■「テスリン・ユーコン川 カヌーの旅360km日記」 ⑤
● 7日目 <9月22日>
朝06:15、一眠りして外に出てみると、いまだ夜空に星が残っていた。さっそくスケッチにしてノートに書き留めた。 テスリン・ユーコン川下りで、一度も星空に出会っていなかったからである。
ユーコン川の星空
▲ キャンプサイト を08:30にスタートする。
<ユーコン9月中旬-晩秋の気候>
雨や、強風がおさまると、温かい春の陽気である。防寒服や雨具を脱いでユーコン初冬の陽気を楽しむ。
カヌーのかすかな揺れが眠気を誘う。ユーコンの流れに身をまかせ、川面に漂い流れる様は、まさに
水澄しである。
夜、早朝は、昼とは違った体感を味わうことになる。指先は冷たさに痺れ、寒さに震えることになる。
零下にも落ち込む、この時間帯は持参したすべての衣類や雨具を身にまとった。
体感は-5℃か。 凍傷のような症状が手足の指にあらわれた。
テント内では、スリーピングバッグ二枚をジッパーで袋状にし、二人で潜り込み、お互いの体温の維持に
努めた。
早朝は、特に一層寒さが厳しい。川面に寒暖の差で靄(もや)というか霧が立ち込める幻想的な世界を体験する。
晩秋のユーコンでの朝一番、焚火のぬくもりの有難いこと、最高である
寝袋の中のお互いの体温による温もりの世界から、一歩外に這い出すと日本での真冬の季節である。
防寒用の、厚着の上から肌を刺すような寒さが襲いかかってくる。ゾクっと冷たさが肌に伝わってくる。
腰の周りから寒さが広がって行くのがわかる。
この寒さの中で焚火をして体を温め、熱い珈琲を沸し、体内に取り込む。温かい一筋の流れが、ユーコンの世界に溶け込んでいくような感覚である。
凍てつく指に、コーヒーカップの温かさがゆっくりと伝わってくる。
まるで指に春が訪れ、花が咲いたような陽気が漂っていく。滞った血がゆるみ、血の流れが動き出すのが
わかる。
ユーコンの闇がおわろうとしているのだ。
この朝の冷たさが、ここユーコンに満ち溢れるたくさんの命を美しく、逞しく育んでいるさまは、
神の偉大なる創造の世界でもある。
消え去る闇夜に、訪れる薄い明かりが一枚づつベールを剥すように、その光が増殖していくさまは、
ここユーコン原野の夜明けの神秘さの幕あけである。
消えゆくユーコンンの月、寄り添う明けの明星、顔だす太陽、凍でつく寒さから脱ぎ取るマント、まるでイソップの世界である。
ユーコンに寄り添う山並みから太陽が顔をのぞかせて、その明るさと大きさに驚く。
刻一刻と変化していくユーコンの世界、まるでニューヨークのブロードウエイでみるミュージカルの
幕開けのようだ。
いやニューヨーク、グリニッチニの地下にあるジャズの殿堂「ブルーノート」でのトランペットの響きが、
朝日を受けたユーコンの山肌や雲を赤く染めていくような感覚に似ているかもしれない。
それも最初の濃いピンクから赤をおびていく様子は、こころを温め、体が解放していく瞬間でもある。
天空の紺碧も無限である。
凍でつく朝は、天空をプリズムに替え、このユーコンに色々な陽の色を届けてくれる。
真っ青に透き通った空は、どこまでも青く深く濃い。
吸い込まれてこの体が宙を舞い、青い色に染まって行くような錯覚にとらわれる。
この体が、この世に存在する摩訶不思議を実感する一瞬でもある。
モルゲンロートの描く一枚の油絵は、真中にどす黒く体をくねらす静かなる大河ユーコンの川面にまさに映し出されようとしている。
熱い珈琲を片手に、このユーコンの大パノラマを味わえる幸せを享受しているだけで、生の尊さを感じる。
太陽の光がまぶしい。
ユーコンの木々の葉っぱをとおして見える太陽の淡い温もりが心地よい。
ましてやこの寒さはオーロラと出会えるのであるから、まさにこの寒さに対して感謝の言葉をささげなければ
ならない。
休憩日の日中は、素っ裸になって体を洗ったり、洗濯もできるほどの陽気を、すでにフータリンカで
味わった。
巨大なユーコン蚊も残っていたが、攻撃的ではなく、この時期(9月中旬)には防蚊対策は必要ではなかった。
これらの幸せは、9月中下旬、ユーコンの晩秋に訪れた者のみに与えられる特権かもしれない。 静かだ。
<ユーコン川 第七日目の野営>
今日は、昨日に続き晴天に恵まれた。
快適にカヌーは最終野営地である▲Chales Bend に17:30到着した。
天気がよく、カヌー上ではテスリン・ユーコンでの詩をノートにまとめることができるほど、流れは安定していた。
明日は、最終目的地カーマックスに15:00に到着すれ予定である。距離にして約14kmであり、所要時間は3時間ほどなのでここ最終野営地をお昼12:00にスタートすれば時間通りにカーマックスに着くことになる。
最後のユーコンの一夜である。
<季節-晩秋のユーコン >
この時期のユーコンはモーターボートによるリバー・ツアーが主流のようである。
ただ、オーロラにこだわる場合は、この時期を逃すことは出来ない。
<テスリン・ユーコンの水>
少し重さを感じる水である。
両岸の風景をのみこみ、多くの生き物を育み、天空を飲みこみこんでいるからであろうか。
浅いあたたかさと、深い冷たさをあわせもつ水の色である。
テスリン・ユーコンの水は、毎朝の鍋一杯、約2Lを沸騰させ、飲料水につかった。
魔法瓶に詰めたユーコンの白湯のうまかったこと、冷えた体に春を呼んでくれた。
ぬるま湯を、ペットボトルに満たし、下着にくるんで寝袋の足元において夜間の寒さを忍ぶこともあった。
早朝の恒例である湯沸し
まず火床で、枯木や流木または貯蔵の薪で火をおこすことから始まる。
雨天時には、フライシートの下でガスバーナーを使用した。そして一日分の湯を沸かす。
朝食・・・ハム&エッグ(食パン・ナン)、ご飯、コーン・味噌スープ、コースロー、トマト・玉葱・キャベツ・
ツナ缶、マヨネーズ
リンゴ、チョコ、インスタントコーヒーなどを組み合わせて朝食とした。
終盤には、献立にドイツ隊差入れのオートミル・シリアルなどが加わった。
昼食・・・朝食時に作ったサンドイッチ・コーヒー・リンゴ・チョコなどを組み合わせていただいた。
川下りの途中であり、天気の急変や非常時にそなえて弁当風にして携帯した。
体が冷えたときは、焚火をして温食に切り替えた。
昼食は、上陸して体を休める時間でもある。
夕食・・・飯盒で米を炊き、温かいカレーライスや味噌汁、野菜サラダ、コーヒー
時にはスパゲティーを食した。
今回の7泊8日の食糧調達は、計画にもとづいて購入したつもりであった。しかし、6日目にして非常食に手をつけかねない食料不足に落ちいった。 計算違いは、8日間の食糧の一部を非常食にあててしまっていたことである。 8日間の2人分の食糧の総量は、かって縦走登山では経験したことのない量となり、その量の多さに錯覚と誤算を生じさせたのである。
カヌー下りでは、登山のように自力背負いではなく、余裕ある食糧を携行できる利便性があることを忘れてはならないという教訓を得た。
● 8日目 <9月23日>
<オーロラ : AURORA ついに出現>
深夜1時ごろ、気にしていた夜空の変化を確かめに外に出てみた。
なんと、オーロラの兆候が表れているではないか。
夜空に、あたかも吹きだした煙草の煙ように揺れ動いていた。
最初、モヤッとぼやけた塊がふわっと浮いているように見えた。
時間の経過と共に少しづつ帯状になっていく。
ノルウエ-の最北端の鉄道路線の終点・ナルビックで見たカーテン状のオーロラのように変化しはじめた。
もちろんパートナーをたたき起こし、厳寒のなか、封筒型スリーピングバッグを体に巻き付け、川辺の流木に陣取って、おぼろげに妖しくうごめくオーロラを見ることができた。
ユーコン川流域は、オーロラが頻繁に発生する地帯「オーロラベルト」の真下に位置している。
とくに夜の時間が長くなる8月末から4月にかけて、夜の天空に踊るようなその美しい光「オーロラ」を
しばしば見ることができるという。
考えてみると、テスリン・ユーコン両川でのキャンプの夜、もし天気が良ければ毎晩のようにオーロラを観察できていたのではないかと思われると残念でならない。あいにくの曇り空であった。 幸運にも終盤の夜空にオーロラが舞い、明け方には満天の星が輝き、満月が顔をだし、ユーコン最後の夜々を飾ってくれた。
たしかに、オーロラはわたしたちの目の前で踊って見せてくれたのである。
オーロラ観察中に、フクロウが鳴くさまや狼の遠吠えは、まるで凍でつく夜空の乱舞であるオーロラを怯えているようにも、またその神秘性に合わせて喜びの声をあげているようにも聞こえた。
自然の営みの偉大さに、創造主のメッセージが隠されているとおもうと、オーロラの現象にも謙虚に向き合う姿勢に変わった。
オーロラ鑑賞も時間と共に、体は厳寒に悲鳴をあげだした。朝方、体が冷え切り、テントにもぐり込んだ。
深夜、オーロラの兆候を認める (角度を変えて見ると良い)
数時間後のオーロラの乱舞
零下5度に耐えたオーロラ鑑賞の防寒姿
いよいよテスリン川・ユーコン川でのカヌー下りも最終日である。
最終目的地カーマックスも、ここからゆっくりと下って、残すところ14km、約3時間のところにある。
最後の最後に、オーロラにも、星空にも出会えた。
ユーコンでのオーロラ鑑賞を終え、最終日の朝を迎えた。
最後の野営地にも一宿を感謝し、ユーコン最後の清掃、焚き木の補充。
ユーコン最後のひと漕ぎに出発する
ユーコンは悠久の流れのなかにある
12:00 ユーコン最後の設営地を離れた。
これからはユーコン川右岸に出ている標識<THE CAOL MINE CAMPGROUD>を見つけることに集中する
ことになる。
クロンダイク カヌーイング レンタル のオーナー櫛田氏が16:30にわれわれをピックアップに来てくれる
ことになっている。
第一の目印は、カーマックスの最終到着地点の手前約7kmのところにある高圧電線がユーコン川を東西に
横切っている。
まず、この高圧電線さえ見付ければ、この地点より約7km先、流速10km/Hで流れるので、あっという間に
標識に着いてしまう。
標識発見に注意を怠らないことである。
高圧電線を確認したらユーコン右岸に沿って下るとよい。 各カヌーレンタル会社の標識(乗捨て、ピックアップ地点)も出ているので行き過ぎたり、見落とすことはない。
もし万一、標識を見付けられずに通り過ぎた場合は、第二の目印であるユーコン川に架かるルート2号線
<Klondike Highway>の橋が見えてくるはずである。 標識と橋の間は約3kmである。 勇気を出して、逆漕して標識にもどるか、橋のたもとに接岸し、徒歩で標識のあるところに向かってカヌーのピックアップを頼むことになる。
いづれにしても、何度も繰り返すが、最終地点カーマックスに近づけば注意を怠らないことである。
<カーマックス周辺ユーコン川地図>
ユーコン川 カーマックス付近地図
ユーコン川 カーマックス 最終地<THE COAL MINE CAMPGROUND>に無事到着
カーマックス 最終上陸地(ピックアップのための各カヌーレンタル会社の表示板あり)
各カヌーレンタル会社のピックアップ指定地 でもある
櫛田氏のピックアップを受けた
15:00 予定の16:30よりはやくカーマックス最終地点、標識<CAOL MINE CAMPGROUD>に到達、
上陸して迎えをまった。
16:30 少し前に櫛田氏運転のピックアップ・カーが予定とおり到着。
17:00 W氏のカヤック到着。 互いの無事と完漕をたたえて車上の人となり、ホワイトホースのゲストハウスに
もどった。
いま、わたしは夢にまで見たユーコン川370㎞をカヌーで下った。
幸せとは、困難があっても、想いをひとつひとつ実現、達成する喜びにあると思う。
いまにも沈みそうな、頼りない孤独を乗せた小舟が、人生という大河に翻弄され、真実をもとめて流れていく。
いろいろな試練に出会い、創造主の意図するこころに触れるとき、幸せは真実になる。
“Now, that you know this truth, how happy you will be if you put it into practice.” <John 13-17>
事をなし終えて、こころ豊かである。
完
引き続き下記のブログを参照願います:
『テスリン・ユーコン川 カヌーの旅360km 記録・資料』 ①~⑤