shiganosato-gotoの日記

星の巡礼者としてここ地球星での出会いを紹介しています。

中山道徒歩旅行77 <守山宿67⇒大津宿69>Ⅴ

2011『星の巡礼中山道てくてくラリー・550km徒歩旅行』 78
 
 
●33日目⑤  中山道てくてくラリー  
           
            <守山宿67 草津宿68 大津宿69
                                    21km/9h    520 


 

<義仲寺>と<露国皇太子遭難地碑>についての案内は、今宵の露営地からの本部への報告の中で

 行うこととして、テント設営予定の長等公園に急ぐことにする。

 

 露国皇太子遭難之地の碑から、京阪電車京津線の走る<札ノ辻>に出て、西へ向かうと<大津日赤病院>

 があり、その後ろの小高い山が最後の夜お世話になる<長等公園>である。


今夜は、弥次喜多にとって「中山道てくてくラリー」最後の野営であり、ここ<大津宿長等公園>は最終

露営地である。


無事に旅を終えられることに感謝し、東北大震災の被災地に心を寄せて最後の夜を静かに迎えたいと思う。



イメージ 1
 中山道てくてくラリー最終露営に感謝
    大津市長等公園にて

 

▲33日目露営地  大津宿 大津日赤近くの長等公園にて>  

             520中山道てくてく最後の夜

 

《 朝日をバックにした近江富士(三上山)の幻想的なシルエットに声を失うほどであった。
   
夜露に濡れたテント(外面)は、なぜか必ず内壁がべっとりと濡れている。

 

    ゴアテックスであるにもかかわらずだ。もちろんスリーピングバックもベタベタして

   気持ちが悪い。

   出発を少し遅らせ、時間をかけて干すことにした。 

 

   今日の大津宿に興味を持っている。

 

    一つはライフワークにしている『大津事件』であり、

   二つ目は芭蕉の墓がある義仲寺である。

 



<ロシア皇太子と大津事件

 

  添付した写真は『此付近露国皇太子遭難之地』である。

 

   だいぶ酔ってきた。最後の夜となるので、設営を待ちきれず祥介君と互いを激励する

 

   パーティーにはいった。

 

   『玉の光』純米吟醸酒一合瓶がみるまに空となり、酔ってしまったようだ。

 (約2時間寝たようだ)

 

   さて、ロシア皇太子の件だが、1891511日ニコラスアンドロブィッチ一行は,

   琵琶湖遊覧のため大津訪問中(後のロシア皇帝ニコライ二世、ロシア革命で処刑された)

   遊覧のあと滋賀県庁で昼食を終え京都への帰途についた午後1時30分、警護にあたって

   いた津田三蔵巡査が突然抜剣して切り付けた事件をいう。

 

   少し解説を加えると、当時のロシアは一流大国であり、日本は三流劣等国、だいたい

   お分かりであろうが、日本としては大変な事態を招いたわけだ。

   首相は辞任、何度もお詫びの使者をつかわす。

   しかしロシア側は相手にせず帰国してしまう。

   すなわちロシア皇太子は大君として振る舞ったわけだ。

 

   日露戦争、ロシア赤軍革命と歴史に翻弄され処刑され、最後のロシア皇帝となった悲劇の

   人である。

   この大津事件は夜明け前の日本とロシア帝政の関係を知る上で貴重な事件であった

   といえる。



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                此付近露国皇太子遭難之地碑


 

芭蕉と義仲寺>

 

つぎに俳句初心者として芭蕉はお師匠さんである。あの流れるような五七五、魅力的な

言い回し、的確な描写、いままで誰も彼を越えられずにいる。あの『~の~や~かな』は

 彼の専売特許のようなものだ。

 

芭蕉は余程に義仲(ぎちゅう)寺が好きだったようで、それは義仲(よしなか)の

生き方に同情していたということと、当時の義仲寺は琵琶湖の湖岸に面した自然豊かな

 地であったことが古地図でわかる。(永年にわたる埋立により湖岸が遠退いたようだ)

 
以上の二件、大津事件と義仲寺については、また機会があれば述べたい。

 

義仲寺にある芭蕉句碑を紹介しておきたい。

『五月雨に 隠れぬものや 瀬田の橋』     芭蕉

『行く春や 近江の人と 惜しみける』            芭蕉

『古池や 蛙(かわず)飛び込む 水の音』   芭蕉

『旅に病んで 夢は枯れ野を かけ廻る』    芭蕉辞世の句



               

             
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                 芭蕉が愛してやまなかった木曽義仲の墓(義仲寺)
 
横で祥介君が『早く寝ないとあした大変だぞ~』って。
おやすみ。
中山道最後の69番目の宿場、大津宿の長等公園の設営地にて。
では、あすお目にかかりましょう。

 

 弥次喜多こと 後藤實久&田中祥介 》 

 

 

 

東北大震災の被災地・被災者への声援と祈りの旅も明日無事終えられることに

 感謝である。

 

 

 につづく