shiganosato-gotoの日記

星の巡礼者としてここ地球星での出会いを紹介しています。

2024『星の巡礼 びわ湖一周耐寒サイクリング』

           びわ湖一周耐寒サイクリング2024』

               ー若き友を偲んでー

                ―がんばれ能登半島

 

 

                                                  詩       句 後藤實久      (DRS 1960)

               写真参加 吉村和馬      (DRS 2012)

 

 

 

恒例にしているびわ湖一周、<ビワイチ耐寒サイクリング 2024>に出かけてきた。

ビワイチの二日間、晴天に恵まれ、亡き若き友の写真を胸に、一部残雪のなか、無事走

終えたことに感謝している。

 

 

 

             ビワイチ・モニュメント(守山第二なぎさ公園)

       

 

 

   ビワイチの聖地にて若き友<和馬とカトリーナ>        ビワイチ低速車専用レーン

 

 

ここ数年、コロナ禍の終息や、ロシアのウクライナ軍事侵攻の早期停戦、そして健康で

平和な<希望>を祈っての走りとなっていた。

今年は、正月に発生した能登半島地震の<鎮魂と連帯>を心しての走りとなった。

<ビワイチ>も、80歳を境に、びわ湖全周186kmから、びわ北湖一周160kmへと体の

衰えに対処している。 その分、見える風景が広がり、豊かな走りになったことを喜ん

でいる。

 

今回は、昨年5月に病床の人となり、今なお覚醒に至っていない若き友も写真参加して

もらい、共に能登半島地震の被災地にエールを送り、詩句を詠み、土に臥しながらのん

びりと走って来ることにしていた。

被災地との連帯として、厳寒のなかで露営し、携行の保存食を口にし、小川やびわ湖の

水を飲み、暗闇で寝ることにした。

 

もちろん《ガンバレ能登半島!》 をビワイチのスローガンとした。

 

    

 

ビワイチ北湖コース160㎞走破に備えて、衰えた体、特に脚の筋(すじ)や関節、

筋力、反射神経を呼び戻すために、この3か月ほど柔軟体操に集中してきた。 

体力の自信は少し出来たが、転倒だけは事前防止できないので、友人の忠告を受け、

残雪のなか慎重な走行に心がけることにした。

 

しかし、病床の若き友と共に、能登半島地震被災地との連帯の<ビワイチ・サイクリン

グ>に出かけることにしていた日に合わせるように、 写真参加予定の、病床の若き友

である吉村和馬君のお父さまから悲しい知らせが届いた。

 

 

<病床の若き友の旅立ち>

 

ダビデ吉村和馬、1月26日午後0時56分、天に召されました。

お世話になった皆様にお礼もうしあげます。

1/27(土)18:00~ 通夜の祈り

1/28(日)13:30~ 葬送式 出棺3時半

聖マリア教会にて』

 

との訃報が、和馬君のお父上 吉村 伸さまからもたされたのである。

 

 

 

■<別れの詩>

 

この自然の豊かさよ、恵みよ

若き友よ、君の心の豊かさよ

人のこころを彩どりし恵みよ

 

君の魂、自然に溶入り流れて

この宇宙を満たし、天に満ち

今日、若き友を天に送り出す

 

不滅の魂は 流れ星となりて

星の王子さま   和馬が誕生す

若き同志よ   出会いに有難う

 

(ビワイチ耐寒サイクリングにて2024年1月28日15:38)

 

 

 

<ビワイチに誘った若き友と>

 

昨年、2023年5月17日、緊急搬送されて以来、病床にあった仲間の若き友が天に召され

たとの報せが、ビワイチ出発日に入った。 

写真を通して病床の若き友との交信を楽しみにしていたが、急遽、若き友の遺影写真を

抱いての同行となってしまった。

悲しみは尽きないが、若き友のこの世の想い出づくりにと、記憶に残るビワイチ・サイ

クリングを続けることにした。

 

しかし、困難はわれわれに襲いかかった。

ビワイチ途中、残雪に阻まれ挫折寸前に追い込まれてしまったのである。

 

亡き若き友の励ましと熱望から、バイクに乗換えてのびわ湖一周を成し遂げることに切

り替えることにした。

ビワイチに誘い出しておきながら、疲労困憊に陥った老人よりも、最後までビワイチ

を楽しんでくれた亡き若き友の笑顔に救われた。

 

<老人は若者の言葉に耳をかたむけよ>、若き友には感謝の言葉しかない。

 

 

出かける前、雪に耐える椿、病床の若き友を詠った句がある・・・

病床の若き友との最期の<絆の祈り>、愛語の交換となってしまった句である。

 

 

<雪椿>

雪をかぶり、忍びつつ咲く寒椿(病床の若き友)の慈しみ溢れる語りかけに

耳をかたむけた・・・

お互い、忍んで春を待ちましょう・・・

雪は解けて、すべての花を咲かすでしょう・・・

ただただ、身をまかせて・・・

 

《「コンニチハ」 顔出す椿 雪帽子 慈しみの目 合わせ微笑む》

こんにちは かおだすつばき ゆきぼうし いつくしみのめ あわせほほえむ―

 

      

 

 

 

■残雪<サイクリングから、ツーリングへ>

 

二人して、雪残る志賀の家をスタートし、近江高島に入ると、歩道に設けられた<ゆっ

くりサイクルロード>での前進を、残雪によって阻まれてしまった。

自動車道の上級者向き<スピード・サイクルロード>には雪もなく、前進は可能なのだ

が、こちらは野営道具を積み込んだ低速オフロード車、車道での自動車との接触事故を

避けるため、ビワイチを中断すべきであるかどうかとの判断に迫られた。

その際、若き友の提案で危険なサイクリングを中断し、ホンダのスーパカブに乗替え

て、ツーリングによる完走を目指すことになった。

 

サイクリングから、ツーリングに切り替えた地点は、近江高島を流れる安曇川南流にか

かる橋<ふなきおおはし>である。 

今回のビワイチは、湖北の積雪による途中撤退を考慮し、正規の反時計回りではなく、

逆ルートの時計回りコースをとっていた。

 

ツーリングに切り替えたあと、湖北を過ぎ、長浜の町に入ると、残雪が減り、彦根以南

では雪が消えてしまっていた。

事前の長期予報と異なり、ありがたいツーリングとなった。

 

残雪の消滅は、びわ湖の冬景色を二人して満喫させ、たくさんの詩句を詠ませてくれ

特に、亡き若き友との交感により、多くの学びがあったことに感謝している。

 

 

 

         残雪によりサイクリングを諦める (近江高島船木付近)

 

 

    残雪に阻まれサイクリングより、ツーリングにバトンタッチ(近江高島安曇川南流にて)

 

 

 

■<ビワイチで若き友を偲ぶ>

 

《舞往きし 星の王子や 輝きて 迎える天使 謳い迎えし》

―まいゆきし ほしのおうじや かがやきて むかえるてんし うたいむかえしー

 

《散り舞いし 椿の花も 安らけき 真白き雪も 迎え眩しき》

―ちりまいし つばきのはなも やすらけき ましろきゆきも むかえまぶしき―

 

    

  

《白鳥と 戯むる友の 羽ばたきに 面影思い 忍び笑いや》

―はくちょうと たわむるともの はばたきに おもかげおもい しのびわらいや―

 

《ヤッホーと 比良の雪峰 声かけに われら銀輪 びわ湖駈けし》

―やっほーと ひらのゆきみね こえかけに われらぎんりん びわうみかけし―

 

             美しき雪帽子をのせた比良の峰々

 

 《闘病の 若き友逝き 召されてや 魂触れし ビワイチの径》

―とうびょうの わかきともゆきて めされてや たましいふれし びわいちのみち―

 

一雫 雪解け音の 微かなる 君と二人の 仮の宿かな》

ひとしずく ゆきとけおとの かすかなる きみとふたりの かりのやどかな―

 

    

 

《この世での 出会い嬉しや われらおり 露営の宿で 触れあい嬉し》

―このよでの であいうれしや われらおり ろえいのやどで ふれあいうれし―

 

《残雪の 陽だまりぬくし 露営地に 床に臥せてや 夕焼け小焼け》

―ざんせつの ひだまりぬくし ろえいちに とこにふせてや ゆうやけこやけ

 

     

 

《君背負い 駈けしビワイチ 忘れじや 嬉しき出会い 我らの上に》
―きみせおい かけしびわいち わすれじや うれしきであい われらのうえに―

 

《目を閉じて 君を想えば 迫りくる 生きる喜び 教えられしを》

―めをとじて きみをおもえば せまりくる いきるよろこび おしえられしをー

 

《勤め終え 安らけき君を 見送るに 全うのきみ 悔しからずや》

―つとめおえ やすらけききみを みおくるに まっとうのきみ くやしからずや―

 

《火を灯す ひとりの男 君おりて 触れし友情 永遠に変わらじ》

―ひをともす ひとりのおとこ きみおりて ふれしゆうじょう とわにかわらじ―

 

 

 

《目となりて 君と送りし 日々なれど 通いしこころ 嬉しかりけり》

―めとなりて きみとおくりし ひびなれど かよいしこころ うれしかりけりー

 

《家康を 追いて駈けしや 古戦場 鬨の声 怯え震えし 君懐かしき》

―いえやすを おいてかけし こせんじょう ときのこえ おびえふるえし きみなつかしき―

 

《天国へ 旅立ちし君 誘い出し ビワイチ駈けし いま生きいきと》

―てんごくへ たびたちしきみ さそいだし びわいちかけし いまいきいきと―

 

《神のもと 日々好日を 楽しむも 自由を求め 欲っせしや君》

―かみのもと ひびこれこうじつを たのしむも じゆうたらんと ほっせしやきみ―

 

 

                   伊吹山を望む今津浜にて

 

 

《不自由を 背負いし君の 変わらじの 感謝の気持ち 天も識りてや》

―ふじゅうを せおいしきみの かわらじの かんしゃのきもち てんもしりてや―

 

《人は皆 姿消す雪 なればこそ 天に召されて 土に還るらん》

―ひとはみな すがたけすゆき なればこそ てんにめされて つちにかえるらん―

 

《雪解けの 泥に芽いづる びわの浜 春待たずして 逝きし友おり》

―ゆきどけの どろにめいづる びわのはま はるまたずして いきしともおり―

 

《天使なる 清きこころに 抱かれて 慈愛の光り 満たし逝きしや》

―てんしなる きよきこころに いだかれて じあいのひかり みたしいきしや―

 

 

                比叡山に沈みゆく太陽

 

 

《夢追いし 若き血潮や 散り往きて 無常なる風 侘しかりけり》

―ゆめおいし わかきちしおや ちりゆきて むじょうなるかぜ わびしかりけり―

 

《葬送の ラッパ響きし 賀茂川に 翔けし友なる 星の王子や》

―そうそうの らっぱひびきし かもがわに かけしともなる ほしのおうじや―

 

《わが道を 貫き終えて 去りし君 静かな闘志 秘めて還るや》

―わがみちを つらぬきおえて さりしきみ しずかなとうし ひめてかえるや―

 

《北山の 遠き峰々 暮れゆきて 安らけき君 天使なりしや》

―ようていの とおきやまやま くれゆきて やすらけききみ てんしなりしや―

 

 

               夕焼けに染まる比叡山

 

 

《舞往きし 星の王子や 衣替え 天使の笑顔 輝きおりて》

―まいいきし ほしのおうじや ころもがえ てんしのえがお かがやきおりて―

 

《魅了せし 笑顔に潜む 無邪気さに 救われし人 多くありてや》

―みりょうせし えがおにひそむ むじゃきさに すくわれしひと おおくありてや―

 

《変わりなき 慈愛に満ちし 家族あり 友の幸せ いかばかりかと》

―かわりなき じあいにみちし かぞくあり とものしあわせ いかばかりかと―

 

《幸せは おのれを識りて 律するに 喜び分ち 感謝せしやと》

―しあわせは おのれをしりて りっするに よろこびわかち かんしゃせしやと―

 

《人がみな 探し求める 宝物 おのれの内に あるを学びて》

―ひとがみな さがしもとめる たからもの おのれのうちに あるをまなびて―

 

  

   

       星の王子さま<笑顔の和馬君>

 

 

 

 

■<絆の祈り> (短歌集「絆の祈り」より一部抜粋)

 

昨年、2023年5月17日、 意識不明に陥っての救急搬送の知らせから始まった、若き友の

所属する同志社ローバースカウト関係者有志一同による回復を願っての250日に渡る

<絆の祈り>も、有志の心うちで、切に覚醒を願って祈り継がれてきた。

「絆の祈り」 の提唱者の一人として、絆の祈りに参加いただいたみなさんに、こころか

ら感謝を申し上げます。

 

 

《眠りより 目覚めよ友と 祈りてや 共に旅する 家康の道》 

 ―ねむりより めざめよともと いのりてや ともにたびする いえやすのみち―

 

《飲み干せし 盃の華 満月や 病の友と 君愛でおりし》    

―のみほせし さかずきのはな まんげつや やまいのともと きみめでおりし―

 

 

    


 

《舞い降りし 天使の梯子 湖に抱かれ 満ちし平安 友癒せしや》 

―まいおりし てんしのはしご こにだかれ みちしへいあん ともいやせしや―

 

《隠されし 己の使命 知らずして 役立ちおるを 知りて嬉しき》 

―かくされし おのれのしめい しらずして やくたちおるを しれいてうれしき―

 

《主にまかせ 風に戯むる 嫁菜草(和馬君) 幸せ満つる 日々感謝せり》  

―しゅにまかせ かぜにたわむる よめなぐさ しあわせみつる ひびかんしゃせり―

 

 

    

 

 

《病床の 若武者の友  山法師(和馬君)  心重ねて 和み祈りし》  

―びょうしょうの わかむしゃのとも やまぼうし こころかさねて なごみいのりし―

 

《雨垂れの 打ちて踊りし 軒の下 病床の友 すみれ草かな》 

―あまだれの  うちておどりし のきのした びょうしょうのとも すみれそうかな―

 

《路地裏の ドクダミ草(吉村家族)や  顔揃え シャンソン謳う 調べ豊けき》  

―ろじうらの どくだみくさや かおそろえ しゃんそんうたう しらべゆたけき―

 

 

    

 

 

《クローバーの 白き頭や 風に乗り 祈り運びし 友の目覚めや》 

―くろーばーの しろきあたまや かぜにのり いのりはこびし とものめざめや―

 

《宿り来し 友のこころや 雲に映え 願い届けと 祈り交わせし》  

―やどりきし とものこころや くもにはえ ねがいとどけと いのりかわせし―

 

《静寂なる 宇宙の響き 聴こえ来て 祈り満つるや 友の命に》  

―しじまなる うちゅうのひびき かたりきて いのりみつるや とものいのちに―

 

《まん丸い  笑顔嬉しや  浮き雲の  われと翔け舞う  病の友と》 

―まんまるい えがをうれしや うきぐもの われとかけまう やまいのともと―


 

    

 

《天に問う 生かせし友の この試練 何を想うて 創り給うか》  

―てんにとう いかせしともの このしれん なにをおもうて つくりたもうか―

 

《祈りあう われらが愛を 受け止めて 生きよ笑えと ビヨウヤナギ》  

―いのりあう われらがあいを うけとめて いきよわらえと びようやなぎ―

 

《清楚なる 君美しき 雪の下(和馬君) 愛あるエール 永遠に響きし》  

―せいそなる きみうつくしき ゆきのした あいあるえーる とわにひびきし―

 

 

    

 

 

《悠久の 時を見つめし 月様と 共に祈りし 友の目覚めや》  

―ゆうきゅうの ときをみつめし つきさまと ともにいのりし とものめざめや―

 

《天翔ける 誘いし雲は 永遠にして 踊る白雲 君と戯むる》  

―あまかける さそいしくもは とわにして おどるしらくも きみとたわむる―

 

《君おもい 過ぎ去りし曲 コンニチハ 赤ちゃん歌う 我や懐かし》 

―きみおもい すぎさりしきょく こんにちは あかちゃんうたう われやなつかし―

 

 《心地よく ぺらぺらヨメナ 肩寄せて ハモル姿や 君に届けし》  

―ここちよく ぺらぺらよめな かたよせて はもるすがたや きみにとどけし―

 

《目を覚ませ 息吹き返せ 若き友 絆の祈り 奇跡生みしや》    

ーめをさませ いきふきかえせ わかきとも きずなのいのり きせきうみしや―

 

 

  スカウト仲間と (左車椅子・吉村和馬副隊長 と 介助犬ピエール・ボーイスカウト京都連盟にて) 

 

<関連ブログ> 2023『星の巡礼 短歌集<絆の祈り>』 より

https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2023/09/22/192427

 

 

 

 

■<病床の若き友を見舞ってー2023-10-23

 

《平安に  体ゆだねし  君なれど  悔しさ滲む  目尻の涙》

―へいあんに からだゆだねし きみなれど くやしさにじむ めじりにのなみだ―

 

              病床のわれらの若き友 吉村和馬君

 

<関連ブログ> 2023『星の巡礼 病床の若き友を見舞って』 より

https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2023/10/24/060854

 

 

 

  

能登半島地震<鎮魂の詩>

 

今回のビワイチ挑戦は、正月に発生した能登半島地震で被災されたみなさんを励まし、

亡くなられた方々への鎮魂のサイクリングへ、病床の若き友・吉村和馬君を誘うこ

とにあった。

被災地へ思いを馳せ、亡き若き友と共に鎮魂と連帯の句を詠ってきた。

 

この度の能登半島地震により、被害を受けられた皆様には、心からお見舞い申し上げま

すとともに、お亡くなりになられたみなさま方への深甚なるお悔やみを申し上げます。

被災地の復興と、皆様が1日でも早く平穏な生活に戻れるよう、お祈り申し上げます。

 

 

       ビワイチ出発前に           写真参加の吉村和馬君と介助犬カトリーナ

 

 

《サイクルの 鎮魂の旅 ビワイチへ 亡き友迎え 旅立ちの朝》

―さいくるの ちんこんのたび びわいちへ なきともむかえ たびたちのあさ―

 

《雪埋もる 悲しみ胸に 能登のひと われらも覚ゆ 祈り送りて》

―ゆきうもる かなしみむねに のとのひと われらもおぼゆ いのりおくりて―

 

《埋もれゆく 雪も悲しき 被災地の 梢に咲きし 椿姿よ》

―うもれゆく ゆきもかなしき ひさいちの こずえにさきし つばきすがたよ―

 

 

    

 

 

能登の村 雪降り積もる 怯えし夜 爪痕に泣く 赤子哀れや》

―のとのむら ゆきふりつもる おびえしよ つめあとになく あかごあわれや―

 

《静寂なる 被災の地にも 日暮れてや 雪降り込めて 余震続きし》

―しじまなる ひさいのちにも ひぐれてや ゆきふりこめて よしんつづきし―

 

《紅の 鎮魂の音や 能登向かい 祈り届けと タイタニックを》

―くれないの ちんこんのねや のとむかい いのりとどけと たいたにっくを―

 

《先見えぬ 能登地震 虚ろいて 望みを託し 祈り届けし》

―さきみえぬ のとのじしん うつろいて のぞみをたくし いのりとどけし―

 

《震災の 寒さ覚ゆる 野に臥して 琵琶の水汲み 乾飯炊きて》

―しんさいの さむさおぼゆる のにふして びわのみずくみ かれいひたきてー

 

《新たなる 年を祝いし 日ノ本に 地震教えし 備えよ常に》

―あらたなる としをいわいし ひのもとに じしんおしえし そなえよつねに―

    「そなえよつねに」は、ボーイスカウトの標語です

 

 

    

        能登半島地震(Yahoo Japan 提供)

 

 

《震災の 野に臥す人 震えおり 山水汲みて 乾麺炊きし》

―しんさいの のにふすひと ふるえおり やまみずくみて かんめんたきし―

 

メジロ鳴き 淡雪残る びわの宿 助け待ちにし 能登を想いて》

―みじろなき あわゆきのこる びわのやど たすけまちにし のとをおもいてー

 

氷雨なる 垂れ音響く びわの朝 能登の地想い 祈り悲しき》

ーひさめなる たれおとひびく びわのあさ のとのちおもい いのりかなしきー

 

《薄暗き 空を眺めし 露営から ひらりひらりの 雪を呑込む》

ーうすぐらき そらをながめし ろえいから ひらりひらりの ゆきをのみこむ―

 

《カイロ当て 能登の寒さや 身に沁みて 暮らし戻れと われら祈りし》

―かいろあて のとのさむさや みのしみて くらしもどれと われらいのりし―

 

 

 

 

■<淡海の景色>

 

今回のビワイチ、それは自転車を走らせ、バイクの背につかまりびわ湖の風を楽し

み、淡海の景色に溶け込んできた。

 さらにオールド・ボーイスカウトとして、テントに眠る幸せを詠ってみた。

もちろん、亡き若き友も同じく同志社ローバースカウトOBである。

 

《ビワイチを  描きし様や  浮き立ちて あれもこれもと 詰め飽きられし》

びわいちを えがきしさまや うきたちて あれもこれもと つめあきられしー

 

 

  

       ビワイチ携行品       同行のワイルド・ローバーⅢ世号


 

《初野営 雄松岬の 健児の碑 天幕張りし 日ノ本の地や》

―はつやえい おまつがさきの けんじのひ てんまくはりし ひのもとのちや―

 

 

             日本ボーイスカウト初野営の地(近江舞子浜 雄松が崎)

 

 

《白き砂 緑濃き松 舞子浜 乙女児詠う 周航の歌》

―しろきすな みどりこきまつ まいこはま おとめごうたう しゅうこうのうた―

 

 

 

           びわ湖周航の歌碑にて(舞子中浜ビーチ)

 

 

《四方より 花吹き入れて 鳰の波 芭蕉も詠みし 白髭の淡海》

―しほうより はなふきいれて にほのなみ ばしょうもよみし しらひげのうみ―

 

 

   

            芭蕉句碑(白髭神社駐車場南)と 白髭神社鳥居

 

 

《寒風に 昼の乾麺 湯を沸かし ほっこり竹生 目を細めてや》 

―かんぷうに ひるのかんめん ゆをわかし ほっこりちくぶ めをほそめてや―

 

       

       

                  四高桜公園東屋にて昼食(萩の浜)

 

 

《煌めきし 海津の湖や 鴨の群れ 目を閉じうつつ 望郷の夢》

―きらめきし かいずのうみや かものむれ めをとじうつつ ぼうきょうのゆめ―

 

 

    

      海津の浜に群れる鴨(海津大崎より)

 

 

《北風に 立ち向かう我 漕ぎ疲れ サボタージュも 心地よきかな》

―きたかぜに たちむかうわれアこぎつかれ さぼたーじゅも ここちよきかな―

 

《カチカチと ギアの噛みし音 距離数え あと僅かをと われ励ませし》

ーかちかちと きざのかみしおと きょりかぞえ あとわずかおと われはげませしー

 

 

              近江高島より残雪に阻まれる

 

 

《雪合羽 被りて睨む 伊吹山 咆哮聴こゆ 吹雪きおりてや》

―ゆきかっぱ かぶりてにらむ いぶきやま ほうこうきこゆ ふぶきおりてやー

 

 

               伊吹山を遠望(木之本付近)

 

 

《白鳥の 眩いばかり 羽伸ばし 夫婦随唱   平和見おりて》

―はちょうの まばゆいばかり はねのばし ふうふずいしょう へいわみおりて―

 

    

          湖北野鳥センターの浜辺(長浜)

 

 

《鼾かく 友の寝顔や 自由人 解きはなたれて ビワイチ愉し》

―いびきかく とものねがおや じゆうじん ときはなたれて びわいちたのし―

 

《テント吹く 北風あおる 暗闇で 寝袋潜り ラテンを聴きし》

―てんとふく きたかぜあおる くらやみで ねぶくろぼぐり らてんをききし―

 

《寝る前の 重ね着重ね 芋虫の 達磨の如く 転びおりしや》

―ねるまえの かさねぎかさね いもむしの だるまのごとく ころびおりしや―

 

 

    

      重ね着をして寝袋にもぐりこむ(長浜)

 

 

《安らぎの 北極星に 導かれ われら誘わる 琵琶の湖畔に》

―やすらぎの ほっきょくせいに みちびかれ われらさそわる びわのこはんにー

 

 

    

             夜半、北極星と北斗七星を愛でる

 

 

《目立ちおる 宵の明星 旅の友 遥けき比良に われら誘いし》

―めだちおる よいのみょうじょう たびのとも はるけきひらに われらさそいしー

 

《ビワイチの サイクル嬉し この爺も 有明月の 姿追いしや》

びわいちの さいくるうれし このじいも ありあけつきの すがたおいしや―

 

《久方の 砕け散りゆく びわの波 月影映し 冴えわたりおり》

―ひさかたの くだけちりゆく びわのなみ つきかげうつし さえわたりおり―

 

《半月を 盗み取ろうと そっと手を 独りにこりと ほくそ笑みおり》

―はんげつを ぬすみとろうと そっとてを ひとりにこりと ほくそえみおり

 

《聴こえ来る 犬の遠吠え 寒空に 不気味な月夜 びわも震えし 》

―きこえくる おおかみほえる さむぞらに ぶきみなつきよ びわもふるえし―

 

 

 

    

        半月と宵の明星(山影付近)

 

 

《萌え出づる 香を嗅ぎてや 野宿なる 蕗の薹 何処にありや》

―もえいづる こうをかぎてや のじゅくなる ふきのとう いづこにありやー

 

 

    

           蕗の薹に春を見る

 

 

《赤き実の 南天泳ぐ びわの凪 逆さ比良雪 コラボしおりて》

―あかきみの なんてんおよぐ びわのなぎ さかさひらゆき こらびしおりて―

 

《盆梅の 香嗅ぎてや 長浜の ツーリング風 春を謳いし》

―ぼんばいの かおりかぎてや ながはまの つーりんぐかぜ はるをうたいし―

 

 

 

        長浜の盆梅展                 雪残る長浜城

 

《冬陽浴び 安土の山を 目指してや 彦根のお濠 城踏み行きし》

―ふゆびあび あづちのやまを めざしてや ひこねのおほり しろふみゆきし―

 

 

                  彦根城のお堀端で

 

《あのベンチ 集いて求む びわの湖 想いは一つ 安らぎ求め》

―あのべんち つどいてもとむ びわのうみ おもいはひとつ やすらぎもとめ―

 

《砂浜は   あのベンチに 鳥集い 姦しきこと 園児の如し》

―すなはまは ふるいべんちに とりつどい かしましきこと えんじのごとし―

 

 

    

      <あのベンチ> (彦根市南西の湖畔)

 

 

《琵琶の西 臥せし南北 比良の峰 朝陽浴びてや 残雪紅し》

びわのにし ふせしなんぼく ひらのみね あさひあびてや ざんせつあかし―

 

 

               モルゲンロートに映える比良連峰

 

 

 

■<若き友と走り終えて>

 

《被災地の 寒さ厳しき 能登のひと がんばれやと 祈り届けし》

ーひさいちの さむさきびしき のとのひと がんばれやと いのりとどけし―

 

《何という 時の流れの 短きよ 今生きてこそ われら識るらん》

―なんという ときのながれの みじかきよ いまいきてこそ われらしるらんー

 

《導かれ 君と歩みし 時豊か 心の絆 いついつまでも》

―みちびかれ きみとあゆみし ときゆたか こころのきずな いついつまでも―

 

《亡き友に もっと押さんか おいコラと 爺のぼやきも 笑い飛ばされ》

―なきともに もっとおさんかと おいこらと じいのぼやきも わらいとばされ―

 

《ビワイチの 愉しひととき ありがとう 今しばらくの サヨナラ告げし》

びわいちの たのしひととき ありがとう いましばらくの さよならつげし―

 

《老いのなか すべての記憶 消え失せて 仏となりて 我を見つめん》

―おいのなか すべてのきおく きえうせて ほとけとなりて われをみつめんー

 

《去り行きし われらの宝 君もまた もぎ取られ往く 老いの侘しさ》

―さりゆきし われらのたから きみもまた もぎとられゆく おいのわびしさ―

 

《ビワイチに 君の手足 動きおり 自転車もよし バイクまたよし》

びわいちに きみのてあし うごきおり じてんしゃもよし ばいくまたよし―

 

《天仰ぎ 君と駈けにし ビワイチを ああわれらいま ここに終えしや》

―てんあおぎ きみとかけにし びわいちを ああわれらいま ここにおえしや―

 

 

 

亡き、若き友を想い、被災地にこころを寄せるサイクリング&ツーリングを無事終える

ことが出来、嬉しく思います。 

星の巡礼・ビワイチ>にお立ち寄りいただき、有難うございました。

みなさんの上に永遠の平安がありますように、そしてこの世に戦い無き、悠久の平和

が訪れますように・・・

 

感謝   ビワイチを終えて  

後藤實久・吉村和馬(2024年1月26日寂)

 

 

 

                               ----------------------------------------------- 

 

 

        

        

               2024 ビワイチ参加一同

 

 

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■2024ビワイチ写真集 <ビワイチ冬景色>

 

二人してサイクリング & ツーリングで出会った、びわ湖の冬景色をお楽しみくださ

い。

 

 

                                      ビワイチ出発の朝  (2024/01/28 志賀の里)  

 

            ビワイチ同行のワイルド・ローバー3世号

 

 

  ビワイチ・スタート/ゴール地点(志賀木戸公園)    ビワイチ低速コース(北湖コース160m)

 

               

                                 比良山系に見送られる(左より権現山/蓬莱山/打見山)

 

    

          日本ボーイスカウト初野営の地碑 (近江舞子雄松が崎)

 

    

                  近江舞子

 

           これから向かう北湖を望む(中央に霞む伊吹山

 

                北小松浜より沖島を望む

 

    

           桃山建築の本殿で有名な白髭神社の湖中大鳥居

 

 

                都と北陸を結ぶ<西近江路>

 

    <四高桜の碑> 昭和16年現金沢大のボート部員遭難死を悼む慰霊碑(びわ湖萩の浜付近)

     

    

                    萩の浜公園

 

             近江高島 四津川より北比良山系を望む

 

    

          近江高島 四津川あたりから残雪深まり、横転の危険あり

 

         近江高島 船木付近の雪田風景①(右・北比良アルプス北端を望む)

 

    

              近江高島 船木付近の雪田風景②

 

                近江高島船木付近の残雪

 

  

     残雪緊急対策として<サイクリングよりツーリングに引継ぐ>(安曇川南流堤防にて)

 

 

 

    

           近江高島 新旭村の雪田風景①(高島トレイルを望む

 

                  近江高島 新旭村の雪田風景②

 

              新旭の浜より賤ケ岳方面を望む

 

                近江今津 針江より今津の街を望む

         背景の山並みは、高島トレイルー左より大谷山/赤坂山/三国山

 

               今津浜より伊吹山を望む

 

               北今津 石田川より箱館山を望む

 

               マキノサニービーチの松並木

 

           マキノの雪田風景(背景は高島トレイルの山並み)

 

    

                マキノサニービーチよりマキノ高原・大谷山を望む

 

    

 

                  マイアミサニビーチのゲート前で          2023年3月ビワイチでの写真

 

             大崎観音方面よりマキノ西浜村を望む

 

                        近江西国第9番<大崎寺>

 

               長浜市 二本松浜より竹生島を望む

 

                 湖北 大浦方面より竹生島を望む

 

                永原の雪田より大浦を望む

 

             国道303号線 雪の岩熊村より賤ケ岳を望む

 

                県道514より岩熊村を振返る(塩津浜)

 

            冬期通行止めの県道514<賤ケ岳峠越えビワイチ>

             (2024年1月28日現在 二輪車は通行可能であった)  

 

            賤ケ岳峠からの竹生島を望む(賤ケ岳峠越えビワイチ)        

 

            雪深い賤ケ岳トンネル(塩津街道・県道514)

 

            木之本 布施の雪田風景 (左/金糞岳1817m)   

 

    

    木之本 余呉川沿いの県道44号上の歩道兼ビワイチ低速コースの残雪状況(2024/01/28)

 

                                          木之本 高月町からの伊吹山を望む (県道44)

 

            東浅井郡湖北町より塩津神社(月出)方面を望む     

 

           道の駅<湖北みずとりステーション>(水食料補給・WC)

 

           県道331号 <さざなみ街道>山本より竹生島を望む➀

 

    

          県道331号 <さざなみ街道>山本より竹生島を望む②

 

    

          県道331号 <さざなみ街道> 川道付近より伊吹山を望む

 

                  雪残る長浜城

 

                南堀端より彦根城を望む

 

    

             県道25(さざなみ街道)愛知川より夕陽を眺める

 

    

                  長命寺港よりの夕陽

 

    

           湖岸道路・吉川パーキングより比叡山に沈む夕陽を望む➀

 

              湖岸道路・吉川パーキングより比良連峰を望む

 

    

          湖岸道路・吉川パーキングより比叡山に沈む夕陽を望む②

 

 

    

        ビワイチ誕生の地<スタート/ゴール地>➀ 守山なぎさ第2公園

 

                ビワイチ完走を終えて

 

        夕日に沈むビワイチ誕生の地<スタート/ゴール地>➀ 守山なぎさ第2公園

 


        夕焼けに迎えられびわ湖大橋を渡り、ビワイチ160㎞を終える

 

 



 

          

 

           びわ湖一周耐寒サイクリング2024』

               ー若き友を偲んでー

                ―がんばれ能登半島

 

 

                   

 

 


 
         

 

 

2024『星の巡礼・孤高のバックパッカーを偲びて』  

         『星の巡礼・孤高のバックパッカーを偲びて』

 

 

 

<作者の矢野会員は、10月31日に逝去されました>

同人誌『文芸北広島』2024.1 第40号 記念号、95頁に掲載された友の遺稿となった

ドキュメント「哀愁のナイアガラ 35歳の蹉跌」の最終行に、訃報が紹介されていた。

 

北広島市は、北海道の真ん中より少し西側、札幌市の隣に位置している。

「広島」という名前がついているのは、明治 16 年(1883 年)に広島県の人が

入植したのがまちの始まりであることに由来している。

友は、北広島の住人であった。

 

 

バックパッカーの幸せとは、その人のこころの中にある。

それは、想いを温め、計画を立て、実行に移し、記録にまとめることで成就する。

そして、年齢と共にこころの中で熟成させ、咀嚼し、味覚にまで仕上げて、

おのれの幸せに振りかけて愉しむのである。

友は、幸せを創り上げ、幸せを愉しむ達人であった。

友は、この世での幸せを大切にし、幸せを掘り起こすことのできた人であった。

その幸せを、同人誌 『文芸北広島』 に、大切に育んできた玉珠のエッセイとして

発表していた。

友は、必ずこのエッセイのコピーに、東広島での日常を俳句にしたため、

一筆を添えて送ってくれたものである。

 

2021年1月・第37号、同人誌 『文芸北広島』に投稿された紀行文『北海道の火山

十勝岳)』を、わたしのブログで取り上げたことがあった。 

そこには十勝岳の初登頂は、1912年武官として北海道旭川駐屯地に派遣されていた

オーストリア陸軍レルヒ中佐であったとの記述があり、

その登頂日がわたしの百名山登頂日と同日であったことから興味を持ち、

登山関係者に知らせるべき筆を執るにあたって、

矢野氏に許可をもらうべき打診したことがあった。

実直な友らしい返事が返ってきたことを、よく覚えている。

 

「転載と言う、そういう類の規約を詳しく知りませんが、

後藤さんがブログへ投稿される行為は誰かの利益になるような目的ではありません。

故に、さりげなく地味な扱いにして下されば幸いです」と。

 

2021年末、 ステージ4の癌宣告を受け、治療に専念していたが、

2022年末の便りに添えられた最期の句に、命見つめる春の空を詠ってくれていた。

 

 

 

  辞世の句《 病室の 窓に切りとる 春の空 》達雄

 

 

あれは、ちょうど20年前のニュージランド・オークランドユースホステルで同宿した

お互い壮年のバックパッカー同士であったことを想いだす。

ご家族のお手紙によると、青春時代の世界放浪を諦めきれず、子育てを終えて、

意気揚々と旅立った先で出会った最初のバックパッカーが、どうも私であった

ようである。

 

文通は、この時からお互いの放浪で培った純真なこころを運び始めたと言っていい。

そこには、夢見る壮年の尽きない冒険を愉しむ姿がいつもあった。

友にとって、バックパック(リュックサック)は玉手箱であったのかもしれない。

そこには、何が飛び出すかわからないワクワクさせる、まだ見ぬ世界や夢、

物語が詰っていたからである。

バックパックを背負い、見知らぬ土地で、見知らぬ心温まる友との出会いを楽しむ、

生きいきとした友の姿が蘇るのである。

友もまた、裸の自分を発見し、ロマンを求めての旅立ちに興奮した人であったと

云える。

 

今まさに、友は雲に乗って旅たち、夢の世界に放たれ、花園を楽しんでいる

ことであろう。

本当の幸せがなんであったかを、友は彼の地で気づかされているに違いないと

確信している。

それは、肉体からの解放であり、FREE/フリー/自由という魂の充足に友は

囲まれているからである。

 

ドイツ語を愛した友の<FREIHEIT/自由>にこそ、こころの解放という

バックパッカーとしての旅の哲学があったといえる。

そこには、友なりの人生哲学があり、思想があり、行動があり、家族愛があった。

友は、友なる友のこころを愛し、その友の置かれた人生風景の喜びや、

悲しみを、その後の文通によって共に味わえる人であった。

 

地平の遠く彼方を、ながい影を引きずりながら、夕日に染まる友の姿が見えるよう

である。

友にとって、消えゆく地平線は、おのれの幸せの境界線であったのではないだろうか。

彼の地での幸せに満ちた顔が、ニュージランドのオークランドユースホステル

語り合った壮年のバックパッカーに重なった。

ニュージランド・オークランドは、友の人生後期のバックパッカーとしての、

そして私の「ニュージランド縦断スケッチ旅」のスタート地点であった。

 

人との出会い、この世での一期一会では、こころに残る人はそう沢山いるもの

ではない。

こころに残り、なお心に残り続けた人の大切さを想うと、友はこころの宝である。

こころの宝は、死してのちも魂の宝として永遠に貯えられ、増え続けるもので

あると思う。

 

夢の詰まったリュック(バックパック)を背負って、世界中を旅した仲間である

バックパッカーの旅立ちは寂しいが、次の世での歓迎式で、再会できることを

楽しみにしている老いの今日この頃である。

二人してバックパッカーとして、天なる眩いばかりに輝く世界を駆け巡ってみたい

こころの友 矢野達雄君、安らかにお眠りください。

  

 

 

           <孤高のバックバッカ―を偲んで>

                 詠み人 後藤實久

 

          

       《羊蹄の 遠き山々 暮れゆきて 安らけき君 清き月かも》

        ―ようていの とおきやまやま くれゆきて やすらけききみ きよきつきかも―

 

     《得意げに 世界に散りし ペンパルと 交わせしロマン 熱く語りて》

        ―とくいげに せかいにちりし ぺんぱると かわせしろまん あつくかたりて―

 

      《わが道を 貫き終えし 君去りて 静かな闘志 秘めて還るや》

        ―わがみちを つらぬきおえし きみさりて しずかなとうし ひめてかえるや―

 

     《平和の世 バックパックの 影動き  ヒッチハイクや かざす親指》

        ―へいわのよ ばっくぱっくの かげうごき ひっちはいくや かざすおやゆび ―

 

        《葬送の ラッパ響きし 北海の 翔けし世界や 友夢追いし》

        ―そうそうの らっぱひびきし ほっかいの かけしせかいや ともゆめおいし―

 

     《鈍行の リュックサックの 上げ下ろし 煙に咽ぶ  蒸気機関車

      ―どんこうの りゅっくさっくの あげおろし けむりにむせぶ じょうききかんしゃ―

 

     《リュック背負い 男のロマン 翔けし夢 しるべの星を 仰ぎ進みし》

        ―りゅっくせおい おとこのろまん かけしゆめ しるべのほしを あおぎ進みし-

 

     《地下茎の 外陽求むる 如くにて 羽ばたけし世や 達雄の世界》

       ―ちかくきの そとびもとむる ごとくにて はばたけしよや たつおのせかいー

 

    《夢追いし バックパッカー 散り往きて 無常なる風 侘しかりけり》

      ―ゆめおいし ばっくぱっかー ちりゆきて むじょうなるかぜ わびしかりけり―

 

              

 

      

             同人誌『文芸北広島』2024.1 第40号 記念号

 

 

             ニュージランドをバックパック中の矢野達雄氏(右)と

            2004/4/1ニュージランド・オークランドYHラウンジにて

 

 

    矢野氏(左)に見送られ、サイクリングによる<ニュージランド縦断スケッチの旅 >へ出発

             ニュージランド・オークランドYH前で

 

 

 

 

                2024年1月10日 

           志賀の里 孤庵にて 残雪を眺めつつ

              友なる矢野達雄君を偲ぶ

 

 

                    

 

 

        ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

<関連ブログ>

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2023『志賀の里 2023歳時記 短歌集』Ⅱ

     『志賀の里 2023歳時記 短歌集』

             ーⅡー

 

 

■2023_08_01   入道雲に誘われて

 

《風に乗り 天を翔けたし びわの湖 されど酷暑に 悲鳴上げしや》  實久

   ―かぜにのり てんをかけたし びわのうみ されどこくしょに ひめいあげしやー

 

遠く鈴鹿の峰をおおう入道雲をバックにびわ湖岸を走って来た。

生暖かい風に、したたる汗が混じりサイクリングどころではない。

アンダーシャツを水に濡らし、ヘルメットに保冷剤を仕込むが、

熱風は容赦せずに水分を体から奪っていく。

もちろん途中で引き返したが、入道雲をバックに涼し気な顔で写真におさまり、

せめてもの慰めであった。

老サイクリストには、まだ季節的に少し早いようですね、と病床の若き共にたしなめられた。

 


                            

■2023_08_02   アベリアの花

 

《風に乗り 忍びの香 まとわりて 幸せ満ちし 君を識りてや》  實久

   ―かぜにのり しのびのかおり まとわりて しあわせみちし きみをしりてや―

 

散歩道で出会った小さな花。 かすかな匂いを風に乗せ、今を生きる己をアピールする姿に出会った。 

お互いを認識しあうその時ほど、命触れ合う瞬間はない。

それは人同士でも同じである。 出会い、愛ある美しい瞬間を大切にしたい。

病床の若き友の爽やかなシャンプーの香に包まれた。

                            

                           


 
 

■2023_08_03マツヨイグサの残身

 

《涼し気に 澄まし比良見る マツヨイの 気怠さ続く 夏日終わらじ》  實久

―すずしげに すましいらみる まつよいの けだるさつづく なつびおわらじ―

 

 河鹿ガエルと蝉の大合唱が響くここ志賀の里、酷暑はまだ終わりそうにもない。

耳を傾けるマツヨイグサの涼しげな立ち姿に、夏の朝の気怠さが吹き飛んだ。

彼女たちの表情の達観<残身>に、おのれの愚痴る姿を見てしまったからである。

「わたしたちも暑いのですよ」との、慰めの声に、病床の若き友の声を聴いたようで、

うれしい朝の散策となった。

 

                           

 

 

■2023_08_03   満月への願い

 

鈴鹿なる 峰に泳ぎし 満月の 友に分けたし 優しき君を》  實久

   ―すずかなる みねにおよぎし まんげつの ともにわけたし やさしききみを―

 

幼少のころから、暗闇に浮かぶ満月は、いつも神秘的であり、いつも見つめ合ったものである。

ただ見つめているだけで、優しく抱かれている母親のような優しさを感じた。

今夜も、変わらぬ優しさたたえる月様に願いを込めてみた。

今なお病床に伏せる若き友に、君の優しい笑顔を見せてやって欲しいと・・・

 

                           

 


 
2023_08_04   びわ湖の夕焼け

 

《一瞬に 切取り詠みし 君なれど 認めし互い 今を生きてや》  實久

   ―いっしゅんに きりとりよみし きみなれど みとめしたがい いまをいきてや―

 

一コマの映像、それは絵画であり、凝縮された人生である。

そこには物語があり、その時の気持ちを表現しているからである。

このびわ湖というキャンパスに織りなすナチュラル・ペインティングに、

一枚の絵の凄さ<グロリア・栄光>を感じて立ち尽くした。

一瞬、グロリアの大合唱に包まれ、病床にいる若き友の心の輝きを見たような気がした。

 

                           

 

 

■2023_08_05   ツバメの里帰り

 

《低空の 燕返しや 里帰り 子育て忙し 夏の盛りや》  實久

   ―ていくうの つばめがえしや さとがえり こそだていそがし なつのさかりや―

 

近くの水防倉庫の軒下で子育てする燕に見入った。

バッタや、ミミズを運んでいるのか、ヒナは大きな口を開け丸呑みである。

この小さな体で方角を間違えずに、フイリッピンあたりまで里帰りするという。

時速平均45㎞、一日最長300㎞を飛び続ける能力を持つ。

渡鳥が持つ<半球休眠>、脳の半分だけを眠らせ、周囲に気を配って飛び続けながらも

休むことができるという。

どのような小さな弱き生命体にも、生存の権利と、生存のための能力が備わっている

ことを教えてくれた。

病床の若き友も里帰りするという、覚醒していないが、自宅療養に入るとの報せが入った。

大変なことだが、まずは感謝である。

 

                                             

 

 

■2023_08_06   時は流れる

 

《我もまた 時に流るる 息しおり 君と今おる 幸せ満ちし 》  實久

   ―われもまた ときにながるる いきしおり きみといまおる しあわせみちし―

 

比良の峰は暮れゆく空の中にあり、山は息づき、夕焼けは風と遊んでいる。

なんと恵み深い一日の終わりであろうか。

自分の心を見つめながら、深々と息をすると、空や峰々の息が体に出入りしているのを感じる。

時は流れ、今この時、すべての生けるものが同じく呼吸をしていると思うだけで愛おしさを感じ、

大きな幸せの中に沈むのである。

病床の若き友も、病院から実家へ帰るという、その知らせに感謝である。

  

                                             


 
 

■2023_08_08   UFOか

 

《UFOを 信じる者の 嬉しきは 見るものすべて 異星からだと》  實久

   ―ゆーほーを しんじるものの うれしきは みるものすべて いせいからだと―

 

心ときめく一瞬に出会った。

頭上に揺らめくバットマンか、いや宇宙船か、その飛翔する勇姿に心奪われてしまった。

カラスアゲハと言う大型の蝶々のようだが、この時ばかりは、UFOに出会ったような

衝撃を受け、興奮した。

病床の若き友が、風に乗って会いに来てくれたと思っている。

 

                           

 

 

2023_08_08   台風接近

 

《森の中 天蓋満ちし 流れ雲 怪しき動き 風雲告げし》  實久

   ―もりのなか てんがいみちし ながれぐも あやしきうごき ふううんつげし―

 

大型の台風が、沖縄付近で迷走し、九州に接近中である。

ここ志賀の里も台風の影響で雲に覆われ、雨を降らせ始めている。

自然の摂理に見る、天蓋を泳ぐ雨雲にも人知を越えたアートを感じるのである。

自然の織り成すアートに、病床の若き友と見入ってしまった。

  

                           

 

  

■2023_08_09  若栗

 

《イガ栗の 力満ちたる 若き顔 恐れ知らずや 凛々しくもあり》  實久

   ―いがぐりの ちからみちたる わかきかお おそれしらずや りりしくもあり―

 

今年は、ここ志賀の里の栗や柿のなり年なのだろう、たわわに実を付けている。

世間知らずの若武者の顔には、力満ち、凛々しさを漂わせているではないか。

彼らも生き抜く使命を立派に果たしている自負を覗かせているように見えた。

若栗が、家庭療養まえに散髪し終えた病床の若き友に見えたものだ。

 

                           


 
 

■2023_08_10   初成りゴーヤ

 

《ヒグラシの 耐えし夏日に ぶら下がる 初成りゴーヤ 顔涼けきや》  實久

   ―ひぐらしの たえしなつび ぶらさがる はつなりごーや かおすずけきや―

 

台風をまえに、ヒグラシ(蝉)も合唱に忙しい。

7月終わりに植えたゴーヤに立派な実がついた。

夏日に耐えながらもそのふくよかな姿を見せている。

一瞬、病床の若い友の血色のいい顔がよぎった。

家庭内介護のプログラムも決まったようだ。

 

                           

 

 

■2023_08_11   ポインセチアの衣替え

 

《床替えに 髭面の君 笑顔見せ 命溢るる 今を生きしや》  實久

   ―とこがえに ひげづらのきみ えがをみせ いのちあふるる いまをいきしや―

 

扇風機の風が、生ぬるい風を攪拌している夏の日が続いている。

我家のポインセチアは、真赤なマントを脱ぎ捨てて、浴衣に衣替え中だ。

彼女も、ここ数年の異常な暑さを感じているようである。

地球温暖化、それは人類の傲慢と贅沢が生み出した、申し子とも言える。

一人ひとりが律して、おのれの豊かすぎる生活を省みたい。

病床の若き友も、病院から自宅への床替えを終えた。

なんと、少し髭ののびた顔には<サンキュー!>を連発してくれているような、

笑顔が見えた。 和馬君、お帰り!

 

                           

 

 

■2023_08_15    ミソハギ(禊萩)

 

《背比べの 稲穂ミソハギ 比良ふもと 時の流れに 身を寄せおりし》  實久

   ―せくらべの いなほみそはぎ ひらふもと ときのながれに みをよせおりし―

 

今朝、台風は紀伊半島に上陸、北西に進路をとり日本海に抜けるという。

昨日は、台風の前の静けさ、晴天に恵まれた。

比良の峰を背景に、田圃の畦道に咲くミソハギが稲穂と背比べをするほほえましい光景にであった。

まとまり咲く小さなピンクの花に、素朴な可愛らしさを感じた。

別名<水掛草>ともいうらしい。 墓石に水を掛けた時に起こる水流紋に似ているという。

昔から墓参りの供花、故人を偲ぶ花として愛されている。

故人を迎えるわたしも、歳をとったものだとつくづく思う今日この頃である。

暴風雨が激しくなってきた。

 

                   


 
 

■2023_08_15   少年の終戦

 

《屍の 累々越えし 逃避行 戦闘逃れ 山河臥せしや》  實久

   ―しかばねの るいるいこえし とうひこう せんとうのがれ さんがふせしや―

 

今日は、終戦日、我が国が無条件降伏した日である。

1945(昭和20)年8月15日、わが家は、両親の赴任地である北朝鮮に迫るソ連軍を逃れて、

現在の朝鮮半島に横たわる軍事境界線の南側にある小さな村にたどり着いた。

幼いながらもオンドルの家の庭にある井戸水を、夢中になってのどに流し込んだ記憶が残っている。

どんなに美味しかったことか・・・平和をかみしめ、戦争から解き放たれた瞬間であった。

その後、朝鮮戦争にも巻き込まれ、死線を何度も乗越え、日本に帰還したのが小学高学年であった。

人生の冒険は、人によっていろいろである。 だからそれぞれの人生は面白い。

 

                                           

                                            戦争孤児・war orphan (1950_09_28  In Seoul)

                                                       (KCM:Korea Computer Mission 提供)

 

<関連ブログ> 星の巡礼 ≪少年の体験した朝鮮動乱≫

https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/12684536

 

■2023_08_16   お盆の灯り

 

《招かれて 迎え入れしは 夏の夜や 灯り導く 出会い懐かし》  實久

   ―まねかれて むかえいれしは なつのやや あかりみちびく であいなつかし―

 

本の心の風景に出会い、心豊かにさせられた。

提燈の灯りで、先祖への感謝と尊敬の気持ちを現わす日本人の心の優しさが、

今でも受け継がれていることに感謝した。

その温かな灯りは、どこか哀愁や情緒を漂わせて、人のこころ労わり、

慰めてくれるのである。

世界が平和でありますように、人類が安らかでありますように・・・

 

(お盆それは、故人を迎え、一緒に過ごし、見送る、先祖供養のための夏の恒例行事である。)

  

                       

                                          村岡商店街(兵庫県)の盆提灯の灯り (8月14日夜撮影)

 

  

■2023_08_17   送り火

 

送り火に 燃え立つ命 帰り往き しばしの別れ 惜しむ夏かな》  實久

   ―おくりびに  もえたついのち かえりゆき しばしのわかれ おしむなつかな―

 

友人から、自宅の屋上から撮った送り火<左大文字>の写真が送られてきた。

8月16日の夜に行われる<送り火>は、お盆に帰ってきた死者の魂を現世から

ふたたびあの世へと送り出す行事である。

お盆とは、あの世から一時的に戻ってきたご先祖様の霊を家族とともに迎え入れ、

感謝の気持ちを伝えて供養するという、祖霊信仰が結びついてできた日本の

伝統的な行事である。

 

                           

 

 

■2023_08_19   天への扉

 

《天蓋に 白雲満る 扉あり 開けてみたし おのれの窓も》  實久

   ―てんがいに しらくもみつる とびらあり ひらけてみたし おのれのまども―

 

森の散策、そこにはいつも天への扉が開かれている。 見上げる自分に見つめる白雲が、

おいでよと、誘われている気がするのである。

一度、病床の若き友を誘って、雲の上からお伽の国 地球という星を覗いてみたいものである。

 

                           

 

 

■2023_08_20   精霊宿る老木<アコウ>

 

『精霊の 宿りしアコウ 迫り来て 友の一颯や われ圧倒す』  實久 

   ―せいれいの やどりしアコウ せまりきて とものいぶきや われあっとうす―

 

親友が描いた一枚の水彩画の写真が送られてきた。

「アコウの精霊に導かれ、久しぶりに水彩画を描きました。 自宅療養中の若き仲間にも、

老木アコウの精霊が届きますように」との添え書きがあった。

「久しぶりに活きた絵に出会った気がします。凄い、の一語です。圧倒されました!

必ず届けます!」と伝えた。

 

                           

                           水彩画:「福江島の精霊が宿る樹齢250年のアコウの樹」(画・関本 拓司)

 

 

■2023_08_21   今を生きる山百合

 

《人は皆 運命に生きし 今あるを 忘れおりてや 多忙に任せ 》  實久

    ―ひとはみな さだめにいきし いまあるを わすれおりてや たぼうにまかせ―

 

野山に咲く大好きな山百合の種を庭に蒔いておいたら、純白の大輪を咲かせた。

精一杯今ある自分を生きる山百合の凛とした姿にエールを送った。

おのれ独り、背を伸ばし、天に向かって立つ姿に、人のあるべき姿を重ねた。

病床の若き友の<今を生きる>姿に、眩しさを感じた。

 

                           


 

■2023_08_22   秋を告げる蝉 <ツクツクボウシ

 

《夏を告げ 鳴き叫けぶ蝉 秋迎え 削りし命 称えあげたし》  實久

   ―なつをつげ なきさけぶせみ あきむかえ けずりしいのち たたえあげたし―

 

夏から秋へ、季節の衣替えを感じる。

真夏の風物詩、セミの鳴き声に変化が見られるのである。

どこか秋の到来を告げる蝉の鳴き声が混じり、日々増していることに気づく今日この頃である。

リズミカルナな<ツクツクボーシ>のハーモニーが志賀の森に響き、

猛烈な残暑の中にも秋を感じている。

病床の若き友にも、秋を迎える蝉の合唱が聴こえていることであろう。

 

                           

                                               

 

2021_08_22   彦星からの返信を待つ

 

《彦星の メッセージ待つ トキメキの ロマンの夜をや 待つ身苦しき》  實久

   ―ひこぼしの めっせーじまつ ときめきの ろまんのよをや まつみくるしき―

 

旧暦七夕に当たる今夜8月22日、午後10時から1時間、彦星(アルタイル/牽牛星)方向に

JAXA大型パラボラアンテナを向け、40年前、米国スタンフォード大学より送信された

メッセージの異星人からの返信を待つという壮大な実験が行われるという。

地球星に人間と言う生物体がいる限り、大宇宙にはそれなりに異星人がいると信じる

夢多き人がいても不思議ではない。

七夕の彦星にメッセージを送ったという日本的情緒に感動している。

もし40年と言う時空を超えて、彦星(アルタイル)からメッセージが届いてくれたら、

と胸をときめかしながら、ロマンの中に埋没している。

 

                           

 

 

■2023_08_24   名門の復活

 

《青春に 燃え尽きせしや 球児たち 白球追いし 瞳爽やか》  實久

   ―せいしゅんに もえつきせしや きゅうじたち はっきゅうおいし ひとみさわやか―

 

107年前に第二回高校野球で優勝した名門校(当時 慶應普通)が、105回大会で

優勝したことに日本中が驚かされた。

忘れ去られていた名門校が、二連覇のかかった強豪校を下したのである。

 

勝戦前、強豪校 仙台育英高校の自信に満ちた落ち着きと安定感に対し、

名門校 慶應高校の挑戦者としての爽やかさが目立っていた。

不思議なことに、決戦の前から強豪の一方的な勝利を予想するものが少なかったことにも、

波乱に満ち、ひょっとしてひょっとするのではないかとの優勝戦への好感度が上がっていた。

わが地元校が、優勝戦で桐蔭に挑んだ雰囲気とは全く違っていた。

 

試合が始まると、甲子園球場を埋め尽くした観客のほとんどが名門校の関係者ではないかと

疑うほど、球場が割れんばかりの大応援歌に包まれ、応援団のドラムが止むことなく轟き、

まるでサッカー試合のあの怒涛の応援や、阪神タイガーズの六甲おろしのよな応援が

繰り広げられた。

いろいろと批判もあるようだが、高校野球の青春にかけるドラマの真骨頂を見た思いでもある。

 

高校野球の最盛期、いや転換点を見た思いとともに、球児の長髪にも高校野球の新しい時代の

波を垣間見た。

両チームの健闘を称えたい。

 

                           

                                        写真: 優勝を喜ぶ慶應高校球児 (www.yomiuri.co.jp提供)

 

 

■2023_08_26   登山訓練開始

 

《今朝も又 琵琶を見下ろす 伊吹山 我を招きて 霞みおりしや》  實久

   ―けさもまた びわをみおろす いぶきやま われをまねきて かすみおりしや―

 

秋の伊吹山登山目指して、山歩きの準備をはじめた。

裏山の<木戸比良登山口>より、標高450mのキタダカ谷にある第二砂防ダムを往復して、

転倒・滑落防止のため足腰を鍛えるのである。

百名山完登をなし終え、随分と歳を重ね、すっかり隠居してしまったが、

人生最後の登山を計画している。

伊吹山滋賀県 1377m)は、百名山完登時の第一座であった思い出の山である。

はたして、伊吹山登山は成し遂げられるのだろうか。

ぼちぼち始めたい。

病床の若き友にも、背後から押してもらおうと思っている。

 

                           

 

 

■2023_08_28   夕焼け

 

《蝉ミミズ 暑さに命 縮めおり 迎え早しや 夏日悲しき》  實久

   ―せみみみず あつさにいのち ちぢめおり むかえはやしや なつびかなしきー

 

この夏の暑さには体も悲鳴を上げた。

残暑を迎え、いまだ夕焼けには涼しさはなく、体のほてりは陽が沈むまで続いている。

また、志賀の里では、例年見られない光景に出会っている。 干からびたミミズが沢山横たわり、

命縮めた蝉が沢山ひっくり返っている姿に驚いている。

そして、赤トンボが例年になくその数を増やしている。

地球の熱帯化により、自然界の法則が狂いだしてきているように思えてならない。

嬉しいことに、ここ志賀の里の水稲の生育状況は順調で、すでに稲刈りが始まったところもある。

 

                           

 

 

■2023_08_29   百日紅泳ぐ

 

             漢詩 《今を生きる》

                   七言絶句  實久

 

      百日紅泳吊浮雲    浮雲に吊られて泳ぐ百日紅    

      炎天也涼顔無苦    炎天に苦も無き顔涼しげ也    

      向天蝉遊独謳幸    天向い幸せ謳う蝉独り遊び    

      君今此処楽生唯    君今此処唯生きるを楽しむ  

 

 

           我家の遅めのサルスベリ百日紅)が満開である。

        浮雲に吊られて泳ぐ百日紅が、炎天下、苦もせず涼しげである。 

         蝉は独り天に向かって幸せを歌い、遊んでいるではないか。

        ただ今ここを思いっきり噛みしめ、生きている姿に感銘を受けた。

       自宅療養で、入浴をする若き友にも、同じく満足しきった顔を見た。

          幸せは、いつも身の回りにあることに気づくのである。

                    感謝である。

 

                   

 

  

■2023_08_30   山百合の表情

 

《山百合や 時の流れに われと坐し 静寂に沁みる ヒグラシの声 》  實久

   ―やまゆりや ときのながれに われとざし しじまにしみる ひぐらしのこえ―

 

野の花にも豊かな表情がある。

晴れた朝の清々しい顔、雨に濡れ頭を下げる顔、水玉を飾って得意げな顔、それぞれに生きる

喜びを現わし、幸せを謳歌しているのを感じる。

その表情には、生への疑いがなく、運命への達観が見てとれて羨ましくも感じてしまうのである。

今朝も、山百合のように、流れいく時のなかに、病床の若き友と一緒に坐ってみた。

 

                           


 
 

■2023_08_31   老ライダー最後の言葉 

 

《風を切り 終えしライダー 老境の 終わり目出度き 言葉響きし》  實久

   ―かぜをきり おえしらいだー ろうきょうの おわりめでたき ことばひびきし―

 

ハーレダビッドソンを駆って北海道一周の旅の途上、知り合った10歳年上のライダーがおられた。

以来、鹿児島とここ志賀の里との文通が始まった。 

季節変わりの侘び寂を紹介しあい、ライダーの醍醐味と人生を語り合って来た。

その彼も92歳になり、とうとうライダーを卒業せざるを得ない老境に達したとの悲しい便りが届いた。

最後に、和紙に・・・

 

《おわりも めでたく 候へ》

 

との自筆の感謝の気持ちをしたためてあった。

わたしも、人生とは、かくありたいと願っている一人である。

慰めの言葉と共に、ライダー人生の完結に弥栄を贈った。

老ライダーの愛に満ちた、充足しきった言葉が、こころに響いた。

 

                           

 

  

■2023_08_31   豊穣の満月<ブルームーン

 

《忍び待つ 豊穣の月 雲の間や 命の泉 満ちて宿りし》  實久

   ―しのびまつ ほうじょうのつき くものまや いのちのいずみ みちてやどりし―

 

雲間の満月の豊かな光を受け、稲穂は頭を垂れ、秋虫たちはその声を張り上げている。

その情景は、侘び寂の極致を演出してくれていた。

満月のもと、風流に身を任す病床の若き友にも、月光が優しく包んでくれたことであろう。

 

                           

                                                       写真: 志賀の里、8月31日19時28分撮影

 

 

■2023_09_01   秋気配

 

《秋気配 競いて止まぬ 蝉しぐれ 日暮らす我も ひねもすおりし》  實久

   ―あきけはい きそいてやまぬ せみしぐれ ひぐらすわれも ひねもすおりし―

 

残暑に、いまだシャワーの爽やかさを感じる今日この頃である。 

老いてなお夏の暑さに翻弄され続けている自分を見つめる日々でもある。

その私をじっと見つめる残暑、その残暑を楽しむ蝉しぐれ、そして暑いとぼやくこの老いぼれと、

この三位一体の宇宙にこそ命の輪廻があると思いつつ、睡魔に襲われる日々である。

病床の若き友も、蝉しぐれの調べに、今を生きるおのれを見つめていることであろう。

 

                           

 

  

■2023_09_02  稲穂の気持ち

 

《刈入れの エンジン唸る 稲穂おり 誰がわがために いのち活かせし》  實久

   ―かりいれの えんじんうなる いなほおり たがわがために いのちいかせしー

 

例年になく、ここ志賀の里の稲穂の生育が早いような気がする。

8月末に早くも稲刈りが始まり、その後の刈入れ作業は急ピッチに進んでいる。

猛暑による高温障害が原因だという。

地球の熱帯化は、稲作にも顕著に表れてきているようだ。

稲穂はただ頭を垂れ、活かされるわが命をじっと見つめ、満足しているように見えた。

 

                           

 

 

■2023_09_04   銀輪、風に乗る

 

《銀輪の 風に遊びて 湖西路を 漕ぎし老体 若き日覚ゆ》  實久

  ―ぎんりんの かぜにあそびて こせいじを こぎしろうたい わかきひおぼゆ―

 

曇り空に誘われて、久しぶりに湖西路に自転車を走らせ、湖の風と遊び、汗を流して来た。

JR湖西線志賀駅>より、白髭神社高島市)間の往復約30㎞のサイクリング<ビワイチ>である。 

すっかり衰えてきた脚の筋力の回復のつもりだったが、自宅前の心臓破りの坂でダウンしてしまい、

病床の若き友に後ろから押してもらって、どうにか帰宅できたのだからお笑いである。

 

        



 ■2023_09_05    懐かしの味<オムライス>

 

《少年の こころに宿る オムライス 出会い懐かし 幸せ覚ゆ》  實久

―しょうねんの こころにやどる おむれつに であいなつかし しあわせおぼゆ―

 

湖西路のサイクリングで懐かしいお袋の味<オムライス>に出会った。

あれは昭和28年ごろ、終戦後の少年時代、朝鮮半島から引き揚げてきた当時、日本はまだまだ貧しく、

人々はお互い助け合い、食材を貸し借りしていた。

なかでも栄養価の高かった卵やバナナは入手困難な贅沢品であった。

ただケチャップで味付けした焼き飯を卵で包んだだけのオムライスの美味しかったこと。

また、そのソースが素朴そのもので、絶品であった。

そんな懐かしの<オムライス>に、白髭神社手前(南100m)の豚汁で有名な「白ひげ食堂」で再会し、

感激にむせび、目を輝かせたものだ。

次回は、病床の若き友の快復を待って、一緒に食べに来たいものである。

 

 

 

 

   ■2023_09_06   虎刈り

 

《我を待つ 蔦垣あたま ぼさぼさの 入れしバリカン 虎刈りも良し》  實久

   ―われをまつ つたがきあたま ぼさぼさの いれしばりかん とらがりもよし―

 

例年の葉刈りも、猛暑のため、今日に延びてしまった。

残暑を避け、朝夕に分けての作業だ。 老いてもなお体を動かせることに感謝である。

急に雨が降り出したので、今朝の作業を打ち切った。

ただ、腕が落ちたのか、虎刈りの蔦たちの渋い顔をみて、病床の若き共に笑われたものだ。

 

                           

 

 

■2023_09_08   秋を迎える夕暮れ

 

《時忘れ すべてゆだねし 夕焼けに 病の友と みむね仰がん》  實久

   ―ときわすれ すべてゆだねし ゆうやけに やまいのともと みむねあおがん―

 

世界のどこを歩いていても、夕焼けは必ず一人旅に付添い、心豊かに迎えてくれる。

さすらう旅人にとって、夕焼けは一服の安堵の酔酒である。

志賀の里で出会う、びわ湖を染める夕焼けもまた一枚の額縁の中にあった。

病床の若き仲間と、<夕焼け小焼け>を声あらん限り歌い、夕焼けと遊んだ。

 

                         

                         


 

■2023_09_09   キリギリス

 

《閉じし目に 耳を澄ませば 秋の虫 沈み往きしや こころ休まる》  實久

   ―とじしめに みみをすませば あきのむし しずみゆきしや こころやすまる―

 

残暑も落ちつき、ランニングシャツからTシャツへ衣替えをした。

わが家にもキリギリスの登場である。ここ志賀の里は、河鹿ガエルや蝉たちのコーラスから、

秋の虫たちであるキリギリスや鈴虫・コオロギのシンフォニーに移った。

目を閉じ、静かに耳を傾けながら、病床の若き友と秋の音楽会を楽しんだ。

 

                           

 

 

■2023_09_11   ラグビーワールドカップ 2023パリ大会

 

《風を切る ステップ軽し ラグビーの 肉弾戦に タックル軋む》  實久

   ―かぜをきる すてっぷかるし らくびーの にくだんせんに たっくるきしむ―

 

キックオフ、いよいよ始まった。

アジアを代表して10回連続出場の日本。 前回の自国大会でようやく互角に戦える姿を

世界に見せてくれた。 

期待のかかる今回、熱戦を繰り広げ、どこまで強豪チームに挑んでくれるのか、楽しみである。 

初戦のチリ戦、チャレンジャーであるチリの切れのいい走り込み、ステップ、果敢なタックルに

拍手を送った。

4年ぶりに楕円形のボールを追いながら、受けて立つ日本チームの緊張感を十分味わった。

42:12 意外な大差の勝利に、イングランド戦への期待がふくらんだ。

さっそく、登山訓練の途中、砂防ダムのうえでスクラムのボール出しの真似をしてみた。

病床の若き仲間に、まるで股覗きだねと笑われてしまった。

(写真は、反転させています。驚かないで・・・笑い)

 

                           

 

 

■2023_09_12   グリーン・カーテン

 

《影作り 風に踊りし 切り絵窓 われ和ませし 緑豊けき》  實久

   ―かげつくり かぜにおどりし きりえまど われなごませし みどりゆたけき―

 

異常な暑さに見舞われたこの夏、少しでも暑さをしのぐために植えた朝顔・ゴーヤ・キューリによる

グリーン・カーテンにも助けられた。

窓額縁の中の切り絵のように、風に揺れ、光透す緑葉に、涼しさを感じたものである。 

めっきり涼しくなった朝夕、役目を終えたグリーン・カーテンの影絵を楽しませてもらっている。

病床の若き友も、朝夕の涼しさを感じとってくれていることだろう。

 

                           

 

  

■2023_09_14   ツーリイング

 

《老いたりし 腑臓に響く バイク音 風と歌いて 雲と戯むる》  實久

   ―おいたりし ふぞうにひびく ばいくおん かぜとうたいて くもとたわむる

 

秋空の下、久しぶりに愛車Honda Super Cub 110 Proにまたがって、志賀の里を駈けてきた。

老体に響くエンジンの軽やかな振動に酔い、びわ湖より渡りくる風と歌い、比良の峰に浮かぶ雲と遊んだ。

さあ、帰ったら草刈りをしなくちゃ・・・

 

                           

 

 

■2023_09_19   奉仕デー<草刈り>

 

《草刈りに 観じしわれも 主の御手に 刈られ往きてや 永遠に安けき》  實久

   ―くさかりに かんじしわれも しゅのみてに かられゆきてや とわにやすけき―

 

公道の草刈り奉仕をはじめて幾年月になるだろうか。

老体にはエンジン式草刈り機は重過ぎるようだ。 重力がかかる腰を、さらに草を払うために左右に

動かすのである。今回が最後のご奉仕になりそうだと思いつつ、病床の若き友の声援を受けながら、

感謝を込めて、丁寧に仕上げた。

そろそろ人生の夕暮れが近づいたようである、エンディングノートを仕上げる時のようだ。

 

                           


 

■2023_09_20   芙蓉に魅せられて

 

《麗しの 声掛け芙蓉 忍び来て こころ目結ぶ 愛のたかぶり》  實久

   ―うるわしの こえかけふよう しのびきて こころめむすぶ あいのたかぶり―

 

今朝も大輪の麗しき笑顔のお花に声掛けされた。 芙蓉、なんと素敵なネーミングであることか。 

しとやかな麗人に語りかけられる散策はひとしおである。

すべての生きとして生きるモノには、そのモノにしか持ちえない個としての魅力を隠し持つものである。 

お互いを認め合うとき、生ける喜びを嚙みしめられるのであるから、それぞれが幸せである。 

<人も花と同じですよね> 病床の若き友の独り言が聴こえてきた。

 

                           

 

 

■2023_09_22   夕陽に輝く白雲

 

《切取りし 夕暮れ景色 輝きて 安らぎ満つる わが胸のうち》  實久

   ―きりとりし ゆうぐれけしき かがやきて やすらぎみつる わがむねのうち―

 

午後4時ごろの比良山中腹より眺めるびわ湖大橋方面の夕景色である。

この時間になると比良山の西側は山影の世界に入り、

東の空は沈みゆく太陽に反射し、最後の光を放つ。

この一瞬の輝きに、浮世の安らぎを感じるのである。

病床の若き友も、いまの今、輝きを見せてくれている。 

感謝である。

 

                           


 

■2023_09_22   曼殊沙華

 

《列車過ぐ  風に交わる  曼殊沙華  この世の出会い  応え揺れおり》  實久

   ―れっしゃすぐ かぜにまじわる まんじゅしゃげ このよのであい こたえゆれおり―

 

例年、畦にたわわに咲く彼岸花が、その姿をようやく現した。

JR湖西線を走り抜ける電車が残す微かな風に、揺れて応える曼殊沙華の姿に、

この世の微笑ましい営みを見て、こころが和んだ。

 

                           

                           

 

■2023_09_22   刈入れ終える

 

《垂れし穂に 伝えし平和 来る子らに 喜び満ちし 永遠の日の本》  實久 

   ―たれしほに つたえしへいわ くるこらに よろこびみちし とわのひのもと―

 

ここ志賀の里では、すっかり秋を感じるなか、低く垂れこめた雨雲を気にしながら、

豊作に感謝しつつ、今年最後の黄金米の刈入れが始まった。

稲作に支えられたこの国の民の穏やかで平和な姿が、永遠に引継がれますように、

病床の若き友と共に祈った。

 

                           

 

 

■2023_09_19   友なる朝顔

 

《おはようと 振返る顔 涼しげや おのれ沈めし 友なる君に》  實久

   ―おはようと ふりかえるかお すずしげや おのれしずめし ともなるきみに―

 

この夏で何代目だろうか、猛暑に耐えて今年も子孫を残し、一生を終えそうだ。

朝、冷静な顔でご挨拶。昼、太陽を避けて体を縮め瞑想に入る。そして日が巡り、子を宿すのである。 

おのれの生涯を静かに見つめる朝顔の平常心にいつも心うたれるのである。

 

                                           

 

 

■2023_09_25   焼肉バンバン

 

《焼肉の 煙に咽び ジューシなる 待ちやもどかし 喰いつきおりし》  實久

   ―やきにくの けむりにむせぶ じゅーしなる まちやもどかし くいつきおりし―

 

志賀の里、わが家近くの「焼肉バンバン」で、懐かしい昭和の焼肉を楽しんできた。 

いつ食べに行っても<これこそMr.焼肉店>と唸らずにいられない。 

もうもうと立ち込める煙、冷房から噴き出す蒸気、換気扇の唸り、この雰囲気こそ昭和レトロの

焼肉店なのだ。 肉も良し、たれも良し、おばちゃんも良し。

ここもまた、病床の若き友を誘ってこなくちゃ・・・きっと喜んでくれると思うよ。

 

 

 

 

■2023_09_25   稲藁干し

 

《藁干しの 日向ぽっこや 昔見る カマスや草鞋 想い巡らす》  實久

   ―わらぼしの ひなたぽっこや むかしみる かますやわらじ おもいめぐらす―

 

昔懐かしい刈入れ跡の<藁干し>、少年時代には当たり前だった風景が、

すっかり田圃跡から消え去っていた。 

藁は、蓑(合羽)・包装材(納豆)・掃除機(箒)・カマス(袋)・屋根(藁ぶき)などと

マルチに活躍をしていた昔懐かしいマドンナであった。 

温暖化の救世主として、藁製品を復活する声に賛成である。

病床の若き友も、昔の人々の知恵に、賞賛の声を上げた。

 

                           

 

 

■2023_09_27   尻押し

 

《風に乗り こころ揺さぶる わらべ歌 病の友と 押しくら饅頭》  實久

   ―かぜにのり こころゆさぶる わらべうた やまいのともと おしくらまんじゅう― 

 

秋空に響く「押しくらまんじゅう、押されて泣くな」、少年時代のわらべ歌が

風に乗って聴こえてきた。 

ふと、目にとまった葡萄家族の楽し気な宴に引込まれていった。

病床の若き友と一緒に加わり、歳を忘れ懐かしい<尻押し>を楽しんだ。

 

                           


 

■2023_09_28   アゲハ蝶と曼殊沙華

 

《共生に 助け合いたし 我らおり 祈り合いてや 互い高めし》  實久

   ―ともいきに たすけあいたし われらおり いのりあいてや たがいたかめし―

 

曼殊沙華の蜜摂りに訪れたアゲハ蝶は、フォーバリングをしながら、巻き口吻

(こうふん・口先)を長く伸ばして作業中である。

優雅に、風に乗る蝶々も命あるもの、みなと同じく命を繋ぐために真剣である。

曼殊沙華も、子孫を残すために蝶に蜜を提供していることを思うと、

自然界の共生に病床の若き友と称賛の拍手を贈ったものだ。

 

                           

 

 

■2023_10_09   再会

 

《黄昏の 再会嬉し 子ら迎え その育ちをや 仰ぎ和みし》  實久

   ―たそがれの さいかいうれし こらむかえ そのそだちをや あおぎなごみし―

 

《再会の 子らと遊びし びわの湖 時の流れに 老い刻みおり》  實久

 ―さいかいの こらとあそびし びわのうみ ときのながれに おいきざみおりー

 

コロナ禍の3年間、大切な家族の往来が中断されていた。

この度、ようやく再会を果たすことが出来、一日をびわ湖のミシガン・クルーズに遊んだ。

 

                           

 

 

■2023_10_10   晩生米(おくてまい)

 

《晩生米 囲みし仲間 球追いて 激しタックル トライに沸きし》  實久

   ―おくてまい かこみしなかま たまおいて はげしたっくる とたいにわきし―

 

ここ志賀の里では、最後まで残っていた晩生米の刈取りが終わった。

一年のうち最も季節の移り変わりを感じる時でもある。

ワールドカップラクビ―2023の善戦が、目の前の日干し藁のスクラムに、

その余韻を残していた。

そこには、ラガーシャツの襟を立てた病床の若き友が、楕円球を追って

タックルする姿もあった。

 

                           

 

 

 ■2023_10_11   田仕舞い<モミ焼き>

 

秋天に 龍煙立ちし 田仕舞いの モミ焼き長閑 賛歌満ちおり》  實久

   ―しゅうてんに りゅうえんたちし たじまいの もみやきのどか さんかみおり―

 

ひとの命を繋ぎきた米の刈入れを終え、のどかな田圃跡では、脱穀後のモミ焼きが見られる。

平和な時の流れに、病床の若き友とともに感謝した。

 

                           

 

 

■2023_10_13   病床の若き友の覚醒を祈りつつ

 

《朗らかに 産声あげて この日まで 導きの道 涙尽きじや》  實久

   ―ほがらかに うぶごえあげて このひまで みちびきのみち なみだつきじや―

 

            お誕生日おめでとう! <絆の祈り>参加者一同

          病床の若き友 和馬君の覚醒を信じ、賛美の詩と短歌をここに贈る

 

              越えきし野山 見かえれば

              まよえる時は 連れかえり

              なやめる時は はげまして

              導びきのみち 涙つきじや

 

                           


 

■2023_10_12   白茄子

   ―秋茄子は、嫁に食わすな―

 

《丸顔の 命見つめる 秋茄子も 無の風受けて 穏やかなりし》  實久

   ―まるがおの いのちみつめる あきなすも むのかぜうけて おだやかなりし―

 

「おいしい茄子を嫁には食べさせたくない」という、姑(いゆうとめ)の意地悪な気持ちを

現わしていると思っていたが、以外にも嫁の体を気遣っての心優しい気持ちもあることを知って、

ほっとさせられたことを覚えている。

秋茄子は、美味であるため過食してしまいがちであるが、特に女性にとって体の冷えは健康に

よくないため、子供を生んでほしい嫁に茄子を食べさせすぎてはいけない、

という戒めであるという。

今夜は、病床の若き友と、七輪に炭をおこし、秋茄子を焼き、田楽味噌をのせ秋の味覚を楽しみたい。

 

                                                   

 

 

■2022_10_14    秋陽愉しむ鶏頭たち

 

《無心なる 生きざま認む 花おりて 何故に急ぐや と尋ねられし》  實久

   ―むしんなる いきざまみとむ はなおりて なぜにいそぐや とたずねられし―

 

厚手のふわふわなガウンを羽織り、優雅に秋陽を愉しむ鶏頭たちに出会った。

おしゃべりに夢中なのか、生きる今を楽しんでいるのであろうか、自分たちの世界に夢中である。

動かずに時の流れに生きる彼女たちに、足が地についていない人間はどのように映っているのだろうか。

それぞれに与えられた幸せに満足するのも、大切な生き方なのかもしれないと、

病床の若き友と語り合った。

                                                 

                           

 

 

■2023_10_15   昼夜逆転

 

《歓声に ハカの威圧や 飛び散りて 楕円のパスに 血潮沸きにし》  實久

   ―かんせいの はかのいあつや とびちりて だえんのぱすに ちしおわきにし―

 

4年に一度のこの時期、週末の昼夜が逆転する現象が起こる。

ワールドカップラクビ―観戦は、ワインを片手に至福な時間が流れるのである。

日本のリーグ戦敗退は悔しいが、対戦相手であったアルゼンチンが、ウエールズに勝利し、

準決勝に駒を進めた。

また、世界一位のアイルランドに挑戦したニュージランドのオールブラックスが辛勝し、

準決勝でアルゼンチンと激突することが決まった。

今夜も、イングランド対フイジー、フランス対南アフリカとの好ゲームに魅せられることであろう。

ラクビ―ファンにとって、まだまだ眠れない嬉しい週末が続きそうである。

病床の若き友の「もうお昼過ぎですよ!」の声に、「もう少しタックルの夢見させてよ・・・」

 

                           

                                     写真 : ワールドカップフランス2023 日本代表 (共同配信)  

                                                 

 

■2022_10_15    たくましき生命―祈り

 

《人みな はかなき命 背負いてや 今を生きるに おのれ尽くせし》  實久

   ―ひとはみな はかなきいのち せおいてや いまをいきるに おのれつくせし―

 

毛虫にやられ丸坊主になった桜の木、秋空のもと、若葉は成長し、何を訴えることもなく、

命を繋いでいる。

ただそこに存在する無言の君に向き合うだけで、君は生きる力を与えてくれるのである。

想い、祈り合い、言葉を掛け合うだけで、そこには目に見えない心が通じ合い、

エネルギーの交換が出来るのだから、生きるとはドラマである。

<人はなんで生きるのか> トルストイの問いを、病床の若き友と考えてみた。

 

                           

 

 

■2023_10_17   楕円の球に魅せられて

 

《血潮満つ 年老いてなお 追いし球 タックルも良し フレンチの秋》  實久

   ―ちしおみつ としおいてなお おいしたま たっくるもよし ふれんちのあき―

 

《時差ボケに 悩みし秋陽 うららかや 飛び交いし球 夢うつつかな》  實久

   ―じさぼけに なやましあきび うららかや とびかいしたま ゆめうつつかな―

 

今朝も、時差に悩まされ、昼近くの目覚めとなった。

ワールドカップラクビ―2023フランス大会の準々決勝2試合の死闘に、ラクビ―の心髄にふれ、

その余韻に耽っている。

鍛えた肉体の激突、息詰まる知略・謀略・戦略、応援歌と怒号、まさに王者の死闘であった。

とくに地元フランスと南アフリカの準々決勝、わたしの心に残る名勝負となった。

ラクビ―ファンの冥利に尽きた。

 

                         

 

 

■2023_10_18   木洩れ日

 

《木洩れ日に 浮き立つこころ 翔けし森 手を取り合いて 踊り舞いしや》  實久

   ―こもれびに うきたつこころ かけしもり てをとりあいて おどりまいしや―

 

木洩れ日、それも<天使の梯子>に出会った日は、こころ爽やかである。 

こころ洗われ、初子(ういご)のような気持ちになるのだから不思議である。 

この世にはいまだ汚れを知らない世界があるのだ。

そこにはエンヤ(アイルランドの癒し系歌手)の世界が広がり、病床の若き友と

手をつないで森の中を翔け回った。

 

                           

 

 

■2023_10_19   光り受け

 

               今に生き ここで咲く

               みよこの顔 きみの顔

               光り受け 美しき姿よ

               ああ  出会いて嬉し

 

                           

 

 

■2023_10_22   鳶(トンビ)舞う

 

《只々に われを見つめて 語りたし 鳶輪を画く 秋の白雲》  實久

   ―ただただに われをみつめて かたりたし とんびわをかく あきのしらくも―

 

一対一で向き合うとき、そこには一瞬の語らいがあり、求め合うものがある。

今朝も爽やかな白雲を背景に、何を語りかけたかったのだろう、

一羽の鳶がわたしを追いかけるように輪を画いていた。 

出会いとは、いや認めあう瞬間って、気づき合う事なのだと知った。

そこに、君がいるから・・・、今朝も出会いに感動した。

 

                                       

 

 

2023_10_23   病床の若き友を見舞って

 

《平安に 体ゆだねし 君なれど  悔しさ滲む  目尻の涙》  實久

   ―へいあんに からだゆだねし きみなれど くやしさにじむ めじりにのなみだ―

 

秋晴れの清々しい風に導かれ、自宅療養中の若き友を訪ねてきた。

この5月に昏睡状態になり、集中治療室に入ったということをローバースカウトOB仲間から知らされた。

その後、父親と山科会長から、昏睡からの脱却・覚醒への祈りに参加して欲しいとの願いを受けて、

仲間による<絆の祈り>の輪を広げ、朝七時それぞれが、その場での祈りを実践してきた。

多くの人、仲間の祈りがあって、奇跡的に自宅療養にまで回復したが、いまだ覚醒に至っていない

という医者の判断である。

現在、父親の呼びかけで、彼を知る友人・仲間による、覚醒のための刺激を実施されている。

 

ご自宅を訪問するとご両親と妹さんに出迎えられた。

彼は、奥の部屋、バリアフリーの完全介護設計の部屋で眠りの中にあった。

しかし、ガリバーが手足を縛られているように、たくさんの生命維持装置の管に縛られた彼の姿には、

なにか神々しささえ感じられ、威厳に満ちていた。。

「生きろ、生きてくれ!」 仲間一人一人の願いを込め、ふたたびそっと少しぬくもりのある手を

握りしめた。 

病床の大男の固く結んだ左目の目尻にうっすらとにじんだ涙を認めた時、

すべてを感じとっている若き仲間の無念さが伝わって来た。 

そして感謝の気持ちが伝わって来た。

「ありがとう和馬!」 再度、手を握りしめ、また会う日まで、別れを告げた。

 

<関連ブログ>   2023『星の巡礼 病床の若き友を見舞って』

https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2023/10/24/060854

 

 

 

 

■2023_10_25  光あれ

 

《すすき立ち 温もり残す びわの湖 いのち尊き 光り満ちにし》  實久

  ―すすきたち ぬくもりのこす びわのうみ いのちとうとき ひかりみちにし―

 

今朝も、琵琶に昇る光に、深け往く秋を感じた。

悠久の光りには、望みという温もりがあり、安堵に包まれた。

かすかな温もりは生きる喜びを伝えてくれているようだ。

病床の若き友の手の温もりをふと覚えた。

 

                           


                            

■2023_10_26   秋のコラボレーション

 

《わびさびの こころ重ねし ススキの穂 風に舞いてや 友を癒せし》  實久

   ―わびさびの こころかさねし すすきのほ かぜにまいてや ともをいやせし―

 

志賀の里は、美しい秋のファッションショーで賑やかである。

ススキとブタ草のコラボ、清楚と野生の対比、面白い構図となった。

<わび・さび>を好む私たち日本人が、秋の野山に群生し、物憂い様子で白い穂を風に揺らす

ススキの立ち姿に、儚さや寂しさを見出すのだからその感性の素晴らしさに驚嘆する。

病床の若き友のこころを、ススキの無我の境地に重ねてみた。

 



■2013_10_30   命立つ―力芝

 

《命燃ゆ 天に吼えなん チカラシバ 御手に委ねし こころ豊けき》  實久

   ―いのちもゆ てんいほえなん ちからしば みてにゆだねし こころゆたけき―

 

チカラシバは、<猫じゃらし>よりも男性的で、天に向かって立つ姿は生きる力、

いやおのれを曲げない力強さを感じさせてくれるのである。 

芝のように地中深くまで根を張り、引き抜こうと思っても引き抜けない逞しさがあり、

<力芝>と書く。

ここ志賀の山里は、秋の空に向かって立つ野草たちが一番輝く季節を迎え、にぎやかである。

今朝も、病床の若き共に、チカラシバたちのエールを届けた。

  

            

 

 

■2023_10_31   左官屋さん

 

《汗かきて 心地よき 目地治し 日毎の棲み家 労わり嬉し》  實久

   ―あせかきて ここちよき めじなおし ひごとのすみか いたわりうれし―

 

築後30数年経つと、家まわりも老朽化し、破損亀裂が目立ってきた。

今日は、駐車場の角石の目地の補修にとりかかり、まず亀裂部分の目地を剥がし、即乾性の

インスタント防水セメントを流し込み、指とコテで仕上げた。

体が動くかぎり、親しんだ家屋のほころびをわが手で労わってやりたいと思っている。

次は、障子張り、デッキの防腐剤塗り、枝切り、溝さらい、枯葉による土づくりなどの

軽作業が年末まで続く。

今日もまた、ありがたいことに健康に恵まれ、病床の若き友の励ましを受け、心地よい汗をかいた。

感謝である。

 

 


 

■2023_11_01   幸せな集い

 

《触れ合いて 響きしこころ 幾年ぞ 夜汽車に映る 古き友顔》  實久

   ―ふれあいて ひびきしこころ いくとしぞ よぎしゃにうつる ふるきともがお―

 

コロナ禍が落ち着き、3年ぶりに旧友が集った。

自営の友は、その厳しい自営のための戦いを切り抜け、逞しさの中にもすこし疲れを見せていたが、

乗越えた自信をのぞかせ、安堵の顔を見せていた。

一方、組織に労する仲間たちは、みな少し小太りしただろうか、幸せをかみしめた柔和な笑顔が

印象的であった。

仲間と言っても、脂の乗り切った初老から、老いを見つめるわたしの年代まで幅が広いが、

それぞれに与えられた役目を、責任を果たしている姿には、自信と落着きが見られた。

幸せは、おのれが見つけるもの、お互いの生き方に温もりある幸せを望みたいと願ったものである。

こころの友は、わたしの光る宝である。

今朝も、朝日を浴びた花水木の赤い実が幸せをかみしめていた。

 



■2023_11_01   目覚め

 

《気を吸いて 来る朝毎に 満ちし愛 道を追いてや 老いを見つめし》  實久

   ―きをすいて くるあさごとに みちしあい みちをおいてや おいをみつめし―

 

日毎の夜明けには、それぞれにメッセージが込められていると思う。

好きな賛美の一節がある・・・

《来る朝毎に 朝日と共に 神の光を 心に受けて 愛のみ旨を 新たに悟る》

何と素晴らしい栄光に満ちた、愛ある世の再確認を歌っていることか。

新たなる朝に、新たなる命を見出す・・・老いるとは素晴らしいことなのである。

病床の若き友に、み光がさんさんと注がれますように・・・

 

                           

 

 

■2023_11_03   ホトトギスの魅惑

 

《想いだす 若き心に 悩みしや 魅惑に弱き 膝の温もり》  實久

   ―おもいだす わかきこころに なやみしや みわくによわき ひざのぬくもり―

 

肉厚の花びらに、ムラサキの斑点を散りばめ、日陰で醸し出す雰囲気は魅惑的であり、ゴージャスである。

青春時代に味わった<秘めた恋>が蘇って、一瞬ドキッとした。

どこか心惑わす雰囲気が伝わって来た。 くわばらくわばらである。

でもホトトギスの華麗さに見惚れてしまった。

病床の若き友に、こころの動きを見られたようで老人も照れてしまった。(笑い)

 



■2023_11_04   志賀の里の<隠れ家>

 

《化粧せし 美しき星 輝くも 砲声止まぬ 地おもい悲し》  實久

   ―けしょうせし うつくしきほし かがやくも ほうせいやまぬ ちおもいかなし―

 

晩秋の三連休の初日、秋空のもと、紅葉に誘われて、びわ湖岸沿い、長めの散策に出かけてきた。

帰路、広大なびわ湖を眼下に、のんびりと走り去る列車を眺め、遠く鈴鹿の峰々を遠望できる

<隠れ家>で遅めのランチをいただいた。

隠れ家のような<Café Koan>は、国道旧161号線の<びわ湖バレイ入口>より北へ約300m先の

びわ湖側にあるコンテナ造りの可愛いお店である。

ハムサンドとアップルジュース、ソーセージサンドとレモネードをそれぞれいただいた。

機会を見て、病床の若き友にも、この雄大な景色をぜひ満喫してもらいたいと思っている。

 

 

    

 

2023_11_05   秋桜の立ち姿

 

《コスモスの 淡き衣や 薄日着て 夢謳いつつ 永遠に溶けにし》  實久

   ―こすもすの あわきころもや うすびきて ゆめうたいつつ とわにとけにし―

 

秋の残り陽に顔を向け、その温もりを一身に体感しているコスモスの姿は、

まるで老いた己を見ているようで、ほのかな哀愁の中に安堵の気持ちが流れた。

なんと素敵な立ち姿であろうか。

病床の若き友に「背筋を伸ばさなくちゃ」と声を掛けられた。

 

                       

 

 

■2023_11_06   老いる自然の姿<Amazing grace

 

《時迎え おのれ見つめる 老いの身に 素晴らしき主の 恵み深しや》  實久

   ―ときむかえ おのれみつめる おいのみに すばらしきしゅの めぐみふかしや―

 

曇り空の下、葉脈を見せ、吹き抜ける風を楽しむ老葉に出会った。

日に日に透けゆくわれを重ね、その美しき老い往く姿に、何とも言えない親しみを感じた。

老いるとは、身の軽きをまとい、枯れ往く時を楽しむことにあり。

その光り輝く姿、素晴らしき主の恵み<Amazing grace>に出会った恵みの晩秋である。

 

                           

 

 

2023_11_02   晩秋のナナカマト

 

《この世にて 今に輝く ナナカマト ただただ己  見つめおりしや》  實久

   ―このよにて いまにかがやく ななかまと ただただおのれ みつめおりしや―

 

百名山を駈け、紅葉に迎えられた日々が懐かしい。

曇り空のもと、晩秋に一段と輝くナナカマト、赤い実をつけて華麗なる姿を見せていた。

短い陽の中に、美しい姿をみせるナナカマトと心かよわす時の、なんとこころ穏やかなことか・・・。

生きとして生きるもの、老いるとは、静かな穏やかな時の流れにある。

病床の若き友の真紅に燃え立つこころを見た思いである。

 

                           

 

 

■2023_11   ツワブキ爛漫

 

《日陰なる 可憐いずこや ツワブキの 大輪面に われを見よやと》  實久

   ―ひかげなる かれんいずこや つわぶきの たいりんづらに われをみよやと―

 

玄関わきにある黄色い花が、紅葉の妖艶に負けじと、競っているから可笑しい。

日陰で謙虚に咲くイメージのあるツワブキが、これ見よと真黄な花を一斉に咲かせた。

今朝も病床の若き友と、このひと時を彼女たちと話し合えて幸せである。

 

                           

 

 

■2023_11_09   山歩き

 

《おのれ観る こころ響きし 落葉音 彷徨う人の 旅路浮かびし》  實久

   ―おのれみる こころひびきし らくようおん さまようひとの たびじうかびし―

 

ここ志賀の里は、比良・蓬莱山麓に原始の森が広がる。

落葉を踏みしめる微かな足音を楽しみながら、径なき道をさまよう様は、元トレッカーにとって

至福な時間である。

知らずのうちに、詩吟<太田道灌蓑を借るの図に題す>を大声で吟じていた。

木霊する森に、病床の若き友のかすかな、心地よい寝息が聴こえてきた。

 

                           

 

 

■2023_11_10   華麗なる落葉

 

《出会いとは 摩訶不思議越え いまここに 向きあい嬉し 心通いて》  實久

   ―であいとは まかふしぎこえ いまここに むきあいうれし こころかよいて―

 

最後の美しい黄金色に染まりゆく君に出会いて、君の華麗なる輝きを称えたい。

この一瞬の舞台に立つ君と僕、一期一会という出会いに感謝したい。

 

                         

 

 

■2023_11_11   <比良おろし>と<熟し柿>

 

《バリカンの 唸りし朝や 熟し柿 鳥に託せし 子ら安かれと》  實久

   ―ばりかんの うなりしあさや じゅくしかき とりにたくせし こらやすかれと―

 

志賀の里は、夜半にかけて冬の風物詩である北風<比良おろし>の強風が吹き荒れた。

食べごろに熟した柿、小鳥の訪れを喜ぶ柿、子孫を遠くに運んでもらいたい柿と、

共生のうつくしい季節であるが、強風に熟し柿も、随分と落柿した。

いよいよ寒き冬の夜なべに突入である、灯油の備蓄も終えた。

病床の若き友が、散髪をしたとの報せがあり、爽やかな表情に若者の生きる力を見た。

わたしもバリカンで丸刈り、散髪をしてさっぱりした。

 

                           

 

 

■2023_11_12   柿喰う鵯

 

《来冬に 吹き荒れし里 比良おろし 熟柿啄む 鵯おりて》  實久

   ―らいとうに ふきあれしさと ひらおろし じゅくしついばむ ひよどりおりて―

 

ここ志賀の里では、比良おろし<比良八講>と言う北風が吹きだすと、残っている熟し柿も強風に

落されてしまう。

その前に鵯(ひよどり)たちは、柿を喰い栄養を貯えるのに忙しい。

あと幾つ残っているだろうかと、首を回して数えている姿が可愛い。

冬を越すとは、小鳥たちにとっても大変なことなのである。

病床の若き友と、双眼鏡をのぞき、野鳥観察を楽しんだ。

 

                                       

 

 

■2023_11_13   ムラサキシキブ

 

《ムラサキの 醸す色艶 美しき 葉隠れ顔に 式部おりてや》  實久

   ―むらさきの かもすいろつや うつくしき はがくれがおに しきぶおりてや―

 

志賀の里は、雲間から陽射す、ピリッと冷たさを感じる朝である。

初冬の陽ざしの温もりに、ひょっと覗き見する、丸い小顔に目が止った。

葉隠れから顔をだす、なんと清楚で、上品なムラサキシキブなのだろうか。

そこに十二単を着飾った、聡明な紫式部が立ちつくしているように見えたから不思議である。

病床の若き友と、ムラサキシキブの色艶に見惚れてしまった。

 

                           



■2023_11_14  紅きマント羽織りて <老杉>

 

《生きるとは 苦難の旅路 背負いてや 喜び分かち 今おるを謝す》  實久

   ―いきるとは くなんのたびじ せおいてや よろこびわかち いまおるをしゃす―

 

志賀の里には、神々が集合する樹下神社があり、老杉が鎮座する。

神社は1578年再建とあるから、少なくとも樹齢400年の老杉であろうか。

天を突く老杉は、急なる寒さ到来に、紅葉のマントを羽織り、悠然と時の流れに

身を任せている。

沈思のなかに、強固な意志を見せる姿には、神々しささえたたえている。

今朝も、老杉に挨拶を交わし、親愛の抱擁を交わしてきた。

もちろん病床の若き友にも、老杉のパワーを送った。

初冠雪の比良の峰は、雲の中にあり、その姿をいまだ見せていない。

 

                           

 

 

■2023_11_15   枯葉絨毯<志賀清林パーク>

 

《冬空に 子らの叫びや 清林の 枯葉絨毯 駆けっこ嬉し》  實久

   ―ふゆぞらに こらのさけびや せいりんの かれはじゅうたん かけっこうれし―

 

志賀の里にある公園<志賀清林パーク>の休日には、たくさんの家族連れで賑わう。

ここ志賀の里にある我らの村<木戸>は、大相撲の行司の始祖と言われる志賀清林の故郷である。 

また、豊臣秀吉が木戸銭をとって相撲興業をすることを認めた最初の地であるともいわれる。

志賀清林は、奈良時代の726年、近江国から朝廷に出仕し、相撲の技四十八手と礼法と

「突く・殴る・蹴る」の三手の禁じ手を制定する事を聖武天皇に奏上した人物とされている。

病床の若き友と、この枯葉絨毯で、車いすラクビ―を楽しむ日を楽しみにしている。

 

                           

 

 

■2023_11_16   焚火

 

《比良の山  冬来たりなん  雪の華  何をか語らん  焚火囲みて》  實久

   ―ひらのやま ふゆきたりなん ゆきのはな なにをかかたらん たきびかこみて―

 

初冠雪を迎えた比良の麓に、友夫妻を迎え、焚火を囲んで久闊を叙し、ソフト・マシュマロや、

ソーセージを焼きながら青春にかえって談笑に燃えた。

薪が燃え立ち、うごめく炎の舞は、いつも心暖め、魅惑の世界へ誘ってくれるのがいい。

老いの身も、この時ばかりは、久しぶりに青春の炎に満ち満ちたものである。

 

 

                           

 

 

■2023_11_17   小さなわが子 <雨蛙>

 

《君もまた 我家の子なる 雨蛙 穏やかな顔 我を癒せし》  實久

   ―きみもまた わがやのこなる あまがえる おだやかなかお われをいやせし―

 

志賀の里は、雨雲の中にある。

我が家にはもう一人、冬眠の準備に忙しい家族がいる。

ニホンアマガエルという、季節や環境で体の色を変える忍者である。

初冬、彼女は緑色から灰色に衣替えをし、冬眠の準備に入るのである。

今朝も、濡れ縁から隣家で鳴く仲間に合わせて、体に似合わない鳴き声<グエッ・グエッ>と、

愛の輪唱交換を楽しんでいた。

そこには穏やかな、いつも変わらない、平和な顔のわが子がいた。

 

                           


 
                                                      

■2023_11_18   我家の柿暖簾

 

冬日浴び 吊られてはしゃぐ 柿暖簾 正月待ちて 指数えおり》  實久

   ―ふゆびあび つられてはしゃぐ かきのれん しょうがつまちて ゆびかぞえおり―

 

少年時代の家々の庭の真中には必ず柿の木が1本あった。

それも渋柿が大半であったと記憶している。 子供たちは木登りをおぼえ、得意げに柿を採ったものである。

オヤツであるとともに、保存食として、また正月の飾りに使う干し柿にするためである。

恒例の昔懐かしい、夜なべの<干し柿づくり>を手伝った。

病床の若き友も、手にへばりついた渋に、手をグッチョパーしてはしゃいでいた。

 

                           

 

 

■2023_11_19   華麗なる乙女<金魚草>

 

《優雅なる 金魚の舞や 和みおり 華麗に泳ぐ 初冬の空に》  實久

   ―ゆうがなる きんぎょのまいや なごみおり かれいにおよぐ しょとうのそらに―

 

ここ志賀の里、透き通った青空から、さんさんと冬日が降りそそいでいる。

上品ないで立ちで、ちょっぴりお喋りな金魚草が、温もりに向かって背伸びしている。

金魚草を、欧米ではミツバチが ドラゴン(竜)に飲み込まれている姿から<スナップドラゴン>

というから面白い。

草食系と肉食系では、平和的・戦闘的イメージとして対象を見るのであろうか。

病床の若き友と、われわれは草食系、それとも肉食系か論じ合ったものである。

「やはり金魚草だね・・・」

 

                           

 

 

■2023_11_20   <沈黙の調べ>

 

       暮れゆく初冬、独りたたずむ影姿、悠久の時を見おる

       何を想い、何を思いしか、君に問いて、君を見上ぐる

       沈黙の調べ流れ来て、こころ踊らす君に、只々感嘆す

       ああわれらいま、和して響きて、ともに祈りあいしや

                       ―病床の若き友を想いつ―

 

                           

 

 

■2023_11_22   幻想の伊吹山

 

《なぜ登る そこに山あり と言いしが ロマンに溺る おのれおりてや》  實久

   ―なぜのぼる そこにやまあり といいしが ろまんにおぼる おのれおりてや―

 

今年に入って、最後の登山にと裏山で足腰を鍛えてきた。

百名山完登の最初の山、伊吹山への再登頂を人生最後の登山と決めていたからである。

紅葉の季節を迎え、登山道の再確認をしたところ、ルートが大雨による崩落で登山禁止であることを

知って愕然とした。

伊吹山ドライブウエーも、あと数日で閉鎖するという。

急ぎ伊吹山頂に向かって車を走らせた。

残雪の急登を山頂へ、霧の中にあった念願の<伊吹山頂1377m>に立つことが出来た。

山頂下に立つ観音菩薩さんが、豊かな登山人生を称えてくれていた。

有難いことであり、幸せをかみしめた。

 

 

 

 

■2023_11_23   我家の黄葉<借景庭園>

 

《こころ満つ 黄葉景色 冬時雨 きみ潤おいて われ癒せしや》  實久

   ―こころみつ こうようげしき ふゆしぐれ きみうるおいて われいやせしや―

 

志賀の里の我が家のデッキから眺める黄葉は、いま一番の輝きを放っている。

衣替えの自然の姿には、老いの妖艶ささえただよい、その魅力を最大限に見せてくれるのである。

観ていて惚れ惚れする季節である。こころ満ちるひと時に感謝したい。

病床の若き友のこころにも祈りに乗せて、黄葉の景色を届けた。

 

 

 

2023_11_24   夕陽に輝く鱗雲

 

《紅の夕焼け小焼け 陽が暮れて カラスも帰る 今宵沈みて》  實久

   ―くれないの ゆうやけこやけ ひがくれて からすもかえる こよいしずみて―

 

昨夕、志賀の里は鱗雲に紅の夕陽が映え、幻想の世界に沈んだ。

病床の若き友と、大正時代のロマンあふれる童謡、中村雨紅の<夕焼け小焼け>を輪唱した。

 

 

 

■2023_11_25   温もり伝わる紫婦人―アキギリ<秋桐>

 

《老いてなお こころ潤おす 秋桐の 笑顔豊けき 君や愛しき》  實久

   ―おいてなお こころうるおす あきぎりの えがおゆたけき きみやいとしき―

 

今朝は、小雨が降るなか冬日射す<狐の嫁入り>のなか、遅めの目覚めとなった。

この世にムラサキの花<アキギリ>が存在する、なんと魅惑的で慈愛に満ちた花でろうか。

紫の花の色が、桐の花とそっくりである。

豊かな散策で出会った、野に咲く、気品に満ちたぬくもりのあるアキギリの姿に一目惚れである。

今日も楽しく、心豊かな時間を過ごせそうだ。

こころの響き合い、それが出会いであると思う老いの日々がうれしい。

病床の若き友にも、この潤いある花を、祈りと共に届けた。

 

                           



■2023_11_27   寒の月

 

《月満ちて 星燃え出ずる おいお前 君輝きて われ輝きし》  實久

   ―つきみちて  ほしもえいずる おいおまえ きみかがやきて  われかがやきし―

 

10数年前、ユーコンの川下りで出会った、寒空の星たちとコラボする美しい満月に、

ここ志賀の里で昨夜再会した。

その感動は、わたしの心の中に、神話<満月と私>として、いついつまでも宿っている満月と星たち、

わたしとの関係である。

満天の星たちが、満月の月あかりに負けじと輝き歌う様は、

永遠の命あるものへの教訓<メメント・モリー>「自分がいつか必ず死ぬことを忘れるな」を

思い出させてくれるように思える。

月は、わたしをはじめ、この世のすべてを見つめ、眺め、記憶にとどめているのだ。

語りかけは、わたしにとって<生の証>である。

 

                           

 

 

■2023_11_28   光あれ

 

《忘れおる 永遠に注ぎし わが光 気付きて生きし いまを喜ぶ》  實久

   ―わすれおる とわにそそぎし わがひかり きづきていきし いまをよろこぶ―

 

旧約創世記にある<命与える光>を今朝も享受していると思うと、万物を構成するちっぽけな己にも、

燃え立つエネルギーを感じた。

光りを貫く釣り灯篭を見ていると、そこに<命与える光>である原始の光を強く感じるのである。

病床の若き友にも<命与える光>が、同じくさんさんと降りそそいでいるのだ。

感謝である。

  

                           


                                         

■2023_11_29  <大津絵>

 

《冬陽浴び 駈けし近江路 大津宿 侘しき手酌 大津絵笑う》  實久

   ―ふゆびあび かけしおうみじ おおつしゅく わびしきてじゃく おおつえわらう―

 

江戸時代、東海道五十三次・大津の宿場の土産・護符として人気のあった戯画・風刺画ともいわれる

<大津絵>を、後の時代に継承したいと長年研鑽を積んでいる親友 篠田常生君から、

恒例の<現代大津絵展>への案内があり、さっそくオートバイを飛ばして鑑賞してきた。

なお、現在 大津市歴史博物館にて、12月3日まで<現代大津絵展>が開催中である。

 

                           

                                                現代大津絵展にて 

  

<関連ブログ> 2020『星の巡礼 大津絵の世界に遊ぶ』

                          https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2020/12/12/114328

 

 

■2023_11_30   白茶花

 

《再会の 笑み柔らけき 里の村 待ちて焦がれし 茶花絡みて》  實久

   ―さいかいの えみやわらけき もりのなか まちてこがれし ちゃばなからみて―

 

なんと爽やかな朝であろうか。 朝陽の温もりのなか野路をゆっくりと歩いて来た。

路傍にひっそりと忘れさられ、侘しく咲くお茶の白花に再会した。

存在に目を止める、そこに会話が始まる。

互いに認め合うとき、そこに温もりが伝わる。

お互いのこの一年の身の上を短く語り合い、しばし見つめ合う沈黙を楽しんだ。

病床の若き友のこころに咲く純白の茶花が、今朝もまぶしく輝いていた。

 

                           


 

■2023_11   <葉っぱ>との出会い

 

《色付きて おのれに沈む 葉っぱおり 問いかけ嬉し この世知りてや》  實久

   ―いろづきて おのれにしずむ はっぱおり といかけうれし このよしりてや―

 

森の陰から顔を出し、冬日の中に輝く黄色い葉っぱに出会った。

互いにその存在を認め、「こんにちは」と挨拶を交わし、認め合った一瞬を君も、わたしも楽しんだ。

この世から忘れ去られ、枯れ往く葉っぱが、はじめて語りかけられたのであろうか・・・

その輝きが、あたたかい微笑みに見え、慈しみのこころに満たされた。

 

                           

 

 

■2023_12_01   ススキ舞う

 

《流るるに ススキも舞いし 綿雲の 寄添いあいて 見つめ合いしや》  實久

   ―ながるるに すすきもまいし わたぐもの よりそいあいて みつめあいしや―

 

早いものである、令和5年(2023)も師走を迎えた。

冬空に漂う綿雲に寄り添い、ススキ達が優雅に北風と遊んでいる

風流のなかにも、メロディ―が聴こえてきて一枚の切り絵になる瞬間である。

病床の若き友と、いつまでも飽きることなくススキと綿雲の舞に見惚れた。

 

                           

 

 

■2023_12_02   びわ湖の水位低下

 

《雨乞いの 生贄描く ナスカ絵に 琵琶の水減り 重ね嘆きし》  實久

   ―あまごいの いけにええがく なすかえに びわのみずへり かさねなげきし―

 

近畿の水がめであるびわ湖の貯水量が減り、湖岸の生態系が変化し、

下流地域の日常生活にも影響が及ぶという。

正常水位は、水際が葦のところまであるのに、現在は約65㎝低下し、

危険水域にある。

自然との共生では、人間の豊かさを抑える痛みも必要でありそうだ。

アンデスでの雨乞いの儀式に出会った日を想いだしていた。

ペルーのナスカの乾燥した地に描かれた地上絵は、雨乞いの生贄として

描かれたものではないだろうかと、病床の若き友と語り合った。

 

                           

 

 

■2023_12_02   野のバタフライ<白蝶草>

 

《沈黙の 天の創りし 姿おや 蝶足らんと 飛翔夢見し》  實久

   ―ちんもくの てんのつくりし すがたをや ちょうたらんと ひしょうゆめみし―

 

志賀の里は、淡い薄日のなかに、眠けさめやらない日曜の朝を迎えている。

命与えられ、蝶が舞うように、人知れずに野に咲く白蝶草は、清楚であり、華麗でもある。

白い4枚の花弁に、長いオシベで着飾った姿は、うるわしのプリンセスそのものである。

君はなぜいまここにいて、なぜ君は命の花を咲かせているんだい・・・・・

病床の若き友も、わたしたちにも似ているんですね、といって目を細めた。

 

                           

 

 

■2023_12_04   柿の目の憂い

 

《柿の目に 光りし輝き われ見つめ 浮世の知恵に 流されるなと》  實久

   ―かきのめに ひかりしかがやき われみつめ うきよのちえに ながされるなと―

 

食べごろの甘柿に包丁を入れた。現れた柿の表情に目を見張った。

この目の輝きに、君は何を思うかと…柿の種の目が問いかけてきたからである。

人間は、先入観に惑わされ、本質を見失う動物であると・・・

柿の種に猫の目を見た時、そこにおのれを見透かされている澄んだ目を意識し、

心うちを覗かれたように感じたものである。

しかし、病床の若き友に、生あるものすべて、こころの目を持っているのですね、

と教えられ、はっとおのれに気づかされたのである。

それは・・・・

 

                         


 

■2023_12_05   黄金の輝き<銀杏>

 

《人の世の 愛に満ちたる 過ぐる日や 葉っぱのフレディ 散り舞い往きし》  實久

   ―ひとのよの あいにみちたる すぐるひや はっぱのふれでぃ ちりまいゆきし―

 

滋賀京都県境<途中越え>の麓にある還来神社(もどろぎじんじゃ)を、黄金の社に染める銀杏の大樹が、

その葉を散り急がせ、鮮やかな舞いを見せていた。

そう、葉っぱのフレディの華麗な旅立ちである。

今年も、おおくの友が、再会を約してこころ豊かに旅立っていった。

落ちゆく黄金の葉の舞にも、それぞれの表現があって、見送るこちらを癒してくれた。

なんと素敵な散り仕舞いであろう・・・

 

                           

 

 

■2023_12_06   巌の姿<竹生島

 

《遥かなる 歴史に浮かぶ 竹生島 君に会いたき 巌おりしや》  實久

   ―はるかなる れきしにうかぶ ちくぶじま きみにあいたき いわおおりしや―

 

ぴりっと寒い朝の散歩に出かけてきた。

琵琶の歌う、心地よいささ波に耳をかたむけながら歩いていると、どっしりと腰を据えた

大きな岩が目に入った。

北の空一杯に広がる、遥かなる白雲を見つめる岩姿に、達観した巌の物に動じない姿があった。

奥琵琶湖に浮かぶ<竹生島>を、その巌の姿に重ねていたのである。

病床の若き友と、この巌も、びわ湖40万年の歴史に翻弄されてきた竹生島の遠景を仰ぎ

見てきたのであろうか、と語り合った。

                                                        

                           

 

 

■2023_12_07   鎮魂のリース

 

《清き暮れ 虚しきこの世 繰り返す リース憂いし 愚かなりしを》  實久

   ―きよきくれ むなしきこのよ くりかえす りーしうれいし おろかなりしを―

 

クリスマスを祝う季節を迎え、比良の蓬莱山を映す玄関の扉に飾った。

たくさんの命を奪い合う戦いがつづき、硝煙の止まない一年であったことにこころを痛めるなか、

<荒んだこころに、あたたかい一筋のともし火がありますように・・・>と

鎮魂のリースでもある。

 

                           

 

 

■2023_12_09    こころを結ぶ水

 

《さらさらと 流るる水の 清くして 愛語送るや 祈り伝えし》  實久

   ―さらさらと ながるるみずの きよくして あいごおくるや いのりつたえし―

 

《岩もあり 木の根もあれど さらさらと たださらさらと 水は流れる》 作者不詳

 

水それは、体内の65%程を占め、同じく地球の65%程を占めるという。

水は毛細血管のように地球の隅々まで行き渡り、手を水につけて祈ると、その祈りは水を通して

相手に伝わると信じている一人である。 

海外にいる家族や、友人との心の通いも、水に託して送り届けている。

日本人は、昔から水が、清らかで聖なるものとして敬って来た。

 

山々を縦走した時、砂漠を横断した時、その一滴の水に助けられたことに感謝したものである。

我々は、水なくして生きられない。 水は、日々感謝したいものの一つである。

 

びわ湖に流れ込む比良山系の水は、宇治川を下り、太平洋に達し、潮に乗って世界各地の友人を訪ねて

くれる。 また、蒸発した水は、雲となり、国境を越え、雨を降らせて飲み水となり、世界に散らばる

仲間にメッセージを届けてくれるのである。

 

           

 

 

■2023_12_10   石の一生<流浪の皺>

 

《共鳴の こころ疼きし 流転石 老いの皺みて 互い憐れむ》  實久

   ―きょうめいの こころうずきし るてんせき おいのしわみて たがいあわれむ―

 

今朝、志賀の里は曇り空の中にある。

昨夜の仲間との飲み会での楽しい会話を思い出しながら歩いて来た。 

ここ志賀の里、びわ湖岸<松の浦>で、流転のうちに姿を磨き、風貌を形作って来た一塊の石に

声をかけられた。

出会いの最初の印象は、カミーノ・デ・サンチャゴ巡礼路850㎞を踏破した際、

巡礼者の印としてリュックにくくりつけた<帆立貝>を思い出した。

さらに、ケニアビクトリア湖畔から眺めた雪を頂いたキリマンジャロのシルエットを

思い出したのである。

なぜこの老石は、こちらに声掛けしたのであろうか。

多分、おなじく流浪で見に付けた独り旅の醸し出す老いの皺に魅了されたからだろうと納得した。 

出会いに感謝し、温もりのともし火残る我が家に招き入れ、賓客として逗留願うことにした。

病床の若き友といい、出会いとは不可思議なものである。 感謝である。

 

 


 

■2023_12_11    びわ湖を見下ろす散歩道

 

《吟ずるに 暮色愉しむ びわの湖 教えられしや 老いの幸せ》  實久

   ―ぎんずるに ぼしょくたのしむ びわのうみ おしえられしや おいのしあわせ―

 

黄砂を含んだ霧に薄暗かった空も明け、夕焼けに染まりゆくびわ湖も輝いていた。

我家より、びわ湖への散歩道は、一気に高度を下げて、駈け下りる。 

上がる時は、心臓破りの丘にと早変わりするのである。

一日一度は、この坂を往復して足腰を鍛える目標を立てたが、老いと共に計画通りにはいっていない。 

かえって、見えなかった景色を楽しめるようになってきたことを喜んでいる。 

それは、上りのゆっくりした歩みに合わせて、呼吸を整え、漢詩を吟じながら、坂を上りきるのである。

頼山陽作「不識庵機山を撃の図に題す」など、天空をにらみ、気を吸い、情景を描き、腹から

ゆっくりと声を絞り出し尽くすのである。 爽快である。

病床の若き友も、急坂上りに汗をかきながら、背後から押してくれた。

 

                           


   

■2023_12_12   純なる白椿

 

《凛として 寒に添えたる 白椿  こころ射止めし 純なる顔や》  實久

   ―りんとして かんにそえたる しろつばき こころいとめし じゅんなるかおや― 

 

こころを突きさす純白の椿、この世と思えない無垢な姿を見せていた。

知らずと、新島襄漢詩『寒梅』を口ずさんでいた。

《庭上の一寒梅 笑って風雪を侵して開く 争わずまた努めず 自ずから百花の魁を占む》

隣で、後輩の病床の若き友も、共に詠じてくれた。

雲の間から、顔出す冬日を見上げながら、それぞれの顔が輝いていた。

 

                           



■2023_12_13   沈みゆく森

 

《沈みゆく 森のファンタジー われ招き 霧をまといて 幻見せし》  實久

   ―しずみゆく もりのふぁんたじー われまねき きりをまといて まぼろしみせし―

 

今朝、志賀の里は霧の中にある。

吸い込まれるように霧の森を歩いていると、タイタニックのあの調べに包まれた。

ピアノのあの旋律が、沈みゆく森をさまよう己を吞込んでいくではないか。

沈みゆく世界のなんと静かなることか、四万十川上流の滝壺にカヤックで沈して、

無音の世界に没したあの一瞬のバラ色のファンタジーにひたった。

 

                           

 

 

■2023_12_14   <流れ星>

 

《野に臥して 仰ぎし夜空 星流れ 短き運命 識りて慰さむ》  實久

   ―のにふして あおぎしよぞら ほしながれ みじかきさだめ しりてなぐさむ―

 

三大流星群の一つ<双子座流星群>を観察するため暗闇に臥して、

オリオン座の南側を一瞬にして流れ去る、<流れ星>たちを見送った。

<流れ星>の携えきた、夢あるメッセージを想い描きつつ、

燃え尽きる流れ星の運命のはかなさに心を寄せ、おのれを重ねた。

<流れ星>ショーで冷えた体を、熱い風呂であたため、ベッドにもぐりこむ、

瞼に浮かぶ<流れ星>がいつまでも消えず、夜空の星たちと遊んだ。

 

        

                                                   写真 <ふたご座流星群>ウエザーニュース提供

 

 

■2023_12_15   達磨さん

 

白隠偈  衆生本来  仏なり  此身即ち  仏なりやと》  實久

   ―はくいんげ しゅじょうほんらい ほとけなり このみすなわち ほとけなりやと―

 

小雨の中、立寄った樹下神社、花梨(カリン)が、音もなく目の前に落下した。

その姿に、坐禅する禅僧の姿、そう瞑想する達磨を見た思いである。

鋭い眼光を持った白隠禅師の『達磨図』がよぎり、その立派な鼻に一瞬にして魅了された。 

出会いは運命である。 大切にしたい。

白隠禅師の「白隠坐禅和讃」からは、多くの学びをえている。 感謝である。

 

 

 

   

■2023_12_16   家路

 

《笹の陰 ふところ終い 家路へと 思えば今日も 永遠に光りし》  實久

   ―ささのかげ ふところしまい いえじへと おもえばけふも とわにひかりし―

 

残光に遊ぶ笹の陰に、迫りくる寒気が漂い始めた。

襟を立て、温もり残るわが家へ、薄れゆく影を踏みながら家路を急ぐ・・・

今日と言うひとときも、陽は落ちて永遠の中に沈んでいった。

比良の峰にドヴォルザークの新世界<夜の世界>のメロディーが木霊した。

―遠き山に 陽は落ちて 星は空を ちりばめぬ―

病床の若き友と、スカウト時代の愛唱歌を、そっと口ずさんだ・・・

 

                           



 ■2023_12_17   幽玄

 

《幽玄の 世界に沈む 謡聴き 触れし魂 今を彷徨う》  實久

   ―ゆうげんの せっかいにしずむ うたいきき ふれしたましい いまをさまよう―

 

小雨降る京の都、御所の向かいにある金剛能楽堂に出かけ、古典芸能である謡を鑑賞する機会に恵まれた。

長年、稽古に励んでいる仲間が所属する金剛能楽<朋曜会>の発表会に誘われたのである。

駈けつけた仲間と共に、能楽堂に響き渡る言霊、朗々とした謡を楽しませてもらった。

囃子方によるパンチの効いた演奏に励まされる謡、ひと時の幽玄なる世界に迷いこんで、

番囃子「黒塚」の語りに聴き入った。

 古典芸能の世界は厳しいと聞く。その上達には、弟子が師匠からその技芸をいかに盗みとれるか、

稽古後の血のにじむ反芻にあると云われる。

おのれを磨く、大変な道を精進する仲間にエールを送った。

 

                   

                   




 ■2022_12_18    心の響き

 

《彷徨いて 仰ぎし森の 杉木立 天使の歌声 われらに満ちし》  實久

   ―さまよいて あおぎしもりの すぎこたち てんしのうたごえ われらにみちし―

 

小雪ぱらつくなか、森に誘われ、分け入って来た・・・

体を横たえた杉の枯葉絨毯はパリッとすこし音を立てた。

土の温もりがかすかに体に伝わってくる・・・

見上げる杉木立は、宇宙への入口、まるで天蓋である。

目を閉じてみる、そこはもう永生の世界に早変わり・・・

調べも清らかな、こころに響く、つきない命をたたえる天使の歌声がひろがった。

病床の若き友にも、天使の歌声を届けた。

 

                             ―げにも生きるとは ただならじ 後ろの物を うち忘れ

                            前なる物を 望みつつ いざためわらで 奮い立たん―

 

                           

 

 

■2022_12_19 寒気団南下


《琵琶に見る 鏡のごとき 静水に 武蔵のこころ 映しおりてや》  實久
びわにみる かがみのごとき せいすいに むさしのこころ うつしおりてや―

 
天気が荒れ、多くの地で雪が見られるという。

比良の峰にも、ようやく冠雪をみた。

鏡のごときびわ湖の水面も寒波の予兆を悟り、ささ波が立ちだした。

ここ志賀の里も、ようやく年の瀬の厳しい寒さに向かっているようである。

宮本武蔵の機熟の心境を詠んだ情景「寒流 月を帯びて 澄めること 鏡の如し」を、

病床の若き友と、ここびわの湖で体感した想いである。

 

       

 

 

■2023_12_21   駈ける

 

《母なりし 慈愛あふるる びわの湖 サイクル駈けし 日々懐かしき》 實久
   ―ははなりし じあいあふるる びわのうみ さいくるかけし ひびなつかしき―

 

寒気団を迎える前のびわ湖は、晴天に恵まれている。

爽やかな汗をかきながら、湖岸で自転車を走らせてきた。

新春耐寒びわ湖一周サイクリングに備えての第一歩を踏み出した。

 

びわ湖の水も、澄み切った青空でおおわれ、その奥に光る小石を揺らしていた。

カヤックびわ湖を一周した日々がふと蘇った。

想い出に生きる、これまた老人の哀愁に満ちたロマンである。

 

                                                   

            

          

          恒例の新春びわ湖一周サイクリングを前に、病床の若き友と衰えた

                 脚力を鍛えるためレーニングはじめた

 

 

■2023_12_22   石組

 

《石もまた 形変えての お目文字に 残りし姿 いま生きおりし》 實久
   ―いしもまた かたちかえての おめもじに のこりしすがた いまいきおりし―

 

あたたかい冬陽ではあるが、厳しい寒さのなか襟を立て、近くの歯医者に立寄った。

先にご紹介した、志賀の里<木戸>にある、老杉が鎮座する樹下神社は、正平3年(1348年)に、

木戸城主佐野豊賢により創祀された。

その樹下神社(14世紀)の石垣に、クスコで見られるインカ(13世紀)の石組に見劣らない姿を

見つけて、こころ踊らせた。

直角にこだわったインカの石組に対して、原石の姿を生かした樹下神社の石組に日本の美が見てとれる

のである。

病床の若き友に、わたしたちも何か残したいものですね・・・と思案顔で問いかけられた。

 

    <関連ブログ>      2007『星の巡礼 南米一周の旅 21000㎞』Ⅰ     

         

                      樹下神社の石組         ペルー・クスコで出会ったインカの石組

                                                                                      クスコで見られるインカ(13世紀)の幾何学

                                                                                      石組剃で刀の刃でさえ差しこめない隙間で有名

 

                                   

■2023_12_23   緑の絨毯<休耕田>

 

《鋤鍬を 待ちて久しや 休耕田 向こうのお山 エール送りし》 實久
   ―くわすきを まちてひさしや きゅうこうでん むこうのおやま えーるおくりし―

 

北陸方面は大雪だという。 志賀の里は浮雲の間から、冬陽がさんさんと降りそそいでいる。

寒空のもと、ここ志賀の里でも、急に休耕田が目につきだした。

田畑を耕す人口の高齢化が叫ばれる中、田畑が休耕に入っているようである。

休耕田を覆うグリーンカーペットの、生産の喜びを待望する姿に、侘しさの中にも温もりを感じた。

原始の姿に戻る前に、人の手を入れてやりたいものである。

病床の若き友は、スカウト・ソング<むこうのお山>(アメリカ民謡・中野忠八作詞)を歌って、

グリーンカーペットにおおわれた休耕田にエールを送っていた。

 

                                          ―向こうの お山に 黒雲かかれば 今日は来そうだ 大夕立ー                                                       

                         

 

 

■2023_12_24    メリークリスマス!

 

                          I wish you and your family great happiness.   S. Goto

 

                       

 

 

 ■2023_12_25   戦争と平和<生誕の地ベツレヘム

 

《人の世の 戦い尽きぬ クリスマス 何を生みしか 憎しみの果て》 實久

    ーひとのよの  たたかいつきぬ くりすます なにをうみしか にくしみのはて―

 

2023年前の12月25日のイエス・キリスト誕生を祝うべきクリスマスに、パレスチナイスラエル双方による憎しみに
満ちた争いは、多くの犠牲者を出しているとの連日の報道に心を痛めてます。あらためて、キリスト生誕の地、エルサレムの南に隣接する、ヨルダン川西岸<パレスチナ自治区>にあるベツレヘムの生誕教会を訪れた平和時(2001年)のパレスチナイスラエルを再度紹介し、一日も早い停戦が実現することを祈りたいと思います。
 

<関連ブログ> 2001『星の巡礼 イスラエル縦断の旅 1000km』Ⅰ・Ⅱ 


                      ベツレヘム・聖誕教会にて                          <生誕教会>洞窟跡にあるイエス生誕飼い葉桶

                                               パレスチナ武装闘争民兵募集の貼紙(ベツレヘム


 

■2023_12_26   <漬物>という作品

 

《友漬ける 姿嬉しき  青菜の  沁いる香り  仄かなりしや》 實久
   ―ともつける すがたうれしき せいさいの しみいるかおり ほのかなりしやー

 

暮れに、山形から手作り作品<青菜漬>(せいさいづけ)が送られてきた。

作者は、これまた長年のスカウト仲間で、旅を愛するバックパッカー芭蕉翁を敬い、

風流な俳句を作り、畑で野菜作りに励む自由を愛する男である。

自然を愛し、個性豊かな仲間が作った<漬物>という作品からは、発酵による野菜の

持つ香が匂いたち、食欲をそそった。 

それ以上に、みずみずしい色彩が日本的であることに歓声を上げた。

醗酵食品である漬物は、<香の物>として茶の湯でも親しまれてきたというから、

これまた大和的である。 

漬物を仕込む友の姿がふと浮かんだ。

友はいいものだ。

 

                     

 

 

■2023_12_27    宝物―ペティナイフ

 

《友よりの  気持ち嬉しき  年の瀬に  飾り眺むる  鹿柄ナイフや》 實久
   ―ともよりの きもちうれしき としのせに かざりながむる しかえないふや―


今年、我家の宝物に、また一つ手作りのペティナイフが加わった。

刃渡り4cmのペティナイフが、鹿角の柄におさまる忍びのナイフに、

4色の皮紐がついた洒落者である。 

もちろんナイフは、山登りなど野外で使える優れものであるから嬉しい。 

それもイニシアル付きである。

それにもまして、何よりも嬉しいのは、製作者がこよなく山を愛し、自転車を溺愛する、

神戸須磨に在住の、スカウト時代からの同好の士であり、手作りというハートフルな

プレゼントをしてくれたことである。 

友の気持ちをいついつまでも大切にしたい。

今年も多くの仲間との再会を果たし、

長年の友情を確かめ合う素晴らしい一年であったことに感謝したい。

 

                 


<関連ブログ> 2023『星の巡礼 頬杖の刻ー短歌集』
                           https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2023/07/16/172501


 

■2023_12_28   迎光<82年目の暁>

 

《目覚めよと 来る朝毎に 光あり 歳老いてなお われ励ませし》 實久
 ―めざめよと くるあさごとに ひかりあり としおいてなお われはげませし―

 

夜が明けるさまは、実に感動的である。 

《そこに光があった》天地創造の瞬間である。

光りのもとに生を受け、29930日目の記念すべき82回目の朝を迎えた。

餅つきのあと、産婆さんが駆け付ける前に、自力でこの世に産声を上げたという。

今朝の志賀の里の暁は、ケニアの赤道直下にある野生動物<アンポセリ国立公園>の

サファリ・キャンプサイトで遭遇した猛獣・チーターとの攻防の朝に似ていた。

早朝、キャンプサイトの外回りを散策していて、チーターに追いかけられ大木の枝に逃れ、

スタッフに助けられ、こっぴどく叱られたものである。

病床の若き友も、先日10585日目の29才の誕生日を迎えた。

誕生、それは輪廻転生ともいわれるが、魂の永生の一表現としてとらえてみたい。

誕生とはそもそも哲学的である。

多くの友からの誕生メッセージや、Messengerがあり、心に沁みいる朝となった。

こころから感謝申し上げます。

 

                迎光<82年目の暁> 志賀の里 孤庵にて

    ケニア<アンポセリ国立公園>サファリの暁。猛獣除けの棒切れをもって散策中・・・(笑い)

 

 

■2023_12_29   年末大掃除

《汚れとる 心や嬉し 大掃除 元気印に 感謝しおりし》 實久
―よごれとる こころうれしや おおそうじ げんじじるしに かんしゃしおりし―

彦根にある墓の掃除をはじめ、暮れの大掃除に汗をかいた。床を拭き、ワックスを塗って、磨き上げ、そして溝の落葉拾いである。やはり歳である、疲れからの心地よい仮眠は、夕暮れまで続いた。

年末の大掃除にも、役に立っている健康に感謝である。

 

 

■2023_12_30  <釣り灯篭>

《空のなか 坐禅勤むる 僧に問い 賜わる一喝 おのれ見よやと》 實久
  ―くうのなか ざぜんつとむる そうにとい たまわるいっかつ おのれみよやと―

除夜の鐘まであと一日、寒き冬の闇に光る<釣り灯篭>の優しい輝きに、豊かな時の流れを感じた。満月のもと、黙して語らず、沈思する修行僧<釣り灯篭>に問うてみた。

「吊るされし一生、汝なにを想いしや」  「・・・・・」

沈黙のなかに、<喝、おのれを見よ!>やと・・・病床の若き友と、広大無辺なる宇宙にただよう我らを認めた瞬間である。

■2023_12_31『志賀の里 2023歳時記 短歌集』

比良山系 蓬莱山麓に棲んで34年、山里にある<孤庵>での日常を通して、志賀の里の四季を詠んだ短歌集『志賀の里 2023歳時記』を綴ってみました。

老体を山里に没し、びわ湖や比良の峰、天空に輝く星たちや月、野に咲く花たちとの対話を通しておのれを見つめた短歌集です。 一老人の山里に生きる歳時記に目を通していただければ幸いです。

志賀の里<孤庵>にて 2023年12月30日 一老人

 

  ■2023_12_31   大晦日の朝

《ひとはみな 異なる旅路 歩めども 普遍なりしや 望みと愛は》 實久

―ひとはみな ことなるたびじ あゆめども ふへんなりしや のぞみとあいは―

今年最後の朝を迎えた。多くの人が戦いで命を落とした悲しい年であった。

気候変動に対処できず消えゆく島を救えそうもない年でもあった。

人間のエゴ・傲慢・無智・無関心が人のこころを蝕んだ一年となった。

2023(令和5)年、最後の朝、曇天のなか一瞬、変わらない地球の美しい朝焼けを見せてくれたのが、

せめてもの慰めである。

来る年が、お互いを認め、希望ある、愛ある年でありますように・・・

    

 

■2023_12_31 大晦日<暮れゆく2023年>

《祈りとは 互いを認め 手を取りて こころ秘めてや 助け合いしを》 實久

 ―いのりとは たがいをみとめ てをとりて こころひめてや たすけあいしを―

志賀の里、ここ比良山麓からみる令和5年(2023)の夕暮れは、鮮やかな光を放って雲を染めた。

こころの目から見る景色は、あくまでも平和であり、普遍なる大晦日であった。

病床の若き友と、来る年が人類本来の愛ある、互いを認め合う年でありますようにと、祈った。

良いお年をお迎えください。

     

                     『志賀の里 2023歳時記 短歌集』

 

                                                      志賀の里 孤庵にて 詠み人 後藤實久

                                                                完             

       ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<関連ブログ> 2023『志賀の里 2023歳時記 短歌集』Ⅰ

        https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2023/12/26/215252

shiganosato-goto.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2023『志賀の里 2023歳時記 短歌集』Ⅰ

                                『志賀の里 2023歳時記 短歌集』

                    ー

 

 

2023年(令和5年)、三年間のコロナ禍は、発生源中国のダンマリで宙に浮いたまま一応の終息を見たが、

この間、思いもよらない大ロシア帝国を夢見るプーチンの野望による隣国ウクライナ侵攻や、パレスチナ

ガザを実効支配する軍事組織ハマスによるイスラエル奇襲による大量殺人と、230名近くの人質拉致に

始まるイスラエルとの戦闘継続で幕を閉じそうである。

 

この間、世界経済の停滞を招くとともに、米中の覇権争いのもと、G7対BRICS・グローバルサウスを中心と

した対立構図によって、世界の勢力地図が大きく塗り替えられる兆候を見せた年でもあった。

世界が戦争への瀬戸際にある時、日本は自由主義陣営の一翼を担ってロシアに制裁を科す一方、中東の紛争

では中立性を強く打ち出せず、その苦悩を滲ませる年末となった。

 

第二次大戦後、歴史上かってなかった70数年近く続いた奇跡的な世界平和にも、数人の独裁者の野望により

ほころびを見せ始めた年でもあった。

いや、自由主義と資本主義が、崩壊への第一歩を踏み出したように思えてならない。

 

ここ志賀の里は、四季折々の美しい風景の中、平和な時の流れを刻み続けてくれた。

折々の季節の風景や、花を愛で、短歌に老いの慈しみと哀愁を詠じてみた。

また、老いの身ながら、家康の<伊賀越え>ルートをたどり、また光秀を追跡し<老いの坂>を越え、

<本能寺の乱>に迫り、病床の若き友(写真参加)を連れ出して<家康追跡紀行>と走り回った。

 

また、引退後、バックパッカーとして世界中を歩き回った旅日記をブログに起し、紀行文・短歌・詩・

スケッチ・挿絵などを回想し、楽しんだ。

 

老いが確実におのれの思考や行動を緩慢にさせ、その不甲斐なさに嘆くおのれを知る一年でもあった。

ひとりの人間に必ず訪れる終末を意識し、遺言やリビング・ウイル<尊厳死の宣誓>の作成に取り掛かった

年ともなった。

 

《人の世の 愛に満ちたる 過ぐる日や 葉っぱのフレディ 散り舞い往きし》 實久

     ―ひとのよの あいにみちたる すぐるひや はっぱのふれでぃ ちりまいゆきし―

 

わたしも晩秋の美しき紅葉の時期を迎えたようである。

美しい散り際をこころしたい。

 

これは、比良山麓 志賀の里 孤庵に棲む老人の日記である。

   

                                                     志賀の里 孤庵にて 詠み人 後藤實久

              

                                               


                   

 

 

                                                 《志賀の里 2023歳時記》

                                                                            短歌集

 

 

■2023_01_01  令和5年 元旦

 

《元旦や 詩吟書初め 句づくりて 葉牡丹飾り 屠蘇に酔いてや》 實久

  ―がんたんや しぎんかきぞめ くづくりて はぼたんかざり とそによいてや―

 

びわ湖畔松の浦で、初日の出を迎えた。

初陽のパワーを体内に取りこみ、腹からの詩吟を詠い、天空と一体となり、宇宙に溶け込んできた。

葉牡丹の寄せ植えを飾り、お雑煮、屠蘇で正月を祝った。

そして、日課のラジオ体操で、新年をスタートさせた。

この一年が平和でありますように!

ウクライナでの砲声が一日も早く止みますように!

 

          

                           

                                             明けましておめでとうございます!

                                                         2023(令和5)元旦

                                                            2023/01/01/07:05 びわ湖松の浦にて

 

 

■2023_01_01  煙に遊ぶ

 

《香の舞 鈴の音遊ぶ 初坐禅 たゆたふ煙 われと戯むる》 實久

    ―こうのまい すずのねあそふ はつざぜん たゆたふけむり われとたわむる―

   *たゆたふ(揺蕩ふ)= 揺れ動く様

 

早朝の初坐禅、お香薫るなかおのれとの対峙、半眼に飛び込む煙の舞、鈴の音にわが心も揺れる。

この一年、平安の中に老いを見つめたい。

 

                           

 

 

■2023_01_07  泰然自若

 

《山百合の 命継ぎにし 枯れ姿 風に吹かれ おのれ託せし》 實久

   ―やまゆりの いのちつぎにし かれすがた かぜにふかれて おのれたくせし―

 

比叡山麓の鶴喜蕎麦をいただき、近江神宮へ初詣に出かけた。 

その後、<アバター ウエイ・オブ・ウオーター>4DX映画鑑賞をした。

映画<アバター2>に人間の欲望、侵略の歴史を見た。

人間の自惚れを打ち砕きながら、自衛を通して家族愛、少数民族の団結を教えてくれた。

果たして人類は、地球温暖化や覇権による自己破壊した地球から、宇宙に生存の道を見つけることが正しいのであろうか。

今朝も、一輪の山百合の枯れ姿に出会って、その自然に逆らわない真摯な生きざまを教えられた。

なんと美しい泰然自若、立ち姿であろうか。

 

                           



■2023_01_08 書初め

 

《新春の 日ざし明るし 幼木の 椿の蕾 かぞえて巡る》   朴子

   ―しんしゅんの ひざしあかるし おさなぎの つばきのつぼみ かぞえてめぐる―

 

《寒椿 つぼみ数える 爺おりて 望み溢るる 命祝いし》   實久

   ―かんつばき つぼみかぞえる じいおりて のぞみあふるる いのちいわいし―

 

《新春の 蕾数える こころ内 椿見るなり 彼岸の花や》     實久

   ―しんしゅんの つぼみかぞえる こころうち つばきみるなり ひがんのはなや―

 

新春早々、心に染み入る短歌に出会った。

荘厳寺襖絵(白鳥文明老師画)に添えられた短歌を詠んで一句・・・

老師の今は亡きご母堂 朴子さんが詠んだ短歌、<日差し明るい新春に、寺庭に咲く大好きな椿の蕾を、慈愛を込めて数えて廻った・・・>

わたしも、庭に咲く寒椿の蕾を数えながら、彼女の心うちを眺めてみた。

<この爺も、寒椿の蕾を数えながら、命溢れるその愛らしい姿に祝福の言葉をかけたものである>、また<新春に出る、新しい命である蕾を見ていると、老い往く爺にはあの世の次なる美しき花に見えてきた>と詠んで、筆をとった。

 ひとのこころが出会う瞬間は素朴で美しく、純真である。

慈しみ、大切にしたい。

 

                         



 

■2023_01_09  残月

 

《沈みゆく 蓬莱招く 残月や 想いし友の 顔かぶりおり》  實久

   ―しずみゆく ほうらいまねく ざんげつや おもいしともの かおかぶりおり―

 

1月7日に愛でた今年最初の満月<ウルフムーン>である。

今朝、その残月の雪に輝く比良・蓬莱山にかかる姿に、多くの今は亡き先輩や友を重ねた。

その神々しさに手を合わせた。

 

                           



 

■2023_01_10  最後の花びら

 

《笑い顔 ただただ坐せし 君おりて 問答なせし 花忘れじや》  實久

   ―わらいがお ただただざせし きみおりて もんどうかけし はなわすれじや―

 

今年に入っての初雪のなか、昨年9月に花を咲かせ、ただただ己を見つめて5か月の生き様を見せてくれたオン

シジュームの最後の一枚が、その命の輝きを見せてくれた。 

声をかけあって来た彼女に、いたわりと愛しの声をかけてあげた。

<待っててね、すぐ会えるから!>と・・・

 

                           



 

■2023_01_12  愛しの一本の木

 

《褒めあいし 冬樹一本 生きいきと われに飛び込み われを捉えし》  實久

   ―ほめあいし ふゆきいっぽん いきいきと われにとびこみ われをとらえし―

 

朝の散歩は清々しい。 いつも語りかける一本の木がある。

背中が丸まっていくおのれに比べ、このバランスの取れた美形の枝ぶりに、

いつも惚れぼれし、褒めるのである。 

出会って30年目の今日、彼女が一番輝いて見えた。

お互いが認め合った朝かも知れない。 

嬉しい、こころ燃える一瞬であった。

 

                           



 

■2023_01_13  霧の森

 

《夢想なる お伽の森に 遊び来て 霧まといてや おのれ見つめし》  實久

   ―むそうなる おとぎのもりに あそびきて きりまといてや おのれみつめし―

 

志賀の里は、霧の中にある。

幻想の中に沈黙を楽しむ杉たちに溶け込み、一緒に懐かしい少年時代の故郷を想いながら

<花は咲く>を共に歌った。

霧のなか、遠い子供時代に潜り込んでいく自分を静かに見守った。

 

                           



 

■2023_01_14  清楚なる老蝋梅

 

《お目文字の 早きを問いし 蝋梅の 水も滴る 老婦人かな》  實久

   ―おめもじの はやきをといし ろうばいの みずもしたたる ろうふじんかな―

 

霧雨のなか、雫(しずく)を身につけた老婦人が、悲しげな微笑みをもって語りかけて来た。

『この冬は暖冬なのでしょうか。 例年よりも早めのお目文字ですね。』

雪で着飾った蝋梅を愛でていた者にとって、その問いに窮したが、

今年も元気にその水も滴る清楚な姿を見せてくれたことに、笑顔で応えた。

 

                           

 

 

■2023_01_15  水玉詠う

 

《定まらぬ 空蝉の世に 生まれ来て  水玉家族  われと詠いし》  實久

   ―さだまらぬ うつせみのよに うまれきて みずたまかぞく  われとうたいし―

      *空蝉(うつせみ)― この世に現に生きている人の意

 

続く雨を喜ぶ水玉の親子は、新芽の顔がのぞく紅葉の枝に吊り下がり、

この今の一瞬の世界にいる喜びを謳歌していた。 

つかの間の家族団欒だが、お互いの美しい水玉の姿を、確かめ合っていた

世界は一つ、宇宙も一つ、人類も一つ、家族も一つ、互いを認め合うとはなんと素晴らしいことか。

 

                         



■2023_01_17  黄色い花

 

《菜の花の 送りしエール 凛として 硝煙無き世 求め祈りし》  實久

   ―なのはなの おくりしえーる りんとして しょうえんなきよ もとめいのりし―

 

《向日葵の 東部戦線 異常あり 菜の花贈り 励ましおりて》   實久

   ―ひまわりの とうぶせんせん いじょうあり なのはなおくり はげましおりて―

 

友の撮った写真に魅せられて、晴れ間を見つけ、黄色い花を見てきた。

黄色の十字状花を次から次に咲かす魔術師<菜の花>の群花は見事であり、美しい。

また、彼女たちは遠くに霞む、雪帽子をかぶった比良連峰の美しさを飾る黄色いマントの

役目も果たし、そのコラボに目を見張った。

菜の花が、ヒマワリに重なり、ウクライナ東部戦線の砲声が一日も早く沈黙することを祈った。

 

 

        

 

 

■2023_01_18  スイス・アルプス名峰の旅

 

《アルプスに モルゲンロート 満ち満ちて  鈴の一振り 我も染まりし》  實久

   ーあるぷすに もるげんろーと みちみちて すずのひとふり われもそまりし―

 

スイス・アルプスの名峰一つ一つが、額縁におさまった名画である。

いやそれ以上に、人々のこころに響く神秘さと、突き刺す厳しさを残す神の峰々であるともいえる。

スイス・アルプス五大名峰の旅で出会った峰々の写真を整理し、

時間に追われながらノートに走り描きしたスケッチに色付けしてみた。

 

 

                         

                                   インターラーケンの最高峰<▲Harder Kulm 1322m>展望台より

 

                           

                                            アイガー3970m・メンヒ4107m・ユングフラウ4158m

 

                           

                                                               ピッツ・ネイル展望台3057mより            

 

                         

                                                         モンブラン/ 4807m(アルプス最高峰)

 

 

                                     ベルナー・オーバーラント山容            名峰 マッタホルン4478m

                 アイガー3970m・メンヒ4107m・ユングフラウ4158m 

 

<関連ブログ>

2022『星の巡礼 スイス・アルプス名峰の旅』

https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2023/01/18/102706


 

■2023_01_19  神秘なる朝焼け

 

《変化なる 朝焼け染まる 志賀の森 ハレルヤ叫ぶ 感謝の歌や》  實久

   ―へんげなる あさやけそまる しがのもり はれるやさけぶ かんしゃのうたや―

 

染まりゆく森の妖精の表情に温もりの声が聴こえ来る。

寂しげに微笑む上弦の残月、緩慢に流れゆく浮雲、朝を歌う小鳥たち。

ここ志賀の里は、久しぶりの朝焼けに、賑やかな朝を迎えた。

キツツキが、木を叩く音が、心地よく響いてくる。

吐く息に、吸い込む息に、体が大気に溶け込んでいくではないか。

今日も変わらない生に、深く頭を垂れた。

 

                           



 

■2023_01_20  レモングラス

 

《癒しなる 君の香匂う 枯草の  レモンバームに  こころ奪わる》  實久

   ―いやしなる きみのかにおう かれくさの  れもんばーむに  こころうばわる―

 

干し草のようにほのかな匂いが漂う。

きざんでお湯をかけると、なんと神秘的な匂いと味を醸し出すことか。

デッキで、陽気な日差しのもと、レモングラスを刻んで、ミントティーを楽しんだ。

ミントのような爽やかな味、いや人間味ってどんな味なのだろうか。

それぞれよって、味や匂いが異なるのが人間味の特徴であろう。

わたしはどんな味や匂いを醸し出しているのだろうか。

浮雲に問いかけてみた。

 

                                         



 

■2023_01_25  雪景色

 

《妖精の 舞いし白雪 志賀の里 その身無垢なる 君ぞ尊き》    實久

   ―ようせいの まいししらゆき しがのさと そのみむくなる きみぞとうとき―

 

雪に苦しみ、立ち向かっているみなさん、頑張ってください。

しかし、玄関先も豪雪で埋まり、清き白雪の窓絵も見事だ。

降り積もる雪を見ていると心洗われる思いである。

 

                   

 

 

■2023_01_26  ドカ雪

 

《舞いおりし 白き妖精 こころ満ち ほのぼの揺れる ランプ癒せし》  實久

   ―まいおりし しろきようせい こころみち ほのぼのゆれる らんぷいやせし―

 

ドカ雪が志賀の里を襲った。

除雪車が出動したが、あっという間に雪原にもどる。

膝上60㎝以上の積雪。

除雪も、雪上キャンプも、カンジキ(スノーシュー)探検もギブアップ!

ランプの温もりに手をかざし、幻想的な雪景色に見入った。

 

                



■2023_01_26  白いカブたち

 

《結び合い 腹からの道 歌いあげ いざ進まん 白きカブたち》  實久

   ―むすびあい はらからのみち うたいあげ いざすすまん しろきかぶたち―

 

森の妖精<カブ スカウト>たちが白いマントに白い手袋をして、<歓喜に寄せる歌>の大合唱である。

~祝えや喜び こよなき光 輝くみとのに 集えるわれら~

こちらもピアノ伴奏で仲間入り、銀世界の志賀の里にカブスカウトの声が轟いた。

歌い上げたあと、みんなで雪掻きに汗した。

 

 

 

 

■2023_01_28  雪達磨

 

《融けゆきし 雪達磨泣く メタバース 変化自在の バーチャルの世や》 實久

   ―とけゆきし ゆきだるまなく めたばーす へんげじざいの ばーちゃるのよや―

 

雪化粧したアバター、消えゆく人類に代わって何をなせるか思案中である。

人が己を模して、いや理想の透明メタバースである雪達磨を作り上げ、夢を託しているようだ。

一瞬、バーチャルな世界に招待されているような気持ちになった。

雪ダルマたちは、変化自在を愉しんでいるようだ。

 

 

                                       

 

 

■2023_01_30   ツララ(氷柱)

 

《想いだす 光放ちし つらら喰い 餓鬼も妖精 雪に舞いしや》    實久

   ―おもいだす ひかりはなちし つららくい がきもようせい ゆきにまいしや―

 

除雪、堅く凍った氷の破砕、体を動かす日が続いた。

今朝は、晴れ間も出て、太陽の光が温かさをプレゼントしてくれている。

厳しい寒さのなか、ツララ(氷柱)も軒先にぶら下がり、陽光を楽しんでいる。

遠い昔、朝鮮半島での少年時代、厳冬の風物詩であったツララを観賞できる喜びに、

久しぶりにひたった。(小学4年生時、釜山港より下関港へ引き揚げる)

 

                                   

 

 

■Facebook2023_01_31  真白き墓標            

 

                                                                                真白き墓標

                          吟  實久

 

                           雪間に、青空 雲を運び、

                           雪原に、石柱 顔を出す

                                                   雪下に  小さな命ありて、

                                                     春眠暁を覚え  欠伸をす 

                                                     春を待つ姿  艶めかして           

                                          雪化粧眩しき 志賀の里

                 

 

                         

 

 

■2023_02_02  となりのトトロ

 

《ここはどこ 清き心の トトロおり アニメの世に 遊びおりてや》  實久

    ―ここはどこ きよきこころの ととろおり あにめのよに あそびおりてや―

 

子供にしか見えないはずの森の主トトロ。 

コマに乗って空を飛んだり、月夜の晩にオカリナを吹いているトトロが、真っ白な

雪帽子をかぶっている。

なんと素敵なアニメの世界に入り込んだのだろうか。

 

                           

 

 

■2023_02_03 『わたしも写してよ』

 

《愛らしき いで立ち眩し 雪だるま 声掛け嬉し 君の愛語や》   實久

   ―あいらしき いでたちまぶし ゆきだるま こえかけうれし きみのあいごや―

 

志賀の里は、今日も一面雪化粧である。

白銀に埋もれ、静寂の中にある。

長靴を履き、散歩に飛び出した。

雪の妖精、雪達磨さんに声をかけられた。

『わたしも写してよ』

愛らしい声掛けに、気持ちがたかまった。

 

                                   



 

■2023_02_04 ちょっと粋な雪男

 

《爺さんよ 俺も一枚 撮ってよと 強張りゆきし ニコニコ顔や》 實久

   ―じいさんよ おれもいちまい とってよと こわばりゆきし にこにこかおや―

 

お嬢さんの声掛けに夢中になっていたら、隣の雪達磨さんが「爺さん、俺も一枚撮ってよ」と、

ポーズをとって待っているではないか。

その表情に、こちらの淡い感情を悟られたようで、人間らしいニヒルを感じて、

すこしドキッとしたものだ。 

人間の幸せって、ちょっとした想いで変わるのだから愉快である。

 

                                   

 

 

■2023_02  さらば雪道

 

《雪の精 踏みしめるたび 歓喜あぐ 幸せ出会う この世知りてや》   實久

   ―ゆきのせい ふみしめるたび かんきあぐ しあわせであう このよしりてや―

 

この世に舞い降りてきた雪の精は、時の流れを楽しむと、あの世へと帰っていく。

その姿に自分を重ねながら朝の散歩を楽しんできた。

果たして雪の精は、限られた地上での滞在の中で何を見たのであろうか。

そして、われは何を見てきたというのだろうか・・・

 

                         



 ■2023_02_08  額縁の中の雪景色

 

《暗き世の 抜けしトンネル 春薫る すべての時や 幸を運びし》 實久

   ―くらきよの ぬけしとんねる はるかおる すべてのときや さちをはこびしー

 

暗いトンネルの先の雪景色を見ていると、春も近いようだ。

雪を溶かしている土の肌にも温もりを感じられる。

すべてに時がある様に、ウクライナにも春が近いことを祈っている。

 

                           


 
 

■2023_02_09 虹の架け橋

 

《時雨落つ 比良の山裾 虹立ちて 天の架け橋 我を招きし》 實久

   ―しぐれおつ ひらのやますそ にじたちて あまのかけはし われをまねきし―

 

時雨に霞む志賀の里は、虹の架け橋にすっぽりおおわれ、幻想のなかに沈んだ。

この芸術的な虹の絵画が、創造主の作品であり、その一瞬に立合っている己もまた

同じ作品であることに癒されたものである。

 

                           

 

 

2023_02_10  鹿のサバイバル

 

《黙々と 鹿雪原を 彷徨いて 見つけし菜っ葉 雪深き下》  實久

―もくもくと しかせつげんを さまよいて みつけしなっぱ ゆきぶかきした―

 

まだお山には雪が多いようである。

多くの鹿たちが、雪に埋もれた、限られた冬の山の幸をあきらめ、

畑に残っている野菜の葉っぱを食べに、人里に下りてきている。

雪に残る足跡を見ていると、鹿たちの食料を求めての飢えた表情が見えてくるようだ。

最近、ここ志賀の里も、ハンターが老齢化し、減少に転じ、鹿たちが爆発的に増えているという。

共生の限界を超え、食害を巡る攻防にこころ痛める雪の季節でもある。

 

                

 

 

■2023_02_11 『寒梅 新島襄

 

この冬、志賀の里は久しぶりに豪雪の中に埋もれた。

雪に耐え、見事に花を咲かす寒梅、寒椿に見惚れたものだ。

新島襄同志社創始者)も、漢詩『寒梅』で、その姿を見事に吟じている。

それぞれには、それぞれの役割があることを教えてくれている。


庭上一寒梅    庭上の一寒梅
笑侵風雪開    笑って風雪を侵して開く
不争又不力    争わず またつとめず
自占百花魁    自ずから百花のさきがけを占む

 

庭先に咲いた一輪の早咲きの梅。

風や雪を笑顔で耐え忍び、平然と咲いている。

別に他者と争うでもなく、力むのでもなく、

ごく自然に、あらゆる花に先駆けて、まっさきに咲くのだ。

 

                           


 

■2023_2_12  原始の光を浴びて

 

《光満つ おのれの体 宙に舞い われ溶けゆくし 無の風のなか》  實久

   ―ひかりみつ おのれのからだ ちゅうにまい われとけゆきし むのかぜのなか―

 

なんと素敵な原始の光だろう。

今朝もまた変わらない光の中に生かされている。

思わず手をかざして、柔らかい日差しに飛び込んでみた。

いまこの一瞬、われ宙に舞う。

なみだ目に、こころが熱くなった。

手を合わせる自分に、幸せが満ちた。

 

トルコ/シリア大震災、犠牲者が25000人に迫っているという。

寒さに震える被災者に暖かい原始の光が届きますように・・・

 

                           

 

 

■2023_02_13  トルコ・シリア大地震

 

《がんばれと こころ届けし トルコの地 はかなき祈り 命空しき》  實久

   ―がんばれと こころとどけし とるこのち はかなきいのり いのちむなしき―

 

季節の変わり目なのだろうか、蛇腹雲の変化も春を運んでいるようだ。

しかし、珍しい雲模様の<風雲急を告げる>知らせが、悲惨なトルコ・シリア大地震の被害拡大

であることに、こころを痛めている。

すでに数日がたつが、いまだ多くの被災者が極寒のなか、瓦礫の中に取り残されているという。

死者数も30000人を超えたという。

1999年冬、同じくトルコで、アンカラを中心に大地震があり、米国歯科医師会の要請で

ボランティアとして、死者の歯形から本人特定の作業に参加したことが想いだされたのである。

一人でも多くの命が助かることを願い、祈るものである。

 

                           

 

 

■Facebook2023_02_15  淡雪

 

《淡雪の 帽子ふんわり 蕗の薹 メジロも騒ぐ 志賀の山里》  實久

―あわゆきの ぼうしふんわり ふきのとう めじろもさわぐ しがのやまざと―

 

すっかり雪の姿が消え去った志賀の里に、春を呼ぶ淡雪が降っている。

雪帽子の蕗の薹や、メジロたちも驚きの声を上げている。

新しい命が芽吹き始めた。

春も近いようだ。

 

                           


 

■2023_02_16原始の光

 

《今朝もまた やがて朽ち往く われ見つめ 迎えし光 満たして嬉し》  實久

   ―けさもまた やがてくちゆく われみつめ むかえしひかり みたしてうれし―

 

今朝も<原始の光>を体いっぱいに取入れた。

力がみなぎり、頭がさえわたり、こころに光が満ち満ちた。

鈴鹿の峰々に昇る朝日、その光に応えるモルケンロートの比良の峰々やこの体が輝く一瞬である。

幸せとは、おのれがそれを感じる時である。

 

                           

 

 

■2023_02 炎の誘い

 

《リズム取る 揺れる炎に 酔いまわり ここは何處かと 舞いて沈みし》  實久

   ―りずむとる ゆれるほのおに よいまわり ここはどこかと まいてしずみし―

 

冬の間、ランプの淡い炎を見つめながら過ごす夜が多くなる。

部屋の照明を落とし、1970年代の懐かしのポップスを、ワインをかたむけながら耳を傾けるのである。

炎が音楽に合わせながら、かすかに揺れる魅惑は、こころを沈め豊かにしてくれるから好きである。

曲のリズムに合わせ、ランプの炎が踊り、体も揺れ出す・・・

なんと素敵な夜なのであろう・・・

 

                           


                            

 ■2023_02_18梅美人

 

《ひっそりと 咲きし紅梅 われ重ね みめぐみ覚ゆ 豊けき今を》  實久

   ―ひっそりと さきしこうばい われかさね みめぐみおぼゆ ゆたけきいまを―

 

冬陽のもと、山里に咲く紅梅は、この世の恵みを一身に受け、

生きる喜びを精一杯現わしているではないか。

生きるとは、豊かな輝きを放つことだと梅美人に教えられた。

 

                             


 
 

■2023_02_19   焚火の想い出

 

《虚しさの 尽きぬ戦場 燃え盛り 温もり残る 焚火忘れじ》  實久

   ―むなしさの つきのせんじょう もえさかり ぬくもりのこる たきびわすれじ―

 

散歩している時に出会う焚火もいい。

かすかに匂う煙に誘われて、焚火にむせる時、平和な焚火にほっこりする。

遠き、淡い少年時代の記憶がよみがえるのである。

朝鮮戦争で、ソウルの公園に駐屯していた北朝鮮軍の兵士が、冬の寒さをしのいで焚火をしていた。

どこか平和な火の温かさが、戦争に怯える少年の身に伝わってきたことを思い出す。

それも、激しい戦闘、市街戦の最中にである。

今でもはっきりと体に刻まれている戦場の温もりの炎を、ウクライナの戦場にも見るのである。

 

                           


 

■2023_03_09  春化粧に忙しい志賀の里

 

 浮雲の  彼方におりし  君なれど  微笑み豊か  いついつまでも》  實久

―うきぐもの かなたにおりし きみなれど ほほえみゆたか いついつぃまでも―

 

志賀の里は、春を迎える準備で忙しい。

先日、天気のいい日を選んで恒例のびわ湖一周サイクリング<びわいち>に出かけてきた。

出かける直前、山を愛した仲間の旅立ちがあり、遺影の写真を懐に残雪の比良の峰々を見てもらった。 

ブログ:2023<星の巡礼 仲間を偲んでーびわいち>で偲んでいる。

 

https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2023/03/07/164912

 

                           

 後日、同期による偲ぶ会が持たれた

 

<関連ブログ>2023『星の巡礼 同志を偲ぶ会に立合いて』

https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2023/03/07/164912



 
サイクリングから帰宅してからは、スギ花粉に見舞われ、悪戦苦闘の毎日を送っている。

しかし、家に閉じこもっていては、花粉症を克服できないと、オートバイを駆って京セラ美術館で開催されて

いる<GOOD ART展>、友人 西脇英司氏の出品作を鑑賞してきた。

大自然にあらがえないちっぽけな自分を見ているようで、構図の大胆さと、その無限なる質量に圧倒された

一枚の作品をご紹介しておきたい。

 

          

                                                 友人 西脇英司氏の出品作 

 

 

■2023_03_12  小梅さん

 

《香りよし  立ち姿よし  白小梅  春の陽うらら  薫る君かな》  實久

―かおりよし たちすがたよし しろこうめ はるのひうらら かおるきみかな―

 

春の陽気に、白化粧が似合う小梅さん、

匂いたつ気品に、足を止めて振り返った。

 

                           

 

 

 ■2023_03_13  春簾(はるすだれ)

 

《とばり明け  雪解け水や  春すだれ  心も軽き  志賀の里かな》  實久

   ―とばりあけ ゆきとけみずや はるすだれ こころもかるき しがのさとかな―

 

冬の帷帳(とばり・いちょう―光をさえぎるための布)が上がり、今朝は春雨がここ志賀の里を

しっとりと濡らしている。

比良の雪解け水が、春スダレを作る様は、これまた志賀の里の春の風物詩である。

目を閉じれば、春の匂いを感じる季節である。

 

                           


 

 ■2023_03_17   亡き母を偲びて

 

浮雲に  うららかな春  母偲び  問いかけ嬉し  ツーリングかな》  實久

   ―うきぐもに うららかなはる ははしのび といかけうれし つーりんぐかな-

 

《春来たり  想い出語る  親子鳩  時空を超えし 愛の深きや》  實久

   ―はるきたり おもいでかたる おやこばと じくうをこえし あいのふかさや―

 

亡き母の24回忌を迎えた。

歴史に翻弄されたにもかかわらず、おのれを見失うことなく凛とした生きた姿に、

多くのことを教えてもらった。

母の深い愛に花を供え、感謝を伝えに、オートバイを駆って墓参りに行って来た。

 

                                                     

                           


 

 ■2023_03_20   春うらら

 

木蓮の  花頭割礼  春うらら  陽炎遊ぶ  老いも豊けき》  實久

   ―もくれんの かとうかつれい はるうらら かげろうあそぶ おいもゆたけき―

 

木蓮の花芽が割れて 内なる白衣が覗いている姿を、今は老いたる己を青春の日に重ねて

懐かしく回顧している。

 

                                       



■2023_03_23  北帰行つづく

 

《松風の  薫るびわ湖や  春詠う  さざ波踊り  鴨もそぞろや》  實久

   ―まつかぜに かおるびわこや はるうたう さざなみおどり かももそぞろや―

 

1月後半からの雪の多さに驚いたが、ようやく

ここ志賀の里、びわ湖畔、松の浦にただよい来る風には、すでに初夏を感じる。

打ち寄せるささなみ波も軽やかで、北帰行に備えていた鴨たちも次々飛び立っている。

自然の織り成す四季の移り変わりに身を任せられる己に感謝したい。

そして、WBCでの素晴らしい決勝戦、チームワークの勝利に感動した。

  

                                     

                 

              

 

■2023_03_24  いのち認め合い

 

《この世にて  今年も会えし  木蓮の  静けき命  認め合いしや》  實久

   ―このよにて ことしもあえし もくれんの しずけきいのち みとめあいしや―

 

我家の前には、老木の白木蓮が泰然自若とその命をつないでいる。

穏やかな老体に、静かな命を咲かせ、真っ白な袈裟におおわれる姿は、見事である。

お互い、いたわりの声をかけあい、認め合うこの日が、今年もやって来たことに感謝したい。

 

                           

 

 

■2023_03_26   君の面影

 

《想い出の  真白き花  語りきて  心に宿る  君の面影 》  實久

   ―おもいでの ましろきはな ばれりーな こころにのこる きみのおもかげ―

 

《君送る 野辺に愛満つ  五月晴れ》  實久

   ―きみおくる のべにあいみつ さつきばれ―

 

もうすぐ愛犬ベルの11回目のメモリアルデーを迎える。

今年も庭に植えた感謝樹<バレリーナ>(白木蓮の一種)が真っ白な花を咲かせ、

目の見えなかった彼女との楽しい散歩の日々や会話を、愛おしく想いださせてくれている。

安らかな顔で眠りにつき、その顔に<ありがとう>の表情を読み取った時、

いうに言われない哀惜の念に包まれたものである。

 

                           

                           

 

 

2023_03_28  再会を喜ぶヒメユリキンカ

 

《再会の 命繋ぎし ユリキンカ 君と聴きしや せせらぎの歌》  實久

   ―さいかいの いのちつぎにし ゆりきんか きみとききしや せせらぎのうた―

 

小川の瀬に、ながい冬の眠りから覚め、せせらぎを聴きながら春陽を楽しむヒメユリキンカに再会し、

お互い命あるを喜んだ。

 

                           

 

■2023_03_23  麗しの水仙姉妹

 

《麗しの 水仙姉妹 聖なるや  背負う十字架 光り湛えし》  實久

   ―うるわしの すいせんしまい せいなるや せおうじゅうじか ひかりたたえし―

 

選抜高校野球も佳境に入って来た。 応援に熱が入り、家に閉じこもりがちである。

今日は休養日、ゆっくりと春陽を浴びながら、朝の散歩に出かけ、水仙姉妹に出会った。

 水仙は、地中海から中近東を経由しシルクロードを経て、室町時代に日本に中国から渡来したと

言われている。

それも海流に乗ってやって来たのではないかというロマンに満ちた説もある。

水仙の学名は「ナルキッソスと言うが、これはギリシャ神話に登場する美少年ナルキッソスにちなんで

名付けられた。

神話のナルキッソスは、池の水に映る自分の美しい容姿に恋して水に抱きつき、池に落ちて死んだとされ、

この話は「ナルシスト」の語源になっているから面白い。

この老人もナルシストであろう、人知れずおのれを愛しているからである。

 

                           

 

 

■2023_04_02   今を生きる桜花

 

《命見る はかなきこの世 さくら花 われ重ねてや 今を咲かせし》  實久

   ―いのちみる はかなきこのよ さくらばな われかさねてや いまをさかせし―

 

老いを重ねるにつれ、古木に精霊の宿った淡い花を咲かす桜に魅了されている。

抱きあって気の交換をおこなった疎水の古桜の水彩画を飾った。

志賀の里、びわ湖バレイの桜並木も春爛漫である。

 

                            

                           


                         


2023_04_03   作曲家  坂本龍一さんの旅立ちを悼む

 

《ああ逝きぬ 巨匠散り逝き ハレルヤと 永遠の道 たどりて往きし》  實久

   ―ああゆきぬ きょしょうちりゆき はれるやと とこしえのみち たどりてゆきし―

 

世界的な音楽賞を総なめにした才能豊かな、現代映画音楽の第一人者であった坂本龍一さんの

あまりにも早い旅たちに深い悲しみに包まれた。

の音楽には、悲しみを越え失意から立ち直る旋律と思いやりを読み取ることが出来、

たえず明るい未来と夢を与えてくれたものである。

ニューヨーク滞在中、ラジオシティ・ホールや、リンカーンセンターで開かれた演奏会には、

必ず顔を出したものである。

庭に咲くチューリップやムスカリも、坂本龍一さんの旅立ちを悲しんでいるように見えた。

 

映画<戦場のメリークリスマス>の助監督をしていた宮沢賢治研究者でもあるパルバースさんを、

関係していた大学に演劇科を設けるため招聘したことがある。

彼の紹介でイッセー尾形氏や坂本龍一氏に協力をお願いしたことを懐かしく思いだしている。

しかし、迎えるには時期尚早、準備不足であったため計画は頓挫したのである。

 

 

 

■2023_04_05  鶯と姥桜

 

《鶯の あどけなさ残る 啼き姿 聞き耳たてし 姥桜かな》  實久

   ―うぐいすの あどけさのこる なきすがた ききみみたてし うばざくらかな―

 

この春生まれの鶯なのだろうか、どこかぎこちない啼き声で姥桜に語りかけている。

一生懸命聴き取ろうと聞き耳を立てている姥桜の姿に、おのれを重ねて見入ってしまった。

 

                           

 

 

■2023_04_07 旅立ち

 

《囀りの  姦しき朝  シジュウガラ  旅立ち嬉し 星の王子や》  實久

   ―さえずりに かしましきあさ しじゅうがら たびたちうれし ほしのおうじや―

 

2年ぶりにシジュウガラ夫婦がわが家の巣箱に新居を構え、ヒナを育て、巣立ちの日を迎えた。

まず親が外の様子をうかがい、安全を確認しているように見える。その囀りと表情に、

成し終えた安堵と、親の責任が見てとれるようだ。

 

                           



■2023_04_11  老皿の生き様

 

《名も知らぬ  流れ着きしや  老皿に  学ぶ日々是  好日あれと》  實久

   ―なもしらぬ ながれつきしや ろうざらに まなぶひびこれ こうじつあれと―

 

『遠い旅路を終えて、流れ着いたびわ湖畔・松の浦で出会ったあなたに、声をかけられたことを決して

忘れない事でしょう。

体は変形していますが、こころはいまだ冒険心に富んで、旅路の途次にあることを楽しんでいるのですよ。

お互い、おのれを忘れず、おのれを見つめ、最後の日まで日々是好日であることを願っています。』と、

びわ湖をさすらい来たバックパッカー・老皿に出会った。

 

                           



■2023_04_16  君に学ぶ

 

《おい君と  時を刻みし  老木に  生きるとは何故  問いて笑うや》  實久

   ―おいきみと ときをきざみし おいのかお いきるとはなぜ といてわらうや―

 

朝日に、感激の声を上げるこの樫の木の顔を見よ。

立ち位置から一歩も動かずに、大地に根を張り、その背を伸ばして大木に成長した樫の木の

キリン顔に出会った。 

ただ創造主の恩恵だけで生涯を生き抜いてきた老人から、感謝の気持ちが伝わってくるような、

温かさを感じた。 

わたしも君を見習いたいと、そっと抱擁した。

 

                                                 

 

 

2023_04_17  清楚な姫シャガ

 

《命見る  この美しき  ヒメシャガの  風と戯むる  今を生きしや》  實久

   ―いのちみる このうつくしき ひめしゃがの かぜとたわむる いまをいきしや―

 

我家の周りの清楚な姫シャガたちも、木陰から太陽を求めて首をのばしている。美しく着飾った花びらは、

優しい風の囁きに気持ちよさそうである・・・

 

                           

 

 

■2023_04_18  天使の顔  桜<天の川>

 

《聖なるや  八重なる桜  天の川  天使見るなり  わが子ふたたび》  實久

   ―せいなるや やえなるさくら あまのかわ てんしみるなり わがこふたたび―

 

今朝は特別に嬉しい朝である。

桜<天の川>が、天使のような可憐な花を咲かせた。

植えた苗が、鹿たちの食料となり、丸坊主にされたうえに、枝を折られたのである。

あれから4年、待ちにまった2輪の花を咲かせた。

わが家に双子を授かった50数年前の感動の日をもう一度味わった。

 

                           

 

 

■2023_04_18  慈雨

 

《雨煙る  緑の森や  蘇り来て  重ねしおのれ  命見つめし》  實久

   ―あめけむる みどりのもりや やどりきて かさねしおのれ いのちみつめし―

 

昨夜からの慈雨、軒を叩いて春眠に心地よい。

森の緑もさらに濃さを増し、鮮やかである。

おのれにも青春が宿り、ラジオ体操も軽やかである。

 

                           

 

 

■2023_04_20  花梨(カリン)の恥じらい

 

《恥じらいし  初お目文字の  花梨花  胸のときめき  伝わり嬉し》  實久

   ―はじらいの はつおめもじの かりんばな むねのときめき つたわりうれし―

 

近くの樹下神社で、いつも出逢っているはずなのに、記憶になかった初お目文字の花梨の花

に声をかけられた。

『毎年、わたしの身を花梨酒にして楽しんでおられるのに、声もかけられず悲しい想いをしていましたよ』

 頬を淡いピンク色に染め、恥じらう姿がわたしの心をとらえた。

来る月の、懐かしい旧友との再会もまた、こころ豊かな時間を楽しみにしている。

 

                           



■2023_04_21  太陽の恵み と <ノースポール>

 

《冬耐えし  ノースポール  背伸びして  光りを求め  命溢るる》  實久

   ―ふゆたえし のーすぽーる せのびして ひかりをもとめ いのちあふるる―

 

冬の間、白い小顔をじっと寒さに耐えてきたノースポール、太陽に向かって背を伸ばし笑顔が戻った。

子供のころ読んだイソップ物語の「北風と太陽」を思い出し、人間もまた、彼女たちと同じく太陽の温もり

の中に生きていることをあらためて感じたものである。

 

                           



■2023_04_22  おらが家族

 

《君迎え  月日の流れ  老いを増し  丸みの中に  幸せ見るや》  實久

   ―きみむかえ つきひのながれ おいをまし まるみのなかに しあわせみるや―

 

わが家の家族となって3年目の花子(雨蛙)さん、冬眠から覚めたのであろうか、うららかな太陽に誘われて

日向ぼっこ。

あのスリムな体が、すっかり肥満体に。  いやひょっとして新しい命を宿しているのだろうか。

そっと見守ってやりたい。

 

                           

 

 

■2023_04_23  一枚の葉

 

《囁きに  心癒さる  老いの身の  木の葉のこころ  通いて嬉し》  實久

   ―ささやきに こころいやさる おいのみの このはのこころ かよいてうれし―

 

登山をしていた時、遠くの山の頂に、『もうすぐ会えるね』、『頑張ってね』と声を交わすことがあった。

今朝もまた、太陽の温もりに身を預けている裏庭の木の葉の一枚に声をかけ、耳を傾けた。

愚痴ることもあるし、褒め合うこともある。

お互いの考えを聴けるのだから、命あるとは愉快であり、

不思議である。 日々、老いの身を慈しみ、愉しんでいる。

 

                           

 

 

■2023_05_08  家康伊賀越えを歩く

 

《人馬駈け  闇切り裂きし  伊賀越えの  松明映える  家康の顔》  實久

―じんばかけ やみきりさきし いがのさと たいまつはえる いえやすのかお―

 

ゴールデンウイーク、五月晴れの伊賀の里を訪れ、大河ドラマ『どうする家康』 の間もなく始まる

家康最大の危機脱出《神君家康伊賀越えの道》を訪ね、新茶の緑豊かな絨毯の中を歩いて来た。

一緒に、歴史の道を歩いてみませんか・・・

 

2023『 星の巡礼 家康伊賀越え追跡記』

https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2023/05/07/101411

shiganosato-goto.hatenablog.com

 

                           

 

 

■2023_05_09   華麗なるジャーマンアイリス

 

《華麗なる ジャーマンアイリス 命満ち 喜びたたえ 誇らしげかな》  實久

    ―かれいなる じゃーまんあいりす いのちみち よろこびたたえ ほこらしげかな―

 

このゴージャスな着飾り、鮮やかな色合い、恵みに満ちた文様、光をたたえし姿・・・

これこそ自然の中で光り輝く本来の人間の姿であろう。

いま、庭に咲くジャーマンアイリスに問いかけながら、着飾りすぎた己の姿が滑稽に見えてきたものだ。

 

                           

 

 

■2023_05_10   母タンポポの願い

 

《旅立ちの 子らを見送る タンポポの 頼りし風に 願い託せし》  實久

   ―たびたちの こらをみおくる タンポポの たよりしかぜに ねがいたくせし―

 

この子沢山を、風に乗せる機会を待っている姿に母なる忍耐が見てとれる。

数えた綿毛は、なんと119個。 この子達は、託した風さんに身をまかせ、なるがまま、

あるがままに生を全うすると思うと、 『頑張れ!』と、エールを贈った。

 

                         

 

 

■2023_05_11  田植終え

 

《比良泳ぐ 田植終えしや 五月雲 並びし苗も 夏を装いし》  實久

   ―ひらおよぐ たうえおえしや さつきぐも せいれつなえも なつをよそいし―

 

真っ白な雲を被った比良の峰が、鏡のような水田の水面に映り、志賀の里もすっかり衣替えを

喜んでいるようだ。 自然の織り成す化粧ほど美しく、こころ癒される表情はない。

 

                           


 

■2023_05_12  お互い認め合い

 

《想い合い 共に認めし 君と僕 デッキ塗りよし 草刈りもよし》  實久 

 ―おもいあい ともにみとめし きみとぼく でっきぬりよし くさかりもよし―

 

恵みの陽ざしのもとすくすく育った草たちの背丈を短く刈りこんで、緑の絨毯にドレスアップする

手助けをした。

また、梅雨前のデッキに防腐剤を塗り終えた。

草たちもデッキも喜んでくれ、こちらも嬉しくなった。

 

                         

                         

 

 

■2023_05_15  旧友を迎え

 

《残り香の 漂う森に いとまする 君見送りし 志賀の里かな》  實久

   ―のこりがの ただようもりに いとまする きみみおくりし しがのさとかな―

 

《大焚火 想い燃え立つ 生き様の 描きし老いの 高貴なるかな》

   ―おおたきび おもいもえたつ いきざまの えがきしおいの こうきなるかな―

 

旧友との久方ぶりの再会であった。

表情の豊かさに、老いの物腰に、ひとの味がにじみ出ていた。

温泉につかり、焚火をし、一夜を共に語り合う、幸せな時間に恵まれた。

すべてのご縁に感謝である。

 

                           

                           

 

<関連ブログ>2023『星の巡礼 短歌集ーこの星で出会いて』

      https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2023/05/18/112716

 

 

■2023_05_16   露天風呂

 

《湯気の中 仏見るなり 坐せし君 露天なる湯も 変化なるかな》  實久

 ―ゆげのなか ほとけみるなり ざせしきみ ろてんなるゆも へんげなるかな―

 

コロナ禍で遠のいていた志賀の里にある温泉<比良とぴあ>に旧友とつかって来た。

老体の曲がった背中を伸ばして、露天の岩に腰を掛け、久闊を叙し、人の道に花を咲かせた。

ひとには、光もあり、闇もあり、表もあり裏もある。

すべてが織りなしてその人を創り上げている。

その表情には、計り知れない奥深さがあり、後光が射していた。

素晴らしい再会に感謝である。

 

                           

                           

 

 

■2023_05_17   この顔を見よ 

 

《語らいの お多福顔や パンジーの レッサパンダー にも似ておりし》  實久

 ―かたらいの おたふくかおや ぱんじーの れっさぱんだー にもにておりし―

 

我家のパンジーに、レッサパンダ―そっくりさんを見つけ、まじまじと見入った。

口をすぼめ、目鼻口がそっくりなパンジーと出会って、吹き出してしまった。

この顔は、カブスカウトそのものである。

なんと愛らしい顔立ちであろうか、しばし心豊かな語らいの時間を持った。

 

 


 

■2023_05_18    真白な花絨毯-エゴノキ

 

《鈴掛の 純白ドレス エゴノキの 想い出宿る 花絨毯》  實久

   ―すずかけの じゅんぱくどれす えごのきの おもいでやどる はなじゅうたん―

 

五月のこの季節、わが家の庭は一面の白い落花で埋め尽くされ、真白の絨毯が敷かれる。

なんといっても沢山の花が醸しだす香りのよい、甘い匂いが広がるのがいい。

エゴノキ、その花の鈴なりの姿から花言葉を<壮大>というらしい。 

今年も又、白き絨毯を歩きながら、過ぎし日々を懐かしんでいる。

 

 

 

 

■2023_05_19   雨落音(うらくおん)

 

《しとしとと 雨粒太り 落ちゆきて 厠に聴こゆ ドレミの音かな》  實久

   ―しとしとと あまつぶふとり おちゆきて かわやにきこゆ どれみのねかな―

 

夏日の後の、一雨にほっとしている。

早朝の厠から外の雨脚を楽しんでいると、目の前の樹にぶら下がる雨粒が、

忙しくその順番を後輩に譲って、落下する姿が目にとまった。

観察していると雨粒の誕生から、落下までに一定のリズムがあり、ドレミの

ハミングを口ずさんでいた。

雨粒がこの星 地球に落ちて、かすかな喜びの声を上げた。

 

                           

 

 

■2023_05_20   モッコウバラ

 

《君も往く 知りて咲くらん 今日もまた 変わらぬ君や 微笑みおりて》  實久

   ―きみのいく しりてさくらん けふもまた かわらぬきみや ほほえみおりて―

 

わが家の垣根に咲く黄色と白の小さなモッコウバラが、かすかな体臭を放ち、おのれの存在を

アッピールしている。

間もなく老いを迎え、自然に還っていくおのれの運命を知っているのであろう。

覚悟と自覚からくるその姿には、落ち着きの中に悠久の美しさを滲ませているように見えるのである。

 

                           


 

■2023_05_21 『星の巡礼 短歌集―この星で出会いて』

 

《遥かなる 求めしひかり 出会いてや 動なるこころ 無の風抜けし》  實久

   ―はるかなる もとめしひかり であいてや どうなるこころ むのかぜぬけし―

 

四国巡礼八十八ケ所を<歩き遍路>で結願した友を、ここ志賀の里に迎え、9年ぶりの再会を果たした。

互いの老いにひそむ心うちを露天風呂で、そして焚火にむせながら語り合う時間を持てたことに

感謝している。

これまで多くの<一期一会>に恵まれた。

出会いの一瞬を切り取って、友との心の通いや、老人のこころ内を詠んでみた。

 

                                      <関連ブログ> 2023『星の巡礼 短歌集ーこの星で出会いて』



                           

 

  

2023_05_22   時の声

 

《鶏の声 響きし渓谷 志賀の里 静寂破るや 鐘と混じりて》  實久

 ―けいのこえ ひきしけいこく しがのさと しじまやぶるや かねとまじりて―

 

今朝早くデッキで、老人ヨガ体操をしていると、近くで飼われている雄鶏の時の声<コケコッコー>に、

銀嶺に輝くアンナプルナ山の見下ろすネパールの山村タダパニの朝に迷い込んだ。

近くに移住してきた若夫婦が放し飼いにしている雄鶏が、ここ志賀の里<びわ湖バレー>に響かせる

朝一番の儀式である。

ここに住居を構えて30数年、お寺の鐘の音に加えて、平和の声を聴き、心が癒された。

 

             アンナプルナ山の見下ろすネパールの山村タダパニ

 

<関連ブログ>2001『星の巡礼 ネパール紀行』

                          https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2022/11/02/075757


 

■2023_05_23   旺盛な観察心

   ―熊毛虫(クマケムシ)・ヒトリガの幼虫―

 

《生ありし 君に向かいて われ重ね エール交換 認め合いてや》  實久

   ―せいありし きみにむかいて われかさね えーるこうかん みとめあいてや―

 

昨年駆除したはずの桜の葉を食い散らした蛾の幼虫が残っていたのだろうか。

今年は、紫陽花の葉を食べて丸々太っている熊毛虫<ヒトリガの幼虫>を見つけた。

幼虫は脱皮して蛾になる。

少年時代、その異次元なる姿の変化に、不可思議なものに出会ったような気がしたものである。

老いた現在は、毛虫さんに挨拶が出来るようになった。

静かに見守ってやるつもりだ。

 

                               


 

2023_05_23   竹の子たち

 

《凛々しくも 光り求めし 竹の子ら 称え歌えや この世の愛を》  實久

   ―りりしくも ひかりもとめし たけのこら たたえうたえや このよのあいを―

 

竹の子とは言えない立派な孟宗竹の少年たちが、その雄叫び姿を、天に向かってすくすくと伸ばしている。

 森の中、この世の愛を、よろこび歌う姿に聴き入ってしまった。

 

                           


 
 

■2023_05_25   森を彩る妖精たち―ヒメウズキ

 

《恥じらいの 白き妖精 ヒメウズキ 艶醸せしや 花かんざしの》  實久

   ―はじらいの しろきようせい ひめうずき つやかもせしや はなかんざしの―

 

緑の散歩道に、白カンザシが良く映える季節である。

低木のしなやかな枝に真っ白な妖精たち<ヒメウズキ>がぶら下がり、

森を明るく飾り立てている朝の散歩は格別である。

恥じらいの顔に、そっと近づいて匂ってみた。

 

                           

 

 

■2023_05_28   仲間の回復を祈って

 

        君と共に、いま、こここの世にありて、

        天に向かいて祈り、結ばれしを喜ぶなり

                痛みを分かち合い、与えられし道を共に歩み

        光あるを切に祈るものなり

 

重篤の若い仲間が、気管切開を行い、眠りの中、生死の境にあるという。

共に、仲間の回復を祈ろうとの、<絆の祈り>を呼びかけた。

今朝、ここ志賀の里でも、病室にある友の深い呼吸に合わせて、祈りをささげた。

祈りに加わっていただければ幸いである。

 

 

 

                           

                                                          <希望の光>隠れキリシタンの里 五島列島の朝日

 

 

2023_05_28   名もなき命花

 

《風迎え 君も踊れと 野花言う 自由に生きる ほど難しき》  實久

   ―かぜむかえ きみもおどれと のばないう じゆうにいきる ほどむつかしき―

 

首を伸ばし、天を突く野花に出会った。

風に身を任すその愛らしいフリー・ダンスに石灯篭と一緒に見惚れた。

同じ生を受け、シンプルに生きる野花たちに、複雑な人間の生き方を重ねたら、ため息が漏れた。

どうしても、この名もなき命花の名前を調べてみたい。

そして今日も、風に揺れる若き仲間の意識回復を願って、寄り添っていたい。

 

                           

 

 

2023_05_29   花びらの数

   ―レオナルド・フィボナッチ数列

 

《ゼロという 概念出会い 中世の 機能美溢ふる ダビンチ生みし》  實久

    ―ぜろという がいねんであい ちゅうせいの きのうびあふる だびんちうみしー

 

先日、テレビ番組で花びらの数は決まっているという<レオナルド・フィボナッチ数列>の話をしていた。

さっそく我家の多弁花である「ガザニア」と「マツバギク」の花びらを数えてみた。

ガザニアは13枚で合格。 しかし、マツバギクは34枚のはずだが、37枚となる。

調べてみると花びらの幾つかは2つに分かれていることが分かったので、これも良とした。

インドの数学者の間で6世紀頃から知られていた数列を、イタリアの数学者が西欧に紹介し

<レオナルド・フィボナッチ数列・法則>と呼ばれたという。

フィボナッチ数列では、3項目以降のそれぞれの数は手前の2つの項の数の和になっている。

そのため数列は、0+1,1+2,3+5,8+13,21+34,55+89,144...と続く、と言うことや、

ゼロの概念を発見したインド数学の偉大さに感心したのである。

創造主の差配にいつも驚かされている。

今朝も、若い仲間の意識回復を祈った。

 

 

 

 

■2023_05_28   聖霊なりし花―アマドコロ―

 

《鈴掛の 白き妖精 アマドコロ 聖なる歌や ドレミ奏でし》  實久

   ―すずかけの しろきようせい あまどころ せいなるうたや どれみかなでし―

 

アマドコロの清純な白き花がぶら下がる姿に、中世の尖塔に吊るされた鐘を見る思いである。

鳴り響く鐘の音が、ここ比良の里<びわ湖バレー>に木霊しているように聴こえた。

そして、花の奏でるメロディーに癒されたものだ。

 

                           

 

 

■2023_06_01   私たちを見てよ!

 

《心地よく ぺらぺらヨメナ 肩寄せて ハモル姿や 平和祈りし 》  實久

   ―ここちよく ぺらぺらよめな かたよせて はもるすがたや へいわいのりし―

 

耳をそっと傾ける。 路地裏の片隅に、お日さまに顔を向け、合唱の練習に声張り上げる少年少女合唱団

<ペラペラヨメナ>に出会った。

別名<源平小菊>とも呼ばれ、花の色が白とピンクの2パターンに分かれるため、源平合戦における

源氏の白旗と平家の赤旗をイメージして付けられたという。

原産地は中央アメリカで、日本の山野に帰化したそうだ。

日本に渡来して、お目文字、そうここ日本に育って81周年である。 

出会いは、おのれと重ね感慨ひとしおであった。

 

                           


 

2023_06_02   命のメロディー

 

《目を覚ませ 息吹き返せ 若き友 絆の祈り 奇跡生みしや》  實久

   ーめをさませ いきふきかえせ わかきとも きずなのいのり きせきうみしや―

 

《君迎え 過ぎ去りし曲 コンニチハ 赤ちゃん歌う 我や懐かし》  實久

   ―きみむかえ すぎさりしきょく こんにちは あかちゃんうたう われやなつかし―

 

新しい生命が芽吹き、その希望の背伸びに、こころ豊かにさせられた。

病床の若き仲間の意識回復を見る思いで、ローズマリー朝顔の命溢れる産声にそっと耳を近づけてみた。

歌手・梓 みちよの<こんにちは赤ちゃん> の軽やかなメロディーが、体中に広がった。喜びのなか、

豊かな時の流れに沈んだ。

仲間が集中治療室から、一般病棟に移ったとの報せを受けた。 一人ひとりの祈りが通じたことに

感謝している。

 

 

 

 

■2023_06_03   台風のあとの水溜り 

 

《地の底に 誘いし君は 永遠にして 踊る白雲 我と戯むる》  實久

   ―ちのはてに さそいしきみは とわにして おどるしらくも われとたわむる―

 

この列島に猛烈な雨を降らせた台風が去り、晴れ間が戻って、水溜まりに白雲を映していた。 

水溜りの奥底に光る魅力的な白雲の誘いに、いつまでもみとれた。

病床の仲間に、かすかな光りを見た思いであった。

 

                           

 

 

■2023_06_03   祈りの満月

 

《悠久の 時を見つめし 月様と 共に祈りし 友の目覚めや》  實久

   ―ゆうきゅうの ときをみつめし つきさまと ともにいのりし とものめざめや―

 

久しぶりに夕方の散歩を楽しんだ。

びわ湖の東の空に、悠久の時の流れを見続けている月様が浮かんでいた。

ふと、病床に伏せる若き仲間の真丸い顔が月様にかぶさった。

友の息遣いをじっと見つめ、今日一日の無事を祈ってくれているようだ。

共に祈ってくれている月様に感謝した。

 

                           

 

 

■2023_06_05   雪の下(ユキノシタ

 

《清楚なる 君美しき 雪の下 愛あるエール 永遠に響きし》  實久

   ―せいそなる きみうつくしき ゆきのした あいあるえーる とわにひびきし―

 

この素晴らしいファッションを見よ、とばかり白燕尾服を着こなした貴公子<ユキノシタ>が、

今年もツツジの影から顔を出してくれた。

その清楚なファッションに拍手喝采で応えたとき、ユキノシタは・・・

「人間は、こころを磨くことによってその美しさを変化自在に変えられるのだから羨ましい。」と

語ってくれた。

ふと、病床の若き友に、この白燕尾服を着せてみたくなった。

 

                           


 

■2023_06_06   ビヨウヤナギの祈り

 

《祈りあう われらが愛を 受け止めて 生きよ笑えと ビヨウヤナギ》  實久

   ―いのりあう われらがあいを うけとめて いきよわらえと びようやなぎ―

 

三年前に挿し木したビヨウヤナギに待望の黄色い花が咲いた。

気高い雰囲気を醸すビヨウヤナギ、その顔には与えられた命を慈しみ、精一杯生き抜こうとする

美しさが溢れていた。

今朝も、天からの光を満々と受け、感謝の詩を歌う君に命の大切さを教えてもらった。

ビヨウヤナギの花一輪に、病床にいる意識なき若い友の顔をみた。 

祈りは愛である。

 

                         


 

■2023_06_06   蜘蛛の巣

 

《天に問う 生きて残せし この作業 何を想うて 創り給うか》  實久

   ―てんにとう いきてのこせし このさぎょう なにをおもうて つくりたもうか―

 

蜘蛛画伯による見事な幾何学模様の世界を創作している姿に、吸い寄せられた。

体長0.5㎝ほどの小さな生命体が、同じデザイン・パターンを織りなす姿は、

神の領域に属するように見えた。

創造主による見事な作品でもある蜘蛛が、その能力を最大限に発揮している姿にエールを送った。

われわれ人間も、それぞれに与えられた能力をそれなりに、ほどほどに発揮できれば、

どんなに幸せであろうか。

病床の若き友は今日も意識が戻らないという。 彼もまた目を覚まし、与えられた命に

汗することを信じて祈りたい。

 

                           


      

2023_06_08   浮き雲

 

《まん丸い 笑顔嬉しや 浮き雲の われと翔け舞う 病の友と》  實久

   ―まんまるい えがをうれしや うきぐもの われとかけまう やまいのともと―

 

なんと楽しげに浮かんでいるのだろうか。 すべてを忘れ、変化自在に姿を変え、姿さえ消してしまう

魔法使いである浮き雲は、何時まで眺めていても飽きないのである。

浮雲になって、病床の若い仲間を誘い、天空を飛び回ってみたい。

なんと素敵な夢物語であろうか。

 

                           

 

 

■2023_06_10   鳥に化身した花

 

《われわれの かくも愛せし 女王が 花となりてや アントワネット》  實久

   ―われわれの かくもあいせし じょうおうが はなとなりてや アントワネット-

 

今朝、坐して目を閉じると、軒を打つ雨音が心地よく全身に沁みてきた。

雨滴音に混じって、病床の若き友の顔や、亀岡の南郷公園の明智光秀銅像の前の花壇で出会った

二羽の着飾った鳩にそっくりなお花さんが頭の中で次々と舞った。

調べてみたら、<サルビア・ミクロフィラ-ホットリップス>と長ったらしい名前であるという。

これはまさしく生きた芸術作品である。

燃えるような紅色の清楚なフレヤ-スカートに身を包んだ姿は、まるでブルボン王朝の

マリーアントワネットの様に優雅な装いであった。

 

                           


 

2023_06_14   小さな命―ツマグロオオヨコバイ

 

《静寂なる 宇宙の響き 聴こえ来て 祈り満つるや 友の命に》  實久

   ―しじまなる うちゅうのひびき かたりきて いのりみつるや とものいのちに―

 

この愛らしい虫さんも、この大きな自然を構成する一員である。 

「いまを一生懸命に生きる」姿にくぎ付けになった。 

彼から見れば、こちらはガリバー的存在、しかし、存在する宇宙・世界は同じ、

生きるという共通の目的も同じ、対等な存在であることに、連帯を感じた。

病床の意識なき若き仲間も、一生懸命戦い続けている。 連帯の祈りが通じますように!

 

                           


 
   

■2023_06   祈りの梅雨空

 

《宿り来し 友のこころや 映りおり 願い届けと 祈り交わせし》  實久

   ―やどりきし とものこころや うつりおり ねがいとどけと いのりかわせし―

 

雨を運ぶ雲が、稲田の水面で泳いでいる。 この世のすべてが、私たちの心の中で泳いでいると思うと、

こころを清らかに磨いておく必要がありそうだ。

目を閉じて、こころに映し見て, はじめてこころに宿るのであろう。

病に臥せる若き友のこころを映して、祈りを交感した。

 

                           

                            

 

■2023_06_18   人生とは

   ―<本能寺の変> 光秀軍 老ノ坂越えルートを追跡して―

 

《老の坂 人生82 追い求め 背負いし重荷 達観せしや》  實久

   ―おいのさか じんせいはちに おいもとめ せおいしおもに たっかんせしや―

 

人生は、ひとを生きると書く。 人を生きるとは、道を歩むことである。道は無数の小径で成り立ち、

無数の小径が集まって、その人生を作り上げている。

それぞれの人が、それぞれの道を持ち、道は生きた証を残して、その人の物語となる。

 

光秀軍の老ノ坂越えを追跡し、<本能寺の変>への道をたどって見て、光秀公の小径を覗き、

公の大きな時の流れに触れてきた。

人はみな大河を流れゆく一枚の葉であるが、その流れ着く先はやはりその人の道というその人

自身の宿命であり、その人にしか経験し触れることのできない物語であり、終着駅である。

人生は、その人の物語であり、物語にも人生にも必ず結末があり、普遍なる法則の中に人生はある

ことを学んだ。

  

                           

 

<関連ブログ>  2023『星の巡礼 光秀軍の老ノ坂越え追跡記』

https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2023/06/18/094828


 

■2023_06_18   ムラサキカタバミ

 

《喜びの 伝わりし花 生きとして 臥せる君らに 祈り贈らん》  實久

   ―よろこびの つたわりしはな いきとして ふせるきみらに いのりおくらん―

 

夏日が西に傾きかけた散歩道で、「この生きいきした健康な私たちを見てよ!」と、

ムラサキカタバミの娘さん達が語りかけてくれた。

なんと素晴らしい喜びの顔をしているのだろうか。

いま、病床にあるすべての人に安らぎを送り届けたい、そんな思いにかられた時、吉報が届いた。

すべての祈りが通じたのであろう、昏睡の病床にあった若き友に語りかけた父親の問いに、

まばたきで応えたとの便りがあった。 

感謝である。

 

                           

 

 

■2023_06_19 人間万華鏡<もう一つの心象世界>

 

《バラ色の 見果てぬ夢や 求め来て 覗きし万華 夢幻か》  實久

 ―ばらいろの みはてぬゆめや もとめきて のぞきしまんげ ゆめまぼろしか―

 

子供のころボール紙の筒にガラスを張り、千代紙を入れて、回しながら覗いた少年時代の興奮を

いまだに忘れていない。 

お伽の世界に引きこまれ、息が詰まりそうな美しい造形の流れに、自分は今どこにいるのかと

おもったあの幼い日を、70年後のオールドボーイが、仲間の関係する<京都万華鏡ミュージアム>で

再度味わった。

宇宙遊泳の様に、水の中を足で蹴って進む優雅な万華鏡の世界に沈みながら、

ひとは、己を万華鏡に出来るのでは、と考えみて興奮したのである。

今までに出会った森羅万象、出会い、感情などを覗いてみたら、どんな模様を織りなすのだろうか。 

人間万華鏡をこの世にいる間に、ぜひ覗いてみたいと思っている。

 

 

 

 

■2023_06_20   栗の花の祈り

 

《匂い来し 青春宿る 栗の花 目覚めよ君も 立ちて笑えと》  實久

   ―においきし せいしゅんやどる くりのはな めざめよみみも たちてわらえよ―

 

毎年、大きな実をつける若い栗の木が家の近くにある。

この時期、若木に今まで見過ごしていた異様な突起花が天を突いていた。

そして、その花の淡い匂いに、遠い青春時代が宿った。

雌花は受粉すると栗のイガになるという。

それぞれの命に与えられた神の業に出会っては、驚かされる毎日である。

病床の若き仲間の意識が戻り、与えられた命に花を咲かせてくれそうである。

祈りに感謝である。

 

                           

 

 

■2023_06_21   シロツメクサ

 

《ぼんぼりの 白き頭や 風に乗り 祈り運びし 友の目覚めや》  實久

   ―ぼんぼりの しろきあたまや かぜにのり いのりはこびし とものめざめや―

 

びわ湖岸で、懐かしいシロツメクサ<クローバー>の花に囲まれた。

子供のころ首飾りを作ったりした楽しい想い出が宿った。

白詰草」と書くという、素敵なネーミングだ。

これは江戸時代にオランダから輸入されたガラス製品の梱包に緩衝材として詰められていた

ことから来ているという。

それにしても先に出会ったムラサキ・カタバミとどう違うのだろう?

病床にある若き友のために四葉のクローバーを探さなくちゃ!

 

 


 

■2023_06_22   雨垂れの歌

 

《雨垂れの 打ちて踊りし 軒の下 聞き耳たてし すみれ草かな》  實久

   ―あまだれの  うちておどりし のきのした ききみみたてし すみれそかな―

 

志賀の里は、雨霧に霞む風景の中に沈んでいる。

デッキに鎮座し、雨滴音の中に沈み、雨音を楽しんだ。

雨、それは人のこころを潤し、いつくしみの雨に変わる瞬間の<慈雨>がいい。

氷雨(ひさめ)・時雨(しぐれ)・春雨(はるさめ)・五月雨(さみだれ)も大好きな雨の表情である。

病床の若き友にも雨滴音が聴こえていることを祈る。

 

                           

 

 

■2023_06_24   生まれ来て

 

《生まれ来て 何を得たかと 我問われ 宇宙に出入る 我を識りてと》  實久 

   ―うまれきて なにをえたかと われとわれ うちゅうにでいる われをしりてと―

 

朝一番、朝日に向かって脚を広げて、気功に励んだ。

太陽に向かって目を閉じると、瞼の裏に真赤な太陽が広がってくる。

同時に広げた足裏から太陽のエネルギーを呼吸に合わせてゆっくりと、ゆっくりと吸い上げる。

足裏から背骨をとおり頭の天辺まで太陽(宇宙・気・息)を吸い上げると、

体は太陽(宇宙)で一杯に腫れあがる。

この瞬間息を止め、全宇宙に成り切った己を意識するのである。

 

今度は、己が宇宙に入り込む(なりきる)番である。

頭の天辺にためた太陽(宇宙の気・息)を、ゆっくりゆっくりと前面の目鼻口、両手を回して腹、

両足に下し、足の裏からゆっくりと宇宙に出し切り(己を消し去り)、宇宙と一体になる。

いまここに己は無い。

宇宙に溶け込み(入りきり)、なりきった瞬間である。

 

これは一種の呼吸法である。

禅の修行も、この息(気)の呼吸法が、基本となる。

『息』、自分の心を見つめると書く。

息の意味は、呼吸することである。

目を閉じて、息を見る、そう呼吸をじっと見つめるのである。

呼吸の基本は、鼻から空気を吸い込み、口からゆっくりゆっくりと吐き出す。

 

                           

 

 

■2023_06_25   ドクダミの花

 

《路地裏の 純白乙女 顔揃え シャンソン謳う 調べ豊けき》  實久

   ―ろじうらの じゅんぱくおとめ かおそろえ しゃんそんうたう しらべゆたけき―

 

半日陰にひっそり咲く鮮やかな純白の花は魅力的である。 臭いがきつい個性豊かな雑草だが、

野生独特の生きる力を感じさせてくれるのが好きである。

乾燥させたドクダミ茶は解毒、整腸、止血などに効き、<十薬>と呼ばれているらしい。

今朝も、群がり咲くドクダミの純白の花たちは、病床の若き仲間に届けとばかりに、

シャンソンエディット・ピアフの「愛の賛歌」を絶唱していた。

 

 

 

 

■2023_06_26   森からの景色

 

《病床で 眺むる絵画 広がりて 雲溶け流る 永遠の景色や》  實久

   ―びょうしょうで ながむるかいが ひろがりて くもとけながる とわのけしきや―

 

梅雨の間の青空に誘われて、久しぶりに山を歩いて来た。

山間から眺める広々とした琵琶湖、そして、青い空にうかぶ雲、そこには広大無辺な天空が広がり

一枚の絵画を見ているようだ。

心豊かにさせられた。 病床にいる若き仲間にも見せてやりたい。 

雲と遊ぶ若き友の姿を想い描きながら回復を祈った。

 

                           


 

2023_06_27   アカバナ・ユウゲショウ

 

《比良の影 覆いし花や 夕化粧 憂いのこころ 重ね想いし》  實久

   ―ひらのかげ おおいしはなや ゆうげしょう うれいのこころ かさねおもいし―

 

あわいピンク色の化粧をした可憐な花<アカバナ・ユウゲショウ/赤花夕化粧>が、曇り空のもと

独り寂しげにたたずんでいた。

老いを重ねると、青春に立ち帰って、相手の心を先読みし、感傷に耽ることが多くなってきた。

彼女には彼女なりの憂いを抱えているのだろう。 

生きるとは、なんと繊細な感情にこころ揺さぶられるのだろうか。 

お互いの心を労わりつつ、目礼を交わし離れた。

病床の若き仲間も、自分の想いを訴えかけているように思えた。

 

 

 

 

■2023_06_28   南天の花

 

《漕ぎだせし 力満ちたる フレッシュマン 試練乗越え 挑むカヌーや》  實久

   ―こぎだせし ちからみちたる ふれっしゅまん しれんのりこえ いどむかぬーや―

 

今年も、所属するローバスカウト(青年)隊は、新しいスカウト仲間を迎えて懇親会を持った。

オールドボーイから見るほぼ60年差の若さに、その夢ある姿がまぶしく見えたものだ。

彼等の漕ぎだしたカヌーは試練を乗越え、夢あるフロンティアにたどり着くことを祈った。

今朝、庭に咲く南天の花に彼らを重ね、病床にある若きスカウトOB仲間と共に前途を祝福した。

 

 


 

■2023_06_29   野に舞う<ぺらぺらヨメナ

 

《主にまかせ 風に戯むる 嫁菜草 幸せ満つる 日々感謝せり》  實久

   ―しゅにまかせ かぜにたわむる よめなぐさ しあわせみつる ひびかんしゃせり―

 

志賀の里、風に戯れる野生の<ぺらぺらヨメナ>が曇る比良の峰をバックに、

今日もまた、優雅に舞っていた。

この自由な空間にわが身をゆだねている姿に、彼女らの真の喜びが感じ取れる。

嵐も闇も受け入れて咲き誇る彼女らのよせる信頼の主の慈愛が、こちらにも伝わって来た。

病床にある若き友と一緒に、われわれも信頼の主に抱かれていることに感謝した。

 

                           



■2023_06_30   ヤマボウシの祈り

 

《病床の 若武者の友 山法師 重ね宿りて 和み祈りし》  實久

   ―びょうしょうの わかむしゃのとも やまぼうし かさねやどりて なごみいのりし―

 

この季節、お山は真白な帽子をかぶった<ヤマボウシ>が見ごろである。

ヤマボウシは、山歩きの初夏、清楚な貴婦人の顔を見せ、深い秋には目も覚めるような

紅葉のマントを羽織り、いつも単独行のわたしを迎え、魅了してくれたものである。

老齢の今は、近場の公園で「四照花」と言われるヤマボウシを愛でている。

名前からして、志賀の里より遠望できる比叡山延暦寺の山法師を想い描いては、

その白装束を楽しんでいる。

山法師と言えば、病床の若武者がぴったりであることを思いだし、ふと和んだ。

 

 

 

 

■2023_07_01   間伐杉

 

《隠されし 己の使命 知らずして 役立ちおるを 知りて嬉しき》  實久

   ―かくされし おのれのしめい しらずして やくたちおるを しれいてうれしき―

 

役目を終えた杉の間伐材に出会った。

年輪を数えてみたら約45本、45年の歳月を生きてきたことが分かる。

その背丈は、約25mはあるという巨杉であると想像できる。

葉っぱには葉緑素というエネルギー変換の物質があり、日光と水の作用で空気中の

二酸化炭素(CO)を吸って炭素(C)を体内に蓄え、酸素(O)を吐き出すという。

そう、森林は二酸化炭素を吸収する自然の<クリーンな化学工場>であることが分かる。

今日は、病床の若き仲間と、地球温暖化の防止に貢献している杉の生き様に迫ってみた。

 

 


 

■2023_07_02  マーガレットの想い出

 

《只々に 己無くして 見つめるに 脱け殻ありて 無の風抜けし》  實久

   ―ただただに おのれなくして みつめるに むのかぜぬけし ぬけがらありて―

 

梅雨の間の太陽がまぶしい! マーガレット達も<故郷の空>を大合唱である。

マーガレットには懐かしい思い出がある。

ニューヨーク在住の折、キャッツキルにあるニューヨーク禅堂(金剛峯寺)での座禅会に

参加したおり、山門で出迎えてくれたのがマーガレットたちであった。 

無の風に無心に揺れる彼女たちから坐禅の姿勢<只管打座>(しかんだざ)を教えられた。

今朝も、マーガレットに再会し、若き病床の友と共に、風に合わせながら、歩き禅である<経行>

(きんひん)を楽しんだ。

 

 



■2023_07_03   満月を飲み干す

 

《志賀の里 いでし満月 琵琶に映え 揺れし微笑み 盃のなか》  實久

   ―しがのさと いでしまんげつ びわはえ ゆれしほほえみ さかづきのなか―

 

ここ志賀の里、びわ湖に映る満月は、波に揺れ微笑んでいるように見える。

半夏生の満月を酒杯に浮かべて愛でる、優雅な時間を過ごした。

月様の微笑みに誘われて李白漢詩を高らかに吟じた。

病床の若き友のこころにも満月が満ちたたことであろう。

 

            

 

 

■2023_07_04   満月に舞う

 

《飲み干せし 盃の華 満月や 病の友と 君愛でおりし》  實久

   ―のみほせし さかずきのはな まんげつや やまいのともと きみめでおりし―

 

昨晩、雲が切れれば、満月が見られるはずと待つほどに、大きな月が顔をだし、歓声を上げた。

老友の置き土産<風の森>(秋津穂807)を盃に酌み、満月と祝杯を交わした。

そして、満月を酒盃に浮かべて、病床の若き友と満月に舞った。

 

 

                  


 

■2023_07_06   天使の梯子

 

《舞い降りし 天使の梯子 湖に抱かれ 満ちし平安 友癒せしや》  實久

   ―まいおりし てんしのはしご こにだかれ みちしへいあん ともいやせしや―

 

今朝一瞬、姿を見せた雲間に、太陽と天子の梯子がびわ湖に舞った。

美しい天地創造の一瞬に立合え、病床の若き友と創造主の恵みに触れた。

<写真中央の島は、対岸の松の浦より眺望の、びわ湖で唯一村民が居住する「沖島」です>

 

                           

 

 

■2023_07_07   ブライダルベールの合唱

 

《純白の 君に見せたし 花嫁の 神の祝福 白きベールを》  實久

   ―じゅんぱくの きみにみせたし はなよめの かみのしゅくふく しろきべーるを―

 

今日は七夕である。

気を付けないと行きすぎるほど小さく、可憐な花<ブライダルベール>に呼びかけられた。

なんと可愛らしい三弁化なのだろうか。 まるで花嫁がかぶる純白のベールのように美しい。

この小さな命にも人は名を付けて、愛でる優しさがあることに心うたれた。

自分たちに目を向けて、語りかけてくれたわたしたちに、坂本九ちゃんの

<幸せなら手を叩こう>を合唱し、感謝の気持ちを伝えきた。

病床の若き友と一緒に、七夕に願いを込め、手を叩いて合唱に加わった。

 

                           

 

 

■2023_07_08   びわ湖の岩景色

 

《琵琶の岩  磨きし波の 優しさに  病の友も 慰めおりし》  實久

   ―びわのいわ みがきしなみの やさしさに やまいのともも なぐさめおりし―

 

びわ湖の波は優雅に見えるが、比良八荒の風にあおられ荒波となる。

この荒波は、岩を砕き、石を磨き悠久なるびわ湖と言う大庭園を造りだしている。

大自然の大胆で、緻密な営みを見ていると、人間の営みが微笑ましく見えて来るのである。

我々も、また病床の若き仲間も、この世の荒波にもまれて今があると思うだけで、感謝である。

 

                                       


                                
                            

■2023_07_09   リシマキア・ミッドナイトサン

 

《眠りより 目覚めよ友と 祈りてや 共に旅する 銀河鉄道》  實久

   ―ねむりより めざめよともと いのりてや ともにたびする ぎんがてつどう―

 

びわ湖岸のお宅の外庭に咲き乱れていた星形の花が<リシマキア・ミッドナイトサン>と

教えてもらい、素敵な名前に喜んでしまった。

星形の黄色い花<Star>が、<Might-Night-Sun>に輝いている姿を想い描くだけで、

宮沢賢治銀河鉄道の夜に引きこまれてしまった。

人の豊かな想像力や祈りは、世界を変え、人を変え、おのれを変えられると思うと、

強いパワーを感じたのである。

いま、苦しみの中にいるすべての人々に強いパワーを送り続けていることの大切さをかみしめた。

明日から一週間ほど、病床の若き友を勝手に連れ出して(写真参加)、戦国武将・家康公の

足跡を追って城巡りに出かけてきたい。

 

 



2023_07_10    ギボウシの教え

 

ギボシ咲く 今を生きにし この世にて 出会いて交わす エール嬉しき》  實久

   ―ぎぼしさく いまをいきにし このよにて であいてかわす えーるうれしき―

 

花壇に株分けしたギボウシ<擬宝珠>の花が爛漫である。 その涼し気な顔を並べて、

<今を生きる>ことを楽しんでいるようだ。

五条大橋の擬宝珠(ギボシ)を軽やかに跳ぶ牛若丸の華麗な紫袴に出会ったような、

鮮やかな姿に見惚れた。

<華麗な姿で生き抜くには、おのれを捨て、天地と共に生きる姿が求められるのだよ>と

教えられているような気がした。 

病床の若き仲間を誘って、ギボシとイヤサカ(弥栄・スカウト式エール)を交歓した。

 

この一週間、病床の若き友を誘い出し(写真参加)、「どうする家康」のゆかりの地を

車で回って来ました。

近く始まる<家康の城・古戦場めぐり>をお楽しみいただければ幸いです。

 

 

 

 

2023_07_19   『どうする家康紀行』 岡崎城

                       ―家康公ゆかりの城・古戦場を巡る―

 

《日ノ本を 束ねし公の 産声や 明るき世へと 響き渡れり》 和馬

   ―ひのもとの たばねしこうの うぶごえや あかるきよへと ひびきわたれりー

 

《屁をこきて 知らぬ存ぜぬ 夏の風 産声聴こゆ 龍ヶ城》      實久

   ―へをこきて しらぬぞんぜぬ なつのかぜ うぶごえきこゆ りゅうがじょう―

 

病床の若き友を連れ出し(写真参加)、家康公の足跡をたどる旅に出かけてきた。

第一回目は、家康誕生の城<岡崎城>を訪ねた。

詳しくは、ブログ『星の巡礼 どうする家康紀行』に続きます。

 

<関連ブログ> 2023『星の巡礼 どうする家康紀行』

https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2023/07/19/081125

 

                         

 

 

2023_07_19   エドクソウ(蠅毒草)

 

もののふの 小さきいのち 叫びおり 歴史に埋る 祈り悲しき》  實久 

   ―もののふの ちいさきいのち さけびおり れきしにうもる いのりかなしきー

 

長久手古戦場の薄暗き森のなかを散策していると、雑草に混じって<ハエドクソウ>の可憐な花が

ひっそりと咲いていた。

<蠅毒草・ハエドクソウ>、名前に似合わないそのキュートさに、「なぜこんな醜い名前がついたの?」

と聞いてみた。

子供のころ、蝿捕り紙が天井からぶら下がり、そのネバネバに蝿がくっついていた記憶がある。 

そう、そのネバネバに摺りこまれていた毒が、蠅毒草から採集されていたからだと教えてもらい納得した。

だが、<フライキャチャー>ぐらいのネーミングにして欲しかったなー。

古戦場で出会う花たちには、格別な思い入れがあり、古戦場に散った兵(つわもの)どもの化身のように

見えてくるのである。 相棒の義経Kazumaが一句詠んでくれた。

  

             

 

 

2023_07_20   ムラサキツユクサ<紫露草>の祈り

 

《儚さの 夢見る君や 露草の 無の風吹きて 祈り響きし》  實久

   ―はかなさの ゆめみるきみや つゆくさの むのかぜふきて いのりひびきし―

 

紫露草、なんと素敵なネーミングであろうか。

桶狭間の古戦場跡にひっそりと咲く可憐な花に出会った。

気品がみなぎり、可愛らしさを見せている。

ひと時の幸せを忍ばせているようで、祈りの切なさが伝わってきた。

刹那、無の風がわれわれの祈りのなかを吹き抜けていった。

毎日、次々と花を咲かすのだが、彼女たちは、一日で枯れてしまう運命にあるのだ。

まるで、古戦場で散っていった兵(つわもの)たちに出会ったようにである。

病床の若き仲間 牛若丸と共に、しばし彼女たちの祈りに耳を傾けた。

 

                           



■2023_07_21   クチナシの花に想う

 

《微笑みに やすらぎ匂ふ 梔子の 恵みのこの日 識る母の愛》  實久

   ―ほほえみに やすらぎにほふ くちなしの めぐみのこのひ しるははのあい―

 

今日はわたしにとって特別な日

この星を紹介してくれた母が誕生した日

117回目の山梔子が咲き乱れ、匂う日

彼女もこの星にやって来た

 

主を信じ、心豊かな人、

愛情の中に、厳しさをたたえた人

死んでも生き、いまを生きる人

彼女がこの星にやって来た日である

 

                           

 

 

■2023_07_22    落葉の独り言 ―掛川城公園でー

 

《貴族的 白塗り天主 雲霧の 遠江拠点 息吹おりしや》  實久 

   ―きぞくてき しろぬりてんしゅ くもきりの とうとおみきょてん いぶきおりしや―

 

山内一豊によって改修された掛川城は、本格木造天主閣として復元された東海の名城である。

周囲には、多くの桜の木が植えられ、市民の憩いの場である公園として提供されている。

掛川城外の木陰に舞い散った落葉に、約450年前の兵どもの姿を重ね、われわれ牛若と弁慶は、

耳を傾けてその言い伝え(伝説)に聞き入った。

武田軍の駿府館攻略により、掛川城に逃げ込んだ氏真を家康軍の攻撃から守ったのは、天主閣脇にある

井戸から立ち込めた霧であったと教えてくれた。

霧が城をすっぽりと覆い隠し、徳川軍は攻撃できなくなったという。

それ以来、掛川城は「雲霧城」とも呼ばれているという。

われわれは、落葉たちとの気の交感をして別れた。

 <掛川城今川氏真徳川家康攻防 1568(永禄11)  <家康 26歳>

https://shiganosato-goto.hatenablog.com/.../07/19/081125

 

 

 

 

■2023_07_27   ドクゼリの叫び

 

《うなだるる 城址の哀れ 時を越え 屍越えし ドクゼリの声》  和馬

   ―うなだるる じょうしのあわれ ときをこえ しかばねこえし どくぜりのこえ―

 

長篠城址の主郭があった広場を、草刈り機のエンジン音が満ちていた。

刈り忘れられた数本のドクゼリの花が、やれやれ助かったという顔を輝かせていた。

人の世も同じだなーと相棒の牛若が一句詠んでくれた。

 

                           

 

 

■2023_07_24   内気な半夏生

 

《人知れず 川辺賑わす 半夏生 出会い嬉しや はにかみおりて》  實久

   ―ひとしれず かわべにぎわす はんげしょう であいうれしや はにかみおりて―

 

掛川城より、浜松城へ向かう途中で、葉のつけねからでた穂状の突起にたくさんの控えめな白い粒花を

つけた半夏生に出会った。

梅雨明け宣言がなされるなか、水路にひっそりと葉を白く染め、日とともに緑に戻す<ハンゲショウ>が、

内気にたたずむ姿に心惹かれた。 

何か、自分たちに似ているねと写真参加中の病床の友と語りあったものである。

 

                           

 

 

■2023_07_25   紫御殿

 

《想い寄せ  祈り合いしや 共にいま パープルハート 結ばれおりし》  實久

   ―おもいよせ いのりあいしや ともにいま ぱーぷるはーと むすばれおりし―

 

優しい表情で話しかけてくれる小さな紫の花にここ三方ヶ原の公共墓地で出会った。

まさしく名の通り<パープルハート>の可憐さに心躍ったものだ。

帰宅して調べて分かったが、日本名は<紫御殿>というらしい、なぜだが分からないが、

少し侘しさに包まれた。

写真参加している病床の若き友にニックネームを付けてみたくなった。

牛若として参加しているが、<ダニーボーイ>、<西郷どん>、<星の王子様>、

<サッカークレージ>と若き友のイメージが広がった。

 

                           

 

 

■2023_07_26   宵待草の誘惑

 

《出会いしや 宵待ち草の 二俣城 兵どもの 鬨に包まる》  實久  

   ―であいしや よいまちぐさの ふたまたじょう つわものどもの とき(のこえ)につつまるー

 

二俣城址の広々した芝の広場にでる道すがら、はにかみながらこちらを見つめる黄色い宵待草に気づいた。

その姿に浴後の美人、竹久夢二の作詞作曲の「宵待草」のメロディーが、弁慶Saneの口から流れ出た。 

牛若Kazumaには、馴染みのない大正のメロディーである。

<待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草のやるせなさ 今宵は月も出ぬさうな>

弁慶には懐かしい青春歌である。

しかし、聴こえるセミの鳴き声が、兵(つわもの)どもの悲しい声となって、宵待草の気分をかき

消してしまった。

 

                           

 

 

■2023_08_27   向日葵 ―夏の日の思い出―

 

《河鹿鳴く ここ志賀の里 帰り来て 向日葵に見る 平和嬉しや》  實久

    ―かじかなく ここしがのさと かえりきて ひまわりにみる へいわうれしや―

 

暑さに耐えきれず、裸で自転車を駆って、ピレネー山脈を縦断する<カミーノ・デ・サンチャゴ800㎞>

走った日が懐かし。

今日も38℃を越えそうだ。比良の峰を見上げる向日葵も、ウクライナの戦火が治まることを祈って

いるようだ。 

われら家康追跡隊もしばし、志賀の里で休息をとっている。

 

                         

 

<関連ブログ>2003『星の巡礼・カミーノ・デ・サンチャゴ自転車巡礼800kmの旅日記』Ⅰ~12

          https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/15070410

 

 

■Facebook2023_07_27    ヤマゴボウの伝聞

 

《一斉に 火を噴く銃や 雷神か 消えし騎馬隊 この世失せしや》  實久

   ―いっせいに ひをふくじゅうや らいしんか きえしきばたい このようせしや―

 

設楽原(したらがはら)の戦場に立つ防馬柵の山側にヤマゴボウの実を見つけた。

彼らが設楽原の戦いを知っているとは思わないが、なにかの縁でこの古戦場を眺めているのである。

こちらは追跡者、常住のヤマゴボウさんに設楽原の戦いについて問いかけてみた。

以外にも、ヤマゴボウは言い伝えを聞かせてくれた。

信長の鉄砲隊は雷を落し、その轟音は天地を揺り動かし、勝頼軍は一瞬にして消えたと、

聞いているという。

 

                           

 

 

■2023_07_29 朝顔に迎えられ

 

《垣根超え 挨拶交わす 朝顔や かよいて嬉し こころ内かな》  實久      

   ―かきねこえ あいさつかわす あさがおや かよいつれし こころうちかな―

 

炎天下のもと、あえて古戦場跡に近い場所で車中泊をしながら、歴史の中に埋没してきた。

本当は、二人してテントを張りたかったが、今回の追跡ハイキング許可条件の一つに、

<年齢を考えろ>との約束があり、行動を律した。

出来る限り、古戦場の兵どもの鬨の声を聴きながら、タイムトンネルを潜りたかったからである。

無理して連れ出した写真参加の相棒 義経Kazumaも、汗して行動を共にしてくれた。

現在、病院にいるが、こころは古戦場を駈け巡り、攻防に汗したことであろうし、

天守からの景色を堪能してくれたと思う。

ましてや、狭い病床から、心だけでも広々とした古戦場に連れ出し、青空の下、のびのびと

駈け回って欲しかった。

これを一つの契機に、覚醒にいたることを切に祈るものである。

朝顔に迎えられ無事帰宅した。

 

                           

 

 

2023_07_30   再会の宵待草

 

《再会の 君美しき 微笑みに もののふの声 響き悲しや》   實久

    ―さいかいの きみうつくしき ほほえみに もののふのこえ ひびきかなしや―

 

家康追跡の旅1日目は、<小牧・長久手古戦場>で終えた。 

2日目の朝を迎え、木曽連峰からあがる太陽の恵みを受けながら、<犬山城>に向かった。

朝一番、犬山神社横の駐車場に車を止め、苔むす石段を上っていくと城門に着く。

開門には少し時間があり、散策をしていると、二俣城で出会った宵待草に再会した。

二俣城での非業の死を遂げた徳川信康(家康の嫡男)の怨念の祈りが聞こえてきそうであった。

  

                             

 

 

2023_07_31   覗き見の景色

 

《覗き見の こころ踊りし この世にて 見果てぬ夢や 心地よきかな》  實久

   ―のぞきみの こころおどりし このよにて みはてぬゆめや ここちよきかな―

 

今朝も、覗き見の一日が始まった。(笑い)

穴を通して、森羅万象を覗き見し、こころを通して宇宙のメッセージを覗き見する。

なんと素敵な一日の始まりであろうか。

覗き見の冒険それは、個の存在であり、今があるから覗き見が出来るのである。

人生をトンネルだと思えば、人生も宇宙も万華鏡のように変化自在にその姿が変わりゆく。

先の世界を想い描くのも、覗き見の醍醐味である。

今日もまた病床の若き仲間と共に、新たなトンネルの世界を覗いてみたい。

 

  

  

 

 

 

     『志賀の里 2023歳時記 短歌集』

            ーⅡー

                 に続く

 

 

 

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<関連ブログ>https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2023/12/26/215531

shiganosato-goto.hatenablog.com

 

 

 

 

 

2001『星の巡礼 イスラエル縦断の旅 1000km』Ⅱ

 

 

       『星の巡礼 ユーラシア・アフリカ二大陸踏破 38000km』

 

        イスラエル縦断 1000kmの旅》Ⅱ

                  ―後編― 

 

                 紀行文&スケッチ 

                       後藤實久

                           

 

 

■ 10月30日  エンゲディ ― クムラン渓谷トレッキング / 死海浮遊体験 

 


次なる目的地である死海に面した<エン・ゲディ>に向かうため、エルサレムの新

市街にあるセントラル・バス・ステーションにやって来た。

バス乗車にあたっての厳重な荷物検査と、身体検査でのイスラエル兵との冗談に、

空気が和んだ。

< Do you have a gun? > との尋問に、多分冗談で言ったものと思い、こちらも

冗談で< Yes, I have! >と答えたら大爆笑、一瞬その場の雰囲気が明るくなったも

のだ。

にこやかに手を振って無事通過させてくれた。

バスの正面ガラスは太い鉄格子で補強され、テロの襲撃に備えている。

Holon行のバスに乗り、エン・ゲディで途中下車する。 

エルサレム08;45発、バス#486, Gate 3で乗車する)

 

              

              

                     エインゲディの位置

 

 

バスは、死海の北端で右に折れて入植地クアレQUALEに立寄る。

ここは砂漠のオアシスのように草木が繁り、花が咲き乱れる別天地である。

しかし、よく観察するとこのオアシスはイスラエル軍の兵士によってガードされ、

装甲車に重機関銃を搭載し巡回していることに気づく。

ただ、イスラエルの人々が、このような死の谷底の岩がゴロゴロしている不毛の地

にも入植地を広げ、緑化に励んでいるという現実と、祖国再建にかける情熱と覚悟

に驚嘆するとともに、頭が下がるものである。

海抜下、マイナス400mにある死海エリアを進むバスに乗っていると、飛行機のよ

うに気圧の変化により耳鳴りがする。

このあたりには、原住民ベトウィンが羊を飼い、旧約聖書以来のような質素な小屋

や移動用テントに住んでいる。モロッコのベトウインや、チベットで出会った山岳

民族に似た生活風景である。

バスは死海沿いに、月のような死の道路を南下しているが、行き交う車がほとんど

ないことに気づく。死海の周辺は流れ込む川もなく、真水を確保する手段がないが

ため、入植地やベトウイン以外、人の住む村一つないのだから車の通行も少ないの

である。

 

 

<クムラン渓谷 ― 死海文書>

 

1947年、ベトウィンの少年が迷子の山羊を捜していたところ、クムラン渓谷の洞

穴のなかから土器の壺に入った羊皮に書かれた7つの巻物を発見した。

それらが旧約聖書のイザヤ書の完全写本や聖書関連古文書<死海文書・死海写本>で

あったことから世紀の大発見として注目された。

下の写真の真ん中の洞穴から巻物が発見されたといわれる。

 

特にユダヤ人にとっての驚きは、ユダヤ経典<タルムード>のテキストが、古代ヘブラ

語・ギリシャ語・アラム語で書かれていたことである。

このすべての装飾をこそげ取り去った赤土の岩石の山や、渓谷にこだまする乾いた

足音の先に、神に選ばれた民によって書き伝えられた証が残っていた。

誰が想像できようかこの極限の世界で、おのれを律して修行を積み、人に与えられた

使命を見つめ、乞い願った聖なる人たちがいたということを・・・想像を絶する旧約

の世界である。

向き合う大切さ、乞い願い求める信仰の強さを教えられた瞬間であった。

     

        

     

          エンゲディ・クムラン渓谷にあるクムラン教徒が住みついていた洞穴

                 ここから<死海文書・写本>が発見された

 

 

 

<エンゲディ・クムラン渓谷トレッキング    国立公園入域料 17NIS>

 

死海の西北部に広がる渓谷で、紀元前2世紀末ごろユダヤ教徒クムラン教団がこ

こクムラン渓谷の洞穴で禁欲的な修道生活を始めたという。

今日は一日、クムラン教徒の修養にひたりたいと、このクムラン渓谷を瞑想行脚

<経行・キンヒン>しながら、トレッキングすることにした。

 

ここエンゲディ・クムラン渓谷は、アメリカのグランドキャニオンのように見渡す

限り死の地であり、赤土でおおわれ荒涼としている。

このような荒れ地にも小鳥たちの鳴き声が響き、こころを豊かにしてくれる。

またカモシカが姿を見せ、生き物の姿を見ているだけで感動してしまうのである。

渓谷トレッキングの途中でランチをとった。パン・ジャム・バター・リンゴ・ヨー

グルト・バナナ・コーヒーと豪勢である。

ランチをとっていると、公園をパトロールしていた武装レンジャーのスーザン嬢が

声をかけてきた。

どのルートでここまで来たのかとの質問、ルートを説明すると、この奥に<ダビデ

の滝>があるので立寄って見てはと勧められた。

公園レンジャーは、トレッカーの指導と、管理と警備および保護にあたっているよう

である。

       

           

       

               ダビデ渓谷・ダビデの滝トレッキング・マップ

 

                  


                  ダビデ渓谷・ダビデの滝スケッチ

                   Sketched by Sanehisa Goto

 

 

ダビデの滝>

 

ダビデの滝には、仙人みたいな髭を生やした男二人が、裸になって滝に打たれなが

ら何かを唱えている様子、すぐにエルサレムの<嘆きの壁>の情景を思い出し、彼

らがトーラー(ユダヤ教律法・モーセ五書)を唱えている事に気づいた。

 

ダビデの滝は、約3000年前の旧約の時代、ダビデがサウル王から逃れ、身を隠し

ていたところである。サウル王が用足しのためある洞窟に入った時、そこに隠れて

いたダビデは、サウル王を殺すことなく、背後から王の着衣の一部をナイフで切り

取っていた。

サウル王が洞窟から出た時、ダビデも外に出て、自分がサウル王を殺すつもりなら

いくらでもそのチャンスがあったが、自分はサウル王に反逆する者ではないことを

話すのである。

このことによって、サウル王はダビデの忠実心を認め、ゆるすのである。

その後、サウルは戦いで亡くなり、跡を継いでダビデイスラエル王になった。

(なお、ダビデ王に関しては、旧約聖書詩編をお読みいただければ幸いである)

 

 

             

                       ダビデの滝

                 

この乾燥した岩山に水が流れているなど夢想だにしなかったので、はじめレンジャ

ーの言うことを信用していなかったのである。

岩の間から幾筋も溢れんばかりに流れ落ちているのだから驚きである。もちろん、

わたしも滝に入ってうたれ、まろやかで清らかな水を沢山いただいた。

仙人風男たちに<シャローム>と挨拶し、お邪魔したことを謝し、ダビデの滝を後

にして、死海に向かっておりた。

 

 

     

        グランドキャニオンのような赤土のクムラン渓谷の両断崖に洞穴がならぶ

    

     

                  クムラン渓谷より死海を背景に

              

 

     

        クムラン渓谷の一部には貴重な水の流れがあり、緑を目にすることが出来る

               この先に<ダビデの滝>がある

                 その流れは死海に注ぎ込み蒸発する

 

 

 

死海 - 浮遊体験    1.5US$>

 

クムラン渓谷トレッキングを終え、<エンゲディ・パブリック・ビーチ>へ直行、

死海での浮遊体験をするためである。

死海は、海面下398mにある世界で一番低地にある塩(水)湖である。

ゴラン高原に発し、ガリラヤ湖(淡水湖・海面下213m)にそそがれた流れは、ヨ

ルダン川を南下してここ死海に達する。

川水は、出口のない死海に溜まり、天日による蒸発によって塩分濃度の比重が大き

くなり(31.5%)、浮遊が可能となるのである。

死海の塩分濃度は普通の海水の10倍の濃度である。

死海の塩水が傷口や目に入ると痛いことこの上なく、炎症を起こすこともあるので

浮遊体験時にはスイムキャップをかぶり、水中眼鏡を着けることになった。

死海琥珀色の水を満たし、永遠の美しさを見せている。

 

ただここエンゲディ・パブリックビーチ(入場無料・シャワー/トイレ/ロッカー有

料)には美容に効くという泥はなく、泥売りおばさんから購入して泥パックを楽し

むことになる。

泥パック、温泉、プールを楽しむなら、パブリック・ビーチより南にある<エンゲ

ディ・スパ>を利用することをおすすめする。

 

死海での浮遊体験をしながら、遠くかすむ死海対岸北東に横たわる約束の地カナン

(ヨルダン)にあるモーゼ終焉の地ネボ山を拝し、目を閉じた。これから訪ねるモ

ーゼが十戒を授かったシナイ山や、ユダヤの民を連れ出したエジプト脱出の情景

を、空想の中にたどってみた。

   

    

     

              死海の泥パックに興じる観光客

 

     

         濃縮塩水から目を保護するためゴーグルをかけて死海の浮遊体験中

         

 

              死海の塩水で描いたスケッチ

                   Dead Sea/ 死海

                 Sketched by Sanehisa Goto

 

<▼10月30日 エンゲディ・ベト・サラ国際ユースホステル泊  46US$>                    

 

 

エンゲディ・インターナショナルYH>


エンゲディ・インターナショナルYH(ユースホステル)は、エンゲディ国立公園

入口や死海の浮遊体験のできるパブリック・ビーチ近くにある。

二食付き1泊、46US$(VISA払い)、朝食・夕食とも豪華である。YH周囲には飲

食店はなく、お世話になった。

 

この夜は、満月の夜で、死海に映る満月の長い月影が死海の上に横たわって幻想的

である。

フルムーンが死海に映え、わたしを宇宙へと導く。

エンヤの曲<Sheherd Moon>が魂に響く。

 

月を愛でていると、高校生男女240名がバスで乗り込んできた。満月にひたってい

るどころではない。彼らはディスコのバンドを囲んで歌い、踊りだした。それもボ

リュームいっぱいにして、人ひとりいない死海に向かってである。

やはり、ここでも高校生を守るため、機関銃を持った教師の陰を意識した

 

            エンゲディ・インターナショナルYHを背に

 

イスラエルの青少年育成に見るユースホステルの重要性を見ておきたい。

青少年を集団生活させ、ユダヤ教の聖地・聖人・歴史・タルムードや、イスラエル

の自然環境・地理・地政学・隣国との国境を学ばせ、パレスチナとの多くの共同統

治地区を見せ、全国に広がる入植地・キブツイスラエルの集散主義的協同組合)

での体験をさせることにより強健な体力づくりと愛国心向上と、旧約の歴史探究を

させることにあるようである。

 

その青少年育成のフィルドワークの中心として、学校生活の延長線上に、ユースホ

ステルを据えているようにうかがえる。

徴兵制をとるイスラエルは、自然の中をチームで出歩かせたり、チームで宿泊させ

たり、自分たちの計画で集団行動・労働をすることによりチームリーダを決めた

り、役割分担により人に役立つことや、助け合う精神を向上させることに重点を置

いているようである。

 

未来の国を背負う青少年の責任感とグループ連帯意識の向上に役立たせている。

まさにボーイスカウトのパトロール・システム(班制度)を実践しているといって

いい。

これらの青少年育成の運動を推進するため、先でも述べたが、ユダイズムやシオ

ニズムを支援する全世界の各種団体が設立運営され、各構成員は十分の一税のように、

全収入の10%~30%をイスラエルの国体維持のためや、青少年育成のため献金

送金する同胞が多いことも知られている。

 

アメリカ在住時のユダヤアメリカ人の友人や隣人もまた、イスラエルへの送金を

続けていたことを想い出したのである。

 

  

                     エンゲディの夕焼け


明日朝一番のバスで、イスラエル最南端の港町エイラットに向かう。

高校生たちの若いエネルギーの爆発で眠れそうもない。

でも、早く寝ないと・・・

 


<エンゲディ⇒エイラット> 

エルサレム始発バス#444は、エンゲディに45分遅れて到着し、エイラットに向か

って出発した。 (バス代 53NIS)

 


 

■ 10月31日~11月1日 <リゾート都市 エイラット>  快晴 35℃ 

 


エアコン付きのバスは、死海西岸沿いに、対岸ヨルダンの赤茶けた丘陵地帯を眺め

ながら南下する。

途中、エンボッケの街で15分間トイレ休憩、一応何でもそろう死海最南端のビッ

グオアシス(リゾート地)である。泥パックエステや大型ホテルが目に付く。

 

バスは、これより南に横たわる木一本ないネゲブ砂漠の東端を縦断し、エイラート

に着く。人が住めるような所ではない。

砂漠といってもデザート(砂)ではなく、この世から見捨てられたような荒れ地で

ある。途中、ただ一つの製塩の白い工場群に生きる光を見たような気がした。

このような荒れ地(砂漠)にも入植地(キブツ)があり、人工的な緑のオアシスが

目に飛び込んできて驚嘆させられるのである。

このような暗澹たる土地に、いかなる生産を計画しているのであろうか。

頭が下がる思いである。

神から与えられた地であるイスラエル建国に夢をかけるユダヤ人いや全世界のユダ

ヤ民族の情熱を見る思いである。

キブツの大ビニールハウス群には、エンドウ豆のような緑の野菜がすくすく育って

いる。

この月の砂漠のような荒れ地に緑の命が育っている姿は、感激の涙を誘うような感

動でもある。

神と人のコラボレーションをユダヤの地に見たのである。

ここネゲブ砂漠では、一本のペットボトルの水が命をつなぐすべてである。

水それは全生命の根源であり、水無くして生命は維持しえないことを知る。

 

日本人が、日本の自然の豊かさを実感できないでいることの哀しさ、むなしさ、感

謝の気持ちのなさに、おのれ自身憤りを感じて恥じ入ってしまった。

日本人は、なんと素晴らしい土地を与えられ、住みついているのだろうか。

安住の地にすむ民族には、砂漠に命与えられた民族の過酷な生活を想像すること、

理解することは到底無理であるような気がする。

ましてや、砂漠での血みどろな生存権をかけた民族闘争に、批判など出来るはずが

ないと云えるのではないだろうか。

 

ここネゲブ砂漠に生きる蝿は、人の汗という水分を含んだ分泌物に群がってくる。

追ってもおっても汗(塩分を含んだ水分)に吸いついてくる。その貪欲な生き方に

こそ、ここイスラエル建国の精神とともに、パレスチナ人による先祖の地を死守せん

とする意地を見る思いでもあった。

 

また、観光客への配慮も素晴らしい。荒涼とした砂漠の殺風景から観光客を癒すた

めであろうか、ラクダやダチョウの切り抜き看板が砂漠に立てられており、和ませ

てくれる。

牛やダチョウを飼っているエイラット近郊のキブツをみながら、バスは、エンゲデ

ィより丁度3時間、午前11:00に終点エイラット・バス・ステーションに到着した。

 

イスラエル最南端にあるエイラットは、リゾート地として一年中観光シーズンであ

り、多くの観光客を迎え入れている。

エイラットは、ソロモン王時代に交易港(現在のヨルダン領アカバ港)として栄

え、シバの女王を迎えた港として知られている。

旧約聖書に出てくるエイラットは、現在のヨルダン側にあるアカバを指し、エイラ

ットと名乗っている現在地はイスラエルの独立によって、荒野であった地に新しい

港湾都市をつくってエイラットと命名したという。

この時期(10月末)、エイラットはシーズンオフなのであろうか、ほとんどの店

が閉まっており、閑散としている。

そのような中、水着姿で日光浴を楽しんでいる観光客もいる。

 

ランチは、イスラエル縦断後に予定している南アフリカケープタウンに向かっての

アフリカ東海岸縦断に備え、栄養補給のため中華料理を「上海飯店」でとる。

眼前アカバ港、背景の赤茶けたサウジアラビアの岩山が琥珀色の紅海にマッチして

しい。

35℃、エイラットは暑い。ノースビーチで泳ぎ、小魚と挨拶を交わすシュノーケ

リングを楽しんだが、熱帯魚はおらず、サンゴにも出会わず残念。

ここ観光地に休暇で遊びに来ている青年兵士たちも機関銃を携行することが義務付け

られているようである。

イスラエル全土が、365日臨戦態勢である。

しかし、イスラエル人はみな陽気であり、生活をエンジョイしている様子である。

なんといっても幸せを感じ、緊張の中にも満足と自信に満ちた表情をしている。

 

一方、アラブ人やパレスチナ人は生活に追われているのであろう、働かざるを得な

いようである。両者は、支配者かどうかの立場の違いにも見えるが、パレスチナ

は4000年にわたって生活してきた祖父の地が遠き良き過去の時代になったことを

嘆き悲しんでいるように見えた。

 

ショッピングモールにも出かけてみた。エジプト国境に隣接しているので、イスラ

エル各地よりも厳重な手荷物・身体検査を受けての入店である。

モールには、多くのラフな服装の店員らしき若者が機関銃を肩にかけて仕事や接遇

サービスをしている。

 

ここエイラットでは、エジプト入国のためのビザ取得のため動き回った。

エイラットのエジプト領事館でビザ申請。9時申請すると、10時半には、直ちにビ

ザを発行してもらえた。(申請代72NIS)

エジプト領事館員の<HAVE A GOOD DAY, ENJOY EGYPT !>の一言に、エジ

プト・シナイ半島の旅の安全が約束された気分にさせられ、緊張が一瞬にして

失せた。

なぜなら、3年前の1997年11月、ナイル川にあるルクソールの遺跡で、多くの

日本人観光客がテロによる銃乱射に巻き込まれ犠牲(日本人10名を含む62名殺

害)となっていたからである。

 

     

         エイラット(イスラエル)よりアカバ(ヨルダン)へ陸続きの避暑地

       

      

              エイラットで紅海の太陽を浴びる        


イスラエルエイラート)と、ヨルダン(アカバ)国境にも中立地帯が横たわる。

 

                <ヨルダン・アカバ湾の街>

                  エイラートイスラエル)より

                    Sketched by Sanehisa Goto          

 


先日立寄ったヘブロンで、イスラエル兵とパレスチナ解放機構/PLO (イスラ

エルによって占領されているパレスチナのアラブ人の解放を目ざす武装組織)との

間に銃撃戦があり、両方に死傷者が出たとのニュースが流れた。

ユースホステルの中にも緊張感が走った。

両サイドとも和平を望んでいるのに、自分たちの愛する領土に対する確執から、対

立や紛争は尽きない。

両者絶対に譲れないところに、和平への解決の糸口が見つからないのである。

日本人の北方領土に対する無感覚と同じく<いいじゃないか>という諦めは、ここ

では通用しないということである。国を盗るか盗られるか、それは生存権の問題で

あり、相譲れないのである。

祖父伝来の、民族固有の土地は絶対に奪還するという強い意志があってこそ、祖国

愛に基づく祖国防衛が成立するのである。

祖国愛・祖国防衛の意識が両者にあるから悲劇であり、無情である。

今夜は満月である。ここからは4か国の満月が見られるのである。イスラレル・ヨ

ルダン・サウジアラビア・エジプトの満月をここエイラットで見ることが出来る。

エイラットはこれら4か国と国境を接しているからである。

 

     

                リゾート地であるエイラートの街を背景に

               ヨルダンとの国境アカバ方面より

 

これから、ネゲブ砂漠での夜間ラクダ―・ツアーに参加し、モーセ引率によるエジ

プト脱出後のイスラエルの民のシナイ半島彷徨40年間の苦労のわずかでも体験す

ることにした。

 

    <ネゲブ砂漠体験 夕暮ラクダ・ツアー 3時間コース 44US$  15:00~18:00>

              ―Camel Ranch in Wadi, Shlomo, Eilat― 

 

 

            

            キャメル・ランチ(ラクダツアー)社のパンフより

                  Sketched by Sanehisa Goto

 

 

アブラハムユダヤ民族の祖父)が棲み、モーセイスラエル民族エジプト脱出の

指導者)が歩き、預言者エリヤ(信仰の英雄の一人)が過ごしたネゲブ砂漠をラク

ダに揺られて巡るツアーに参加した。

ここネゲブ砂漠は、崖あり、岩石あり、土もあり、緑も少しはある。だから陰もあ

り、暑さをしのぐことも出来る。

ネゲブ砂漠での夕暮に、旧約の人々と同じく、粗食を口にし、焚火を見つめながら

感謝の祈りをささげるのである。

まだぬくもりが残る砂の上に一枚の粗末な布をひき、焚火の周りに寝そべって、

北極星を眺めながら質素な食事<豆スープ>を口にする。

迫りくる大宇宙におのれをまかせ、いついつまでも旧約(聖書)の創世記のなかで、

モーセに引率されながら巡り歩くのである。

 

 

         ネゲヴ砂漠でのラクダ・ツアーに参加し、旧約の砂漠世界を彷徨する

  モーセの引率でエジプト脱出したイスラエル人集団を運んだラクダの子孫と思うだけで心が躍る

          ラクダ・ツアーに参加し、モーセ率いるエジプト脱出を体験した

 

           

          砂漠でファイアー <神との対話・沈黙の時間>に酔う

          

        ネゲヴ砂漠モーセの世界にひたる <巨大渓谷 マクテシ・ラモン>

          

                <荒野に生きるネゲブ砂漠の住人ラクダ> 

        モーセ率いたエジプト脱出の放浪イスラエル人を運んだラクダの子孫たち

 

           アカバ湾越しに、サウジアラビア半島から昇る朝日

             エイラット(イスラエル)・紅海アカバ湾

 

       


<▼10月30日~11月1日 エイラット・ユースホステル泊   196NIS >

 

 

■11月2日 エイラット 3日目 快晴 朝風強く、寒い 

 


エイラットよりアカバ湾(紅海)越しにサウジアラビア半島の赤茶色の丘陵から昇

る朝日を拝したあとユースホステルに戻って、フィルドワークにやって来た高校生

(バス8台・約300人)の大集団とともに朝食をとった。

引率の先生は、腰に拳銃をぶら下げ、高校生の数人は肩に機関銃やライフル銃をか

け、仲間を守っている。いつ起こるかわからないテロに備えているのである。

 

シルバー年代(シニア)の海外からのボランティアについては先述したが、ここエ

イラットの早朝の道路を清掃している老人に出会った。もちろんTシャツには

<I SUPORT ISRAEL>のロゴが光っている。

柔和な顔に、喜びの表情が見て取れる。ポーランドからやって来たという。

彼が参加したボランティア制度によると、3か月をサイクルとして食事つきで、

200US$が支給され、ただ往復航空券は自分持ちだという。

      

 

<エジプト国境の街ターバーより、 ダハブ/シナイ山への巡礼基地へ向かう>

 

エイラットのイスラエル国境での国境警備隊による厳重な警備と出国審査を終え

たあと、エジプト国境での更なる厳しい入国審査が待ち構えている。

 

ここ国境から15分ほどのところにあるターバーのバスターミナルから出ている

ミニバス(トヨタ・ハイエース)で、モーセ十戒を授かったシナイ山への巡礼

基地であり、シナイ半島南東部にある観光地ダハブに向かった。

 

いよいよ、モーセ率いるイスラエル人のエジプト脱出時、40年間のほとんどを彷徨

したシナイ半島に足踏み入れるのである。

 

 

 

     

        シナイ半島エジプト国境 ターバー入国管理局-にかかるエジプト国旗

 

 

<ダハブ ― シナイ山巡礼基地・ダイビング基地>

 

ダハブは、エジプト・シナイ半島東岸、紅海アカバ湾に面したベトウインの住む砂

漠の村である。

また、ダイビング・スポットとして世界的に知られ、多くのヨーロッパの若者が集

っていた。ゆったりと流れる時間の中で、観光客もヤシの葉のコッテージに横たわ

り読書にふけっている。

 

イスラエルでは味わえない解放感と安心感がここにはある。

ランチは、キャンプに隣接する<モハメット・アリ・ホテル>のカフェテリアでツ

ナ・スパゲティとコークをいただく。

紅海の風は肌を撫で、まろやかなまどろみを誘う。

イスラエルのあの騒々しい緊張感はどこへ行ってしまったのだろうか。

 

しかし、平和に見えるダハブのあるシナイ半島(エジプト領)は、第二次中東戦争

(1956/スエズ運河をめぐる紛争)、第三次中東戦争(1967/アラブ連合軍のイスラ

エル侵攻に対し6日間でイスラエルは反撃し、ここシナイ半島ゴラン高原・ガザ

地区・東エルサレムを占拠)、第四次中東戦争(1974/第三次で占拠された各所を

奪還するためのアラブ側の起こした戦争でシナイ半島は国連多国籍軍の監視下に入

った)という三度の戦争を体験しているのである。

現在ですら、ダハブのあるシナイ半島は、シナイ半島駐留国連多国籍監視団のもと

にコントロールされている。

     

         避暑地ダハブに昇る紅海・アカバ湾の朝日(シナイ半島・エジプト)

                  対岸の陸影はアラビア半島

 


ここでもシュノーケリング、紅海の可愛い熱帯魚たちを息子からプレゼントされた

水中カメラ<Vivitar Water-Proof ViviCam 6200w>におさめた。

         

 

      世界的ダイビング・スポットである ダハブ(エジプトシナイ半島)で海に潜る

    

 

                紅海の熱帯魚やサンゴ達と出会う

 

 

<▼11月1日~11月2日 ダハブ  連泊  Mohamed Ali Camp

    「モハメド・アリ-・キャンプ」 1泊20US$ >

 

 

 

■ 11月2日  《シナイ山トレッキング 》 快晴 

 

 

シナイ山 聖なる日ノ出登山 ツァー代 30£E>

 

宿泊先である「モハメド・アリ-・キャンプ」 は、ダハブ市街東の海岸アサーラ

地区(ベトウイン村)で最も知られている広大な敷地と海岸をもつキャンプ場であ

り、避暑地としての設備(ダイビングセンター・ガーデンレストラン)や各種ツア

ーがととのっている。

このイスラエル縦断の旅で最も望んでいた地、モーセが神より授かった「十戒」の

地であるシナイ山や、聖カトリーナ修道院へのキャンプ企画のツアー(乗合トラッ

ク・現地自由行動)に参加した。

旅の疲れをとり、暑さの中での安眠をとるためにここでも贅沢だがエアコン付きの

一人部屋で体を休めることにした。

とくにキャンプ内にあるスーパーマーケットはバックパッカーにとってはうれしい

限りである。スーパーで買い込んだ焼きそばと白ご飯、サラダにコークを持込み、

豪華な夕食を楽しんだ。

ここダハブは、聖カトリーナ修道院への重要な入口拠点であり、十字軍や

エルサレム国によりシナイ山への道として確保されたベトウインの村落であった。

              

          

         モハメッド・アリ・キャンプで楽しんだ中華の夕べ (ダハブ) 

 


 

モーセゆかりの聖なる地・ シナイ山登山>

 

モハメッド・アリ・キャンプ企画のツアーのうち、キャンプと聖カトリーナ修道

院間の往復ツアー(現地での自由行動が条件)に参加、前夜よりヘッドライトを頼

りに巡礼団や観光客に混じって単独でシナイ山に登り、聖なる朝日を配するため、

山頂前の山小屋で仮眠をとった。

 

シナイ山頂では、日の出とともにモーセ十戒の石板を授かったシナイの山の不思

議なほど神々しい朝日を迎えた。わたしをはじめ、巡礼者である多くの老若男女が

溢れる涙を拭うことなくその瞬間に立ち会ったのである。

 

シナイ山への登山の入り口に聖カトリーナ修道院が建つ。  旧約聖書出エジプト

記」には、モーセシナイ山(神の山ホレブ)で燃える柴を見、その柴の間から神

の声を聴いたと記されている。

シナイ山麓に位置する聖カトリーナ修道院は、この「燃える柴」があったとされる

場所に建てられている正教会最古の修道院(ユネス世界遺産)である。

<参照:旧約聖書出エジプト記 20章3~17>

 

 

 

            シナイ山オーバーナイト・トレッキング

               モーセ十戒を授かったシナイ山に登る

                   Sketched by Sanehisa Goto

           

 

           

                    暗闇に浮かぶシナイ山     

      夜10時頃、聖カトリーナ修道院を出て、モーゼが十戒を授かったシナイ山へ向かう

               

 

     f:id:shiganosato-goto:20201221220603j:plain

              寒さを避けるため毛布を借り小屋で日の出を待つ

          

 

                 朝4時半ごろシナイ山の夜が明け始める

 


 夕方にモハメッド・アリ・キャンプ前を出発したツアー(乗合バス)は、聖カト

リーナ修道院に着くと、巡礼団や観光客はヘッドライトをたよりにそれぞれシナイ

山に向かうが、ラクダ道コースと近道の階段コースに分かれる。

階段コースは、3750段といわれ、結構疲れるので休憩を適時とることと、水・ラ

イト・防寒具・行動食を小型リュックに携行することをおすすめする。

聖カトリー修道院からシナイ登山は3時間ほどかかるので体調を整えておきたい。

 

階段コースをたどり標高2285mのシナイ山(別名ガバル・ムーサ)に着くが、途

中、時間調整と寒さを避けるため毛布(1枚5£E)を借り、山小屋で過ごすこと

になる。

 

ご来光を迎える前からシナイ山頂の小さなレンガ造りの礼拝堂を中心に、立錐の余

地のないほどに巡礼者であふれた。

狭い岩山の山頂に300人はいるだろうか、足の踏み場もなく、鈴なりである。

闇が明けゆく情景に息をのんでいるとモーセに語りかけたおなじ神の声が響いた

(ように)、荘厳な瞬間を迎えた。

ここシナイ山は、今から4000年前、モーセが神よりイスラエルの地を授かるため

の契約<十戒>を授かった場所である。

巡礼者をはじめ、多くの人びとは胸の前に手を合わせ、瞬きすることなくこの一瞬

の旧約の世界に溶け込み、聖なる感動にひたった。

 

                

          

          

             シナイ山頂よりモーセも見た日の出を仰ぐ
               

 

            シナイ山頂からの聖なるご来光(聖なる日ノ出)を拝する 

            シナイ山頂の聖なる日の出に立ち会い<モーセ十戒>をおもう            

 

     

            シナイ山頂の礼拝堂の周りで日の出を迎える巡礼者

 

        

          シナイ山頂でモーセも浴びたモルゲンロート<聖なる陽>にひたる

           

        

             シナイ山麓に建つ<聖カトリーナ修道院>に帰り着く

          

     

         ダハブのベドウイン村にある「モハメド・アリ-・キャンプ」に戻る

        

 

           

           ダハブ出立の朝、犬友シャルル君達の見送りを受けた

 

 


出エジプト記十戒   シナイ半島モーセの流浪>

 

モーセは、エジプトのファラオ・パロのもとで奴隷のように虐げられていたイスラ

エル(ヘブライユダヤ)人を救う使命を神から与えられ、約束の地カナン(ヨル

ダン川東岸)を目指してエジプトを脱出した時の指導者であり、引率者である。

旧約聖書の中で、エジプトを脱出し、シナイ半島を40年間放浪するイスラエル

民を導くモーセは、シナイ山にさしかかった時、苦しむモーセに「神に対して絶対

服従を誓うなら、その所有する全土をイスラエルに与える」 と神は語りかけ

る。

イスラエルの民が受け入れたこの絶対の服従が<十戒>である。

現在のイスラエル人もこのモーセの時代とよく似た第二の帰還を果たそうとしてい

るのである。モーセの40年というシナイ半島彷徨の末ではなく、約2000年間のデ

ィアスポラ(離散)という国を追われての国家再建である。イスラエル人の建国の

情熱と祈りは、モーセにも劣らない真剣なものであるように思えた。ユダヤ民族の

存亡をかけた戦いをしているといえる。

 

            

      

        Bible map <イスラエルのエジプトからの出エジプトとカナンへの入国>より

 


エジプトのラムセス①を出立した一行は、③海が割れた<葦の海>(現在のスエズ市・紅海スエズ湾か)を渡り、シナイ半島北側を横切り、カナンの地にあるネボ山⑮に直接向かわずに、シナイ半島を逆時計周りに南下し、シナイ山⑧で十戒を授かって北上、現在のエイラット⑪から40年間の放浪のあと、最終ヨルダン川東岸のカナンの地⑰に到着する

     

 

     

      映画<十戒> モーセに率いられて<葦の海>を渡るイスラエルの民(地図③)

 

 

<▼11月1~2日  ダハブ ― モハメッド・アリ-・キャンプ連泊  1泊20£E >

 

人間が住めそうもない過酷な環境に住みついて、その運命に甘んじている人間たち

がいる。それはベトウインの民である。

彼らは不毛の大地、照り付ける日光のもとラクダや羊など少数の生き物と共に生き

続けている。文明に取り残され(いや、文明を拒否し)、土に交じり合ってその生

命を全うするのである。

人は、人間として生を受けるが、自分の意志ではなく、その生まれる場所、時間、

時代、国、性別、両親でさえ決められて生まれてくるのである。

この世に生を受けた生き物は、誕生の環境的条件をどのように享受したらよいので

あろうか。

生命誕生と神の導きは一体であるように思えてならない。

選民としてのユダヤ民族もまた神の導きに従い苦難の道を歩んでいくのであろう。

神の示された道に従うベトウインとユダヤの民に違いはない、みな神の子である。

ダハブ出立の朝、仲良しの犬・シャルル君たちが見送ってくれたが、なかなか離れ

ようとしない。

しばらくの間、お互いの目を見つめあい別れを惜しんだ。

 

 

 

■ 11月3日 ダハブより終着地エジプト・カイロに向かう  

       (長距離バス65£E )

 

シナイ半島最南端の港町シャルム・イッシェーフ(シャルム・エル・シェイク)経

由カイロ行長距離バスは、岩山と砂漠をぬいながらの道を一日4便、55£E、途中

検問を数か所通過、所要約10時間のスエズ湾に沿って、モーセのシナイ放浪とは

逆のコース(時計回り)をスエズ運河東岸を北上する。

ただ、一部の区間と運河橋以外、バスからスエズ湾スエズ運河をほとんど見るこ

とはできないのが残念である。

シャルム・イッシェーフは、第2・3次中東戦争シナイ半島(エジプト)を占領

したイスラエルが開発した高級リゾート地として有名である。

 

 

     

         シナイ半島南端高級リゾート地<シャルム・イッシェーフ> 

       

     

             モーセ軍団が南下したシナイ半島西南部の車窓風景 

                <シャルム・イッシェーフ⇒スエズ間>

 

     

      スエズ運河東岸(シナイ半島)よりエジプト内陸部・アフリカ大陸方面を望む

 

途中、エジプト軍の統治下にあるシナイ半島では検問所でエジプト兵によるパスポ

ートチェックを何度も受ける。

バスの切符の検札も、検問所ごとに受けるが、検問所の兵士にイスラエル兵のよう

な緊張感はなく、ローカルな日常的な雰囲気が漂っている。

おそらく、イスラエルとエジプトではパレスチナに対するお互いの政治的距離感に

よるものと思われる。

 

スエズ湾に、スエズ運河通過前の貨物船がその通過順番待ちの群船団(グループ)

を形成し、壮観であると同時に、平和である長閑さをあらわしている。

一方、シナイ半島を北上中、ザトールという街のサービスエリアのTVで、

2001年当時、9:11アメリカ同時多発テロ事件を成功させたタリバンの指導者

オサマ・ビン・ラディンがジハード(聖戦)を叫んでいた。

今なお、中東は世界の火薬庫としてのプレゼンスを発しているようである。

 

 

 

シナイ半島イスラエル


イスラエルは、1948年の建国以来、シナイ半島中東戦争をとおして関わってき

ている。

なぜこのような人の住めないような砂漠地帯に攻め入り、占領と撤退を繰り返して

いるのであろうか。

国連平和維持軍の駐留によりイスラエルとエジプトは分離され、戦闘を中止

しているが、実際イスラエルシナイ半島占拠の理由はいくつかあるようである。

それは、シナイ半島に石油の埋蔵があること、広大なシナイ半島アラブ諸国との

緩衝地帯にしたいこと、紅海の航行の自由を確保すること、スエズ運河の支配権の

確保などが考えられる。

シナイ半島イスラエル占拠地には、すでに鉄塔を建て、電気柵を張り巡らせ、道

路をつけ、海水を飲料水に換え、ソーラパネルとパラボラアンテナを設置したキブ

ツ(集団農場)村を点在させている。

 

アフリカ・エジプトへのスエズ運河橋にさしかかったようである。

バスは検問所で停車、乗客全員が荷物をもって整列させられ、徹底した携行品点検で

ある。

そのあとバスは、この年2001年10月に日本の援助で開通したカンタラにある「ス

エズ運河橋」(エジプト‐日本友好橋)を渡ってアフリカ大陸に入り、カイロに到

着する。

 

スエズ運河橋―エジプト・日本友好橋>

従来フェリーでスエズ運河を往来していたが、日本のODA(無償資金協力)によ

りアジアとアフリカをつなぐスエズ運河橋が、この年(2001年10月)に<中東和

平の架け橋>として完成した。

この記念すべき真新しい運河橋を渡ってカイロに向かう日本人の一人となった。

     

     

       スエズ運河に架かる<エジプト・日本友好橋>(スエズ運河橋)を渡る (ODA)

    

            

         エジプト・日本友好橋(スエズ運河橋)の記念切手 (ODA)

 

 

旧約聖書出エジプト記に出てくるモーセ指導のもとでのイスラエル人エジプト脱

出、シナイ半島放浪の逆ルートをたどってエイラットよりシナイ山(神よりモーセ

が授かった十戒)に立寄り、今回の<イスラエル縦断の旅>ゴールのアフリカ・エ

ジプト・カイロに入った。

         

        約10時間に及ぶ砂漠走行のあと長距離バスは早朝カイロに到着した

        この地から、神の導きによりモーセ率いるイスラエルの民はエジプトを脱出した

 

<▼ 11月3~6日 カイロ・インターナショナル・ユースホステル  

         カイロ連泊  1泊25£E>

 

 

 

 

■11月4~6日 <カイロ滞在休息>  イスラエル縦断を終える 

 


ここエジプト・カイロは、今回のイスラエル縦断の旅の終着点であると共に、モー

セのエジプト脱出の出発点でもある。

エジプトは、モーセイスラエル人(びと)を親として生まれた地であり、イスラ

エルの民がカナンの地に向かって出立した地である。

詳しく言えば、モーセ率いるイスラム人(びと)が、エジプト脱出の出発地とした

のがラムセスである。ラムセスは、カイロから南へ車で30分の距離にある古都メ

ンフィスであった。 古代エジプト古王国時代の首都として栄えたが、今は荒廃し

た村が残っているだけである。

 


エジプトは、現在のイスラエルという国やイスラエル人(びと)が存在する基(も

とい)でもあるといってもいい。

 モーセの祖ヤコブと共にエジプトに移り住んだイスラエルユダヤ・レビ)の民

の子孫は、エジプトの地に満ち、その勢力は強くなった。

恐れたエジプト王パロは、彼らを監督し,重い労役を課し苦しめたが、それにまして

彼らはますます増え続けたので彼らの新生児の内、男の子はナイル川に投げ捨てる

ように命じる。

神は、ユダヤ(レビ・イスラエル)の民の新生児(ういご)を助ける印を教え、過

ぎ越すのである。エジプトびとの新生児はみな死に絶え、パロは主の怒りを恐れて

イスラエル人(びと)のエジプト脱出をモーセとアロンに許すのである。

 

モーセは、イスラエル人(びと)を引率して、シナイの砂漠地帯を南下し、シナイ

山で神との約束<十戒>の啓示を受け、その後40年の歳月(エジプト脱出の苦し

みを忘れないため)を経て、約束の地<カナン>に帰還するのである。

いまなお、ユダヤ教では聖書での神との約束に従って、これまたエジプト脱出の苦

しみを忘れないため<過越祭ー過ぎ越しの祭り>が続いてる。

 


旧約聖書出エジプト記によると、これらのイスラエル人(びと)は430年間エジ

プトに住み、モーセによってエジプト脱出をはかったイスラエル男子成人は60万

人であったと記されている。ほかにイスラエル人女子、子供に加えておびただしい

家畜類も一緒に脱出移動したとあるから、その集団の規模の大きさに驚かされる。

 


この脱出した大集団が、神より約束されたパレスチナにある<カナンの地>にたどり着

くのに40年間の放浪を経験している。

今回たどった逆ルートの砂漠地帯を彷徨し、帰還するのであるから、想像を絶する

民族大移動を成し遂げたといえる。

 


モーセの率いるエジプト脱出前後の詳細は、旧約聖書出エジプト記第11~14章

に出てくる。特に、過ぎ越しの祭りの意味や、なぜ目的地カナンへ直線的に短時間

で向かわなかったのかなどについて詳しく書かれている。

 


その子孫がいまディアスポラ(離散)後、約2000年近くの時を超えてイスラエ

ルに帰還し、再び国を再建しているのだから、歴史は繰り返されているといっても

過言ではない。

 

     

     

        イスラエル縦断最終地カイロ郊外のピラミットの前で旅の無事を祝う



     

      モーセ率いるイスラエルびとのエジプト脱出を見守ったであろうスフィンクスにも、

                 イスラエル縦断踏破を報告する

       

     

           エジプトの修学旅行生たちとピラミットの前で、

                  笑顔は平和のシンボルである

 

 

神との約束を守り続けるユダヤの民の波乱に満ちた苦難の地を歩いてきた。

旧約聖書の一字一句が、現代に続いている道として、いまなお生きいきと残されて

いた。

そこに住む人たちが、祈りに生き、神の言葉を信じて生活している風景は、力強

く、誠実である。

解釈の違いで、歴史の見方も異なり、すべてにおいて旧約の世界がいまなお現存

し、争いも継続しているようである。

現在の和平へのプロセスは、旧約聖書的ではないのかもしれない。

イスラエルパレスチナの関係を見ていると旧約の世界は、まだまだ続きそうである。

 

1993年のイスラエルPLOとの和平交渉である<オスロ合意>、イスラエルによるパレ

スチナ全土の占領下でのイスラエルのラビン首相とPLOパレスチナ解放機構)のアラ

ァト議長の間で交わされたのが<オスロ合意>である。

翌年の1994年、イスラエル占領地となったヨルダン川西岸地区は、ガザ地区共に「パ

レスチナ自治区」になった。

 

しかし、わたしがイスラエル縦断中の2001年当時も、ヨルダン川西岸地区は面積の半分

以上がイスラエルの軍事支配下に置かれ、常に厳しく監視されていた。 また、イスラエ

ルの入植地が拡大していた。

パレスチナ自治政府の完全な統治下にあったガザ地区への入域の厳しさに比べて、占領

ヨルダン川西岸地区へは、自由に入域でき、旅行を続けることができた。

かかる事情により、2001年当時のガザ地区への入域は禁止されていたことから、残念な

がら、パレスチナ人のガザ居住区の情勢や日常生活を垣間見ることが出来なかった。 

今回のイスラエルパレスチナ紛争で、ようやくガザの実情が世界に発信されたことに

なる。

 

旧約の世界のイスラエル人・パレスナ人の平和共存の時代に戻ることができるのであろ

うか。 いや、さらなる両者の離反、憎しみの連鎖が継続されるのであろうか、悲しい

ことだが、民族・宗教紛争の解決の糸口は見えていないと言っていい。

 

イスラエル縦断を終えるにあたって、パレスチナ側を見ておきたい。

 

自治を認められているヨルダン側西岸及びガザがイスラエル占領下にある現状では、

対等に二国間交渉などありえないと云える。  しかし、パレスチナは、父祖の地奪還を

目指しており、イスラエルとの対話が必要であることを痛感し、政治的解決の大切さを

学んでいるようである。 

ただ、歴史的に、宗教的に正当性を主張するイスラエルと、また経済的格差からくる不

平等は、その交渉を難しくしているように思える。

 

現在、パレスチナ・アラブ人を支援するイスラムアラブ諸国と、イスラエルとの関係

が悪化の一途をたどっているが、もともとパレスチナ人はアラブ・イスラムではなかっ

た。 旧約の時代から、パレスチナの地の征服者は目まぐるしく変わり、その征服者と

の混血がなされてきたと言っていい。 パレスチナ人は、イスラエル人のユダヤ的純血

主義と異なり、人種的純血性とは無縁である。 この純血性からしイスラエルは、パ

レスチナの地の盟主としての正当性を主張している。

このパレスチナの地や、パレスチナ人のあり方を変えたのは、7世紀のアラブによる征

服にあった、とパレスチナ研究者・D ギルモアは著書「パレスチナ人の歴史―奪われし

民の告発」で述べている。

この時、アラブ人は、預言者マホメットの教えを強いるとともに、彼らの行政組織・言

語・宗教を持込み、パレスチナ住民はこれらを全部受入れた。 

現在のパレスチナイスラムは、イスラエルユダヤと対峙していることになる。

 

モーセ率いるイスラエル人のエジプト脱出や、イエスが一生を過ごした砂漠の地を歩け

たことに感謝したい。

 

いつかパレスチナの地に平和が訪れることを切に祈りつつ<イスラエル縦断

1000kmの旅>を終えたい。

 

 

 

      

       この世で、苦しむ人々、病める人々の上に神の御手がありますように・・・

          そして、戦いのない日々が一日も早く訪れますように・・・

 

       2023年12月 聖誕日・クリスマスを前に、 志賀の里 孤庵にて

 


                        

         <星の巡礼 イスラエル縦断1000kmの旅> 

                  

                  

 

 

                         星の巡礼 ユーラシア・アフリカ二大陸踏破 38000kmの旅』

                  《ヨーロッパ周遊 11000kmの旅》

                   に続く

 

                 <現在作業中>

 

 

     ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<関連ブログ>

2001『星の巡礼 イスラエル縦断の旅 1000km』Ⅰ

 

 

 

イスラエル縦断 1000kmの旅》Ⅰ ―イスラエル / パレスチナ 旧約聖書の世界を巡る― <ギリシャ/アテネイスラエル縦断⇒シナイ半島周回⇒エジプト/カイロ> 紀行文・スケッチ 後藤實久 先のシベリア横断編を終えるにあたって、突如、パレスチナハマスによる…

 

2001『星の巡礼 ロシア・シベリア横断 10350 kmの旅』 

 

星の巡礼 ユーラシア・アフリカ二大陸踏破 38000kmの旅』

Ⅰ 《ロシア・シベリア横断 10350kmの旅》  Ⅱ 《イスラエル縦断 1000kmの旅》 Ⅲ 《ヨーロッパ周遊 11000kmの旅》 Ⅳ 《アフリカ縦断 15650km》 

 
 

■2023『星の巡礼  シベリア横断の景色 スケッチ展』 

 

 

星の巡礼 シベリア横断の景色 スケッチ展』 スケッチ・挿絵 後藤實久 2022年春、ロシア大統領によるウクライナへの<特別軍事作戦>という侵略戦争が開 始されたのをきっかけに、ロシアとは一体どのような歴史と体質をもつ国かと、あらた めて考えてみまし…

 

2001『星の巡礼 イスラエル縦断の旅 1000km』Ⅰ

          

  

 

          

     《イスラエル縦断 1000kmの旅》Ⅰ

             ―イスラエル / パレスチナ 旧約聖書の世界を巡る― 

        <ギリシャ/アテネイスラエル縦断⇒シナイ半島周回⇒エジプト/カイロ>

 

                   前編

 

                 紀行文・スケッチ

                  後藤實久

 

 

先のシベリア横断編を終えるにあたって、突如、パレスチナハマスによるイスラエル

越境襲撃事件が起こり、これから始まるヨーロッパ周遊を後に回し、2001年当時のイス

ラエル/パレスチナの地を歩き、紛争の地における両者の共存の姿を見ておきたいと思

うのである。

 

2023年10月7日早朝、中東パレスチナの地で、パレスチナガザ地区を実効支配する武

装勢力<ハマス>による、イスラエル越境、奇襲襲撃における大量虐殺のあと、人質

200名以上を拉致し、ガザの地下要塞に立てこもった事件(イスラエル側発表)が起きた。

その反撃としてイスラエル軍による、ガザ地区での人質奪還・ハマス地下壕破壊作戦が

行われ、多数の市民が巻き込まれる悲惨な作戦が行われ、今なおガザ南部地域への作戦

を拡大し、掃討侵攻中である。

 

この 《ヨーロッパ周遊の旅  12000km》 では、最終章で<2001年当時のイスラ

レル・パレスチナ世界>を取り上げることにしていたが、急遽、パレスチナの地、いや

旧約聖書に出てくれパレスチナのカナンの地を覗いておくことにしたのである。

なぜならば、歴史的には、二国間イスラエルパレスチナの融和を求めながら、世界情

勢に翻弄されて、現在の敵視政策による両者の消耗戦に至っているからである。

 

旧約聖書に出てくる神、主による約束の地が、今から20数年前(2001)に、どのよ

うな状況におかれていたかを紹介し、パレスチナイスラエルの二国制度の下での和平

が実現していない状況を見ておきたかったからである。

パレスチナの地に、一日も早い平和が訪れますように・・・

 

 

       ――――――――――――――――――――――――――

 

イスラエル縦断にあたって>

 

ここでは、<ヨーロッパ周遊の旅>を後に回し、先に<イスラエル縦断の旅>を取り上

げて、パレスチナ・イスラレル両者が混在する地の日常を観察しながら、旧約聖書で予

言されたカナンの地の様子を見ておくことにする。

なお、時間的問題もあり、すでに発表している<2001『星の巡礼 イスラエル縦断の

旅』>に加筆、一部改定し、お届けするものであることをご了承願いたい。

 

 

創世記に始まり、アダムとイブをエデンの園より追放し、この世と人類を創ったとされ

る神が指定された旧約の地が、ここ中東にある砂漠の国 イスラエル/パレスチナであ

る。

同じ神を信奉するユダヤ教キリスト教イスラム教の聖地として人類愛を試される地

もまた、ここユダヤ人とアラブ人が入り混じるエルサレムにある。

神は聖霊の地として、不毛と言っていい赤土の砂漠を選ばれ、信仰の持つ厳しさを試さ

れたといっていい。

現在のイスラエルパレスチナは、旧約聖書の民たちの苦難の歴史をいまに引き継ぎな

がら、お互いを認めあわず神の理想とする国を達成できてはいない。

 

 

f:id:shiganosato-goto:20201221115532j:plain

      モーセ率いるイスラエルの民がエジプト脱出後、40年間放浪した砂漠で 

              (イスラエル縦断中ネゲブ砂漠で休憩中)

 

そこは、ユダヤ人とアラブ人の反目とジハードと憎しみが渦巻き、神の意に反して、力

による闘争を繰り広げている悲しみと嘆きの地でもある。

両者間に、赦しと和解と和平が訪れんことを祈りながら、今回は占領地である北はゴラ

ン高原から、南は占領地であったシナイ半島までを縦断踏破し、モーセがイスラレルの

民を率いて脱出した道を逆にたどり、エジプトのカイロに至る。

世界幾多の国と地域から流入したシオニズム運動参加のユダヤ人たちの建国の息吹を感

じる一方、領土を追われ国家を失い、狭い土地であるガザとヨルダン河西岸に押し込め

られたパレスチナの人々の苦しみと抵抗と聖戦<ジハード>を肌に感じつつ、歴史をの

ぞきながら聖書の地イスラエルパレスチナを歩いた。

 

イスラエルの中には、パレスチナ人の自治がなされる地域や飛地があり、その地を訪問

するにはそれぞれの検問があるとともに、緩衝としての無人地帯が取り囲み、現在のユ

ダヤ人とアラブ人の不信感を否応なしに見せつけられ、切ない思いにさせられた。

 


■    10月24日 <イタリアを立ちイスラエルに向かう>    機内泊

 

この《星の巡礼 イスラエル縦断の旅》は、ロシア・ウラジオストックよりシベリア横

断鉄道でモスクワに至り、北欧・西欧・東欧よりイタリア・ローマに入り、中東・アフ

リカを縦断して南アフリカ喜望峰までの旅の途次にある。

ただ、<ヨーロッパ周遊11000㎞の旅>を書き始めた時に、ガザを武力統治するハマス

によるイスラエル奇襲作戦が行われ、対してイスラエルの虐殺に対する報復と人質奪還

のガザ侵攻作戦が開始されたのである。

一時、<ヨーロッパ周遊11000kmの旅>を後に回し、 <イスラエル縦断1000kmの

旅>を先に書き上げることにした。

シベリア横断の途中、全世界が9・11同時多発テロ事件の悲惨さに巻き込まれる中、ヨ

ーロッパ各地での幾多の厳重な検問を通過する過酷な旅となったが、ようやく中間点で

あるイスラエルに無事たどり着きそうである。

イタリアでは、第二の故郷であるアシジに立寄りゆっくりと長旅の体を休め、バチカン

に立寄ってローマの空港を後にした。
 

 

    

          イタリアでは必ず立ち寄るわが心の故郷アシジの朝靄

                 イスラエル訪問前にアシジに立寄る

 

 

イタリア・アシジにて聖フランシスコに再会し、      バチカン訪問後イスラエルに向った


 
<ローマを発ち、ロッド・ベングリオン国際空港に飛ぶ>

オリンピック・エアーライン フライト#240 ボーイング737は、夕暮れ直後のヨー

ロッパ周遊最後の地・ローマの空港を30分遅れで離陸し、アテネギリシャ)を経由し

イスラレル・テルアビブに向けて、乗客29名を乗せて飛立った。

 

 

 

 

           ベングリオン空港(テルアビブ・ロッド)着陸直前

 


<9・11 アメリカ同時多発テロ事件の影響>

ローマの空港でのパスポート・コントロールや、荷物検査が厳しくなかったことに一抹の不安を覚えた。

9・11テロ事件(2001年)のニュースは、ここローマに向かっていたシベリア横断鉄道

の列車の中で知った。 その後の通過地での厳重なボディチェックや荷物検査になれてい

ただけにローマでの出国検査には、その無頓着さに驚かされたのである。

ましてや搭乗率が20%に満たないことに、ローマよりアテネ経由でイスラエル・ベング

リオン国際空港までの所要時間1時間40分、なおさら不安な気持ちにさせられた。

 

アテネ空港での乗り継ぎの時間に、ギリシャ民族舞踊団一行が、バイオリンの伴奏で練

習を始めた。男女10人が横一列になってスキップを踏むダンスは、ギリシャの村祭りの

のどかさを表現しており、みな笑顔で楽しんでいる様子である。

一方、真夜中のアテネ空港(ギリシャ)乗継検査場でのセキュリティー・コントロール

は、一変して徹底した厳しい検査に変わった。

乗客1人に対して6人の検査官が、帽子から靴先まで金属探知機で念入りな検査、スケッ

チ用水入れボトルの中身はもちろん、ダイビング用水中カメラはじめバネ式三脚が武器

に改造されないかと念入りな検査である。

特に靴底、腹に巻いていた貴重品入れは徹底的に調べられた。

1時間20分の検査時間は、これまでにない最長である。 これから世界で一番厳しい臨戦

態勢の国イスラエルに向かっていることにある。

乗継空港であるアテネ空港のイスラエル行検査場はすでにイスラエルのテリトリーであ

るといって過言ではない。

夜中02:00アテネ発ロッド・ベングリオン国際空港行に乗り込む乗客は、ほとんどがイ

スラエル人であり、ユダヤ人であろうか。 ユダヤ人男子がかぶるキッパ(宗教帽子)

や、ハシディック(黒ユダヤ人帽子)・フェドラ(コ―シャラビ帽子)をつけた乗客が

ほとんどである。

もちろん東洋人はわたし一人であるから異様である。 緊張感が走るなかにも、ニュー

ヨークでの仕事仲間のほとんどがユダヤアメリカ人であり、居住区でのニュージャー

ジではユダヤ人に囲まれて生活していた関係であろうか、なにか安心と温かさを感じた

ものである。

仲間意識と、さらに彼らユダヤ人の夢の国であるイスラエルに向かうのであるから当然

みな陽気である。

最終チェックは、空港バスで飛行機に向かい、タラップの前に並べられた膨大な乗客の

預けた旅行鞄やスーツケースが整然と並んでおり、各人が自分の荷物を取りだし、最終

セキュリティ・チェックがなされる仕組みになっている。

二個の荷物が暗闇に光るライトに照らされ不気味に取り残されていた。 待機していた爆

弾処理車に積み込まれ闇に消えていったときは、背筋に冷たいものが走った。

だが、約30年前、日本人であるアラブ赤軍数人によって、このような安堵に包まれたユ

ダヤ人を乗せた飛行機がロッド・ベングリオン国際空港に滑り込んだとき、銃乱射とい

う悲惨な殺戮の現場に巻き込まれたのである。

 

■    10月25日  <ベングリオン国際空港(テルアビブ・ロッド) >

 

ここは、1972年(昭和47)5月30夜(現地時間)、元日本赤軍(当時は自称アラブ赤

軍)3人は当時のロッド国際空港で銃を乱射、24人を殺害、86人に重軽傷を負わせた事

件の現場である。3人のうち2人は銃撃戦で死亡、残った一人が岡本公三である。 大学

紛争に敗れた日本赤軍過激派は、PFLPパレスチナ解放人民戦線)と連携を強め、国際

義勇兵としてPFLPの報復依頼を受けて作戦を実行した。約30年前の事件であるが、以

降の日本人に対する入国審査は厳しさを増しているようである


ベングリオン国際空港での入国審査の簡素化に反して、その後のセキュリティ・チエッ

クの厳しさには驚かされた。

入国の目的から始まり、職業、何日間どこに誰のところに滞在するのか、どこから入っ

てどこからどこへ出国するのか、今回の旅行の全日程と、その間の訪問国での滞在の目

的、イスラエルでの滞在先の一覧表(予約の有無・連絡先)、知人の有無、お土産・依

頼品の有無、パスポート全ページの詳細チェック、なぜその国に滞在したのか・・・

等々厳しい尋問が続いた。


全外国人ではなさそうで、無作為に抽出された者と、全日本人に対してであるらしい。

この飛行機に関しては、外国人はわたし一人であり、その上、日本人であったことから

尋問に全力が注がれているような雰囲気であった。


第一回目の尋問の質問項目と、別室での第二回目の尋問が全く同様で、どうも応答の内

容をチェックし、その相違を比較しているようであった。

 

パスポートチェックでは、特に敵対国であるイスラム各国への出入国を問題視している

ようで、イラン・レバノン・ヨルダン・サウジアラビア・エジプト・リビアへの立寄り

は、まず入国を拒否されるようであった。 今回は事前に分かっていたので、新しいパス

ポートに更新していたが、ロシアはじめヨーロッパの多くの国に立寄っていたことが問

題になったようだが、旅自体の行程表の提示で少しは緩和されたようである。

 

その間も、待合所ではトーラー(ユダヤ教聖典)を声高に朗読するユダヤ教徒がいた

り、警察犬を先頭に空港施設の隅々を点検しまわる機関銃を構えた兵士の姿が目に付き

騒然としていた。


また、やたらと青年男女が軍服に身を包み、機関銃を手に持っている姿が目に付き、臨

戦態勢の国であることを痛感させられた。


また、空港をでたら地対空ミサイルの地下壕が目に付き、平和な空港のイメージが吹っ

飛んでしまった。 ここは戦闘の最前線なのである。


厳しいパレスチナ問題を抱えての皆兵的な防衛意識というより、2000年近く離散してい

ユダヤ民族が国家をようやく手に入れ、新国家建設の意欲とその防衛がその情熱とな

って溢れているようにも感じられた


 
街は掘り返され、赤土がむき出しになっており、アラブ風の古い家が壊され、天高くビ

ルディングがあちこちに建設中である。 その赤土の埃をまき上げ走るバスの乗客の3分

の2は、ここでも戦闘服を着て、銃を手にした青年男女である。 たぶん高校生か大学生

であろうか、彼らは軍服姿で授業を受けたり、遊びに行ったり、仕事をしたりと国土防

衛に24時間体制で対処しているようである。


みなはちぎれんばかりの若さと熱気を戦闘服にみなぎらせ、与えられた任務に忠実たら

んとする姿と決意を見せているのである。 国を守るという、常に備えている姿に感動と

感銘をさえ受けるとともに、自由と平和の重みをかみしめているイスラエルの若者にふ

と不憫を感じた。

紫の花を咲かせているブーゲンビリアが、若者たちの気概に応えるように乾燥した赤い

珪砂の土に耐えてその美しさを見せている。 その根元には一本のチューブが引かれ水滴

を落し草木の命を繋いでいる姿は、人間を信じ、おのれを信じるという、純粋なる思い

が伝わってくる。


水一滴が絶えることがないことを信じて蜜柑の樹や、ポプラの木が生きているように、

イスラエルの青年たちもまた血の一滴を信じ祖国を守っているように映った。

 

イスラエル縦断の旅>

 

このイスラエル縦断の旅は、イスラエル全土を、4つのエリアに分け、北部はティベリ

ア、中部はエルサレム死海エリアはエン・ゲティ、南部はエイラット、エジプトに返

還されたシナイ半島エリアではダハブを宿泊拠点として、それぞれの旧約の世界と、新

約のイエスの足跡をたどることにしている。

 

北部ティベリアからは、ゴラン高原ガリラヤ湖・カペナウムの山上の垂訓の地を巡り

中部エルサレムでは、ベツレヘムヘブロンを訪ね、

死海エリア・エン・ゲディでは、浮遊体験やクムラン渓谷のトレッキングにチャレンジ

旧約聖書の世界に迷い込み、

南部エリア拠点エイラットでは、エジプト入国ビザ取得・紅海遊泳・ヨルダン越境・ネ

ゲブ砂漠でのラクダツアーを行いながら、モーセに引率されたイスラエル人のエジプト

脱出、シナイ山での十戒の約束、シナイ半島の40年にわたる放浪、そして神によって与

えられたとするカナンの地到達までを反時計回り(モーセのエジプト脱出行とは逆)を

たどりエジプト・カイロに抜けることにしている。

シナイ半島エリア拠点ダハブでは、紅海に潜り、聖カトリーナ教会を訪ね、モーセ

十戒」を授かったシナイ山に登って創世記の朝日と対面する。

 

 

<ティベリアを目指す> ーイスラエル縦断の旅スタートの街―


テルアビブ郊外のロッド・ベングリオン空港より、イスラエルの北方の街であり、この

イスラエル縦断の旅の出発点であるティベリアの街へバスで向かった。途中、イエス

育ったナザレに立寄り、聖母マリアがイエス誕生を告げられる<受胎告知教会>を訪ね

た。


 

 

<ナザレ散策>


受胎告知教会の地下に洞穴(礼拝堂)があり、天使ガブリエルがこの場所でマリアに現

れ、「あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。」と告知

されたと、新約聖書ルカによる福音書1:26~31に登場する。


ここイスラエルのナザレの地にもイタリア・アシジと同じ糸杉が迎えてくれた。

昨日、アシジで聖フランシスコに再会し、今日は受胎告知のあった、イエスの育ったナ

ザレを歩いているのである。 なんと心躍る<聖地巡礼>の二日間なのであろうか。
 
歴史的にナザレもまた、7世紀にはムスリムイスラム教信者)に占領されたあと、11

世紀には十字軍の侵攻により崩壊と再建を繰り返された。 その後オスマントルコの支

配下に置かれながら、フランシスコの修道士のナザレ居住を許され多くの教会が建てら

れた。 現在はユダヤ教徒イスラエル人)とムスリムパレスチナ人)が、半々住む

静かな街である。
 
ナザレは古き良き静かな歴史の街である。 それに反してイスラエルという国は若い国

である。

アラブに囲まれたイスラエルは、たえず緊張感に満ち、生き抜く力を蓄えているようで

ある。

そのような新しい国造りに励む若いイスラエルを、受胎告知教会の庭に立つマリア像は

静かに見守っているように見えた。

 

 

                           ナザレの受胎告知教会とマリア像


 
幼いイエスが伝道を始められるまでの約30年間、両親と過ごし、育ったナザレの敬虔な

雰囲気あふれる街を散策したあと、乗合バスで50分ほどにある今回の旅のイスラエル

部拠点ティベリアに向かった。
イスラエルの乗り物は、路線バスのほかにシェルートというミニバスがあり、行先は番

号で表示され、例えばティベリア行はプレートに800とナンバーだけが書かれている。

注意して乗車したい。
 
ナザレからティベリアへの路線バス#431、待つこと2時間超。 隣のアラブ君(パレ

スチナ少年)がじっと待つ忍耐には驚いたものである。 誰も文句も言わずただただ待

っている。 誰一人立ったり座ったりしないなか、 短気な日本人はイライラが嵩じ

て、 ミニバスのシェルートに乗り換えたほどである。


イスラエルの時間は大河のようにゆったり流れている。 4000年の間ただただ耐えたユ

ダヤ人は時間という大河に逆らわない<なるようにしかならない>という楽観的な民族

と言っていいのだろうか。


ナザレの街には信号が一つもない。 車社会でなぜこのような非合理がまかり通るので

あろうか。 車は、お互いに譲らないので止まった状態、交差点は特にひどい。 

不思議なことに怒鳴りあうこともなく、警笛も鳴らされることはない。 ここイスラエル

では、日本では出くわさない情景に多々出くわすことになる。


排ガスだけがもうもうと立ち上がる様にもみな無頓着であるから呆れてしまった。
 

<ティベリア滞在>


ティベリアに着いたら、公園の広場で子供たちがフェスティバル開催中、 日本の運動

会のように賑やかな声が行き交っていた。 300人はいるのであろうか、踊ったり、歌

ったり、風船を飛ばしたりと賑やかである。 異常なのは、テロから子供たちを守るよ

うに多くの兵士が配置され、機関銃がにらみをきかしている風景である。


やはりティベリアもまた戦時体制下にあることを気づかされる。
 
ティベリアは北部の拠点都市、大変な人出、騒音、汚物で埋まり、まるでゴミ箱に放り

込まれたように感じた。

やはり、聖フランシスコは豊かな緑の地アシジにあるがゆえに聖人としてあがめられ、

エスはこの騒然の中で神の子となられたことが理解できるような気がした。 例えれ

ば、泥の中の蓮の花がイエスであれば、清流の中に咲く清貧なバイカモは聖フランシス

コといえるのではないかと、思いをはせた。

             

                    ティベリアの中心街                 


                          

                ガラリア湖に浮かぶ<サンタ・マリア号>
 

<▼ ティベリア  MeyouhasYH  ユースホステル連泊  18US$ VISA払い>
 
 
■    10月26日  <ティベリア2日目>  快晴 28℃
 
星に導かれて、とうとうガリラヤ湖にやって来た。

北斗七星の7番目の星はガリラヤ湖に発し、ガリラヤ湖北極星と私を結んでいるでは

ないか。


エスは今から約1970年前、このガリラヤ湖で人々に教えを説き、人々を苦しみから救

われた。イスラエルの一部の人々は、イエスを神の子として受け入れ、付き従った。

その宣教は、新約聖書のマルコの福音書第1章に詳しく書かれている。

第1章17節に「わたしについて来なさい。 人間を取る漁師にしよう。 二人はすぐに網を

捨てて従った」という有名なイエスの言葉がでてくる。
 
エスの教えに聴き入った群衆と共にここガリラヤ湖にいることに覚醒し、早朝、水と

食料と懐中電灯を入れたリュックを担いで、宿泊先のユースホステルを抜け出し、瞑想

するためガリラヤ湖畔に向かおうとしたが、各出入り口の戸はテロ警戒のためか、頑丈

なロックチエーンで閉められ断念せざるを得なかった。

いたし方なくユースホステルのバルコニーから眼下のガリラヤ湖と、天空の星座を見な

がらこの日記を書き、瞑想にふけることにした。

当時の群衆の一人のように、イエスの教えに聴き入り、お魚のおすそ分けにでもあずか

るという気分にさせられている自分に満足した。

 
 
早朝のガリラヤ湖は、神の恵みを受けてまぶしいほど朝日を照り返している。

おじいさんが静かな湖に釣り糸を垂らし、一匹の猫が魚のおすそ分けを待っている。

その魚はセント・ピーターズ・フィッシュ(聖ペトロの魚)という。 

名の由来は、十二使徒の一人ピーター(ペテロ)がガリラヤ湖で釣りをしていると、口

に銀貨をくわえた魚が釣れた事から来ているという。

おじいさんは、1匹を腹をすかした猫に、1匹を私に、残りのすべての魚をガリラヤ湖

レリースして、にっこり笑って帰って行った。 餌は食パンを丸めたものであった。

スケッチし終えたセント・ピーターズ・フィッシュを、わたしもガリラヤ湖に返してや

った。

セント・ピーターズ・フィッシュは、「ありがとう」と湖面を跳ねたあと、ガリラヤ湖

奥深くの我が家へ帰って行った。 今頃、今日の出来事を家族に聞かせていると思うと

温かい気持ちにさせられた。
 
                
               

     

         ティベリア定番魚料理<セント・ピーターズ・フィッシュの唐揚げ>
 
                           

                 セント・ピーターズ・フィッシュ
                 Sketched by Sanehisa Goto
          
                     

               セントピーターズフィッシュ料理の看板の前で
 
 
<セント・ピーターズ・フィッシュ>(聖ペテロの魚)


セント・ピーターズ・フィッシュは、ガリラヤ湖で獲れる白身魚である。

焼くか揚げて塩とレモンをかけて食べる。

聖書(新約マタイ伝17:24)の中で、神殿に納める税についてイエスは次のように述べ

ている。

ある日、神殿の集金人が弟子のペテロのところに納入金の集金にやって来たとき、イエ

スは弟子ペテロに「この世の為政者は税金を誰からとるのか。自分の子からか、それと

も他の人たちからか」と尋ねた。 ペテロ曰く「ほかの人たちからです」と。 

「それでは子は納めなくてよいわけだ」とイエスは言った。

すなわち、神の子イエスは神殿に納める税など支払う必要がないと言っている。

しかし、イエスは集金人の顔を立てるため、先程述べたようにペテロに魚を釣らせたと

ころ、口に金貨をくわえた魚が釣れたので、問題を起こすことなく税金を納めたという

話である。 金貨をくわえた魚が、セント・ピーターズ・フィッシュ(聖ペテロの魚)

といわれる。
 
<カペナウムを歩く>

イエス・キリストガリラヤ伝道の本拠地として有名なカペナウムの街は、ガリレヤ湖

北西にあったが、歴史のある期間、廃墟となっていた。

その廃墟になったと言われるカペナウムに是非行ってみたかったので、ティベリアから

船で向かうため船着き場に行ってみると、朝8時出航の船は、乗船者が少ないので欠航

するという。

いたし方なく徒歩とバスで向かうことにした。 この日は金曜日(安息日前日)なの

で、ここイスラエルでは聖書の教えに従い、午後2時から一切の交通機関が止ってしま

うので、早く戻らねばならない。

ティベリアから09:30発カペナウム行きのバスに乗るが、帰りが心配である。

カペナウム発の帰りの最終は12:30という。
 
 カペナウムからの帰り、セント・ピーターズ・フィッシュ(びわ湖のブラックバスとそ

っくりな淡水魚)を積んだトラックがあったので写真を撮っていたら、運転手が帰って

きて「これは俺の魚だから俺の撮影許可をとっていない」と言い出したので、魚に写真

を撮ってもいいかと尋ねたら「いいよ」と言ってくれたから撮っていたのだと言い返し

たら、大笑い。

ダヤ人はおっかないほど大声でまくしたてるが、相手が分かれば、急に親しくなり、

楽しくなるのである。
 
                          

       

            今朝ガリラヤ湖で獲れたセント・ピーターズ・フィッシュ


 
 <カペナウム遺跡散策>

カペナウムは、イエスガリラヤ宣教の本拠地であったことで有名であるが、その後7

世紀からながい間廃墟となっていた。 19世紀になってフランシスコ修道会の発掘によ

って現在の街になった。 カペナウムの背後の丘の上に「山上の垂訓」を述べられた場

所があり、<山上の垂訓教会>が建っている。
 
 
           

       

                     カペナウム遺跡

 


ガリラヤ湖 - イエス・キリスト宣教の地 - 山上の垂訓協会>

ここガリラヤ湖は、イエス・キリストがいろいろな奇跡を起こされながら神の教え(宣

教)を宣べ伝えられた地である。

イエス・キリストガリラヤ湖の一望できる山上で説教された<山上の垂訓>がマタイ

伝5~7章に書かれている。

この間イエス・キリストは、ガリラヤ湖北西のカペナウムに起居し、船(サンタ・マリ

ア号)を湖に浮かべ、「悔い改めよ。天国は近づいた」(マタイの福音書4-17)と湖岸

の聴衆に教えを説いている。

また、ここガリラヤ湖の宣教で、イエスガリラヤ湖の漁師であったペテロとアンデレ

の兄弟と、ヤコブヨハネの兄弟の4人をはじめ生涯の弟子(12人の弟子)を決められ

ている。

「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」(マタイの福音書4-18~22)

と誘われている。
 
山上の垂訓は、わたしたちへの教訓でもあるのでいくつか書きだして心に留め置きたい。 山上の垂訓は、八角の<山上の垂訓教会>の壁にラテン語で書き記されている。
 
<山上の垂訓 - 新約聖書マタイの福音書5章~7章>

 「心の貧しい人は、幸いである。天国はその人たちのものである。」

 「あなたがたは地の塩である。あなたがたは世の光である。」

 「腹を立ててはならない。」

 「姦淫してはならない。」

 「復讐してはならない。」

 「敵を愛しなさい。」

 「見てもらおうとして、人の前で善行をしないように注意しなさい。」
 「施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない。」

 「天に富を積みなさい。」
 「明日のことで思い悩むな。」

 「人を裁くな。」

 「求めよ、さらば与えられん。」


 
<山上の垂訓の丘を歩く>

山上の垂訓の丘を歩きながら、喜太郎の<古事記>、エンヤのアルバムを聴き、瞑想に

ふけった。

今朝、カペナウムを訪ねるため、ティベリアからカペナウム行きのバスに乗ったが、運

転手のうっかりミスでカペナウムを通過してしまい、随分走ってから告げられた。

こちらの確認でようやく気付いたのであろう、随分とのんびりしていたのには驚いたも

のである。パレスチナとの闘争でピリピリした都市部とは違い、地方は案外平穏であり日常の生活をうかがい知ることが出来た。

カペナウムに戻り、山上の垂訓教会に立つには、瓦礫の赤土の丘陵地を歩いてのトレッ

キングとなった。 しかし幸運にもこのガリラヤ湖を眼下に歩く道は、イエスの歩かれ

た野道と一緒であることに気づき、<同行二人>にわたしの内なる興奮は否応なしにも

高まった。

わたしは今ただ一人、イエスと共に山上の垂訓の丘を歩いているのである。

ゴラン高原からの清い風が、ガリラヤ湖にさわやかに流れているではないか。

バスの運転手に感謝である。 

「イエスが歩かれた丘を歩いてごらんなさい」と私を連れて行ってくれたに違いない。

清々しく、幸せであった。
 
 
               

                 ガリラヤ湖の闇夜を照らす光明の月 
 
 
           

            カペナウムの小高い丘に建つ<山上の垂訓教会>で
 
        
         

       

         山上の垂訓教会からガリラヤ湖・カペナウム/タプハの街を見下ろす


 
<タプハ ― パンと魚の奇蹟教会>

山上の垂訓教会のあるカペナウムから5分ほどのタプハ村に、イエスがこの地ガリラヤ

湖で起こした奇跡に基づいて建てられた<パンと魚の奇跡の教会>が建つ。 イエス

宣教を伝えている福音書は、イエスが5つのパンと2匹の魚で5000人を満腹させた

と書かれている。(新約聖書 マタイの福音書14章14~21節)
 
カペナウムの小高い丘に建つ<山上の垂訓教会>から<パンと魚の奇蹟教会>に足を延

ばし、五千人のパンの奇蹟が行われた場所(この一帯をタプハと呼ぶ)を、聖書物語を

思い出しながら歩いてみた。(ヨハネによる福音書6章4-13)
 
           

 

   <パンと魚の奇蹟教会>(タプハ)          教会内の<パンと魚のモザイク>
 


ゴラン高原に立つ>

カペナウムの山上の垂訓の丘を訪ねたあと、ゴラン高原に足を延ばした。

ゴラン高原は、従来、ガリラヤ湖の北東に広がるシリアの領土であり、レバノン・ヨル

ダン・イスラエル及びシリアの国境が接する。

イスラエル第三次中東戦争(1967)で、北方の領土に対する脅威であったゴラン高原

のシリアの砲台を占領し、実効支配をつづけ、その後(1981)併合して現在に至ってい

る。

イスラエルにとって、ゴラン高原は、戦略的にはもちろん、ガリラヤ湖に流れ込む水源

地としての大きな価値を有する生存権確保の地でもある。

ゴラン高原では、多くのキブツ(共有財産方式集落)やモシャブ(個人資本色の強い集

落)が建設され、現在も併合が進められている。
                   

 

               世界の火薬庫の一つと言われるゴラン高原に立つ
 
   
      

         

                   ガリラヤ湖周辺トレッキング          

 

         

               ゴラン高原の地図 (Asahi Student News)

 


ヨルダン川

ゴラン高原ヘルモン山を源流とするヨルダン川は、ガリラヤ湖にそそぎ込み、ヨルダ

ンとの国境を流れ、死海に注ぎ込む全長約425kmの河川である。 その流域は豊かな

緑に恵まれているが、取り巻く丘陵や山岳地帯は乾燥した砂地や岩石のころがる不毛地

帯である。
 
                           

       

                  ゴラン高原に発するヨルダン川
 
 

ゴラン高原に思う「平和の願い」>

この荒涼とした赤き砂地のゴラン高原にも2月から3月にかけて緑の中に野花が咲くとい

う。

国境のない紺碧の天空に吸い込まれて飛翔する自分を想い描いていると、地球に存在す

る自分が小さく見えてくるから不思議である。人類は戦いをやめず、平和を犯しあって

己のテリトリーを広げようとする。 そこには不安と、神をも恐れない人間欲が渦巻く

汚い地球があるに過ぎない。
 
ご存じだろうか、ここゴラン高原には、聖書の時代5000年のルーツをもつ人類に平和の

象徴であるワインを提供し続けてきた世界最古の産地の一つがある。 ゴランのワイン生

産の起源は、世界に散らばるユダヤ教徒向けの聖酒としての<コーシャ・ワイン>であ

る。 

現在ではゴラン・ハイツ・ワイナリー産の<ヤルデン ピノ・ノワール>が有名である。
 
           
             

            

               ゴラン高原産赤ワイン<YARDEN Pinot Noir
 
 
イスラエル支援ボランティアーエズラ作戦>

ゴラン高原より戻り、ティベリアの街では、世界各地から集まった老若男女の<イスラ

エル支援ボランティア>のグループに出会った。

これらボランティア達は、イスラエルに献身するボランティアを支援する団体<エズラ

作戦>等によって運営されている。

街角でボランティアを終え、帰国前のアメリカ人・リタイアグループ3人から、ボラン

ティアの動機について聞いてみた。

彼らはイスラエル人ではなく、アメリカ人だという。 リタイア(引退)後、イスラエ

ル建国の役に立ちたく<イスラエル支援ボランティア>に参加して6年目、コロラド

ニュージャージ・サウスカロライナ各州から参加しているという。

支援プロジェクトは色々あって、自分たちは医者だったので、医療現場での支援にあた

ったとのこと。 衣食住の支援があり、ボランティア後イスラエル各地を旅行して帰国

するのが楽しみだという。

福音教会派(イスラエル建国を支援する世界的一大組織)のクリスチャンであり、聖書

に出てくるイエス・キリストの宣教の道をたどるのが至福の時間だという。

<I SERVED IN ISRAEL>ロゴの入ったTシャツを見せて、写真に撮ってくれという。

好々爺の嬉しそうな、ボランティアを終え、幸せそうな顔が印象的であった。

エズラ作戦>(イスラエル支援)は、里親・キッズ・フードバンク・ホロコースト

存者・新移民ウエルカム・大工・テロ被害者・救出・医療・ボランティア・希望の糧・

災害ほか多くの支援プロジェクトを用意している。

ほかにボランティアやプロジェクトを支援する献金も受け付けている。

特定非営利活動法人
B.F.P.Japan (ブリッジス・フォー・ピース)
Tel 03-5969-9656(平日10時~17時)
Fax 03-5969-9657
 
   

        イスラエル支援ボランティア参加のアメリカの老戦士たちと (ティベリア)
                                      

       

                イスラエル支援ボランティアのTシャツ 
 

 

 <十分の一税・献金> 

ユダヤ教徒や福音系キリスト教徒等が宗教組織や祖国イスラエルを支援するため支払

う、ある物の十分の一の部分のことをいう。

アメリカに在住していた時、多くのユダヤアメリカ人と接したが、そのほとんどの友

人がユダヤの国イスラエルに対して毎年<十分の一献金>を送金していたことを知って

いる。

これらの世界中からのユダヤ人による献金は、イスラエル防衛・移民促進・国家財政・

共同体支援・教育医療等に回され、イスラエル国の発展維持に使われている。


 
ディアスポラ(民族離散)>

紀元前1世紀ごろ、ここパレスチナの地に形成していたユダヤ人国家は、ローマ帝国

よって征服され、世界中に民族離散(ディアスポラ)した。

ディアスポラは、「バビロン捕囚後にユダヤ人がパレスチナ以外の土地へ離散している

状態」を意味する。 

ユダヤ人は、2000年近く統一した民族集団を持たず、ヨーロッパを中心に世界

中に移住し、離散した。

彼らは、ユダヤ教信者又はユダヤ人の親を持つユダヤ人として、ディアスポラ以降世界

各地で共同体を形成し、タルムードを中心にユダヤ教の信条と秘儀を厳守してきた。

その後、彼らは各家庭を中心に、ユダヤ人コミュニティーを作り、信仰を守り、迫害に

耐え続けていたが、19世紀からシオニズムイスラエルの地パレスチナに故郷を再建す

る)運動がおこり、パレスチナの地にユダヤ人の帰還が始まった。

結果として、20世紀に入りパレスチナへのユダヤ人の流入が止まらず、パレスチナのア

ラブ人とユダヤ人の対立は収拾がつかなくなった。

1947年、国際連合パレスチナ分割決議がなされ、翌年ユダヤ人国家「イスラエル」の

独立宣言がなされた。
 
その誕生間もない新国家形成を援助するため、世界中のユダヤ人の多くが、先述した<

十分の一献金>運動に参加し、その献金額は莫大な額となり、中堅国の国家予算に匹敵

するとも言われている。

世界の各国に定住するユダヤ人の職業である医者・弁護士・学者・貴金属ブローカー・

世界有数のIT起業家はじめ、ノーベル受賞者が多いことからもわかるようにその献金

能力の高さがうかがい知れる。

イスラエル建国に反対したアラブ諸国との数次にわたる戦争にあたっても、小国である

はずのイスラエルが勝ち続けているのも世界中の仲間からの浄財による圧倒的な最新兵

器の保有と、敵地に囲まれた兵士の祖国防衛の意識の高さにあるといえる。

このイスラエル縦断旅行でも、各地でイスラエルの決死の防衛姿勢を度々目撃すること

となった。

そこには<選ばれた民族の存亡>を自覚した全国民、いや全ユダヤ民族の決意がみなぎ

っているからだとみた。

現在も、休むことなくパレスチナの砂漠を緑にかえる運動が、祖国防衛のかたわら続け

られている。

その情熱と理想郷の建設と祖国防衛にユダヤ人の心髄と覚悟を見た思いである。

ひるがえって、祖国を追われたパレスチナ人は、ヨルダン河西岸とガザ地区に押し込め

られ、自治政府のもと、イスラレルとの和平交渉に務めているが、パレスチナとイスラ

エルとの2国家間交渉は暗礁に乗り上げた形で、現在に至っている。

イスラエルによるヨルダン河西岸への入植地拡大などに対する、2国家間の軋轢、憎し

みの連鎖は、いつ爆発し、衝突をしてもおかしくない状態が続いている。
 
(2023年10月28日勃発の、パレスチナイスラエル間の紛争も、それぞれの思惑のもとに衝突したものであり、二国間の心情を理解できる国は少ないと言わざるを得ない。 そこには互いの存在を抹殺し去る宗教間の根深い対立の上に、どちらにも民族離散<ディアスポラ>という生存権がかかっているからである。)

 


■    10月27日  <ユダヤ教安息日>   ティベリア2日目 快晴 
 
ティベリアでの滞在先である<メヨウハス・ユースホステル/ Meyouhas Youth Hostel

>は、ほぼ街の真ん中にあり、どこへ出かけるのにも便利である。 お世話になるドミト

リーは二段ベットが3台、6人部屋である。(ドミトリー朝食付1泊@18US$ VISA使

用)

バス停にも近く、正面にはスーパーもあって便利である。

ユースホステルの朝食は、ハム&エッグ、チーズ、コーヒー、ミルク、イチゴジャム、

ロールパン2、ヨーグルト、野菜サラダ(トマト・キューり・ピーマン)であった。

この朝食で、イスラエルに来てはじめて沢山の小さい蝿に襲われたというより、刺され

た。多分、老バックパッカーが発する長旅の匂いに対して食いついてきたのであろう。

今日はどうしても温泉につかり体をきれいにしたいものである。
 
今日は、ユダヤ教安息日<シャバット>(ユダヤ教の存続の源泉)である。 ユダヤ

の商店はみな閉まり、あの騒然とした街中は静まり返り、シナゴーク(ユダヤ人の教会的

存在・ユダヤ人コミュニティーの中心的存在)ヘ急ぐ正装の数組のユダヤ人家族と、観光

客のみが目に付く静かな土曜日の朝である。

ユダヤ教が6000年近く保たれてきたのは、この安息日・シャバットを中心にユダヤ教

典トーラやタルムードの戒律を守り、学んできたことにあるといっていい。
 
朝食のあと、ガリラヤ湖の遊覧船<サンタ・マリア号>に乗って、湖上よりイエスの奇

跡をたどった。

まず驚いたのは、乗船場の周りには鉄条網をはりめぐらせた高い塀が立ちはだかり、ス

ッフ全員がラフな格好にむき出しのピストルを太い皮ベルトに、無造作に突っ込み、

乗船客を出迎え、案内してくれたことである。 パレスチナとの緊張関係がひしひし伝

わる場面である。

日本のような安全と平和は、ここイスラエルにはないことが分かる。自衛こそビジネス

成立の最大の要件であるといっていい。 08:00出航というが、いつになることかのん

びりしたものである。

昨晩、深夜まで隣のドミトリーに泊っていた高校生たちが大声で激論というか、推測だ

がタルムードを輪読しながら、各自が意見を述べ戦わせていた。

お陰で寝不足である、サンタ・マリア号の出航までこちらは居眠りである。
 
 
            

          ガリラヤ湖上体験乗船―イエスが湖上より宣教したサンタ・マリア号         
 
 
ガリラヤ湖に学ぶ>


ガリラヤ湖には多くの高校生が聖書やタルムード研究を兼ね、修学旅行に来ていた。 

もちろん世界各地にあるユダヤ人学校の生徒たちである。 彼らは大切そうにタルムー

ト(ユダヤ教徒の生活・信条がおさめられている聖典)を手に、このヘブライ語で書か

れた貴重な教科書を開きながら、引率のラビ(ユダヤ教聖職者)の解説を真剣に聞き、

生きた勉強に励んでいた。

<God’s always with us>とラビはしめくくり、サンタ・マリア号は帆先をティベリアの

港に向けた。

船を下りる直前には、一列になって全員手をつなぎガリラヤ湖に向かって祈りをささげ

る姿こそ、次世代のユダヤ人を育てる教育の原点であるように思えた。

この祈りの隊列越しにカペナウムの街を望見していたら、背後に鋭い視線を感じた。 

生徒を守るために乗船していた若い兵士の銃口がこちらに向けられていた。 彼は唯一

人のアジア人に警戒心を怠っていなかったのである。 一瞬緊張が走ったが、若き同胞

である生徒を守ろうとする兵士の心情を理解することが出来たので畏敬の念を持つとと

もに、静かに心を落ち着かせることにした。
 
 
                           

             ガリラヤ湖に降り注ぐ天使の梯子(はしご)に迎えられる


                 

ガリラヤ湖で泳ぐ>


サンタ・マリア号を下りたあと、計画していたガリラヤ湖で泳いだ。 あのイエスの弟

子たちが恐れた暴風のガリラヤ湖で泳いだのである。

ユダヤの住民や観光客が体力づくりのためか、イエスの教えを肌で感じるためか、また

瞑想をしているのか多くの人がガリラヤ湖の水中歩行を楽しんでいた。

少し濁ったガリラヤ湖に起こる波の音を聴きながら、紺碧の青空に溶け込んで、背泳ぎ

を楽しんだ。

対岸のはげ山であるゴラン高原の山々は、紫の夕陽に照らされて、静寂の中で同じく瞑

想をしているように見える。

ガリラヤ湖畔で白い半月が残るガリラヤ湖ゴラン高原をスケッチしながら、イエス

宣教された約2000年前の歴史の天子の梯子(日差し)を楽しんだ。

 

 

 

      ガリラヤ湖畔より紫染まるゴラン高原を遠望    ガリラヤ湖畔で2000年前の歴史の日差しを浴びる

 

しかし、聖なるガリラヤ湖もまた、多くの観光地と同じく湖岸のゴミの山には目を覆い

たくなるほどであり、痛ましい限りである。

いつものようにささやかな湖岸のボランティア清掃、少しはおのれの心の掃除が出来た

ようで、こころ軽やかになった。