shiganosato-gotoの日記

星の巡礼者としてここ地球星での出会いを紹介しています。

中山道徒歩旅行56 <美江寺宿55⇒関ケ原宿 58>Ⅴ

2011『星の巡礼中山道てくてくラリー・550km徒歩旅行』 58
 
 
28日目―⑥  中山道てくてくラリー 
          <美江寺宿55 ⇒赤坂宿56 ⇒垂井宿57 関ヶ原宿58 > 
           20.0km/11h    5月15日

 
 
<▲28日目露営地  戦場・関ケ原決戦の地の畦道でテント泊 > ①    5月15日夜


イメージ 1
              28日目露営地 関ケ原合戦の激戦地に設営


     蛙が落日とともに勢いよく鳴きだした。
 
  水田には水が入り、田植が終わっている。
 
  この子たちが頭を垂れるほど稲穂をつけるのだ。
 
 
 
  今晩の設営は、喜多さんであるショウスケの提案で田んぼの畦道にした。
  ここは関ヶ原の戦いで東西が激突した中心地点である。 
 
 
  300M先には石田三成が陣をひいた笹尾山が見える。
 
  今晩は蛙の大合唱が亡き兵士(つわもの)どもの鬨(とき)の声として聞こえてきそうだ。
 
 
 
  その関ヶ原の戦いに勝ち、三百年と言う太平の世の基礎を築いた徳川家康は、中山道をはじめ
  五街道を整備した。
 
  その中の『一里塚の設置』は今回の中山道てくてくラリーで大変重要な役割を果たしてくれた。
 
 
 
  たとえば近くを見てみると、垂井の一里塚(江戸日本橋より112里・約448km)、ここ関ヶ原の一里塚
  (113里・452km)、今須の一里塚(114里・456km)となり、一里に約4kmをかけるとたちまちに、
  日本橋より現在地までの距離が算出できる画期的な仕組みであった。
 
 
 
  ほかに関心したのは、高札場に掟を掲げて庶民をコントロールした幕府の知恵や、地元の有力者を
  上手に使った庄屋制、本陣、脇本陣制など江戸時代の宿場制度を研究したら面白いと思う。
 
  それは物流、戦術、人身掌握、道徳倫理教育、独占寡占、値段決定、商圏、情報管理収集、軍事作戦
  関所による移動監視、手形による入出国コントロールなど研究テーマにことかかない。
 
  『宿場制度復活による観光立国宣言』など立派な研究論文になる。
 
  先にヒマラヤの観光小国ブータンを旅行したが、この宿場制度を上手に取り入れて成功させている
  国であるといえる。
 
 
   関ヶ原の寒暖の差は大きく、体には気を付けるようにと小島氏(愛車ワイルドローバー号の
  後輪パンク寸前にサイクルショップをご紹介いただいた地元のサイクリスト)よりご丁寧なメールを
  いただいた。
 
  感謝である。重ね着をしたい。

  ひょっとしたら満天の星を観察できるかもしれない。
  流れ星、天の川、カシオペア、オリオン、北極星など。
  星たちが呼んでいる。
  眠れそうにない。
  今夜はショウスケ(喜多さん)と夜明かしだ。

  本日は美江寺宿を5時スタート、赤坂宿、垂井宿を経て関ヶ原の戦場跡の露営地に
  最終4時23分に到着。
  20km11時間30分の行程であった。
  天気晴れ、紫外線強く顔、手足が赤く日焼けしてきた。

  風がいい、もうすぐ琵琶湖だ。
 
 
 
 
      

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     につづく