2019『星の巡礼 比良蓬莱山頂雪景色』 Ⅱ 2019/03/10
蓬莱山頂直下の細いルート上の雪上にテントを張り、眠りにつく。
その前に、腹ごしらえだ。 コッフェルに雪をつめ込みバーナーにかける。
ガスバーナーで夕食の準備
露営地を選定し、テントを張り終わったのは午後6時、すでに蓬莱山の裏側に太陽は沈みはじめ、暗さと冷えが増してきた。落日とともに一気に気温が下がり、体温が奪われていくのがわかる。
持参した赤ワインを口に含むとともに、懐炉を背中に貼り、厚手の靴下に履き替えて深夜の厳寒に
備えた。
さらに、ダウンの上下を着込んだうえ、テントの前で雪を溶かして、インスタントのラーメンに注ぎ、熱々のヌードルをかき込む。体が一気に生き返る。至福の時である。
すっかり闇に包まれたびわ湖には、街の灯火が揺れ、湖面がにぎわってきた。
そこには生きる暖かさと、生きる喜びが溢れているように見える。
この光の祭典をしばし眺めながら、いまは亡き多くの大震災での犠牲者を想い、祈りをささげ、
短歌を贈った。
《震災の 影薄れゆく 春霞 光のどけき いまわの雲や》 實久
-しんさいの かげうすれゆく はるがすみ ひかりのどけき いまわのくもや-
東北震災も八年たち、その影も薄れそうな春霞である。
のどかな光の中に、最後の一片の雲が千切れゆくではないか。
悲しみを繰り返したくないものである。がんばれ東北!
<蓬莱山雪景色>
蓬莱山頂よりご来光を拝する
蓬莱山頂は朝焼けに染まる幻想的なモルゲンロート
蓬莱山頂に立つ(標高1174m)
<雪上の寝床は、おのれの寝姿に似て変化自在、その形状を変える>
足踏みで圧雪されたテントサイトに、湿気を防ぐために防水シートを雪上に敷き、その上にテントを張り、床に別の防水シートと防寒用アルミシートを重ねた上にEVAマット(通常はエアーマットだが、軽量マットを携行)敷き、二重のダウンの寝袋に潜り込む。
体温が雪にまで伝わり、雪が体の各部位の形に溶けるのであろうか、おのれの寝姿の形状が出来上がるのである。
形状にはまった臀部あたりは雪の冷たさが伝わって来るのである。
<携行した和環―カンジキ―は使用せず>(スノーシュー)
例年の積雪、1m越えに比べて、今年の比良山系の積雪は、新雪の深いところで股当たり、平均して膝あたりである。
今冬のルート上に残った雪と泥土(でいど・どろ)の入り混じった状況下では、カンジキでの前進は不効率であり、今回は使わずに終えた。
<びわ湖面の雲海もどき現象>
朝靄(あさもや)や雲間から出る朝日の状態によるのだろうか、湖面に雲海が漂って見えるような
時間帯が一瞬ある。この幻の雲海の情景が、幻想的で素晴らしいパノラマを演出してくれるのである。
毎朝おこる現象なのだろうか、それとも特殊な自然現象が重なって起因するのだろうかはわからない。ただ、このような雲海のような現象に立ち会えたことは幸運であった。
まもなく、太陽が、湖東に横たわる鈴鹿山脈の北端・霊仙山あたりからゆっくりと顔をだす。
湖面の雲海模様は消え、鏡のようにその色合いを変えてゆき、逆さ太陽が尾を引くように神々しく顔を出す。
そして、湖東の平野が墨絵のようにぼかされていく。
あたかも、ご婦人が赤子を抱いているようなあたたかさを醸しだすのである。心豊かな絶景である。
湖面が雲海のように見えた
<オーストラリアからのカップル>
比良 打見山から階段を下ったすぐのところ(打見山リフト乗り口の裏側)に一つの大きな木製台座が置かれ、座ってびわ湖の眺望を楽しめる場所がある。ここからのびわ湖の眺望は、わたしにとってもベストの場所である。
なんと美しい曲線で二つの湖を結び付けていることであろうか。
びわ湖の美しさは、山頂からの眺望にある
芭蕉も俳句で詠っている・・・
《比良三上 雪さしわたせ 鷺の橋 》 芭蕉
― ひらみかみ ゆきさしわたせ さぎのはし―
じっと身を寄せ合って、この風景を比良の上から観賞しているオーストラリアからのカップルに声をかけた。
「この景色素敵でしょう」という問いかけに、「繊細なグラデーションに幻想的な湖面、とてもファンタスティックですね」と。
「オーストラリアに来られたことがありますか」と問われ、「タスマニアは緑の島で、大好きですよ」と・・・
オーストラリアは赤い岩・エアーズロックに代表されるように、国土のほとんどが赤土でおおわれている。一方、海はサンゴが密生し、熱帯魚が生息する世界でも有数のサンゴ海棚をもつ国でもある。
時がたつのも忘れ、シュノーケリングをした時の話や、バスと鉄道によるオーストラリア一周の話に花を咲かせた。
とても嬉しかったのは、彼らが自らの足で、歩いて登山をしていることである。雪を知らない青年たちが初挑戦、彼らの人生において、未知の自然へ挑戦する姿と勇気が嬉しかった。
テントからみる朝日
雪を溶かして朝食の準備
打見山の地蔵さんに見送られ下山開始
<二日目の天気予報は、午前中晴れのち曇り、午後から雨である>
早めに朝食を終え、急いでパッキング、露営地を離れ下山することとした。
お山の天気は女心(おんなごころ)とはよく言ったものである、予報に反して下山中の10時頃からガスがかかり、小雨が降ってきた。
途中、天狗杉で休憩したあと、雨のなかを一気に下山した。
激しい雨の中、天狗杉を後にして、下山した
天狗杉<夫婦杉>で休憩
予報通り雨となり、天狗杉で休憩し一気に下山する。
老いによる足の衰えを心配したが、いまだ健在であることに感謝したい。
素敵な蓬莱山の雪景色を心に焼き付け、次の星の巡礼につなげたい。
― 蓬莱山雪景色 完 ―