shiganosato-gotoの日記

星の巡礼者としてここ地球星での出会いを紹介しています。

中山道徒歩旅行79 <大津宿69⇒京都三条大橋・最終地>

2011『星の巡礼中山道てくてくラリー・550km徒歩旅行』 80
 
 
 
34日目(最終日)  中山道てくてくラリー  
                 
                   <大津宿69・長等公園 ⇒ 京三条大橋・最終地>
                                                          15km/6h    521 

 
また、大津港から<逢坂の関>を越え京に向かって、旧東海道には荷馬車のための便宜・配慮として石畳みが敷かれていた。逢坂山の関跡には、二本の轍の溝が認められる石畳みが展示されている。
 

イメージ 1
車石に使われた荷馬車の木製車輪
 
 
 
<伏見六ぢざうみち>道標 と 井戸水
 
京都に入る際の厄除けの場所であった山科六地蔵        徳林庵の六角堂の西南角に旧東海道に面して道標<南無地蔵O>が建つ。側面には<伏見六ぢざうみち>とあり、伏見六地蔵方面への分岐であることがわかる。
ここは、東海道中山道を行き交う旅人に井戸水を供した御休み処であり、京へ入る前の厄除け、見繕いのための御休所でもあったようである。
 

イメージ 3
徳林庵の六角堂にある南無地蔵O碑と井戸
 
イメージ 4
<伏見六ぢざうみち>への分岐
 
 
<五条別れ道標>

 
出迎えの村田氏とわれわれ弥次喜多は、<五条別れ>の分岐で、道標<右 三条通>に従って西へ向かって歩き
続けている。
 
この道を進めば多くの仲間が待ち受ける京都三条大橋に着くのである。
 
目の前には京の山、東山がその優しい山姿を横たえ、われわれを優しく迎えてくれているではないか。
 
「ヤッホー帰ってきたよ!」

イメージ 5
可愛い地蔵尊に迎えられ京都に入る
 
イメージ 6
五条別れの三条通りを西へ向かう
 
 
<東山を越えると、そこは京である>
 
 東山の隘路である日ノ岡から蹴上を越えると、京の都に入る。
 
ここには、大津港からの荷駄を運んだ運搬車に米俵を積んだ当時の情景を復元している。
 
石の表面に轍道をつけた古い車石も展示されている。
 
ここは、京阪電車京津線が走っていたところで、地下鉄化によって廃線となり、モニュメント広場として利用されている。
 
小中学生の頃には、電車に乗って蹴上を上りながら曲がり込んでいく軋む車輪の音を楽しみながら大津の柳ケ瀬近江舞子、遠くは白髭水泳場まで、浜大津江若鉄道に乗り換えて、胸を躍らせて水泳場に向かったものである。
 
今はもう、あの昔懐かしい電車に乗ってわくわくした少年の思い出は遠くへ行ってしまったようで寂しい限りである。
 
蹴上にあった都ホテルもいまはない。
 
時は流れるものである。
 そして、人の想いも朧になり、記憶は美しく飾られて心の引出しにしまわれるのである。

イメージ 7
蹴上にある古き陸送の展示モニュメント広場
 
          
 
蹴上を疎水沿いに下ると平安神宮である。
 
仲間の待つ到着式に出席するため着衣を正し、指定時間を待った。
 
到着式は、三条大橋の下、鴨川の河川敷で15時より行なわれるという。
 
 
 
同志社ローバースカウト創立50年記念<中山道てくてくラリー>の到着式をもって
 
われわれ弥次喜多の立寄り先を含めた中山道踏破総距離897㎞の珍道中は終わるのである。
 
なお、日本橋三条大橋間の中山道標準距離は550㎞であるから、いかに弥次喜多が好奇心を持って、活動的に動き回ったかがわかる。
 
 
 
中山道てくてくラリーを終えるにあたって、ご支援いただいた多くの方々、スタッフの一人一人に感謝の気持ちを伝えたい。

 
みなさんのお陰で我々は、無事帰着の任を果たしたことをここに報告するものである。   弥次喜多


-------------------------------------------------------------------------------------

 
 
中山道てくてくラリー到着式を迎えて>
 
 
 
《 美しい浅緑に囲まれた大津宿にある長等公園には木漏れ陽がさんさんと射し込んでいる。
  
とうとう「中仙道てくてくラリー」も最終日を迎えたのだ。

         小鳥たちや谷間のせせらぎも祝ってくれているかのようににぎやか
         天気よし、体調よし。
 
          830分最終露営地・大津宿にある長等公園を出発、ゴール地点・京都三条大橋をめざす。     
          逢坂山の守護神『蝉丸神社下社』を詣で、道中の無事を報告。

   『これやこの ゆくもかえるも わかれては 知るも知らぬも 逢坂の関』  
 
(関蝉丸―百人一首の盲目の歌人


   『花濃以呂は 宇つりにけり いたづらに わが身世にふる ながめせしまに』  

 
                  (小町塚―小野小町の歌碑)

 
  わたしも一句、


      『弥次喜多の 熱き想いを 背負いつつ 越えし逢坂 京に入るらん』   實久

      『半世紀  ながれしときや よみがえり  熱き血潮に 青春やどる』     實久

          9
時半ごろ、逢坂の関跡で「てくてくラリー」村田支援本部長の出迎えをうけ、

 
 
 大津宿より京都三条大橋まで弥次喜多と一緒に歩くこととなった。
 

 逢坂を下ると左手に苔むした涼寂の寺、走井の庭園で有名な月心寺がある。


   『走井の かけひの水の すずしさに 越えもやられず 逢坂の関』    清原元輔

 語らいつつ平安神宮で休憩、安堵からか京がまぶしい。 

     
   いよいよ凱旋だ。
 

 
   <三条大橋到着セレモニー>
 
 
 

315分 写真担当・高間氏の先導で弥次喜多は夢にまで見た三条大橋を渡る。
到着式会場である河川敷には到着式プロデューサー梅田氏と小山女史の掲げる

 
 歓迎横断幕がかかげられている。
 
 
 その前にはられたフィニッシュ・テープを弥次喜多コンビ、後藤と田中祥が大きな拍手に迎えられ、
 
 同時に切った。

 
弥次さんと 夫人のおす車いすに座った喜多さんの両名に 西村OGOB会副会長から花束を贈られ、
 

 一段と拍手が高まる。
 

 
その中に、『やった! よくやった! うん、うん』と固い握手をかわした篠田OGOB会長。
 
前日の大津宿・浜大津に夫婦で出迎えてくれた田中OGOB会幹事長夫妻。
     
          変わらない声援を送ってくれた上嶋氏、ブログ担当として毎日の天気予報とエールを送信し続けて
          くれた西脇氏、アメリカ・ニュージャージの我が家に泊まった懐かしの桂氏、夫をサウジアラビア
          送り出している岡本女史、同志社マークのついた三笠焼をもって馳せ参じてくれた草野氏達、
          そして家族の顔がみえる。

          そして、中山道てくてくラリー最終区間を先導し、一緒に歩いてくれた村田支援本部長がたえず
          弥次喜多にあたたかい指示を与えてくれた。

          感謝である。
 


式後、京阪電車三条駅前にある高山彦九郎銅像前で最終の東日本大地震募金活動を全員で行った。ビアホール・スーパードライでの打上げ会には、藤見てくてくラリー責任者も顔をみせ、

 
『てくてくラリー IN 中山道』は無事幕を閉じた。
 
 
仲間みんなで成し遂げた中山道踏破の偉業である。

 
共に喜びたい。
 


弥次喜多こと 後藤實久&田中祥介



   イメージ 8

                                    弥次喜多は無事 三条大橋に帰着した
                 感謝 弥栄!
 
 
   イメージ 9
 
                                        同志社ローバースカウト創立50年記念
            <中山道てくてくラリー>踏破歓迎式で仲間の祝福を受ける
                5月21日午後3時30分 於・三条大橋河川敷
 

につづく