2020『星の巡礼 比良縦走<打見山~釈迦岳/リトル比良~音羽ルート>』
<母なる峰々にいだかれて>
山に入ると、緑に満たされ人間本来の姿である胎児の気持ちにさせられる。そこには原始のこころが宿り、雄大な樹海を泳いでいるような安寧を味わうのである。
緑の覆いのほころびから漏れ来る太陽の光が、まるで命あるシャワーのように降りそそぎ愛の賛歌を歌い上げてくれる。
太陽の光はまた、葉の上に転がる夜露の玉を宇宙の凝縮した姿に変え、その小さな宇宙である玉の中に己の姿を映し出してくれる。
ああ何という神秘なる世界の展開が山の峰々にはあるのであろうか。
人びとを惹きつけてやまない温かい山の抱擁を感じる瞬間であり、この瞬間の営みを演出されている神に感謝する一瞬でもある。
今回もまた比良山系の神々の峰にいだかれて、比良大縦走のうち<リトル比良ルート>を、パートナーを同伴し、ゆっくりと歩を進めてきた。
びわ湖を見下ろす神々の棲む比良の峰々
北比良峠付近より琵琶南湖・比叡山・蓬莱山方面を眺める
3年前の夏、ブログにも上げた<比叡比良大縦走>を成し遂げた。しかし、比良大縦走路にはもう一つのルート、北比良峠(八雲が原東の入口)から東北東に向かう<リトル比良>ルートがあり、釈迦岳を経由し音羽(高島市)へ抜ける。
今回は、比良大縦走の一つ《リトル比良ルート》<蓬莱山~北比良峠~釈迦岳~音羽>を1泊2日でトレッキングしてきた。
まずは、地図で比良大縦走の一つ《リトル比良ルート》を俯瞰しておく。
■ 比良大縦走路区間<蓬莱山~釈迦岳~音羽の高度・推定距離・所要時間>
■ 1日目<比良大縦走路/蓬莱山スタート~釈迦岳区間(露営地)> (下図)
■ 2日目<リトル比良縦走路/釈迦岳~鳥越峯~音羽下山口> (上図)
<参照:ブログ2017『星の巡礼 比叡比良大縦走』<比叡山~北比良峠~武奈ヶ岳~蛇谷ケ峰~朽木>
https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/15440831
shiganosato-goto.hatenablog.com
<高齢者登山の工夫> ―転倒・滑落防止ほか―
後期高齢の最初の3年間は、まだまだ若さを誇る気持ちからどうしても単独行をあきらめられず続けてきたが、昨年の<東の若狭街道縦走>中の根来坂(ねごろざか)峠越(標高832m)直下で倒木回避中にリュックを谷底に滑落させたのを契機に反省し、今年からの山行にはパートナーに同行してもらうことにした。それは体のバランス崩れからくる転倒・滑落を防ぎ、他人に迷惑をかけないように単独行を断念したことによる。
<参照:ブログ2019『星の巡礼 東の鯖街道』<若狭小浜~針畑越え~京都出町柳>
https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2019/11/27/150000
また、今回の高齢登山で心したことは、転倒滑落はもちろん捻挫骨折といった肉体的衰えからくる危険をカバーするためにリュックの重心を下げることにした。
まず、使用リュックのヒップベルトを厚手で機能的なものに換えて、出来るだけ重心を腰(ヒップ)に落とし、体全体の安定を図ってみた。
ヒップベルトの効果は、ほかにリュックの重量からくる老人性肩圧迫を軽減してくれるだけでなく、体へのリュックの密着・一体感により急な上り下りの自由度が増した気がする。
百名山をめざして以来、トレッキング・ポール(ダブル)を使用する四輪駆動派でもある。高齢者がどうしてもバランスを崩しての転倒が多くなるのは致し方ないことではあるが、ポールの使用により転倒を出来るだけ少なくすることに心がけることによって、捻挫・滑落といった致命的アクシデントを防止できると確信している。
ただ過度にトレッキング・ポールに頼ることもまた危険であることを知っておくべきである。特に急登・急下り・岩場・濡れ場・ガレ場・崩落崖などでは素手の役割を忘れないことである。逆にポールに頼る危険性が増すことを心したい。
各山行において高齢者としての危機対応能力を磨くことが肝要である。
高齢の体に対し、危険現場に対処する術を体験によって体に覚えさすことしかないといえる。
高齢であっても日々精進し、鍛え、経験し、体で覚え危険を予防・回避し、残りの人生を満喫できる山行にしたいものである。
登山・トレッキングは青春であり、人生である。
しかし、危険だけは避けたいものである。
心からなる老人の願いである。
老人三点セット<ヘルメット・トレッキングポール・厚手ヒップベルト>
<高齢者の露営>
もし若者であればテントを背負って快適なテント泊となるところだが、今回の一泊二日の縦走トレッキングでは水場が少なく、命綱である飲料水の常時携行が必要であり、携行重量を高齢者限界のリュック総重量7㎏にしなければならなかった。
テント代わりに、軽量ツエルトに代え、その中に二人がもぐりこんで超過密の夜過ごしとなり、寝床を確保するための陣取り合戦もまた思い出に残る一夜となった。
単独行の場合は、炊事・バーナーセットも持参せず、インスタントのアルファー米やチキンラーメンに水をぶっかけて、ふやかして食していたが、パートナー同伴ではそうはいかず、温かい食事提供が同伴条件であり、致し方なく自説を曲げてバーナーセットを持参しコッフェルで湯を沸かし食事を提供させられた。
この炊事およびバーナーセットが思ったより重いのである。この分の携行重量を減らさないと限界の7㎏をオーバーする。
そこで、夜間の熊除け用ラジオ、タオルや洗顔セット、道迷い防止GPS、道迷い引き返し赤色テープほかグラム単位で間引くことと相成ってしまった。(今回のルートは、何回も縦走しており道迷いはないと判断)
とうとうレインギアー(雨具)も、100円ショップの超軽量ポンチョに代えてのリュック総重量7kgに抑え込んだのである。
ただSOS用品としての必需品スマホと、緊急用水嚢(ウオーターバッグ2L用)、救急用品、寝袋代わりの上下ダウンを持参した。
高齢者にとっては携行総重量7㎞でさえ重さを感じるものである。
今後はさらに軽量化を研究する必要がありそうである。
いよいよ老人の露営による縦走は困難になるかもしれないと思うと寂しい。
そろそろルート上のエスケープルートを利用した日帰り縦走トレッキングに代えなければならない年齢なのかもしれない。
設営地を選ばないツエルト露営も楽しい
<熊対策は、露営での重要事項の一つである>
比良山系での露営で注意することに、クマ対策がある。
比良山系にはツキノワグマが生息し、過去に三度出くわしている。それ以来熊除け鈴の携行を心がけている。今回は持参しなかったが、ほかにラジオも効果がありそうである。
熊除け鈴としては、低音の牛首用鈴と高音の巡礼鈴を携行し、ラジオの場合はスピーカによる高音量を使用することにしている。
露営では、食料品のインスタント麺や行動食としてのチョコやピーナツ・干しブドウ、残飯の匂いは野生動物を呼び寄せることになり、特にその保存に気を配る必要がある。
携行の食料品一切と残飯などゴミ類、食器類はナイロン袋等に一括して取りまとめ収納し、露営地(テント設営地)より少なくとも100m以上離れた風下の枝に引っ掛け、熊や野生動物から守る必要がある。
このことはテント内に食料品を収納したために起こる、熊の襲撃から身を守るためである。
もしものツキノワグマ襲撃に備え、トレッキングポール2本をツエルト(簡易テント)出入り口に置くとともに、持参した鈴をツエルトに吊るし、ときどき寝返りする度に鳴る鈴の音を熊への警告音とした。
比良山系に生息するツキノワグマの臭覚は、人間の21倍もあるといわれ、野生動物の中でも群を抜いて鼻が利くといわれている。
熊対策・枝に吊るされた食料品袋やコッフェル(飯盒)
熊対策は、露営での重要事項の一つである。
もし、熊がテントに近づいたときにどのような対策を取っておくべきであろうか。
いまから10年ほど前にユーコン川をカナディアンカヌーで360㎞下った時に露営地でとった対策を見ておきたい。
カナダのユーコン準州には、グリズリーベアという超大型で、獰猛な熊が生息する地である。
その生々しい足跡に恐怖を感じたものである。
テントより5m程離れた周縁に細引き紐を張り巡らせ鈴をぶら下げて、時々紐をひいてはここが人間の露営地であることを知らせるとともに、熊の気配を鈴で予知するようにしていた。
またユーコン川の決められた露営地は、食料品等を保管する鉄製の鍵付きのストレージボックスが設置されているので利用した。
またグリズリーベア撃退用に、唐辛子スプレーガンの携行が義務付けられていることも心強かったが、それだけ危険性との隣り合わせであることに慄然としたことを覚えている。
<参照:ブログ2008『星の巡礼 ユーコン紀行』<ユーコン・カヌーの旅360㎞日記>
https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/15644823
ユーコンテリトリーの熊<グリズベリー>と足跡
<比良縦走 1泊2日トレッキング ルート案内>
打見山―釈迦岳―リトル比良―音羽ルート
■比良縦走1日目 (9月21日)
《打見山スタート⇒汁谷分岐⇒木戸峠⇒比良岳⇒葛川越⇒烏谷山⇒荒川峠》 7H / 8Km
今回は、連休後半の秋分の日、多くの観光客と共にJR志賀駅よりびわ湖バレーロープウエー山麓駅へ江若交通バス(360円)を利用する。09:00始発のロープウエー(登山客片道1700円)は長蛇の列、蓬莱山をバックに写真を撮り、打見山を10:00amにスタートした。
快晴、琵琶の湖も朝日に輝き最高のトレッキング日和である。
2日で約20数㎞という年齢的にハードな山歩き行程なためと、一泊の携行品の重さや、途中での水補給の困難さを考慮して体力を温存するためにスタート地点の打見山へはロープウエーを利用した。
10:00 am 打見山山頂(1108m)から、蓬莱山(1174m)をバックにスタートする
びわ湖バレー・ロープウエー山頂駅北西側にある急なゲレンデ―をくだり、<汁谷分岐>を右折(東入る)し、キャンプ場を見ながら150mほど進むと、地蔵尊群に迎えられ<木戸峠分岐>に着く。
これから向かう比良縦走路を眺めながら打見山ゲレンデを下り、道標<汁谷分岐>より、木戸峠に向かう
木戸峠 標高H972m 10:20通過
木戸峠を直進すると崩落個所をへてクロトノハゲ経由JR志賀駅に向かうが、本ルートは木戸峠を左折(北方向)して歩を進め比良岳に向かう。
《比良縦走水場① 比良岳南側ルート上の左側沢》
ゆるやかな上りを進むと比良岳源流の沢(小川)に出会う。これまでの経験から通年水の流れがあり、比良山系縦走時の水場として利用している。
比良岳源流の南沢の水場① 比良岳通過 H1051m 10:50am
大岩胎内くぐり
上りきると<比良岳>(H1051m)の標識がある。標識はルート上の標高H1038mの地点にある。
比良岳を下ると昔、木戸村より葛川坊村への<葛川越>に出るが、現在坊村への道はない。木戸への下り道は、急峻な大岩谷を流れる大谷川源流の中を歩くことになり、ルートフアインディングの技術が必要となるので迷い込まないように注意したい。
烏谷山を眺めながら歩く 葛川越通過 H945m 11:15am
JR志賀駅方面へ、どうしてもエスケープルートとして利用したいときは、これから通過する<荒川峠>を利用することをおすすめする。比良縦走路水場②ー荒川峠を下った左側に伏流水(湧水)の水場もあり、緊急時の給水に利用できることを覚えておくとよい。
<葛川越>から急な登りを上りきると眺望のきく山頂<烏谷山H1076m からとやま>に着き、山頂を右に入り、急で滑りやすい登山道を<荒川峠>に向かって下っていく。
<荒川峠>は今回のエスケープルートの一つで、下山に関しては先に述べた。
烏谷山山頂 H1076m からの眺望 12:00 noon
<荒川峠 ⇒ 南比良峠 ⇒ 堂満岳西側トラバース ⇒ 金糞峠(水補給) ⇒ 北比良岳 ⇒ 釈迦岳>
荒川峠より進み水晶小屋・大橋小屋への分岐を右折し、ゆるやかな上りを行くと間もなく堂満岳南下にある
<南比良峠>に着く。
レスキューポイント縦走15 通過 昼食(おにぎりとチキンラーメン)
荒川峠H959m 12:35通過
ここより、堂満岳の西側をトラバース(尾根や山頂を避けて山裾を横切ること)して<金糞峠>に至る。途中、雨天時渓流となるところや、金糞峠前の右手崖に注意する以外は問題のないルートである。
杉林を下り 堂満岳を見ながら <南比良峠905m>を13:10通過
堂満岳西側をトラバースする 杉の巨木に迎えられる
金糞峠H878m 2:35pmに着く
<金糞峠 H878>は、比良縦走ルート上重要拠点である。
金糞峠の重要性は、登山期間中の週末や休日に登山口である<イン谷口>とJR比良駅との間に江若交通の登山バスが運航するからであり、また、武奈ヶ岳への日帰り登山や、比良縦走時のエスケープルートとして利用されるからである。ただ、ルート上に「青ガレ」という難所があり、下山時は特に足場・滑落・転倒に注意する必要がある。青ガレ付近から水場もあるので緊急用としても利用できる。
それ以上に、命に係わる飲料水の最重要補給地点が金糞峠の西側直下の沢にあるからでもある。今のところ通年沢水の流れを確認しており、比良縦走における最重要水場➂であるといっていい。
この日(9月21日)は、通常より水の流れが少ないようであったが、飲料水として補給するには十分な量であった。
われわれも今夜の炊事用としてポリ水嚢(2LX2)と、2日目の飲料水としてペットボトル(0.7LX4)を満たして北比良峠に向かった。
<比良縦走路 水場➂ 金糞峠西直下の沢で2日目の水補給>
<北比良峠 H961m>は、比良縦走の重要な十字路である。
2004年まで、北比良峠には、ロープウエーの山頂駅があった。
1990年代以前の比良登山、特に二百名山<武奈ヶ岳>へのアクセスとして多くの登山客が利用していたが、残念ながらその後の登山客の減少により運営会社が撤退した。
いまでも、武奈ヶ岳登山は坊村からの御殿山コースと共に、イン谷口からのダケ(大山)道として親しまれているコースがある。
当時は、ケーブルカーで釈迦岳の中腹駅でロープウエーに乗り換えて北比良峠にある山頂駅にハイヒールで向かい、八雲ケ原を散策して山頂ホテルで宿泊したり、冬は京阪神を中心にゲレンデでスキーを楽しむ客で一年中楽しむことのできる一大リゾート地であった。
現在の北比良峠は、ロープウエー山頂駅が取り壊され、山に戻され平地として残り、この日も多くのテントが咲き乱れ、往時をしのぶ登山者で賑わっていた。
テントの花咲く北比良峠 961m(八雲ケ原) 3:35pm通過
比良大縦走路は、ここ北比良峠でY字別れ、左<武奈ヶ岳ルート>と右(直進)<リトル比良ルート>に別れる。
武奈ヶ岳経由、蛇谷ケ峰より朽木村に下山する<奥比良>ルートと、釈迦岳経由<リトル比良>ルートを縦走し、音羽村に下山する二つの比良大縦走ルートがある。
今回の比良縦走は<リトル比良>ルートをとるため、北比良峠の分岐を直進(注・武奈ヶ岳はここで左折)し、二日目の行程を考え、出来るだけルート中間点に近い釈迦岳に向かった。
北比良峠は<リトル比良>ルートの入口でもある比良山系の重要拠点であり、十字路である。
カラ岳 H1023m付近の道標は朽ち果て、その文字すら不鮮明であり、判読がむつかしい状況である。利用登山者の少なさからか、レジャー施設の廃墟からか、管理補修者の不明からか標識は朽ち果て無残である。
カラ岳にある白亜の電波塔を過ぎたすぐ先の釈迦岳とイン谷口への分岐の窪地に今夜の露営地を決め、ツエルト(簡易テント)を張ることにした。
丁度、夕方17:00である。
今日は、朝10:00に打見山を出て、露営地まで約8㎞、約7時間の行程を歩いた。
判読不能標識<レスキューポイント縦走7> カラ岳 H1023m に立つ電波塔
<1日目の露営―簡易テント・ツエルト泊>
比良大縦走ルート上の釈迦岳への入口である分岐<至 イン谷口>の南東角の窪地にこの夜の設営地とした。
ここは、比良の強風を防ぎ、夜露をしのぐ樹林があり、安眠を保証する落葉の堆積があり、ツエルト(簡易テント)を支える樹木が立ち、トレッキングルートやエスケープルートの近くにある最適な露営地である。
水場がない不便さはあるが、約3Lの水を金糞峠直下の沢で採水携行したので問題はない。
まず、ツエルトを設営、次にガスバーナーで湯を沸かし、お湯を注ぐだけの5分で出来上がる禁断の味(と評判)のNISSINのカップメシ<ハヤシメシ・デミグラス432Kcal>と、スープとして<チキンラーメン377Kcal>を夕食とした。
アルファー米のもっちりとした食感に、高級レストランの味に劣らないハヤシライスに舌つつみを打った。
一杯の赤ワインが腑蔵に染み込んでいくさまは、疲れを吹き飛ばし、夜空の星に吸い込まれていくような気持ちにさせられた。
山行でのどのような食事も、それは決して家や高級レストランでは味わえない至福の贅沢な料理に不思議と早変わりするのだから、いつも満足なのである。
ボーイスカウトに入隊して最初のハイキングで、スタッフがつくってくれたカレーライスの美味しかったこと、絶品であり、世界一のカレー味であったことを想い出す。
トレッキング泊での願望である焚火による手料理を作りたいが、水場の少ない比良山系での焚火を慎んでいることと、年齢からくる携行品の最小重量を心がけている限り、夢の夢ではある。
今夜の露営地は分岐<至釈迦岳&至イン谷口>近くの窪地 強風を避け窪地に設営されたツエルト
今宵の我が家
スカウト時代の懐かしの飯盒使用 ツエルトに映る懐中電灯の心躍る怪しい光影
熊対策としての食料品の吊り下げ
ダイヤモンドの輝き びわ湖西岸の灯火(露光不足だが)
食後、熊から食料を守り、野生動物の接近を防ぐための対策を講じたあと、樹間に漏れ来る堅田から大津にかけての琵琶湖岸に浮かぶ灯火の輝きを観賞し、しばし闇の絵画に陶酔した。
翌日の12㎞にわたるロングトレイルを考え、夜8時前には、スリーピングバッグの重さを避けて持参したダウンの上下を着こんで、ゴアテックスの寝袋カバーにもぐりこんだ。
落葉にひかれた防湿シートの上のマットに疲れた体を横たえ、宇宙船のような一畳のスペースにパートナーとわずかの陣地を取り合いながら、眠りについた。
深夜、遠くに響く鹿たちの会話に、山のぬくもりに包まれている幸せを感じた。
また深夜の山は、不思議なことに一瞬風がやみ、すべてが無の世界になることがある。それは、すべてが空になり平等のなかに溶け合う瞬間である。
人間もまた、大自然界の、大宇宙のちっぽけな一構成物であり、一単位であると自覚する瞬間でもある。
人類の姿さえ存在しなかった古生代には、ここ比良の山々は海の底にあり、中世代になって花崗岩が盛り上がり、さらに断層をもって隆起し、浸食されて現在の山姿になったと思うと、人類はまた時間とともに宇宙の営みの中に消え去る存在なのであろう。
心して一日一日を生きたいものである。
《ああわれいま釈迦岳に臥して》
一寸の先をかき消す漆黒の闇に
樹間の灯枯葉のぬくもりを伝えし
ああわれいま釈迦岳に臥してや
風止みて山動ぜずして我又観ず
■比良縦走2日目 (9月22日)
《釈迦岳 ⇒ヤケオ山⇒ヤケ山⇒寒風峠⇒滝山⇒鵜川越⇒岩阿砂利山⇒鳥越峯⇒岳山
⇒ 白坂⇒音羽・大井神社⇒JR近江高島駅》 約10H / 約12㎞
2日目早朝、4時30分に起床し、手分けしてツエルト撤収と携行品のパッキング、朝食(コーヒーと菓子パン)、設営地の清掃復旧点検を終え、感謝の祈りを残して露営地を出発した。
露営地に朝の明るさが戻ってきた パッキング準備完了
リトル比良縦走出発準備完了 (2日目釈迦岳付近露営地にて)
<露営地 ⇒ 釈迦岳 ⇒ ヤケオ山 ⇒ ヤケ山 ⇒ 寒風峠>
6時過ぎ露営地(標高 1030m) に感謝の気持ちを残し、釈迦岳(標高1060m)に向かう。
釈迦岳は懐かしくもあり身近な山である。
比良山の麓にある我家から毎日のように釈迦岳のふくよかな山姿を眺めている。
尖った堂満岳の北側に、どっしりと腰を据える老師の姿を彷彿させる釈迦岳はびわ湖に向かって鎮座している。
また比良縦走のリトル比良ルートをトレッキングするときは、ここ釈迦岳を必ずピークスルーする馴染みのある山でもある。
また、イン谷口をベースとした釈迦岳往復の<大津ワンゲル道>は、多くの山男が挑戦し続けている古典的なルートの一つである。
釈迦岳の三角点近くの平らな山頂は、幾度も野宿やツエルト泊をした懐かしい露営地なのだ。特に夜間の大津方面やびわ湖東岸の夜景の美しさは目を見張るものがある。今回は強風を避けるために設営地として釈迦岳山頂を見合わせた。
釈迦岳1080m 6:30am通過 ヤケオ山に向かう尾根道
<レスキューポイント縦走5>
釈迦岳からヤケオ山(標高 966m)にかけては稜線を歩き、びわ南湖や縦走ルートの峰々の眺望がよく、爽やかな風を楽しむことが出来る。稜線のルートは緑濃き苔が敷き詰められ、まるで天空の絨毯のうえを歩いている気分である。
また低木の合間からは、西側の奥比良の峰々(釣瓶岳・地蔵山・蛇谷ケ峰)の山並みを観賞しながらトレッキングを楽しめる。
近江舞子を見下ろしながら稜線を歩く 緑濃い苔の絨毯の稜線を歩く
朝日と雲のコラボが神秘的だ
<ヤケオ山 H966m 眺望良し>
360度の眺望を楽しめるヤケオ山頂もまた素晴らしい。思わず蓬莱山方面をスケッチした。
⇑比叡山 ⇑霊仙山 ⇑蓬莱山・打見山 ⇑堂満岳 ⇑釈迦岳
<比良の峰々> 2020/09/22 07:45 ヤケオ山頂(標高966m)より
Sketched by Sanehisa Goto
ヤケオ山頂 H966m 7:00am
<レスキューポイント縦走4>
リトル比良ルートに入ってはじめて、ヤケオ山で中年男性の登山者と出会った。
楊梅の滝登山口よりヤケ山を通ってやって来たとのことである。このルートは<大石道>と呼ばれ、今回のエスケープルートの一つでもある。
ヤケオ山を下り、上り返すとエスケープルート大石道の下り口であるヤケ山(標高705m)に着く。
奥びわ湖を眺めながら尾根道を下っていく 視界のないヤケ山頂 H705m 7:45am通過
<レスキューポイント縦走3 >
視界のきかない狭い山頂で、八雲が原でテント泊したという4人組パーティに追いつかれ、楊梅の滝を見たあと下山するとのことである。<比良大縦走路主ルート>は、ここヤケ山よりびわ湖方面に下っていく。
われわれは休憩のあと、<リトル比良>縦走路である寒風峠に向かって下った。
緑豊かな混合林を下っていく 寒風峠 標高601m 8:30am 通過
<レスキューポイント/リトル比良5>
ここ寒風峠(標高601m レスキューポイント・リトル比良5)をびわ湖側に下ったところに<オトシ湿原>に沢水の水場④があるので水補給として利用したい。
<比良縦走路 水場④ 寒風峠を下ったオトシ湿原を流れる沢水>
この辺りは数年前にハイキングしたルートであり、懐かしい記憶にひたりながら大きな岩をたどり滝山(標高703m)へゆるやかなに上ったあと、下りの先に鵜川越の林道(アスファル道)がある。
大岩に見送られ鵜川越に向かう途中の琵琶南湖の風景
滝山(標高703m)は、 標識<鵜川越>との分岐を稜線に向かって直進したところにありそうであるが、未確認。
滝山には寄らず、分岐標識を左に下り、嘉嶺ケ岳(標高660m)を経て、舗装された立派な林道の鵜川越<標高553m・林道鵜川村井線 10:00am通過>に出た。
標識を左に下り鵜川越<アスファルト林道>に向う 鵜川越 H553mより「岩阿砂利山登山口」に入る
(滝山703mは標識を直進?)
岩阿砂利山への登山口は、鵜川越林道に下りて左10m先右側にある。
地図(昭文社山と高原地図― 比良山系武奈ヶ岳)には、ここ鵜川越近くに水場があるとのことだが、今回は確認せずに通過した。
鵜川越からは、ハイキング気分で歩いたあと、ルートから少し入ったところにある視界のきかない岩阿砂利山頂(三角点有・標高686m・京都北山ハイキング同好会作成山名標有り・レスキューポイント/リトル比良3)に出る。
腹がすいてはトレッキングも楽しからずやということで早めのランチを済ませる。
ここ岩阿砂利山頂の北西角に迷い込み防止ためのロープが張られている。滑落に注意が必要である。
小雨が降りだし、山にガスがかかりだした。
鵜川越より岩阿砂利山への途中の風景
岩阿砂利山 H686m三角点 10:30am 標識設置者(京都北山ハイキング同好会)
<レスキューポイント/リトル比良3>
<岩阿砂利山より鳥越峯分岐へ向かう>
たくさんの天使たち、キノコや紅葉が出迎えてくれる中、なだらかなハイキングコースが続く。
巨岩に迎えられ 雑木林を歩く
<鳥越峯分岐より岳山へ>
見張山分岐よりJR近江高島駅に向かう支尾根がびわ湖に向かって伸びている。一度歩いたことがあるが、道迷いの危険性や、最後の急な下りに膝を痛めたことがある。以来、岳山経由音羽ルートを使っている。
鳥越峰 H702m 11:45am通過
鳥越峯(標高702m)分岐を岳山方面に道をとると、まもなくオウム岩(レスキューポイント/リトル比良2)に立つ。遠くびわ湖にかすむ竹生島や、整然と収穫を待つ実った稲穂で色づいた田圃の風景(高島市)が眼前に広がる絶景ポイントである。
その後、黒谷の富阪口方面と岳山・音羽方面の分岐である<鳥越>を右へ向かい岳山(たけやま・標高565m)に至る。
山頂の趣きはなく、尖った三角錐の大岩が鎮座している。山岳信仰の比良の山らしく、岳山を回り込んだところに<石造観音三尊/元獄岩屋観音>が岩屋に祀られている。
歩きながら山からの恵みに感謝する姿は、古今を問わず引き継がれてきた祈りの世界であり、ここ比良の山にはある。
山岳信仰の修行地であった比良山系には、多くの寺坊の遺構が確認されており、修験者の山であったことがうかがい知れる。
今回のスタート地点の打見山(標高1108m)東側直下(標高1080m地点)に、寺坊(復元)としての木戸寺屋敷遺跡(西方寺跡)がある。
<レスキューポイント/リトル比良2>
鳥越分岐 12:30通過 岳山に向かう平坦な尾根道
オーム岩頂にて
<岳山<ダケヤマ・白峯>山頂 H565m 12:55am通過>
岳山<ダケヤマ・白峯>山頂 H565m 石造観音三尊/元獄岩屋観音と岩室
<音羽・大飯神社にある「リトル比良登山口」に下山する>
岳山より<リトル比良登山口>のある音羽・大飯神社までは、花崗岩の白砂と、シダの群生と、水流でえぐられた粘土質の凹道で成り立っている。それもシダのジャングルで覆われた凹道は、ロングトレイルで弱り切った老人の脚には結構こたえる。特に雨に降られると凹道は雨水が流れ、岩が滑り大変であろうことが想像できる。
高齢者は、捻挫と、つんのめり(前倒)による顔面強打を注意したい。
また、このルートには大飯神社の奥社なのでだろうか、石材を使った階段跡が残されている。
奥社あたりから小田川の源流が始まり、沢水の水場⑤がある。
《リトル比良・小田川源流沢水 水場⑤》
ほかに花崗岩の風化が進んだ白砂が広大な範囲で分布され<白坂>と呼ばれている。その花崗岩の白砂に巨岩が屹立し、日本庭園の枯山水のような景観を楽しむことが出来る。
南側の見張り山ルートがある支尾根を眺めながら下山すると、獣柵を開けて音羽の村に到着する。
シダのジャングルに隠れた山道を下る 岩場やガレ場もある 平穏な尾根道もある
日本庭園風白砂に黒岩が広がる 深い窪地の道を下る 大岩の屏風
奥宮への石段が続く 弁慶の切石
白坂から遠く奥びわ湖・伊吹山方面を望む 防獣柵を開けて音羽村に入る
<リトル比良登山口>にある大飯神社には、WC・補水のための施設(水場)があり、鳥居前には登山届ボックスがある。
比良縦走を終えゴール音羽登山口に着く 標高100m 2:30pm
登山口にある長谷寺 大飯神社(境内にWC・水場あり)
水場として神社よりご提供いただいている手水
<リトル比良 水場⑥ 大飯神社境内の手水>
音羽からJR近江高島駅には、江若交通バスが走っているので利用することが出来る。ただ運行本数が少ないので歩くことにした。20分ほどで駅に着く。
JR近江高島駅からは1時間に1本の網干行新快速が停車するので京阪神エリアへのアクセスは便利である。
後期高齢の仲間入りをしてからは、ロングトレイル縦走や登山にあたっては、どうしても最後の山行になるかもしれないという覚悟を決めて歩いている。
山でのすべての風景、出会い、何気ない経験が愛おしさとなって蓄積されていく気がしてならない。
今回も無事下山できたことと、導きに対して喜び溢れる気持ちで一杯である。
感謝である。
『星の巡礼 比良縦走<打見山~釈迦岳/リトル比良~音羽ルート>』
完