shiganosato-gotoの日記

星の巡礼者としてここ地球星での出会いを紹介しています。

2019『星の巡礼 びわ湖冬景色・老人自転車ひとり旅』⑨

びわ湖冬景色―近江の歴史をたどる老人自転車ひとり旅』 ⑨
                                                                

■ 4日目びわ湖一周のルート案内 Ⅰ   (2019219日)
     
  <▲ 姉川手前湖岸緑地公園 ⇒ 西浅井 大浦浜 30km>


■4日目びわ湖一周のルート案内  (2019219日)   早朝-1℃(零下)・曇りのち雨
 
ヤンマー社員の皆さんの出勤の時間のようだ。
こちらもパッキングを済ませ、ゴミ一つ残さず、老人に欠かせない出発前のルーティンの柔軟体操。
感謝のセレモニーのあと、4日目の冒険に出かけることにする。


イメージ 1
露営地向かいのヤンマーびわ湖工場
 
イメージ 2
朝食「どん兵衛特盛天ぷらそば」(694Kcal
 

<出発前の瞑想―宇宙一体法―>

今朝は、呼吸法による宇宙への回帰をご紹介しよう。<宇宙一体法>とでも名付けておく。
『息』は、自分の心と書く。『息』は、呼吸することすなわち「吸う」・「吐く」の生きる術である。
 
さて、柔軟体操とくにリラックス、体からまず緊張感を解き放つことが大切である。
まず、両手を万歳し、力を抜いてダラリと両手を落とす、途中肩に一度触れて落とすのがコツである。3~5回のダラリ落としで体と精神を整えたあと、
両脚を肩幅に広げ、胸を張り、肩の力を抜いて両手をだらりと両脇に垂らす。
両目を半眼にし、深呼吸をゆっくりと一回して、呼吸法に入る。
以上が「宇宙一体法」の基本姿勢である。
 
さて、半眼で息をするのだが、全神経を息に集中させるのが肝心である。これは座禅の作法でもある。
まず、息を<吐き>きって、全神経を集中させた息(宇宙エネルギー)を、両脚の足裏と両手の指先から、この息(宇宙のエネルギー)をゆっくりと、ゆっくりと吸い上げ、この息(宇宙のエネルギー)を意識しつつ、背骨の中から体中の神経・血管・細胞にこの息(宇宙エネルギー)を浸透・移動させ、充満させ(体は宇宙に満たされている状態)、頭のてっぺん(天辺)から、吸った息を天(宇宙)に戻して止めるのである。
この状態、宇宙が体に入り切った状態、すなわち意識的<宇宙であり無>である。
 
今度は、この天(宇宙)に戻した<吸った息>を、逆に同じ方法で頭のてっぺん(天辺)から、ゆっくりと息を吐き、意識しながら神経・血管・細胞から背骨の中へすべての息を戻して、足の裏と両手の指から息を宇宙に完全に戻し切る、すなわち息を吐ききるのである。
この状態もまた、体が宇宙に入り切った状態、そこには己はなく宇宙に溶け込んだ己の抜け殻が存在することになる。これまた意識的<無であり宇宙>である。
 
われわれは、呼吸することにより無意志的に宇宙に出入り、いや宇宙になり切っていることを意識することにより、この大宇宙の一構成単位であることを自覚できるのである。なんと素晴らしいことか。
 
また、応用編として、古くからおこなわれている太陽を半眼から取り入れ、同じ循環呼吸法により、この太陽を体の中で爆発させて、宇宙になり切ることもできる。
 
瞑想を兼ねた「宇宙一体」呼吸法で体いっぱいに宇宙を取り込み、いや宇宙に入り切って、四日目のスタートである。
少し体が軽くなった感じだ。自転車が風に乗って空中を飛翔するかもしれない、という他愛無い空想にふけりながら、雨のなか軽くペダルを踏んだ。
 

イメージ 3
びわ湖 川道(地名) 湖岸緑地公園を出発



                                                       <4日目行程表>

イメージ 4
 
 
イメージ 5
湖周道路(県道331)の立派な自転車兼用歩道   
 
イメージ 6

 雨煙る竹生島の遠望 



<ビワイチ・チエックポイントー道の駅湖北町みずどりステーション> 

   WC/水補給/食料購入/自販機

 
クイズは正面入り口の左横、赤郵便ポストの所にある。    
雨宿りの後、出発する。


イメージ 7

「道の駅湖北町みずどりステーション」で雨宿り


イメージ 8 イメージ 9

ビワイチ・チェックポイント「道の駅湖北町みずどりステーション」と クイズ



<琵琶湖水鳥湿地センター>
 
「道の駅湖北町みずどりステーション」の地続きに<琵琶湖水鳥湿地センター>がある。

 

水鳥観察塔より小白鳥を観察することができた。

イメージ 10
琵琶湖水鳥湿地センター(環境省 
 
イメージ 11
 水鳥観察塔より見る小白鳥

イメージ 12
                       湖北の小白鳥


 
<ビワイチ湖周道路は国道8号線「大音」で合流する>

ビワイチ・サイクルルートは、ここ信号交差点「大音」を直進し、すぐの県道514を左折、旧塩津街道を走ることになるが、今回は旧海道のトンネルの補修中で<通行止め>の標識あり。
途中、賤ヶ岳への入り口がある。

国道8号線に戻り、賤ヶ岳トンネルを通ることとなった。
トンネル左側歩道を自転車は走行することになる。

長いトンネルなので、ヘッドランプや点滅灯を点け、細心の注意を払い通り抜けたい。
車道走行は避けること、道幅が狭く、大型トラック通行が多く危険である。
 
<近江の歴史―賤ヶ岳の戦い

<賤ヶ岳の戦い>は、1583天正11)年4近江国伊香郡長浜市)の賤ヶ岳付近で起きた羽柴秀吉
柴田勝家の戦いである。この戦いは織田勢力を二分する激しいものとなり、これに勝利した秀吉は
亡き織田信長が築き上げた権力と体制を継承し天下人への第一歩がひらかれた。

明智光秀による本能寺の変後、後継者擁立にあたっての秀吉と勝家の反目は、互いに勢力を拡大
させていく中で、秀吉に仕える大名が相次ぐのをみた勝家は、雪のため動くことができずにいたが、これらの情勢に耐え切れずついに2月末、近江に向けて出陣した。

そして賤ヶ岳を中心に戦闘、凋落などを繰り返しつつ、柴田勢に加勢していた加賀の前田家の突然の撤退で秀吉は賤ヶ岳の戦いで勝利することになった。
そして秀吉は天下取りに邁進するのである。

この<賤ヶ岳の戦い>をはじめ、近江に隣接する<関ヶ原の戦い>のように、天下分け目の戦いがここ近江の国でなされてきたことに目を見張るのである。

 

賤ヶ岳入口写真右上の山が、賤ヶ岳である。

イメージ 13
湖周道路(県道4)と国道8との分岐「大音」交差点
 
イメージ 14
 ビワイチルート上にある賤ヶ岳入口


イメージ 15
国道8号賤ヶ岳トンネル(左側歩道)
 
イメージ 16
 塩津海道(旧国道8)にて湖岸を走り、ビワイチは木之本町飯浦から入る
                                                                          

<歴史にみる塩津海道>

塩津海道は「塩の道」とも言われるように、北前船で北国から運ばれた数多くの朱や海産物、
塩・米などは、まず荷駄にして敦賀から入って深坂峠を越え、沓掛、余、塩津中、そして塩津港へ
と運ばれ、丸子船に積みかえてびわ湖を縦断し大津へ、そして荷駄にして畿内へと送られていた。

また、万葉歌人紫式部らが越前へ行く際に通った道としても知られている。

塩津浜の1kmにわたる町並(塩津海道) を走ると、塩津海道筋には宿場として栄えた江戸風情が残る旧問屋宅や民家、旅人たちを迎えた船宿などがあり、宿場町の面影が色濃く残っている。
また、旧街道を走ると、白壁土蔵のある民家脇に「塩津海道」の標石にであう。
 
地図を見ると、今夜の露営地・大浦から北上する道(県道557・286号)は深坂古道の手前で塩津
街道(国道8号)に合流し、奥琵琶湖から出た西近江路(国道161号線)と塩津街道(国道8号線)の
二つの幹線は疋田で合流し敦賀に至っている。
 
塩津海道の盛んな荷動きをスムーズにするため、すでに平清盛時代にパナマ運河のような運河
づくりを計画していたことがわかっている。すなわち北前船敦賀からの運河を通し、塩津港を
経てびわ湖を縦断し、大津港へ直接入港させる画期的な、壮大な構想であった。

ロマンを感じるではないか。


 

 
 

     『びわ湖冬景色―近江の歴史をたどる老人自転車ひとり旅』 ⑩
                         (2019年2月19日) <▲ 姉川手前湖岸緑地公園 ⇒ 西浅井 大浦浜 30km> 
                       につづく