shiganosato-gotoの日記

星の巡礼者としてここ地球星での出会いを紹介しています。

2017『星の巡礼・奥の細道紀行-句碑の前でわたしも一句』 30

2017『星の巡礼奥の細道紀行-句碑の前でわたしも一句』 30
 
-出羽街道中山越え⇒山刀峠・尾花沢⇒山寺 奥の細道紀行 4>


⑮山寺を詣でる―2

左へ上って行くと納経堂、開山堂と続き、舞台造りの五大堂、そこからの眺望に声をあげた。蓬莱の世界を眺めているようだ。


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納経堂(中央)と開山堂

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 五大堂からの絶景

 
さらに上って行くと視界が開け、奥の院に着く。 慈覚大師が修行中、肌身離さず持ち歩いたと言われる釈迦如来多宝如来を本尊として祀っている。

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山寺 奥ノ院(如法堂・大仏殿)


おおくの老若男女、特にたくさんの修学旅行生がメモ帳を片手に駆け回っている姿に、山寺も賑やかであった。


西の高野山が権力の墓場であり、霊魂が行き交い、こころを切り裂く霊場であるのに対し、山寺は極楽浄土への安らかな入口におもえ、霊のこころに豊かさと安寧が満ちてくる、不思議な体験である。


芭蕉はここ山寺で、何をこころにとめたのであろうか。 そのこころが「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」を生んだのであろう。


「閑さや」の読み方に二通りあるのだ、①「しずさや」と②「しずさや」。 わたしの場合は、「閑さや」の句を詠むシチュエーション、すなわちその時・場所・場合(TPO)と己のこころの在り方で①②の読み方が異なるような気がする。
しかし、わたしのなかでは①②は、無意識に使い分けているといっていい。どちらの響きも好きだからだ。


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山寺の景観 ①    沢山の仏さんの声明が木霊する    
 
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山寺の景観 ②  巌窟に修行の厳しさを見る

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山寺の景観 ③  奥ノ院

山門を出て一方通行に従い、立谷川にかかる「芭蕉橋」を渡り、お土産屋「えんどう本店」の駐車場に戻った。
商店街では、お土産を購入すると、駐車場が無料になるサービスシステムを導入している。
芭蕉が訪れた山寺のお土産に、「羊羹・奥の細道」を数本購入した。


山寺を後にして、芭蕉曽良が船で下った最上川の船出口、JR陸羽西線「古口駅」へ向かう。
約70km、3時間のドライブである。


県道19W⇒県道111(山寺街道)NW⇒国道13N⇒新庄で国道47(鶴岡街道)W経由、「最上峡芭蕉ライン発船場」に向かった。


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 芭蕉が、ここ山寺で詠った句「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声 」の蝉の種類について論争が起こったことがある。
1926年斉藤茂吉が「改造」で、句に出てくる蝉はアブラゼミであると断定し発表した。 これを機に蝉の種類に関する文学論争が起こったことはすでに述べた。
斉藤茂吉はその後、実地調査におよんで、芭蕉が詠んだ蝉はニイニイゼミであると結論、誤りを認めて落着している。
 ここにニイニイゼミアブラゼミの写真を載せておく。 夏の日、外に出て鳴き声やその生態を観察するのもいい。 芭蕉の聞いた蝉の鳴き声に耳を傾けるのも楽しいものである。

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ニイニイゼミ                                アブラゼミ    (写真Seesaa提供)



 



⑯新庄・最上川舟下り
            につづく