かせてもらった。

 

                   

                故  田中祥介君(79年度生)
           

《君背負い 越えし峠や 鯖街道 見果てぬ君の 夢を求めて》
 ―きみせおい こえしとうげや さばかいど みはてぬきみの ゆめをもとめてー

 

《ふるさとの 田原に眠る 君なれど 日々忙しや 天にありても》

  ―ふるさとの たはらにねむる きみなれど ひびいそがしや てんにありともー

 

 

 

 

  ビバーグ(簡易テント)露営            鯖街道縦走中(根来坂を登る)              

 

    

             同行三人の鯖街道縦走オグロ坂峠通過記念を写真に残す                                                          

 

2019年9月初め、<東の鯖街道76㎞>を3泊4日という老人ペースで歩き切り、

最終地である京都出町柳近くの升形商店街に無事到着した・・・


亡き友二人の声援に支えられて、共に踏破できたことを喜んでいる。

また老体を最後まで見守って下さった神に感謝したい。

 

 

 f:id:shiganosato-goto:20191126123821j:plain

             針畑越え鯖街道縦走ルート(緑ライン)

 

   

    スタート< 小浜いづみ商店街>         ゴール<京都市出町柳枡形商店街>

               針畑越え鯖街道縦走路

 

 

<関連ブログ> 「鯖街道<針畑越えルート>縦走日記」➀~④

shiganosato-goto.hatenablog.com

  

 

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   ■《ああわれいま ここ比叡比良大縦走路に臥して》    

 

 

                                                         < 野に臥して>

 

山  そこは原始にもどれる故郷があり

生き抜くために  野生に返る

 

こころも魂も  自然にかえり

五感を研ぎ澄ませ  天道に従う

 

獣道に導かれ  野に臥して

星座を仰ぎ  野の人となる

 

ああわれいま  比叡比良におりて

満ち足りしのち  宇宙に溶けゆく

 

 

  

                     比叡比良大縦走

                                                蛇谷ケ峰 901m の朝焼けに向かって愛を叫ぶ


 

 

--------------

 

 

                                                             <流れ星>

 

漆黒の闇に浮かび上がる

木々のシルエット踊りて

 

獣の遠吠え  虫たちの大合唱に

アメージング・グレースを唱和す

 

流れ星の優雅な一瞬の軌跡に

歓びのさざなみ心に響きしや

 

ああわれいま比良におりて

神のみもとにあるを喜ぶ

 

 

       

                     <比叡比良トレイル大縦走>

         蓬莱山に張ったテントから眺めるびわ湖大橋方面の夜景は最高である


 

--------------

 

 

                                                              <鹿と星>

 

 鹿の長(おさ)だろうか

立派な角をもった雄鹿が

野に臥している聖なる露営地に

見回りをかねて挨拶にやってきた

 

いや許可なしの不審者をたしなめるごとく

脚を蹴りけり短い奇声を発している

こちらも口笛や鳴き声をまねて

「ごめんごめん無断で野宿しごめん」と

一宿の許可を求める

  

彼は短い奇声を発しながら

二時間ちかく侵入者を観察しつづける

うとうとしているうちに

許してくれたのかその姿は消えていた

 

そして闇夜は星の妖精で満ちている

真上に北極星がその優雅な姿を見せ

北斗七星が下から北極星を支え

右上からカシオペア座が見下ろしている

寝袋カバーをすっぽりかぶり

 

ぼくはツエルトの穴から星空を見上げる

流れ星が走った

この広い宇宙の片隅から

ぼくもいつかこの星から流れ出て

ながい旅をおえ僕の星に帰る

その時が近いようだ

 

     

     

               比叡比良大縦走<ビバーグ>

 


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  《 ああわれいま 蛇谷ケ峰におりて 》

            

 

    ああわれいま 蛇谷ケ峰おりて

   山頂に臥し 星迫りくる天を仰ぎ見るに

   満天の星たち 輝きにあわせて合唱す

 

   その輝きや この臥せし床を照らし

   波動のエネルギー われを圧倒するに

    高島 朽木の灯火とあわせて高唱す

 

     ああわれいま 苔むすベットに仰向けに臥し

      丸き山頂 宇宙の臍におるを認め

      闇夜に抱かれて 星観察を楽しむなり

 

 

     奥比良・蛇谷ケ峰902mにて 2021年10月8日22:46

 

 

                                                              ----------------

 

 

                <比叡比良大縦走トレイル>

                      パノラマスケッチ

                                                     

     ➀         ②       ➂         ④      

 

  

                                     ➀                 ②

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

   

          ➂                 ④

 

                ------------------

 

 

<比叡比良大縦走トレイルで詠う>

 

 

                       《天翔けて 来る流星 王子さま 隠れた花を 見つけなんとし》

 -あまかけて きたるりゅうせい おうじさま かくれたはなを みつけなんとし-

 

                           《み光の 来る朝毎に 清くして 恵みの幸や 愛を授けし》

 -みひかりの くるあさごとに きよくして めぐみのさちや あいをさずけし-

 

                         《天の川  姿消しなん 蛇谷峰  露に目覚むる 野に臥せし朝》

-あまのかわ すがたけしなん じゅだにみね つゆにめざむる のにふせしあさ-

 

                    《浮き浮きと  星を眺むる  王子さま  待ちし仲間や  流れ星かな》

                        ーうきうきと ほしをながむる おうじさま まちにしなかまや ながれぼしかなー               

 

 《掻き傷に  無断立ち入り 禁ずると 想いて汗す  熊の怒りや》

 -かききずの むだんたちいり きんずると おもいてあせす くまのいかりや-

 

                    《道終えて  おのが故郷  夢見るに  遠き求むる  やすらぎの里》

 -みちおえて おのがふるさと ゆめみるに とおきもとむる やすらぎのさと-

 

                      《艶やかな キノコの花の 朽ちし木や 幸せ飾る 寝姿もよし》

 -あでやかな きのこのはなの くちしきや しあわせかざる ねすがたもよし-

 

                       《比良の山 風吹き抜けし 武奈の峰 包みし静寂 平和なるかな》

 ―ひらのやま かぜふきにけし ぶなのみね つつみししじま へいわなるかなー

 

                      《雲の中 夢想の人や 目覚めよと 誘いし小径 魅惑の森へ》

-くものなか むそうのひとや めざめよと さそいしこみち みわくのもれへ-

 

 《山の主  行き先はばむ  ガマガエル  君は何者 挨拶せよと》

 -やまのぬし いきさきはばむ がまがえる きみはなにもの あいさつせよと-

 

                       《誰ぞ知る  行くも帰るも  おのが道 荒川寂し  別れの峠》

 -たれぞしる いくもかえるも おのがみち あらかわさびし わかれのとうげ-

 

                        《背筋落つ 雨垂れ厳し 山歩き 恋しき故に 雨もまたよし》

 -せすじおつ あまだれきびし やまあるき こいしきゆえに あめもまたよし-

 

 

                                                                 

  暁に立つ孤高の山男 

 

 

<関連ブログ>『星の巡礼・ 比叡比良全山大縦走 』 1~7

shiganosato-goto.hatenablog.com

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       詩集<ああわれいま  ここにおりて>           

 

                                                            <旅人万歳>

                       人生は、旅である

                     旅の終着駅に近づくと

                     想い出に浸り

                     独り悦に入り

                     納得し 安堵する

                        やり遂げた満足に

                     小さな幸せを重ね

                                       納得する

                                       これで良かったのだと

                                       旅は、人生である。

 

 

              f:id:shiganosato-goto:20210111054333j:plain

                      星の巡礼

                Poem & Sketch by Sanehisa Goto

                   2024年3月3日了

 

 

 

                     

 

 

 

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shiganosato-gotoの日記

星の巡礼者としてここ地球星での出会いを紹介しています。

 

 

 

 

                                                                        

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2024『星の巡礼 びわ湖一周耐寒サイクリング』

           びわ湖一周耐寒サイクリング2024』

               ー若き友を偲んでー

                ―がんばれ能登半島

 

 

                                                  詩       句 後藤實久      (DRS 1960)

               写真参加 吉村和馬      (DRS 2012)

 

 

 

恒例にしているびわ湖一周、<ビワイチ耐寒サイクリング 2024>に出かけてきた。

ビワイチの二日間、晴天に恵まれ、亡き若き友の写真を胸に、一部残雪のなか、無事走

終えたことに感謝している。

 

 

 

             ビワイチ・モニュメント(守山第二なぎさ公園)

       

 

 

   ビワイチの聖地にて若き友<和馬とカトリーナ>        ビワイチ低速車専用レーン

 

 

ここ数年、コロナ禍の終息や、ロシアのウクライナ軍事侵攻の早期停戦、そして健康で

平和な<希望>を祈っての走りとなっていた。

今年は、正月に発生した能登半島地震の<鎮魂と連帯>を心しての走りとなった。

<ビワイチ>も、80歳を境に、びわ湖全周186kmから、びわ北湖一周160kmへと体の

衰えに対処している。 その分、見える風景が広がり、豊かな走りになったことを喜ん

でいる。

 

今回は、昨年5月に病床の人となり、今なお覚醒に至っていない若き友も写真参加して

もらい、共に能登半島地震の被災地にエールを送り、詩句を詠み、土に臥しながらのん

びりと走って来ることにしていた。

被災地との連帯として、厳寒のなかで露営し、携行の保存食を口にし、小川やびわ湖の

水を飲み、暗闇で寝ることにした。

 

もちろん《ガンバレ能登半島!》 をビワイチのスローガンとした。

 

    

 

ビワイチ北湖コース160㎞走破に備えて、衰えた体、特に脚の筋(すじ)や関節、

筋力、反射神経を呼び戻すために、この3か月ほど柔軟体操に集中してきた。 

体力の自信は少し出来たが、転倒だけは事前防止できないので、友人の忠告を受け、

残雪のなか慎重な走行に心がけることにした。

 

しかし、病床の若き友と共に、能登半島地震被災地との連帯の<ビワイチ・サイクリン

グ>に出かけることにしていた日に合わせるように、 写真参加予定の、病床の若き友

である吉村和馬君のお父さまから悲しい知らせが届いた。

 

 

<病床の若き友の旅立ち>

 

ダビデ吉村和馬、1月26日午後0時56分、天に召されました。

お世話になった皆様にお礼もうしあげます。

1/27(土)18:00~ 通夜の祈り

1/28(日)13:30~ 葬送式 出棺3時半

聖マリア教会にて』

 

との訃報が、和馬君のお父上 吉村 伸さまからもたされたのである。

 

 

 

■<別れの詩>

 

この自然の豊かさよ、恵みよ

若き友よ、君の心の豊かさよ

人のこころを彩どりし恵みよ

 

君の魂、自然に溶入り流れて

この宇宙を満たし、天に満ち

今日、若き友を天に送り出す

 

不滅の魂は 流れ星となりて

星の王子さま   和馬が誕生す

若き同志よ   出会いに有難う

 

(ビワイチ耐寒サイクリングにて2024年1月28日15:38)

 

 

 

<ビワイチに誘った若き友と>

 

昨年、2023年5月17日、緊急搬送されて以来、病床にあった仲間の若き友が天に召され

たとの報せが、ビワイチ出発日に入った。 

写真を通して病床の若き友との交信を楽しみにしていたが、急遽、若き友の遺影写真を

抱いての同行となってしまった。

悲しみは尽きないが、若き友のこの世の想い出づくりにと、記憶に残るビワイチ・サイ

クリングを続けることにした。

 

しかし、困難はわれわれに襲いかかった。

ビワイチ途中、残雪に阻まれ挫折寸前に追い込まれてしまったのである。

 

亡き若き友の励ましと熱望から、バイクに乗換えてのびわ湖一周を成し遂げることに切

り替えることにした。

ビワイチに誘い出しておきながら、疲労困憊に陥った老人よりも、最後までビワイチ

を楽しんでくれた亡き若き友の笑顔に救われた。

 

<老人は若者の言葉に耳をかたむけよ>、若き友には感謝の言葉しかない。

 

 

出かける前、雪に耐える椿、病床の若き友を詠った句がある・・・

病床の若き友との最期の<絆の祈り>、愛語の交換となってしまった句である。

 

 

<雪椿>

雪をかぶり、忍びつつ咲く寒椿(病床の若き友)の慈しみ溢れる語りかけに

耳をかたむけた・・・

お互い、忍んで春を待ちましょう・・・

雪は解けて、すべての花を咲かすでしょう・・・

ただただ、身をまかせて・・・

 

《「コンニチハ」 顔出す椿 雪帽子 慈しみの目 合わせ微笑む》

こんにちは かおだすつばき ゆきぼうし いつくしみのめ あわせほほえむ―

 

      

 

 

 

■残雪<サイクリングから、ツーリングへ>

 

二人して、雪残る志賀の家をスタートし、近江高島に入ると、歩道に設けられた<ゆっ

くりサイクルロード>での前進を、残雪によって阻まれてしまった。

自動車道の上級者向き<スピード・サイクルロード>には雪もなく、前進は可能なのだ

が、こちらは野営道具を積み込んだ低速オフロード車、車道での自動車との接触事故を

避けるため、ビワイチを中断すべきであるかどうかとの判断に迫られた。

その際、若き友の提案で危険なサイクリングを中断し、ホンダのスーパカブに乗替え

て、ツーリングによる完走を目指すことになった。

 

サイクリングから、ツーリングに切り替えた地点は、近江高島を流れる安曇川南流にか

かる橋<ふなきおおはし>である。 

今回のビワイチは、湖北の積雪による途中撤退を考慮し、正規の反時計回りではなく、

逆ルートの時計回りコースをとっていた。

 

ツーリングに切り替えたあと、湖北を過ぎ、長浜の町に入ると、残雪が減り、彦根以南

では雪が消えてしまっていた。

事前の長期予報と異なり、ありがたいツーリングとなった。

 

残雪の消滅は、びわ湖の冬景色を二人して満喫させ、たくさんの詩句を詠ませてくれ

特に、亡き若き友との交感により、多くの学びがあったことに感謝している。

 

 

 

         残雪によりサイクリングを諦める (近江高島船木付近)

 

 

    残雪に阻まれサイクリングより、ツーリングにバトンタッチ(近江高島安曇川南流にて)

 

 

 

■<ビワイチで若き友を偲ぶ>

 

《舞往きし 星の王子や 輝きて 迎える天使 謳い迎えし》

―まいゆきし ほしのおうじや かがやきて むかえるてんし うたいむかえしー

 

《散り舞いし 椿の花も 安らけき 真白き雪も 迎え眩しき》

―ちりまいし つばきのはなも やすらけき ましろきゆきも むかえまぶしき―

 

    

  

《白鳥と 戯むる友の 羽ばたきに 面影思い 忍び笑いや》

―はくちょうと たわむるともの はばたきに おもかげおもい しのびわらいや―

 

《ヤッホーと 比良の雪峰 声かけに われら銀輪 びわ湖駈けし》

―やっほーと ひらのゆきみね こえかけに われらぎんりん びわうみかけし―

 

             美しき雪帽子をのせた比良の峰々

 

 《闘病の 若き友逝き 召されてや 魂触れし ビワイチの径》

―とうびょうの わかきともゆきて めされてや たましいふれし びわいちのみち―

 

一雫 雪解け音の 微かなる 君と二人の 仮の宿かな》

ひとしずく ゆきとけおとの かすかなる きみとふたりの かりのやどかな―

 

    

 

《この世での 出会い嬉しや われらおり 露営の宿で 触れあい嬉し》

―このよでの であいうれしや われらおり ろえいのやどで ふれあいうれし―

 

《残雪の 陽だまりぬくし 露営地に 床に臥せてや 夕焼け小焼け》

―ざんせつの ひだまりぬくし ろえいちに とこにふせてや ゆうやけこやけ

 

     

 

《君背負い 駈けしビワイチ 忘れじや 嬉しき出会い 我らの上に》
―きみせおい かけしびわいち わすれじや うれしきであい われらのうえに―

 

《目を閉じて 君を想えば 迫りくる 生きる喜び 教えられしを》

―めをとじて きみをおもえば せまりくる いきるよろこび おしえられしをー

 

《勤め終え 安らけき君を 見送るに 全うのきみ 悔しからずや》

―つとめおえ やすらけききみを みおくるに まっとうのきみ くやしからずや―

 

《火を灯す ひとりの男 君おりて 触れし友情 永遠に変わらじ》

―ひをともす ひとりのおとこ きみおりて ふれしゆうじょう とわにかわらじ―

 

 

 

《目となりて 君と送りし 日々なれど 通いしこころ 嬉しかりけり》

―めとなりて きみとおくりし ひびなれど かよいしこころ うれしかりけりー

 

《家康を 追いて駈けしや 古戦場 鬨の声 怯え震えし 君懐かしき》

―いえやすを おいてかけし こせんじょう ときのこえ おびえふるえし きみなつかしき―

 

《天国へ 旅立ちし君 誘い出し ビワイチ駈けし いま生きいきと》

―てんごくへ たびたちしきみ さそいだし びわいちかけし いまいきいきと―

 

《神のもと 日々好日を 楽しむも 自由を求め 欲っせしや君》

―かみのもと ひびこれこうじつを たのしむも じゆうたらんと ほっせしやきみ―

 

 

                   伊吹山を望む今津浜にて

 

 

《不自由を 背負いし君の 変わらじの 感謝の気持ち 天も識りてや》

―ふじゅうを せおいしきみの かわらじの かんしゃのきもち てんもしりてや―

 

《人は皆 姿消す雪 なればこそ 天に召されて 土に還るらん》

―ひとはみな すがたけすゆき なればこそ てんにめされて つちにかえるらん―

 

《雪解けの 泥に芽いづる びわの浜 春待たずして 逝きし友おり》

―ゆきどけの どろにめいづる びわのはま はるまたずして いきしともおり―

 

《天使なる 清きこころに 抱かれて 慈愛の光り 満たし逝きしや》

―てんしなる きよきこころに いだかれて じあいのひかり みたしいきしや―

 

 

                比叡山に沈みゆく太陽

 

 

《夢追いし 若き血潮や 散り往きて 無常なる風 侘しかりけり》

―ゆめおいし わかきちしおや ちりゆきて むじょうなるかぜ わびしかりけり―

 

《葬送の ラッパ響きし 賀茂川に 翔けし友なる 星の王子や》

―そうそうの らっぱひびきし かもがわに かけしともなる ほしのおうじや―

 

《わが道を 貫き終えて 去りし君 静かな闘志 秘めて還るや》

―わがみちを つらぬきおえて さりしきみ しずかなとうし ひめてかえるや―

 

《北山の 遠き峰々 暮れゆきて 安らけき君 天使なりしや》

―ようていの とおきやまやま くれゆきて やすらけききみ てんしなりしや―

 

 

               夕焼けに染まる比叡山

 

 

《舞往きし 星の王子や 衣替え 天使の笑顔 輝きおりて》

―まいいきし ほしのおうじや ころもがえ てんしのえがお かがやきおりて―

 

《魅了せし 笑顔に潜む 無邪気さに 救われし人 多くありてや》

―みりょうせし えがおにひそむ むじゃきさに すくわれしひと おおくありてや―

 

《変わりなき 慈愛に満ちし 家族あり 友の幸せ いかばかりかと》

―かわりなき じあいにみちし かぞくあり とものしあわせ いかばかりかと―

 

《幸せは おのれを識りて 律するに 喜び分ち 感謝せしやと》

―しあわせは おのれをしりて りっするに よろこびわかち かんしゃせしやと―

 

《人がみな 探し求める 宝物 おのれの内に あるを学びて》

―ひとがみな さがしもとめる たからもの おのれのうちに あるをまなびて―

 

  

   

       星の王子さま<笑顔の和馬君>

 

 

 

 

■<絆の祈り> (短歌集「絆の祈り」より一部抜粋)

 

昨年、2023年5月17日、 意識不明に陥っての救急搬送の知らせから始まった、若き友の

所属する同志社ローバースカウト関係者有志一同による回復を願っての250日に渡る

<絆の祈り>も、有志の心うちで、切に覚醒を願って祈り継がれてきた。

「絆の祈り」 の提唱者の一人として、絆の祈りに参加いただいたみなさんに、こころか

ら感謝を申し上げます。

 

 

《眠りより 目覚めよ友と 祈りてや 共に旅する 家康の道》 

 ―ねむりより めざめよともと いのりてや ともにたびする いえやすのみち―

 

《飲み干せし 盃の華 満月や 病の友と 君愛でおりし》    

―のみほせし さかずきのはな まんげつや やまいのともと きみめでおりし―

 

 

    


 

《舞い降りし 天使の梯子 湖に抱かれ 満ちし平安 友癒せしや》 

―まいおりし てんしのはしご こにだかれ みちしへいあん ともいやせしや―

 

《隠されし 己の使命 知らずして 役立ちおるを 知りて嬉しき》 

―かくされし おのれのしめい しらずして やくたちおるを しれいてうれしき―

 

《主にまかせ 風に戯むる 嫁菜草(和馬君) 幸せ満つる 日々感謝せり》  

―しゅにまかせ かぜにたわむる よめなぐさ しあわせみつる ひびかんしゃせり―

 

 

    

 

 

《病床の 若武者の友  山法師(和馬君)  心重ねて 和み祈りし》  

―びょうしょうの わかむしゃのとも やまぼうし こころかさねて なごみいのりし―

 

《雨垂れの 打ちて踊りし 軒の下 病床の友 すみれ草かな》 

―あまだれの  うちておどりし のきのした びょうしょうのとも すみれそうかな―

 

《路地裏の ドクダミ草(吉村家族)や  顔揃え シャンソン謳う 調べ豊けき》  

―ろじうらの どくだみくさや かおそろえ しゃんそんうたう しらべゆたけき―

 

 

    

 

 

《クローバーの 白き頭や 風に乗り 祈り運びし 友の目覚めや》 

―くろーばーの しろきあたまや かぜにのり いのりはこびし とものめざめや―

 

《宿り来し 友のこころや 雲に映え 願い届けと 祈り交わせし》  

―やどりきし とものこころや くもにはえ ねがいとどけと いのりかわせし―

 

《静寂なる 宇宙の響き 聴こえ来て 祈り満つるや 友の命に》  

―しじまなる うちゅうのひびき かたりきて いのりみつるや とものいのちに―

 

《まん丸い  笑顔嬉しや  浮き雲の  われと翔け舞う  病の友と》 

―まんまるい えがをうれしや うきぐもの われとかけまう やまいのともと―


 

    

 

《天に問う 生かせし友の この試練 何を想うて 創り給うか》  

―てんにとう いかせしともの このしれん なにをおもうて つくりたもうか―

 

《祈りあう われらが愛を 受け止めて 生きよ笑えと ビヨウヤナギ》  

―いのりあう われらがあいを うけとめて いきよわらえと びようやなぎ―

 

《清楚なる 君美しき 雪の下(和馬君) 愛あるエール 永遠に響きし》  

―せいそなる きみうつくしき ゆきのした あいあるえーる とわにひびきし―

 

 

    

 

 

《悠久の 時を見つめし 月様と 共に祈りし 友の目覚めや》  

―ゆうきゅうの ときをみつめし つきさまと ともにいのりし とものめざめや―

 

《天翔ける 誘いし雲は 永遠にして 踊る白雲 君と戯むる》  

―あまかける さそいしくもは とわにして おどるしらくも きみとたわむる―

 

《君おもい 過ぎ去りし曲 コンニチハ 赤ちゃん歌う 我や懐かし》 

―きみおもい すぎさりしきょく こんにちは あかちゃんうたう われやなつかし―

 

 《心地よく ぺらぺらヨメナ 肩寄せて ハモル姿や 君に届けし》  

―ここちよく ぺらぺらよめな かたよせて はもるすがたや きみにとどけし―

 

《目を覚ませ 息吹き返せ 若き友 絆の祈り 奇跡生みしや》    

ーめをさませ いきふきかえせ わかきとも きずなのいのり きせきうみしや―

 

 

  スカウト仲間と (左車椅子・吉村和馬副隊長 と 介助犬ピエール・ボーイスカウト京都連盟にて) 

 

<関連ブログ> 2023『星の巡礼 短歌集<絆の祈り>』 より

https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2023/09/22/192427

 

 

 

 

■<病床の若き友を見舞ってー2023-10-23

 

《平安に  体ゆだねし  君なれど  悔しさ滲む  目尻の涙》

―へいあんに からだゆだねし きみなれど くやしさにじむ めじりにのなみだ―

 

              病床のわれらの若き友 吉村和馬君

 

<関連ブログ> 2023『星の巡礼 病床の若き友を見舞って』 より

https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2023/10/24/060854

 

 

 

  

能登半島地震<鎮魂の詩>

 

今回のビワイチ挑戦は、正月に発生した能登半島地震で被災されたみなさんを励まし、

亡くなられた方々への鎮魂のサイクリングへ、病床の若き友・吉村和馬君を誘うこ

とにあった。

被災地へ思いを馳せ、亡き若き友と共に鎮魂と連帯の句を詠ってきた。

 

この度の能登半島地震により、被害を受けられた皆様には、心からお見舞い申し上げま

すとともに、お亡くなりになられたみなさま方への深甚なるお悔やみを申し上げます。

被災地の復興と、皆様が1日でも早く平穏な生活に戻れるよう、お祈り申し上げます。

 

 

       ビワイチ出発前に           写真参加の吉村和馬君と介助犬カトリーナ

 

 

《サイクルの 鎮魂の旅 ビワイチへ 亡き友迎え 旅立ちの朝》

―さいくるの ちんこんのたび びわいちへ なきともむかえ たびたちのあさ―

 

《雪埋もる 悲しみ胸に 能登のひと われらも覚ゆ 祈り送りて》

―ゆきうもる かなしみむねに のとのひと われらもおぼゆ いのりおくりて―

 

《埋もれゆく 雪も悲しき 被災地の 梢に咲きし 椿姿よ》

―うもれゆく ゆきもかなしき ひさいちの こずえにさきし つばきすがたよ―

 

 

    

 

 

能登の村 雪降り積もる 怯えし夜 爪痕に泣く 赤子哀れや》

―のとのむら ゆきふりつもる おびえしよ つめあとになく あかごあわれや―

 

《静寂なる 被災の地にも 日暮れてや 雪降り込めて 余震続きし》

―しじまなる ひさいのちにも ひぐれてや ゆきふりこめて よしんつづきし―

 

《紅の 鎮魂の音や 能登向かい 祈り届けと タイタニックを》

―くれないの ちんこんのねや のとむかい いのりとどけと たいたにっくを―

 

《先見えぬ 能登地震 虚ろいて 望みを託し 祈り届けし》

―さきみえぬ のとのじしん うつろいて のぞみをたくし いのりとどけし―

 

《震災の 寒さ覚ゆる 野に臥して 琵琶の水汲み 乾飯炊きて》

―しんさいの さむさおぼゆる のにふして びわのみずくみ かれいひたきてー

 

《新たなる 年を祝いし 日ノ本に 地震教えし 備えよ常に》

―あらたなる としをいわいし ひのもとに じしんおしえし そなえよつねに―

    「そなえよつねに」は、ボーイスカウトの標語です

 

 

    

        能登半島地震(Yahoo Japan 提供)

 

 

《震災の 野に臥す人 震えおり 山水汲みて 乾麺炊きし》

―しんさいの のにふすひと ふるえおり やまみずくみて かんめんたきし―

 

メジロ鳴き 淡雪残る びわの宿 助け待ちにし 能登を想いて》

―みじろなき あわゆきのこる びわのやど たすけまちにし のとをおもいてー

 

氷雨なる 垂れ音響く びわの朝 能登の地想い 祈り悲しき》

ーひさめなる たれおとひびく びわのあさ のとのちおもい いのりかなしきー

 

《薄暗き 空を眺めし 露営から ひらりひらりの 雪を呑込む》

ーうすぐらき そらをながめし ろえいから ひらりひらりの ゆきをのみこむ―

 

《カイロ当て 能登の寒さや 身に沁みて 暮らし戻れと われら祈りし》

―かいろあて のとのさむさや みのしみて くらしもどれと われらいのりし―

 

 

 

 

■<淡海の景色>

 

今回のビワイチ、それは自転車を走らせ、バイクの背につかまりびわ湖の風を楽し

み、淡海の景色に溶け込んできた。

 さらにオールド・ボーイスカウトとして、テントに眠る幸せを詠ってみた。

もちろん、亡き若き友も同じく同志社ローバースカウトOBである。

 

《ビワイチを  描きし様や  浮き立ちて あれもこれもと 詰め飽きられし》

びわいちを えがきしさまや うきたちて あれもこれもと つめあきられしー

 

 

  

       ビワイチ携行品       同行のワイルド・ローバーⅢ世号


 

《初野営 雄松岬の 健児の碑 天幕張りし 日ノ本の地や》

―はつやえい おまつがさきの けんじのひ てんまくはりし ひのもとのちや―

 

 

             日本ボーイスカウト初野営の地(近江舞子浜 雄松が崎)

 

 

《白き砂 緑濃き松 舞子浜 乙女児詠う 周航の歌》

―しろきすな みどりこきまつ まいこはま おとめごうたう しゅうこうのうた―

 

 

 

           びわ湖周航の歌碑にて(舞子中浜ビーチ)

 

 

《四方より 花吹き入れて 鳰の波 芭蕉も詠みし 白髭の淡海》

―しほうより はなふきいれて にほのなみ ばしょうもよみし しらひげのうみ―

 

 

   

            芭蕉句碑(白髭神社駐車場南)と 白髭神社鳥居

 

 

《寒風に 昼の乾麺 湯を沸かし ほっこり竹生 目を細めてや》 

―かんぷうに ひるのかんめん ゆをわかし ほっこりちくぶ めをほそめてや―

 

       

       

                  四高桜公園東屋にて昼食(萩の浜)

 

 

《煌めきし 海津の湖や 鴨の群れ 目を閉じうつつ 望郷の夢》

―きらめきし かいずのうみや かものむれ めをとじうつつ ぼうきょうのゆめ―

 

 

    

      海津の浜に群れる鴨(海津大崎より)

 

 

《北風に 立ち向かう我 漕ぎ疲れ サボタージュも 心地よきかな》

―きたかぜに たちむかうわれアこぎつかれ さぼたーじゅも ここちよきかな―

 

《カチカチと ギアの噛みし音 距離数え あと僅かをと われ励ませし》

ーかちかちと きざのかみしおと きょりかぞえ あとわずかおと われはげませしー

 

 

              近江高島より残雪に阻まれる

 

 

《雪合羽 被りて睨む 伊吹山 咆哮聴こゆ 吹雪きおりてや》

―ゆきかっぱ かぶりてにらむ いぶきやま ほうこうきこゆ ふぶきおりてやー

 

 

               伊吹山を遠望(木之本付近)

 

 

《白鳥の 眩いばかり 羽伸ばし 夫婦随唱   平和見おりて》

―はちょうの まばゆいばかり はねのばし ふうふずいしょう へいわみおりて―

 

    

          湖北野鳥センターの浜辺(長浜)

 

 

《鼾かく 友の寝顔や 自由人 解きはなたれて ビワイチ愉し》

―いびきかく とものねがおや じゆうじん ときはなたれて びわいちたのし―

 

《テント吹く 北風あおる 暗闇で 寝袋潜り ラテンを聴きし》

―てんとふく きたかぜあおる くらやみで ねぶくろぼぐり らてんをききし―

 

《寝る前の 重ね着重ね 芋虫の 達磨の如く 転びおりしや》

―ねるまえの かさねぎかさね いもむしの だるまのごとく ころびおりしや―

 

 

    

      重ね着をして寝袋にもぐりこむ(長浜)

 

 

《安らぎの 北極星に 導かれ われら誘わる 琵琶の湖畔に》

―やすらぎの ほっきょくせいに みちびかれ われらさそわる びわのこはんにー

 

 

    

             夜半、北極星と北斗七星を愛でる

 

 

《目立ちおる 宵の明星 旅の友 遥けき比良に われら誘いし》

―めだちおる よいのみょうじょう たびのとも はるけきひらに われらさそいしー

 

《ビワイチの サイクル嬉し この爺も 有明月の 姿追いしや》

びわいちの さいくるうれし このじいも ありあけつきの すがたおいしや―

 

《久方の 砕け散りゆく びわの波 月影映し 冴えわたりおり》

―ひさかたの くだけちりゆく びわのなみ つきかげうつし さえわたりおり―

 

《半月を 盗み取ろうと そっと手を 独りにこりと ほくそ笑みおり》

―はんげつを ぬすみとろうと そっとてを ひとりにこりと ほくそえみおり

 

《聴こえ来る 犬の遠吠え 寒空に 不気味な月夜 びわも震えし 》

―きこえくる おおかみほえる さむぞらに ぶきみなつきよ びわもふるえし―

 

 

 

    

        半月と宵の明星(山影付近)

 

 

《萌え出づる 香を嗅ぎてや 野宿なる 蕗の薹 何処にありや》

―もえいづる こうをかぎてや のじゅくなる ふきのとう いづこにありやー

 

 

    

           蕗の薹に春を見る

 

 

《赤き実の 南天泳ぐ びわの凪 逆さ比良雪 コラボしおりて》

―あかきみの なんてんおよぐ びわのなぎ さかさひらゆき こらびしおりて―

 

《盆梅の 香嗅ぎてや 長浜の ツーリング風 春を謳いし》

―ぼんばいの かおりかぎてや ながはまの つーりんぐかぜ はるをうたいし―

 

 

 

        長浜の盆梅展                 雪残る長浜城

 

《冬陽浴び 安土の山を 目指してや 彦根のお濠 城踏み行きし》

―ふゆびあび あづちのやまを めざしてや ひこねのおほり しろふみゆきし―

 

 

                  彦根城のお堀端で

 

《あのベンチ 集いて求む びわの湖 想いは一つ 安らぎ求め》

―あのべんち つどいてもとむ びわのうみ おもいはひとつ やすらぎもとめ―

 

《砂浜は   あのベンチに 鳥集い 姦しきこと 園児の如し》

―すなはまは ふるいべんちに とりつどい かしましきこと えんじのごとし―

 

 

    

      <あのベンチ> (彦根市南西の湖畔)

 

 

《琵琶の西 臥せし南北 比良の峰 朝陽浴びてや 残雪紅し》

びわのにし ふせしなんぼく ひらのみね あさひあびてや ざんせつあかし―

 

 

               モルゲンロートに映える比良連峰

 

 

 

■<若き友と走り終えて>

 

《被災地の 寒さ厳しき 能登のひと がんばれやと 祈り届けし》

ーひさいちの さむさきびしき のとのひと がんばれやと いのりとどけし―

 

《何という 時の流れの 短きよ 今生きてこそ われら識るらん》

―なんという ときのながれの みじかきよ いまいきてこそ われらしるらんー

 

《導かれ 君と歩みし 時豊か 心の絆 いついつまでも》

―みちびかれ きみとあゆみし ときゆたか こころのきずな いついつまでも―

 

《亡き友に もっと押さんか おいコラと 爺のぼやきも 笑い飛ばされ》

―なきともに もっとおさんかと おいこらと じいのぼやきも わらいとばされ―

 

《ビワイチの 愉しひととき ありがとう 今しばらくの サヨナラ告げし》

びわいちの たのしひととき ありがとう いましばらくの さよならつげし―

 

《老いのなか すべての記憶 消え失せて 仏となりて 我を見つめん》

―おいのなか すべてのきおく きえうせて ほとけとなりて われをみつめんー

 

《去り行きし われらの宝 君もまた もぎ取られ往く 老いの侘しさ》

―さりゆきし われらのたから きみもまた もぎとられゆく おいのわびしさ―

 

《ビワイチに 君の手足 動きおり 自転車もよし バイクまたよし》

びわいちに きみのてあし うごきおり じてんしゃもよし ばいくまたよし―

 

《天仰ぎ 君と駈けにし ビワイチを ああわれらいま ここに終えしや》

―てんあおぎ きみとかけにし びわいちを ああわれらいま ここにおえしや―

 

 

 

亡き、若き友を想い、被災地にこころを寄せるサイクリング&ツーリングを無事終える

ことが出来、嬉しく思います。 

星の巡礼・ビワイチ>にお立ち寄りいただき、有難うございました。

みなさんの上に永遠の平安がありますように、そしてこの世に戦い無き、悠久の平和

が訪れますように・・・

 

感謝   ビワイチを終えて  

後藤實久・吉村和馬(2024年1月26日寂)

 

 

 

                               ----------------------------------------------- 

 

 

        

        

               2024 ビワイチ参加一同

 

 

                                  --------------------------------------------------

 

 

■2024ビワイチ写真集 <ビワイチ冬景色>

 

二人してサイクリング & ツーリングで出会った、びわ湖の冬景色をお楽しみくださ

い。

 

 

                                      ビワイチ出発の朝  (2024/01/28 志賀の里)  

 

            ビワイチ同行のワイルド・ローバー3世号

 

 

  ビワイチ・スタート/ゴール地点(志賀木戸公園)    ビワイチ低速コース(北湖コース160m)

 

               

                                 比良山系に見送られる(左より権現山/蓬莱山/打見山)

 

    

          日本ボーイスカウト初野営の地碑 (近江舞子雄松が崎)

 

    

                  近江舞子

 

           これから向かう北湖を望む(中央に霞む伊吹山

 

                北小松浜より沖島を望む

 

    

           桃山建築の本殿で有名な白髭神社の湖中大鳥居

 

 

                都と北陸を結ぶ<西近江路>

 

    <四高桜の碑> 昭和16年現金沢大のボート部員遭難死を悼む慰霊碑(びわ湖萩の浜付近)

     

    

                    萩の浜公園

 

             近江高島 四津川より北比良山系を望む

 

    

          近江高島 四津川あたりから残雪深まり、横転の危険あり

 

         近江高島 船木付近の雪田風景①(右・北比良アルプス北端を望む)

 

    

              近江高島 船木付近の雪田風景②

 

                近江高島船木付近の残雪

 

  

     残雪緊急対策として<サイクリングよりツーリングに引継ぐ>(安曇川南流堤防にて)

 

 

 

    

           近江高島 新旭村の雪田風景①(高島トレイルを望む

 

                  近江高島 新旭村の雪田風景②

 

              新旭の浜より賤ケ岳方面を望む

 

                近江今津 針江より今津の街を望む

         背景の山並みは、高島トレイルー左より大谷山/赤坂山/三国山

 

               今津浜より伊吹山を望む

 

               北今津 石田川より箱館山を望む

 

               マキノサニービーチの松並木

 

           マキノの雪田風景(背景は高島トレイルの山並み)

 

    

                マキノサニービーチよりマキノ高原・大谷山を望む

 

    

 

                  マイアミサニビーチのゲート前で          2023年3月ビワイチでの写真

 

             大崎観音方面よりマキノ西浜村を望む

 

                        近江西国第9番<大崎寺>

 

               長浜市 二本松浜より竹生島を望む

 

                 湖北 大浦方面より竹生島を望む

 

                永原の雪田より大浦を望む

 

             国道303号線 雪の岩熊村より賤ケ岳を望む

 

                県道514より岩熊村を振返る(塩津浜)

 

            冬期通行止めの県道514<賤ケ岳峠越えビワイチ>

             (2024年1月28日現在 二輪車は通行可能であった)  

 

            賤ケ岳峠からの竹生島を望む(賤ケ岳峠越えビワイチ)        

 

            雪深い賤ケ岳トンネル(塩津街道・県道514)

 

            木之本 布施の雪田風景 (左/金糞岳1817m)   

 

    

    木之本 余呉川沿いの県道44号上の歩道兼ビワイチ低速コースの残雪状況(2024/01/28)

 

                                          木之本 高月町からの伊吹山を望む (県道44)

 

            東浅井郡湖北町より塩津神社(月出)方面を望む     

 

           道の駅<湖北みずとりステーション>(水食料補給・WC)

 

           県道331号 <さざなみ街道>山本より竹生島を望む➀

 

    

          県道331号 <さざなみ街道>山本より竹生島を望む②

 

    

          県道331号 <さざなみ街道> 川道付近より伊吹山を望む

 

                  雪残る長浜城

 

                南堀端より彦根城を望む

 

    

             県道25(さざなみ街道)愛知川より夕陽を眺める

 

    

                  長命寺港よりの夕陽

 

    

           湖岸道路・吉川パーキングより比叡山に沈む夕陽を望む➀

 

              湖岸道路・吉川パーキングより比良連峰を望む

 

    

          湖岸道路・吉川パーキングより比叡山に沈む夕陽を望む②

 

 

    

        ビワイチ誕生の地<スタート/ゴール地>➀ 守山なぎさ第2公園

 

                ビワイチ完走を終えて

 

        夕日に沈むビワイチ誕生の地<スタート/ゴール地>➀ 守山なぎさ第2公園

 


        夕焼けに迎えられびわ湖大橋を渡り、ビワイチ160㎞を終える

 

 



 

          

 

           びわ湖一周耐寒サイクリング2024』

               ー若き友を偲んでー

                ―がんばれ能登半島

 

 

                   

 

 


 
         

 

 

2024『星の巡礼・孤高のバックパッカーを偲びて』  

         『星の巡礼・孤高のバックパッカーを偲びて』

 

 

 

<作者の矢野会員は、10月31日に逝去されました>

同人誌『文芸北広島』2024.1 第40号 記念号、95頁に掲載された友の遺稿となった

ドキュメント「哀愁のナイアガラ 35歳の蹉跌」の最終行に、訃報が紹介されていた。

 

北広島市は、北海道の真ん中より少し西側、札幌市の隣に位置している。

「広島」という名前がついているのは、明治 16 年(1883 年)に広島県の人が

入植したのがまちの始まりであることに由来している。

友は、北広島の住人であった。

 

 

バックパッカーの幸せとは、その人のこころの中にある。

それは、想いを温め、計画を立て、実行に移し、記録にまとめることで成就する。

そして、年齢と共にこころの中で熟成させ、咀嚼し、味覚にまで仕上げて、

おのれの幸せに振りかけて愉しむのである。

友は、幸せを創り上げ、幸せを愉しむ達人であった。

友は、この世での幸せを大切にし、幸せを掘り起こすことのできた人であった。

その幸せを、同人誌 『文芸北広島』 に、大切に育んできた玉珠のエッセイとして

発表していた。

友は、必ずこのエッセイのコピーに、東広島での日常を俳句にしたため、

一筆を添えて送ってくれたものである。

 

2021年1月・第37号、同人誌 『文芸北広島』に投稿された紀行文『北海道の火山

十勝岳)』を、わたしのブログで取り上げたことがあった。 

そこには十勝岳の初登頂は、1912年武官として北海道旭川駐屯地に派遣されていた

オーストリア陸軍レルヒ中佐であったとの記述があり、

その登頂日がわたしの百名山登頂日と同日であったことから興味を持ち、

登山関係者に知らせるべき筆を執るにあたって、

矢野氏に許可をもらうべき打診したことがあった。

実直な友らしい返事が返ってきたことを、よく覚えている。

 

「転載と言う、そういう類の規約を詳しく知りませんが、

後藤さんがブログへ投稿される行為は誰かの利益になるような目的ではありません。

故に、さりげなく地味な扱いにして下されば幸いです」と。

 

2021年末、 ステージ4の癌宣告を受け、治療に専念していたが、

2022年末の便りに添えられた最期の句に、命見つめる春の空を詠ってくれていた。

 

 

 

  辞世の句《 病室の 窓に切りとる 春の空 》達雄

 

 

あれは、ちょうど20年前のニュージランド・オークランドユースホステルで同宿した

お互い壮年のバックパッカー同士であったことを想いだす。

ご家族のお手紙によると、青春時代の世界放浪を諦めきれず、子育てを終えて、

意気揚々と旅立った先で出会った最初のバックパッカーが、どうも私であった

ようである。

 

文通は、この時からお互いの放浪で培った純真なこころを運び始めたと言っていい。

そこには、夢見る壮年の尽きない冒険を愉しむ姿がいつもあった。

友にとって、バックパック(リュックサック)は玉手箱であったのかもしれない。

そこには、何が飛び出すかわからないワクワクさせる、まだ見ぬ世界や夢、

物語が詰っていたからである。

バックパックを背負い、見知らぬ土地で、見知らぬ心温まる友との出会いを楽しむ、

生きいきとした友の姿が蘇るのである。

友もまた、裸の自分を発見し、ロマンを求めての旅立ちに興奮した人であったと

云える。

 

今まさに、友は雲に乗って旅たち、夢の世界に放たれ、花園を楽しんでいる

ことであろう。

本当の幸せがなんであったかを、友は彼の地で気づかされているに違いないと

確信している。

それは、肉体からの解放であり、FREE/フリー/自由という魂の充足に友は

囲まれているからである。

 

ドイツ語を愛した友の<FREIHEIT/自由>にこそ、こころの解放という

バックパッカーとしての旅の哲学があったといえる。

そこには、友なりの人生哲学があり、思想があり、行動があり、家族愛があった。

友は、友なる友のこころを愛し、その友の置かれた人生風景の喜びや、

悲しみを、その後の文通によって共に味わえる人であった。

 

地平の遠く彼方を、ながい影を引きずりながら、夕日に染まる友の姿が見えるよう

である。

友にとって、消えゆく地平線は、おのれの幸せの境界線であったのではないだろうか。

彼の地での幸せに満ちた顔が、ニュージランドのオークランドユースホステル

語り合った壮年のバックパッカーに重なった。

ニュージランド・オークランドは、友の人生後期のバックパッカーとしての、

そして私の「ニュージランド縦断スケッチ旅」のスタート地点であった。

 

人との出会い、この世での一期一会では、こころに残る人はそう沢山いるもの

ではない。

こころに残り、なお心に残り続けた人の大切さを想うと、友はこころの宝である。

こころの宝は、死してのちも魂の宝として永遠に貯えられ、増え続けるもので

あると思う。

 

夢の詰まったリュック(バックパック)を背負って、世界中を旅した仲間である

バックパッカーの旅立ちは寂しいが、次の世での歓迎式で、再会できることを

楽しみにしている老いの今日この頃である。

二人してバックパッカーとして、天なる眩いばかりに輝く世界を駆け巡ってみたい

こころの友 矢野達雄君、安らかにお眠りください。

  

 

 

           <孤高のバックバッカ―を偲んで>

                 詠み人 後藤實久

 

          

       《羊蹄の 遠き山々 暮れゆきて 安らけき君 清き月かも》

        ―ようていの とおきやまやま くれゆきて やすらけききみ きよきつきかも―

 

     《得意げに 世界に散りし ペンパルと 交わせしロマン 熱く語りて》

        ―とくいげに せかいにちりし ぺんぱると かわせしろまん あつくかたりて―

 

      《わが道を 貫き終えし 君去りて 静かな闘志 秘めて還るや》

        ―わがみちを つらぬきおえし きみさりて しずかなとうし ひめてかえるや―

 

     《平和の世 バックパックの 影動き  ヒッチハイクや かざす親指》

        ―へいわのよ ばっくぱっくの かげうごき ひっちはいくや かざすおやゆび ―

 

        《葬送の ラッパ響きし 北海の 翔けし世界や 友夢追いし》

        ―そうそうの らっぱひびきし ほっかいの かけしせかいや ともゆめおいし―

 

     《鈍行の リュックサックの 上げ下ろし 煙に咽ぶ  蒸気機関車

      ―どんこうの りゅっくさっくの あげおろし けむりにむせぶ じょうききかんしゃ―

 

     《リュック背負い 男のロマン 翔けし夢 しるべの星を 仰ぎ進みし》

        ―りゅっくせおい おとこのろまん かけしゆめ しるべのほしを あおぎ進みし-

 

     《地下茎の 外陽求むる 如くにて 羽ばたけし世や 達雄の世界》

       ―ちかくきの そとびもとむる ごとくにて はばたけしよや たつおのせかいー

 

    《夢追いし バックパッカー 散り往きて 無常なる風 侘しかりけり》

      ―ゆめおいし ばっくぱっかー ちりゆきて むじょうなるかぜ わびしかりけり―

 

              

 

      

             同人誌『文芸北広島』2024.1 第40号 記念号

 

 

             ニュージランドをバックパック中の矢野達雄氏(右)と

            2004/4/1ニュージランド・オークランドYHラウンジにて

 

 

    矢野氏(左)に見送られ、サイクリングによる<ニュージランド縦断スケッチの旅 >へ出発

             ニュージランド・オークランドYH前で

 

 

 

 

                2024年1月10日 

           志賀の里 孤庵にて 残雪を眺めつつ

              友なる矢野達雄君を偲ぶ

 

 

                    

 

 

        ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

<関連ブログ>

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2023『志賀の里 2023歳時記 短歌集』Ⅱ

     『志賀の里 2023歳時記 短歌集』

             ーⅡー

 

 

■2023_08_01   入道雲に誘われて

 

《風に乗り 天を翔けたし びわの湖 されど酷暑に 悲鳴上げしや》  實久

   ―かぜにのり てんをかけたし びわのうみ されどこくしょに ひめいあげしやー

 

遠く鈴鹿の峰をおおう入道雲をバックにびわ湖岸を走って来た。

生暖かい風に、したたる汗が混じりサイクリングどころではない。

アンダーシャツを水に濡らし、ヘルメットに保冷剤を仕込むが、

熱風は容赦せずに水分を体から奪っていく。

もちろん途中で引き返したが、入道雲をバックに涼し気な顔で写真におさまり、

せめてもの慰めであった。

老サイクリストには、まだ季節的に少し早いようですね、と病床の若き共にたしなめられた。

 


                            

■2023_08_02   アベリアの花

 

《風に乗り 忍びの香 まとわりて 幸せ満ちし 君を識りてや》  實久

   ―かぜにのり しのびのかおり まとわりて しあわせみちし きみをしりてや―

 

散歩道で出会った小さな花。 かすかな匂いを風に乗せ、今を生きる己をアピールする姿に出会った。 

お互いを認識しあうその時ほど、命触れ合う瞬間はない。

それは人同士でも同じである。 出会い、愛ある美しい瞬間を大切にしたい。

病床の若き友の爽やかなシャンプーの香に包まれた。

                            

                           


 
 

■2023_08_03マツヨイグサの残身

 

《涼し気に 澄まし比良見る マツヨイの 気怠さ続く 夏日終わらじ》  實久

―すずしげに すましいらみる まつよいの けだるさつづく なつびおわらじ―

 

 河鹿ガエルと蝉の大合唱が響くここ志賀の里、酷暑はまだ終わりそうにもない。

耳を傾けるマツヨイグサの涼しげな立ち姿に、夏の朝の気怠さが吹き飛んだ。

彼女たちの表情の達観<残身>に、おのれの愚痴る姿を見てしまったからである。

「わたしたちも暑いのですよ」との、慰めの声に、病床の若き友の声を聴いたようで、

うれしい朝の散策となった。

 

                           

 

 

■2023_08_03   満月への願い

 

鈴鹿なる 峰に泳ぎし 満月の 友に分けたし 優しき君を》  實久

   ―すずかなる みねにおよぎし まんげつの ともにわけたし やさしききみを―

 

幼少のころから、暗闇に浮かぶ満月は、いつも神秘的であり、いつも見つめ合ったものである。

ただ見つめているだけで、優しく抱かれている母親のような優しさを感じた。

今夜も、変わらぬ優しさたたえる月様に願いを込めてみた。

今なお病床に伏せる若き友に、君の優しい笑顔を見せてやって欲しいと・・・

 

                           

 


 
2023_08_04   びわ湖の夕焼け

 

《一瞬に 切取り詠みし 君なれど 認めし互い 今を生きてや》  實久

   ―いっしゅんに きりとりよみし きみなれど みとめしたがい いまをいきてや―

 

一コマの映像、それは絵画であり、凝縮された人生である。

そこには物語があり、その時の気持ちを表現しているからである。

このびわ湖というキャンパスに織りなすナチュラル・ペインティングに、

一枚の絵の凄さ<グロリア・栄光>を感じて立ち尽くした。

一瞬、グロリアの大合唱に包まれ、病床にいる若き友の心の輝きを見たような気がした。

 

                           

 

 

■2023_08_05   ツバメの里帰り

 

《低空の 燕返しや 里帰り 子育て忙し 夏の盛りや》  實久

   ―ていくうの つばめがえしや さとがえり こそだていそがし なつのさかりや―

 

近くの水防倉庫の軒下で子育てする燕に見入った。

バッタや、ミミズを運んでいるのか、ヒナは大きな口を開け丸呑みである。

この小さな体で方角を間違えずに、フイリッピンあたりまで里帰りするという。

時速平均45㎞、一日最長300㎞を飛び続ける能力を持つ。

渡鳥が持つ<半球休眠>、脳の半分だけを眠らせ、周囲に気を配って飛び続けながらも

休むことができるという。

どのような小さな弱き生命体にも、生存の権利と、生存のための能力が備わっている

ことを教えてくれた。

病床の若き友も里帰りするという、覚醒していないが、自宅療養に入るとの報せが入った。

大変なことだが、まずは感謝である。

 

                                             

 

 

■2023_08_06   時は流れる

 

《我もまた 時に流るる 息しおり 君と今おる 幸せ満ちし 》  實久

   ―われもまた ときにながるる いきしおり きみといまおる しあわせみちし―

 

比良の峰は暮れゆく空の中にあり、山は息づき、夕焼けは風と遊んでいる。

なんと恵み深い一日の終わりであろうか。

自分の心を見つめながら、深々と息をすると、空や峰々の息が体に出入りしているのを感じる。

時は流れ、今この時、すべての生けるものが同じく呼吸をしていると思うだけで愛おしさを感じ、

大きな幸せの中に沈むのである。

病床の若き友も、病院から実家へ帰るという、その知らせに感謝である。

  

                                             


 
 

■2023_08_08   UFOか

 

《UFOを 信じる者の 嬉しきは 見るものすべて 異星からだと》  實久

   ―ゆーほーを しんじるものの うれしきは みるものすべて いせいからだと―

 

心ときめく一瞬に出会った。

頭上に揺らめくバットマンか、いや宇宙船か、その飛翔する勇姿に心奪われてしまった。

カラスアゲハと言う大型の蝶々のようだが、この時ばかりは、UFOに出会ったような

衝撃を受け、興奮した。

病床の若き友が、風に乗って会いに来てくれたと思っている。

 

                           

 

 

2023_08_08   台風接近

 

《森の中 天蓋満ちし 流れ雲 怪しき動き 風雲告げし》  實久

   ―もりのなか てんがいみちし ながれぐも あやしきうごき ふううんつげし―

 

大型の台風が、沖縄付近で迷走し、九州に接近中である。

ここ志賀の里も台風の影響で雲に覆われ、雨を降らせ始めている。

自然の摂理に見る、天蓋を泳ぐ雨雲にも人知を越えたアートを感じるのである。

自然の織り成すアートに、病床の若き友と見入ってしまった。

  

                           

 

  

■2023_08_09  若栗

 

《イガ栗の 力満ちたる 若き顔 恐れ知らずや 凛々しくもあり》  實久

   ―いがぐりの ちからみちたる わかきかお おそれしらずや りりしくもあり―

 

今年は、ここ志賀の里の栗や柿のなり年なのだろう、たわわに実を付けている。

世間知らずの若武者の顔には、力満ち、凛々しさを漂わせているではないか。

彼らも生き抜く使命を立派に果たしている自負を覗かせているように見えた。

若栗が、家庭療養まえに散髪し終えた病床の若き友に見えたものだ。

 

                           


 
 

■2023_08_10   初成りゴーヤ

 

《ヒグラシの 耐えし夏日に ぶら下がる 初成りゴーヤ 顔涼けきや》  實久

   ―ひぐらしの たえしなつび ぶらさがる はつなりごーや かおすずけきや―

 

台風をまえに、ヒグラシ(蝉)も合唱に忙しい。

7月終わりに植えたゴーヤに立派な実がついた。

夏日に耐えながらもそのふくよかな姿を見せている。

一瞬、病床の若い友の血色のいい顔がよぎった。

家庭内介護のプログラムも決まったようだ。

 

                           

 

 

■2023_08_11   ポインセチアの衣替え

 

《床替えに 髭面の君 笑顔見せ 命溢るる 今を生きしや》  實久

   ―とこがえに ひげづらのきみ えがをみせ いのちあふるる いまをいきしや―

 

扇風機の風が、生ぬるい風を攪拌している夏の日が続いている。

我家のポインセチアは、真赤なマントを脱ぎ捨てて、浴衣に衣替え中だ。

彼女も、ここ数年の異常な暑さを感じているようである。

地球温暖化、それは人類の傲慢と贅沢が生み出した、申し子とも言える。

一人ひとりが律して、おのれの豊かすぎる生活を省みたい。

病床の若き友も、病院から自宅への床替えを終えた。

なんと、少し髭ののびた顔には<サンキュー!>を連発してくれているような、

笑顔が見えた。 和馬君、お帰り!

 

                           

 

 

■2023_08_15    ミソハギ(禊萩)

 

《背比べの 稲穂ミソハギ 比良ふもと 時の流れに 身を寄せおりし》  實久

   ―せくらべの いなほみそはぎ ひらふもと ときのながれに みをよせおりし―

 

今朝、台風は紀伊半島に上陸、北西に進路をとり日本海に抜けるという。

昨日は、台風の前の静けさ、晴天に恵まれた。

比良の峰を背景に、田圃の畦道に咲くミソハギが稲穂と背比べをするほほえましい光景にであった。

まとまり咲く小さなピンクの花に、素朴な可愛らしさを感じた。

別名<水掛草>ともいうらしい。 墓石に水を掛けた時に起こる水流紋に似ているという。

昔から墓参りの供花、故人を偲ぶ花として愛されている。

故人を迎えるわたしも、歳をとったものだとつくづく思う今日この頃である。

暴風雨が激しくなってきた。

 

                   


 
 

■2023_08_15   少年の終戦

 

《屍の 累々越えし 逃避行 戦闘逃れ 山河臥せしや》  實久

   ―しかばねの るいるいこえし とうひこう せんとうのがれ さんがふせしや―

 

今日は、終戦日、我が国が無条件降伏した日である。

1945(昭和20)年8月15日、わが家は、両親の赴任地である北朝鮮に迫るソ連軍を逃れて、

現在の朝鮮半島に横たわる軍事境界線の南側にある小さな村にたどり着いた。

幼いながらもオンドルの家の庭にある井戸水を、夢中になってのどに流し込んだ記憶が残っている。

どんなに美味しかったことか・・・平和をかみしめ、戦争から解き放たれた瞬間であった。

その後、朝鮮戦争にも巻き込まれ、死線を何度も乗越え、日本に帰還したのが小学高学年であった。

人生の冒険は、人によっていろいろである。 だからそれぞれの人生は面白い。

 

                                           

                                            戦争孤児・war orphan (1950_09_28  In Seoul)

                                                       (KCM:Korea Computer Mission 提供)

 

<関連ブログ> 星の巡礼 ≪少年の体験した朝鮮動乱≫

https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/12684536

 

■2023_08_16   お盆の灯り

 

《招かれて 迎え入れしは 夏の夜や 灯り導く 出会い懐かし》  實久

   ―まねかれて むかえいれしは なつのやや あかりみちびく であいなつかし―

 

本の心の風景に出会い、心豊かにさせられた。

提燈の灯りで、先祖への感謝と尊敬の気持ちを現わす日本人の心の優しさが、

今でも受け継がれていることに感謝した。

その温かな灯りは、どこか哀愁や情緒を漂わせて、人のこころ労わり、

慰めてくれるのである。

世界が平和でありますように、人類が安らかでありますように・・・

 

(お盆それは、故人を迎え、一緒に過ごし、見送る、先祖供養のための夏の恒例行事である。)

  

                       

                                          村岡商店街(兵庫県)の盆提灯の灯り (8月14日夜撮影)

 

  

■2023_08_17   送り火

 

送り火に 燃え立つ命 帰り往き しばしの別れ 惜しむ夏かな》  實久

   ―おくりびに  もえたついのち かえりゆき しばしのわかれ おしむなつかな―

 

友人から、自宅の屋上から撮った送り火<左大文字>の写真が送られてきた。

8月16日の夜に行われる<送り火>は、お盆に帰ってきた死者の魂を現世から

ふたたびあの世へと送り出す行事である。

お盆とは、あの世から一時的に戻ってきたご先祖様の霊を家族とともに迎え入れ、

感謝の気持ちを伝えて供養するという、祖霊信仰が結びついてできた日本の

伝統的な行事である。

 

                           

 

 

■2023_08_19   天への扉

 

《天蓋に 白雲満る 扉あり 開けてみたし おのれの窓も》  實久

   ―てんがいに しらくもみつる とびらあり ひらけてみたし おのれのまども―

 

森の散策、そこにはいつも天への扉が開かれている。 見上げる自分に見つめる白雲が、

おいでよと、誘われている気がするのである。

一度、病床の若き友を誘って、雲の上からお伽の国 地球という星を覗いてみたいものである。

 

                           

 

 

■2023_08_20   精霊宿る老木<アコウ>

 

『精霊の 宿りしアコウ 迫り来て 友の一颯や われ圧倒す』  實久 

   ―せいれいの やどりしアコウ せまりきて とものいぶきや われあっとうす―

 

親友が描いた一枚の水彩画の写真が送られてきた。

「アコウの精霊に導かれ、久しぶりに水彩画を描きました。 自宅療養中の若き仲間にも、

老木アコウの精霊が届きますように」との添え書きがあった。

「久しぶりに活きた絵に出会った気がします。凄い、の一語です。圧倒されました!

必ず届けます!」と伝えた。

 

                           

                           水彩画:「福江島の精霊が宿る樹齢250年のアコウの樹」(画・関本 拓司)

 

 

■2023_08_21   今を生きる山百合

 

《人は皆 運命に生きし 今あるを 忘れおりてや 多忙に任せ 》  實久

    ―ひとはみな さだめにいきし いまあるを わすれおりてや たぼうにまかせ―

 

野山に咲く大好きな山百合の種を庭に蒔いておいたら、純白の大輪を咲かせた。

精一杯今ある自分を生きる山百合の凛とした姿にエールを送った。

おのれ独り、背を伸ばし、天に向かって立つ姿に、人のあるべき姿を重ねた。

病床の若き友の<今を生きる>姿に、眩しさを感じた。

 

                           


 

■2023_08_22   秋を告げる蝉 <ツクツクボウシ

 

《夏を告げ 鳴き叫けぶ蝉 秋迎え 削りし命 称えあげたし》  實久

   ―なつをつげ なきさけぶせみ あきむかえ けずりしいのち たたえあげたし―

 

夏から秋へ、季節の衣替えを感じる。

真夏の風物詩、セミの鳴き声に変化が見られるのである。

どこか秋の到来を告げる蝉の鳴き声が混じり、日々増していることに気づく今日この頃である。

リズミカルナな<ツクツクボーシ>のハーモニーが志賀の森に響き、

猛烈な残暑の中にも秋を感じている。

病床の若き友にも、秋を迎える蝉の合唱が聴こえていることであろう。

 

                           

                                               

 

2021_08_22   彦星からの返信を待つ

 

《彦星の メッセージ待つ トキメキの ロマンの夜をや 待つ身苦しき》  實久

   ―ひこぼしの めっせーじまつ ときめきの ろまんのよをや まつみくるしき―

 

旧暦七夕に当たる今夜8月22日、午後10時から1時間、彦星(アルタイル/牽牛星)方向に

JAXA大型パラボラアンテナを向け、40年前、米国スタンフォード大学より送信された

メッセージの異星人からの返信を待つという壮大な実験が行われるという。

地球星に人間と言う生物体がいる限り、大宇宙にはそれなりに異星人がいると信じる

夢多き人がいても不思議ではない。

七夕の彦星にメッセージを送ったという日本的情緒に感動している。

もし40年と言う時空を超えて、彦星(アルタイル)からメッセージが届いてくれたら、

と胸をときめかしながら、ロマンの中に埋没している。

 

                           

 

 

■2023_08_24   名門の復活

 

《青春に 燃え尽きせしや 球児たち 白球追いし 瞳爽やか》  實久

   ―せいしゅんに もえつきせしや きゅうじたち はっきゅうおいし ひとみさわやか―

 

107年前に第二回高校野球で優勝した名門校(当時 慶應普通)が、105回大会で

優勝したことに日本中が驚かされた。

忘れ去られていた名門校が、二連覇のかかった強豪校を下したのである。

 

勝戦前、強豪校 仙台育英高校の自信に満ちた落ち着きと安定感に対し、

名門校 慶應高校の挑戦者としての爽やかさが目立っていた。

不思議なことに、決戦の前から強豪の一方的な勝利を予想するものが少なかったことにも、

波乱に満ち、ひょっとしてひょっとするのではないかとの優勝戦への好感度が上がっていた。

わが地元校が、優勝戦で桐蔭に挑んだ雰囲気とは全く違っていた。

 

試合が始まると、甲子園球場を埋め尽くした観客のほとんどが名門校の関係者ではないかと

疑うほど、球場が割れんばかりの大応援歌に包まれ、応援団のドラムが止むことなく轟き、

まるでサッカー試合のあの怒涛の応援や、阪神タイガーズの六甲おろしのよな応援が

繰り広げられた。

いろいろと批判もあるようだが、高校野球の青春にかけるドラマの真骨頂を見た思いでもある。

 

高校野球の最盛期、いや転換点を見た思いとともに、球児の長髪にも高校野球の新しい時代の

波を垣間見た。

両チームの健闘を称えたい。

 

                           

                                        写真: 優勝を喜ぶ慶應高校球児 (www.yomiuri.co.jp提供)

 

 

■2023_08_26   登山訓練開始

 

《今朝も又 琵琶を見下ろす 伊吹山 我を招きて 霞みおりしや》  實久

   ―けさもまた びわをみおろす いぶきやま われをまねきて かすみおりしや―

 

秋の伊吹山登山目指して、山歩きの準備をはじめた。

裏山の<木戸比良登山口>より、標高450mのキタダカ谷にある第二砂防ダムを往復して、

転倒・滑落防止のため足腰を鍛えるのである。

百名山完登をなし終え、随分と歳を重ね、すっかり隠居してしまったが、

人生最後の登山を計画している。

伊吹山滋賀県 1377m)は、百名山完登時の第一座であった思い出の山である。

はたして、伊吹山登山は成し遂げられるのだろうか。

ぼちぼち始めたい。

病床の若き友にも、背後から押してもらおうと思っている。

 

                           

 

 

■2023_08_28   夕焼け

 

《蝉ミミズ 暑さに命 縮めおり 迎え早しや 夏日悲しき》  實久

   ―せみみみず あつさにいのち ちぢめおり むかえはやしや なつびかなしきー

 

この夏の暑さには体も悲鳴を上げた。

残暑を迎え、いまだ夕焼けには涼しさはなく、体のほてりは陽が沈むまで続いている。

また、志賀の里では、例年見られない光景に出会っている。 干からびたミミズが沢山横たわり、

命縮めた蝉が沢山ひっくり返っている姿に驚いている。

そして、赤トンボが例年になくその数を増やしている。

地球の熱帯化により、自然界の法則が狂いだしてきているように思えてならない。

嬉しいことに、ここ志賀の里の水稲の生育状況は順調で、すでに稲刈りが始まったところもある。

 

                           

 

 

■2023_08_29   百日紅泳ぐ

 

             漢詩 《今を生きる》

                   七言絶句  實久

 

      百日紅泳吊浮雲    浮雲に吊られて泳ぐ百日紅    

      炎天也涼顔無苦    炎天に苦も無き顔涼しげ也    

      向天蝉遊独謳幸    天向い幸せ謳う蝉独り遊び    

      君今此処楽生唯    君今此処唯生きるを楽しむ  

 

 

           我家の遅めのサルスベリ百日紅)が満開である。

        浮雲に吊られて泳ぐ百日紅が、炎天下、苦もせず涼しげである。 

         蝉は独り天に向かって幸せを歌い、遊んでいるではないか。

        ただ今ここを思いっきり噛みしめ、生きている姿に感銘を受けた。

       自宅療養で、入浴をする若き友にも、同じく満足しきった顔を見た。

          幸せは、いつも身の回りにあることに気づくのである。

                    感謝である。

 

                   

 

  

■2023_08_30   山百合の表情

 

《山百合や 時の流れに われと坐し 静寂に沁みる ヒグラシの声 》  實久

   ―やまゆりや ときのながれに われとざし しじまにしみる ひぐらしのこえ―

 

野の花にも豊かな表情がある。

晴れた朝の清々しい顔、雨に濡れ頭を下げる顔、水玉を飾って得意げな顔、それぞれに生きる

喜びを現わし、幸せを謳歌しているのを感じる。

その表情には、生への疑いがなく、運命への達観が見てとれて羨ましくも感じてしまうのである。

今朝も、山百合のように、流れいく時のなかに、病床の若き友と一緒に坐ってみた。

 

                           


 
 

■2023_08_31   老ライダー最後の言葉 

 

《風を切り 終えしライダー 老境の 終わり目出度き 言葉響きし》  實久

   ―かぜをきり おえしらいだー ろうきょうの おわりめでたき ことばひびきし―

 

ハーレダビッドソンを駆って北海道一周の旅の途上、知り合った10歳年上のライダーがおられた。

以来、鹿児島とここ志賀の里との文通が始まった。 

季節変わりの侘び寂を紹介しあい、ライダーの醍醐味と人生を語り合って来た。

その彼も92歳になり、とうとうライダーを卒業せざるを得ない老境に達したとの悲しい便りが届いた。

最後に、和紙に・・・

 

《おわりも めでたく 候へ》

 

との自筆の感謝の気持ちをしたためてあった。

わたしも、人生とは、かくありたいと願っている一人である。

慰めの言葉と共に、ライダー人生の完結に弥栄を贈った。

老ライダーの愛に満ちた、充足しきった言葉が、こころに響いた。

 

                           

 

  

■2023_08_31   豊穣の満月<ブルームーン

 

《忍び待つ 豊穣の月 雲の間や 命の泉 満ちて宿りし》  實久

   ―しのびまつ ほうじょうのつき くものまや いのちのいずみ みちてやどりし―

 

雲間の満月の豊かな光を受け、稲穂は頭を垂れ、秋虫たちはその声を張り上げている。

その情景は、侘び寂の極致を演出してくれていた。

満月のもと、風流に身を任す病床の若き友にも、月光が優しく包んでくれたことであろう。

 

                           

                                                       写真: 志賀の里、8月31日19時28分撮影

 

 

■2023_09_01   秋気配

 

《秋気配 競いて止まぬ 蝉しぐれ 日暮らす我も ひねもすおりし》  實久

   ―あきけはい きそいてやまぬ せみしぐれ ひぐらすわれも ひねもすおりし―

 

残暑に、いまだシャワーの爽やかさを感じる今日この頃である。 

老いてなお夏の暑さに翻弄され続けている自分を見つめる日々でもある。

その私をじっと見つめる残暑、その残暑を楽しむ蝉しぐれ、そして暑いとぼやくこの老いぼれと、

この三位一体の宇宙にこそ命の輪廻があると思いつつ、睡魔に襲われる日々である。

病床の若き友も、蝉しぐれの調べに、今を生きるおのれを見つめていることであろう。

 

                           

 

  

■2023_09_02  稲穂の気持ち

 

《刈入れの エンジン唸る 稲穂おり 誰がわがために いのち活かせし》  實久

   ―かりいれの えんじんうなる いなほおり たがわがために いのちいかせしー

 

例年になく、ここ志賀の里の稲穂の生育が早いような気がする。

8月末に早くも稲刈りが始まり、その後の刈入れ作業は急ピッチに進んでいる。

猛暑による高温障害が原因だという。

地球の熱帯化は、稲作にも顕著に表れてきているようだ。

稲穂はただ頭を垂れ、活かされるわが命をじっと見つめ、満足しているように見えた。

 

                           

 

 

■2023_09_04   銀輪、風に乗る

 

《銀輪の 風に遊びて 湖西路を 漕ぎし老体 若き日覚ゆ》  實久

  ―ぎんりんの かぜにあそびて こせいじを こぎしろうたい わかきひおぼゆ―

 

曇り空に誘われて、久しぶりに湖西路に自転車を走らせ、湖の風と遊び、汗を流して来た。

JR湖西線志賀駅>より、白髭神社高島市)間の往復約30㎞のサイクリング<ビワイチ>である。 

すっかり衰えてきた脚の筋力の回復のつもりだったが、自宅前の心臓破りの坂でダウンしてしまい、

病床の若き友に後ろから押してもらって、どうにか帰宅できたのだからお笑いである。

 

        



 ■2023_09_05    懐かしの味<オムライス>

 

《少年の こころに宿る オムライス 出会い懐かし 幸せ覚ゆ》  實久

―しょうねんの こころにやどる おむれつに であいなつかし しあわせおぼゆ―

 

湖西路のサイクリングで懐かしいお袋の味<オムライス>に出会った。

あれは昭和28年ごろ、終戦後の少年時代、朝鮮半島から引き揚げてきた当時、日本はまだまだ貧しく、

人々はお互い助け合い、食材を貸し借りしていた。

なかでも栄養価の高かった卵やバナナは入手困難な贅沢品であった。

ただケチャップで味付けした焼き飯を卵で包んだだけのオムライスの美味しかったこと。

また、そのソースが素朴そのもので、絶品であった。

そんな懐かしの<オムライス>に、白髭神社手前(南100m)の豚汁で有名な「白ひげ食堂」で再会し、

感激にむせび、目を輝かせたものだ。

次回は、病床の若き友の快復を待って、一緒に食べに来たいものである。

 

 

 

 

   ■2023_09_06   虎刈り

 

《我を待つ 蔦垣あたま ぼさぼさの 入れしバリカン 虎刈りも良し》  實久

   ―われをまつ つたがきあたま ぼさぼさの いれしばりかん とらがりもよし―

 

例年の葉刈りも、猛暑のため、今日に延びてしまった。

残暑を避け、朝夕に分けての作業だ。 老いてもなお体を動かせることに感謝である。

急に雨が降り出したので、今朝の作業を打ち切った。

ただ、腕が落ちたのか、虎刈りの蔦たちの渋い顔をみて、病床の若き共に笑われたものだ。

 

                           

 

 

■2023_09_08   秋を迎える夕暮れ

 

《時忘れ すべてゆだねし 夕焼けに 病の友と みむね仰がん》  實久

   ―ときわすれ すべてゆだねし ゆうやけに やまいのともと みむねあおがん―

 

世界のどこを歩いていても、夕焼けは必ず一人旅に付添い、心豊かに迎えてくれる。

さすらう旅人にとって、夕焼けは一服の安堵の酔酒である。

志賀の里で出会う、びわ湖を染める夕焼けもまた一枚の額縁の中にあった。

病床の若き仲間と、<夕焼け小焼け>を声あらん限り歌い、夕焼けと遊んだ。

 

                         

                         


 

■2023_09_09   キリギリス

 

《閉じし目に 耳を澄ませば 秋の虫 沈み往きしや こころ休まる》  實久

   ―とじしめに みみをすませば あきのむし しずみゆきしや こころやすまる―

 

残暑も落ちつき、ランニングシャツからTシャツへ衣替えをした。

わが家にもキリギリスの登場である。ここ志賀の里は、河鹿ガエルや蝉たちのコーラスから、

秋の虫たちであるキリギリスや鈴虫・コオロギのシンフォニーに移った。

目を閉じ、静かに耳を傾けながら、病床の若き友と秋の音楽会を楽しんだ。

 

                           

 

 

■2023_09_11   ラグビーワールドカップ 2023パリ大会

 

《風を切る ステップ軽し ラグビーの 肉弾戦に タックル軋む》  實久

   ―かぜをきる すてっぷかるし らくびーの にくだんせんに たっくるきしむ―

 

キックオフ、いよいよ始まった。

アジアを代表して10回連続出場の日本。 前回の自国大会でようやく互角に戦える姿を

世界に見せてくれた。 

期待のかかる今回、熱戦を繰り広げ、どこまで強豪チームに挑んでくれるのか、楽しみである。 

初戦のチリ戦、チャレンジャーであるチリの切れのいい走り込み、ステップ、果敢なタックルに

拍手を送った。

4年ぶりに楕円形のボールを追いながら、受けて立つ日本チームの緊張感を十分味わった。

42:12 意外な大差の勝利に、イングランド戦への期待がふくらんだ。

さっそく、登山訓練の途中、砂防ダムのうえでスクラムのボール出しの真似をしてみた。

病床の若き仲間に、まるで股覗きだねと笑われてしまった。

(写真は、反転させています。驚かないで・・・笑い)

 

                           

 

 

■2023_09_12   グリーン・カーテン

 

《影作り 風に踊りし 切り絵窓 われ和ませし 緑豊けき》  實久

   ―かげつくり かぜにおどりし きりえまど われなごませし みどりゆたけき―

 

異常な暑さに見舞われたこの夏、少しでも暑さをしのぐために植えた朝顔・ゴーヤ・キューリによる

グリーン・カーテンにも助けられた。

窓額縁の中の切り絵のように、風に揺れ、光透す緑葉に、涼しさを感じたものである。 

めっきり涼しくなった朝夕、役目を終えたグリーン・カーテンの影絵を楽しませてもらっている。

病床の若き友も、朝夕の涼しさを感じとってくれていることだろう。

 

                           

 

  

■2023_09_14   ツーリイング

 

《老いたりし 腑臓に響く バイク音 風と歌いて 雲と戯むる》  實久

   ―おいたりし ふぞうにひびく ばいくおん かぜとうたいて くもとたわむる

 

秋空の下、久しぶりに愛車Honda Super Cub 110 Proにまたがって、志賀の里を駈けてきた。

老体に響くエンジンの軽やかな振動に酔い、びわ湖より渡りくる風と歌い、比良の峰に浮かぶ雲と遊んだ。

さあ、帰ったら草刈りをしなくちゃ・・・

 

                           

 

 

■2023_09_19   奉仕デー<草刈り>

 

《草刈りに 観じしわれも 主の御手に 刈られ往きてや 永遠に安けき》  實久

   ―くさかりに かんじしわれも しゅのみてに かられゆきてや とわにやすけき―

 

公道の草刈り奉仕をはじめて幾年月になるだろうか。

老体にはエンジン式草刈り機は重過ぎるようだ。 重力がかかる腰を、さらに草を払うために左右に

動かすのである。今回が最後のご奉仕になりそうだと思いつつ、病床の若き友の声援を受けながら、

感謝を込めて、丁寧に仕上げた。

そろそろ人生の夕暮れが近づいたようである、エンディングノートを仕上げる時のようだ。

 

                           


 

■2023_09_20   芙蓉に魅せられて

 

《麗しの 声掛け芙蓉 忍び来て こころ目結ぶ 愛のたかぶり》  實久

   ―うるわしの こえかけふよう しのびきて こころめむすぶ あいのたかぶり―

 

今朝も大輪の麗しき笑顔のお花に声掛けされた。 芙蓉、なんと素敵なネーミングであることか。 

しとやかな麗人に語りかけられる散策はひとしおである。

すべての生きとして生きるモノには、そのモノにしか持ちえない個としての魅力を隠し持つものである。 

お互いを認め合うとき、生ける喜びを嚙みしめられるのであるから、それぞれが幸せである。 

<人も花と同じですよね> 病床の若き友の独り言が聴こえてきた。

 

                           

 

 

■2023_09_22   夕陽に輝く白雲

 

《切取りし 夕暮れ景色 輝きて 安らぎ満つる わが胸のうち》  實久

   ―きりとりし ゆうぐれけしき かがやきて やすらぎみつる わがむねのうち―

 

午後4時ごろの比良山中腹より眺めるびわ湖大橋方面の夕景色である。

この時間になると比良山の西側は山影の世界に入り、

東の空は沈みゆく太陽に反射し、最後の光を放つ。

この一瞬の輝きに、浮世の安らぎを感じるのである。

病床の若き友も、いまの今、輝きを見せてくれている。 

感謝である。

 

                           


 

■2023_09_22   曼殊沙華

 

《列車過ぐ  風に交わる  曼殊沙華  この世の出会い  応え揺れおり》  實久

   ―れっしゃすぐ かぜにまじわる まんじゅしゃげ このよのであい こたえゆれおり―

 

例年、畦にたわわに咲く彼岸花が、その姿をようやく現した。

JR湖西線を走り抜ける電車が残す微かな風に、揺れて応える曼殊沙華の姿に、

この世の微笑ましい営みを見て、こころが和んだ。

 

                           

                           

 

■2023_09_22   刈入れ終える

 

《垂れし穂に 伝えし平和 来る子らに 喜び満ちし 永遠の日の本》  實久 

   ―たれしほに つたえしへいわ くるこらに よろこびみちし とわのひのもと―

 

ここ志賀の里では、すっかり秋を感じるなか、低く垂れこめた雨雲を気にしながら、

豊作に感謝しつつ、今年最後の黄金米の刈入れが始まった。

稲作に支えられたこの国の民の穏やかで平和な姿が、永遠に引継がれますように、

病床の若き友と共に祈った。

 

                           

 

 

■2023_09_19   友なる朝顔

 

《おはようと 振返る顔 涼しげや おのれ沈めし 友なる君に》  實久

   ―おはようと ふりかえるかお すずしげや おのれしずめし ともなるきみに―

 

この夏で何代目だろうか、猛暑に耐えて今年も子孫を残し、一生を終えそうだ。

朝、冷静な顔でご挨拶。昼、太陽を避けて体を縮め瞑想に入る。そして日が巡り、子を宿すのである。 

おのれの生涯を静かに見つめる朝顔の平常心にいつも心うたれるのである。

 

                                           

 

 

■2023_09_25   焼肉バンバン

 

《焼肉の 煙に咽び ジューシなる 待ちやもどかし 喰いつきおりし》  實久

   ―やきにくの けむりにむせぶ じゅーしなる まちやもどかし くいつきおりし―

 

志賀の里、わが家近くの「焼肉バンバン」で、懐かしい昭和の焼肉を楽しんできた。 

いつ食べに行っても<これこそMr.焼肉店>と唸らずにいられない。 

もうもうと立ち込める煙、冷房から噴き出す蒸気、換気扇の唸り、この雰囲気こそ昭和レトロの

焼肉店なのだ。 肉も良し、たれも良し、おばちゃんも良し。

ここもまた、病床の若き友を誘ってこなくちゃ・・・きっと喜んでくれると思うよ。

 

 

 

 

■2023_09_25   稲藁干し

 

《藁干しの 日向ぽっこや 昔見る カマスや草鞋 想い巡らす》  實久

   ―わらぼしの ひなたぽっこや むかしみる かますやわらじ おもいめぐらす―

 

昔懐かしい刈入れ跡の<藁干し>、少年時代には当たり前だった風景が、

すっかり田圃跡から消え去っていた。 

藁は、蓑(合羽)・包装材(納豆)・掃除機(箒)・カマス(袋)・屋根(藁ぶき)などと

マルチに活躍をしていた昔懐かしいマドンナであった。 

温暖化の救世主として、藁製品を復活する声に賛成である。

病床の若き友も、昔の人々の知恵に、賞賛の声を上げた。

 

                           

 

 

■2023_09_27   尻押し

 

《風に乗り こころ揺さぶる わらべ歌 病の友と 押しくら饅頭》  實久

   ―かぜにのり こころゆさぶる わらべうた やまいのともと おしくらまんじゅう― 

 

秋空に響く「押しくらまんじゅう、押されて泣くな」、少年時代のわらべ歌が

風に乗って聴こえてきた。 

ふと、目にとまった葡萄家族の楽し気な宴に引込まれていった。

病床の若き友と一緒に加わり、歳を忘れ懐かしい<尻押し>を楽しんだ。

 

                           


 

■2023_09_28   アゲハ蝶と曼殊沙華

 

《共生に 助け合いたし 我らおり 祈り合いてや 互い高めし》  實久

   ―ともいきに たすけあいたし われらおり いのりあいてや たがいたかめし―

 

曼殊沙華の蜜摂りに訪れたアゲハ蝶は、フォーバリングをしながら、巻き口吻

(こうふん・口先)を長く伸ばして作業中である。

優雅に、風に乗る蝶々も命あるもの、みなと同じく命を繋ぐために真剣である。

曼殊沙華も、子孫を残すために蝶に蜜を提供していることを思うと、

自然界の共生に病床の若き友と称賛の拍手を贈ったものだ。

 

                           

 

 

■2023_10_09   再会

 

《黄昏の 再会嬉し 子ら迎え その育ちをや 仰ぎ和みし》  實久

   ―たそがれの さいかいうれし こらむかえ そのそだちをや あおぎなごみし―

 

《再会の 子らと遊びし びわの湖 時の流れに 老い刻みおり》  實久

 ―さいかいの こらとあそびし びわのうみ ときのながれに おいきざみおりー

 

コロナ禍の3年間、大切な家族の往来が中断されていた。

この度、ようやく再会を果たすことが出来、一日をびわ湖のミシガン・クルーズに遊んだ。

 

                           

 

 

■2023_10_10   晩生米(おくてまい)

 

《晩生米 囲みし仲間 球追いて 激しタックル トライに沸きし》  實久

   ―おくてまい かこみしなかま たまおいて はげしたっくる とたいにわきし―

 

ここ志賀の里では、最後まで残っていた晩生米の刈取りが終わった。

一年のうち最も季節の移り変わりを感じる時でもある。

ワールドカップラクビ―2023の善戦が、目の前の日干し藁のスクラムに、

その余韻を残していた。

そこには、ラガーシャツの襟を立てた病床の若き友が、楕円球を追って

タックルする姿もあった。

 

                           

 

 

 ■2023_10_11   田仕舞い<モミ焼き>

 

秋天に 龍煙立ちし 田仕舞いの モミ焼き長閑 賛歌満ちおり》  實久

   ―しゅうてんに りゅうえんたちし たじまいの もみやきのどか さんかみおり―

 

ひとの命を繋ぎきた米の刈入れを終え、のどかな田圃跡では、脱穀後のモミ焼きが見られる。

平和な時の流れに、病床の若き友とともに感謝した。

 

                           

 

 

■2023_10_13   病床の若き友の覚醒を祈りつつ

 

《朗らかに 産声あげて この日まで 導きの道 涙尽きじや》  實久

   ―ほがらかに うぶごえあげて このひまで みちびきのみち なみだつきじや―

 

            お誕生日おめでとう! <絆の祈り>参加者一同

          病床の若き友 和馬君の覚醒を信じ、賛美の詩と短歌をここに贈る

 

              越えきし野山 見かえれば

              まよえる時は 連れかえり

              なやめる時は はげまして

              導びきのみち 涙つきじや

 

                           


 

■2023_10_12   白茄子

   ―秋茄子は、嫁に食わすな―

 

《丸顔の 命見つめる 秋茄子も 無の風受けて 穏やかなりし》  實久

   ―まるがおの いのちみつめる あきなすも むのかぜうけて おだやかなりし―

 

「おいしい茄子を嫁には食べさせたくない」という、姑(いゆうとめ)の意地悪な気持ちを

現わしていると思っていたが、以外にも嫁の体を気遣っての心優しい気持ちもあることを知って、

ほっとさせられたことを覚えている。

秋茄子は、美味であるため過食してしまいがちであるが、特に女性にとって体の冷えは健康に

よくないため、子供を生んでほしい嫁に茄子を食べさせすぎてはいけない、

という戒めであるという。

今夜は、病床の若き友と、七輪に炭をおこし、秋茄子を焼き、田楽味噌をのせ秋の味覚を楽しみたい。

 

                                                   

 

 

■2022_10_14    秋陽愉しむ鶏頭たち

 

《無心なる 生きざま認む 花おりて 何故に急ぐや と尋ねられし》  實久

   ―むしんなる いきざまみとむ はなおりて なぜにいそぐや とたずねられし―

 

厚手のふわふわなガウンを羽織り、優雅に秋陽を愉しむ鶏頭たちに出会った。

おしゃべりに夢中なのか、生きる今を楽しんでいるのであろうか、自分たちの世界に夢中である。

動かずに時の流れに生きる彼女たちに、足が地についていない人間はどのように映っているのだろうか。

それぞれに与えられた幸せに満足するのも、大切な生き方なのかもしれないと、

病床の若き友と語り合った。

                                                 

                           

 

 

■2023_10_15   昼夜逆転

 

《歓声に ハカの威圧や 飛び散りて 楕円のパスに 血潮沸きにし》  實久

   ―かんせいの はかのいあつや とびちりて だえんのぱすに ちしおわきにし―

 

4年に一度のこの時期、週末の昼夜が逆転する現象が起こる。

ワールドカップラクビ―観戦は、ワインを片手に至福な時間が流れるのである。

日本のリーグ戦敗退は悔しいが、対戦相手であったアルゼンチンが、ウエールズに勝利し、

準決勝に駒を進めた。

また、世界一位のアイルランドに挑戦したニュージランドのオールブラックスが辛勝し、

準決勝でアルゼンチンと激突することが決まった。

今夜も、イングランド対フイジー、フランス対南アフリカとの好ゲームに魅せられることであろう。

ラクビ―ファンにとって、まだまだ眠れない嬉しい週末が続きそうである。

病床の若き友の「もうお昼過ぎですよ!」の声に、「もう少しタックルの夢見させてよ・・・」

 

                           

                                     写真 : ワールドカップフランス2023 日本代表 (共同配信)  

                                                 

 

■2022_10_15    たくましき生命―祈り

 

《人みな はかなき命 背負いてや 今を生きるに おのれ尽くせし》  實久

   ―ひとはみな はかなきいのち せおいてや いまをいきるに おのれつくせし―

 

毛虫にやられ丸坊主になった桜の木、秋空のもと、若葉は成長し、何を訴えることもなく、

命を繋いでいる。

ただそこに存在する無言の君に向き合うだけで、君は生きる力を与えてくれるのである。

想い、祈り合い、言葉を掛け合うだけで、そこには目に見えない心が通じ合い、

エネルギーの交換が出来るのだから、生きるとはドラマである。

<人はなんで生きるのか> トルストイの問いを、病床の若き友と考えてみた。

 

                           

 

 

■2023_10_17   楕円の球に魅せられて

 

《血潮満つ 年老いてなお 追いし球 タックルも良し フレンチの秋》  實久

   ―ちしおみつ としおいてなお おいしたま たっくるもよし ふれんちのあき―

 

《時差ボケに 悩みし秋陽 うららかや 飛び交いし球 夢うつつかな》  實久

   ―じさぼけに なやましあきび うららかや とびかいしたま ゆめうつつかな―

 

今朝も、時差に悩まされ、昼近くの目覚めとなった。

ワールドカップラクビ―2023フランス大会の準々決勝2試合の死闘に、ラクビ―の心髄にふれ、

その余韻に耽っている。

鍛えた肉体の激突、息詰まる知略・謀略・戦略、応援歌と怒号、まさに王者の死闘であった。

とくに地元フランスと南アフリカの準々決勝、わたしの心に残る名勝負となった。

ラクビ―ファンの冥利に尽きた。

 

                         

 

 

■2023_10_18   木洩れ日

 

《木洩れ日に 浮き立つこころ 翔けし森 手を取り合いて 踊り舞いしや》  實久

   ―こもれびに うきたつこころ かけしもり てをとりあいて おどりまいしや―

 

木洩れ日、それも<天使の梯子>に出会った日は、こころ爽やかである。 

こころ洗われ、初子(ういご)のような気持ちになるのだから不思議である。 

この世にはいまだ汚れを知らない世界があるのだ。

そこにはエンヤ(アイルランドの癒し系歌手)の世界が広がり、病床の若き友と

手をつないで森の中を翔け回った。

 

                           

 

 

■2023_10_19   光り受け

 

               今に生き ここで咲く

               みよこの顔 きみの顔

               光り受け 美しき姿よ

               ああ  出会いて嬉し

 

                           

 

 

■2023_10_22   鳶(トンビ)舞う

 

《只々に われを見つめて 語りたし 鳶輪を画く 秋の白雲》  實久

   ―ただただに われをみつめて かたりたし とんびわをかく あきのしらくも―

 

一対一で向き合うとき、そこには一瞬の語らいがあり、求め合うものがある。

今朝も爽やかな白雲を背景に、何を語りかけたかったのだろう、

一羽の鳶がわたしを追いかけるように輪を画いていた。 

出会いとは、いや認めあう瞬間って、気づき合う事なのだと知った。

そこに、君がいるから・・・、今朝も出会いに感動した。

 

                                       

 

 

2023_10_23   病床の若き友を見舞って

 

《平安に 体ゆだねし 君なれど  悔しさ滲む  目尻の涙》  實久

   ―へいあんに からだゆだねし きみなれど くやしさにじむ めじりにのなみだ―

 

秋晴れの清々しい風に導かれ、自宅療養中の若き友を訪ねてきた。

この5月に昏睡状態になり、集中治療室に入ったということをローバースカウトOB仲間から知らされた。

その後、父親と山科会長から、昏睡からの脱却・覚醒への祈りに参加して欲しいとの願いを受けて、

仲間による<絆の祈り>の輪を広げ、朝七時それぞれが、その場での祈りを実践してきた。

多くの人、仲間の祈りがあって、奇跡的に自宅療養にまで回復したが、いまだ覚醒に至っていない

という医者の判断である。

現在、父親の呼びかけで、彼を知る友人・仲間による、覚醒のための刺激を実施されている。

 

ご自宅を訪問するとご両親と妹さんに出迎えられた。

彼は、奥の部屋、バリアフリーの完全介護設計の部屋で眠りの中にあった。

しかし、ガリバーが手足を縛られているように、たくさんの生命維持装置の管に縛られた彼の姿には、

なにか神々しささえ感じられ、威厳に満ちていた。。

「生きろ、生きてくれ!」 仲間一人一人の願いを込め、ふたたびそっと少しぬくもりのある手を

握りしめた。 

病床の大男の固く結んだ左目の目尻にうっすらとにじんだ涙を認めた時、

すべてを感じとっている若き仲間の無念さが伝わって来た。 

そして感謝の気持ちが伝わって来た。

「ありがとう和馬!」 再度、手を握りしめ、また会う日まで、別れを告げた。

 

<関連ブログ>   2023『星の巡礼 病床の若き友を見舞って』

https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2023/10/24/060854

 

 

 

 

■2023_10_25  光あれ

 

《すすき立ち 温もり残す びわの湖 いのち尊き 光り満ちにし》  實久

  ―すすきたち ぬくもりのこす びわのうみ いのちとうとき ひかりみちにし―

 

今朝も、琵琶に昇る光に、深け往く秋を感じた。

悠久の光りには、望みという温もりがあり、安堵に包まれた。

かすかな温もりは生きる喜びを伝えてくれているようだ。

病床の若き友の手の温もりをふと覚えた。

 

                           


                            

■2023_10_26   秋のコラボレーション

 

《わびさびの こころ重ねし ススキの穂 風に舞いてや 友を癒せし》  實久

   ―わびさびの こころかさねし すすきのほ かぜにまいてや ともをいやせし―

 

志賀の里は、美しい秋のファッションショーで賑やかである。

ススキとブタ草のコラボ、清楚と野生の対比、面白い構図となった。

<わび・さび>を好む私たち日本人が、秋の野山に群生し、物憂い様子で白い穂を風に揺らす

ススキの立ち姿に、儚さや寂しさを見出すのだからその感性の素晴らしさに驚嘆する。

病床の若き友のこころを、ススキの無我の境地に重ねてみた。

 



■2013_10_30   命立つ―力芝

 

《命燃ゆ 天に吼えなん チカラシバ 御手に委ねし こころ豊けき》  實久

   ―いのちもゆ てんいほえなん ちからしば みてにゆだねし こころゆたけき―

 

チカラシバは、<猫じゃらし>よりも男性的で、天に向かって立つ姿は生きる力、

いやおのれを曲げない力強さを感じさせてくれるのである。 

芝のように地中深くまで根を張り、引き抜こうと思っても引き抜けない逞しさがあり、

<力芝>と書く。

ここ志賀の山里は、秋の空に向かって立つ野草たちが一番輝く季節を迎え、にぎやかである。

今朝も、病床の若き共に、チカラシバたちのエールを届けた。

  

            

 

 

■2023_10_31   左官屋さん

 

《汗かきて 心地よき 目地治し 日毎の棲み家 労わり嬉し》  實久

   ―あせかきて ここちよき めじなおし ひごとのすみか いたわりうれし―

 

築後30数年経つと、家まわりも老朽化し、破損亀裂が目立ってきた。

今日は、駐車場の角石の目地の補修にとりかかり、まず亀裂部分の目地を剥がし、即乾性の

インスタント防水セメントを流し込み、指とコテで仕上げた。

体が動くかぎり、親しんだ家屋のほころびをわが手で労わってやりたいと思っている。

次は、障子張り、デッキの防腐剤塗り、枝切り、溝さらい、枯葉による土づくりなどの

軽作業が年末まで続く。

今日もまた、ありがたいことに健康に恵まれ、病床の若き友の励ましを受け、心地よい汗をかいた。

感謝である。

 

 


 

■2023_11_01   幸せな集い

 

《触れ合いて 響きしこころ 幾年ぞ 夜汽車に映る 古き友顔》  實久

   ―ふれあいて ひびきしこころ いくとしぞ よぎしゃにうつる ふるきともがお―

 

コロナ禍が落ち着き、3年ぶりに旧友が集った。

自営の友は、その厳しい自営のための戦いを切り抜け、逞しさの中にもすこし疲れを見せていたが、

乗越えた自信をのぞかせ、安堵の顔を見せていた。

一方、組織に労する仲間たちは、みな少し小太りしただろうか、幸せをかみしめた柔和な笑顔が

印象的であった。

仲間と言っても、脂の乗り切った初老から、老いを見つめるわたしの年代まで幅が広いが、

それぞれに与えられた役目を、責任を果たしている姿には、自信と落着きが見られた。

幸せは、おのれが見つけるもの、お互いの生き方に温もりある幸せを望みたいと願ったものである。

こころの友は、わたしの光る宝である。

今朝も、朝日を浴びた花水木の赤い実が幸せをかみしめていた。

 



■2023_11_01   目覚め

 

《気を吸いて 来る朝毎に 満ちし愛 道を追いてや 老いを見つめし》  實久

   ―きをすいて くるあさごとに みちしあい みちをおいてや おいをみつめし―

 

日毎の夜明けには、それぞれにメッセージが込められていると思う。

好きな賛美の一節がある・・・

《来る朝毎に 朝日と共に 神の光を 心に受けて 愛のみ旨を 新たに悟る》

何と素晴らしい栄光に満ちた、愛ある世の再確認を歌っていることか。

新たなる朝に、新たなる命を見出す・・・老いるとは素晴らしいことなのである。

病床の若き友に、み光がさんさんと注がれますように・・・

 

                           

 

 

■2023_11_03   ホトトギスの魅惑

 

《想いだす 若き心に 悩みしや 魅惑に弱き 膝の温もり》  實久

   ―おもいだす わかきこころに なやみしや みわくによわき ひざのぬくもり―

 

肉厚の花びらに、ムラサキの斑点を散りばめ、日陰で醸し出す雰囲気は魅惑的であり、ゴージャスである。

青春時代に味わった<秘めた恋>が蘇って、一瞬ドキッとした。

どこか心惑わす雰囲気が伝わって来た。 くわばらくわばらである。

でもホトトギスの華麗さに見惚れてしまった。

病床の若き友に、こころの動きを見られたようで老人も照れてしまった。(笑い)

 



■2023_11_04   志賀の里の<隠れ家>

 

《化粧せし 美しき星 輝くも 砲声止まぬ 地おもい悲し》  實久

   ―けしょうせし うつくしきほし かがやくも ほうせいやまぬ ちおもいかなし―

 

晩秋の三連休の初日、秋空のもと、紅葉に誘われて、びわ湖岸沿い、長めの散策に出かけてきた。

帰路、広大なびわ湖を眼下に、のんびりと走り去る列車を眺め、遠く鈴鹿の峰々を遠望できる

<隠れ家>で遅めのランチをいただいた。

隠れ家のような<Café Koan>は、国道旧161号線の<びわ湖バレイ入口>より北へ約300m先の

びわ湖側にあるコンテナ造りの可愛いお店である。

ハムサンドとアップルジュース、ソーセージサンドとレモネードをそれぞれいただいた。

機会を見て、病床の若き友にも、この雄大な景色をぜひ満喫してもらいたいと思っている。

 

 

    

 

2023_11_05   秋桜の立ち姿

 

《コスモスの 淡き衣や 薄日着て 夢謳いつつ 永遠に溶けにし》  實久

   ―こすもすの あわきころもや うすびきて ゆめうたいつつ とわにとけにし―

 

秋の残り陽に顔を向け、その温もりを一身に体感しているコスモスの姿は、

まるで老いた己を見ているようで、ほのかな哀愁の中に安堵の気持ちが流れた。

なんと素敵な立ち姿であろうか。

病床の若き友に「背筋を伸ばさなくちゃ」と声を掛けられた。

 

                       

 

 

■2023_11_06   老いる自然の姿<Amazing grace

 

《時迎え おのれ見つめる 老いの身に 素晴らしき主の 恵み深しや》  實久

   ―ときむかえ おのれみつめる おいのみに すばらしきしゅの めぐみふかしや―

 

曇り空の下、葉脈を見せ、吹き抜ける風を楽しむ老葉に出会った。

日に日に透けゆくわれを重ね、その美しき老い往く姿に、何とも言えない親しみを感じた。

老いるとは、身の軽きをまとい、枯れ往く時を楽しむことにあり。

その光り輝く姿、素晴らしき主の恵み<Amazing grace>に出会った恵みの晩秋である。

 

                           

 

 

2023_11_02   晩秋のナナカマト

 

《この世にて 今に輝く ナナカマト ただただ己  見つめおりしや》  實久

   ―このよにて いまにかがやく ななかまと ただただおのれ みつめおりしや―

 

百名山を駈け、紅葉に迎えられた日々が懐かしい。

曇り空のもと、晩秋に一段と輝くナナカマト、赤い実をつけて華麗なる姿を見せていた。

短い陽の中に、美しい姿をみせるナナカマトと心かよわす時の、なんとこころ穏やかなことか・・・。

生きとして生きるもの、老いるとは、静かな穏やかな時の流れにある。

病床の若き友の真紅に燃え立つこころを見た思いである。

 

                           

 

 

■2023_11   ツワブキ爛漫

 

《日陰なる 可憐いずこや ツワブキの 大輪面に われを見よやと》  實久

   ―ひかげなる かれんいずこや つわぶきの たいりんづらに われをみよやと―

 

玄関わきにある黄色い花が、紅葉の妖艶に負けじと、競っているから可笑しい。

日陰で謙虚に咲くイメージのあるツワブキが、これ見よと真黄な花を一斉に咲かせた。

今朝も病床の若き友と、このひと時を彼女たちと話し合えて幸せである。

 

                           

 

 

■2023_11_09   山歩き

 

《おのれ観る こころ響きし 落葉音 彷徨う人の 旅路浮かびし》  實久

   ―おのれみる こころひびきし らくようおん さまようひとの たびじうかびし―

 

ここ志賀の里は、比良・蓬莱山麓に原始の森が広がる。

落葉を踏みしめる微かな足音を楽しみながら、径なき道をさまよう様は、元トレッカーにとって

至福な時間である。

知らずのうちに、詩吟<太田道灌蓑を借るの図に題す>を大声で吟じていた。

木霊する森に、病床の若き友のかすかな、心地よい寝息が聴こえてきた。

 

                           

 

 

■2023_11_10   華麗なる落葉

 

《出会いとは 摩訶不思議越え いまここに 向きあい嬉し 心通いて》  實久

   ―であいとは まかふしぎこえ いまここに むきあいうれし こころかよいて―

 

最後の美しい黄金色に染まりゆく君に出会いて、君の華麗なる輝きを称えたい。

この一瞬の舞台に立つ君と僕、一期一会という出会いに感謝したい。

 

                         

 

 

■2023_11_11   <比良おろし>と<熟し柿>

 

《バリカンの 唸りし朝や 熟し柿 鳥に託せし 子ら安かれと》  實久

   ―ばりかんの うなりしあさや じゅくしかき とりにたくせし こらやすかれと―

 

志賀の里は、夜半にかけて冬の風物詩である北風<比良おろし>の強風が吹き荒れた。

食べごろに熟した柿、小鳥の訪れを喜ぶ柿、子孫を遠くに運んでもらいたい柿と、

共生のうつくしい季節であるが、強風に熟し柿も、随分と落柿した。

いよいよ寒き冬の夜なべに突入である、灯油の備蓄も終えた。

病床の若き友が、散髪をしたとの報せがあり、爽やかな表情に若者の生きる力を見た。

わたしもバリカンで丸刈り、散髪をしてさっぱりした。

 

                           

 

 

■2023_11_12   柿喰う鵯

 

《来冬に 吹き荒れし里 比良おろし 熟柿啄む 鵯おりて》  實久

   ―らいとうに ふきあれしさと ひらおろし じゅくしついばむ ひよどりおりて―

 

ここ志賀の里では、比良おろし<比良八講>と言う北風が吹きだすと、残っている熟し柿も強風に

落されてしまう。

その前に鵯(ひよどり)たちは、柿を喰い栄養を貯えるのに忙しい。

あと幾つ残っているだろうかと、首を回して数えている姿が可愛い。

冬を越すとは、小鳥たちにとっても大変なことなのである。

病床の若き友と、双眼鏡をのぞき、野鳥観察を楽しんだ。

 

                                       

 

 

■2023_11_13   ムラサキシキブ

 

《ムラサキの 醸す色艶 美しき 葉隠れ顔に 式部おりてや》  實久

   ―むらさきの かもすいろつや うつくしき はがくれがおに しきぶおりてや―

 

志賀の里は、雲間から陽射す、ピリッと冷たさを感じる朝である。

初冬の陽ざしの温もりに、ひょっと覗き見する、丸い小顔に目が止った。

葉隠れから顔をだす、なんと清楚で、上品なムラサキシキブなのだろうか。

そこに十二単を着飾った、聡明な紫式部が立ちつくしているように見えたから不思議である。

病床の若き友と、ムラサキシキブの色艶に見惚れてしまった。

 

                           



■2023_11_14  紅きマント羽織りて <老杉>

 

《生きるとは 苦難の旅路 背負いてや 喜び分かち 今おるを謝す》  實久

   ―いきるとは くなんのたびじ せおいてや よろこびわかち いまおるをしゃす―

 

志賀の里には、神々が集合する樹下神社があり、老杉が鎮座する。

神社は1578年再建とあるから、少なくとも樹齢400年の老杉であろうか。

天を突く老杉は、急なる寒さ到来に、紅葉のマントを羽織り、悠然と時の流れに

身を任せている。

沈思のなかに、強固な意志を見せる姿には、神々しささえたたえている。

今朝も、老杉に挨拶を交わし、親愛の抱擁を交わしてきた。

もちろん病床の若き友にも、老杉のパワーを送った。

初冠雪の比良の峰は、雲の中にあり、その姿をいまだ見せていない。

 

                           

 

 

■2023_11_15   枯葉絨毯<志賀清林パーク>

 

《冬空に 子らの叫びや 清林の 枯葉絨毯 駆けっこ嬉し》  實久

   ―ふゆぞらに こらのさけびや せいりんの かれはじゅうたん かけっこうれし―

 

志賀の里にある公園<志賀清林パーク>の休日には、たくさんの家族連れで賑わう。

ここ志賀の里にある我らの村<木戸>は、大相撲の行司の始祖と言われる志賀清林の故郷である。 

また、豊臣秀吉が木戸銭をとって相撲興業をすることを認めた最初の地であるともいわれる。

志賀清林は、奈良時代の726年、近江国から朝廷に出仕し、相撲の技四十八手と礼法と

「突く・殴る・蹴る」の三手の禁じ手を制定する事を聖武天皇に奏上した人物とされている。

病床の若き友と、この枯葉絨毯で、車いすラクビ―を楽しむ日を楽しみにしている。

 

                           

 

 

■2023_11_16   焚火

 

《比良の山  冬来たりなん  雪の華  何をか語らん  焚火囲みて》  實久

   ―ひらのやま ふゆきたりなん ゆきのはな なにをかかたらん たきびかこみて―

 

初冠雪を迎えた比良の麓に、友夫妻を迎え、焚火を囲んで久闊を叙し、ソフト・マシュマロや、

ソーセージを焼きながら青春にかえって談笑に燃えた。

薪が燃え立ち、うごめく炎の舞は、いつも心暖め、魅惑の世界へ誘ってくれるのがいい。

老いの身も、この時ばかりは、久しぶりに青春の炎に満ち満ちたものである。

 

 

                           

 

 

■2023_11_17   小さなわが子 <雨蛙>

 

《君もまた 我家の子なる 雨蛙 穏やかな顔 我を癒せし》  實久

   ―きみもまた わがやのこなる あまがえる おだやかなかお われをいやせし―

 

志賀の里は、雨雲の中にある。

我が家にはもう一人、冬眠の準備に忙しい家族がいる。

ニホンアマガエルという、季節や環境で体の色を変える忍者である。

初冬、彼女は緑色から灰色に衣替えをし、冬眠の準備に入るのである。

今朝も、濡れ縁から隣家で鳴く仲間に合わせて、体に似合わない鳴き声<グエッ・グエッ>と、

愛の輪唱交換を楽しんでいた。

そこには穏やかな、いつも変わらない、平和な顔のわが子がいた。

 

                           


 
                                                      

■2023_11_18   我家の柿暖簾

 

冬日浴び 吊られてはしゃぐ 柿暖簾 正月待ちて 指数えおり》  實久

   ―ふゆびあび つられてはしゃぐ かきのれん しょうがつまちて ゆびかぞえおり―

 

少年時代の家々の庭の真中には必ず柿の木が1本あった。

それも渋柿が大半であったと記憶している。 子供たちは木登りをおぼえ、得意げに柿を採ったものである。

オヤツであるとともに、保存食として、また正月の飾りに使う干し柿にするためである。

恒例の昔懐かしい、夜なべの<干し柿づくり>を手伝った。

病床の若き友も、手にへばりついた渋に、手をグッチョパーしてはしゃいでいた。

 

                           

 

 

■2023_11_19   華麗なる乙女<金魚草>

 

《優雅なる 金魚の舞や 和みおり 華麗に泳ぐ 初冬の空に》  實久

   ―ゆうがなる きんぎょのまいや なごみおり かれいにおよぐ しょとうのそらに―

 

ここ志賀の里、透き通った青空から、さんさんと冬日が降りそそいでいる。

上品ないで立ちで、ちょっぴりお喋りな金魚草が、温もりに向かって背伸びしている。

金魚草を、欧米ではミツバチが ドラゴン(竜)に飲み込まれている姿から<スナップドラゴン>

というから面白い。

草食系と肉食系では、平和的・戦闘的イメージとして対象を見るのであろうか。

病床の若き友と、われわれは草食系、それとも肉食系か論じ合ったものである。

「やはり金魚草だね・・・」

 

                           

 

 

■2023_11_20   <沈黙の調べ>

 

       暮れゆく初冬、独りたたずむ影姿、悠久の時を見おる

       何を想い、何を思いしか、君に問いて、君を見上ぐる

       沈黙の調べ流れ来て、こころ踊らす君に、只々感嘆す

       ああわれらいま、和して響きて、ともに祈りあいしや

                       ―病床の若き友を想いつ―

 

                           

 

 

■2023_11_22   幻想の伊吹山

 

《なぜ登る そこに山あり と言いしが ロマンに溺る おのれおりてや》  實久

   ―なぜのぼる そこにやまあり といいしが ろまんにおぼる おのれおりてや―

 

今年に入って、最後の登山にと裏山で足腰を鍛えてきた。

百名山完登の最初の山、伊吹山への再登頂を人生最後の登山と決めていたからである。

紅葉の季節を迎え、登山道の再確認をしたところ、ルートが大雨による崩落で登山禁止であることを

知って愕然とした。

伊吹山ドライブウエーも、あと数日で閉鎖するという。

急ぎ伊吹山頂に向かって車を走らせた。

残雪の急登を山頂へ、霧の中にあった念願の<伊吹山頂1377m>に立つことが出来た。

山頂下に立つ観音菩薩さんが、豊かな登山人生を称えてくれていた。

有難いことであり、幸せをかみしめた。

 

 

 

 

■2023_11_23   我家の黄葉<借景庭園>

 

《こころ満つ 黄葉景色 冬時雨 きみ潤おいて われ癒せしや》  實久

   ―こころみつ こうようげしき ふゆしぐれ きみうるおいて われいやせしや―

 

志賀の里の我が家のデッキから眺める黄葉は、いま一番の輝きを放っている。

衣替えの自然の姿には、老いの妖艶ささえただよい、その魅力を最大限に見せてくれるのである。

観ていて惚れ惚れする季節である。こころ満ちるひと時に感謝したい。

病床の若き友のこころにも祈りに乗せて、黄葉の景色を届けた。

 

 

 

2023_11_24   夕陽に輝く鱗雲

 

《紅の夕焼け小焼け 陽が暮れて カラスも帰る 今宵沈みて》  實久

   ―くれないの ゆうやけこやけ ひがくれて からすもかえる こよいしずみて―

 

昨夕、志賀の里は鱗雲に紅の夕陽が映え、幻想の世界に沈んだ。

病床の若き友と、大正時代のロマンあふれる童謡、中村雨紅の<夕焼け小焼け>を輪唱した。

 

 

 

■2023_11_25   温もり伝わる紫婦人―アキギリ<秋桐>

 

《老いてなお こころ潤おす 秋桐の 笑顔豊けき 君や愛しき》  實久

   ―おいてなお こころうるおす あきぎりの えがおゆたけき きみやいとしき―

 

今朝は、小雨が降るなか冬日射す<狐の嫁入り>のなか、遅めの目覚めとなった。

この世にムラサキの花<アキギリ>が存在する、なんと魅惑的で慈愛に満ちた花でろうか。

紫の花の色が、桐の花とそっくりである。

豊かな散策で出会った、野に咲く、気品に満ちたぬくもりのあるアキギリの姿に一目惚れである。

今日も楽しく、心豊かな時間を過ごせそうだ。

こころの響き合い、それが出会いであると思う老いの日々がうれしい。

病床の若き友にも、この潤いある花を、祈りと共に届けた。

 

                           



■2023_11_27   寒の月

 

《月満ちて 星燃え出ずる おいお前 君輝きて われ輝きし》  實久

   ―つきみちて  ほしもえいずる おいおまえ きみかがやきて  われかがやきし―

 

10数年前、ユーコンの川下りで出会った、寒空の星たちとコラボする美しい満月に、

ここ志賀の里で昨夜再会した。

その感動は、わたしの心の中に、神話<満月と私>として、いついつまでも宿っている満月と星たち、

わたしとの関係である。

満天の星たちが、満月の月あかりに負けじと輝き歌う様は、

永遠の命あるものへの教訓<メメント・モリー>「自分がいつか必ず死ぬことを忘れるな」を

思い出させてくれるように思える。

月は、わたしをはじめ、この世のすべてを見つめ、眺め、記憶にとどめているのだ。

語りかけは、わたしにとって<生の証>である。

 

                           

 

 

■2023_11_28   光あれ

 

《忘れおる 永遠に注ぎし わが光 気付きて生きし いまを喜ぶ》  實久

   ―わすれおる とわにそそぎし わがひかり きづきていきし いまをよろこぶ―

 

旧約創世記にある<命与える光>を今朝も享受していると思うと、万物を構成するちっぽけな己にも、

燃え立つエネルギーを感じた。

光りを貫く釣り灯篭を見ていると、そこに<命与える光>である原始の光を強く感じるのである。

病床の若き友にも<命与える光>が、同じくさんさんと降りそそいでいるのだ。

感謝である。

  

                           


                                         

■2023_11_29  <大津絵>

 

《冬陽浴び 駈けし近江路 大津宿 侘しき手酌 大津絵笑う》  實久

   ―ふゆびあび かけしおうみじ おおつしゅく わびしきてじゃく おおつえわらう―

 

江戸時代、東海道五十三次・大津の宿場の土産・護符として人気のあった戯画・風刺画ともいわれる

<大津絵>を、後の時代に継承したいと長年研鑽を積んでいる親友 篠田常生君から、

恒例の<現代大津絵展>への案内があり、さっそくオートバイを飛ばして鑑賞してきた。

なお、現在 大津市歴史博物館にて、12月3日まで<現代大津絵展>が開催中である。

 

                           

                                                現代大津絵展にて 

  

<関連ブログ> 2020『星の巡礼 大津絵の世界に遊ぶ』

                          https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2020/12/12/114328

 

 

■2023_11_30   白茶花

 

《再会の 笑み柔らけき 里の村 待ちて焦がれし 茶花絡みて》  實久

   ―さいかいの えみやわらけき もりのなか まちてこがれし ちゃばなからみて―

 

なんと爽やかな朝であろうか。 朝陽の温もりのなか野路をゆっくりと歩いて来た。

路傍にひっそりと忘れさられ、侘しく咲くお茶の白花に再会した。

存在に目を止める、そこに会話が始まる。

互いに認め合うとき、そこに温もりが伝わる。

お互いのこの一年の身の上を短く語り合い、しばし見つめ合う沈黙を楽しんだ。

病床の若き友のこころに咲く純白の茶花が、今朝もまぶしく輝いていた。

 

                           


 

■2023_11   <葉っぱ>との出会い

 

《色付きて おのれに沈む 葉っぱおり 問いかけ嬉し この世知りてや》  實久

   ―いろづきて おのれにしずむ はっぱおり といかけうれし このよしりてや―

 

森の陰から顔を出し、冬日の中に輝く黄色い葉っぱに出会った。

互いにその存在を認め、「こんにちは」と挨拶を交わし、認め合った一瞬を君も、わたしも楽しんだ。

この世から忘れ去られ、枯れ往く葉っぱが、はじめて語りかけられたのであろうか・・・

その輝きが、あたたかい微笑みに見え、慈しみのこころに満たされた。

 

                           

 

 

■2023_12_01   ススキ舞う

 

《流るるに ススキも舞いし 綿雲の 寄添いあいて 見つめ合いしや》  實久

   ―ながるるに すすきもまいし わたぐもの よりそいあいて みつめあいしや―

 

早いものである、令和5年(2023)も師走を迎えた。

冬空に漂う綿雲に寄り添い、ススキ達が優雅に北風と遊んでいる

風流のなかにも、メロディ―が聴こえてきて一枚の切り絵になる瞬間である。

病床の若き友と、いつまでも飽きることなくススキと綿雲の舞に見惚れた。

 

                           

 

 

■2023_12_02   びわ湖の水位低下

 

《雨乞いの 生贄描く ナスカ絵に 琵琶の水減り 重ね嘆きし》  實久

   ―あまごいの いけにええがく なすかえに びわのみずへり かさねなげきし―

 

近畿の水がめであるびわ湖の貯水量が減り、湖岸の生態系が変化し、

下流地域の日常生活にも影響が及ぶという。

正常水位は、水際が葦のところまであるのに、現在は約65㎝低下し、

危険水域にある。

自然との共生では、人間の豊かさを抑える痛みも必要でありそうだ。

アンデスでの雨乞いの儀式に出会った日を想いだしていた。

ペルーのナスカの乾燥した地に描かれた地上絵は、雨乞いの生贄として

描かれたものではないだろうかと、病床の若き友と語り合った。

 

                           

 

 

■2023_12_02   野のバタフライ<白蝶草>

 

《沈黙の 天の創りし 姿おや 蝶足らんと 飛翔夢見し》  實久

   ―ちんもくの てんのつくりし すがたをや ちょうたらんと ひしょうゆめみし―

 

志賀の里は、淡い薄日のなかに、眠けさめやらない日曜の朝を迎えている。

命与えられ、蝶が舞うように、人知れずに野に咲く白蝶草は、清楚であり、華麗でもある。

白い4枚の花弁に、長いオシベで着飾った姿は、うるわしのプリンセスそのものである。

君はなぜいまここにいて、なぜ君は命の花を咲かせているんだい・・・・・

病床の若き友も、わたしたちにも似ているんですね、といって目を細めた。

 

                           

 

 

■2023_12_04   柿の目の憂い

 

《柿の目に 光りし輝き われ見つめ 浮世の知恵に 流されるなと》  實久

   ―かきのめに ひかりしかがやき われみつめ うきよのちえに ながされるなと―

 

食べごろの甘柿に包丁を入れた。現れた柿の表情に目を見張った。

この目の輝きに、君は何を思うかと…柿の種の目が問いかけてきたからである。

人間は、先入観に惑わされ、本質を見失う動物であると・・・

柿の種に猫の目を見た時、そこにおのれを見透かされている澄んだ目を意識し、

心うちを覗かれたように感じたものである。

しかし、病床の若き友に、生あるものすべて、こころの目を持っているのですね、

と教えられ、はっとおのれに気づかされたのである。

それは・・・・

 

                         


 

■2023_12_05   黄金の輝き<銀杏>

 

《人の世の 愛に満ちたる 過ぐる日や 葉っぱのフレディ 散り舞い往きし》  實久

   ―ひとのよの あいにみちたる すぐるひや はっぱのふれでぃ ちりまいゆきし―

 

滋賀京都県境<途中越え>の麓にある還来神社(もどろぎじんじゃ)を、黄金の社に染める銀杏の大樹が、

その葉を散り急がせ、鮮やかな舞いを見せていた。

そう、葉っぱのフレディの華麗な旅立ちである。

今年も、おおくの友が、再会を約してこころ豊かに旅立っていった。

落ちゆく黄金の葉の舞にも、それぞれの表現があって、見送るこちらを癒してくれた。

なんと素敵な散り仕舞いであろう・・・

 

                           

 

 

■2023_12_06   巌の姿<竹生島

 

《遥かなる 歴史に浮かぶ 竹生島 君に会いたき 巌おりしや》  實久

   ―はるかなる れきしにうかぶ ちくぶじま きみにあいたき いわおおりしや―

 

ぴりっと寒い朝の散歩に出かけてきた。

琵琶の歌う、心地よいささ波に耳をかたむけながら歩いていると、どっしりと腰を据えた

大きな岩が目に入った。

北の空一杯に広がる、遥かなる白雲を見つめる岩姿に、達観した巌の物に動じない姿があった。

奥琵琶湖に浮かぶ<竹生島>を、その巌の姿に重ねていたのである。

病床の若き友と、この巌も、びわ湖40万年の歴史に翻弄されてきた竹生島の遠景を仰ぎ

見てきたのであろうか、と語り合った。

                                                        

                           

 

 

■2023_12_07   鎮魂のリース

 

《清き暮れ 虚しきこの世 繰り返す リース憂いし 愚かなりしを》  實久

   ―きよきくれ むなしきこのよ くりかえす りーしうれいし おろかなりしを―

 

クリスマスを祝う季節を迎え、比良の蓬莱山を映す玄関の扉に飾った。

たくさんの命を奪い合う戦いがつづき、硝煙の止まない一年であったことにこころを痛めるなか、

<荒んだこころに、あたたかい一筋のともし火がありますように・・・>と

鎮魂のリースでもある。

 

                           

 

 

■2023_12_09    こころを結ぶ水

 

《さらさらと 流るる水の 清くして 愛語送るや 祈り伝えし》  實久

   ―さらさらと ながるるみずの きよくして あいごおくるや いのりつたえし―

 

《岩もあり 木の根もあれど さらさらと たださらさらと 水は流れる》 作者不詳

 

水それは、体内の65%程を占め、同じく地球の65%程を占めるという。

水は毛細血管のように地球の隅々まで行き渡り、手を水につけて祈ると、その祈りは水を通して

相手に伝わると信じている一人である。 

海外にいる家族や、友人との心の通いも、水に託して送り届けている。

日本人は、昔から水が、清らかで聖なるものとして敬って来た。

 

山々を縦走した時、砂漠を横断した時、その一滴の水に助けられたことに感謝したものである。

我々は、水なくして生きられない。 水は、日々感謝したいものの一つである。

 

びわ湖に流れ込む比良山系の水は、宇治川を下り、太平洋に達し、潮に乗って世界各地の友人を訪ねて

くれる。 また、蒸発した水は、雲となり、国境を越え、雨を降らせて飲み水となり、世界に散らばる

仲間にメッセージを届けてくれるのである。

 

           

 

 

■2023_12_10   石の一生<流浪の皺>

 

《共鳴の こころ疼きし 流転石 老いの皺みて 互い憐れむ》  實久

   ―きょうめいの こころうずきし るてんせき おいのしわみて たがいあわれむ―

 

今朝、志賀の里は曇り空の中にある。

昨夜の仲間との飲み会での楽しい会話を思い出しながら歩いて来た。 

ここ志賀の里、びわ湖岸<松の浦>で、流転のうちに姿を磨き、風貌を形作って来た一塊の石に

声をかけられた。

出会いの最初の印象は、カミーノ・デ・サンチャゴ巡礼路850㎞を踏破した際、

巡礼者の印としてリュックにくくりつけた<帆立貝>を思い出した。

さらに、ケニアビクトリア湖畔から眺めた雪を頂いたキリマンジャロのシルエットを

思い出したのである。

なぜこの老石は、こちらに声掛けしたのであろうか。

多分、おなじく流浪で見に付けた独り旅の醸し出す老いの皺に魅了されたからだろうと納得した。 

出会いに感謝し、温もりのともし火残る我が家に招き入れ、賓客として逗留願うことにした。

病床の若き友といい、出会いとは不可思議なものである。 感謝である。

 

 


 

■2023_12_11    びわ湖を見下ろす散歩道

 

《吟ずるに 暮色愉しむ びわの湖 教えられしや 老いの幸せ》  實久

   ―ぎんずるに ぼしょくたのしむ びわのうみ おしえられしや おいのしあわせ―

 

黄砂を含んだ霧に薄暗かった空も明け、夕焼けに染まりゆくびわ湖も輝いていた。

我家より、びわ湖への散歩道は、一気に高度を下げて、駈け下りる。 

上がる時は、心臓破りの丘にと早変わりするのである。

一日一度は、この坂を往復して足腰を鍛える目標を立てたが、老いと共に計画通りにはいっていない。 

かえって、見えなかった景色を楽しめるようになってきたことを喜んでいる。 

それは、上りのゆっくりした歩みに合わせて、呼吸を整え、漢詩を吟じながら、坂を上りきるのである。

頼山陽作「不識庵機山を撃の図に題す」など、天空をにらみ、気を吸い、情景を描き、腹から

ゆっくりと声を絞り出し尽くすのである。 爽快である。

病床の若き友も、急坂上りに汗をかきながら、背後から押してくれた。

 

                           


   

■2023_12_12   純なる白椿

 

《凛として 寒に添えたる 白椿  こころ射止めし 純なる顔や》  實久

   ―りんとして かんにそえたる しろつばき こころいとめし じゅんなるかおや― 

 

こころを突きさす純白の椿、この世と思えない無垢な姿を見せていた。

知らずと、新島襄漢詩『寒梅』を口ずさんでいた。

《庭上の一寒梅 笑って風雪を侵して開く 争わずまた努めず 自ずから百花の魁を占む》

隣で、後輩の病床の若き友も、共に詠じてくれた。

雲の間から、顔出す冬日を見上げながら、それぞれの顔が輝いていた。

 

                           



■2023_12_13   沈みゆく森

 

《沈みゆく 森のファンタジー われ招き 霧をまといて 幻見せし》  實久

   ―しずみゆく もりのふぁんたじー われまねき きりをまといて まぼろしみせし―

 

今朝、志賀の里は霧の中にある。

吸い込まれるように霧の森を歩いていると、タイタニックのあの調べに包まれた。

ピアノのあの旋律が、沈みゆく森をさまよう己を吞込んでいくではないか。

沈みゆく世界のなんと静かなることか、四万十川上流の滝壺にカヤックで沈して、

無音の世界に没したあの一瞬のバラ色のファンタジーにひたった。

 

                           

 

 

■2023_12_14   <流れ星>

 

《野に臥して 仰ぎし夜空 星流れ 短き運命 識りて慰さむ》  實久

   ―のにふして あおぎしよぞら ほしながれ みじかきさだめ しりてなぐさむ―

 

三大流星群の一つ<双子座流星群>を観察するため暗闇に臥して、

オリオン座の南側を一瞬にして流れ去る、<流れ星>たちを見送った。

<流れ星>の携えきた、夢あるメッセージを想い描きつつ、

燃え尽きる流れ星の運命のはかなさに心を寄せ、おのれを重ねた。

<流れ星>ショーで冷えた体を、熱い風呂であたため、ベッドにもぐりこむ、

瞼に浮かぶ<流れ星>がいつまでも消えず、夜空の星たちと遊んだ。

 

        

                                                   写真 <ふたご座流星群>ウエザーニュース提供

 

 

■2023_12_15   達磨さん

 

白隠偈  衆生本来  仏なり  此身即ち  仏なりやと》  實久

   ―はくいんげ しゅじょうほんらい ほとけなり このみすなわち ほとけなりやと―

 

小雨の中、立寄った樹下神社、花梨(カリン)が、音もなく目の前に落下した。

その姿に、坐禅する禅僧の姿、そう瞑想する達磨を見た思いである。

鋭い眼光を持った白隠禅師の『達磨図』がよぎり、その立派な鼻に一瞬にして魅了された。 

出会いは運命である。 大切にしたい。

白隠禅師の「白隠坐禅和讃」からは、多くの学びをえている。 感謝である。

 

 

 

   

■2023_12_16   家路

 

《笹の陰 ふところ終い 家路へと 思えば今日も 永遠に光りし》  實久

   ―ささのかげ ふところしまい いえじへと おもえばけふも とわにひかりし―

 

残光に遊ぶ笹の陰に、迫りくる寒気が漂い始めた。

襟を立て、温もり残るわが家へ、薄れゆく影を踏みながら家路を急ぐ・・・

今日と言うひとときも、陽は落ちて永遠の中に沈んでいった。

比良の峰にドヴォルザークの新世界<夜の世界>のメロディーが木霊した。

―遠き山に 陽は落ちて 星は空を ちりばめぬ―

病床の若き友と、スカウト時代の愛唱歌を、そっと口ずさんだ・・・

 

                           



 ■2023_12_17   幽玄

 

《幽玄の 世界に沈む 謡聴き 触れし魂 今を彷徨う》  實久

   ―ゆうげんの せっかいにしずむ うたいきき ふれしたましい いまをさまよう―

 

小雨降る京の都、御所の向かいにある金剛能楽堂に出かけ、古典芸能である謡を鑑賞する機会に恵まれた。

長年、稽古に励んでいる仲間が所属する金剛能楽<朋曜会>の発表会に誘われたのである。

駈けつけた仲間と共に、能楽堂に響き渡る言霊、朗々とした謡を楽しませてもらった。

囃子方によるパンチの効いた演奏に励まされる謡、ひと時の幽玄なる世界に迷いこんで、

番囃子「黒塚」の語りに聴き入った。

 古典芸能の世界は厳しいと聞く。その上達には、弟子が師匠からその技芸をいかに盗みとれるか、

稽古後の血のにじむ反芻にあると云われる。

おのれを磨く、大変な道を精進する仲間にエールを送った。

 

                   

                   




 ■2022_12_18    心の響き

 

《彷徨いて 仰ぎし森の 杉木立 天使の歌声 われらに満ちし》  實久

   ―さまよいて あおぎしもりの すぎこたち てんしのうたごえ われらにみちし―

 

小雪ぱらつくなか、森に誘われ、分け入って来た・・・

体を横たえた杉の枯葉絨毯はパリッとすこし音を立てた。

土の温もりがかすかに体に伝わってくる・・・

見上げる杉木立は、宇宙への入口、まるで天蓋である。

目を閉じてみる、そこはもう永生の世界に早変わり・・・

調べも清らかな、こころに響く、つきない命をたたえる天使の歌声がひろがった。

病床の若き友にも、天使の歌声を届けた。

 

                             ―げにも生きるとは ただならじ 後ろの物を うち忘れ

                            前なる物を 望みつつ いざためわらで 奮い立たん―

 

                           

 

 

■2022_12_19 寒気団南下


《琵琶に見る 鏡のごとき 静水に 武蔵のこころ 映しおりてや》  實久
びわにみる かがみのごとき せいすいに むさしのこころ うつしおりてや―

 
天気が荒れ、多くの地で雪が見られるという。

比良の峰にも、ようやく冠雪をみた。

鏡のごときびわ湖の水面も寒波の予兆を悟り、ささ波が立ちだした。

ここ志賀の里も、ようやく年の瀬の厳しい寒さに向かっているようである。

宮本武蔵の機熟の心境を詠んだ情景「寒流 月を帯びて 澄めること 鏡の如し」を、

病床の若き友と、ここびわの湖で体感した想いである。

 

       

 

 

■2023_12_21   駈ける

 

《母なりし 慈愛あふるる びわの湖 サイクル駈けし 日々懐かしき》 實久
   ―ははなりし じあいあふるる びわのうみ さいくるかけし ひびなつかしき―

 

寒気団を迎える前のびわ湖は、晴天に恵まれている。

爽やかな汗をかきながら、湖岸で自転車を走らせてきた。

新春耐寒びわ湖一周サイクリングに備えての第一歩を踏み出した。

 

びわ湖の水も、澄み切った青空でおおわれ、その奥に光る小石を揺らしていた。

カヤックびわ湖を一周した日々がふと蘇った。

想い出に生きる、これまた老人の哀愁に満ちたロマンである。

 

                                                   

            

          

          恒例の新春びわ湖一周サイクリングを前に、病床の若き友と衰えた

                 脚力を鍛えるためレーニングはじめた

 

 

■2023_12_22   石組

 

《石もまた 形変えての お目文字に 残りし姿 いま生きおりし》 實久
   ―いしもまた かたちかえての おめもじに のこりしすがた いまいきおりし―

 

あたたかい冬陽ではあるが、厳しい寒さのなか襟を立て、近くの歯医者に立寄った。

先にご紹介した、志賀の里<木戸>にある、老杉が鎮座する樹下神社は、正平3年(1348年)に、

木戸城主佐野豊賢により創祀された。

その樹下神社(14世紀)の石垣に、クスコで見られるインカ(13世紀)の石組に見劣らない姿を

見つけて、こころ踊らせた。

直角にこだわったインカの石組に対して、原石の姿を生かした樹下神社の石組に日本の美が見てとれる

のである。

病床の若き友に、わたしたちも何か残したいものですね・・・と思案顔で問いかけられた。

 

    <関連ブログ>      2007『星の巡礼 南米一周の旅 21000㎞』Ⅰ     

         

                      樹下神社の石組         ペルー・クスコで出会ったインカの石組

                                                                                      クスコで見られるインカ(13世紀)の幾何学

                                                                                      石組剃で刀の刃でさえ差しこめない隙間で有名

 

                                   

■2023_12_23   緑の絨毯<休耕田>

 

《鋤鍬を 待ちて久しや 休耕田 向こうのお山 エール送りし》 實久
   ―くわすきを まちてひさしや きゅうこうでん むこうのおやま えーるおくりし―

 

北陸方面は大雪だという。 志賀の里は浮雲の間から、冬陽がさんさんと降りそそいでいる。

寒空のもと、ここ志賀の里でも、急に休耕田が目につきだした。

田畑を耕す人口の高齢化が叫ばれる中、田畑が休耕に入っているようである。

休耕田を覆うグリーンカーペットの、生産の喜びを待望する姿に、侘しさの中にも温もりを感じた。

原始の姿に戻る前に、人の手を入れてやりたいものである。

病床の若き友は、スカウト・ソング<むこうのお山>(アメリカ民謡・中野忠八作詞)を歌って、

グリーンカーペットにおおわれた休耕田にエールを送っていた。

 

                                          ―向こうの お山に 黒雲かかれば 今日は来そうだ 大夕立ー                                                       

                         

 

 

■2023_12_24    メリークリスマス!

 

                          I wish you and your family great happiness.   S. Goto

 

                       

 

 

 ■2023_12_25   戦争と平和<生誕の地ベツレヘム

 

《人の世の 戦い尽きぬ クリスマス 何を生みしか 憎しみの果て》 實久

    ーひとのよの  たたかいつきぬ くりすます なにをうみしか にくしみのはて―

 

2023年前の12月25日のイエス・キリスト誕生を祝うべきクリスマスに、パレスチナイスラエル双方による憎しみに
満ちた争いは、多くの犠牲者を出しているとの連日の報道に心を痛めてます。あらためて、キリスト生誕の地、エルサレムの南に隣接する、ヨルダン川西岸<パレスチナ自治区>にあるベツレヘムの生誕教会を訪れた平和時(2001年)のパレスチナイスラエルを再度紹介し、一日も早い停戦が実現することを祈りたいと思います。
 

<関連ブログ> 2001『星の巡礼 イスラエル縦断の旅 1000km』Ⅰ・Ⅱ 


                      ベツレヘム・聖誕教会にて                          <生誕教会>洞窟跡にあるイエス生誕飼い葉桶

                                               パレスチナ武装闘争民兵募集の貼紙(ベツレヘム


 

■2023_12_26   <漬物>という作品

 

《友漬ける 姿嬉しき  青菜の  沁いる香り  仄かなりしや》 實久
   ―ともつける すがたうれしき せいさいの しみいるかおり ほのかなりしやー

 

暮れに、山形から手作り作品<青菜漬>(せいさいづけ)が送られてきた。

作者は、これまた長年のスカウト仲間で、旅を愛するバックパッカー芭蕉翁を敬い、

風流な俳句を作り、畑で野菜作りに励む自由を愛する男である。

自然を愛し、個性豊かな仲間が作った<漬物>という作品からは、発酵による野菜の

持つ香が匂いたち、食欲をそそった。 

それ以上に、みずみずしい色彩が日本的であることに歓声を上げた。

醗酵食品である漬物は、<香の物>として茶の湯でも親しまれてきたというから、

これまた大和的である。 

漬物を仕込む友の姿がふと浮かんだ。

友はいいものだ。

 

                     

 

 

■2023_12_27    宝物―ペティナイフ

 

《友よりの  気持ち嬉しき  年の瀬に  飾り眺むる  鹿柄ナイフや》 實久
   ―ともよりの きもちうれしき としのせに かざりながむる しかえないふや―


今年、我家の宝物に、また一つ手作りのペティナイフが加わった。

刃渡り4cmのペティナイフが、鹿角の柄におさまる忍びのナイフに、

4色の皮紐がついた洒落者である。 

もちろんナイフは、山登りなど野外で使える優れものであるから嬉しい。 

それもイニシアル付きである。

それにもまして、何よりも嬉しいのは、製作者がこよなく山を愛し、自転車を溺愛する、

神戸須磨に在住の、スカウト時代からの同好の士であり、手作りというハートフルな

プレゼントをしてくれたことである。 

友の気持ちをいついつまでも大切にしたい。

今年も多くの仲間との再会を果たし、

長年の友情を確かめ合う素晴らしい一年であったことに感謝したい。

 

                 


<関連ブログ> 2023『星の巡礼 頬杖の刻ー短歌集』
                           https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2023/07/16/172501


 

■2023_12_28   迎光<82年目の暁>

 

《目覚めよと 来る朝毎に 光あり 歳老いてなお われ励ませし》 實久
 ―めざめよと くるあさごとに ひかりあり としおいてなお われはげませし―

 

夜が明けるさまは、実に感動的である。 

《そこに光があった》天地創造の瞬間である。

光りのもとに生を受け、29930日目の記念すべき82回目の朝を迎えた。

餅つきのあと、産婆さんが駆け付ける前に、自力でこの世に産声を上げたという。

今朝の志賀の里の暁は、ケニアの赤道直下にある野生動物<アンポセリ国立公園>の

サファリ・キャンプサイトで遭遇した猛獣・チーターとの攻防の朝に似ていた。

早朝、キャンプサイトの外回りを散策していて、チーターに追いかけられ大木の枝に逃れ、

スタッフに助けられ、こっぴどく叱られたものである。

病床の若き友も、先日10585日目の29才の誕生日を迎えた。

誕生、それは輪廻転生ともいわれるが、魂の永生の一表現としてとらえてみたい。

誕生とはそもそも哲学的である。

多くの友からの誕生メッセージや、Messengerがあり、心に沁みいる朝となった。

こころから感謝申し上げます。

 

                迎光<82年目の暁> 志賀の里 孤庵にて

    ケニア<アンポセリ国立公園>サファリの暁。猛獣除けの棒切れをもって散策中・・・(笑い)

 

 

■2023_12_29   年末大掃除

《汚れとる 心や嬉し 大掃除 元気印に 感謝しおりし》 實久
―よごれとる こころうれしや おおそうじ げんじじるしに かんしゃしおりし―

彦根にある墓の掃除をはじめ、暮れの大掃除に汗をかいた。床を拭き、ワックスを塗って、磨き上げ、そして溝の落葉拾いである。やはり歳である、疲れからの心地よい仮眠は、夕暮れまで続いた。

年末の大掃除にも、役に立っている健康に感謝である。

 

 

■2023_12_30  <釣り灯篭>

《空のなか 坐禅勤むる 僧に問い 賜わる一喝 おのれ見よやと》 實久
  ―くうのなか ざぜんつとむる そうにとい たまわるいっかつ おのれみよやと―

除夜の鐘まであと一日、寒き冬の闇に光る<釣り灯篭>の優しい輝きに、豊かな時の流れを感じた。満月のもと、黙して語らず、沈思する修行僧<釣り灯篭>に問うてみた。

「吊るされし一生、汝なにを想いしや」  「・・・・・」

沈黙のなかに、<喝、おのれを見よ!>やと・・・病床の若き友と、広大無辺なる宇宙にただよう我らを認めた瞬間である。

■2023_12_31『志賀の里 2023歳時記 短歌集』

比良山系 蓬莱山麓に棲んで34年、山里にある<孤庵>での日常を通して、志賀の里の四季を詠んだ短歌集『志賀の里 2023歳時記』を綴ってみました。

老体を山里に没し、びわ湖や比良の峰、天空に輝く星たちや月、野に咲く花たちとの対話を通しておのれを見つめた短歌集です。 一老人の山里に生きる歳時記に目を通していただければ幸いです。

志賀の里<孤庵>にて 2023年12月30日 一老人

 

  ■2023_12_31   大晦日の朝

《ひとはみな 異なる旅路 歩めども 普遍なりしや 望みと愛は》 實久

―ひとはみな ことなるたびじ あゆめども ふへんなりしや のぞみとあいは―

今年最後の朝を迎えた。多くの人が戦いで命を落とした悲しい年であった。

気候変動に対処できず消えゆく島を救えそうもない年でもあった。

人間のエゴ・傲慢・無智・無関心が人のこころを蝕んだ一年となった。

2023(令和5)年、最後の朝、曇天のなか一瞬、変わらない地球の美しい朝焼けを見せてくれたのが、

せめてもの慰めである。

来る年が、お互いを認め、希望ある、愛ある年でありますように・・・

    

 

■2023_12_31 大晦日<暮れゆく2023年>

《祈りとは 互いを認め 手を取りて こころ秘めてや 助け合いしを》 實久

 ―いのりとは たがいをみとめ てをとりて こころひめてや たすけあいしを―

志賀の里、ここ比良山麓からみる令和5年(2023)の夕暮れは、鮮やかな光を放って雲を染めた。

こころの目から見る景色は、あくまでも平和であり、普遍なる大晦日であった。

病床の若き友と、来る年が人類本来の愛ある、互いを認め合う年でありますようにと、祈った。

良いお年をお迎えください。

     

                     『志賀の里 2023歳時記 短歌集』

 

                                                      志賀の里 孤庵にて 詠み人 後藤實久

                                                                完             

       ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<関連ブログ> 2023『志賀の里 2023歳時記 短歌集』Ⅰ

        https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2023/12/26/215252

shiganosato-goto.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2023『志賀の里 2023歳時記 短歌集』Ⅰ

                                『志賀の里 2023歳時記 短歌集』

                    ー

 

 

2023年(令和5年)、三年間のコロナ禍は、発生源中国のダンマリで宙に浮いたまま一応の終息を見たが、

この間、思いもよらない大ロシア帝国を夢見るプーチンの野望による隣国ウクライナ侵攻や、パレスチナ

ガザを実効支配する軍事組織ハマスによるイスラエル奇襲による大量殺人と、230名近くの人質拉致に

始まるイスラエルとの戦闘継続で幕を閉じそうである。

 

この間、世界経済の停滞を招くとともに、米中の覇権争いのもと、G7対BRICS・グローバルサウスを中心と

した対立構図によって、世界の勢力地図が大きく塗り替えられる兆候を見せた年でもあった。

世界が戦争への瀬戸際にある時、日本は自由主義陣営の一翼を担ってロシアに制裁を科す一方、中東の紛争

では中立性を強く打ち出せず、その苦悩を滲ませる年末となった。

 

第二次大戦後、歴史上かってなかった70数年近く続いた奇跡的な世界平和にも、数人の独裁者の野望により

ほころびを見せ始めた年でもあった。

いや、自由主義と資本主義が、崩壊への第一歩を踏み出したように思えてならない。

 

ここ志賀の里は、四季折々の美しい風景の中、平和な時の流れを刻み続けてくれた。

折々の季節の風景や、花を愛で、短歌に老いの慈しみと哀愁を詠じてみた。

また、老いの身ながら、家康の<伊賀越え>ルートをたどり、また光秀を追跡し<老いの坂>を越え、

<本能寺の乱>に迫り、病床の若き友(写真参加)を連れ出して<家康追跡紀行>と走り回った。

 

また、引退後、バックパッカーとして世界中を歩き回った旅日記をブログに起し、紀行文・短歌・詩・

スケッチ・挿絵などを回想し、楽しんだ。

 

老いが確実におのれの思考や行動を緩慢にさせ、その不甲斐なさに嘆くおのれを知る一年でもあった。

ひとりの人間に必ず訪れる終末を意識し、遺言やリビング・ウイル<尊厳死の宣誓>の作成に取り掛かった

年ともなった。

 

《人の世の 愛に満ちたる 過ぐる日や 葉っぱのフレディ 散り舞い往きし》 實久

     ―ひとのよの あいにみちたる すぐるひや はっぱのふれでぃ ちりまいゆきし―

 

わたしも晩秋の美しき紅葉の時期を迎えたようである。

美しい散り際をこころしたい。

 

これは、比良山麓 志賀の里 孤庵に棲む老人の日記である。

   

                                                     志賀の里 孤庵にて 詠み人 後藤實久

              

                                               


                   

 

 

                                                 《志賀の里 2023歳時記》

                                                                            短歌集

 

 

■2023_01_01  令和5年 元旦

 

《元旦や 詩吟書初め 句づくりて 葉牡丹飾り 屠蘇に酔いてや》 實久

  ―がんたんや しぎんかきぞめ くづくりて はぼたんかざり とそによいてや―

 

びわ湖畔松の浦で、初日の出を迎えた。

初陽のパワーを体内に取りこみ、腹からの詩吟を詠い、天空と一体となり、宇宙に溶け込んできた。

葉牡丹の寄せ植えを飾り、お雑煮、屠蘇で正月を祝った。

そして、日課のラジオ体操で、新年をスタートさせた。

この一年が平和でありますように!

ウクライナでの砲声が一日も早く止みますように!

 

          

                           

                                             明けましておめでとうございます!

                                                         2023(令和5)元旦

                                                            2023/01/01/07:05 びわ湖松の浦にて

 

 

■2023_01_01  煙に遊ぶ

 

《香の舞 鈴の音遊ぶ 初坐禅 たゆたふ煙 われと戯むる》 實久

    ―こうのまい すずのねあそふ はつざぜん たゆたふけむり われとたわむる―

   *たゆたふ(揺蕩ふ)= 揺れ動く様

 

早朝の初坐禅、お香薫るなかおのれとの対峙、半眼に飛び込む煙の舞、鈴の音にわが心も揺れる。

この一年、平安の中に老いを見つめたい。

 

                           

 

 

■2023_01_07  泰然自若

 

《山百合の 命継ぎにし 枯れ姿 風に吹かれ おのれ託せし》 實久

   ―やまゆりの いのちつぎにし かれすがた かぜにふかれて おのれたくせし―

 

比叡山麓の鶴喜蕎麦をいただき、近江神宮へ初詣に出かけた。 

その後、<アバター ウエイ・オブ・ウオーター>4DX映画鑑賞をした。

映画<アバター2>に人間の欲望、侵略の歴史を見た。

人間の自惚れを打ち砕きながら、自衛を通して家族愛、少数民族の団結を教えてくれた。

果たして人類は、地球温暖化や覇権による自己破壊した地球から、宇宙に生存の道を見つけることが正しいのであろうか。

今朝も、一輪の山百合の枯れ姿に出会って、その自然に逆らわない真摯な生きざまを教えられた。

なんと美しい泰然自若、立ち姿であろうか。

 

                           



■2023_01_08 書初め

 

《新春の 日ざし明るし 幼木の 椿の蕾 かぞえて巡る》   朴子

   ―しんしゅんの ひざしあかるし おさなぎの つばきのつぼみ かぞえてめぐる―

 

《寒椿 つぼみ数える 爺おりて 望み溢るる 命祝いし》   實久

   ―かんつばき つぼみかぞえる じいおりて のぞみあふるる いのちいわいし―

 

《新春の 蕾数える こころ内 椿見るなり 彼岸の花や》     實久

   ―しんしゅんの つぼみかぞえる こころうち つばきみるなり ひがんのはなや―

 

新春早々、心に染み入る短歌に出会った。

荘厳寺襖絵(白鳥文明老師画)に添えられた短歌を詠んで一句・・・

老師の今は亡きご母堂 朴子さんが詠んだ短歌、<日差し明るい新春に、寺庭に咲く大好きな椿の蕾を、慈愛を込めて数えて廻った・・・>

わたしも、庭に咲く寒椿の蕾を数えながら、彼女の心うちを眺めてみた。

<この爺も、寒椿の蕾を数えながら、命溢れるその愛らしい姿に祝福の言葉をかけたものである>、また<新春に出る、新しい命である蕾を見ていると、老い往く爺にはあの世の次なる美しき花に見えてきた>と詠んで、筆をとった。

 ひとのこころが出会う瞬間は素朴で美しく、純真である。

慈しみ、大切にしたい。

 

                         



 

■2023_01_09  残月

 

《沈みゆく 蓬莱招く 残月や 想いし友の 顔かぶりおり》  實久

   ―しずみゆく ほうらいまねく ざんげつや おもいしともの かおかぶりおり―

 

1月7日に愛でた今年最初の満月<ウルフムーン>である。

今朝、その残月の雪に輝く比良・蓬莱山にかかる姿に、多くの今は亡き先輩や友を重ねた。

その神々しさに手を合わせた。

 

                           



 

■2023_01_10  最後の花びら

 

《笑い顔 ただただ坐せし 君おりて 問答なせし 花忘れじや》  實久

   ―わらいがお ただただざせし きみおりて もんどうかけし はなわすれじや―

 

今年に入っての初雪のなか、昨年9月に花を咲かせ、ただただ己を見つめて5か月の生き様を見せてくれたオン

シジュームの最後の一枚が、その命の輝きを見せてくれた。 

声をかけあって来た彼女に、いたわりと愛しの声をかけてあげた。

<待っててね、すぐ会えるから!>と・・・

 

                           



 

■2023_01_12  愛しの一本の木

 

《褒めあいし 冬樹一本 生きいきと われに飛び込み われを捉えし》  實久

   ―ほめあいし ふゆきいっぽん いきいきと われにとびこみ われをとらえし―

 

朝の散歩は清々しい。 いつも語りかける一本の木がある。

背中が丸まっていくおのれに比べ、このバランスの取れた美形の枝ぶりに、

いつも惚れぼれし、褒めるのである。 

出会って30年目の今日、彼女が一番輝いて見えた。

お互いが認め合った朝かも知れない。 

嬉しい、こころ燃える一瞬であった。

 

                           



 

■2023_01_13  霧の森

 

《夢想なる お伽の森に 遊び来て 霧まといてや おのれ見つめし》  實久

   ―むそうなる おとぎのもりに あそびきて きりまといてや おのれみつめし―

 

志賀の里は、霧の中にある。

幻想の中に沈黙を楽しむ杉たちに溶け込み、一緒に懐かしい少年時代の故郷を想いながら

<花は咲く>を共に歌った。

霧のなか、遠い子供時代に潜り込んでいく自分を静かに見守った。

 

                           



 

■2023_01_14  清楚なる老蝋梅

 

《お目文字の 早きを問いし 蝋梅の 水も滴る 老婦人かな》  實久

   ―おめもじの はやきをといし ろうばいの みずもしたたる ろうふじんかな―

 

霧雨のなか、雫(しずく)を身につけた老婦人が、悲しげな微笑みをもって語りかけて来た。

『この冬は暖冬なのでしょうか。 例年よりも早めのお目文字ですね。』

雪で着飾った蝋梅を愛でていた者にとって、その問いに窮したが、

今年も元気にその水も滴る清楚な姿を見せてくれたことに、笑顔で応えた。

 

                           

 

 

■2023_01_15  水玉詠う

 

《定まらぬ 空蝉の世に 生まれ来て  水玉家族  われと詠いし》  實久

   ―さだまらぬ うつせみのよに うまれきて みずたまかぞく  われとうたいし―

      *空蝉(うつせみ)― この世に現に生きている人の意

 

続く雨を喜ぶ水玉の親子は、新芽の顔がのぞく紅葉の枝に吊り下がり、

この今の一瞬の世界にいる喜びを謳歌していた。 

つかの間の家族団欒だが、お互いの美しい水玉の姿を、確かめ合っていた

世界は一つ、宇宙も一つ、人類も一つ、家族も一つ、互いを認め合うとはなんと素晴らしいことか。

 

                         



■2023_01_17  黄色い花

 

《菜の花の 送りしエール 凛として 硝煙無き世 求め祈りし》  實久

   ―なのはなの おくりしえーる りんとして しょうえんなきよ もとめいのりし―

 

《向日葵の 東部戦線 異常あり 菜の花贈り 励ましおりて》   實久

   ―ひまわりの とうぶせんせん いじょうあり なのはなおくり はげましおりて―

 

友の撮った写真に魅せられて、晴れ間を見つけ、黄色い花を見てきた。

黄色の十字状花を次から次に咲かす魔術師<菜の花>の群花は見事であり、美しい。

また、彼女たちは遠くに霞む、雪帽子をかぶった比良連峰の美しさを飾る黄色いマントの

役目も果たし、そのコラボに目を見張った。

菜の花が、ヒマワリに重なり、ウクライナ東部戦線の砲声が一日も早く沈黙することを祈った。

 

 

        

 

 

■2023_01_18  スイス・アルプス名峰の旅

 

《アルプスに モルゲンロート 満ち満ちて  鈴の一振り 我も染まりし》  實久

   ーあるぷすに もるげんろーと みちみちて すずのひとふり われもそまりし―

 

スイス・アルプスの名峰一つ一つが、額縁におさまった名画である。

いやそれ以上に、人々のこころに響く神秘さと、突き刺す厳しさを残す神の峰々であるともいえる。

スイス・アルプス五大名峰の旅で出会った峰々の写真を整理し、

時間に追われながらノートに走り描きしたスケッチに色付けしてみた。

 

 

                         

                                   インターラーケンの最高峰<▲Harder Kulm 1322m>展望台より

 

                           

                                            アイガー3970m・メンヒ4107m・ユングフラウ4158m

 

                           

                                                               ピッツ・ネイル展望台3057mより            

 

                         

                                                         モンブラン/ 4807m(アルプス最高峰)

 

 

                                     ベルナー・オーバーラント山容            名峰 マッタホルン4478m

                 アイガー3970m・メンヒ4107m・ユングフラウ4158m 

 

<関連ブログ>

2022『星の巡礼 スイス・アルプス名峰の旅』

https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2023/01/18/102706


 

■2023_01_19  神秘なる朝焼け

 

《変化なる 朝焼け染まる 志賀の森 ハレルヤ叫ぶ 感謝の歌や》  實久

   ―へんげなる あさやけそまる しがのもり はれるやさけぶ かんしゃのうたや―

 

染まりゆく森の妖精の表情に温もりの声が聴こえ来る。

寂しげに微笑む上弦の残月、緩慢に流れゆく浮雲、朝を歌う小鳥たち。

ここ志賀の里は、久しぶりの朝焼けに、賑やかな朝を迎えた。

キツツキが、木を叩く音が、心地よく響いてくる。

吐く息に、吸い込む息に、体が大気に溶け込んでいくではないか。

今日も変わらない生に、深く頭を垂れた。

 

                           



 

■2023_01_20  レモングラス

 

《癒しなる 君の香匂う 枯草の  レモンバームに  こころ奪わる》  實久

   ―いやしなる きみのかにおう かれくさの  れもんばーむに  こころうばわる―

 

干し草のようにほのかな匂いが漂う。

きざんでお湯をかけると、なんと神秘的な匂いと味を醸し出すことか。

デッキで、陽気な日差しのもと、レモングラスを刻んで、ミントティーを楽しんだ。

ミントのような爽やかな味、いや人間味ってどんな味なのだろうか。

それぞれよって、味や匂いが異なるのが人間味の特徴であろう。

わたしはどんな味や匂いを醸し出しているのだろうか。

浮雲に問いかけてみた。

 

                                         



 

■2023_01_25  雪景色

 

《妖精の 舞いし白雪 志賀の里 その身無垢なる 君ぞ尊き》    實久

   ―ようせいの まいししらゆき しがのさと そのみむくなる きみぞとうとき―

 

雪に苦しみ、立ち向かっているみなさん、頑張ってください。

しかし、玄関先も豪雪で埋まり、清き白雪の窓絵も見事だ。

降り積もる雪を見ていると心洗われる思いである。

 

                   

 

 

■2023_01_26  ドカ雪

 

《舞いおりし 白き妖精 こころ満ち ほのぼの揺れる ランプ癒せし》  實久

   ―まいおりし しろきようせい こころみち ほのぼのゆれる らんぷいやせし―

 

ドカ雪が志賀の里を襲った。

除雪車が出動したが、あっという間に雪原にもどる。

膝上60㎝以上の積雪。

除雪も、雪上キャンプも、カンジキ(スノーシュー)探検もギブアップ!

ランプの温もりに手をかざし、幻想的な雪景色に見入った。

 

                



■2023_01_26  白いカブたち

 

《結び合い 腹からの道 歌いあげ いざ進まん 白きカブたち》  實久

   ―むすびあい はらからのみち うたいあげ いざすすまん しろきかぶたち―

 

森の妖精<カブ スカウト>たちが白いマントに白い手袋をして、<歓喜に寄せる歌>の大合唱である。

~祝えや喜び こよなき光 輝くみとのに 集えるわれら~

こちらもピアノ伴奏で仲間入り、銀世界の志賀の里にカブスカウトの声が轟いた。

歌い上げたあと、みんなで雪掻きに汗した。

 

 

 

 

■2023_01_28  雪達磨

 

《融けゆきし 雪達磨泣く メタバース 変化自在の バーチャルの世や》 實久

   ―とけゆきし ゆきだるまなく めたばーす へんげじざいの ばーちゃるのよや―

 

雪化粧したアバター、消えゆく人類に代わって何をなせるか思案中である。

人が己を模して、いや理想の透明メタバースである雪達磨を作り上げ、夢を託しているようだ。

一瞬、バーチャルな世界に招待されているような気持ちになった。

雪ダルマたちは、変化自在を愉しんでいるようだ。

 

 

                                       

 

 

■2023_01_30   ツララ(氷柱)

 

《想いだす 光放ちし つらら喰い 餓鬼も妖精 雪に舞いしや》    實久

   ―おもいだす ひかりはなちし つららくい がきもようせい ゆきにまいしや―

 

除雪、堅く凍った氷の破砕、体を動かす日が続いた。

今朝は、晴れ間も出て、太陽の光が温かさをプレゼントしてくれている。

厳しい寒さのなか、ツララ(氷柱)も軒先にぶら下がり、陽光を楽しんでいる。

遠い昔、朝鮮半島での少年時代、厳冬の風物詩であったツララを観賞できる喜びに、

久しぶりにひたった。(小学4年生時、釜山港より下関港へ引き揚げる)

 

                                   

 

 

■Facebook2023_01_31  真白き墓標            

 

                                                                                真白き墓標

                          吟  實久

 

                           雪間に、青空 雲を運び、

                           雪原に、石柱 顔を出す

                                                   雪下に  小さな命ありて、

                                                     春眠暁を覚え  欠伸をす 

                                                     春を待つ姿  艶めかして           

                                          雪化粧眩しき 志賀の里

                 

 

                         

 

 

■2023_02_02  となりのトトロ

 

《ここはどこ 清き心の トトロおり アニメの世に 遊びおりてや》  實久

    ―ここはどこ きよきこころの ととろおり あにめのよに あそびおりてや―

 

子供にしか見えないはずの森の主トトロ。 

コマに乗って空を飛んだり、月夜の晩にオカリナを吹いているトトロが、真っ白な

雪帽子をかぶっている。

なんと素敵なアニメの世界に入り込んだのだろうか。

 

                           

 

 

■2023_02_03 『わたしも写してよ』

 

《愛らしき いで立ち眩し 雪だるま 声掛け嬉し 君の愛語や》   實久

   ―あいらしき いでたちまぶし ゆきだるま こえかけうれし きみのあいごや―

 

志賀の里は、今日も一面雪化粧である。

白銀に埋もれ、静寂の中にある。

長靴を履き、散歩に飛び出した。

雪の妖精、雪達磨さんに声をかけられた。

『わたしも写してよ』

愛らしい声掛けに、気持ちがたかまった。

 

                                   



 

■2023_02_04 ちょっと粋な雪男

 

《爺さんよ 俺も一枚 撮ってよと 強張りゆきし ニコニコ顔や》 實久

   ―じいさんよ おれもいちまい とってよと こわばりゆきし にこにこかおや―

 

お嬢さんの声掛けに夢中になっていたら、隣の雪達磨さんが「爺さん、俺も一枚撮ってよ」と、

ポーズをとって待っているではないか。

その表情に、こちらの淡い感情を悟られたようで、人間らしいニヒルを感じて、

すこしドキッとしたものだ。 

人間の幸せって、ちょっとした想いで変わるのだから愉快である。

 

                                   

 

 

■2023_02  さらば雪道

 

《雪の精 踏みしめるたび 歓喜あぐ 幸せ出会う この世知りてや》   實久

   ―ゆきのせい ふみしめるたび かんきあぐ しあわせであう このよしりてや―

 

この世に舞い降りてきた雪の精は、時の流れを楽しむと、あの世へと帰っていく。

その姿に自分を重ねながら朝の散歩を楽しんできた。

果たして雪の精は、限られた地上での滞在の中で何を見たのであろうか。

そして、われは何を見てきたというのだろうか・・・

 

                         



 ■2023_02_08  額縁の中の雪景色

 

《暗き世の 抜けしトンネル 春薫る すべての時や 幸を運びし》 實久

   ―くらきよの ぬけしとんねる はるかおる すべてのときや さちをはこびしー

 

暗いトンネルの先の雪景色を見ていると、春も近いようだ。

雪を溶かしている土の肌にも温もりを感じられる。

すべてに時がある様に、ウクライナにも春が近いことを祈っている。

 

                           


 
 

■2023_02_09 虹の架け橋

 

《時雨落つ 比良の山裾 虹立ちて 天の架け橋 我を招きし》 實久

   ―しぐれおつ ひらのやますそ にじたちて あまのかけはし われをまねきし―

 

時雨に霞む志賀の里は、虹の架け橋にすっぽりおおわれ、幻想のなかに沈んだ。

この芸術的な虹の絵画が、創造主の作品であり、その一瞬に立合っている己もまた

同じ作品であることに癒されたものである。

 

                           

 

 

2023_02_10  鹿のサバイバル

 

《黙々と 鹿雪原を 彷徨いて 見つけし菜っ葉 雪深き下》  實久

―もくもくと しかせつげんを さまよいて みつけしなっぱ ゆきぶかきした―

 

まだお山には雪が多いようである。

多くの鹿たちが、雪に埋もれた、限られた冬の山の幸をあきらめ、

畑に残っている野菜の葉っぱを食べに、人里に下りてきている。

雪に残る足跡を見ていると、鹿たちの食料を求めての飢えた表情が見えてくるようだ。

最近、ここ志賀の里も、ハンターが老齢化し、減少に転じ、鹿たちが爆発的に増えているという。

共生の限界を超え、食害を巡る攻防にこころ痛める雪の季節でもある。

 

                

 

 

■2023_02_11 『寒梅 新島襄

 

この冬、志賀の里は久しぶりに豪雪の中に埋もれた。

雪に耐え、見事に花を咲かす寒梅、寒椿に見惚れたものだ。

新島襄同志社創始者)も、漢詩『寒梅』で、その姿を見事に吟じている。

それぞれには、それぞれの役割があることを教えてくれている。


庭上一寒梅    庭上の一寒梅
笑侵風雪開    笑って風雪を侵して開く
不争又不力    争わず またつとめず
自占百花魁    自ずから百花のさきがけを占む

 

庭先に咲いた一輪の早咲きの梅。

風や雪を笑顔で耐え忍び、平然と咲いている。

別に他者と争うでもなく、力むのでもなく、

ごく自然に、あらゆる花に先駆けて、まっさきに咲くのだ。

 

                           


 

■2023_2_12  原始の光を浴びて

 

《光満つ おのれの体 宙に舞い われ溶けゆくし 無の風のなか》  實久

   ―ひかりみつ おのれのからだ ちゅうにまい われとけゆきし むのかぜのなか―

 

なんと素敵な原始の光だろう。

今朝もまた変わらない光の中に生かされている。

思わず手をかざして、柔らかい日差しに飛び込んでみた。

いまこの一瞬、われ宙に舞う。

なみだ目に、こころが熱くなった。

手を合わせる自分に、幸せが満ちた。

 

トルコ/シリア大震災、犠牲者が25000人に迫っているという。

寒さに震える被災者に暖かい原始の光が届きますように・・・

 

                           

 

 

■2023_02_13  トルコ・シリア大地震

 

《がんばれと こころ届けし トルコの地 はかなき祈り 命空しき》  實久

   ―がんばれと こころとどけし とるこのち はかなきいのり いのちむなしき―

 

季節の変わり目なのだろうか、蛇腹雲の変化も春を運んでいるようだ。

しかし、珍しい雲模様の<風雲急を告げる>知らせが、悲惨なトルコ・シリア大地震の被害拡大

であることに、こころを痛めている。

すでに数日がたつが、いまだ多くの被災者が極寒のなか、瓦礫の中に取り残されているという。

死者数も30000人を超えたという。

1999年冬、同じくトルコで、アンカラを中心に大地震があり、米国歯科医師会の要請で

ボランティアとして、死者の歯形から本人特定の作業に参加したことが想いだされたのである。

一人でも多くの命が助かることを願い、祈るものである。

 

                           

 

 

■Facebook2023_02_15  淡雪

 

《淡雪の 帽子ふんわり 蕗の薹 メジロも騒ぐ 志賀の山里》  實久

―あわゆきの ぼうしふんわり ふきのとう めじろもさわぐ しがのやまざと―

 

すっかり雪の姿が消え去った志賀の里に、春を呼ぶ淡雪が降っている。

雪帽子の蕗の薹や、メジロたちも驚きの声を上げている。

新しい命が芽吹き始めた。

春も近いようだ。

 

                           


 

■2023_02_16原始の光

 

《今朝もまた やがて朽ち往く われ見つめ 迎えし光 満たして嬉し》  實久

   ―けさもまた やがてくちゆく われみつめ むかえしひかり みたしてうれし―

 

今朝も<原始の光>を体いっぱいに取入れた。

力がみなぎり、頭がさえわたり、こころに光が満ち満ちた。

鈴鹿の峰々に昇る朝日、その光に応えるモルケンロートの比良の峰々やこの体が輝く一瞬である。

幸せとは、おのれがそれを感じる時である。

 

                           

 

 

■2023_02 炎の誘い

 

《リズム取る 揺れる炎に 酔いまわり ここは何處かと 舞いて沈みし》  實久

   ―りずむとる ゆれるほのおに よいまわり ここはどこかと まいてしずみし―

 

冬の間、ランプの淡い炎を見つめながら過ごす夜が多くなる。

部屋の照明を落とし、1970年代の懐かしのポップスを、ワインをかたむけながら耳を傾けるのである。

炎が音楽に合わせながら、かすかに揺れる魅惑は、こころを沈め豊かにしてくれるから好きである。

曲のリズムに合わせ、ランプの炎が踊り、体も揺れ出す・・・

なんと素敵な夜なのであろう・・・

 

                           


                            

 ■2023_02_18梅美人

 

《ひっそりと 咲きし紅梅 われ重ね みめぐみ覚ゆ 豊けき今を》  實久

   ―ひっそりと さきしこうばい われかさね みめぐみおぼゆ ゆたけきいまを―

 

冬陽のもと、山里に咲く紅梅は、この世の恵みを一身に受け、

生きる喜びを精一杯現わしているではないか。

生きるとは、豊かな輝きを放つことだと梅美人に教えられた。

 

                             


 
 

■2023_02_19   焚火の想い出

 

《虚しさの 尽きぬ戦場 燃え盛り 温もり残る 焚火忘れじ》  實久

   ―むなしさの つきのせんじょう もえさかり ぬくもりのこる たきびわすれじ―

 

散歩している時に出会う焚火もいい。

かすかに匂う煙に誘われて、焚火にむせる時、平和な焚火にほっこりする。

遠き、淡い少年時代の記憶がよみがえるのである。

朝鮮戦争で、ソウルの公園に駐屯していた北朝鮮軍の兵士が、冬の寒さをしのいで焚火をしていた。

どこか平和な火の温かさが、戦争に怯える少年の身に伝わってきたことを思い出す。

それも、激しい戦闘、市街戦の最中にである。

今でもはっきりと体に刻まれている戦場の温もりの炎を、ウクライナの戦場にも見るのである。

 

                           


 

■2023_03_09  春化粧に忙しい志賀の里

 

 浮雲の  彼方におりし  君なれど  微笑み豊か  いついつまでも》  實久

―うきぐもの かなたにおりし きみなれど ほほえみゆたか いついつぃまでも―

 

志賀の里は、春を迎える準備で忙しい。

先日、天気のいい日を選んで恒例のびわ湖一周サイクリング<びわいち>に出かけてきた。

出かける直前、山を愛した仲間の旅立ちがあり、遺影の写真を懐に残雪の比良の峰々を見てもらった。 

ブログ:2023<星の巡礼 仲間を偲んでーびわいち>で偲んでいる。

 

https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2023/03/07/164912

 

                           

 後日、同期による偲ぶ会が持たれた

 

<関連ブログ>2023『星の巡礼 同志を偲ぶ会に立合いて』

https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2023/03/07/164912



 
サイクリングから帰宅してからは、スギ花粉に見舞われ、悪戦苦闘の毎日を送っている。

しかし、家に閉じこもっていては、花粉症を克服できないと、オートバイを駆って京セラ美術館で開催されて

いる<GOOD ART展>、友人 西脇英司氏の出品作を鑑賞してきた。

大自然にあらがえないちっぽけな自分を見ているようで、構図の大胆さと、その無限なる質量に圧倒された

一枚の作品をご紹介しておきたい。

 

          

                                                 友人 西脇英司氏の出品作 

 

 

■2023_03_12  小梅さん

 

《香りよし  立ち姿よし  白小梅  春の陽うらら  薫る君かな》  實久

―かおりよし たちすがたよし しろこうめ はるのひうらら かおるきみかな―

 

春の陽気に、白化粧が似合う小梅さん、

匂いたつ気品に、足を止めて振り返った。

 

                           

 

 

 ■2023_03_13  春簾(はるすだれ)

 

《とばり明け  雪解け水や  春すだれ  心も軽き  志賀の里かな》  實久

   ―とばりあけ ゆきとけみずや はるすだれ こころもかるき しがのさとかな―

 

冬の帷帳(とばり・いちょう―光をさえぎるための布)が上がり、今朝は春雨がここ志賀の里を

しっとりと濡らしている。

比良の雪解け水が、春スダレを作る様は、これまた志賀の里の春の風物詩である。

目を閉じれば、春の匂いを感じる季節である。

 

                           


 

 ■2023_03_17   亡き母を偲びて

 

浮雲に  うららかな春  母偲び  問いかけ嬉し  ツーリングかな》  實久

   ―うきぐもに うららかなはる ははしのび といかけうれし つーりんぐかな-

 

《春来たり  想い出語る  親子鳩  時空を超えし 愛の深きや》  實久

   ―はるきたり おもいでかたる おやこばと じくうをこえし あいのふかさや―

 

亡き母の24回忌を迎えた。

歴史に翻弄されたにもかかわらず、おのれを見失うことなく凛とした生きた姿に、

多くのことを教えてもらった。

母の深い愛に花を供え、感謝を伝えに、オートバイを駆って墓参りに行って来た。

 

                                                     

                           


 

 ■2023_03_20   春うらら

 

木蓮の  花頭割礼  春うらら  陽炎遊ぶ  老いも豊けき》  實久

   ―もくれんの かとうかつれい はるうらら かげろうあそぶ おいもゆたけき―

 

木蓮の花芽が割れて 内なる白衣が覗いている姿を、今は老いたる己を青春の日に重ねて

懐かしく回顧している。

 

                                       



■2023_03_23  北帰行つづく

 

《松風の  薫るびわ湖や  春詠う  さざ波踊り  鴨もそぞろや》  實久

   ―まつかぜに かおるびわこや はるうたう さざなみおどり かももそぞろや―

 

1月後半からの雪の多さに驚いたが、ようやく

ここ志賀の里、びわ湖畔、松の浦にただよい来る風には、すでに初夏を感じる。

打ち寄せるささなみ波も軽やかで、北帰行に備えていた鴨たちも次々飛び立っている。

自然の織り成す四季の移り変わりに身を任せられる己に感謝したい。

そして、WBCでの素晴らしい決勝戦、チームワークの勝利に感動した。

  

                                     

                 

              

 

■2023_03_24  いのち認め合い

 

《この世にて  今年も会えし  木蓮の  静けき命  認め合いしや》  實久

   ―このよにて ことしもあえし もくれんの しずけきいのち みとめあいしや―

 

我家の前には、老木の白木蓮が泰然自若とその命をつないでいる。

穏やかな老体に、静かな命を咲かせ、真っ白な袈裟におおわれる姿は、見事である。

お互い、いたわりの声をかけあい、認め合うこの日が、今年もやって来たことに感謝したい。

 

                           

 

 

■2023_03_26   君の面影

 

《想い出の  真白き花  語りきて  心に宿る  君の面影 》  實久

   ―おもいでの ましろきはな ばれりーな こころにのこる きみのおもかげ―

 

《君送る 野辺に愛満つ  五月晴れ》  實久

   ―きみおくる のべにあいみつ さつきばれ―

 

もうすぐ愛犬ベルの11回目のメモリアルデーを迎える。

今年も庭に植えた感謝樹<バレリーナ>(白木蓮の一種)が真っ白な花を咲かせ、

目の見えなかった彼女との楽しい散歩の日々や会話を、愛おしく想いださせてくれている。

安らかな顔で眠りにつき、その顔に<ありがとう>の表情を読み取った時、

いうに言われない哀惜の念に包まれたものである。

 

                           

                           

 

 

2023_03_28  再会を喜ぶヒメユリキンカ

 

《再会の 命繋ぎし ユリキンカ 君と聴きしや せせらぎの歌》  實久

   ―さいかいの いのちつぎにし ゆりきんか きみとききしや せせらぎのうた―

 

小川の瀬に、ながい冬の眠りから覚め、せせらぎを聴きながら春陽を楽しむヒメユリキンカに再会し、

お互い命あるを喜んだ。

 

                           

 

■2023_03_23  麗しの水仙姉妹

 

《麗しの 水仙姉妹 聖なるや  背負う十字架 光り湛えし》  實久

   ―うるわしの すいせんしまい せいなるや せおうじゅうじか ひかりたたえし―

 

選抜高校野球も佳境に入って来た。 応援に熱が入り、家に閉じこもりがちである。

今日は休養日、ゆっくりと春陽を浴びながら、朝の散歩に出かけ、水仙姉妹に出会った。

 水仙は、地中海から中近東を経由しシルクロードを経て、室町時代に日本に中国から渡来したと

言われている。

それも海流に乗ってやって来たのではないかというロマンに満ちた説もある。

水仙の学名は「ナルキッソスと言うが、これはギリシャ神話に登場する美少年ナルキッソスにちなんで

名付けられた。

神話のナルキッソスは、池の水に映る自分の美しい容姿に恋して水に抱きつき、池に落ちて死んだとされ、

この話は「ナルシスト」の語源になっているから面白い。

この老人もナルシストであろう、人知れずおのれを愛しているからである。

 

                           

 

 

■2023_04_02   今を生きる桜花

 

《命見る はかなきこの世 さくら花 われ重ねてや 今を咲かせし》  實久

   ―いのちみる はかなきこのよ さくらばな われかさねてや いまをさかせし―

 

老いを重ねるにつれ、古木に精霊の宿った淡い花を咲かす桜に魅了されている。

抱きあって気の交換をおこなった疎水の古桜の水彩画を飾った。

志賀の里、びわ湖バレイの桜並木も春爛漫である。

 

                            

                           


                         


2023_04_03   作曲家  坂本龍一さんの旅立ちを悼む

 

《ああ逝きぬ 巨匠散り逝き ハレルヤと 永遠の道 たどりて往きし》  實久

   ―ああゆきぬ きょしょうちりゆき はれるやと とこしえのみち たどりてゆきし―

 

世界的な音楽賞を総なめにした才能豊かな、現代映画音楽の第一人者であった坂本龍一さんの

あまりにも早い旅たちに深い悲しみに包まれた。

の音楽には、悲しみを越え失意から立ち直る旋律と思いやりを読み取ることが出来、

たえず明るい未来と夢を与えてくれたものである。

ニューヨーク滞在中、ラジオシティ・ホールや、リンカーンセンターで開かれた演奏会には、

必ず顔を出したものである。

庭に咲くチューリップやムスカリも、坂本龍一さんの旅立ちを悲しんでいるように見えた。

 

映画<戦場のメリークリスマス>の助監督をしていた宮沢賢治研究者でもあるパルバースさんを、

関係していた大学に演劇科を設けるため招聘したことがある。

彼の紹介でイッセー尾形氏や坂本龍一氏に協力をお願いしたことを懐かしく思いだしている。

しかし、迎えるには時期尚早、準備不足であったため計画は頓挫したのである。

 

 

 

■2023_04_05  鶯と姥桜

 

《鶯の あどけなさ残る 啼き姿 聞き耳たてし 姥桜かな》  實久

   ―うぐいすの あどけさのこる なきすがた ききみみたてし うばざくらかな―

 

この春生まれの鶯なのだろうか、どこかぎこちない啼き声で姥桜に語りかけている。

一生懸命聴き取ろうと聞き耳を立てている姥桜の姿に、おのれを重ねて見入ってしまった。

 

                           

 

 

■2023_04_07 旅立ち

 

《囀りの  姦しき朝  シジュウガラ  旅立ち嬉し 星の王子や》  實久

   ―さえずりに かしましきあさ しじゅうがら たびたちうれし ほしのおうじや―

 

2年ぶりにシジュウガラ夫婦がわが家の巣箱に新居を構え、ヒナを育て、巣立ちの日を迎えた。

まず親が外の様子をうかがい、安全を確認しているように見える。その囀りと表情に、

成し終えた安堵と、親の責任が見てとれるようだ。

 

                           



■2023_04_11  老皿の生き様

 

《名も知らぬ  流れ着きしや  老皿に  学ぶ日々是  好日あれと》  實久

   ―なもしらぬ ながれつきしや ろうざらに まなぶひびこれ こうじつあれと―

 

『遠い旅路を終えて、流れ着いたびわ湖畔・松の浦で出会ったあなたに、声をかけられたことを決して

忘れない事でしょう。

体は変形していますが、こころはいまだ冒険心に富んで、旅路の途次にあることを楽しんでいるのですよ。

お互い、おのれを忘れず、おのれを見つめ、最後の日まで日々是好日であることを願っています。』と、

びわ湖をさすらい来たバックパッカー・老皿に出会った。

 

                           



■2023_04_16  君に学ぶ

 

《おい君と  時を刻みし  老木に  生きるとは何故  問いて笑うや》  實久

   ―おいきみと ときをきざみし おいのかお いきるとはなぜ といてわらうや―

 

朝日に、感激の声を上げるこの樫の木の顔を見よ。

立ち位置から一歩も動かずに、大地に根を張り、その背を伸ばして大木に成長した樫の木の

キリン顔に出会った。 

ただ創造主の恩恵だけで生涯を生き抜いてきた老人から、感謝の気持ちが伝わってくるような、

温かさを感じた。 

わたしも君を見習いたいと、そっと抱擁した。

 

                                                 

 

 

2023_04_17  清楚な姫シャガ

 

《命見る  この美しき  ヒメシャガの  風と戯むる  今を生きしや》  實久

   ―いのちみる このうつくしき ひめしゃがの かぜとたわむる いまをいきしや―

 

我家の周りの清楚な姫シャガたちも、木陰から太陽を求めて首をのばしている。美しく着飾った花びらは、

優しい風の囁きに気持ちよさそうである・・・

 

                           

 

 

■2023_04_18  天使の顔  桜<天の川>

 

《聖なるや  八重なる桜  天の川  天使見るなり  わが子ふたたび》  實久

   ―せいなるや やえなるさくら あまのかわ てんしみるなり わがこふたたび―

 

今朝は特別に嬉しい朝である。

桜<天の川>が、天使のような可憐な花を咲かせた。

植えた苗が、鹿たちの食料となり、丸坊主にされたうえに、枝を折られたのである。

あれから4年、待ちにまった2輪の花を咲かせた。

わが家に双子を授かった50数年前の感動の日をもう一度味わった。

 

                           

 

 

■2023_04_18  慈雨

 

《雨煙る  緑の森や  蘇り来て  重ねしおのれ  命見つめし》  實久

   ―あめけむる みどりのもりや やどりきて かさねしおのれ いのちみつめし―

 

昨夜からの慈雨、軒を叩いて春眠に心地よい。

森の緑もさらに濃さを増し、鮮やかである。

おのれにも青春が宿り、ラジオ体操も軽やかである。

 

                           

 

 

■2023_04_20  花梨(カリン)の恥じらい

 

《恥じらいし  初お目文字の  花梨花  胸のときめき  伝わり嬉し》  實久

   ―はじらいの はつおめもじの かりんばな むねのときめき つたわりうれし―

 

近くの樹下神社で、いつも出逢っているはずなのに、記憶になかった初お目文字の花梨の花

に声をかけられた。

『毎年、わたしの身を花梨酒にして楽しんでおられるのに、声もかけられず悲しい想いをしていましたよ』

 頬を淡いピンク色に染め、恥じらう姿がわたしの心をとらえた。

来る月の、懐かしい旧友との再会もまた、こころ豊かな時間を楽しみにしている。

 

                           



■2023_04_21  太陽の恵み と <ノースポール>

 

《冬耐えし  ノースポール  背伸びして  光りを求め  命溢るる》  實久

   ―ふゆたえし のーすぽーる せのびして ひかりをもとめ いのちあふるる―

 

冬の間、白い小顔をじっと寒さに耐えてきたノースポール、太陽に向かって背を伸ばし笑顔が戻った。

子供のころ読んだイソップ物語の「北風と太陽」を思い出し、人間もまた、彼女たちと同じく太陽の温もり

の中に生きていることをあらためて感じたものである。

 

                           



■2023_04_22  おらが家族

 

《君迎え  月日の流れ  老いを増し  丸みの中に  幸せ見るや》  實久

   ―きみむかえ つきひのながれ おいをまし まるみのなかに しあわせみるや―

 

わが家の家族となって3年目の花子(雨蛙)さん、冬眠から覚めたのであろうか、うららかな太陽に誘われて

日向ぼっこ。

あのスリムな体が、すっかり肥満体に。  いやひょっとして新しい命を宿しているのだろうか。

そっと見守ってやりたい。

 

                           

 

 

■2023_04_23  一枚の葉

 

《囁きに  心癒さる  老いの身の  木の葉のこころ  通いて嬉し》  實久

   ―ささやきに こころいやさる おいのみの このはのこころ かよいてうれし―

 

登山をしていた時、遠くの山の頂に、『もうすぐ会えるね』、『頑張ってね』と声を交わすことがあった。

今朝もまた、太陽の温もりに身を預けている裏庭の木の葉の一枚に声をかけ、耳を傾けた。

愚痴ることもあるし、褒め合うこともある。

お互いの考えを聴けるのだから、命あるとは愉快であり、

不思議である。 日々、老いの身を慈しみ、愉しんでいる。

 

                           

 

 

■2023_05_08  家康伊賀越えを歩く

 

《人馬駈け  闇切り裂きし  伊賀越えの  松明映える  家康の顔》  實久

―じんばかけ やみきりさきし いがのさと たいまつはえる いえやすのかお―

 

ゴールデンウイーク、五月晴れの伊賀の里を訪れ、大河ドラマ『どうする家康』 の間もなく始まる

家康最大の危機脱出《神君家康伊賀越えの道》を訪ね、新茶の緑豊かな絨毯の中を歩いて来た。

一緒に、歴史の道を歩いてみませんか・・・

 

2023『 星の巡礼 家康伊賀越え追跡記』

https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2023/05/07/101411

shiganosato-goto.hatenablog.com

 

                           

 

 

■2023_05_09   華麗なるジャーマンアイリス

 

《華麗なる ジャーマンアイリス 命満ち 喜びたたえ 誇らしげかな》  實久

    ―かれいなる じゃーまんあいりす いのちみち よろこびたたえ ほこらしげかな―

 

このゴージャスな着飾り、鮮やかな色合い、恵みに満ちた文様、光をたたえし姿・・・

これこそ自然の中で光り輝く本来の人間の姿であろう。

いま、庭に咲くジャーマンアイリスに問いかけながら、着飾りすぎた己の姿が滑稽に見えてきたものだ。

 

                           

 

 

■2023_05_10   母タンポポの願い

 

《旅立ちの 子らを見送る タンポポの 頼りし風に 願い託せし》  實久

   ―たびたちの こらをみおくる タンポポの たよりしかぜに ねがいたくせし―

 

この子沢山を、風に乗せる機会を待っている姿に母なる忍耐が見てとれる。

数えた綿毛は、なんと119個。 この子達は、託した風さんに身をまかせ、なるがまま、

あるがままに生を全うすると思うと、 『頑張れ!』と、エールを贈った。

 

                         

 

 

■2023_05_11  田植終え

 

《比良泳ぐ 田植終えしや 五月雲 並びし苗も 夏を装いし》  實久

   ―ひらおよぐ たうえおえしや さつきぐも せいれつなえも なつをよそいし―

 

真っ白な雲を被った比良の峰が、鏡のような水田の水面に映り、志賀の里もすっかり衣替えを

喜んでいるようだ。 自然の織り成す化粧ほど美しく、こころ癒される表情はない。

 

                           


 

■2023_05_12  お互い認め合い

 

《想い合い 共に認めし 君と僕 デッキ塗りよし 草刈りもよし》  實久 

 ―おもいあい ともにみとめし きみとぼく でっきぬりよし くさかりもよし―

 

恵みの陽ざしのもとすくすく育った草たちの背丈を短く刈りこんで、緑の絨毯にドレスアップする

手助けをした。

また、梅雨前のデッキに防腐剤を塗り終えた。

草たちもデッキも喜んでくれ、こちらも嬉しくなった。

 

                         

                         

 

 

■2023_05_15  旧友を迎え

 

《残り香の 漂う森に いとまする 君見送りし 志賀の里かな》  實久

   ―のこりがの ただようもりに いとまする きみみおくりし しがのさとかな―

 

《大焚火 想い燃え立つ 生き様の 描きし老いの 高貴なるかな》

   ―おおたきび おもいもえたつ いきざまの えがきしおいの こうきなるかな―

 

旧友との久方ぶりの再会であった。

表情の豊かさに、老いの物腰に、ひとの味がにじみ出ていた。

温泉につかり、焚火をし、一夜を共に語り合う、幸せな時間に恵まれた。

すべてのご縁に感謝である。

 

                           

                           

 

<関連ブログ>2023『星の巡礼 短歌集ーこの星で出会いて』

      https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2023/05/18/112716

 

 

■2023_05_16   露天風呂

 

《湯気の中 仏見るなり 坐せし君 露天なる湯も 変化なるかな》  實久

 ―ゆげのなか ほとけみるなり ざせしきみ ろてんなるゆも へんげなるかな―

 

コロナ禍で遠のいていた志賀の里にある温泉<比良とぴあ>に旧友とつかって来た。

老体の曲がった背中を伸ばして、露天の岩に腰を掛け、久闊を叙し、人の道に花を咲かせた。

ひとには、光もあり、闇もあり、表もあり裏もある。

すべてが織りなしてその人を創り上げている。

その表情には、計り知れない奥深さがあり、後光が射していた。

素晴らしい再会に感謝である。

 

                           

                           

 

 

■2023_05_17   この顔を見よ 

 

《語らいの お多福顔や パンジーの レッサパンダー にも似ておりし》  實久

 ―かたらいの おたふくかおや ぱんじーの れっさぱんだー にもにておりし―

 

我家のパンジーに、レッサパンダ―そっくりさんを見つけ、まじまじと見入った。

口をすぼめ、目鼻口がそっくりなパンジーと出会って、吹き出してしまった。

この顔は、カブスカウトそのものである。

なんと愛らしい顔立ちであろうか、しばし心豊かな語らいの時間を持った。

 

 


 

■2023_05_18    真白な花絨毯-エゴノキ

 

《鈴掛の 純白ドレス エゴノキの 想い出宿る 花絨毯》  實久

   ―すずかけの じゅんぱくどれす えごのきの おもいでやどる はなじゅうたん―

 

五月のこの季節、わが家の庭は一面の白い落花で埋め尽くされ、真白の絨毯が敷かれる。

なんといっても沢山の花が醸しだす香りのよい、甘い匂いが広がるのがいい。

エゴノキ、その花の鈴なりの姿から花言葉を<壮大>というらしい。 

今年も又、白き絨毯を歩きながら、過ぎし日々を懐かしんでいる。

 

 

 

 

■2023_05_19   雨落音(うらくおん)

 

《しとしとと 雨粒太り 落ちゆきて 厠に聴こゆ ドレミの音かな》  實久

   ―しとしとと あまつぶふとり おちゆきて かわやにきこゆ どれみのねかな―

 

夏日の後の、一雨にほっとしている。

早朝の厠から外の雨脚を楽しんでいると、目の前の樹にぶら下がる雨粒が、

忙しくその順番を後輩に譲って、落下する姿が目にとまった。

観察していると雨粒の誕生から、落下までに一定のリズムがあり、ドレミの

ハミングを口ずさんでいた。

雨粒がこの星 地球に落ちて、かすかな喜びの声を上げた。

 

                           

 

 

■2023_05_20   モッコウバラ

 

《君も往く 知りて咲くらん 今日もまた 変わらぬ君や 微笑みおりて》  實久

   ―きみのいく しりてさくらん けふもまた かわらぬきみや ほほえみおりて―

 

わが家の垣根に咲く黄色と白の小さなモッコウバラが、かすかな体臭を放ち、おのれの存在を

アッピールしている。

間もなく老いを迎え、自然に還っていくおのれの運命を知っているのであろう。

覚悟と自覚からくるその姿には、落ち着きの中に悠久の美しさを滲ませているように見えるのである。

 

                           


 

■2023_05_21 『星の巡礼 短歌集―この星で出会いて』

 

《遥かなる 求めしひかり 出会いてや 動なるこころ 無の風抜けし》  實久

   ―はるかなる もとめしひかり であいてや どうなるこころ むのかぜぬけし―

 

四国巡礼八十八ケ所を<歩き遍路>で結願した友を、ここ志賀の里に迎え、9年ぶりの再会を果たした。

互いの老いにひそむ心うちを露天風呂で、そして焚火にむせながら語り合う時間を持てたことに

感謝している。

これまで多くの<一期一会>に恵まれた。

出会いの一瞬を切り取って、友との心の通いや、老人のこころ内を詠んでみた。

 

                                      <関連ブログ> 2023『星の巡礼 短歌集ーこの星で出会いて』



                           

 

  

2023_05_22   時の声

 

《鶏の声 響きし渓谷 志賀の里 静寂破るや 鐘と混じりて》  實久

 ―けいのこえ ひきしけいこく しがのさと しじまやぶるや かねとまじりて―

 

今朝早くデッキで、老人ヨガ体操をしていると、近くで飼われている雄鶏の時の声<コケコッコー>に、

銀嶺に輝くアンナプルナ山の見下ろすネパールの山村タダパニの朝に迷い込んだ。

近くに移住してきた若夫婦が放し飼いにしている雄鶏が、ここ志賀の里<びわ湖バレー>に響かせる

朝一番の儀式である。

ここに住居を構えて30数年、お寺の鐘の音に加えて、平和の声を聴き、心が癒された。

 

             アンナプルナ山の見下ろすネパールの山村タダパニ

 

<関連ブログ>2001『星の巡礼 ネパール紀行』

                          https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2022/11/02/075757


 

■2023_05_23   旺盛な観察心

   ―熊毛虫(クマケムシ)・ヒトリガの幼虫―

 

《生ありし 君に向かいて われ重ね エール交換 認め合いてや》  實久

   ―せいありし きみにむかいて われかさね えーるこうかん みとめあいてや―

 

昨年駆除したはずの桜の葉を食い散らした蛾の幼虫が残っていたのだろうか。

今年は、紫陽花の葉を食べて丸々太っている熊毛虫<ヒトリガの幼虫>を見つけた。

幼虫は脱皮して蛾になる。

少年時代、その異次元なる姿の変化に、不可思議なものに出会ったような気がしたものである。

老いた現在は、毛虫さんに挨拶が出来るようになった。

静かに見守ってやるつもりだ。

 

                               


 

2023_05_23   竹の子たち

 

《凛々しくも 光り求めし 竹の子ら 称え歌えや この世の愛を》  實久

   ―りりしくも ひかりもとめし たけのこら たたえうたえや このよのあいを―

 

竹の子とは言えない立派な孟宗竹の少年たちが、その雄叫び姿を、天に向かってすくすくと伸ばしている。

 森の中、この世の愛を、よろこび歌う姿に聴き入ってしまった。

 

                           


 
 

■2023_05_25   森を彩る妖精たち―ヒメウズキ

 

《恥じらいの 白き妖精 ヒメウズキ 艶醸せしや 花かんざしの》  實久

   ―はじらいの しろきようせい ひめうずき つやかもせしや はなかんざしの―

 

緑の散歩道に、白カンザシが良く映える季節である。

低木のしなやかな枝に真っ白な妖精たち<ヒメウズキ>がぶら下がり、

森を明るく飾り立てている朝の散歩は格別である。

恥じらいの顔に、そっと近づいて匂ってみた。

 

                           

 

 

■2023_05_28   仲間の回復を祈って

 

        君と共に、いま、こここの世にありて、

        天に向かいて祈り、結ばれしを喜ぶなり

                痛みを分かち合い、与えられし道を共に歩み

        光あるを切に祈るものなり

 

重篤の若い仲間が、気管切開を行い、眠りの中、生死の境にあるという。

共に、仲間の回復を祈ろうとの、<絆の祈り>を呼びかけた。

今朝、ここ志賀の里でも、病室にある友の深い呼吸に合わせて、祈りをささげた。

祈りに加わっていただければ幸いである。

 

 

 

                           

                                                          <希望の光>隠れキリシタンの里 五島列島の朝日

 

 

2023_05_28   名もなき命花

 

《風迎え 君も踊れと 野花言う 自由に生きる ほど難しき》  實久

   ―かぜむかえ きみもおどれと のばないう じゆうにいきる ほどむつかしき―

 

首を伸ばし、天を突く野花に出会った。

風に身を任すその愛らしいフリー・ダンスに石灯篭と一緒に見惚れた。

同じ生を受け、シンプルに生きる野花たちに、複雑な人間の生き方を重ねたら、ため息が漏れた。

どうしても、この名もなき命花の名前を調べてみたい。

そして今日も、風に揺れる若き仲間の意識回復を願って、寄り添っていたい。

 

                           

 

 

2023_05_29   花びらの数

   ―レオナルド・フィボナッチ数列

 

《ゼロという 概念出会い 中世の 機能美溢ふる ダビンチ生みし》  實久

    ―ぜろという がいねんであい ちゅうせいの きのうびあふる だびんちうみしー

 

先日、テレビ番組で花びらの数は決まっているという<レオナルド・フィボナッチ数列>の話をしていた。

さっそく我家の多弁花である「ガザニア」と「マツバギク」の花びらを数えてみた。

ガザニアは13枚で合格。 しかし、マツバギクは34枚のはずだが、37枚となる。

調べてみると花びらの幾つかは2つに分かれていることが分かったので、これも良とした。

インドの数学者の間で6世紀頃から知られていた数列を、イタリアの数学者が西欧に紹介し

<レオナルド・フィボナッチ数列・法則>と呼ばれたという。

フィボナッチ数列では、3項目以降のそれぞれの数は手前の2つの項の数の和になっている。

そのため数列は、0+1,1+2,3+5,8+13,21+34,55+89,144...と続く、と言うことや、

ゼロの概念を発見したインド数学の偉大さに感心したのである。

創造主の差配にいつも驚かされている。

今朝も、若い仲間の意識回復を祈った。

 

 

 

 

■2023_05_28   聖霊なりし花―アマドコロ―

 

《鈴掛の 白き妖精 アマドコロ 聖なる歌や ドレミ奏でし》  實久

   ―すずかけの しろきようせい あまどころ せいなるうたや どれみかなでし―

 

アマドコロの清純な白き花がぶら下がる姿に、中世の尖塔に吊るされた鐘を見る思いである。

鳴り響く鐘の音が、ここ比良の里<びわ湖バレー>に木霊しているように聴こえた。

そして、花の奏でるメロディーに癒されたものだ。

 

                           

 

 

■2023_06_01   私たちを見てよ!

 

《心地よく ぺらぺらヨメナ 肩寄せて ハモル姿や 平和祈りし 》  實久

   ―ここちよく ぺらぺらよめな かたよせて はもるすがたや へいわいのりし―

 

耳をそっと傾ける。 路地裏の片隅に、お日さまに顔を向け、合唱の練習に声張り上げる少年少女合唱団

<ペラペラヨメナ>に出会った。

別名<源平小菊>とも呼ばれ、花の色が白とピンクの2パターンに分かれるため、源平合戦における

源氏の白旗と平家の赤旗をイメージして付けられたという。

原産地は中央アメリカで、日本の山野に帰化したそうだ。

日本に渡来して、お目文字、そうここ日本に育って81周年である。 

出会いは、おのれと重ね感慨ひとしおであった。

 

                           


 

2023_06_02   命のメロディー

 

《目を覚ませ 息吹き返せ 若き友 絆の祈り 奇跡生みしや》  實久

   ーめをさませ いきふきかえせ わかきとも きずなのいのり きせきうみしや―

 

《君迎え 過ぎ去りし曲 コンニチハ 赤ちゃん歌う 我や懐かし》  實久

   ―きみむかえ すぎさりしきょく こんにちは あかちゃんうたう われやなつかし―

 

新しい生命が芽吹き、その希望の背伸びに、こころ豊かにさせられた。

病床の若き仲間の意識回復を見る思いで、ローズマリー朝顔の命溢れる産声にそっと耳を近づけてみた。

歌手・梓 みちよの<こんにちは赤ちゃん> の軽やかなメロディーが、体中に広がった。喜びのなか、

豊かな時の流れに沈んだ。

仲間が集中治療室から、一般病棟に移ったとの報せを受けた。 一人ひとりの祈りが通じたことに

感謝している。

 

 

 

 

■2023_06_03   台風のあとの水溜り 

 

《地の底に 誘いし君は 永遠にして 踊る白雲 我と戯むる》  實久

   ―ちのはてに さそいしきみは とわにして おどるしらくも われとたわむる―

 

この列島に猛烈な雨を降らせた台風が去り、晴れ間が戻って、水溜まりに白雲を映していた。 

水溜りの奥底に光る魅力的な白雲の誘いに、いつまでもみとれた。

病床の仲間に、かすかな光りを見た思いであった。

 

                           

 

 

■2023_06_03   祈りの満月

 

《悠久の 時を見つめし 月様と 共に祈りし 友の目覚めや》  實久

   ―ゆうきゅうの ときをみつめし つきさまと ともにいのりし とものめざめや―

 

久しぶりに夕方の散歩を楽しんだ。

びわ湖の東の空に、悠久の時の流れを見続けている月様が浮かんでいた。

ふと、病床に伏せる若き仲間の真丸い顔が月様にかぶさった。

友の息遣いをじっと見つめ、今日一日の無事を祈ってくれているようだ。

共に祈ってくれている月様に感謝した。

 

                           

 

 

■2023_06_05   雪の下(ユキノシタ

 

《清楚なる 君美しき 雪の下 愛あるエール 永遠に響きし》  實久

   ―せいそなる きみうつくしき ゆきのした あいあるえーる とわにひびきし―

 

この素晴らしいファッションを見よ、とばかり白燕尾服を着こなした貴公子<ユキノシタ>が、

今年もツツジの影から顔を出してくれた。

その清楚なファッションに拍手喝采で応えたとき、ユキノシタは・・・

「人間は、こころを磨くことによってその美しさを変化自在に変えられるのだから羨ましい。」と

語ってくれた。

ふと、病床の若き友に、この白燕尾服を着せてみたくなった。

 

                           


 

■2023_06_06   ビヨウヤナギの祈り

 

《祈りあう われらが愛を 受け止めて 生きよ笑えと ビヨウヤナギ》  實久

   ―いのりあう われらがあいを うけとめて いきよわらえと びようやなぎ―

 

三年前に挿し木したビヨウヤナギに待望の黄色い花が咲いた。

気高い雰囲気を醸すビヨウヤナギ、その顔には与えられた命を慈しみ、精一杯生き抜こうとする

美しさが溢れていた。

今朝も、天からの光を満々と受け、感謝の詩を歌う君に命の大切さを教えてもらった。

ビヨウヤナギの花一輪に、病床にいる意識なき若い友の顔をみた。 

祈りは愛である。

 

                         


 

■2023_06_06   蜘蛛の巣

 

《天に問う 生きて残せし この作業 何を想うて 創り給うか》  實久

   ―てんにとう いきてのこせし このさぎょう なにをおもうて つくりたもうか―

 

蜘蛛画伯による見事な幾何学模様の世界を創作している姿に、吸い寄せられた。

体長0.5㎝ほどの小さな生命体が、同じデザイン・パターンを織りなす姿は、

神の領域に属するように見えた。

創造主による見事な作品でもある蜘蛛が、その能力を最大限に発揮している姿にエールを送った。

われわれ人間も、それぞれに与えられた能力をそれなりに、ほどほどに発揮できれば、

どんなに幸せであろうか。

病床の若き友は今日も意識が戻らないという。 彼もまた目を覚まし、与えられた命に

汗することを信じて祈りたい。

 

                           


      

2023_06_08   浮き雲

 

《まん丸い 笑顔嬉しや 浮き雲の われと翔け舞う 病の友と》  實久

   ―まんまるい えがをうれしや うきぐもの われとかけまう やまいのともと―

 

なんと楽しげに浮かんでいるのだろうか。 すべてを忘れ、変化自在に姿を変え、姿さえ消してしまう

魔法使いである浮き雲は、何時まで眺めていても飽きないのである。

浮雲になって、病床の若い仲間を誘い、天空を飛び回ってみたい。

なんと素敵な夢物語であろうか。

 

                           

 

 

■2023_06_10   鳥に化身した花

 

《われわれの かくも愛せし 女王が 花となりてや アントワネット》  實久

   ―われわれの かくもあいせし じょうおうが はなとなりてや アントワネット-

 

今朝、坐して目を閉じると、軒を打つ雨音が心地よく全身に沁みてきた。

雨滴音に混じって、病床の若き友の顔や、亀岡の南郷公園の明智光秀銅像の前の花壇で出会った

二羽の着飾った鳩にそっくりなお花さんが頭の中で次々と舞った。

調べてみたら、<サルビア・ミクロフィラ-ホットリップス>と長ったらしい名前であるという。

これはまさしく生きた芸術作品である。

燃えるような紅色の清楚なフレヤ-スカートに身を包んだ姿は、まるでブルボン王朝の

マリーアントワネットの様に優雅な装いであった。

 

                           


 

2023_06_14   小さな命―ツマグロオオヨコバイ

 

《静寂なる 宇宙の響き 聴こえ来て 祈り満つるや 友の命に》  實久

   ―しじまなる うちゅうのひびき かたりきて いのりみつるや とものいのちに―

 

この愛らしい虫さんも、この大きな自然を構成する一員である。 

「いまを一生懸命に生きる」姿にくぎ付けになった。 

彼から見れば、こちらはガリバー的存在、しかし、存在する宇宙・世界は同じ、

生きるという共通の目的も同じ、対等な存在であることに、連帯を感じた。

病床の意識なき若き仲間も、一生懸命戦い続けている。 連帯の祈りが通じますように!

 

                           


 
   

■2023_06   祈りの梅雨空

 

《宿り来し 友のこころや 映りおり 願い届けと 祈り交わせし》  實久

   ―やどりきし とものこころや うつりおり ねがいとどけと いのりかわせし―

 

雨を運ぶ雲が、稲田の水面で泳いでいる。 この世のすべてが、私たちの心の中で泳いでいると思うと、

こころを清らかに磨いておく必要がありそうだ。

目を閉じて、こころに映し見て, はじめてこころに宿るのであろう。

病に臥せる若き友のこころを映して、祈りを交感した。

 

                           

                            

 

■2023_06_18   人生とは

   ―<本能寺の変> 光秀軍 老ノ坂越えルートを追跡して―

 

《老の坂 人生82 追い求め 背負いし重荷 達観せしや》  實久

   ―おいのさか じんせいはちに おいもとめ せおいしおもに たっかんせしや―

 

人生は、ひとを生きると書く。 人を生きるとは、道を歩むことである。道は無数の小径で成り立ち、

無数の小径が集まって、その人生を作り上げている。

それぞれの人が、それぞれの道を持ち、道は生きた証を残して、その人の物語となる。

 

光秀軍の老ノ坂越えを追跡し、<本能寺の変>への道をたどって見て、光秀公の小径を覗き、

公の大きな時の流れに触れてきた。

人はみな大河を流れゆく一枚の葉であるが、その流れ着く先はやはりその人の道というその人

自身の宿命であり、その人にしか経験し触れることのできない物語であり、終着駅である。

人生は、その人の物語であり、物語にも人生にも必ず結末があり、普遍なる法則の中に人生はある

ことを学んだ。

  

                           

 

<関連ブログ>  2023『星の巡礼 光秀軍の老ノ坂越え追跡記』

https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2023/06/18/094828


 

■2023_06_18   ムラサキカタバミ

 

《喜びの 伝わりし花 生きとして 臥せる君らに 祈り贈らん》  實久

   ―よろこびの つたわりしはな いきとして ふせるきみらに いのりおくらん―

 

夏日が西に傾きかけた散歩道で、「この生きいきした健康な私たちを見てよ!」と、

ムラサキカタバミの娘さん達が語りかけてくれた。

なんと素晴らしい喜びの顔をしているのだろうか。

いま、病床にあるすべての人に安らぎを送り届けたい、そんな思いにかられた時、吉報が届いた。

すべての祈りが通じたのであろう、昏睡の病床にあった若き友に語りかけた父親の問いに、

まばたきで応えたとの便りがあった。 

感謝である。

 

                           

 

 

■2023_06_19 人間万華鏡<もう一つの心象世界>

 

《バラ色の 見果てぬ夢や 求め来て 覗きし万華 夢幻か》  實久

 ―ばらいろの みはてぬゆめや もとめきて のぞきしまんげ ゆめまぼろしか―

 

子供のころボール紙の筒にガラスを張り、千代紙を入れて、回しながら覗いた少年時代の興奮を

いまだに忘れていない。 

お伽の世界に引きこまれ、息が詰まりそうな美しい造形の流れに、自分は今どこにいるのかと

おもったあの幼い日を、70年後のオールドボーイが、仲間の関係する<京都万華鏡ミュージアム>で

再度味わった。

宇宙遊泳の様に、水の中を足で蹴って進む優雅な万華鏡の世界に沈みながら、

ひとは、己を万華鏡に出来るのでは、と考えみて興奮したのである。

今までに出会った森羅万象、出会い、感情などを覗いてみたら、どんな模様を織りなすのだろうか。 

人間万華鏡をこの世にいる間に、ぜひ覗いてみたいと思っている。

 

 

 

 

■2023_06_20   栗の花の祈り

 

《匂い来し 青春宿る 栗の花 目覚めよ君も 立ちて笑えと》  實久

   ―においきし せいしゅんやどる くりのはな めざめよみみも たちてわらえよ―

 

毎年、大きな実をつける若い栗の木が家の近くにある。

この時期、若木に今まで見過ごしていた異様な突起花が天を突いていた。

そして、その花の淡い匂いに、遠い青春時代が宿った。

雌花は受粉すると栗のイガになるという。

それぞれの命に与えられた神の業に出会っては、驚かされる毎日である。

病床の若き仲間の意識が戻り、与えられた命に花を咲かせてくれそうである。

祈りに感謝である。

 

                           

 

 

■2023_06_21   シロツメクサ

 

《ぼんぼりの 白き頭や 風に乗り 祈り運びし 友の目覚めや》  實久

   ―ぼんぼりの しろきあたまや かぜにのり いのりはこびし とものめざめや―

 

びわ湖岸で、懐かしいシロツメクサ<クローバー>の花に囲まれた。

子供のころ首飾りを作ったりした楽しい想い出が宿った。

白詰草」と書くという、素敵なネーミングだ。

これは江戸時代にオランダから輸入されたガラス製品の梱包に緩衝材として詰められていた

ことから来ているという。

それにしても先に出会ったムラサキ・カタバミとどう違うのだろう?

病床にある若き友のために四葉のクローバーを探さなくちゃ!

 

 


 

■2023_06_22   雨垂れの歌

 

《雨垂れの 打ちて踊りし 軒の下 聞き耳たてし すみれ草かな》  實久

   ―あまだれの  うちておどりし のきのした ききみみたてし すみれそかな―

 

志賀の里は、雨霧に霞む風景の中に沈んでいる。

デッキに鎮座し、雨滴音の中に沈み、雨音を楽しんだ。

雨、それは人のこころを潤し、いつくしみの雨に変わる瞬間の<慈雨>がいい。

氷雨(ひさめ)・時雨(しぐれ)・春雨(はるさめ)・五月雨(さみだれ)も大好きな雨の表情である。

病床の若き友にも雨滴音が聴こえていることを祈る。

 

                           

 

 

■2023_06_24   生まれ来て

 

《生まれ来て 何を得たかと 我問われ 宇宙に出入る 我を識りてと》  實久 

   ―うまれきて なにをえたかと われとわれ うちゅうにでいる われをしりてと―

 

朝一番、朝日に向かって脚を広げて、気功に励んだ。

太陽に向かって目を閉じると、瞼の裏に真赤な太陽が広がってくる。

同時に広げた足裏から太陽のエネルギーを呼吸に合わせてゆっくりと、ゆっくりと吸い上げる。

足裏から背骨をとおり頭の天辺まで太陽(宇宙・気・息)を吸い上げると、

体は太陽(宇宙)で一杯に腫れあがる。

この瞬間息を止め、全宇宙に成り切った己を意識するのである。

 

今度は、己が宇宙に入り込む(なりきる)番である。

頭の天辺にためた太陽(宇宙の気・息)を、ゆっくりゆっくりと前面の目鼻口、両手を回して腹、

両足に下し、足の裏からゆっくりと宇宙に出し切り(己を消し去り)、宇宙と一体になる。

いまここに己は無い。

宇宙に溶け込み(入りきり)、なりきった瞬間である。

 

これは一種の呼吸法である。

禅の修行も、この息(気)の呼吸法が、基本となる。

『息』、自分の心を見つめると書く。

息の意味は、呼吸することである。

目を閉じて、息を見る、そう呼吸をじっと見つめるのである。

呼吸の基本は、鼻から空気を吸い込み、口からゆっくりゆっくりと吐き出す。

 

                           

 

 

■2023_06_25   ドクダミの花

 

《路地裏の 純白乙女 顔揃え シャンソン謳う 調べ豊けき》  實久

   ―ろじうらの じゅんぱくおとめ かおそろえ しゃんそんうたう しらべゆたけき―

 

半日陰にひっそり咲く鮮やかな純白の花は魅力的である。 臭いがきつい個性豊かな雑草だが、

野生独特の生きる力を感じさせてくれるのが好きである。

乾燥させたドクダミ茶は解毒、整腸、止血などに効き、<十薬>と呼ばれているらしい。

今朝も、群がり咲くドクダミの純白の花たちは、病床の若き仲間に届けとばかりに、

シャンソンエディット・ピアフの「愛の賛歌」を絶唱していた。

 

 

 

 

■2023_06_26   森からの景色

 

《病床で 眺むる絵画 広がりて 雲溶け流る 永遠の景色や》  實久

   ―びょうしょうで ながむるかいが ひろがりて くもとけながる とわのけしきや―

 

梅雨の間の青空に誘われて、久しぶりに山を歩いて来た。

山間から眺める広々とした琵琶湖、そして、青い空にうかぶ雲、そこには広大無辺な天空が広がり

一枚の絵画を見ているようだ。

心豊かにさせられた。 病床にいる若き仲間にも見せてやりたい。 

雲と遊ぶ若き友の姿を想い描きながら回復を祈った。

 

                           


 

2023_06_27   アカバナ・ユウゲショウ

 

《比良の影 覆いし花や 夕化粧 憂いのこころ 重ね想いし》  實久

   ―ひらのかげ おおいしはなや ゆうげしょう うれいのこころ かさねおもいし―

 

あわいピンク色の化粧をした可憐な花<アカバナ・ユウゲショウ/赤花夕化粧>が、曇り空のもと

独り寂しげにたたずんでいた。

老いを重ねると、青春に立ち帰って、相手の心を先読みし、感傷に耽ることが多くなってきた。

彼女には彼女なりの憂いを抱えているのだろう。 

生きるとは、なんと繊細な感情にこころ揺さぶられるのだろうか。 

お互いの心を労わりつつ、目礼を交わし離れた。

病床の若き仲間も、自分の想いを訴えかけているように思えた。

 

 

 

 

■2023_06_28   南天の花

 

《漕ぎだせし 力満ちたる フレッシュマン 試練乗越え 挑むカヌーや》  實久

   ―こぎだせし ちからみちたる ふれっしゅまん しれんのりこえ いどむかぬーや―

 

今年も、所属するローバスカウト(青年)隊は、新しいスカウト仲間を迎えて懇親会を持った。

オールドボーイから見るほぼ60年差の若さに、その夢ある姿がまぶしく見えたものだ。

彼等の漕ぎだしたカヌーは試練を乗越え、夢あるフロンティアにたどり着くことを祈った。

今朝、庭に咲く南天の花に彼らを重ね、病床にある若きスカウトOB仲間と共に前途を祝福した。

 

 


 

■2023_06_29   野に舞う<ぺらぺらヨメナ

 

《主にまかせ 風に戯むる 嫁菜草 幸せ満つる 日々感謝せり》  實久

   ―しゅにまかせ かぜにたわむる よめなぐさ しあわせみつる ひびかんしゃせり―

 

志賀の里、風に戯れる野生の<ぺらぺらヨメナ>が曇る比良の峰をバックに、

今日もまた、優雅に舞っていた。

この自由な空間にわが身をゆだねている姿に、彼女らの真の喜びが感じ取れる。

嵐も闇も受け入れて咲き誇る彼女らのよせる信頼の主の慈愛が、こちらにも伝わって来た。

病床にある若き友と一緒に、われわれも信頼の主に抱かれていることに感謝した。

 

                           



■2023_06_30   ヤマボウシの祈り

 

《病床の 若武者の友 山法師 重ね宿りて 和み祈りし》  實久

   ―びょうしょうの わかむしゃのとも やまぼうし かさねやどりて なごみいのりし―

 

この季節、お山は真白な帽子をかぶった<ヤマボウシ>が見ごろである。

ヤマボウシは、山歩きの初夏、清楚な貴婦人の顔を見せ、深い秋には目も覚めるような

紅葉のマントを羽織り、いつも単独行のわたしを迎え、魅了してくれたものである。

老齢の今は、近場の公園で「四照花」と言われるヤマボウシを愛でている。

名前からして、志賀の里より遠望できる比叡山延暦寺の山法師を想い描いては、

その白装束を楽しんでいる。

山法師と言えば、病床の若武者がぴったりであることを思いだし、ふと和んだ。

 

 

 

 

■2023_07_01   間伐杉

 

《隠されし 己の使命 知らずして 役立ちおるを 知りて嬉しき》  實久

   ―かくされし おのれのしめい しらずして やくたちおるを しれいてうれしき―

 

役目を終えた杉の間伐材に出会った。

年輪を数えてみたら約45本、45年の歳月を生きてきたことが分かる。

その背丈は、約25mはあるという巨杉であると想像できる。

葉っぱには葉緑素というエネルギー変換の物質があり、日光と水の作用で空気中の

二酸化炭素(CO)を吸って炭素(C)を体内に蓄え、酸素(O)を吐き出すという。

そう、森林は二酸化炭素を吸収する自然の<クリーンな化学工場>であることが分かる。

今日は、病床の若き仲間と、地球温暖化の防止に貢献している杉の生き様に迫ってみた。

 

 


 

■2023_07_02  マーガレットの想い出

 

《只々に 己無くして 見つめるに 脱け殻ありて 無の風抜けし》  實久

   ―ただただに おのれなくして みつめるに むのかぜぬけし ぬけがらありて―

 

梅雨の間の太陽がまぶしい! マーガレット達も<故郷の空>を大合唱である。

マーガレットには懐かしい思い出がある。

ニューヨーク在住の折、キャッツキルにあるニューヨーク禅堂(金剛峯寺)での座禅会に

参加したおり、山門で出迎えてくれたのがマーガレットたちであった。 

無の風に無心に揺れる彼女たちから坐禅の姿勢<只管打座>(しかんだざ)を教えられた。

今朝も、マーガレットに再会し、若き病床の友と共に、風に合わせながら、歩き禅である<経行>

(きんひん)を楽しんだ。

 

 



■2023_07_03   満月を飲み干す

 

《志賀の里 いでし満月 琵琶に映え 揺れし微笑み 盃のなか》  實久

   ―しがのさと いでしまんげつ びわはえ ゆれしほほえみ さかづきのなか―

 

ここ志賀の里、びわ湖に映る満月は、波に揺れ微笑んでいるように見える。

半夏生の満月を酒杯に浮かべて愛でる、優雅な時間を過ごした。

月様の微笑みに誘われて李白漢詩を高らかに吟じた。

病床の若き友のこころにも満月が満ちたたことであろう。

 

            

 

 

■2023_07_04   満月に舞う

 

《飲み干せし 盃の華 満月や 病の友と 君愛でおりし》  實久

   ―のみほせし さかずきのはな まんげつや やまいのともと きみめでおりし―

 

昨晩、雲が切れれば、満月が見られるはずと待つほどに、大きな月が顔をだし、歓声を上げた。

老友の置き土産<風の森>(秋津穂807)を盃に酌み、満月と祝杯を交わした。

そして、満月を酒盃に浮かべて、病床の若き友と満月に舞った。

 

 

                  


 

■2023_07_06   天使の梯子

 

《舞い降りし 天使の梯子 湖に抱かれ 満ちし平安 友癒せしや》  實久

   ―まいおりし てんしのはしご こにだかれ みちしへいあん ともいやせしや―

 

今朝一瞬、姿を見せた雲間に、太陽と天子の梯子がびわ湖に舞った。

美しい天地創造の一瞬に立合え、病床の若き友と創造主の恵みに触れた。

<写真中央の島は、対岸の松の浦より眺望の、びわ湖で唯一村民が居住する「沖島」です>

 

                           

 

 

■2023_07_07   ブライダルベールの合唱

 

《純白の 君に見せたし 花嫁の 神の祝福 白きベールを》  實久

   ―じゅんぱくの きみにみせたし はなよめの かみのしゅくふく しろきべーるを―

 

今日は七夕である。

気を付けないと行きすぎるほど小さく、可憐な花<ブライダルベール>に呼びかけられた。

なんと可愛らしい三弁化なのだろうか。 まるで花嫁がかぶる純白のベールのように美しい。

この小さな命にも人は名を付けて、愛でる優しさがあることに心うたれた。

自分たちに目を向けて、語りかけてくれたわたしたちに、坂本九ちゃんの

<幸せなら手を叩こう>を合唱し、感謝の気持ちを伝えきた。

病床の若き友と一緒に、七夕に願いを込め、手を叩いて合唱に加わった。

 

                           

 

 

■2023_07_08   びわ湖の岩景色

 

《琵琶の岩  磨きし波の 優しさに  病の友も 慰めおりし》  實久

   ―びわのいわ みがきしなみの やさしさに やまいのともも なぐさめおりし―

 

びわ湖の波は優雅に見えるが、比良八荒の風にあおられ荒波となる。

この荒波は、岩を砕き、石を磨き悠久なるびわ湖と言う大庭園を造りだしている。

大自然の大胆で、緻密な営みを見ていると、人間の営みが微笑ましく見えて来るのである。

我々も、また病床の若き仲間も、この世の荒波にもまれて今があると思うだけで、感謝である。

 

                                       


                                
                            

■2023_07_09   リシマキア・ミッドナイトサン

 

《眠りより 目覚めよ友と 祈りてや 共に旅する 銀河鉄道》  實久

   ―ねむりより めざめよともと いのりてや ともにたびする ぎんがてつどう―

 

びわ湖岸のお宅の外庭に咲き乱れていた星形の花が<リシマキア・ミッドナイトサン>と

教えてもらい、素敵な名前に喜んでしまった。

星形の黄色い花<Star>が、<Might-Night-Sun>に輝いている姿を想い描くだけで、

宮沢賢治銀河鉄道の夜に引きこまれてしまった。

人の豊かな想像力や祈りは、世界を変え、人を変え、おのれを変えられると思うと、

強いパワーを感じたのである。

いま、苦しみの中にいるすべての人々に強いパワーを送り続けていることの大切さをかみしめた。

明日から一週間ほど、病床の若き友を勝手に連れ出して(写真参加)、戦国武将・家康公の

足跡を追って城巡りに出かけてきたい。

 

 



2023_07_10    ギボウシの教え

 

ギボシ咲く 今を生きにし この世にて 出会いて交わす エール嬉しき》  實久

   ―ぎぼしさく いまをいきにし このよにて であいてかわす えーるうれしき―

 

花壇に株分けしたギボウシ<擬宝珠>の花が爛漫である。 その涼し気な顔を並べて、

<今を生きる>ことを楽しんでいるようだ。

五条大橋の擬宝珠(ギボシ)を軽やかに跳ぶ牛若丸の華麗な紫袴に出会ったような、

鮮やかな姿に見惚れた。

<華麗な姿で生き抜くには、おのれを捨て、天地と共に生きる姿が求められるのだよ>と

教えられているような気がした。 

病床の若き仲間を誘って、ギボシとイヤサカ(弥栄・スカウト式エール)を交歓した。

 

この一週間、病床の若き友を誘い出し(写真参加)、「どうする家康」のゆかりの地を

車で回って来ました。

近く始まる<家康の城・古戦場めぐり>をお楽しみいただければ幸いです。

 

 

 

 

2023_07_19   『どうする家康紀行』 岡崎城

                       ―家康公ゆかりの城・古戦場を巡る―

 

《日ノ本を 束ねし公の 産声や 明るき世へと 響き渡れり》 和馬

   ―ひのもとの たばねしこうの うぶごえや あかるきよへと ひびきわたれりー

 

《屁をこきて 知らぬ存ぜぬ 夏の風 産声聴こゆ 龍ヶ城》      實久

   ―へをこきて しらぬぞんぜぬ なつのかぜ うぶごえきこゆ りゅうがじょう―

 

病床の若き友を連れ出し(写真参加)、家康公の足跡をたどる旅に出かけてきた。

第一回目は、家康誕生の城<岡崎城>を訪ねた。

詳しくは、ブログ『星の巡礼 どうする家康紀行』に続きます。

 

<関連ブログ> 2023『星の巡礼 どうする家康紀行』

https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2023/07/19/081125

 

                         

 

 

2023_07_19   エドクソウ(蠅毒草)

 

もののふの 小さきいのち 叫びおり 歴史に埋る 祈り悲しき》  實久 

   ―もののふの ちいさきいのち さけびおり れきしにうもる いのりかなしきー

 

長久手古戦場の薄暗き森のなかを散策していると、雑草に混じって<ハエドクソウ>の可憐な花が

ひっそりと咲いていた。

<蠅毒草・ハエドクソウ>、名前に似合わないそのキュートさに、「なぜこんな醜い名前がついたの?」

と聞いてみた。

子供のころ、蝿捕り紙が天井からぶら下がり、そのネバネバに蝿がくっついていた記憶がある。 

そう、そのネバネバに摺りこまれていた毒が、蠅毒草から採集されていたからだと教えてもらい納得した。

だが、<フライキャチャー>ぐらいのネーミングにして欲しかったなー。

古戦場で出会う花たちには、格別な思い入れがあり、古戦場に散った兵(つわもの)どもの化身のように

見えてくるのである。 相棒の義経Kazumaが一句詠んでくれた。

  

             

 

 

2023_07_20   ムラサキツユクサ<紫露草>の祈り

 

《儚さの 夢見る君や 露草の 無の風吹きて 祈り響きし》  實久

   ―はかなさの ゆめみるきみや つゆくさの むのかぜふきて いのりひびきし―

 

紫露草、なんと素敵なネーミングであろうか。

桶狭間の古戦場跡にひっそりと咲く可憐な花に出会った。

気品がみなぎり、可愛らしさを見せている。

ひと時の幸せを忍ばせているようで、祈りの切なさが伝わってきた。

刹那、無の風がわれわれの祈りのなかを吹き抜けていった。

毎日、次々と花を咲かすのだが、彼女たちは、一日で枯れてしまう運命にあるのだ。

まるで、古戦場で散っていった兵(つわもの)たちに出会ったようにである。

病床の若き仲間 牛若丸と共に、しばし彼女たちの祈りに耳を傾けた。

 

                           



■2023_07_21   クチナシの花に想う

 

《微笑みに やすらぎ匂ふ 梔子の 恵みのこの日 識る母の愛》  實久

   ―ほほえみに やすらぎにほふ くちなしの めぐみのこのひ しるははのあい―

 

今日はわたしにとって特別な日

この星を紹介してくれた母が誕生した日

117回目の山梔子が咲き乱れ、匂う日

彼女もこの星にやって来た

 

主を信じ、心豊かな人、

愛情の中に、厳しさをたたえた人

死んでも生き、いまを生きる人

彼女がこの星にやって来た日である

 

                           

 

 

■2023_07_22    落葉の独り言 ―掛川城公園でー

 

《貴族的 白塗り天主 雲霧の 遠江拠点 息吹おりしや》  實久 

   ―きぞくてき しろぬりてんしゅ くもきりの とうとおみきょてん いぶきおりしや―

 

山内一豊によって改修された掛川城は、本格木造天主閣として復元された東海の名城である。

周囲には、多くの桜の木が植えられ、市民の憩いの場である公園として提供されている。

掛川城外の木陰に舞い散った落葉に、約450年前の兵どもの姿を重ね、われわれ牛若と弁慶は、

耳を傾けてその言い伝え(伝説)に聞き入った。

武田軍の駿府館攻略により、掛川城に逃げ込んだ氏真を家康軍の攻撃から守ったのは、天主閣脇にある

井戸から立ち込めた霧であったと教えてくれた。

霧が城をすっぽりと覆い隠し、徳川軍は攻撃できなくなったという。

それ以来、掛川城は「雲霧城」とも呼ばれているという。

われわれは、落葉たちとの気の交感をして別れた。

 <掛川城今川氏真徳川家康攻防 1568(永禄11)  <家康 26歳>

https://shiganosato-goto.hatenablog.com/.../07/19/081125

 

 

 

 

■2023_07_27   ドクゼリの叫び

 

《うなだるる 城址の哀れ 時を越え 屍越えし ドクゼリの声》  和馬

   ―うなだるる じょうしのあわれ ときをこえ しかばねこえし どくぜりのこえ―

 

長篠城址の主郭があった広場を、草刈り機のエンジン音が満ちていた。

刈り忘れられた数本のドクゼリの花が、やれやれ助かったという顔を輝かせていた。

人の世も同じだなーと相棒の牛若が一句詠んでくれた。

 

                           

 

 

■2023_07_24   内気な半夏生

 

《人知れず 川辺賑わす 半夏生 出会い嬉しや はにかみおりて》  實久

   ―ひとしれず かわべにぎわす はんげしょう であいうれしや はにかみおりて―

 

掛川城より、浜松城へ向かう途中で、葉のつけねからでた穂状の突起にたくさんの控えめな白い粒花を

つけた半夏生に出会った。

梅雨明け宣言がなされるなか、水路にひっそりと葉を白く染め、日とともに緑に戻す<ハンゲショウ>が、

内気にたたずむ姿に心惹かれた。 

何か、自分たちに似ているねと写真参加中の病床の友と語りあったものである。

 

                           

 

 

■2023_07_25   紫御殿

 

《想い寄せ  祈り合いしや 共にいま パープルハート 結ばれおりし》  實久

   ―おもいよせ いのりあいしや ともにいま ぱーぷるはーと むすばれおりし―

 

優しい表情で話しかけてくれる小さな紫の花にここ三方ヶ原の公共墓地で出会った。

まさしく名の通り<パープルハート>の可憐さに心躍ったものだ。

帰宅して調べて分かったが、日本名は<紫御殿>というらしい、なぜだが分からないが、

少し侘しさに包まれた。

写真参加している病床の若き友にニックネームを付けてみたくなった。

牛若として参加しているが、<ダニーボーイ>、<西郷どん>、<星の王子様>、

<サッカークレージ>と若き友のイメージが広がった。

 

                           

 

 

■2023_07_26   宵待草の誘惑

 

《出会いしや 宵待ち草の 二俣城 兵どもの 鬨に包まる》  實久  

   ―であいしや よいまちぐさの ふたまたじょう つわものどもの とき(のこえ)につつまるー

 

二俣城址の広々した芝の広場にでる道すがら、はにかみながらこちらを見つめる黄色い宵待草に気づいた。

その姿に浴後の美人、竹久夢二の作詞作曲の「宵待草」のメロディーが、弁慶Saneの口から流れ出た。 

牛若Kazumaには、馴染みのない大正のメロディーである。

<待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草のやるせなさ 今宵は月も出ぬさうな>

弁慶には懐かしい青春歌である。

しかし、聴こえるセミの鳴き声が、兵(つわもの)どもの悲しい声となって、宵待草の気分をかき

消してしまった。

 

                           

 

 

■2023_08_27   向日葵 ―夏の日の思い出―

 

《河鹿鳴く ここ志賀の里 帰り来て 向日葵に見る 平和嬉しや》  實久

    ―かじかなく ここしがのさと かえりきて ひまわりにみる へいわうれしや―

 

暑さに耐えきれず、裸で自転車を駆って、ピレネー山脈を縦断する<カミーノ・デ・サンチャゴ800㎞>

走った日が懐かし。

今日も38℃を越えそうだ。比良の峰を見上げる向日葵も、ウクライナの戦火が治まることを祈って

いるようだ。 

われら家康追跡隊もしばし、志賀の里で休息をとっている。

 

                         

 

<関連ブログ>2003『星の巡礼・カミーノ・デ・サンチャゴ自転車巡礼800kmの旅日記』Ⅰ~12

          https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/15070410

 

 

■Facebook2023_07_27    ヤマゴボウの伝聞

 

《一斉に 火を噴く銃や 雷神か 消えし騎馬隊 この世失せしや》  實久

   ―いっせいに ひをふくじゅうや らいしんか きえしきばたい このようせしや―

 

設楽原(したらがはら)の戦場に立つ防馬柵の山側にヤマゴボウの実を見つけた。

彼らが設楽原の戦いを知っているとは思わないが、なにかの縁でこの古戦場を眺めているのである。

こちらは追跡者、常住のヤマゴボウさんに設楽原の戦いについて問いかけてみた。

以外にも、ヤマゴボウは言い伝えを聞かせてくれた。

信長の鉄砲隊は雷を落し、その轟音は天地を揺り動かし、勝頼軍は一瞬にして消えたと、

聞いているという。

 

                           

 

 

■2023_07_29 朝顔に迎えられ

 

《垣根超え 挨拶交わす 朝顔や かよいて嬉し こころ内かな》  實久      

   ―かきねこえ あいさつかわす あさがおや かよいつれし こころうちかな―

 

炎天下のもと、あえて古戦場跡に近い場所で車中泊をしながら、歴史の中に埋没してきた。

本当は、二人してテントを張りたかったが、今回の追跡ハイキング許可条件の一つに、

<年齢を考えろ>との約束があり、行動を律した。

出来る限り、古戦場の兵どもの鬨の声を聴きながら、タイムトンネルを潜りたかったからである。

無理して連れ出した写真参加の相棒 義経Kazumaも、汗して行動を共にしてくれた。

現在、病院にいるが、こころは古戦場を駈け巡り、攻防に汗したことであろうし、

天守からの景色を堪能してくれたと思う。

ましてや、狭い病床から、心だけでも広々とした古戦場に連れ出し、青空の下、のびのびと

駈け回って欲しかった。

これを一つの契機に、覚醒にいたることを切に祈るものである。

朝顔に迎えられ無事帰宅した。

 

                           

 

 

2023_07_30   再会の宵待草

 

《再会の 君美しき 微笑みに もののふの声 響き悲しや》   實久

    ―さいかいの きみうつくしき ほほえみに もののふのこえ ひびきかなしや―

 

家康追跡の旅1日目は、<小牧・長久手古戦場>で終えた。 

2日目の朝を迎え、木曽連峰からあがる太陽の恵みを受けながら、<犬山城>に向かった。

朝一番、犬山神社横の駐車場に車を止め、苔むす石段を上っていくと城門に着く。

開門には少し時間があり、散策をしていると、二俣城で出会った宵待草に再会した。

二俣城での非業の死を遂げた徳川信康(家康の嫡男)の怨念の祈りが聞こえてきそうであった。

  

                             

 

 

2023_07_31   覗き見の景色

 

《覗き見の こころ踊りし この世にて 見果てぬ夢や 心地よきかな》  實久

   ―のぞきみの こころおどりし このよにて みはてぬゆめや ここちよきかな―

 

今朝も、覗き見の一日が始まった。(笑い)

穴を通して、森羅万象を覗き見し、こころを通して宇宙のメッセージを覗き見する。

なんと素敵な一日の始まりであろうか。

覗き見の冒険それは、個の存在であり、今があるから覗き見が出来るのである。

人生をトンネルだと思えば、人生も宇宙も万華鏡のように変化自在にその姿が変わりゆく。

先の世界を想い描くのも、覗き見の醍醐味である。

今日もまた病床の若き仲間と共に、新たなトンネルの世界を覗いてみたい。

 

  

  

 

 

 

     『志賀の里 2023歳時記 短歌集』

            ーⅡー

                 に続く

 

 

 

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<関連ブログ>https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2023/12/26/215531

shiganosato-goto.hatenablog.com

 

 

 

 

 

2001『星の巡礼 イスラエル縦断の旅 1000km』Ⅱ

 

 

       『星の巡礼 ユーラシア・アフリカ二大陸踏破 38000km』

 

        イスラエル縦断 1000kmの旅》Ⅱ

                  ―後編― 

 

                 紀行文&スケッチ 

                       後藤實久

                           

 

 

■ 10月30日  エンゲディ ― クムラン渓谷トレッキング / 死海浮遊体験 

 


次なる目的地である死海に面した<エン・ゲディ>に向かうため、エルサレムの新

市街にあるセントラル・バス・ステーションにやって来た。

バス乗車にあたっての厳重な荷物検査と、身体検査でのイスラエル兵との冗談に、

空気が和んだ。

< Do you have a gun? > との尋問に、多分冗談で言ったものと思い、こちらも

冗談で< Yes, I have! >と答えたら大爆笑、一瞬その場の雰囲気が明るくなったも

のだ。

にこやかに手を振って無事通過させてくれた。

バスの正面ガラスは太い鉄格子で補強され、テロの襲撃に備えている。

Holon行のバスに乗り、エン・ゲディで途中下車する。 

エルサレム08;45発、バス#486, Gate 3で乗車する)

 

              

              

                     エインゲディの位置

 

 

バスは、死海の北端で右に折れて入植地クアレQUALEに立寄る。

ここは砂漠のオアシスのように草木が繁り、花が咲き乱れる別天地である。

しかし、よく観察するとこのオアシスはイスラエル軍の兵士によってガードされ、

装甲車に重機関銃を搭載し巡回していることに気づく。

ただ、イスラエルの人々が、このような死の谷底の岩がゴロゴロしている不毛の地

にも入植地を広げ、緑化に励んでいるという現実と、祖国再建にかける情熱と覚悟

に驚嘆するとともに、頭が下がるものである。

海抜下、マイナス400mにある死海エリアを進むバスに乗っていると、飛行機のよ

うに気圧の変化により耳鳴りがする。

このあたりには、原住民ベトウィンが羊を飼い、旧約聖書以来のような質素な小屋

や移動用テントに住んでいる。モロッコのベトウインや、チベットで出会った山岳

民族に似た生活風景である。

バスは死海沿いに、月のような死の道路を南下しているが、行き交う車がほとんど

ないことに気づく。死海の周辺は流れ込む川もなく、真水を確保する手段がないが

ため、入植地やベトウイン以外、人の住む村一つないのだから車の通行も少ないの

である。

 

 

<クムラン渓谷 ― 死海文書>

 

1947年、ベトウィンの少年が迷子の山羊を捜していたところ、クムラン渓谷の洞

穴のなかから土器の壺に入った羊皮に書かれた7つの巻物を発見した。

それらが旧約聖書のイザヤ書の完全写本や聖書関連古文書<死海文書・死海写本>で

あったことから世紀の大発見として注目された。

下の写真の真ん中の洞穴から巻物が発見されたといわれる。

 

特にユダヤ人にとっての驚きは、ユダヤ経典<タルムード>のテキストが、古代ヘブラ

語・ギリシャ語・アラム語で書かれていたことである。

このすべての装飾をこそげ取り去った赤土の岩石の山や、渓谷にこだまする乾いた

足音の先に、神に選ばれた民によって書き伝えられた証が残っていた。

誰が想像できようかこの極限の世界で、おのれを律して修行を積み、人に与えられた

使命を見つめ、乞い願った聖なる人たちがいたということを・・・想像を絶する旧約

の世界である。

向き合う大切さ、乞い願い求める信仰の強さを教えられた瞬間であった。

     

        

     

          エンゲディ・クムラン渓谷にあるクムラン教徒が住みついていた洞穴

                 ここから<死海文書・写本>が発見された

 

 

 

<エンゲディ・クムラン渓谷トレッキング    国立公園入域料 17NIS>

 

死海の西北部に広がる渓谷で、紀元前2世紀末ごろユダヤ教徒クムラン教団がこ

こクムラン渓谷の洞穴で禁欲的な修道生活を始めたという。

今日は一日、クムラン教徒の修養にひたりたいと、このクムラン渓谷を瞑想行脚

<経行・キンヒン>しながら、トレッキングすることにした。

 

ここエンゲディ・クムラン渓谷は、アメリカのグランドキャニオンのように見渡す

限り死の地であり、赤土でおおわれ荒涼としている。

このような荒れ地にも小鳥たちの鳴き声が響き、こころを豊かにしてくれる。

またカモシカが姿を見せ、生き物の姿を見ているだけで感動してしまうのである。

渓谷トレッキングの途中でランチをとった。パン・ジャム・バター・リンゴ・ヨー

グルト・バナナ・コーヒーと豪勢である。

ランチをとっていると、公園をパトロールしていた武装レンジャーのスーザン嬢が

声をかけてきた。

どのルートでここまで来たのかとの質問、ルートを説明すると、この奥に<ダビデ

の滝>があるので立寄って見てはと勧められた。

公園レンジャーは、トレッカーの指導と、管理と警備および保護にあたっているよう

である。

       

           

       

               ダビデ渓谷・ダビデの滝トレッキング・マップ

 

                  


                  ダビデ渓谷・ダビデの滝スケッチ

                   Sketched by Sanehisa Goto

 

 

ダビデの滝>

 

ダビデの滝には、仙人みたいな髭を生やした男二人が、裸になって滝に打たれなが

ら何かを唱えている様子、すぐにエルサレムの<嘆きの壁>の情景を思い出し、彼

らがトーラー(ユダヤ教律法・モーセ五書)を唱えている事に気づいた。

 

ダビデの滝は、約3000年前の旧約の時代、ダビデがサウル王から逃れ、身を隠し

ていたところである。サウル王が用足しのためある洞窟に入った時、そこに隠れて

いたダビデは、サウル王を殺すことなく、背後から王の着衣の一部をナイフで切り

取っていた。

サウル王が洞窟から出た時、ダビデも外に出て、自分がサウル王を殺すつもりなら

いくらでもそのチャンスがあったが、自分はサウル王に反逆する者ではないことを

話すのである。

このことによって、サウル王はダビデの忠実心を認め、ゆるすのである。

その後、サウルは戦いで亡くなり、跡を継いでダビデイスラエル王になった。

(なお、ダビデ王に関しては、旧約聖書詩編をお読みいただければ幸いである)

 

 

             

                       ダビデの滝

                 

この乾燥した岩山に水が流れているなど夢想だにしなかったので、はじめレンジャ

ーの言うことを信用していなかったのである。

岩の間から幾筋も溢れんばかりに流れ落ちているのだから驚きである。もちろん、

わたしも滝に入ってうたれ、まろやかで清らかな水を沢山いただいた。

仙人風男たちに<シャローム>と挨拶し、お邪魔したことを謝し、ダビデの滝を後

にして、死海に向かっておりた。

 

 

     

        グランドキャニオンのような赤土のクムラン渓谷の両断崖に洞穴がならぶ

    

     

                  クムラン渓谷より死海を背景に

              

 

     

        クムラン渓谷の一部には貴重な水の流れがあり、緑を目にすることが出来る

               この先に<ダビデの滝>がある

                 その流れは死海に注ぎ込み蒸発する

 

 

 

死海 - 浮遊体験    1.5US$>

 

クムラン渓谷トレッキングを終え、<エンゲディ・パブリック・ビーチ>へ直行、

死海での浮遊体験をするためである。

死海は、海面下398mにある世界で一番低地にある塩(水)湖である。

ゴラン高原に発し、ガリラヤ湖(淡水湖・海面下213m)にそそがれた流れは、ヨ

ルダン川を南下してここ死海に達する。

川水は、出口のない死海に溜まり、天日による蒸発によって塩分濃度の比重が大き

くなり(31.5%)、浮遊が可能となるのである。

死海の塩分濃度は普通の海水の10倍の濃度である。

死海の塩水が傷口や目に入ると痛いことこの上なく、炎症を起こすこともあるので

浮遊体験時にはスイムキャップをかぶり、水中眼鏡を着けることになった。

死海琥珀色の水を満たし、永遠の美しさを見せている。

 

ただここエンゲディ・パブリックビーチ(入場無料・シャワー/トイレ/ロッカー有

料)には美容に効くという泥はなく、泥売りおばさんから購入して泥パックを楽し

むことになる。

泥パック、温泉、プールを楽しむなら、パブリック・ビーチより南にある<エンゲ

ディ・スパ>を利用することをおすすめする。

 

死海での浮遊体験をしながら、遠くかすむ死海対岸北東に横たわる約束の地カナン

(ヨルダン)にあるモーゼ終焉の地ネボ山を拝し、目を閉じた。これから訪ねるモ

ーゼが十戒を授かったシナイ山や、ユダヤの民を連れ出したエジプト脱出の情景

を、空想の中にたどってみた。

   

    

     

              死海の泥パックに興じる観光客

 

     

         濃縮塩水から目を保護するためゴーグルをかけて死海の浮遊体験中

         

 

              死海の塩水で描いたスケッチ

                   Dead Sea/ 死海

                 Sketched by Sanehisa Goto

 

<▼10月30日 エンゲディ・ベト・サラ国際ユースホステル泊  46US$>                    

 

 

エンゲディ・インターナショナルYH>


エンゲディ・インターナショナルYH(ユースホステル)は、エンゲディ国立公園

入口や死海の浮遊体験のできるパブリック・ビーチ近くにある。

二食付き1泊、46US$(VISA払い)、朝食・夕食とも豪華である。YH周囲には飲

食店はなく、お世話になった。

 

この夜は、満月の夜で、死海に映る満月の長い月影が死海の上に横たわって幻想的

である。

フルムーンが死海に映え、わたしを宇宙へと導く。

エンヤの曲<Sheherd Moon>が魂に響く。

 

月を愛でていると、高校生男女240名がバスで乗り込んできた。満月にひたってい

るどころではない。彼らはディスコのバンドを囲んで歌い、踊りだした。それもボ

リュームいっぱいにして、人ひとりいない死海に向かってである。

やはり、ここでも高校生を守るため、機関銃を持った教師の陰を意識した

 

            エンゲディ・インターナショナルYHを背に

 

イスラエルの青少年育成に見るユースホステルの重要性を見ておきたい。

青少年を集団生活させ、ユダヤ教の聖地・聖人・歴史・タルムードや、イスラエル

の自然環境・地理・地政学・隣国との国境を学ばせ、パレスチナとの多くの共同統

治地区を見せ、全国に広がる入植地・キブツイスラエルの集散主義的協同組合)

での体験をさせることにより強健な体力づくりと愛国心向上と、旧約の歴史探究を

させることにあるようである。

 

その青少年育成のフィルドワークの中心として、学校生活の延長線上に、ユースホ

ステルを据えているようにうかがえる。

徴兵制をとるイスラエルは、自然の中をチームで出歩かせたり、チームで宿泊させ

たり、自分たちの計画で集団行動・労働をすることによりチームリーダを決めた

り、役割分担により人に役立つことや、助け合う精神を向上させることに重点を置

いているようである。

 

未来の国を背負う青少年の責任感とグループ連帯意識の向上に役立たせている。

まさにボーイスカウトのパトロール・システム(班制度)を実践しているといって

いい。

これらの青少年育成の運動を推進するため、先でも述べたが、ユダイズムやシオ

ニズムを支援する全世界の各種団体が設立運営され、各構成員は十分の一税のように、

全収入の10%~30%をイスラエルの国体維持のためや、青少年育成のため献金

送金する同胞が多いことも知られている。

 

アメリカ在住時のユダヤアメリカ人の友人や隣人もまた、イスラエルへの送金を

続けていたことを想い出したのである。

 

  

                     エンゲディの夕焼け


明日朝一番のバスで、イスラエル最南端の港町エイラットに向かう。

高校生たちの若いエネルギーの爆発で眠れそうもない。

でも、早く寝ないと・・・

 


<エンゲディ⇒エイラット> 

エルサレム始発バス#444は、エンゲディに45分遅れて到着し、エイラットに向か

って出発した。 (バス代 53NIS)

 


 

■ 10月31日~11月1日 <リゾート都市 エイラット>  快晴 35℃ 

 


エアコン付きのバスは、死海西岸沿いに、対岸ヨルダンの赤茶けた丘陵地帯を眺め

ながら南下する。

途中、エンボッケの街で15分間トイレ休憩、一応何でもそろう死海最南端のビッ

グオアシス(リゾート地)である。泥パックエステや大型ホテルが目に付く。

 

バスは、これより南に横たわる木一本ないネゲブ砂漠の東端を縦断し、エイラート

に着く。人が住めるような所ではない。

砂漠といってもデザート(砂)ではなく、この世から見捨てられたような荒れ地で

ある。途中、ただ一つの製塩の白い工場群に生きる光を見たような気がした。

このような荒れ地(砂漠)にも入植地(キブツ)があり、人工的な緑のオアシスが

目に飛び込んできて驚嘆させられるのである。

このような暗澹たる土地に、いかなる生産を計画しているのであろうか。

頭が下がる思いである。

神から与えられた地であるイスラエル建国に夢をかけるユダヤ人いや全世界のユダ

ヤ民族の情熱を見る思いである。

キブツの大ビニールハウス群には、エンドウ豆のような緑の野菜がすくすく育って

いる。

この月の砂漠のような荒れ地に緑の命が育っている姿は、感激の涙を誘うような感

動でもある。

神と人のコラボレーションをユダヤの地に見たのである。

ここネゲブ砂漠では、一本のペットボトルの水が命をつなぐすべてである。

水それは全生命の根源であり、水無くして生命は維持しえないことを知る。

 

日本人が、日本の自然の豊かさを実感できないでいることの哀しさ、むなしさ、感

謝の気持ちのなさに、おのれ自身憤りを感じて恥じ入ってしまった。

日本人は、なんと素晴らしい土地を与えられ、住みついているのだろうか。

安住の地にすむ民族には、砂漠に命与えられた民族の過酷な生活を想像すること、

理解することは到底無理であるような気がする。

ましてや、砂漠での血みどろな生存権をかけた民族闘争に、批判など出来るはずが

ないと云えるのではないだろうか。

 

ここネゲブ砂漠に生きる蝿は、人の汗という水分を含んだ分泌物に群がってくる。

追ってもおっても汗(塩分を含んだ水分)に吸いついてくる。その貪欲な生き方に

こそ、ここイスラエル建国の精神とともに、パレスチナ人による先祖の地を死守せん

とする意地を見る思いでもあった。

 

また、観光客への配慮も素晴らしい。荒涼とした砂漠の殺風景から観光客を癒すた

めであろうか、ラクダやダチョウの切り抜き看板が砂漠に立てられており、和ませ

てくれる。

牛やダチョウを飼っているエイラット近郊のキブツをみながら、バスは、エンゲデ

ィより丁度3時間、午前11:00に終点エイラット・バス・ステーションに到着した。

 

イスラエル最南端にあるエイラットは、リゾート地として一年中観光シーズンであ

り、多くの観光客を迎え入れている。

エイラットは、ソロモン王時代に交易港(現在のヨルダン領アカバ港)として栄

え、シバの女王を迎えた港として知られている。

旧約聖書に出てくるエイラットは、現在のヨルダン側にあるアカバを指し、エイラ

ットと名乗っている現在地はイスラエルの独立によって、荒野であった地に新しい

港湾都市をつくってエイラットと命名したという。

この時期(10月末)、エイラットはシーズンオフなのであろうか、ほとんどの店

が閉まっており、閑散としている。

そのような中、水着姿で日光浴を楽しんでいる観光客もいる。

 

ランチは、イスラエル縦断後に予定している南アフリカケープタウンに向かっての

アフリカ東海岸縦断に備え、栄養補給のため中華料理を「上海飯店」でとる。

眼前アカバ港、背景の赤茶けたサウジアラビアの岩山が琥珀色の紅海にマッチして

しい。

35℃、エイラットは暑い。ノースビーチで泳ぎ、小魚と挨拶を交わすシュノーケ

リングを楽しんだが、熱帯魚はおらず、サンゴにも出会わず残念。

ここ観光地に休暇で遊びに来ている青年兵士たちも機関銃を携行することが義務付け

られているようである。

イスラエル全土が、365日臨戦態勢である。

しかし、イスラエル人はみな陽気であり、生活をエンジョイしている様子である。

なんといっても幸せを感じ、緊張の中にも満足と自信に満ちた表情をしている。

 

一方、アラブ人やパレスチナ人は生活に追われているのであろう、働かざるを得な

いようである。両者は、支配者かどうかの立場の違いにも見えるが、パレスチナ

は4000年にわたって生活してきた祖父の地が遠き良き過去の時代になったことを

嘆き悲しんでいるように見えた。

 

ショッピングモールにも出かけてみた。エジプト国境に隣接しているので、イスラ

エル各地よりも厳重な手荷物・身体検査を受けての入店である。

モールには、多くのラフな服装の店員らしき若者が機関銃を肩にかけて仕事や接遇

サービスをしている。

 

ここエイラットでは、エジプト入国のためのビザ取得のため動き回った。

エイラットのエジプト領事館でビザ申請。9時申請すると、10時半には、直ちにビ

ザを発行してもらえた。(申請代72NIS)

エジプト領事館員の<HAVE A GOOD DAY, ENJOY EGYPT !>の一言に、エジ

プト・シナイ半島の旅の安全が約束された気分にさせられ、緊張が一瞬にして

失せた。

なぜなら、3年前の1997年11月、ナイル川にあるルクソールの遺跡で、多くの

日本人観光客がテロによる銃乱射に巻き込まれ犠牲(日本人10名を含む62名殺

害)となっていたからである。

 

     

         エイラット(イスラエル)よりアカバ(ヨルダン)へ陸続きの避暑地

       

      

              エイラットで紅海の太陽を浴びる        


イスラエルエイラート)と、ヨルダン(アカバ)国境にも中立地帯が横たわる。

 

                <ヨルダン・アカバ湾の街>

                  エイラートイスラエル)より

                    Sketched by Sanehisa Goto          

 


先日立寄ったヘブロンで、イスラエル兵とパレスチナ解放機構/PLO (イスラ

エルによって占領されているパレスチナのアラブ人の解放を目ざす武装組織)との

間に銃撃戦があり、両方に死傷者が出たとのニュースが流れた。

ユースホステルの中にも緊張感が走った。

両サイドとも和平を望んでいるのに、自分たちの愛する領土に対する確執から、対

立や紛争は尽きない。

両者絶対に譲れないところに、和平への解決の糸口が見つからないのである。

日本人の北方領土に対する無感覚と同じく<いいじゃないか>という諦めは、ここ

では通用しないということである。国を盗るか盗られるか、それは生存権の問題で

あり、相譲れないのである。

祖父伝来の、民族固有の土地は絶対に奪還するという強い意志があってこそ、祖国

愛に基づく祖国防衛が成立するのである。

祖国愛・祖国防衛の意識が両者にあるから悲劇であり、無情である。

今夜は満月である。ここからは4か国の満月が見られるのである。イスラレル・ヨ

ルダン・サウジアラビア・エジプトの満月をここエイラットで見ることが出来る。

エイラットはこれら4か国と国境を接しているからである。

 

     

                リゾート地であるエイラートの街を背景に

               ヨルダンとの国境アカバ方面より

 

これから、ネゲブ砂漠での夜間ラクダ―・ツアーに参加し、モーセ引率によるエジ

プト脱出後のイスラエルの民のシナイ半島彷徨40年間の苦労のわずかでも体験す

ることにした。

 

    <ネゲブ砂漠体験 夕暮ラクダ・ツアー 3時間コース 44US$  15:00~18:00>

              ―Camel Ranch in Wadi, Shlomo, Eilat― 

 

 

            

            キャメル・ランチ(ラクダツアー)社のパンフより

                  Sketched by Sanehisa Goto

 

 

アブラハムユダヤ民族の祖父)が棲み、モーセイスラエル民族エジプト脱出の

指導者)が歩き、預言者エリヤ(信仰の英雄の一人)が過ごしたネゲブ砂漠をラク

ダに揺られて巡るツアーに参加した。

ここネゲブ砂漠は、崖あり、岩石あり、土もあり、緑も少しはある。だから陰もあ

り、暑さをしのぐことも出来る。

ネゲブ砂漠での夕暮に、旧約の人々と同じく、粗食を口にし、焚火を見つめながら

感謝の祈りをささげるのである。

まだぬくもりが残る砂の上に一枚の粗末な布をひき、焚火の周りに寝そべって、

北極星を眺めながら質素な食事<豆スープ>を口にする。

迫りくる大宇宙におのれをまかせ、いついつまでも旧約(聖書)の創世記のなかで、

モーセに引率されながら巡り歩くのである。

 

 

         ネゲヴ砂漠でのラクダ・ツアーに参加し、旧約の砂漠世界を彷徨する

  モーセの引率でエジプト脱出したイスラエル人集団を運んだラクダの子孫と思うだけで心が躍る

          ラクダ・ツアーに参加し、モーセ率いるエジプト脱出を体験した

 

           

          砂漠でファイアー <神との対話・沈黙の時間>に酔う

          

        ネゲヴ砂漠モーセの世界にひたる <巨大渓谷 マクテシ・ラモン>

          

                <荒野に生きるネゲブ砂漠の住人ラクダ> 

        モーセ率いたエジプト脱出の放浪イスラエル人を運んだラクダの子孫たち

 

           アカバ湾越しに、サウジアラビア半島から昇る朝日

             エイラット(イスラエル)・紅海アカバ湾

 

       


<▼10月30日~11月1日 エイラット・ユースホステル泊   196NIS >

 

 

■11月2日 エイラット 3日目 快晴 朝風強く、寒い 

 


エイラットよりアカバ湾(紅海)越しにサウジアラビア半島の赤茶色の丘陵から昇

る朝日を拝したあとユースホステルに戻って、フィルドワークにやって来た高校生

(バス8台・約300人)の大集団とともに朝食をとった。

引率の先生は、腰に拳銃をぶら下げ、高校生の数人は肩に機関銃やライフル銃をか

け、仲間を守っている。いつ起こるかわからないテロに備えているのである。

 

シルバー年代(シニア)の海外からのボランティアについては先述したが、ここエ

イラットの早朝の道路を清掃している老人に出会った。もちろんTシャツには

<I SUPORT ISRAEL>のロゴが光っている。

柔和な顔に、喜びの表情が見て取れる。ポーランドからやって来たという。

彼が参加したボランティア制度によると、3か月をサイクルとして食事つきで、

200US$が支給され、ただ往復航空券は自分持ちだという。

      

 

<エジプト国境の街ターバーより、 ダハブ/シナイ山への巡礼基地へ向かう>

 

エイラットのイスラエル国境での国境警備隊による厳重な警備と出国審査を終え

たあと、エジプト国境での更なる厳しい入国審査が待ち構えている。

 

ここ国境から15分ほどのところにあるターバーのバスターミナルから出ている

ミニバス(トヨタ・ハイエース)で、モーセ十戒を授かったシナイ山への巡礼

基地であり、シナイ半島南東部にある観光地ダハブに向かった。

 

いよいよ、モーセ率いるイスラエル人のエジプト脱出時、40年間のほとんどを彷徨

したシナイ半島に足踏み入れるのである。

 

 

 

     

        シナイ半島エジプト国境 ターバー入国管理局-にかかるエジプト国旗

 

 

<ダハブ ― シナイ山巡礼基地・ダイビング基地>

 

ダハブは、エジプト・シナイ半島東岸、紅海アカバ湾に面したベトウインの住む砂

漠の村である。

また、ダイビング・スポットとして世界的に知られ、多くのヨーロッパの若者が集

っていた。ゆったりと流れる時間の中で、観光客もヤシの葉のコッテージに横たわ

り読書にふけっている。

 

イスラエルでは味わえない解放感と安心感がここにはある。

ランチは、キャンプに隣接する<モハメット・アリ・ホテル>のカフェテリアでツ

ナ・スパゲティとコークをいただく。

紅海の風は肌を撫で、まろやかなまどろみを誘う。

イスラエルのあの騒々しい緊張感はどこへ行ってしまったのだろうか。

 

しかし、平和に見えるダハブのあるシナイ半島(エジプト領)は、第二次中東戦争

(1956/スエズ運河をめぐる紛争)、第三次中東戦争(1967/アラブ連合軍のイスラ

エル侵攻に対し6日間でイスラエルは反撃し、ここシナイ半島ゴラン高原・ガザ

地区・東エルサレムを占拠)、第四次中東戦争(1974/第三次で占拠された各所を

奪還するためのアラブ側の起こした戦争でシナイ半島は国連多国籍軍の監視下に入

った)という三度の戦争を体験しているのである。

現在ですら、ダハブのあるシナイ半島は、シナイ半島駐留国連多国籍監視団のもと

にコントロールされている。

     

         避暑地ダハブに昇る紅海・アカバ湾の朝日(シナイ半島・エジプト)

                  対岸の陸影はアラビア半島

 


ここでもシュノーケリング、紅海の可愛い熱帯魚たちを息子からプレゼントされた

水中カメラ<Vivitar Water-Proof ViviCam 6200w>におさめた。

         

 

      世界的ダイビング・スポットである ダハブ(エジプトシナイ半島)で海に潜る

    

 

                紅海の熱帯魚やサンゴ達と出会う

 

 

<▼11月1日~11月2日 ダハブ  連泊  Mohamed Ali Camp

    「モハメド・アリ-・キャンプ」 1泊20US$ >

 

 

 

■ 11月2日  《シナイ山トレッキング 》 快晴 

 

 

シナイ山 聖なる日ノ出登山 ツァー代 30£E>

 

宿泊先である「モハメド・アリ-・キャンプ」 は、ダハブ市街東の海岸アサーラ

地区(ベトウイン村)で最も知られている広大な敷地と海岸をもつキャンプ場であ

り、避暑地としての設備(ダイビングセンター・ガーデンレストラン)や各種ツア

ーがととのっている。

このイスラエル縦断の旅で最も望んでいた地、モーセが神より授かった「十戒」の

地であるシナイ山や、聖カトリーナ修道院へのキャンプ企画のツアー(乗合トラッ

ク・現地自由行動)に参加した。

旅の疲れをとり、暑さの中での安眠をとるためにここでも贅沢だがエアコン付きの

一人部屋で体を休めることにした。

とくにキャンプ内にあるスーパーマーケットはバックパッカーにとってはうれしい

限りである。スーパーで買い込んだ焼きそばと白ご飯、サラダにコークを持込み、

豪華な夕食を楽しんだ。

ここダハブは、聖カトリーナ修道院への重要な入口拠点であり、十字軍や

エルサレム国によりシナイ山への道として確保されたベトウインの村落であった。

              

          

         モハメッド・アリ・キャンプで楽しんだ中華の夕べ (ダハブ) 

 


 

モーセゆかりの聖なる地・ シナイ山登山>

 

モハメッド・アリ・キャンプ企画のツアーのうち、キャンプと聖カトリーナ修道

院間の往復ツアー(現地での自由行動が条件)に参加、前夜よりヘッドライトを頼

りに巡礼団や観光客に混じって単独でシナイ山に登り、聖なる朝日を配するため、

山頂前の山小屋で仮眠をとった。

 

シナイ山頂では、日の出とともにモーセ十戒の石板を授かったシナイの山の不思

議なほど神々しい朝日を迎えた。わたしをはじめ、巡礼者である多くの老若男女が

溢れる涙を拭うことなくその瞬間に立ち会ったのである。

 

シナイ山への登山の入り口に聖カトリーナ修道院が建つ。  旧約聖書出エジプト

記」には、モーセシナイ山(神の山ホレブ)で燃える柴を見、その柴の間から神

の声を聴いたと記されている。

シナイ山麓に位置する聖カトリーナ修道院は、この「燃える柴」があったとされる

場所に建てられている正教会最古の修道院(ユネス世界遺産)である。

<参照:旧約聖書出エジプト記 20章3~17>

 

 

 

            シナイ山オーバーナイト・トレッキング

               モーセ十戒を授かったシナイ山に登る

                   Sketched by Sanehisa Goto

           

 

           

                    暗闇に浮かぶシナイ山     

      夜10時頃、聖カトリーナ修道院を出て、モーゼが十戒を授かったシナイ山へ向かう

               

 

     f:id:shiganosato-goto:20201221220603j:plain

              寒さを避けるため毛布を借り小屋で日の出を待つ

          

 

                 朝4時半ごろシナイ山の夜が明け始める

 


 夕方にモハメッド・アリ・キャンプ前を出発したツアー(乗合バス)は、聖カト

リーナ修道院に着くと、巡礼団や観光客はヘッドライトをたよりにそれぞれシナイ

山に向かうが、ラクダ道コースと近道の階段コースに分かれる。

階段コースは、3750段といわれ、結構疲れるので休憩を適時とることと、水・ラ

イト・防寒具・行動食を小型リュックに携行することをおすすめする。

聖カトリー修道院からシナイ登山は3時間ほどかかるので体調を整えておきたい。

 

階段コースをたどり標高2285mのシナイ山(別名ガバル・ムーサ)に着くが、途

中、時間調整と寒さを避けるため毛布(1枚5£E)を借り、山小屋で過ごすこと

になる。

 

ご来光を迎える前からシナイ山頂の小さなレンガ造りの礼拝堂を中心に、立錐の余

地のないほどに巡礼者であふれた。

狭い岩山の山頂に300人はいるだろうか、足の踏み場もなく、鈴なりである。

闇が明けゆく情景に息をのんでいるとモーセに語りかけたおなじ神の声が響いた

(ように)、荘厳な瞬間を迎えた。

ここシナイ山は、今から4000年前、モーセが神よりイスラエルの地を授かるため

の契約<十戒>を授かった場所である。

巡礼者をはじめ、多くの人びとは胸の前に手を合わせ、瞬きすることなくこの一瞬

の旧約の世界に溶け込み、聖なる感動にひたった。

 

                

          

          

             シナイ山頂よりモーセも見た日の出を仰ぐ
               

 

            シナイ山頂からの聖なるご来光(聖なる日ノ出)を拝する 

            シナイ山頂の聖なる日の出に立ち会い<モーセ十戒>をおもう            

 

     

            シナイ山頂の礼拝堂の周りで日の出を迎える巡礼者

 

        

          シナイ山頂でモーセも浴びたモルゲンロート<聖なる陽>にひたる

           

        

             シナイ山麓に建つ<聖カトリーナ修道院>に帰り着く

          

     

         ダハブのベドウイン村にある「モハメド・アリ-・キャンプ」に戻る

        

 

           

           ダハブ出立の朝、犬友シャルル君達の見送りを受けた

 

 


出エジプト記十戒   シナイ半島モーセの流浪>

 

モーセは、エジプトのファラオ・パロのもとで奴隷のように虐げられていたイスラ

エル(ヘブライユダヤ)人を救う使命を神から与えられ、約束の地カナン(ヨル

ダン川東岸)を目指してエジプトを脱出した時の指導者であり、引率者である。

旧約聖書の中で、エジプトを脱出し、シナイ半島を40年間放浪するイスラエル

民を導くモーセは、シナイ山にさしかかった時、苦しむモーセに「神に対して絶対

服従を誓うなら、その所有する全土をイスラエルに与える」 と神は語りかけ

る。

イスラエルの民が受け入れたこの絶対の服従が<十戒>である。

現在のイスラエル人もこのモーセの時代とよく似た第二の帰還を果たそうとしてい

るのである。モーセの40年というシナイ半島彷徨の末ではなく、約2000年間のデ

ィアスポラ(離散)という国を追われての国家再建である。イスラエル人の建国の

情熱と祈りは、モーセにも劣らない真剣なものであるように思えた。ユダヤ民族の

存亡をかけた戦いをしているといえる。

 

            

      

        Bible map <イスラエルのエジプトからの出エジプトとカナンへの入国>より

 


エジプトのラムセス①を出立した一行は、③海が割れた<葦の海>(現在のスエズ市・紅海スエズ湾か)を渡り、シナイ半島北側を横切り、カナンの地にあるネボ山⑮に直接向かわずに、シナイ半島を逆時計周りに南下し、シナイ山⑧で十戒を授かって北上、現在のエイラット⑪から40年間の放浪のあと、最終ヨルダン川東岸のカナンの地⑰に到着する

     

 

     

      映画<十戒> モーセに率いられて<葦の海>を渡るイスラエルの民(地図③)

 

 

<▼11月1~2日  ダハブ ― モハメッド・アリ-・キャンプ連泊  1泊20£E >

 

人間が住めそうもない過酷な環境に住みついて、その運命に甘んじている人間たち

がいる。それはベトウインの民である。

彼らは不毛の大地、照り付ける日光のもとラクダや羊など少数の生き物と共に生き

続けている。文明に取り残され(いや、文明を拒否し)、土に交じり合ってその生

命を全うするのである。

人は、人間として生を受けるが、自分の意志ではなく、その生まれる場所、時間、

時代、国、性別、両親でさえ決められて生まれてくるのである。

この世に生を受けた生き物は、誕生の環境的条件をどのように享受したらよいので

あろうか。

生命誕生と神の導きは一体であるように思えてならない。

選民としてのユダヤ民族もまた神の導きに従い苦難の道を歩んでいくのであろう。

神の示された道に従うベトウインとユダヤの民に違いはない、みな神の子である。

ダハブ出立の朝、仲良しの犬・シャルル君たちが見送ってくれたが、なかなか離れ

ようとしない。

しばらくの間、お互いの目を見つめあい別れを惜しんだ。

 

 

 

■ 11月3日 ダハブより終着地エジプト・カイロに向かう  

       (長距離バス65£E )

 

シナイ半島最南端の港町シャルム・イッシェーフ(シャルム・エル・シェイク)経

由カイロ行長距離バスは、岩山と砂漠をぬいながらの道を一日4便、55£E、途中

検問を数か所通過、所要約10時間のスエズ湾に沿って、モーセのシナイ放浪とは

逆のコース(時計回り)をスエズ運河東岸を北上する。

ただ、一部の区間と運河橋以外、バスからスエズ湾スエズ運河をほとんど見るこ

とはできないのが残念である。

シャルム・イッシェーフは、第2・3次中東戦争シナイ半島(エジプト)を占領

したイスラエルが開発した高級リゾート地として有名である。

 

 

     

         シナイ半島南端高級リゾート地<シャルム・イッシェーフ> 

       

     

             モーセ軍団が南下したシナイ半島西南部の車窓風景 

                <シャルム・イッシェーフ⇒スエズ間>

 

     

      スエズ運河東岸(シナイ半島)よりエジプト内陸部・アフリカ大陸方面を望む

 

途中、エジプト軍の統治下にあるシナイ半島では検問所でエジプト兵によるパスポ

ートチェックを何度も受ける。

バスの切符の検札も、検問所ごとに受けるが、検問所の兵士にイスラエル兵のよう

な緊張感はなく、ローカルな日常的な雰囲気が漂っている。

おそらく、イスラエルとエジプトではパレスチナに対するお互いの政治的距離感に

よるものと思われる。

 

スエズ湾に、スエズ運河通過前の貨物船がその通過順番待ちの群船団(グループ)

を形成し、壮観であると同時に、平和である長閑さをあらわしている。

一方、シナイ半島を北上中、ザトールという街のサービスエリアのTVで、

2001年当時、9:11アメリカ同時多発テロ事件を成功させたタリバンの指導者

オサマ・ビン・ラディンがジハード(聖戦)を叫んでいた。

今なお、中東は世界の火薬庫としてのプレゼンスを発しているようである。

 

 

 

シナイ半島イスラエル


イスラエルは、1948年の建国以来、シナイ半島中東戦争をとおして関わってき

ている。

なぜこのような人の住めないような砂漠地帯に攻め入り、占領と撤退を繰り返して

いるのであろうか。

国連平和維持軍の駐留によりイスラエルとエジプトは分離され、戦闘を中止

しているが、実際イスラエルシナイ半島占拠の理由はいくつかあるようである。

それは、シナイ半島に石油の埋蔵があること、広大なシナイ半島アラブ諸国との

緩衝地帯にしたいこと、紅海の航行の自由を確保すること、スエズ運河の支配権の

確保などが考えられる。

シナイ半島イスラエル占拠地には、すでに鉄塔を建て、電気柵を張り巡らせ、道

路をつけ、海水を飲料水に換え、ソーラパネルとパラボラアンテナを設置したキブ

ツ(集団農場)村を点在させている。

 

アフリカ・エジプトへのスエズ運河橋にさしかかったようである。

バスは検問所で停車、乗客全員が荷物をもって整列させられ、徹底した携行品点検で

ある。

そのあとバスは、この年2001年10月に日本の援助で開通したカンタラにある「ス

エズ運河橋」(エジプト‐日本友好橋)を渡ってアフリカ大陸に入り、カイロに到

着する。

 

スエズ運河橋―エジプト・日本友好橋>

従来フェリーでスエズ運河を往来していたが、日本のODA(無償資金協力)によ

りアジアとアフリカをつなぐスエズ運河橋が、この年(2001年10月)に<中東和

平の架け橋>として完成した。

この記念すべき真新しい運河橋を渡ってカイロに向かう日本人の一人となった。

     

     

       スエズ運河に架かる<エジプト・日本友好橋>(スエズ運河橋)を渡る (ODA)

    

            

         エジプト・日本友好橋(スエズ運河橋)の記念切手 (ODA)

 

 

旧約聖書出エジプト記に出てくるモーセ指導のもとでのイスラエル人エジプト脱

出、シナイ半島放浪の逆ルートをたどってエイラットよりシナイ山(神よりモーセ

が授かった十戒)に立寄り、今回の<イスラエル縦断の旅>ゴールのアフリカ・エ

ジプト・カイロに入った。

         

        約10時間に及ぶ砂漠走行のあと長距離バスは早朝カイロに到着した

        この地から、神の導きによりモーセ率いるイスラエルの民はエジプトを脱出した

 

<▼ 11月3~6日 カイロ・インターナショナル・ユースホステル  

         カイロ連泊  1泊25£E>

 

 

 

 

■11月4~6日 <カイロ滞在休息>  イスラエル縦断を終える 

 


ここエジプト・カイロは、今回のイスラエル縦断の旅の終着点であると共に、モー

セのエジプト脱出の出発点でもある。

エジプトは、モーセイスラエル人(びと)を親として生まれた地であり、イスラ

エルの民がカナンの地に向かって出立した地である。

詳しく言えば、モーセ率いるイスラム人(びと)が、エジプト脱出の出発地とした

のがラムセスである。ラムセスは、カイロから南へ車で30分の距離にある古都メ

ンフィスであった。 古代エジプト古王国時代の首都として栄えたが、今は荒廃し

た村が残っているだけである。

 


エジプトは、現在のイスラエルという国やイスラエル人(びと)が存在する基(も

とい)でもあるといってもいい。

 モーセの祖ヤコブと共にエジプトに移り住んだイスラエルユダヤ・レビ)の民

の子孫は、エジプトの地に満ち、その勢力は強くなった。

恐れたエジプト王パロは、彼らを監督し,重い労役を課し苦しめたが、それにまして

彼らはますます増え続けたので彼らの新生児の内、男の子はナイル川に投げ捨てる

ように命じる。

神は、ユダヤ(レビ・イスラエル)の民の新生児(ういご)を助ける印を教え、過

ぎ越すのである。エジプトびとの新生児はみな死に絶え、パロは主の怒りを恐れて

イスラエル人(びと)のエジプト脱出をモーセとアロンに許すのである。

 

モーセは、イスラエル人(びと)を引率して、シナイの砂漠地帯を南下し、シナイ

山で神との約束<十戒>の啓示を受け、その後40年の歳月(エジプト脱出の苦し

みを忘れないため)を経て、約束の地<カナン>に帰還するのである。

いまなお、ユダヤ教では聖書での神との約束に従って、これまたエジプト脱出の苦

しみを忘れないため<過越祭ー過ぎ越しの祭り>が続いてる。

 


旧約聖書出エジプト記によると、これらのイスラエル人(びと)は430年間エジ

プトに住み、モーセによってエジプト脱出をはかったイスラエル男子成人は60万

人であったと記されている。ほかにイスラエル人女子、子供に加えておびただしい

家畜類も一緒に脱出移動したとあるから、その集団の規模の大きさに驚かされる。

 


この脱出した大集団が、神より約束されたパレスチナにある<カナンの地>にたどり着

くのに40年間の放浪を経験している。

今回たどった逆ルートの砂漠地帯を彷徨し、帰還するのであるから、想像を絶する

民族大移動を成し遂げたといえる。

 


モーセの率いるエジプト脱出前後の詳細は、旧約聖書出エジプト記第11~14章

に出てくる。特に、過ぎ越しの祭りの意味や、なぜ目的地カナンへ直線的に短時間

で向かわなかったのかなどについて詳しく書かれている。

 


その子孫がいまディアスポラ(離散)後、約2000年近くの時を超えてイスラエ

ルに帰還し、再び国を再建しているのだから、歴史は繰り返されているといっても

過言ではない。

 

     

     

        イスラエル縦断最終地カイロ郊外のピラミットの前で旅の無事を祝う



     

      モーセ率いるイスラエルびとのエジプト脱出を見守ったであろうスフィンクスにも、

                 イスラエル縦断踏破を報告する

       

     

           エジプトの修学旅行生たちとピラミットの前で、

                  笑顔は平和のシンボルである

 

 

神との約束を守り続けるユダヤの民の波乱に満ちた苦難の地を歩いてきた。

旧約聖書の一字一句が、現代に続いている道として、いまなお生きいきと残されて

いた。

そこに住む人たちが、祈りに生き、神の言葉を信じて生活している風景は、力強

く、誠実である。

解釈の違いで、歴史の見方も異なり、すべてにおいて旧約の世界がいまなお現存

し、争いも継続しているようである。

現在の和平へのプロセスは、旧約聖書的ではないのかもしれない。

イスラエルパレスチナの関係を見ていると旧約の世界は、まだまだ続きそうである。

 

1993年のイスラエルPLOとの和平交渉である<オスロ合意>、イスラエルによるパレ

スチナ全土の占領下でのイスラエルのラビン首相とPLOパレスチナ解放機構)のアラ

ァト議長の間で交わされたのが<オスロ合意>である。

翌年の1994年、イスラエル占領地となったヨルダン川西岸地区は、ガザ地区共に「パ

レスチナ自治区」になった。

 

しかし、わたしがイスラエル縦断中の2001年当時も、ヨルダン川西岸地区は面積の半分

以上がイスラエルの軍事支配下に置かれ、常に厳しく監視されていた。 また、イスラエ

ルの入植地が拡大していた。

パレスチナ自治政府の完全な統治下にあったガザ地区への入域の厳しさに比べて、占領

ヨルダン川西岸地区へは、自由に入域でき、旅行を続けることができた。

かかる事情により、2001年当時のガザ地区への入域は禁止されていたことから、残念な

がら、パレスチナ人のガザ居住区の情勢や日常生活を垣間見ることが出来なかった。 

今回のイスラエルパレスチナ紛争で、ようやくガザの実情が世界に発信されたことに

なる。

 

旧約の世界のイスラエル人・パレスナ人の平和共存の時代に戻ることができるのであろ

うか。 いや、さらなる両者の離反、憎しみの連鎖が継続されるのであろうか、悲しい

ことだが、民族・宗教紛争の解決の糸口は見えていないと言っていい。

 

イスラエル縦断を終えるにあたって、パレスチナ側を見ておきたい。

 

自治を認められているヨルダン側西岸及びガザがイスラエル占領下にある現状では、

対等に二国間交渉などありえないと云える。  しかし、パレスチナは、父祖の地奪還を

目指しており、イスラエルとの対話が必要であることを痛感し、政治的解決の大切さを

学んでいるようである。 

ただ、歴史的に、宗教的に正当性を主張するイスラエルと、また経済的格差からくる不

平等は、その交渉を難しくしているように思える。

 

現在、パレスチナ・アラブ人を支援するイスラムアラブ諸国と、イスラエルとの関係

が悪化の一途をたどっているが、もともとパレスチナ人はアラブ・イスラムではなかっ

た。 旧約の時代から、パレスチナの地の征服者は目まぐるしく変わり、その征服者と

の混血がなされてきたと言っていい。 パレスチナ人は、イスラエル人のユダヤ的純血

主義と異なり、人種的純血性とは無縁である。 この純血性からしイスラエルは、パ

レスチナの地の盟主としての正当性を主張している。

このパレスチナの地や、パレスチナ人のあり方を変えたのは、7世紀のアラブによる征

服にあった、とパレスチナ研究者・D ギルモアは著書「パレスチナ人の歴史―奪われし

民の告発」で述べている。

この時、アラブ人は、預言者マホメットの教えを強いるとともに、彼らの行政組織・言

語・宗教を持込み、パレスチナ住民はこれらを全部受入れた。 

現在のパレスチナイスラムは、イスラエルユダヤと対峙していることになる。

 

モーセ率いるイスラエル人のエジプト脱出や、イエスが一生を過ごした砂漠の地を歩け

たことに感謝したい。

 

いつかパレスチナの地に平和が訪れることを切に祈りつつ<イスラエル縦断

1000kmの旅>を終えたい。

 

 

 

      

       この世で、苦しむ人々、病める人々の上に神の御手がありますように・・・

          そして、戦いのない日々が一日も早く訪れますように・・・

 

       2023年12月 聖誕日・クリスマスを前に、 志賀の里 孤庵にて

 


                        

         <星の巡礼 イスラエル縦断1000kmの旅> 

                  

                  

 

 

                         星の巡礼 ユーラシア・アフリカ二大陸踏破 38000kmの旅』

                  《ヨーロッパ周遊 11000kmの旅》

                   に続く

 

                 <現在作業中>

 

 

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