shiganosato-gotoの日記

星の巡礼者としてここ地球星での出会いを紹介しています。

『星の巡礼 朝鮮半島南部縦走サイクリング 636km』

星の巡礼 朝鮮半島南部縦走サイクリング 636km』 写真日誌 ①
-朝鮮動乱の戦跡を訪ねて少年時代を回帰する自転車の旅-
 
この自転車による朝鮮半島南部縦走サイクリングは2013年7月8日より24日にかけて17日間の走破をまとめたものである。 その動機は朝鮮戦争休戦60周年記念として、また脳梗塞発症による手術前のひと時を有効に使いたいという願望から、下記の2点を理由づけとした。
 
1) 1941年(昭和16年、太平洋戦争勃発)、京都伏見で誕生まもなく両親の赴任先である朝鮮に
   移り、小学4年で引揚げてくる約12年間を過ごした第二の故郷『朝鮮』を訪ねて見たかったこと
 
2) その間、実体験した朝鮮動乱(戦争・1950~1953)の戦跡を訪ねて少年時代の記憶をたどりた
   かったこと
 
 
イメージ 1
 
 
コースは大阪南港より『パンスタークルーズフェリー・サンスター号』21500トンにて釜山入港。
 
上記、サイクリングロードを釜山(プサン)より仁川(ニンチョン)に向かい、そのあとソウル経由38度線近くの抱川(ポチョン)までの約636kmを南より北に走破した。
 
全行程は17日間であり、その大半はテントによる露営とし、少年時代の足跡をたどりながらできるかぎり自然を愛で、人々と交わった。日本に伝わる嫌日ムードはなく、親切であり、友好であった。 そして多くの方から差し入れが届けられたことも書き添えておく。
 
少年時代に見た禿山(オンドルの暖をとるための伐採による)はすっかり緑におおわれていた。近代化がすすみ高層マンションの樹立と高速道路化の促進は都市と地方の融合をすすめていた。
 
韓国は南北分断による戦時下の国であり写真撮影などの気配りはあったが、共産反対のプロパガンダ以外は全体として平和な生活を謳歌しているように見えた。
もちろん訪れた38度線近くの抱川(ポチョン)郊外の軍事施設やソウル市中心部での反共集会やプロパガンダは戦時下を思い出させてくれた。
 
 
            
     2013 星の巡礼朝鮮半島南部縦走サイクリング』行程表(前半)
            ≪朝鮮動戦跡を訪ねて少年時代を回帰する旅≫
 
         
月  日 曜日/日目 通過点 都市名 区間/一日/累計距離
         
          A 往路都市ルート
7/8 月   ▲船中泊 志賀 堅田(新快速) 本町駅(乗換)
    09:24発 09:38乗換 地下鉄中央線
    シャトルバス4便 13:05,15,35,45 JR\1280+310
    大阪港 サンスター号 月水金(週3日)
7/9 火    釜山港 翌日釜山10:00着 サーチャージ大阪2200円
  スタート     ◎ 旅客ターミナル↓ ◎釜山市駅↑ ↓o.okm
     7/10 □乙淑島   ↓12km/12km
    □亀浦 釜山市 ↓16km/28kmp;
    □勿禁 梁山市 ↓15km/43km
    □院洞 梁山市 ↓12km/55km
    三浪 Samnangin-si  梁山市 ↓5km/60km
7/11 木       □蜜陽 Miryang-si 密陽市 ↓18km/78km
    □上東 密陽市 ↓10km/10km/88km
    □清道 Chongdo 慶山市 ↓30km/40km/118km
    □慶山市 Gyeongsan-si ↓30km/70km/148km
  洛東江・密陽江分岐 □東大邱 Daegu-si 大邱 ↓15km/85km/163km

 

 

 

 

朝鮮半島南部縦走サイクリング』行程表(後編)

 につづく

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