shiganosato-gotoの日記

星の巡礼者としてここ地球星での出会いを紹介しています。

中山道徒歩旅行39 <馬籠宿43 ⇒大井宿46>Ⅲ

2011『星の巡礼中山道てくてくラリー・550km徒歩旅行』
 
同志社ローバースカウト創立50年記念事業 てくてくラリー通信記録>
 
 (お詫び:ブログ新旧移行に伴う技術的問題により、広告・案内等の後、文書・写真を掲載いた
      します。ご了承ください
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
            
           1日目―3 <馬篭宿㊸ ⇒落合宿㊹ ⇒中津川宿㊺ ⇒大井宿㊻ 
       8.5km/6h    58


宿場入口に立つ<高札場跡>と<上街常夜灯>に迎えられ落合宿に入っていく。
 
 
<落合宿㊹>              日本橋より徒歩総距離472㎞ 地点
 
落合宿は、江戸板橋より44番目、美濃路の最東端にある美濃に入って最初の宿場であると
ともに、木曽路の険しい難所に入る前に身支度する総戸数75軒、旅籠14軒で成り立つ宿場で
ある。
また、落合宿は、中山道岐阜17宿の中で唯一本陣が残っており、往時の面影を残す貴重な
建物である。
また宿場には、枡形や石畳が当時のまま現存しており、中山道の風情を偲ぶことができ、
歴史の面影を見ることができる。

常夜灯に迎えられ落合宿に入っていくと、本陣跡、脇本陣跡の碑をへて、<与坂の立場跡>、
<子野の一里塚跡>の碑を抜けて、国道19号線を横切り、中津川宿へと向かう。



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歌川広重画 中山道 「木曽街道六十九次・落合」


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              落合宿 高札場の跡  
 
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                                   落合宿 上町常夜灯


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                   落合宿の町屋
 
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               落合宿脇本陣


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                    落合宿 本陣 
 
 
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                    落合宿の町屋

 
脇本陣跡を出て進むと、心臓破りと思われるような急な<与坂>を上る。

 

その先に日本橋より84/36㎞の<      子野の一里塚跡>と木曽御嶽講の開祖である
<覚明神社>と続く。


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              落合宿 木曽御嶽講の開祖である<覚明神社>  
 
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              落合宿 子野の一里塚跡(日本橋より84里)
 

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          落合宿 木曽御嶽講の開祖である<覚明神社>
 
 

 

国道19号線をまたぎ旧中山道を進むと      尾州白木改番所跡>、<芭蕉句碑>、<高札場/常夜灯>に迎えられ中津川宿に入っていく。

 

 

尾州白木改番所> 

 

尾州白木改番所とは、解説版を要約すると 「中山道には木曽から伐採した材木を監視する
尾州尾張藩)の番所が設けられ、尾張藩は領外への搬出を厳しく取り締まり、白木や「ひのき、
さわら、あすなろ、こうやまき、ねずこ」を始めとする木曽五木の出荷規制を行っていた。
白木とは桧(ひのき)など木の皮を削った木地のままの木材で、屋根板、天井板、桶板などに利用した。」とある。

 

 

 

芭蕉句碑>

 

《 山路来て 何や羅遊かし 寿み連草》  はせを

 

―やまじきて なにやらゆかし すみれそう―

 

 

 わたしも一句

 

《 木曽燕 雛落ち守る 三度笠 》  實久

 

―きそつばめ ひなおちまもる さんどがさ―


 

 
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                尾州白木改番所
 
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           芭蕉句碑《 山路来て 何や羅遊かし 寿み連草》