shiganosato-gotoの日記

星の巡礼者としてここ地球星での出会いを紹介しています。

中山道徒歩旅行47 <細久手宿48 ⇒ 伏見宿50>

2011『星の巡礼中山道てくてくラリー・550km徒歩旅行』
   <同志社ローバースカウト創立50年記念事業 てくてくラリー通信記録>
 
 
 
国道との合流するところにあるコンビニ<サークルK>に飛び込んで、冷えた体に熱いコーヒーを
流し込んだ。
いまだ大雨は、中山道に降り注いでいる。 
西にそびえるはずの<御嶽富士>」はその姿を雨雲に隠してしまっている。
この先で国道と別れ左に入っていくと、<御嶽宿㊾>である。
 
 
御嶽宿㊾>       日本橋から徒歩総距離 590㎞ (立寄り地含む)
 
 
御嶽宿は、願興寺の門前町として発達した総戸数66軒、旅籠28軒、江戸から49番目の宿場である。


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歌川広重画 中山道 「木曽街道六十九次・御嶽」
 
 
広重の<木曽街道浮世絵・御嶽>に彫られているこの時代の<きちん宿>は、薪代のみを支払い
食事は自炊する簡易な宿泊施設であったという。

炊事用の鍋を囲炉裏にかけ、旅の疲れを癒しながら旅での出来事や、情報を交えながら談笑する
旅人たちの話し声が聞こえてきそうである。

この浮世絵のなかに描かれている<きちん宿>は、先に通ってきた<謡坂>(うとうざか)辺り
ではないかと推測されている。
 
昼食をいただくために<道の駅 三岳>立ち寄り、水補給の後、ご無沙汰している温泉につかるため鬼岩温泉に向かった。
 
 
 <鬼岩温泉 湯元館 日帰り湯>  920円 天然希少ラジウム温泉
              岐阜県瑞浪市日吉町9499-13   0120515137
 
 
御嵩宿を貫く国道21号線を東へ6㎞ほどのところに            鬼岩温泉 湯元館 日帰り湯>がある。
われわれ弥次喜多は、雨で冷えた体を温め、疲れと垢を落とすため温泉につかることにした。


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国道21号線沿いにある鬼岩温泉 湯元館で冷えた体を温める。


そのあと、御嶽宿門前町としての街づくりの中心であった<願興寺>に寄ったあと、再度国道21号線に
出て、<鬼の首塚>と、<比衣の一里塚跡>(江戸から96里・約384/京へ39里・約156㎞)を経て、
伏見宿>に入っていく。


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鬼の首塚
 
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 比衣の一里塚跡(江戸から96里)
 

<▲24日目の露営地   伏見宿  大雨のため一本松公園の東屋の軒下でテント泊>
                  5月11日の夜
 
昨日につづいて雨天。冷え切った体を鬼岩温泉の湯元館で温めたおかげで、今夜の露営地である
伏見宿の一本松公園に張ったテントの中が心地よく感じられる。昨晩の風雨との戦いで疲れた体は、
よく眠ってくれそうである。
 
今回の中山道てくてくラリーで、われわれは弥次喜多というペアーを組み中山道踏破に挑んでいるのであるが、
ここ伏見宿十返舎一九原作の『木曽街道続膝栗毛』の主人公である本物の弥次喜多に出会ったのだから愉快で
ある。
 
本物の弥次喜多がここ伏見宿でどんな過ごし方をして楽しんだのか、後ほど紹介したい。
 
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一本松公園にある東屋の軒下で露営

 

《 この度の『中山道てくてくラリー』では田中祥介氏と後藤が弥次喜多を演じているが、
  作者  十返舎一九は原作の『木曽街道続膝栗毛』で、弥次さん喜多さんがここ伏見宿に泊まる
  設定になっている。
  話の中では、加納宿を出た二人は旅籠の女将から伏見宿の山本屋主人宛てに預かったラブレターを意地悪く
  主人ではなく女将さんに渡した。
  すると読んだ女将が主人と喧嘩をはじめ、主人の額にできたタンコブを食いちぎってしまった。
  近所の人も集まり、どんどん騒ぎが大きくなると、身重だった女将が産気付き『オギャー』と赤子が生まれ、
  医者の雲竹が食いちぎられたタンコブも上手く縫い合わせ、一件落着。
 
  この様子を弥次さん喜多さんは大笑いして見ていたそうな。
 
  こんな話をしながら雨のなかを現代の弥次喜多は泣き笑いしながら中山道細久手宿
  今朝5時45分にスタート、峠越えをして御嵩宿へ、予定の伏見宿には午後4時半に到着した。
 
  現在の伏見宿で、中山道は国道21号線と合流する。
  みな何を急いでいるのか車が激しく行き交う。
 
  われわれ弥次喜多は取り残こされた人種かもしれぬ、いや邪魔者かも。
  今の人々はノンビリしていると夢や希望を逃してしまうと思い、急いでいるのだろうか・・・
  と寝る前にふと考えてしまった。
 
  今日も中山道は雨だった。
 
  距離は20キロ、9時間の雨の中の行程だった。
  明日(5月12日)はできれば伏見宿、太田宿を経て鵜沼宿まで20キロを歩きたい。
  明日もまた雨のようだ。
 
  おやすみ。現代の弥次喜多こと祥介&實久 》

 日本のながい歴史にも、幾多の悲しい出来事があったことは確かである。
 しかし、日本人の特性として平和を愛し、安定を切望する一貫した希求は、
一般市民の真心と笑いのなかに生き続けていることも確かである。

 このような素晴らしい人間性を育んできたこの国に残る英知を捨て去ることなく、
われわれ一人一人の日常の生活に取り入れ、大切に残していきたいものである。
 
先に出会った和泉式部(いずみのしきぶ)の情熱的な和歌や、十返舎一九の『木曽街道続膝栗毛』で
繰り広げる弥次喜多の笑いのなかに平和を愛する日本人の姿を垣間見ることができることに、
なにか安心感を覚える。


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木曽街道膝栗毛
 
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十返舎一九作『木曽街道続膝栗毛』 の主人公弥次さん喜多さん
京都三条大橋西端南側 2016/5/23東海道53次出発時)