< 第二日目 7月21日 五色ケ原山荘 ⇒ スゴ乗越小屋> 2 (立山連峰縦走老人奮闘記)
2-① < 五色ケ原山荘 6:00AM 発⇒ スゴ乗越小屋 1:30PM 着>
(所要 7時間30分)
激しい雨が続いている。
縦走をあきらめて4時半に起床しパッキング。
弁当もリュックに収める。
水も補充した。 湿原に湧く水がおいしい。
朝5時朝食の時間である。
テレビのエリア放送では立山山域の天気予報を流しつづけている。
今日明日と雨マークである。 台風が接近していると叫んでいる。
宿泊客の半数が立山室堂に引き返すという。
あるご夫婦は黒部湖の平ノ渡場に下り、船で黒部ダムへとルートを変えるという。
わたしは山小屋スタッフに、この雨や濃霧での縦走は断念して立山室堂に引き返すべきか
相談してみた。
<悪天候での縦走継続の決断>
意外な答えが返ってきた。
このくらいの天候でいままで引き返すひとを見たことがないという。
目の前に、激しい雨が降り台風が接近している。
実際に引き返す人たちがいるのにである。
たぶん、このスタッフにしてはこれくらいの天候で引き返す人たちを見て憤慨していたのでは
ないのだろうか。
なかなか重大な、勇気ある発言である。
暗に、あなただけでも薬師岳方面に向かってほしいという期待が込められているような気がした。
わたしもこの一言で迷いがふっきれ、縦走継続の決断をした。
柔軟体操を終え、雨具を装着して表に出た。
前進を決めた西井氏、酒井氏とフイリップス君とともに薬師岳をめざすこととなった。
雨・濃霧のなか薬師岳にむかって出発した
五色ケ原の花達が見送ってくれた
立山室堂より声を掛け合った埼玉の谷口夫妻は、引き返すという。
予約しているスゴ乗越小屋にキャンセルする旨の伝言を頼まれた。
ほか半数の方々とここ五色ケ原山荘で互いの無事を祈りあって別れた。
立山室堂へ引き返すのも大変なのである。 しかしそこには文明があり、明かりが待っている。
しかし前進には危険と不安がある。 あと3日は最低歩き続けねばならない。
<縦走の醍醐味とロマン>
縦走の醍醐味・ロマンはここにある。
危険と不安、それを克服したときの底知れない喜び。
この醍醐味・ロマンを味わうと病み付きになる。
わたしもそのひとりである。
危険は隣り合わせであることを知っていながらである。
無茶な老人だ。
そろそろ引退だ。
今回だけは目をつぶってほしい、とひとりつぶやいた。
山の神々は、それをだまって許してくれた。
濃霧のなか、赤いルートサインが岩の上にくっきりと浮かび上がっている。
このサインにしたがえば、鳶山2616Mの山頂に着く。 (大雨・濃霧 7:00AM 通過)
濃霧のなか赤サインにしたがい鳶山へ
鳶山山頂 2616M (7:00AM)
鳶山のハイ松帯を下ると岩場が続き、越中沢乗越まで約200Mの標高差を下る。
濡れた岩がいちばん危険である。 ヘルメットのこまめな脱着をくりかえす。
雨天濃霧、サインの見落としによるルート迷いに細心の注意をはらう。
鳶山にて酒井氏と
越中沢乗越2356M を 8:10AM 通過する。
雨にぬれた標識「越中沢岳山頂」2591M が読みづらい。 (9:30AM登頂)
濃霧のため、山頂は平らでどちらの方向に向かえばいいか分かりづらい、要注意である。
これより急な坂をスゴノ頭2431M からスゴ乗越に向かって標高差250Mをくだる。
この辺りが縦走路中最大の難所といえる。
大雨のため、ルートが小川のように雨水を集めて流れ出した。
強風に立ってられないほど体が飛ばされる。 転倒防止のためヘルメットを着用する。
左ひざに痛みを感じる。
スゴ乗越のツガ・シタビソの樹林帯を11:55AM に通過した。
ここからは急登にかわる。
大雨の中を1時間半かかってスゴ乗越小屋に着いた。
やっと肩の荷をおろしてホッとした瞬間である。
雨にぬれるスゴ乗越小屋
2階の二段式集合寝室
大雨強風濃霧のなかよくぞ小屋にたどり着いたものだ。
スゴ乗越小屋のスタッフは、いつもの通り過ぎていく登山客を迎えるように静かにわれわれを迎えてくれた。
まずわたしは言付かっていたキャンセルの伝言を伝えた。
スゴ乗越小屋のロマンに満ちた古き山小屋に親しみを感じた。
波打つ床板、乾燥室のすすけた天井や壁、トイレの「使用中の段ボール札」、電灯の無い二階住空間、石油ストーブに乗せられた寸胴(大鍋)、自動トイレ戸(おもり式)など わたし好みがいっぱい詰まった夢の小屋である。
この夜は7名の投宿者が肩を寄せ合って夕食をとった。
山小屋料理を口にするもの、自炊するもの。 話題は明日の天気のことである。
そのなかでニュージランドからのフィリップスが人気ものである。
和やかに片言の日本語、英語が飛び交う。
フィリップスが自分の日本語を聞いてくれという。
「オソトハドシャブリダネ」(お外は土砂降りだね)。 完璧な日本語だ。
食堂に賞賛の笑いがまきおこった。
この小屋に若き女流登山家が、キャンプができず雨を避け投宿し、
わたしの前の床に席を占めた。
単独行のうえテント泊、われわれとは逆ルートである。
勇気ある、山と孤独を愛する登山家と見受けた。
明日もまた雨天のようだ。
雨音だけがいつまでも小屋の屋根と壁をたたいて響いていた。
山の夜ははやめに更けてゆく。
わたしも闇に響く雨音をかすかに耳にしながら、深い眠りに吸い込まれていった。
一階の波打つ床板におかれた石油ストーブに、かけられた寸胴(大鍋)からか蒸気の立つ音
がいついつまでもリズムを刻んでいた。
スゴ乗越小屋