大垣へ向かう
わが家に近い滋賀北近江の地であったのであろうか、むすびの地を真近にして興奮をよそに熟睡できた。
いよいよかと、最終設営地である「道の駅浅井三姉妹の郷」で目覚め、しばし歴史に思いを馳せた。
この地は、信長に始まり、秀吉、家康にいたる日本という近代国家成立の黎明期前という歴史に息吹を吹き込んでくれた浅井家三姉妹の誕生の地である。また、天下をねらうものにとっては、京への道として避けることのできない要所でもある。
浅井三姉妹は、家の没落・落城や両親の死を経験し、その後天下をめぐる豊臣家と徳川家の 天下の覇権争いに深く関わったことから、母・市と並んで戦国の女性の代名詞として語られることが多い。
2017年5月17日 05:10 JR大垣駅に到着、 コインパークに駐車する。
奥の細道むすびの地へ自転車に乗って飛び出した。
奥の細道むすびの地・大垣を自転車で巡る
<奥の細道 大垣>
露通もこの港まで出で迎ひて、美濃国へと伴ふ。駒に助けられて大垣の庄に入れば、曾良も伊勢より来たり合ひ、越人も馬を飛ばせて、如行が家に入り集まる。前川子、荊口父子、その外親しき人々、日夜訪ひて、蘇生の者に会ふがごとく、かつ喜びかついたはる。旅のものうさもいまだやまざるに、長月六日になれば、伊勢の遷宮拝まんと、また舟に乗りて
蛤のふたみに別れ行く秋ぞ
<現代語訳>
露通もこの港まで出迎え(にきており)、美濃へと一緒に行く。馬に支えられて大垣の荘園に入ると、曾良も伊勢から来て合流し、越人も馬を飛ばして、如行の家に集合する。前川子や荊口の親子、そのほかの仲の良い人たちも、日夜訪れてきて、まるで生き返った人に会うかのように、一方では喜び一方ではねぎらってくれる。旅の(疲れからくる)心の重さもまだ治まらないうちに、9月6日になったので、伊勢の神宮を拝もうと、また船に乗って、
蛤のふたみに別れ行く秋ぞ
(はまぐりのフタと身がわかれるように、親しい人たちと別れて二見に向かう。秋も過ぎようとしている)
◎恐れながらわたしも一句
㉝大垣 | ||
「折々に 伊吹をみては 冬ごもり」 | 八幡神社 | 「伊吹背に 駆けし夏野や 関の原」 |
(おりおりに いぶきをみては ふゆごもり) | (いぶきせに かけしなつのや せきのはら) | |
「かくれ家や 菊や月とに 田三反」 | 水門川 | 「結びの地 句作尽きぬや 夏陽哉」 |
(かくれがや きくやつきとに たさんたん) | 住吉橋手前 | (むすびのち くさくつきぬや なつびかな) |
「神鳴りに 雪降りわたす 山辺哉」 | 蛭子神社 | 「屁をこきて 知らぬ存ぜぬ 夏の風」 |
(かみなりに ゆきふりわたす やまべかな) | (ひをこきて しらぬぞんぜぬ なつのかぜ) | |
「蛤の ふたみに別れ 行く秋ぞ」 | 「むすびの地」 | 「老いもよし 奥の道満つ 山桜」 |
(はまぐりの ふたみにわかれ ゆくあきぞ) | 石柱の横 | (おいもよし おくのみちみつ やまざくら) |
「萩に寝 ようか萩に 寝ようか」 | 大垣・燈台横 | 「大垣や 緑燃立つ しまい酒」 |
(はぎにね ようかはぎに ねようか) | (おおがきや みどりもえたつ しまいざけ) | |
「花にうき 世我酒白く めし黑し」 | 水門川・貝殻橋 | 「この旅も あまねくしてや 月朧」 |
(はなにうきよ わがさけしろく めしくろし) | (このたびも あまねくしてや つきおぼろ) | |
「其まゝよ 月もたのまじ 伊吹山」 | 竹島会館・ | 「真顔にて 月夜に潜む 伊吹哉」 |
(そのままよ つきもたのまじ いぶきやま) | 正覚寺 | (まがおにて つきよにひそむ いぶきかな) |
芭蕉 「折々に 伊吹をみては 冬ごもり」 (おりおりに いぶきをみては ふゆごもり)
解説 :この家の主人(千川)は、この立派な屋敷から、毎日まいにち伊吹の雪を眺めながら冬を越すのです ね。千川の豊かな生活ぶりを褒めた挨拶吟。
芭蕉 「かくれ家や 菊や月とに 田三反」 (かくれがや きくやつきとに たさんたん)
解説 :あなたの隠居所はすばらしい。まず、月が美しい。また、菊がすばらしい。加えて田んぼが3反歩もあるという。
解説 : ハマグリの殻と身とを引き剥がすように、又再び悲しい別れの時が来たことだ。千住出発の折りの歌「行く春や鳥なき魚の目は泪」と対をなす。
露通が敦賀の港まで出迎えに来てくれて、美濃の国へと同行する。馬の背に乗せられて、大垣の庄に入れば、曾良は伊勢より来、越人も馬を飛ばせて、如行の家に集まっている。前川、荊口父子、その他親しい人々が日夜見舞ってくれて、まるで生き返った人に再会するかのように、喜んだり、労わってくれたり。旅の疲れはまだ残っているものの、九月六日、伊勢神宮遷宮に参ろうと、ふたたび舟に乗ってこの句を詠んだ。
解説 : 「付け句」とは、前句の余韻・余情(気分・情調)に対して付ける付け方、芭風の付け方
「秋のくれゆく先々の苫やかな」 木因
解説 : 世間は花に浮かれているが、わたしの酒は白く、米は黒い。酒が白いのは濁酒だからであり、米が黒い のは玄米だからである。 こうして初めて、酒の聖を知り、銭の神について覚るというものである。
恐れながらわたしも一句
實久 「伊吹背に 鬨駆けし夏 関の原」 (いぶきせに ときかけしなつ せきのはら)
實久 「結びの地 句作尽きぬや 夏陽哉」 (むすびのち くさくつきぬや なつびかな)
意味 : 奥の細道むすびの地を目前にして、汗をかきかき、句作ノート「恐れながらわたしも一句」も満たされていくではないか。うれしい限りである。
實久 「屁をこきて 知らぬ存ぜぬ 夏の風」 (ひをこきて しらぬぞんぜぬ なつのかぜ)
實久 「老いもよし 奥の道満つ 山桜」 (おいもよし おくのみちみつ やまざくら)
意味 : 老いるとは、奥の細道に咲き誇こる老い桜みたいなものだ。 時を愛で、おのれを咲かせてただただそこ に溶けこんでいる。 只咲只沈。
實久 「大垣や 緑燃立つ しまい酒」 (おおがきや みどりもえたつ しまいざけ)
實久 「真顔にて 月夜に潜む 伊吹哉」 (まがおにて つきよにひそむ いぶきかな)
意味 : 伊吹山は百名山の一つで、わたしも登ったことがある。近江の歴史、天下の戦い(賤ヶ岳の合戦・関が原の戦い)ほか越前と美濃の戦いの場を眺めてきた独立峰である。 その大きな体を、まるで月夜に隠くすようにはにかんでいるさまはテントから眺めて、実に愛らしい。
水門川遊歩道に奥の細道ミニ句碑が配置されている
奥の細道むすびの地・大垣の水門川遊歩道に並ぶ
芭蕉句碑を自転車で巡る―②
につづく