shiganosato-gotoの日記

星の巡礼者としてここ地球星での出会いを紹介しています。

中山道徒歩旅行47 <細久手宿48 ⇒ 伏見宿50>Ⅰ

2011『星の巡礼中山道てくてくラリー・550km徒歩旅行』
   <同志社ローバースカウト創立50年記念事業 てくてくラリー通信記録>


 24日目  中仙道 <細久手宿㊽ ⇒御嶽宿㊾ ⇒伏見宿  20km/9h>   511
 
(お詫び:ブログ新旧移行に伴う技術的問題により、広告・案内等の後、文書・写真を掲載します)


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
24日目  中仙道 <細久手宿㊽ ⇒御嶽宿㊾ ⇒伏見宿  20km/9h>   511
 
23日目の仮の宿であった琵琶峠の<天神辻の地蔵尊>横のバス停<天神>を、
いまだ雨降る早朝545分に出発し、<焼坂の馬頭様>にご挨拶をし、細久手宿に向かった。
 
     
昨日から続いている降雨は,今朝も飽きることなく降り続き、琵琶峠より下る坂は雨雲にすっぽり覆われ、いまなお暗い帳に閉ざされている。
 
<一つ尾辻の地蔵尊>、<弁財天の池>の横を下り、  江戸から92里(約368km)          <奥之田の一里塚>達する。
 
雨に濡れた雑木林の中を行く旧中山道は、そこを行きかう古の旅人の息遣いが聞こえてくるようである。


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天神辻の地蔵尊横のバス停「天神」を出発
 
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<奥之田の一里塚>江戸から92里(約368km)


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本陣跡であり、現在も営業を継続している<大黒屋>


本陣跡であり、現在も営業を継続している<大黒屋>に迎えられ、いつの間にか、細久手の宿場に入ったようである。



 細久手宿㊽>      日本橋より徒歩総距離 544km (立寄り地を含む)
 
 
細久手宿は、すでに立ち寄った東隣りの大湫宿(おおくてしゅく)と、これから訪れる西隣りの御嶽宿
(みたけしゅく)の両宿間は18km(4里半)と長く、両宿の人馬や旅人が難渋したため、慶長11(1606)年に間の宿としての性格を持った宿場として設けられた。
 
 
細久手宿尾張藩領で、総戸数65軒、旅籠24軒、日本橋から中山道48番目の山間の宿場である。
脇本陣跡>を過ぎ、<津島神社>前を進むと、<秋葉坂三尊>に迎えられ、秋葉坂ハイキングコースに入っていく。
 
坂の途中に<鴨之巣の一里塚跡>があり、江戸より93里(約372km)の地点を通過して、急な坂を下り、<渚之木坂>上ったりして、馬の水飲み場のあった<物見峠>に達する。


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物見峠に向かう 
 
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謡坂(うたうざか)を下ってくる
         

謡坂(うたうざか)から続く、旧中山道 <牛の鼻欠け坂>を下ると国道21号線に合流する。
国道19号線から入った旧中山道(県道65)、ようやく過酷な山道から脱出できそうであるが、
国道21号線は止むことなく降り続く激しい雨が弥次喜多を襲ってきた。
 

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国道21号線も激しい雨
 
 
峠からつづく<謡坂>(うとうざか)には、旅人の喉を潤したであろう<一飲の清水>や、
付近の隠れキリシタンが拝んだであろう<マリア観音>が祀られた寺があったりと、
<謡坂の石畳>の歴史の声に聞き耳を立てながら、急な下りを<牛の鼻欠け坂>めかけて
駆け下りていくと、国道21号線との合流地点に、この地で病死した<          和泉式部の墓>に出る。
 
平安時代に生まれ、恋多き女性として知られる和泉式部の辞世の句を紹介しておこう。

《 あらざらむ この世のほかの思ひ出に いまひとたびの 逢ふこともがな 》 和泉式部


   
私はまもなくこの世から去ってゆきます。この世の思い出として、もう一度だけぜひあなたに

 お逢いしとうございます。)
 
 
 この国道21号線は、都(京のみやこ)の優雅できらびやかな匂いを直接運んでくれる大動脈
である。
 大雨のなか、式部の情熱でカッパの中を蒸らしながら、懐かしき京の都を思い描いた。
 
21号線は、米原で国道8号線につながり、草津で国道1号線である東海道と合流して、中山道最終地点である京都の三条大橋へと続くのである。

 
ようやく京都三条大橋が我々の想定内の範囲に入ったのであるから弥次喜多としては、嬉しさを隠しきれずにいる。

 ここ国道21号線と旧中山道の合流点は、われわれを中山道踏破成功の入り口に立たせてくれ
 たのである。
 
さあ、京都三条大橋へと急ごう。


                                         

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                     和泉式部の墓
 
 
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               和泉式部の墓