shiganosato-gotoの日記

星の巡礼者としてここ地球星での出会いを紹介しています。

2021星の巡礼『 いざ天王山! 山崎合戦跡を歩く 』

2021星の巡礼『 いざ天王山! 山崎合戦跡を歩く 』

 

<本能寺後の明智光秀 と 三日天下>

先に、明智光秀の最期の敗走ルートを歩いてみたが、その孤独な最期は京都山科小栗栖の「明智藪」で終わっている。 いま明智光秀の敗走の地となった山崎合戦場跡をながめる天王山(山崎城跡)に立って、その原因となった<本能寺の変>後の光秀の足跡を見ておきたい。

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         天下の分け目 天王山(山崎城址)(標高280m)山頂にて

 

ここでも、明智光秀を中心に天王山「山崎合戦」を眺めたい。

 

まず、本能寺の変や、山崎合戦の短時間での勝敗に驚かされるのである。

本能寺の変は、6月2日の早朝4時からの4時間で信長を自刃させ、本能寺を制圧。

山崎合戦は、6月13日の夕方4時半から秀吉軍との戦闘開始、秀吉軍の淀川沿いからの後方攪乱により光秀軍総崩れとなり、夕方7時には勝竜寺城への敗退となり、約2時間半の戦闘での秀吉軍の勝利で終わっている。

 

本能寺の変で、光秀と重臣達は「信長を討伐、天下の主となるべき調儀」を練ったあと、たてまえは上洛中の家康訪問ということで老ノ坂を越え、京都沓掛の備中高松城と京への分岐にいたる。

ここ沓掛の分岐ではじめて全軍に向かって「敵は本能寺にあり」と宣言。その後、約4時間の戦闘で、信長を自刃に追い込み、本能寺を灰燼に帰し、首級を上げられないまま制圧を終える。

また別動隊は、二条城にいた信長嫡男である信忠をも討ち取っている。

 

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               楊斎延一作 <本能寺の変>    (東建コーポレーション提供

 

本能寺の変後、光秀は主君を討った謀反人というレッテルを貼られ、盟友たちに天下取りへ誘うが、ほとんど断られている。その間に主君の仇討と勢いづく秀吉の「中国大返し」の尼崎通過を、本能寺変後の近江平定に力を裂いていた光秀が聴くのは「山崎合戦」の3日前の6月10日である。

ここでもたった3日間で光秀直属軍16000は、十分な兵力や装備など追加の戦闘準備を整える間もなく秀吉軍40000との山崎合戦を迎える。

 

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                歌川貞秀作 「山崎大合戦之図」    (東建コーポレーション提供)

 

戦闘開始から約3時間後の19時に勝竜寺城に撤退、そのまた数時間後には近臣数名と夜陰にまぎれて明智家本拠であり、家族のいる坂本城に向かって敗走し、またその数時間後の 6月14日未明に京都山科小栗栖の竹藪(光秀最期の地「明智藪」)で、地元百姓の武者狩りの槍に刺され傷つき、自刃の後、家来に首を斬らせている。

 

光秀最期の11日間の何と短いことか。歴史の節目の大切な時間を、光秀は己を見失ったように駆け抜けていることに驚くのである。

 

山崎合戦の戦場跡に立っても、その戦略なき戦術に光秀の狼狽ぶりを見るとともに、孤独な武将の想い通りにはいかない焦りを感じるのである。

 

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               小国碇 作「小栗栖之露」    (大山崎町歴史資料館提供)

 

光秀の無策や盟友の離反からか、すべての作戦にあたって短時間での決着を見ており、特に決起から自刃までの短期間をもって「三日天下」といわれている。

 

<天王山からの眺め>

天王山への登山路は<秀吉の道>ハイキングコースになっている。 秀吉軍のシンボルである千成瓢箪を掲げて見方を鼓舞したといわれる<旗立て松>から、山崎合戦跡の隘路を形成している大山崎の地形を見下ろしながら、光秀と秀吉のそれぞれの想いに馳せてみた。

 

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       天王山ハイキングコースにある<旗立て松>より<山崎合戦場>を眺める

        

       写真解説 : 左から右へ走る京都縦貫自動車道(手前)と交わる名神高速道路の

              大山崎インターチェンジ辺りが<山崎古戦場跡>である。

              京都縦貫に沿って流れる<小泉川>を挟んで両軍は対峙した。

              小泉川より奥(北東)に光秀軍、手前(南西)に秀吉軍が布陣した

              写真右端に三川合流点があり、大山崎が突き出て、隘路を形成している。

              ここ天王山から写真左端に伏見桃山城が望遠でき、

              その背後に光秀 最期の地・山科小栗栖<明智藪>がある。

 

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               天王山中腹にある「旗立ての松」 

 

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        古戦場を一望できる旗立松展望台に建つ<山崎合戦之地>石碑

 

 

振り返ってみて、光秀はなぜ死に急いだのか。

実直であり、慎重な光秀を「本能寺の変」、それに続く「山崎合戦」を決意させ、戦略なき作戦とみられる事変を実行させたのか。

本能寺の変」に先立って、愛宕山に参詣、必勝祈願をし、直前まで決められなかった謀反・主君殺しに対する迷いを払しょくするためにおみくじを三度もやり直し、大吉が出るまで引いたとも言い伝えられている。

 

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            大岩山(小栗栖-光秀最期の地)より愛宕山(中央)を望む

 

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          大岩山(小栗栖)より見る伏見桃山城(中央)の背後に天王山があり、

          ここ大岩山を背後に下った小栗栖に、光秀最期の地<明智藪>がある。

 

 

誰が見ても勝ち戦は見込めない一連の流れや、光秀本人が一番理解していた謀反に対する自己嫌悪があったにもかかわらず、なぜ最後の手段に訴えたのであろうか。

諸説が言い伝えられているように、そのすべてに悩み苦しんでいた光秀だとしても、光秀が己を少しでも見失っていなければ、己を押さえることのできる聡明な考えに従っていたと思うからである。

そこで考えられるのは幻覚と妄想というこころの病に侵されていたのではないかとの説を考えてみたい。

 

<レビー小体認知症説>

まず考えられるのは55歳という初老の光秀は、すでに幻覚と妄想を引き起こし、臭覚のマヒに侵されるレビー小体認知症にかかっていたのではなかったか、という説である。

光秀は、すでに幻覚の中で天下取りの自分に出会って、その気になっていたのではなかろうか。妄想はさらに、天下人となった自分を信長の立場に置き換えて、己の描く世を強く願っていたかもしれない。

また、レビー小体認知症にも見られるように、幻覚と妄想から覚めた自分との乖離に心身ともに疲労困憊していたとも思われる。

さらに追い打ちをかけるように、安土城での家康接待役での、腐った魚を出して信長に打擲・罵倒される仕打ちにあったことへの怨恨へと続いていったのではないだろうか。

さらに、光秀のレビー小体認知症の症状を悪化させるように、信長の丹波および近江坂本の領地を召し上げ、まだ敵国であった出雲・岩見への領地替えや、備前高松城攻めの総大将秀吉の配下としての下知など、光秀の自尊心や、服従心に疑問を投げかける命令が続いていた。

光秀はそれら信長からの不信感に耐えられなかったとみる。

本能寺の変前に、光秀はおのれの限界を押さえられなくなって暴走したといえる。

そこで考えられるのは幻覚と妄想というこころの病に侵されていたのではないかとの説を考えてみた。

 

<光秀の盟友たちの離反>

このような光秀の症状や苦悩を、光秀に近かった細川藤孝筒井順慶らは気づいていたのであろう。さらに彼らは、光秀の性格からして、天下人にはなりえないことを誰よりもよく認識していたといえる。現実に、彼らは光秀の期待に応えることなく、それぞれ理由をつけて光秀に与することはなかった。

本能寺の変後、すでに光秀から人心が離れ、光秀は裸の王様になっていたといえる。

 

細川藤孝は、光秀が長年にわたって親交を温め、互いに助け合ってきた盟友であり、娘たま(細川ガラシャ)を嫡男忠興に嫁がせるほどの仲であり、両家の結びつきは深かった。

婚姻関係は、互いの同盟関係であったはずである。光秀は間違いなく細川親子は自分の味方だと信じていたといえる。

しかし、細川藤孝・忠興親子が、光秀の本能寺の変後、髷を落してみずから蟄居したことを知って、光秀は三ケ条の覚書を送り、自分には今回の行動に私利私欲はなく、天下を狙ったものではないとのニュアンスを伝え、今後とも友情を深め、味方になって欲しいとの書状を送っている。

また領地に希望があれば申し出て欲しいとのことや、近国を固めたあとは隠居するつもりだとの内容を添えている。

盟友・細川藤孝のこころは、すでに本能寺の変の前に光秀から離れていたといっていい。

 

一方、同じく盟友であった筒井順慶の「洞ケ峠の日和見」は有名である。洞ケ峠は、京都八幡にある男山の南に続く峠である。

天王山「山崎合戦」前、男山に本陣を構える計画であった光秀は、その足で-みずから順慶軍が集結して、日和見を決め込んでいた洞ケ峠に出向き、半日かけて順慶を説得している。しかし順慶は、信長によって規定されていた大和の与力衆の意見に従って秀吉に与し、洞ヶ峠より兵を引いたのである。

振り返ってみると、光秀が最初に陣を張ろうとした八幡男山の後方にある洞ヶ峠に筒井順慶軍もまたすでに駈けつけていたのである。その後、光秀は秀吉軍の規模の大きさに対処するため、順慶の説得を諦め、男山の陣から山崎の平野部に本陣を移動させてしまっている。この時、筒井順慶の光秀離反は決定的になったのではないだろうか。

また順慶は、洞ヶ峠より見下ろした両軍の陣の優劣や、兵力の配置状況や、攻防の推移をも想像できたと思われる。

百歩譲っても筒井順慶は、光秀の恩に報いて、ただ一人でも光秀軍に参加してもよかったはずである。だが、順慶が光秀に与しなかったのは、先に述べた主君殺し・謀反という世間の光秀観に恐れをなしたともいえる。

 

しかし見事な盟友たちの離反である。賢明な光秀がいかに滑稽な役を演じたのか、最大のライバルである秀吉のその後の天下人への実績をみれば納得できる。

また、光秀を三日天下に終わらせてしまった秀吉の凄さがうかがえる。

当時、山崎合戦場を見下ろせたであろう天王山の山頂、山崎城跡に立って光秀の盟友たちにしばし想いをはせた。

 

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      天王山中腹より三川合流点越えに見える光秀本陣候補地であった男山(八幡)

     男山右手に下ったところに「洞ケ峠の日和見」といわれる筒井順慶終結地がある

 

 

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       明智光秀          細川藤孝            筒井順慶

 

<地の不利>

山崎の合戦跡に、戦いの始まった午後4時半ごろに天王山(標高280m)に登ってみた。西陽を背にしてみる山崎の平野部の目標物すべてがくっきり浮かび上がり、動きを正確に把握観察できる高さにある。

逃げ込める勝竜寺城を背に、陣をひいた光秀軍は、初戦から敗走の陣をひき、弱小軍のイメージを植え付けている。なぜ、奇襲奇策を練らず正面からの戦いを挑んだのであろうか。

光秀軍は、40000に近い秀吉の大軍を迎撃する戦略陣形ではないということである。

 

先述したが、光秀は当初、淀川対岸にある八幡、男山に陣を置こうとしたようである。

敵の天王山に対し、光秀は八幡の男山になぜ陣を残さなかったのであろうか。 秀吉側の大軍に抗しきれないと判断し、急遽山崎の平野部に本陣を移したというが、戦術的に敵の背後をつくと見せかける奇襲攻撃のための遊軍を男山に残さなかったのは光秀らしくない。

 

一方、秀吉の本陣や陣形は、天王山や太陽を背に、隘路付近を押さえ、万全の布陣であることが、天王山に立つとその地形的優勢がわかる。

文献によると、合戦の日は曇天で、前夜に降った雨で平野部にあった大きな沼付近の湿地帯はさらにぬかるんで足をとられたようである。

秀吉軍は、沼と淀川のわずかな地続きを突破し、光秀軍の側面、背後をついた時点で、光秀軍は浮足たち始めたと陶板絵図は語っている。秀吉軍の攻撃に、絵図の左側の光秀軍は後方にある勝竜寺めがけて敗走を始めているように描かれている。

 

地の利からしても、秀吉軍の有利が一目瞭然で、光秀軍は不利であることが判然としている。

 

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North         天下分かれ目の山崎合戦絵図  <天王山>          South                       (絵図は西から東を向いて描かれている。絵図をクリックすると拡大絵図になる。)

     

       絵図解説天正10(1582)年6月13日午後4時半ごろ、天王山と淀川の

            わずか200mの隘路から出てくるは秀吉軍を各個撃破する

            光秀軍の作戦が開始された。

            合戦が始まって1時間後に、秀吉は本陣を宝積寺より天王山の

            東(右端上)に移している。

            光秀の本陣は絵図左手に構え、後方の小畑川と前方の小泉川に

            挟まれている。

            また永荒沼の周りの湿地帯を戦場に選んでいるところに光秀軍の

            戦術をうかがい知ることが出来る。大軍を沼地に引き入れ討つ

            戦法と言えようか。

                 秀吉軍は、大山崎の村からと、淀川沿いに駆け抜けて光秀軍の

                 側面と背後に廻って攻勢をかけている絵図となっている。

                 合戦開始から1時間後のこの絵図でもわかるように光秀軍の一部

                 は、すでに勝竜寺城方面に向かって敗走を始めている。

                 山崎合戦は、午後7時ごろ秀吉軍の勝利で終了している。

                 約2時間半という短時間決着となった。

 

 

反対に、光秀側の各本陣にも立ってみた。天王山方面は、曇っていたにせよ西陽の明るさにより山をはじめ敵側が灰色に染まり眺望が一段と暗さを増していた。

 

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        山崎合戦場跡から天王山を望む          石柱碑<天下分け目の天王山 

                                                                                                                                         山崎合戦場跡>

 

 

午後5時頃の夕暮れの迫った合戦場(写真左)、光秀側より秀吉側を見た時の眺望、敵の動きが見えにくいことが分かる。写真中央に天王山を背景に石柱碑<天下分け目の天王山 山崎合戦場跡>が建っている。 (天王山夢ほたる公園にて)

 

山崎合戦や明智光秀本陣跡、光秀が坂本城へ敗走する途中に立寄った勝竜寺城について、大山崎教委員会と長岡京市の解説案内文を参考に載せておきたい。

特に、光秀本陣跡の地理的位置は特定されておらないので、大山崎町の「明智光秀本陣跡-境野1号墳」と、長岡京市の「明智光秀本陣跡―恵解山古墳」の2説を載せておく。

 

               <天下分け目の天王山 山崎合戦>

     「織田信長の天下統一は目前に迫っていた。天正10(1582)年6月2日、毛利攻めの

                  総仕上げに向かうため京・本能寺にあった信長を亀山城主で家臣の明智光秀が急襲した

     のである。

     手勢僅かの信長は紅蓮の炎の中で亡くなってしまう。世に言う「本能寺の変」の勃発である。                          この変によって光秀はポスト信長の最右翼に躍進した。

     3日「信長死す」の知らせは備中高松城で毛利の先鋒清水宗治軍と対峙していた羽柴秀吉

     元にも届く。秀吉は黒田官兵衛の進言により戦いを納めるため毛利との講和を急いだ。

     城主の切腹、開城を条件に講和を固めることが出来た。

     毛利の主力が引き上げるのを確認すると、世にいう「中国大返し」の始まりである。

     1日に50キロ以上を移動し京へ向けて突き進んだ。

     一方光秀は、京周辺の武将に同心,合力を求め書状を送るも応じる武将は少なく、

     娘が嫁いだ丹後の細川藤孝、忠興父子にも見放されてしまった。

     12日羽柴軍は摂津富田に進行。 光秀は京から桂川を渡り、長岡・勝竜寺城付近に主力を展開

     した。

     13日午後4時頃、大山崎荘の町場外れを流れる円明寺川(現小泉川)を挟んで羽柴軍36000,

          光秀軍15000の軍勢が対峙した。

                 そして午後4時30分頃合戦の火ぶたが切って落とされる。高山右近中川清秀池田恒興等摂津

                 に いる主要な武将を味方につけた秀吉軍は一方的に攻め、わずか1時間余りで勝利を収めた。

                 大山崎の住人は合戦に巻き込まれることなく住んだことに安堵したことであろう。

                勝利した秀吉は天王山頂から山麓に山崎城を築城し、大山崎から天下統一を目指すことになる。」                                                                                                                                         大山崎町教育委員会

 

    明智光秀本陣跡-境野1号墳>

     「境野1号墳は天正10(1582)年6月13日夕刻に起こった天下分け目の天王山<山崎合戦>

     の時、明智光秀の本陣が置かれた場所ではないかと考えられている。

     <太閤記>の記述に御坊塚に光秀本陣が置かれ、兵力は五千有余とあり、当時周辺の地形を考慮

     すると、当古墳上が本陣に利用されたものと考えられている。

     古墳のある場所は標高25.2mを測り、周辺に比べるとひと際高く、天王山や西国街道方向に

     視界がひらける。羽柴秀吉の軍勢と対峙し、味方の軍勢を把握して指揮するのにうってつけの

     場所が、本古墳であったと云える。

     合戦は圧倒的な兵力を誇る秀吉軍の勝利に終わる。光秀はわずかばかりの手勢を伴い勝竜寺城

     から近江坂本城に向かう途上、山科小栗栖で落ち武者狩りの村人の手にかかり、無念の最期を

     遂げたといわれる。」                        大山崎町境域委員会)

 

    

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                光秀本陣跡(推定)<境野1号墳> 

    

    

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           <境野1号墳>隣接の墓地から天王山を望む

 

    <明智光秀本陣跡―恵解山古墳>(いげのやまこふん)

     織田信長明智光秀に倒された本能寺の変の直後、羽柴(豊臣)秀吉と光秀が激突した

      山崎合戦 は、あまりにも有名であるが、恵解山古墳も、この戦いの舞台ともなった

      可能性がある。

      発掘調査で、当時の土器片とともに火縄銃の鉛弾が出土している。また、後円部にある

      現在の墓地が棚田状に3段になっていることや、前方部に大きな掘り込みがあることも、

      光秀方が恵解山古墳に陣をおいた際の造作である可能性がある。」 

                                  長岡京市教育委員会

     

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                光秀本陣跡(恵解山古墳)

 

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             光秀本陣跡(恵解山古墳から天王山を望む              

 

     

<秀吉軍本陣跡>

秀吉軍本陣はそれぞれの役割に従って3か所あったと推測される。

中国大返しの時に秀吉が入った兵站総合指令所としての本陣<高槻・上宮八幡宮>と、

合戦総合指令所としての本陣・天王山麓にある<宝積寺>、

そして前線本陣として<大山崎瓦窯跡>付近に設けられたと推察される。

 

     

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左: 高槻・上宮八幡宮境内にある<山崎合戦秀吉本陣跡>石柱

                右: 天王山麓にある<宝積寺>に秀吉本陣があったともいわれている

 

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           秀吉軍合戦場最前線本陣跡と推測される<大山崎瓦窯跡>

          (当初予定された光秀軍本陣 男山(八幡)が正面に見える)

 

 

<戦闘開始時間の疑問>

なぜ、朝早くの戦闘開始ではなく、夕方近くの戦闘になったのであろうか。ここにも光秀の誤算があったような気がする。多分秀吉側の理由に、光秀側が巻き込められて夕方からの戦闘開始になったのではなかろうか。光秀軍は、兵力の大差、主君殺しの天下取りという謀反軍という心理が働き、すでに戦いへの意欲が薄れていたように思える。

 

次に、山側の陣地と、平野部の陣地では戦の仕方、難易が違ってくるのも当然である。

光秀側の事情は、本能寺の変後の味方してくれるはずの武将が動かなかったことにより、秀吉軍の約40000の兵に正攻法での対峙が出来なかったといえる。。

故に、高地の男山をあきらめ、<大山崎>の地の利である隘路から進出攻撃してくる敵を各個撃破する作戦に切りかえ、山崎の平野部にある隘路出口で待ち伏せする作戦をとったようである。

しかし、当日の天気にもよるが、湿地帯の泥濘に足をとられたにせよ、相手の勢いに押された光秀軍は勝龍寺城への敗走が続き、その日の夕刻7時頃には勝負がついたとある。

 

  <山崎合戦 と 勝龍寺城

   「元亀2年(1571)には、織田信長の意向を受け、細川藤孝によって大きく改造された。

    藤孝在城時の勝龍寺城は、小畑川・犬川に挟まれ神足と勝龍寺の集落を含む、いわゆる

    惣構の城郭として評価されている。

    天正10年(1582)6月2日、本能寺で織田信長を討った明智光秀は、同6月13日に、

    山崎合戦で羽柴秀吉と戦う。主戦場は山崎から勝龍寺城の間一帯で、天王山を奪い

    合う戦いではなかった。

    一部の軍記物語には、光秀は「おんぼう(御坊)塚」に本陣を置いたとあり、

    これについては恵解山古墳(長岡京市)と境野1号墳(大山崎町)の2説がある。

    戦いに敗れた光秀は、いったん勝龍寺城へ逃げ込み、夜中に城を脱出して居城の

    坂本城大津市)を目指した。しかし、途中の山科・上醍醐付近で落ち武者狩りに

    遭い命を落としたという。

    寛文5年(1665)の絵図には、小泉川を挟んで対峙する両軍の陣が描かれている。」

                         長岡京市の案内板より一部抜粋)

 

   

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                      山崎合戦布陣図       (長岡京市教育委員会提供)

 

では、次に光秀をとりまく不利とされる所説を見ておきたい。

 

<民の不利>

地の利でみたように、天王山と三川合流点(桂川宇治川・木津川が合流し、ここ大山崎から淀川となって大阪湾に注ぐ)の間の200mほどの隘路の大山崎(大きい山が突き出ている先)には、当時すでに現在と同じく商家や旅籠、人足や馬屋などが密集した河川陸上の交わる宿場があり、ロジスティックの中心であった。

信長も大山崎の地の利を最大限に生かし、商売繁盛に力を貸していたのである。大山崎の商売は信長という天下布武をまっしぐらに突き進んでいた武将によって守られていたといっていい。

その証として、信長は大山崎の町衆にお墨付きとして<禁制>(きんぜい・戦火より町を守るという一種の誓約書)を発行していたのである。

天王山の山崎の合戦でも、町衆は信長発行の<禁制>の実行を光秀にせまり、光秀からも山崎の合戦から町を守るという一種の誓約書をとっていたようである。結局、この隘路(大山崎の街の密集地帯)においての秀吉軍の各個撃破も曖昧となり、秀吉軍に容易に隘路突破を許したようである。

秀吉軍は、主君の発行した<禁制>をうまく利用したのと、町衆の信長寄りの姿勢に助けられ、光秀軍の隘路作戦を打ち砕き、早い段階で勝敗は決していたといえる。

 

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           織田信長禁制(東寺国境)が大山崎の油座にも発行されていた

 

信長の天下布武の捺印が押された同じ「禁制」が大山崎村の油座にも発行されおり、光秀は大山崎を戦いに巻き込むが出来なかった。反対に、主君信長の仇討を掲げる秀吉は大山崎の村をなんなく駆け抜け、光秀軍の側面と背後を突いている。

 

<時の不利>

なぜ光秀は、備中高松城攻略の加勢のため京都滞在中の信長を、この時期に討ったのであろうか。信長の天下布武邁進の絶頂期にである。

商売(楽市楽座)繁盛政策をも推し進めていた時期、信長の天下統一が見えていたにもかかわらずにである。

不思議であり、理解しがたい所がある。

もちろん、8歳ほども年下であり、それも55歳にもなった己を足蹴にし、折檻するなど、どうにも我慢が出来なかったのであろうが、いや、光秀にはそれに耐えられる教養と己を律する修養を長年積んできたはずである。

光秀は教養人であり、朱子学儒教思想論語を学び、主君への絶対的服従や道徳や倫理という価値観を誰よりも身に付けていたはずである。

その光秀が、本能寺の変で信長を自刃に追い込み、<主君殺し・謀反人>というレッテルを背負ってまで、何に対して忠誠を誓ったのであろうか。

戦国時代の主君殺しは、それ自体下剋上だとしても、正当化しない世論が形成されていたともいえる。

山崎の天下分かれ目の戦いでも、<主君殺し>により、味方であるはずの武将が離れ、庶民の味方をも敵に回してしまった光秀は、この山崎の合戦を聖戦と考えていたであろうか。

そこには光秀の戸惑いと、自責の念と不安が渦巻いていたように思えてならない。

 

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             織田信長が加納に掲げた制札 (円徳寺所蔵文書より)

          (札中ほどに、<一、楽市楽座之上、諸商売すべき事、>とある)

 

 

<噂の不利>

そこまで追い込んだものは一体何だったのだろうか。

多くの説が取り上げられているが、実母に対する信長の仕打ちや安土城での接待への信長の不機嫌に対する<怨恨説>、天皇や公卿による朝廷側の<そそのかし説>、ノイローゼ説、認知症説、二重人格説、天下取りの<野望説>や将軍義昭による<陰謀説>、秀吉が天下取りのために仕組んだ<黒幕説>のほか諸説がある。

最近では、安土城での家康接待にあたって、腐ったものを宴席に出したと怒って信長が光秀を打擲したのを受けて、光秀はレビー小体型認知症であるうつ症状や匂いに対する認知機能が低下していたのではないかという説まで出てきた。

かかる多くの説の言い伝えにより、光秀のミステリアスな行動に注目が集まるのであろう。

 

 

<策の不利>

本能寺の奇襲成功に対し、天下分け目の山崎の合戦では、平凡な戦をし敗れている。

少数をもって多数の群を打ち破るには光秀は奇襲を策すべきであったでろう。

天王山を先に秀吉軍側に抑えられたことも腑に落ちないが、もしそうだったにしても天王山の背後から奇襲攻撃をかけてみる必要があったと思われる。

負ける戦と知ってか、平地に本陣を構える結果となり、相手を打ち負かすという気概が最初からなかったのではないかと見て取れる。最前線の<境野1号墳跡明智光秀本陣>(または<恵解山古墳跡明智光秀本陣>)、そして最終的に逃げ込んだ<勝竜寺城>をも捨て、坂本城への逃避と、半日の間に目まぐるしく敗退移動を繰り返している。 

これらの撤退敗走に、友軍はどのように見ていたのだろうか。天下取りの合戦とみて参加した将兵の無残な姿が目に浮かぶようである。

 

 

<天下分け目の天王山-山崎合戦>

また秀吉が戦っていた毛利側が、秀吉の背後をついてくれることに期待をかけたがその気配もなく、光秀の望みは絶たれ、わずか16000名で合戦に臨むことになった。

光秀のもう一つの誤算は、淀川等三川を背にした陣(難攻不落の陣)を敷けなかったことにあるといえる。

先にも述べたが、一説によると〈禁制・きんぜい〉を守って三川を背に立ち並んでいた町家を避けて、本陣を平野部に移動させたところによる布陣の失敗である。信長が町衆と「禁制」を交わしていた約束を光秀も守ったためだといわれている。

斉藤利三ら参謀による坂本城亀岡城に籠城して軍勢を整えてからの合戦を光秀に進言した。しかし光秀は、山崎での決戦を命じている。また、戦略上重要な三川合流点と天王山の間に横たわる<永荒沼>さえ秀吉側に突破されてその地理上の防禦地点を確保できなかったことにもよる。

 

信頼厚い武将 齋藤利三の戦略・献策にも関わらず、光秀の性格である情深さや、領民や家族のことを大切にしてきた己の生き方に従うとともに、信長のような血なまぐさい無慈悲な戦を避けたかったのであろう。地元の坂本や、亀岡を避け、ここ山崎の地での合戦を決したとも思われる。

あとは時間の問題、その日の夕刻7時、陽は沈み勝敗は決してしまっている。

 

さらに、天王山を秀吉側に先に制されたことにより、平野部に陣をひいたことであろう。もし天王山の張り出し(大山崎)と三川を背後にした布陣であれば、隘路を抜ける秀吉軍を許さず、もう少し持ちこたえられたかもしれない。

やはり近習の武将を味方につけ、大山崎の地形を熟知していた秀吉側の勝利はすでに決していたといえる。

合戦布陣図からもわかるように、両陣営の対面する小泉川(円明寺川)は平野部から沼地に入り込んで湿地帯を形成していたことが分かる。光秀軍の劣勢は、合戦前すでに光秀もまたその軍団も認識していたように思える。

見てきたように、天下分け目の合戦は<天王山>ではなく、東側に広がる淀川沿いの湿地帯で行われた。 そして約2時間半の戦闘で、光秀は秀吉軍に敗れ、背後の勝龍寺城に逃れ、山崎合戦は終る。

 

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            山崎合戦の両軍布陣を現在の交通網からみる

            (現在、永荒沼は干拓され住宅地である)

 

 

その後、退却の勝龍寺城より夜が更けてから近臣数名と共に居城である近江坂本城に向かって敗走する。途中、山科小栗栖に差し掛かった時、地元の百姓による落ち武者狩りにあって、重傷を負い、自刃して果てる。

 

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      勝龍寺城 (光秀三女玉輿入れの城・山崎合戦後敗退した城・坂本城への敗走の城)

 

ここに「山崎合戦」は終結し、勝者である秀吉は天下取りに邁進し、政治的にも、経済的にもまた、文化的にも覇者となっていく。

 

勝龍寺脱出以降の光秀敗走については、ブログ『明智光秀最期の地を歩く』を参照願いたい。

 

 

shiganosato-goto.hatenablog.com

 

 

 

                                      『いざ天王山! - 山崎合戦跡を歩く』

                    

2021星の巡礼『明智光秀最期の地を歩く』

2021星の巡礼明智光秀最期の地を歩く』

 

明智光秀最期の敗走ルート<小栗栖の竹藪>を歩く

 

NHK大河ドラマ麒麟がくる」が終盤に差し掛かったころ、わが家では明智光秀織田信長の性格の違いから、両者の血液型が話題になり、光秀の人となりを論じ合ったことがある。

 

天下統一を図った信長の女房役として、知性と良心あふれる才能を備えた智将が、夫婦間のつもりに積もった行き違いから、主君殺しという破廉恥な所業となり、共に倒れてしまった悲運な関係を解明するためであった。

 

今まで多くのNHK大河ドラマに接してきたが、幾つかを除いて真剣にまた楽しく年間を通して視聴することはなかった。

今回の「麒麟がくる」は、主人公 明智光秀が治めていた西近江の領地であった滋賀郡(志賀町木戸)に在住しているという親しみからと、明智光秀人間性に関心を持ったからである。

 

また晩年の光秀を輝かせ、栄光と挫折を見届けた坂本城が比叡比良連山の麓のびわ湖畔にあったことや、光秀の主君 織田信長天下布武安土城がこれまたびわ湖を挟んで我家と坂本城との三角点上に結ばれている地縁からでもある。

 

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                CG復元 坂本城

 

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                 CG復元 坂本城

 

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               坂本城と城下町のCG俯瞰図

 

麒麟がくる」をより理解し、歴史上の明智光秀の鬱憤と無念を少しでも晴らすためにもと、近くの明智光秀最期の地「明智藪」を歩き、万全の夫婦関係であったと思われた安土での信長による光秀への折檻の情景を想い描くために安土城天守閣跡に立つとともに、坂本城址や山崎の合戦の跡を歩いて光秀のこころの動きに触れてみることにした。

 

いまから439年前の天正10(1582)年6月2日に起こした「本能寺の変」前後の光秀の足跡は、すべて近江坂本城を中心に動き、山崎の合戦後 勝龍寺城大山崎)より坂本城への敗走の途中、後の秀吉築城の伏見桃山城跡となる森を経て、大亀谷から竹藪の続く大岩山の麓 小栗栖の地にさしかかった時、地元の百姓による落ち武者狩りにあい、竹槍で無念の最期を遂げたと伝えられている。

 

光秀の血液型論争は最後に回すことにして、まずはボーイスカウトとして青少年時代歩き回ったハイキングコースである伏見桃山城(京都市伏見桃山)から大岩山(標高182m)経由小栗栖(京都市伏見区醍醐)に続く竹藪のなかの<光秀敗走コース>を60年ぶりに再び歩いてみた。

 

スカウト隊長をしていた1961年当時、この辺りは伏見桃山城の再建もなく、明治天皇陵から桓武天皇陵に続くうっそうとした森林でおおわれ、一大原生林であった。昼なお暗く、起伏にとんだ丘陵地は京都市伏見に団本部を置く京都ボーイスカウト第11団ボーイスカウト隊の格好の訓練の場であった。

当時はその北続きに大きな貯水池があり、その先の大亀谷から竹藪の中の細い道を東北に上って行くと大岩山を経て小栗栖にたどり着いた。

 

大岩山頂(標高182m)から京都市内や西山、遠くにそびえる光秀も本能寺の変の前夜訪れた愛宕山(標高924m)を眺めながら飯盒炊爨(はんごうすいさん・火を焚いて食事を作ること)に汗を流し、スカウト訓練をしたものである。手旗信号やモールス信号、縄結び、自然観察、追跡サイン、宝探しなど懐かしい思い出がいっぱいつまった山である。

 

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           大岩山(標高182m)より京都市内・愛宕山(右端)を望む

 

現在は、大岩山の近くまで住宅街が広がり、その姿は一変しているのに驚かされた。

とくに大岩山頂上付近は太陽光パネルが引き詰められ、土木関係の資材置き場となり、スカウト時代のハイキングコースの面影は、今はない。

ただ救われたのは、現在も「京都一周トレイル」として多くの市民ハイカーに親しまれていることである。知らずのうちに<光秀敗走路>をたどり、光秀と共に歩かれていることに歴史を感じていただければとこの紀行文を書き綴っている。

 

さて大山崎勝龍寺城を出て、居城である坂本城に向かって敗走のため光秀がたどっていた小栗栖の村へは、ここ大岩山頂より1㎞ほど手前の、Y字路を右へ曲がり、竹藪の小径を下っていく。

 

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            トレイル標識のあるY字路を右に入り竹藪の坂を下る

 

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           光秀一行もこの竹藪小径を下って小栗栖を目指した

 

坂道は急であり、曲がりの多い昼なお暗き竹藪でおおわれている。

竹藪のトンネルを抜けると畑が現れ、人家が立ち、小栗栖(石田)に出たこの辺りから現在は舗装された道に変わっている。

 

その最初のY字路、ここに光秀が通ったとされる小道(現在の路地)がひっそりと残されている場所がある。

Y字路を左に曲がり最初の家の右側に細い路地が残っている。この路地が手つかずの光秀の足跡を残している「光秀小栗栖敗走ルートの原始の姿」であると地元の老人が説明してくれた。

その右手の屋敷が老人の家で、その屋敷右隣にある細くて急なセメントの坂道が竹林の山に30m程延びており、突当りの立入禁止札の左手より手作りの階段を下りて「光秀小栗栖敗走ルート」である竹藪へと続いていく。

 

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        左の白い鉄柵に沿って唯一の<古来からの光秀敗走路>の一部が残っている

   中央の細いコンクリート坂道を上がり、突当りの左手の手掘りの段々を下りていくと敗走路に続く

 

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           <唯一の古来からの光秀敗走路>といわれる現存の路地

 

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  中央の細いコンクリート坂道を上がり、突当り左手竹藪の段々を下りていくと、光秀敗走路に続く

 

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            竹藪を下りていくと<光秀敗走路>に続く

 

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              光秀敗走路<小栗栖の竹藪>が続く

左手に大岩山よりの小さな水の流れや湿地を見ながら、うっそうとした竹林に挟まれ、汗をにじませてなだらかな坂を上って行くと、低い峠を越えて小栗栖(小坂)の村に向かって再び下っていく。

 

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            峠を越えて下っていくと小栗栖(小坂)の村へと続く

 

この竹藪を通る小径「光秀小栗栖敗走ルート」上には、わざわざ公道であるとの標識が貼られ、小径の崩落を防ぐため同好の士のマナーに注意を与えている。お互い光秀敗走小径を探訪散策するときは、竹の子畑の柔らかい赤土の崩壊を防ぐための土止めの竹柵には注意したいものである。

 

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           小径の崩落を防ぐため同好の士のマナーに注意を与える標識

 

峠から少し下ったT字路の右手に昔からの由緒ありそうな苔むしたお墓が十数基立ち並んでいて、この墓のいくつかは光秀一行を見守っていたのかもしれないと想像を豊かにさせてくれた。

その墓のほとんどの墓石に同じ家名<石田家先祖の墓>(石田は小栗栖所在の地名でもある)が見られる所から、この墓の中の人の内、歴史上の偶然かもしれない光秀最期の瞬間に立ち会った人たちがいたのかも知れないとも考えてみた。

 

光秀最期の地であった小栗栖の村民は、この苔むした墓石群の沈黙のように光秀の最期についてのすべてを封印したあと、長きにわたって沈黙を通してきたように思える。

 

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               小栗栖石田在の石田家先祖の墓石群

 

 

先に述べた竹林に囲まれ古色蒼然とした一列に並んだお墓群と語り合っていた時、この付近一帯の竹の子畑を管理し、育てているお墓の子孫とおもえる青年に出会った。

彼によるとこの道こそ「光秀小栗栖敗走ルート」であり、光秀はこの先で小栗栖の村に抜け出る前に、武者狩りにあって最期を遂げたと語ってくれた。

 

竹藪は太陽の陰りで一瞬暗くなり、光秀敗走の小径は今にも消え去りそうであった。

 

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その先のひらけた畑を左手に小栗栖墓地を見ながら進むと、右手に学校があり(小栗栖宮山小学校)、さらに進むと住宅街(小栗栖小坂)に入り、右手に「明智藪」という手書きの標識がある。

標識に従って200m程、本経寺を左に見ながらすすむと、左手に石碑「明智藪」が建ち、その先の植栽の竹林に明智光秀最期の地である「明智藪」がある。

 

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      竹藪を抜けると左手に<小栗栖墓地>、右手に<小栗栖宮山小学校>が見えてくる

 

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     小栗栖小坂に入ってY字路右手にある<本経寺・明智藪 右170m➡>の標識に従って進む

            (写真は来た道を振り返って写している)

 

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               明智藪>石碑と歴史案内

               (この先右手に明智藪跡がある)

 

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    木札<明智藪 天正10年6月13日 明智光秀が討たれたといわれる場所>と 浮世絵版画

 

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           明智光秀の最期 浮世絵「小栗栖の露」 画・小国政

                大山崎町歴史資料館提供)

 

現在は周囲の竹林が伐採され、ボーイスカウト時代の竹林の面影は完全に失われ、住宅地に生まれ変わる日を待っているようである。

残念だが、月日は移りいつの日にかこのささやかな記念碑の立つ手植えの竹林も住宅の中に埋もれてしまうのであろうか。

  

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       明智藪周辺の景観 <正面の明智藪の背後の醍醐の街、右手に本経寺の墓地>

 

400年近く風化した史実は、竹林に埋もれ、沈黙に閉ざされていたが、大河ドラマによって人々の記憶に宿り、明智光秀という人物像に光を当てたことは確かである。

ドラマには取り上げられなかったが、光秀の最期の竹藪を歩き、悲哀なる武将の気概に触れたいと、忘れ去られたこの地を訪れる人がいることに、埋もれた歴史のなかにかすかな光を見る思いがした。

この日も、数組の若いカップルが「明智藪」で手を合わせている姿に出くわした。

 

わたしたちボーイスカウト時代に歩いたハイキング<小栗栖コース>は、当時1964年開催予定であった第一回東京オリンピックに合わせて、国土開発の真最中であった。ここ大岩山頂からは、間近に名神高速造成中の竹藪独特の赤茶色の帯状の土がむき出しに東西に盛られ、京都を南北に分断していたことを記憶している。

 

そしてさらにその北、京都を二分する新幹線の高架の土台が延々と出来上がっていた。

この2つのインフラ整備開発は、1957に着工した名神高速と、1962年にモデル区間が出来上がっていた新幹線の大動脈であり、経済高度成長期1960~1970年代のシンボルとしてその大役を果たすこととなった。

この地で亡くなった光秀もまた、歴史の移り変わりを見守ったひとりかもしれない。

 

 

なぜ彼は、当時としては高齢者(56歳)であったにもかかわらず、主君を討ち果たすまで思いつめたのであろうか。なぜ隠居して人生を謳歌しなかったのであろうか。

人生は十人十色といわれるが、光秀は哀れであるとみるか、滑稽であるとみるか受け取るひとにより異なるといえる。

 

いや光秀は、信長という主君の想い描く世には絶対させたくなかったがゆえに、体を張って信長の想い描く世界を阻止したのではないだろうか。

自分の人生模様を、彼は後世に箴言として残しておきたかったのではとふと思った。

ただ沈黙を守る光秀に、歴史の風化を感じる一方で、光秀の想いが何時の世でも静かに受け入れられているような気がしてならない。

 

最後に、NHK麒麟がくる」の結末は、見る人それぞれに結論をゆだね、無難な終わり方で幕をひいたところに私としては不満が残ったのである。

この大河ドラマは、現代の光秀論として一考察を残すべきであったと思う一人である。

またいつの日にか、光秀は取り上げられるのであろうが、それは半世紀のちかもしれない。その時もまた光秀像は曖昧に語られ、今と変わっていないような気がしてならない。

 

 

明智藪>(あけちやぶ) 京都市伏見区小栗栖

近江国坂本城主 明智光秀は1582年(天正10)6月2日早朝、中国地方出陣のため上洛していた織田信長を京都 本能寺に襲撃して自刃させた。

その後、光秀は6月13日山崎の合戦で秀吉軍に破れ、近臣10数名と共に坂本城を目指したが、途中、ここ小栗栖にさしかかったところを信長の近臣小栗栖館の武士集団飯田一党の襲撃により、あえない最期を遂げたといわれる。

この明智藪は、今日にいたるまで戦国武将明智光秀の終焉の地として伝えられており、現在は西側にある本経寺の寺領となっている。」<明智藪案内標識より>

 

本通りに戻り、明智藪の標識の右手階段を上がると小栗栖館があったといわれる「小栗栖八幡宮」がある。信長の近臣小栗栖館の武士集団一党が明智待ち伏せ、打ち取ったとする地元の説もうなづけるのである。

京都近在小栗栖の衆が、本能寺の変後の山崎の合戦の報に接し、中でも信長の近臣であったとすれば、主人の仇をとるべく待ち受けていたとしても不思議ではない。

そのなかに先程出会った墓石群の石田家の人たちも歴史の証人として立ち会っていたかもしれない。

 

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             小栗栖館があったといわれる「小栗栖八幡宮

 

 

勝龍寺城坂本城間の抜け道としての小栗栖ルート>

山崎の合戦に敗れた明智光秀は、最期の夜逃げ込んだ勝龍寺城(しょうりゅうじじょう・京都府大山崎町)で休息し、闇夜に乗じて供回りと共に城を出て、居城である坂本城に戻るため人目のつかない間道をとおり醍醐にある小栗栖をへて近江の国へ抜けようとしていた。途中、小栗栖の竹藪で武者狩りの百姓の手にかかって最期を遂げたという説が、先にみたように有力な通説となっている。

明智光秀の野望は、俗にいう三日天下としてついえたのである。

 

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勝龍寺城は、信長の命により摂津と山城の境を守るため細川藤孝が築城した。光秀の娘たまは、細川藤孝の嫡男忠興と祝言を上げ、3年間の結婚生活をした城でもある。

姻戚関係にあった明智家の坂本城と、大山崎にあった細川家の勝龍寺城との間では頻繁に出入りがあったであろうし、そのルート(経路)も両家の密使の道、忍びの道、馬の道、物資運搬の道と幾つかの往来のルートがあったと思われる。

 

光秀敗走の道は、人目につきにくく、最短で、忍びの道であったと推測できる。

<小栗栖敗走ルート>も淀川沿いの間道を伏見に出て、現在の明治天皇陵のある桃山の森に入り込めば、身を隠し素早く動け、大亀谷からの竹藪に身を隠しながら小栗栖まで前進できる。

あとは推測だが、醍醐寺の裏手から高塚山(標高485m)、牛尾観音(標高364m)を経て音羽山(標高593m)に至り、逢坂の関(標高164m)より三井寺から坂本城に入るコースもあったのではないだろうか。

 

 

明智光秀敗走の小栗栖ルート と その前後の推定敗走ルート>

秀吉軍との<山崎の合戦>後の光秀敗走ルートを推定し、足取りをたどってみた。

 

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(敗走ルート概略図は、図をクリックし、拡大したうえで参照願います)

 

では、光秀敗走ルートを概略図の順番➀~㉑に従ってたどってみたい。

 

①山崎の合戦で、6月13日秀吉軍に敗れた光秀は、

 逃れた大山崎勝龍寺城を6月14日未明に脱出➡

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②淀川沿いの間道を夜陰にまぎれて進み➡

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 大山崎三川合流地点付近 (桂川・淀川・木津川)

 

③淀川(宇治川)にかかる観月橋付近より➡

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④森林の丘陵地帯(現在の明治天皇陵あたりから)に分け入り➡

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⑤(現在の伏見桃山城あたりの)森林のなかを進み➡

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  光秀時代、伏見桃山城はなく、森であった

 

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《現在、光秀敗走ルートとして明らかになっている大亀谷の竹藪から

 光秀最期の地といわれる光秀藪までを歩いてご案内したい》

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➅現在の貯水池(伏見北堀公園)あたりから竹藪の続く大亀谷に入り➡

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⓻大亀谷の竹藪を進み➡

 

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➇大岩山頂手前Y字路を右へ入り、竹藪の続く坂を下ると➡

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 Y字路の「京都一周トレイル」標識を右に入る

 

⑨小栗栖村(石田)の入口Y字路に到達➡

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⑩Y字路を左折したすぐ左手に<古い光秀敗走路の路地>があり➡

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 ⑪約10m先の左手にあるセメント小道を上がり➡

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⑫立入禁止標識左手の竹林に造られた手作りの赤土段々を斜めに下ると➡

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    手作りの赤土段々を斜めに下ると     <光秀敗走路である小栗栖の竹藪>に続く

 

⑬竹藪がつづく敗走古道のゆるやかな上りが700m程続き低い峠を通過➡

⑭峠を下っていくと➡

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⑮T字路直進(右に入ったところに石田家先祖代々墓石群)➡

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⑯左手に「小栗栖墓所」を見ながら進むと➡

⑰右手の「小栗栖宮山小学校グランド」を過ぎて➡

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アスファルト道を現在の小栗栖(小坂)の村に入る➡

⑲右手の「明智藪」の標識に従って左折➡ 

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 来た道を振り返っての写真なので、右手に入って行く

 

⑳本経寺前を通って道なりに進むと➡左手に「明智藪」石碑」あり➡

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          本経寺                   「明智藪」石碑」

 

㉑ その先に「明智藪」(光秀最期の地)標識がある

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   光秀の敗走は、ここ明智藪で終わった

 

 

以上の小栗栖ルートは、シニア(年長)スカウト時代、ビバーグ(野宿)しながらオーバナイトハイクした時に一度歩いたルートでもあり感無量である。

ただ、光秀一行が敗走路としてあえて難儀な竹藪の続く小栗栖ルート>を選んだのは、すでに秀吉軍によって坂本城への主な道が抑えられていたためであろう。

最期の地 小栗栖より先は、さらに厳しい山道を進むことになっていたと推察する。

もちろん最短コースは、現在の国道171号線大山崎より京の都に入り、堀川通りを北上、御所の北に東西に延びる今出川通りから、山中越えに入れば坂本城に簡単に到着できるはずだから、光秀は敗退という辛酸をなめながらの苦難の敗走となったといえる。

 

この概略図は、光秀一行が小栗栖ルートを選んでいたことからの推論であり、私見であることを申し添えておく。

 

さて、先に述べた光秀の血液型は、A型と、AB型に分かれ論じ合った。

AB型論は、人間関係に不器用で、秀吉のように調子者で、要領よく立ち回り、ゴマをする奴が嫌いなタイプであると言い、一方主人に誠実に仕え成果を上げるが、自分の信条で動いてしまい不信感を持たれるタイプでもあるという。誠心誠意仕える割には逆切れや怨念を持つタイプでもあるという。

 

A型論は、常識的にいえば光秀の性格はA型そのままだと主張する。

忍耐強いが、本能寺にみられるように我慢の限界を越えると一気に爆発する性格である一方、合理的で我慢強く、真面目であるが、猪突猛進という欠点をも併せ持っていたと主張するのである。

 

あの世にいる光秀も、久しぶりに本能寺の変を思い出し、その前後の自分らしくない戦略と戦術なき作戦を反省し、盟友たちの先を見る確かな目に感服するとともに、またまた秀吉に一本やられたと苦笑しているように思えてならない。

 

 

明智光秀終焉の地>

日蓮本宗 本山要法寺の末寺で1,506年に創建。
江戸時代には「小栗栖檀林」という僧侶の学校があり,その跡地に現本堂、墓地等が整備された。本能寺の変後、その最後には諸説あるが、近江の坂本城へ敗走中、落武者狩りに遭って落命したとされる竹藪が本経寺裏に残る。この小栗栖の地が明智光秀の終焉の地であることにより供養塔を本堂左手に建てた。」 (本経寺 当山識より)

 

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      明智光秀公終焉の地」木札         明智日向の守光秀公供養塔

 

 

明智光秀の死と、死後の影>

光秀最期の地に続く、巨大な竹が無数に横たわった昼なお薄暗き竹藪に踏み入ったとき、最初から最後まで光秀の影に寄り添い、離れなかった一人の人物を想い描き続けていた。

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           光秀敗退小栗栖ルートに迫りくる現在の竹藪の惨状

 

光秀に関して、これほど諸説が多い、ミステリアスな武将は少ない。

あまりにも<なぜ>という疑問符と、<Why?>という問い返しの多い人物が、である。

知略家である反面、極悪ではなく清貧に生きた武将として、また大器晩成型の苦労人として伝えられ、庶民に近い生活をした人物として、隠れた人気が現代にまで引き継がれている不思議な人物である。

誰もが考えなかった主君殺し、謀反、三日天下という哀れさが、庶民のこころを揺り動かすのかもしれない。また自分だったらどうしたであろうかと、光秀に成り代わって深く考えてしまいたくなる人物であるからでもあろう。

光秀の弱さを、どこかでかばってやりたいという庶民的感覚をもつ者がいても不思議ではない。

 

そう、光秀は庶民の手の届く武将として秘かに愛され続けてきたのではないだろうか。

 

暗い竹藪で考え続けた一人の人物、光秀亡き後、その影や残滓を徹底的に消し去り、歴史から抹殺した人物が重くわたしの背中にのしかかってきた。

次の天下取り、天下布武のために主君殺しを最大に利用したあと、物語そのものを消し去りたかった人物がいたということかもしれない。

それも微にいり細にわたる演出と、万全の根回しと、巧みな戦術で追い込んでいき、己の天下を勝ち取った人物がいたということでもある。

 

そもそも本能寺の変は、信長・光秀主従に関わりある人物の巧妙なシナリオに従って進行したようにも見える。両者の亡骸さえ消し去った完璧な演出は、現代ですら事変後の両者の生存説が取りざたされるほどである。

 

かかる考えをも語れるほど<本能寺の変>はミステリアスだと言えるのである。

 

天下取りとは所詮かかる仕儀であるが、<本能寺の変>は、その歴史の中の人物像をもロマンあふれる悲劇のヒロインとして引き継いでいるのがうれしい。

そして秀吉は、信長亡き後の後継者として自他ともに認めさせるために、光秀が敗走し、最期の地となった小栗栖に連なる桃山の丘陵に<伏見桃山城>を築城したとも云える。

 

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                                     光秀敗走路とも思われる桃山の丘陵に建てられた伏見桃山

 

一体、光秀は、信長・秀吉・家康にとってどんな存在であったのであろうか。

もし、この内のひとりでもいなかったら歴史は変わっていたと思うと、誰一人歴史から消し去ることは出来ない。

 

わたしたち一人一人が歴史上の登場人物であり、脇役であることを実感させられるのである。

 

最後に、小栗栖より醍醐にまわり、沈みゆく夕陽のなかに浮かび上がった<光秀敗走の峰々>を眺めながら、家路についた。

 

                 

 

《参考資料:光秀小栗栖敗走ルートに関する一考察》

     

      <光秀敗走ルートの桃山・大亀谷・大岩山に連なる稜線>    

                    醍醐方面より望む

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⇑   ⇑   ⇑             ⇑      ⇑    ⇑  ⇑    ⇑

①         ②    ➂            ④       ⑤  ⑥   ⑦   ⑧

 

観月橋(白い建物の後方・宇治川と淀川の分岐)辺りから桃山の丘陵に入ったと推測

②現在の明治天皇陵付近を通過し、(現在の伏見桃山城跡に続く尾根道を進んだと推測)

➂光秀没後、秀吉築城の伏見桃山城跡を通過し、(大亀谷の竹藪道に向かったと推測)

④大亀谷の竹藪路を進み

⑤大岩山頂方面⑥に向かわず、手前のY字路⑤を右折し、小栗栖石田村⑦に下る

⑥大岩山(標高182m)山頂(電波塔を目視できる)は推定敗走ルート線上にある

 <天王山(山崎・勝龍寺城)➡伏見桃山城➡▲大岩山➡小栗栖・醍醐➡比叡山坂本城

⑦小栗栖石田村を通過、最初のY字路当たりから小栗栖の竹藪路に入る

⑧小栗栖小坂にある現在の本経寺所有竹藪で落ち武者狩りにあって光秀最期を遂げる 

 

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大岩山(標高182m)より伏見桃山城(中央)、その背後の山崎の合戦跡(天王山・勝龍寺城)方面を望む

         

振り返ると、醍醐の峰々が比叡山方面へのび、その麓に坂本城があるところから、光秀小栗栖敗走路は、

坂本城への最短ルートであったのではないかと推測する。  


                                (2021年2月16日 後藤實久記)

   

   

 

            2021星の巡礼明智光秀最期の地を歩く』

        明智光秀最期の敗走ルート<小栗栖の竹藪>を歩く

 

                  

 



                     

2021星の巡礼 『レルヒ中佐 十勝岳に立つ』

2021星の巡礼 『レルヒ中佐 十勝岳に立つ』

北海道の友人から同人誌「文芸北広島 第37号」が届いた。

 

 

友人とは、2004年4月ニュージランドにあるユースホステル<Auckland International Youth Hostel>で同室だった北海道在住の矢野達雄氏である。以来、俳句仲間として文通を続ける同好の士でもある。

今号には、1912年武官として北海道旭川駐屯地に派遣されていたオーストリア陸軍レルヒ中佐が、活火山である十勝岳に登頂し、その美しい山容をドイツ語で書き記した紀行文を翻訳し、紹介している。

その美しい自然描写には人間味あふれ、躍動感に満ちた生き物たちが描かれ、盆地に横たわる旭川(陸軍第7師団)を眺めては感嘆し、北海の大地を走る汽車の力強さを謳いあげている。

 

わたし事だが、レルヒ中佐が十勝岳に立ってから、奇しくも95年後の2007年同じ日に百名山登頂途次、雨の十勝岳にわたしも立っていたことを想い感無量である。

北海道に住む彼だからこそ、その郷土愛を生きいきと翻訳できたと思っている。文学的感受性の豊かな翻訳に敬意を表したい。

ここに翻訳者の同意を得たので、レルヒ中佐の十勝岳登頂の紀行文を日本近代史の1ページとして紹介しておきたい。

 

《 世紀越え  雪の便りの  十勝岳  語り継ぎしや 美々しき日本》

 

 

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               《文芸北広島 第37号》

 

 

紀行文 『北海道の火山(十勝岳)』  

 作者 オーストリア陸軍レルヒ中佐   翻訳者 矢野達雄(文芸北広島同人)

「文芸北広島 第37号」より

 

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                 ー1-

 

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                  ー2-

 

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                   ー3-

 

■日本スキーの父  テオドール・フォン・レルヒ 

Theodor Edler von Lerch, 1869/8/31-1945/12/24

1920年大正9年)3月27日に、北海道大学スキー部が積雪期の十勝岳初登頂したと日本登山史に記録されているが、その8年前の1912年に武官として北海道旭川駐屯地に派遣されていたオーストリア陸軍レルヒ中佐本人の十勝岳登頂に関する紀行文が残されていたことになる。

日本登山史における貴重な新資料であるといえる。

 

レルヒは、日露戦争ロシア帝国 に勝利した日本陸軍 の研究のため、1910年に交換将校として来日。八甲田山の雪中行軍で遭難事故おこしたばかりだったこともあり、日本陸軍アルペンスキー創始者マティアス・ツダルスキーの弟子であるレルヒのスキー技術に注目。その技術向上を目的として新潟県高田(現在の上越市)にある歩兵第58連隊の営庭や、高田の金谷山などスキー専修員にスキー技術の指導をおこなった。このことが、日本での本格的なスキー普及の第一歩とされている。Wikipedia

 

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   1911年(明治44年)のレルヒ中佐

 

十勝岳(とかちだけ・2077m)

十勝岳(とかちだけ・2077m)は、北海道の中央部の美瑛町上富良野町新得町にまたがる活火山であり、十勝岳連峰(十勝火山群)の主峰である。日本百名山に選定されている。

 

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        雨雲に煙る十勝岳連峰の主峰 十勝岳(標高 2077m 百名山        

 

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                ガスに煙る十勝岳山頂付近

 

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        レルヒ中佐から95年後の2007年 百名山十勝岳 2077m>に登頂する 

 

 

 

 

              『レリヒ中佐 十勝岳に立つ』

 

                       完 
 

2021登山道情報<比良山系・蓬莱山登山道-金ピラ峠ルート>

2021登山道情報<比良山系・蓬莱山登山道-金ピラ峠ルート>

        ルートファインディング Route finding

        

 

比良山をこよなく愛する多くの山友より、登山道の様子について問い合わせがあった。約3年前の台風による倒木被害により通行止めになっている金ピラ峠経由蓬莱山に至る『びわ湖バレー山麓登山口』の現状を知りたいとのこと。さっそく出向いて登山口より少し登ってみた。『いまだ倒木手つかずで、見通し立たず』との状況報告をした。悲しいことだが、京都北山や比叡比良山系では倒木被害がそのまま山の衰退につながっており、修復には時間がかかりそうである。

山も愛情をもって手入れしないと、人間を受け付けないものである。

 

Many mountain friends who love Mt. Hira inquired about the state of the mountain trail. They want to know the current status of the "Biwako Valley foothills trailhead" that leads to Mt. Horai via the Kinpira Pass, which was closed due to fallen trees caused by a typhoon about three years ago. I went out and climbed a little from the trailhead. I reported the situation, saying, "The fallen tree is still untouched and the outlook is uncertain." Sadly, in Mt.Kitayama, Kyoto and the Hira Mountains, the damage caused by fallen trees directly leads to the decline of the mountains, and it seems that it will take time to repair them.

Mountains will not accept humans unless they are cared for with love.

 

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    蓬莱山金ピラ峠経由 山麓駅登山ルートの倒木による通行禁止の現状

 

 

① びわ湖バレーロープウエー山麓駅(標高304m)より蓬莱山を望む。

JR志賀駅よりびわ湖バレーへのバスが走っているので、山麓駅登山口は、蓬莱山への最短ルートとして利用する登山者も多かった。

その<金ピラ峠経由蓬莱山ルート>が倒木による通行禁止が続いているので、現状を確認するため<山麓駅登山口>に向かった。

 

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② 山麓駅バス停(終点)より舗装道を先に進むと、

「ご案内 ATTENTION このさき登山道へはお進みいただけません。P11駐車場奥のキタダカ道をご利用ください。

There is no trail beyond this point. Please come to KITADAKA Trail at Parking No. 11 in order to go to the summit on the trail.」との案内標識が出ている。

理由は書かれていないが、もちろん倒木による通行不能・通行禁止の案内である。

(標高326m付近) 

幸運にも、蓬莱山・打見山へのメインルートであるキタダカ道は、各位の整備努力、維持により通常通りの登山が可能である。

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③ <至金ピラ峠・蓬莱山>標識に張られた「立入禁止」マーク(標高390m)

木戸川の河原(ダム)の向こう岸より登山道に入る。

 

ダムにある登山口からルート(登山道)上の山腹を観察してみると、

ルートが巻いている船越山(標高614m)の東西山腹の杉林の倒木被害が甚大であることが分かる。現在、東側の倒木は片づけられたが、西側であるルート上(標高578m)付近の倒木はそのままの状態で放置されたていることが見て取れる。

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④ 登山入口(標高383m)は、現在標識はなくロープが目印になっている。

谷川(ダム)を渡って、左に巻いて山に入る。

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⑤ 標高420m地点より、約20mの巨大杉が縦横に倒れ、行先をはばむ。

リュックを背負っての倒木をくぐるのは困難を極め、乗り越えていくにも幾重もの障害物が続き、体力的限界がある。倒木以来、だれ一人入った様子は見られない。ただ、倒木に残された風化した赤いリボンサインだけが目に入ってくる。

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⑥ 標高496m地点の倒木-これより先進めず断念し、下山。

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⑦ルート探索(ルート・ファインディング)を終えて下山途中、木戸川北側堤(標高233m)で休憩

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2018年9月4日九州北部豪雨をもたらし、近畿をも直撃した大型台風18号は、京都北山や比良比叡山系はじめ近畿山域に倒木による甚大な被害をもたらした。

あれから2年半が過ぎ徐々だが登山路の回復を見てきたが、いまだ手つかずの倒木地帯が残されているのが現状である。

今なお原状回復の半ばだが、まだまだ時間がかかりそうである。

今回は、居住地であるびわ湖バレーのロープウエー山麓駅を登山口とする、金ピラ峠経由の<山麓駅登山口>からの倒木情況を報告した。

 

写真説明にもある通り、2021年1月19日現在、<金ピラ峠経由蓬莱山ルート>の内、「びわ湖バレー山麓登山口」ルートは、今なお《倒木による通行禁止》である。

もう一つのJR蓬莱駅よりの金ピラ峠経由「蓬莱登山口」は、金ピラ峠付近の1か所の迂回路を除けば、倒木被害もなく蓬莱山への登山は可能である。

ただ蓬莱山直下の下山口には、<通行禁止>のロープと警告表示があることを申し添えておきたい。

この下山路は、昨年3月に蓬莱山での雪中キャンプをしたとき、強風による緊急下山をしたときに使用させてもらった。金ピラ峠での分岐<びわ湖バレー山麓ルート>は通行禁止の札がかかっていたので、金ピラ峠分岐を右折し、蓬莱駅へ向かって下山したが、問題はなかった。

 

以上、金ピラ峠経由での蓬莱登山を計画される場合の参考にしていただければ幸いである。

(報告者 後藤實久記)

 

 

    2021登山道情報<比良山系・蓬莱山登山道-金ピラ峠ルート>

               ルートファインディング Route finding

 

                  

        

            

 

 

 

 

 

2021星の巡礼『わたしは星になりたい』ブログ・スケッチ展

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      2021星の巡礼 『わたしは星になりたい』 ブログ・スケッチ展

            2021 Pilgrimage of the Stars

           Blog Sketch Exhibition “I want to be a star"

 

     

『わたしは星になりたい』、『わたしは星の王子様である』 と

キラキラする星に出会っては

短い人生の旅で、何度願い、つぶやいたことだろう

 

そろそろ、本当に『星になれる』歳に近づいてきた

愛おしいみんなに再会し

夜空に輝きながらみんなで歌をうたいたい

 

愛してやまない地球星、宇宙にいだかれたこの小さな星、

星の巡礼」の旅路で出会った

この星を見守ってくれている星たちに会えるのだ

 

ここ地球星は、宇宙の十字路であり

星の王子様が到着した童話の星であり、

恋多き星であり、ロマンとドリーム溢れる星である

 

未来に、希望と自由があふれるここ地球星を歩き

天空の星たちと語らいながら

旅日記に描いた星たちのスケッチや水彩画と語ってみたい

 

大切なわれわれの地球星の自然環境を、お互い守っていきましょう。

 

 

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     <ペルシャン・ガルフの星座たちと共に歌いましょう> 水彩画

             北半球世界一周船旅にて 

              2006/04/24 03:48am

                    <Let's Singing a Song with Constellation of Persian Gulf> 

                                         On a cruise around the world

                                                Watercolor Painting

 

"I want to be a star", "I am a prince of the stars"

 When I meet a glittering star

 How many times have I wished and muttered on a short life journey?

 

It's almost time to really "become a star"

Reunited with all my dear ones

I want to sing together while shining in the night sky

 

The Earth star that I love, this little star in space

I met on the journey of "Pilgrimage of the Stars"

I can meet the stars who are watching over this star

 

Here Earth is the crossroads of the universe

The fairy tale star that the Little Prince arrived at

A star with a lot of love, a star full of romance and dreams

 

Walk here on Earth, full of hope and freedom in the future

I drew in my travel diary on Star of Earth

I want to talk about the sketches and watercolors of the stars

 

 

Let's protect each other's precious natural environment of the Earth star.

 

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               星の巡礼

           Sketched and Painted by Sanehisa Goto

 

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              2021星の巡礼 『わたしは星になりたい』 ブログ・スケッチ展

                                       2021 Pilgrimage of the Stars

                             Blog Sketch Exhibition “I want to be a star"

 

 

わたしは世界中を旅行して、多くの星たちと愛語で交わり、その星の輝く天空をスケッチし、描いてきた。

ここに夢を託した星空スケッチをブログに展示してみたい。

 

I have traveled all over the world, interacting with many stars in love, sketching and drawing the shining sky of those stars.

I would like to display the starry sky sketch that entrusted my dream here on my blog.

 

 

 

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                 <ゴビ砂漠の星たち> シルクロード踏破・敦煌にて 

                                                2004/08/11 05:18am  水彩画

                    <Stars in the Gobi Desert>  At the Silk Road in Dunhuang

                                                   Watercolor Painting

 

 

 

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      < ヒマラヤ / アンナプルナサウス7200m 

           HIMGHJLI 6200m MACHAPUCHA 6900mに輝く星たち>

         アンナプルナ周遊トレッキング途上、ネパール・タダパニ村より望む

               2001/05/12  01:30am

 

<Himalayan / Annapurna South 7200mHimghjli 6200mMachapucha 6900m shining stars>

Looking from the village of Tadapani, Nepal, on the way to Annapurna tour trekking

 

 

 

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                         <ヒマラヤ・アンナプルナサウス山7219mに舞う星たち>

           ネパール・アンナプルナ・トレッキングにて

               2001/05/13  01:30am

 

                  <Stars dancing on Mt. Annapurna South, Himalayan 7219m>

                                            At the Annapurna trekking in Nepal

 

 

 

 

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                              <ヒマラヤの星たち Nepal Himalayan stars>  水彩画

                                  アンナプルナ山8091m 周回トレッキング

                                                               2006/01/15  

          <Nepal Himalayan stars>  Annapurna mountain 8091m orbit trekking

                                                       Watercolor Painting

 

 

 

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                                <台湾・台北龍山寺を照らす満月とカシオペア座>  水彩画

                          台湾一周サイクリング途上 

                                               2005/04/23 06:12am21:34pm

     <Full moon and Cassiopeia illuminating Longshan Temple in Taipei, Taiwan>

                                          On the way to cycling around Taiwan

                                                  Watercolor Painting

 

 

 

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                  <レイテ島よりミンダナオ島にかかる北斗七星と北極星を鑑賞>

      フイリッピン縦断時 タクロバン港よりミンダナオ島を望む                                                                      2015/03/11  01:07am

                   <View the Big Dipper and Polaris from Leyte to Mindanao>

         View of Mindanao Island from Tacloban Port when traversing Philippine

 

 

 

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              <旧ビルマ・アラカン山脈 チン高原をイラワジ河より望見する>

            右上・イラワジ河の夜空に横たわる北斗七星と北極星 

            左上・船上にひるがえるミヤンマ―国旗を飾る星

    ビルマでのインパール作戦における難所アラカン(阿羅漢)山脈に、白骨街道を訪れた

                                                                          2016/01/14                                                                                         <Overlooking the Chin Plateau from the Irrawaddy River in the former Burmese Arakan Mountains>

Visit the White Bone Road in the Chin Hills, a difficult part of the Japanese army Imphal operation in  Burma

 

 

  

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                       <少年托鉢僧を導く星>  旧ビルマ・トンザン村の朝

             トンザン村は、アラカン山脈インパール作戦時の白骨街道にある

                       2016/01/28  09:18am

 

                                     <Star leading the boy Dhutanga>

                             Morning in the former Burmese Tonzan village

Tonzan Village is on the White Bone(corpse) Road during the Battle of Imphal in the Chin Hills,  the World WarⅡ

 

 

 

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                                        <アラカン山脈の聖なる星たち>  

                              ビルマ(現ミヤンマー) トンザン村の夕暮れ

                         インパール作戦白骨街道に斃れた兵士たちを見守る星たち

                 2016/01/18  6:30pm

 

                                  <Sacred Stars in the Chin Hills, Myanmar>

   Burma (now Myanmar) Dusk in Tonzan Village was under the Operation Imphal.

   Stars are watching over the soldiers who fell on the White Bone (corpse) Road

 

 

 

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        <ブロブドール・マヤハナ朝遺跡を見守る月と星たち>

               IndonesiaBrobudur 

                  2013/01/19 

    <Moon and stars watching over the Brobudur Mayahana dynasty ruins>

 

 

 

 

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       <静かなるガンジス川に映る三日月と北極星・北斗七星>

           バラナシ・インドにて 2003/02/09~14

  <Crescent and Polaris / Big Dipper reflected in the quiet Ganges River>

                                             At Varanasi India

 

 

 

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  <インド・カルカッタの夜空に輝く三日月とオリオンとカシオペア北極星

                2003/02/09~14

 Crescent moon, Orion, Cassiopeia and Polaris shining in the night sky of Calcutta,                   India

 

 

 

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         スリランカ-旧セイロン の夜空を飾る星たち>

          ネゴンボ・ローヤル・ホテル・ガーデンにて

                2004/01/05  22:26pm

     < Stars decorating the night sky of the former Ceylon- Sri Lanka>

             At Negombo Royal Hotel Garden

 

 

 

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            <旧セイロン・キャンディ 仏歯寺守護象パレードを見守る半月と星>

              2014/01/06  19:30pm

     < Half moon and stars watching the Guardian Elephant Parade

     of the Buddha Tooth Temple >

            the former Ceylon- Sri Lanka

 

 

 

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       <中華人民共和国を見守る五星> 中国/パキスタン国境

          カラコルムハイウエー・クンジュラブ峠通過

           シルクロード踏破途上 2004/08/25

 

      <Five stars watching over the People's Republic of China>

     China / Pakistan border Passing through the Karakorum Highway

           Khunjerab Pass on the way to Pakistan.

 

 

 

 

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            <星の残るカラコルム山系の銀嶺>  水彩画

中国よりパキスタンに抜けるカラコルムハイウエー・クンジュラブ峠4880mより眺める

                 2004/08/25

              <Ginmine in the Karakorum mountain range with stars & sun-rising>

                View from Karakorum Highway Khunjerab Pass 4880m, which runs

                                                      from China to Pakistan

                 Watercolor Painting

 

 

 

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                            <ナンガパルパット8126mに輝く星たちと満月> 水彩画  

                           パキスタンカラコルムハイウエー・チラス村より眺める   

                                     2004/08/29  01:18am

                           <Stars and full moon shining at Nanga-Palpat 8126m>

                        View from the village of Chilas, Karakoram Highway, Pakistan

                                                            Watercolor Painting

 

 

 

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                                <ゴールデンピーク7027mに乱舞する星座たち> 水彩画

                                    パキスタン・カリマバード・フンザ村より観賞

                   2004/08/26  05:20am

 

                                   <Constellation dancing at Golden Peak 7027m>

                           Admiration from the village of Hunza, Karimabad, Pakistan

                                                             Watercolor Painting

 

 

 

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                                   カッパドキアの奇岩群と星たち>  水彩画

                            シルクロード踏破途上のトルコ・ギョレメでスケッチする

                                2014/09/24  03:45am

                                          <Cappadocia rock formations with stars>

                                Sketch in Goreme, Turkey, on the way to the Silk Road

                                                            Watercolor Painting

 

 

 

 

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                                  <トルコ・ヤプラチサール村のモスクと星たち>

                                 1999/12/25  23:18pm

                           <Mosque and stars in the village of Yapratisal, Turkey>

 

 

 

 

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           <姿を消した星たちの後、ワディラム渓谷に顔を出した朝日>  水彩画

          ペトラ・ヨルダン 2006/05/01  05:17am

<Sunrising that appeared in the Wadi Rum Valley after the disappeared stars>

                                      Petra Jordan  -  Watercolor Painting

 

 

 

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                   <モーセ十戒を授かったシナイ山の巡礼者を見守る星座たち>

                   イスラエル縦断途上 (エジプト・シナイ半島

                                                        2001/10/2~3

 <Constellation watching over the pilgrims on Mount Sinai, where Moses received        the Ten Commandments>

    Along the way from Israel to Cairo (Sinai Peninsula, Egypt)

 

 

 

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       <暗闇の中、スエズ運河を通過し、ポートサイドに寄港した世界一周のトパーズ号>  水彩画

         ポートサイド・エジプト 2006/05/04  22:34pm

    <The Topaz around the world, passing through the Suez Canal

     and stop over Portside in the dark>

          Portside, Egypt - Watercolor Painting

 

 

 

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              <ケニア・サンブル・キャンプサイトからの赤道上の夜空の星たち>

                    アフリカ大陸縦断の途上、ケニアにて

                             2001/11/21  02:58am

 Stars in the night sky on the equator from the Kenya Samburu Campsite

                             In Kenya on the way across the African continent

 

 

 

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                 <ケニア・マサイ族の焚火に火照りながら南十字星を楽しむ>

         略式南十字星★で描く 2001/11/17  21:30pm

 

     <Enjoy the Southern Cross while shining on the bonfire of the Kenyan Masai>

                                  Draw with the abbreviated Southern Cross★

                                MASAI MARA NATIONAL PARK CAMPING SAIT

 

 

 

 

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          <ウオルビスベイの夜明けと消えゆく星たち>  水彩画

            ナミビア・西アフリカ 2013/12/28

           <Dawn and disappearing stars in Walvis Bay>

                Namibia / West Africa 

                  Watercolor Painting

 

 

 

 

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     <ウオッチタワーとグランデモスクとカシオペア座北極星> 水彩画

       ブーゲンビリアの花とオリオン座も加わって賑やかな朝を迎える

               モロッコカサブランカ 

               2005/11/23  06:30am

       <Watch Tower, Grande Mosque, Cassiopeia and Polaris>

    A lively morning with the addition of Bougainvillea flowers and Orion.

           Morocco Casablanca,  Watercolor Painting

 

 

 

 

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                      <過酷な重労働に耐えるチビロバにエールを送る星たち> 水彩画

              モロッコ・マラケッシュにて  

                  2005/11/28

       <Stars sending ale to donkey who endures harsh hard labor>

               In Marrakech, Morocco

                Watercolor Painting

 

 

 

 

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                                <カミーノ デ コンポステーラの寺院と火星>  

                            スペイン・カミーノ デ サンチャゴ 860km巡礼途上 

                                                            2003/08/19

                                 <Camino de Compostela Temple and Mars>

                                           On Camino de Santiago 860km, Spain

 

 

 

 

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                     <神秘的なノルウエ―・Trondheimの森と月と星> 水彩画    

                                  オスロ鉄道路線より

                2001/09/29 01:30am       

                         <Mysterious Norwegian Trondheim Forest, Moon and Stars>

                On the Oslo railway line.

                 Watercolor Painting

 

 

 

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      <ノルウエ―・Osloへ向かう列車から三日月と星を楽しむ> 水彩画

                Rondheim路線列車より 

               2001/09/29  06:15am

 <Enjoy the crescent moon and stars from the train heading to Norwegian Oslo>

                   On the Rondheim line train.

 

 

 

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           <最北のシベリア大陸横断鉄道・辺鄙な村・YndH-YAS / シベリア通過中>

        暁に灯る村の光に、上弦の月とオリオン座と北極星がコラボ

               2001/09/14  05:41am

 

Passing through the northernmost transcontinental Siberian railway,

    near YndH-YAS / Siberia

 A collaboration between the first quarter moon, Orion, and the North Star

    in the light of the village lit in the dawn.

 

 

 

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                                ゴビ砂漠・夏空の星座 ― モンゴル>

          北半球なのに南十字星を地平線に発見 興奮のあまり眠れぬテント泊となった

                2017/07/07  24:00

                         <Gobi Desert / Summer Sky Constellation-Mongolia>

I found the Southern Cross on the horizon even though it was in the Northern Hemisphere.

It was a tent night where I could not sleep because of excitement of finding

the Southern Cross.

 

 

  

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兵馬俑博物館の作品とコラボする星たち>    <揚子江を下る紅河2号を見守る星たち>

     中国・西安 2002/12/08            重慶武漢 2002/12/10~13

 Left :  <Stars collaborating with the works of the Terracotta Warriors Museum>

    Xi'an / China

Right: <Stars watching over the Red River No. 2 going down the Yangtze River>

    On the way from Chongqing to Wuhan

 

 

 

 

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                    <摩天楼の上海の空を彩る残り星と朝日と凧と蜻蛉と五星旗>   水彩画

                                            シルクロード踏破途上 中国・上海

                                              2014/08/03  05:43am

                                <Remaining stars, sunrise, kite, dragonfly,

                   and five-star flag that color the skyscraper of Shanghai>

                             On the way to the Silk Road, Shanghai, China

                                                      Watercolor Painting

 

 

 

 

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                                宮沢賢治の世界に遊ぶ北斗七星と北極星

                 イーハトーブ火山局― 日本・花巻・宮沢賢治館にて

                   2003/12/18

    <Big Dipper and Polaris playing in the world of Kenji Miyazawa>

  Ihatov Volcano Bureau-at Hanamaki, JAPAN / Kenji Miyazawa Museum

 

 

 

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                   <2012双子座流星群観察スケッチ・ 志賀の里・滋賀県・日本>

             2012/12/13  22:4523:10pm

                          <2012 Gemini meteor shower observation sketch>

             Shiga no Sato, Shiga prefecture, Japan

 

 

 

 

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      <ユーコン川カヌー下り380kmで出会ったオーロラと星たち>

        カナダ・カーマックス18㎞手前のキャンプサイト

               2007/09/23  04:00am

     <Auroras and stars met on the 380km down the Yukon River canoe>

          At the camp site 18 km before Carmax, Canada

 

 

 

 

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     焚火に手をかざしコーヒーを飲みながら、ユーコンの星たちとの談笑楽しむ>

        BCYR’S DREDGE CAMPSITE-YUCON RIVER- CANADA

                                         2007/09/22 06:15am

       Enjoy chatting with the Yukon stars while holding our hands

           over the bonfire and drinking coffee.

 

 

 

 

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           <ニューヨークの摩天楼を飾る星たち>  水彩画

              New YorkManhattan 

           2006/06/05-22:30pm06/06-06:15am

 

         <Stars decorating the skyscrapers of New York>

       Paint when calling at a port on a cruise around the world

              in the Northern Hemisphere

                Watercolor Painting

 

 

 

 

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      <メキシコ テオティアカンの満月と北極星との神秘的な関係>

                 太陽のピラミット

                 2007/04/16  10:10

   <Mysterious relationship between the full moon and Polaris of Teotihuacan,       Mexico >         Pyramid of the sun

 

 

 

 

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   <標高3810mにあるチチカカ湖に浮かぶアマンタニ島に降り注ぐ星たち>

             ボリビア西部にある淡水湖にて 

               2007/01/13  02:23am

   <Stars falling on Amantaní Island in Lake Titicaca at an altitude of 3810m>

       Lake Titicaca - At a freshwater lake in western Bolivia

 

 

 

 

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        <アマゾン川に映る半月と南十字星とオリオン座>

     ブラジル・アマゾン・アマゾナスの密林を照らす南半球の夜空

              2007/03/29  08:35am

   <Half moon, Southern Cross and Orion reflected in the Amazon River>

   The night sky in the Southern Hemisphere that illuminates the jungle

   of Brazil, Amazonas.

 

 

 

 

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            <ブラジル国旗を飾る南十字星>     

   ブラジル・アマゾン川 ベレンマナオスの船にひるがえるブラジル国旗

        左側・茶色のアマゾン川 : 右側・青色のネグロ川の合流地点

        大河アマゾン川を遡上するサンタレーナ号より

               2007/04/03  10:30am

        <Southern Cross that decorates the Brazilian flag>

Brazil flag on a ship which runs up the Amazon River from Belem to Manaus.  

The confluence of the brown Amazon River on the left, and the blue Negro River on the right.

                           At the Santalena, which is running up to Manaus

                                                           

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                                         Brazilian flag  w/  Southern Cross   

 

 

   

 

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               アマゾン川 イタクアティアラ村を祝福する満月と南十字星たち>

                      ベレンよりマナオスに向かう船上にて 

                                                    2007/04/02  19:02pm

      <Full moon and Southern Crosses celebrating the village of Itaqua Tiara

        on the Amazon River>

               On board the ship from Belem to Manaus

 

 

 

 

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            <闇から光に交代する巨岩の山を背景にしたブラジル・リオデジャネイロの摩天楼> 水彩画

            三日月と南十字星から朝日へのバトンタッチの瞬間である

                            南半球世界一周船旅にて 

                                                                 2014/01/07  05:26am

 

      <Skyscraper in Rio de Janeiro, Brazil against the backdrop of a huge

        rocky mountain that changes from darkness to light>

       It is the moment of the baton touch from the crescent moon and

       the Southern Cross to the sunrise.

       On a cruise around the world in the Southern Hemisphere.

                                                  Watercolor Painting

 

 

 

 

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        <アンデス山脈の最高峰アカンコグア4200mをあたたかく見守る南十字星

     アルゼンチン側メンドーサからのナイト・トレッキングでのスケッチ

               2007/02/08  21:38pm

                  <Southern Cross that warmly watches over Akankogua 4200m,

                                              the highest peak in the Andes>

                 Sketches on night trekking from Mendoza on the Argentine side.

 

 

 

 

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            <南米大陸最南端の街ウシュアイアの街から消えつつある南十字星たち> 

         南極大陸周遊で待機したアルゼンチンの街の早朝 

                                                      2007/02/17  08:45am

        <Southern Crosses disappearing from the southernmost city of Ushuaia

           in South America>

          The town of Argentina waiting for a tour of Antarctica.

 

 

 

 

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                              <ウシュアイアに昇る朝日と消えゆく月や星たち>  水彩画                                                      世界一周オーシャン・ドリーム号船上より                    

                2013/01/17  05:43am

              <Sunrise rising in Ushuaia and disappearing moons and stars>

                                            Ushuaia, Argentina for the 2nd visit

                                                          Watercolor Painting

 

 

 

 

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                            <曇天続きの南極大陸では、残念ながら星空見えず>  水彩画 

                                       ハーフムーン島 カラマ・アルゼンチン基地 

                                                南極クルーズ砕氷船オルロワ号より

                                                          2007/02/24  18:50pm

     <Unfortunately, the starry sky cannot be seen in Antarctica, which is cloudy.>

                                        Half Moon Island Karama Argentina Base

                                  On the Antarctic Cruise Icebreaker THE ORLOVA.

                     Voyage : Antarctica Classic,  Enterprise : QUARK EXPEDITION

                                                            Watercolor Painting

 

 

 

 

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          <パルパライソの町とアンデス山脈にそびえるアコンカグア山>   水彩画

    アコンカグア山アンデス最高峰6961m・パルパライソの街はこの後大火災に見舞われた

               2014/01/24 オーシャン・ドリーム号船上より

    <Mt. Aconcagua 6961m towering over Valparaiso and the Andes>

        Mt. Aconcagua was the highest peak in the Andes,

        and the city of Valparaiso was hit by a big fire after this.

                                                On the ship of Ocean Dream.             

                                                        Watercolor Painting

 

 

 

 

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                  <アンデス山脈 サイレカブル山5971mにかかる南十字星たち>

                                  チリー・サンペドロの街から望む 

                                                     2007/02/05  11:30pm

            <Southern Crosses over Sairecabur Mountain-5971m in the Andes>

                                     View from the city of San Pedro, Chilly.

 

 

 

 

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           <夕暮れに白銀が光るロッキー山脈> 水彩画

 カナダ・バンクーバーよりアラスカ・スチュワート港に向かうトパーズ号にて

          2006/06/29~07/03  世界一周クルージング中

       <Rocky Mountains where silver shines at dusk>

   At the Topaz, heading to Alaska Stewart Port from Vancouver, Canada

      Cruising off

                                                         Watercolor Painting

 

 

 

 

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                                <南十字星を仰ぎ見るイースター島のモアイ像>

                世界一周船旅途上にて

                               Easter Island,  Chili         2014/02/07  02:26am

               <Moai statue on Easter Island looking up at the Southern Cross>

 

 

 

 

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             <幻想的なモーレア島(タヒチ)に訪れる満月の夜と南十字星> 水彩画

        南半球世界一周船旅の船上にて瞑想しながらスケッチ

                2014/02/25  19:48pm

 <Full moon night and Southern Cross on the fantastic island of Moorea (Tahiti) >

                     Sketch while meditating on board a cruise around the world

                                          in the Southern Hemisphere.

              Watercolor Painting

 

 

 

 

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                       <ルートバーン・トラックにかかる天の川と南十字星>  水彩画

          ニュージランド縦断サイクリング途上、ホーデン小屋より望む

                         ニュージランド・キーサミット 

                                                                  2004/04/25

                              <Milky Way and Southern Cross on the Rotam Truck>

                                                      New Zealand Key Summit

                                                           Watercolor Painting

 

 

 

 

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                <マウント・クック3754mのモルゲンロート 朝焼けと南半球の北斗七星>  水彩画

                             ニュージランド南島南アルプス山脈にある最高峰の山

                ニュージランド縦断途上

                2004/04/11  07:30am

                  <Mount Cook 3754m Morgenroth Sunrise and the Big Dipper

                    in the Southern Hemisphere>

                   The highest mountain in the Southern Alps Mountains of

                   the South Island of New Zealand.

                                                         Watercolor Painting

 

 

 

 

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         <クリスチーナ山8210ft / ロスカット・ランプ山7600ft / リャッテ山6277ftと南半球の星たち> 

                                              ニュージランド・ミルフォードの峰々を彩る天の川

              ニュージランド 縦断サイクリング途上       

               2006/01/15  水彩画

                      <Mt. Christina / Mt. Crosscut Ramp / Mt. Lyttie

                                   and the stars in the Southern Hemisphere

                  The Milky Way that colors the peaks of New Zealand Milford.

                                                    Watercolor Painting

 

 

 

 

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                  エアーズロックの上に顔を出した月と南十字星―左偽物・右本物>

                                           オーストラリア・エアーズロック

                                 エアーズロック一周 オーバナイトハイキングのテントより 

             オーストラリア大陸一周の旅にて

                                                    2009/03/13  18:53pm

                          <Moon and Southern Cross on Ayers Rock, Australia>

                                 Fake S-C(left) / Genuine S-C(Right)

 

 

 

 

<僕らは星の王子様だ   We are the prince of the stars

夜空を見上げたら、そこにはただ一つあなたに向かってキラキラとウインクを繰り返し、シグナルを送ってくる星に出会った経験があることとおもう。

シグナルを送信する星と、そのシグナルを受信するあなたとの間に、懐かしい故郷の風を共有し、お互いのこころが溶けあい、愛語によって一体となるのである。

わたしの好きな言葉に、道元禅師の「向かわずして愛語を聴くは肝に銘じ魂に銘ず、愛語よく回転の力あるを学すべきなり」という一句がある。

祈りあい、求め合えば星であっても、一枚の葉、一個の石ころ、一滴の水であろうとも、そのものに成りきることが出来ると、純粋に信じる心が成さしめる奇跡なのである。

是非一度、この素晴らしい星との愛語の交歓を体験してみてはいかがだろうか。

お勧めする次第である。

 

 Did you know that when you look up at the night sky, you'll only see one star that sparkles and winks at you and sends a signal. The star that sends the signal and you who receive the signal share the nostalgic wind of their hometown, the hearts of each other melt, and they are united by their love words.

One of my favorite words is Zen Master Dogen's phrase, "Listen to your love words without going to them, you should remember them in your heart and learn the power of rotation."

A miracle of pure belief occurs when we pray and ask for each other, whether it is a star, a leaf, or a stone. Why don't you experience the exchange of love words with this wonderful star once?

 I have traveled all over the world, interacting with many stars in love, sketching and drawing the shining sky of those stars.

 I tried to display a typical starry sky sketch on my blog here.

 

<僕らは宇宙のヘソである  We are the navel of the universe

 昨年暮れ、木星土星が最接近し、肉眼でも見られるというので深夜、外に飛び出して西南方向を見上げたら、比良山に隠れようとしている豆粒大の二つの星を発見した(と言いたいが確信は持てていない)。

その夜空に、自分の存在を強烈に主張するカシオペア座が鎮座し、北極星を見下ろしている姿を認めた。

その瞬間、今からおおよそ43年前、息子がボーイスカウト(BSA NJ TROOP11)に入隊した年であると思うが、娘と息子を誘ってニューヨーク州キャッキルにあるベアーマウンテン(Mt. Bear-Slide 標高1274m)に出かけ、山頂の岩山でオーバナイトの星座観察をしたことを想い出したのである。

その時、仰向けになって眺めた北極星を中心に、時間と共に怒涛の如く一定の方向に回転するカシオペア座と無数の星たちや天の川による宇宙の躍動が、その後の私の生き方に大きな影響をもたらしたような気がしてならない。

その時の感動とは、北極星を臍としてその周りを回る全宇宙の星たちがいるということ、言い換えれば、全宇宙は私を中心に回っているということである。

すなわち、わたしもまた宇宙の臍であることに気づかされた瞬間でもあったのかもしれない。

感受性があった若き時代が懐かしい。

衰え往く細胞に、夢とロマンを蘇らせたいものである。

 

《 悠久の 宇宙の臍 たりし我 北極星に エール送りしや 》

-ゆうきゅうの うちゅうのへそ たりしわれ ほっきょくせいに えーるおくりしや

 

At the end of last year, Jupiter and Saturn were closest to each other and could be seen with the naked eye, so at midnight, when I jumped out and looked up in the southwest direction in Japan, I found two pea-sized stars trying to hide in Mt. Hira ( I'm not sure). In the night sky, Cassiopeia, who strongly insists on his existence, was seated and admitted to looking down on Polaris.

At that moment, about 43 years ago, I think it was the year my son joined the Boy Scout (BSA NJ TROOP11), but I invited my daughter and son to Bear Mountain (Mt. Bear-Slide, 1274m above sea level) in Catskill, New York. I remembered that I went to New York and observed the constellation overnight on the top of rocky mountain.

At that time, the movement of the universe by Cassiopeia, which rotates in a certain direction like a rage over time, and countless stars and the Milky Way, centering on the North Star that I looked at on my back, had a great influence on my way of life after that.

My impression was that there are stars in the entire universe that orbit around Polaris as the navel, in other words, the entire universe revolves around me.

In other words, it may have been the moment when I realized that it was the navel of the universe.

 I miss my younger days when I was sensitive.

 I want to revive dreams and romance in declining cells.

 

 

 

   大切なわれわれの地球星の自然環境を、お互い守っていきましょう。

       『わたしは星になりたい』 ブログ・スケッチ展

 

                   

 

 

 

 

              

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020『星の巡礼 志賀の里歳時記』Ⅱ

『2020志賀の里・歳時記』 Ⅱ (5月25日~ 12月末日) 

2020 Shiga-no-Sato Glossary of seasonal words (for haiku poets)Ⅱ

<May 25, 2020 ~December   >

 

 

■2020_05_25   亡き父の122回目の生誕日

122nd birthday of my late father

 

今日は49年前に召天した私たちの父であり、祖父、祖々父である誠(まこと)の生誕122回目の誕生日である。

彼は激動の歴史を生き、東洋の民主主義のあけぼのに立ち会った一人であり、自由と平等の世界が到来した現代を喜んでいる一人であった。

尊敬する父の子、孫、曾孫としてこの世に生を受けたことに感謝し、こころより生誕日を慶び、偲びたいと思う。

彼は、創世記3:19 「あなたは、顔に汗を流して糧を得、ついに、あなたは土に帰る。」人であった。

 

《 父偲び 想ふ心や 鶯の 

        晴れやかな歌 いまだ響きし 》

  ―ちちしのび おもうこころや うぐいすの 

               はれやかなうた いまだひびきしー

 

Today is the 122nd birthday of Makoto, our father, grandfather and great-grandfather who was 49 years ago.
He lived in turbulent history, witnessed the breaking down of oriental democracy, and was delighted with the present age of the world of freedom and equality.
We thank you for being born into this world as a son, grandson, and great-grandson of your respected father, and we would like to congratulate and remember your birthday from the heart.
He was a Genesis 3:19 man, "You sweat on your face to gain food, and at last you return to the soil."

 

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■2020_06_14   ① コロナによる自宅待機でデッキ改修に励む

              ② ブログ作成:『シルクロード・イラン横断』

① Work hard to repair the deck by waiting at home by Coronavirus

② 2004 Blog <Pilgrimage of the Stars across the Silk Road and Iran>

 

アジアでは一定の終息に向かっている新型コロナウイルスも、いまだ世界各地でその猛威を見せつけて多くの病死者をだしている。特に移住先であったブラジルや米国の感染拡大のニュースに心痛めている。先日、買い物に出かけマスク不着用に気づき、気のゆるみに猛省させられた。一人ひとりの他人を思いやるマスク着用と家族を守る手洗いというマナーは今少し続けたいと思う。

 

《 雨垂れに 樹々の歓び  重なりて 

         浮世の一隅 命分かちし 》

 -あまだれに きぎのよろこび かさなりて 

              うきよのいちぐう いのちわかちしー

 

梅雨入り前にデッキ改修をと汗して励んだが、一本の支柱を残して休業状態。木造デッキ(14畳)の耐用年数は10年といわれていたが、約30年間の防腐剤塗布のメンテにより、だましながら寿命を3倍に伸ばしてきた。しかし老デッキの幾層もの防腐剤に包まれた支柱や横木の中はボロボロスカスカ、電動鋸で切る豆腐やカステラのように劣化、まるでおのれの体幹を覗き見たような恐怖に駆られた。あと10年はデッキと己の寿命を延ばしたいと頑張っている。

後期高齢者にとってのデッキ改修は肉体的限界があり、休みながらの長期戦を強いられる。気分転換に続けているブログ、『星の巡礼 シルクロード16000㎞踏破の旅』の<シルクロード・イラン横断編>を仕上げたので上梓した。 

 

今日も一日、神の導きに感謝である。

 

The new coronavirus, which is approaching a certain end in Asia, is still showing its rage in many parts of the world, causing many deaths. In particular, I am deeply distressed by the news of the spread of infection in Brazil and the United States, which were the destinations. The other day, I went shopping and noticed that I didn't wear a mask. I would like to continue the manners of wearing a mask that cares for each other and handwashing to protect my family.

 

Before the rainy season, I sweated and worked hard to repair the deck, but it was closed with one pillar left. The wooden deck (14 tatami mats) was said to have a useful life of 10 years, but due to the maintenance of antiseptic coating for about 30 years, it has been fooled and its life has been tripled. However, the pillars and crossbars wrapped in many layers of antiseptic on the old deck deteriorated like tattered scrapers, tofu cut with an electric saw, and castella, and I was scared as if I looked into my trunk. .. For the next 10 years, I am working hard to extend the life of the deck and myself.

 

There is a physical limit to the deck modification for the late-stage elderly, and they are forced to take a long-term battle while taking a break. I have finished the <Silk Road-Iran Cross Section> of the blog “The Pilgrimage of the Stars: The Silk Road 16000km Trip” that continues to change the mood, so I was able to finish it.

<shiganosato-goto@hatenablog.com>

I am grateful for God's guidance today as well.

 

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■2020_06_29  蝋梅の實に出会いて・・・

Encounter the fruit of Japanese allspice ...

 

今朝も創世記と同じ朝がやって来た。

また森の生活が始まり、小鳥の小噺に耳を傾け、樹立ちに筋引く木洩れ日に心を寄せ、生活に忙しい昆虫たちのうごめきに感動する朝である。

びわ湖畔の散歩の道すがら新しい命との出会いがあった。

早春に黄色い花を咲かせる蝋梅も緑濃い葉をつけ、逞しい枝に無数の果実をつけていた。わが家にも蝋梅の木があるが、いづれも果実をつけることなく、驚きの出会いである。

その密やかなたたずまいといい、繊細な色彩を施した表情は、沈黙の似合う美しき姿である。

なんと素敵な時の流れにおのれを沈めていることであろうか。

素敵な出会いに感謝である。

 

《 人知れず 實を隠しおる 蝋梅の 

         ひとに重ねし 坐する姿や 》

  ―ひとしれず みをかくしおる ろうばいの 

               ひとにかさねし  ざするすがたやー

 

This morning, the same morning as Genesis came.

It is the morning when the life of the forest begins, listening to the little birds , attracting the attention to the daylight of the trees, which makes the trees stand, and moving the insects busy in their lives.

There was an encounter with a new life along the way of lake Biwa.

The plum blossoms, which bloom yellow flowers in early spring, also had dark green leaves now, and numerous branches with a lot of fruits.

There is a Japanese plum tree in my house, but it is a wonderful encounter without any fruit.

Its secret appearance and delicately colored expression is a beautiful figure in silence.

What a wonderful time it is!

Thank you for your rich encounters.

 

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■2020_07_14  アヤソフィア :  ビザンチン建築の最高傑作>

<Hagia Sophia: A masterpiece of Byzantine architecture>

 

現在、ブログ『星の巡礼 シルクロード16000㎞踏破日記』の中で、トルコ編を書き綴っている。

その最中、トルコ大統領がイスタンブールにあるアヤソフィア博物館をイスラム教のモスク(寺)に戻すという声明をだしたことを知った。

報道とともに世界各地でアヤソフィアのモスク(イスラム寺院)への回帰に反対する声が持ち上がっている。

 

《 悲劇なる 血に染まりしや アヤソフィア 

        同床異夢の アツラーとマリヤ 》

  ―ひげきなる ちにそまりしや アヤソフィア 

               どうしょういむの あつらーとまりやー

 

シルクロード西進途上、イスタンブールの元キリスト教大聖堂でありイスラム教モスクであったアヤソフィア博物館で、世界でも代表的なキリスト教イスラム教とが同居する空間に坐り、ビザンチン建築の最古傑作といわれるアヤソフィアの数奇の運命をたどってみたことを想い出したのである。

そこには、聖母マリアに抱かれた幼子イエスや洗礼者ヨハネ聖母マリアに囲まれたイエスのモザイク画

とともに、イスラム教のメッカの方向を示すミフラーブや、金の文字でアツラーやイスラム預言者の名が刻まれた黒い円板が同一空間に飾られ、世界平和のシンボルとして輝いていたことをおぼえている。

アヤソフィアは、自由な空間であって欲しいと願う一人である。

https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2020/07/11/115026

 

<Hagia Sophia's masterpiece of Byzantine architecture>

 

I am currently writing the Turkish edition in my blog, “The Pilgrimage of the Stars: The Silk Road 16000km Diary”.

In the meantime, I learned that the Turkish President made a statement to return the Hagia Sophia Museum in Istanbul to the Islamic mosque.

Along with the press, there are voices all over the world against the return of Hagia Sophia to the Mosque (Islamic Temple).

 

On the way to the west on the Silk Road, at the Hagia Sophia Museum, which was the former Christian cathedral and Islamic mosque in Istanbul, sit in a space where Christianity and Islam, the world's representative, live together. I remembered trying to trace the mysterious fate of Hagia Sophia.

There is a mosaic of Jesus surrounded by the Virgin Mary's infant Jesus and the Baptist John and the Virgin Mary.

At the same time, remember that Mihrab, which shows the direction of Islamic Mecca, and the black disk in which the names of Atsura and Islamic prophets were engraved in gold letters were displayed in the same space and shined as a symbol of world peace. There is.

https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2020/07/11/115026

Hagia Sophia is one who wants a free space.

 

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左 : アヤソフィア(博物館)   Wikipedia

右 : アヤソフィアの天井にあるマリアに抱かれた幼子イエスのモザイク画と、

    大きな円板に見られるイスラム聖者の名前が同居する

 

 

 

■2020_07_21   亡き母生誕114年目

114th anniversary of the birth of his late mother

 

梔子(クチナシ)の花を摘み、母の短歌遺作集を読み返している。

今は亡き明治39年生まれの母の114回目の誕生をささやかに祝うとともに、その子としてこの世に生を受けた恩寵、神の恵みと慈しみをかみしめている。

 

《 氏の息吹   隅々にまで ただよへる 

          旧居を訪ね 心洗わる 》 初子

  ―しのいぶき すみずみにまで ただよへる 

               きゅうきょをたずね こころあらわるー

 

この短歌は、母の目白における卒業論文志賀直哉と文学」の集大成として、晩年、志賀直哉の旧居である奈良学園セミナーハウスを訪れた時の作品である。

母はまたここ志賀の里をもこよなく愛し、庭に咲く梔子(くちなし)の花をめで、その匂いにこころ寄せる姿が美しくもあったことを想い出している。わたしも一句・・・

 

クチナシの 母の姿や 月のなか 

         懐かしき影 宿りてうれし 》 實久

  -くちなしの ははのすがたや つきのなか 

               なつかしきかげ やどりてうれしー

 

梔子の花を愛でる母の在りし日の姿が、月に映えてその影が宿っている。なんと懐かしいことであろうか。

 

I am reading back my mother's collection of TANKA(Japanese short poem) works.

Now, while celebrating the 114th birth of mother born in 1891, I worship the grace of God as a child of this world.

My mother also loves Shiga-no-Sato here, and I remember that the smell of the flower of Cape-jasmine flowers in our garden made her feel beautiful. I have a phrase...

 

The appearance of the mother's day when she loves Cape jasmine's flowers shines in the shadow of the moon. How nostalgic it is!

 

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■2020_08_02 デッキ改修が完了し、新作の囲炉裏で祝杯をあげた。

The deck renovation was completed, and we celebrated with the new hearth.

 

5月当初、新型コロナウイルスの外出自粛も長くて2か月ほどで終息するものとデッキ改修を始めた。しかし、改修完了と共にウィルスの終息ではなく、より大きい第二波が襲ってきている。

大好きな山歩きも当面先に延ばし、階段の上り下りで弱った足腰を鍛えておきたい。

 

《 一人でも ひとりじゃないよ うぐいすの 

         森に染み入る  いのち奏でし 》

  ―ひとりでも ひとりじゃないよ うぐいすの 

                 もりにしみいる いのちかなでし-

 

周りの森では、何事もなかったように今朝も鶯がのんびりと詠い、蝉たちも命の限り鳴きさけび現世を生き抜いている。お互い新型コロナウイルスによる自粛の中でも、励ましあい精一杯生きたいものである。

 

The deck renovation was completed, and a toast was given at the new hearth“IRORI”.

At the beginning of May, the new type of coronavirus refraining from going out started to be completed in about two months, and the deck repair was started. However, with the completion of the renovation, not the end of the virus but a larger second wave is attacking.

I would like to extend my favorite mountain walk for the time being, and train the weakened legs as the stairs go up and down.

 

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■2020_08_03      自画像を贈られた   Be given a self-portrait

 

 

《 自画像に 己見るなり 恥ずかしさ 

         見透かれし友 誰かな君は 》

  ―じがぞうに おのれみるなり はずかしさ 

                みすかれしとも だれかなきみはー

 

 

『 今日のイラスト365+55は、尊敬して余りある「後藤實久さん」を。デザイン専門学校時代からお世話になり、ニューヨークでナンバーワン歯科技工所を開業されている時、

ニュージャージの家で1週間居候させてもらったこと鮮明に覚えている。

引退後は自然いっぱいの志賀の里で、エキサイティングなアドベンチャーライフを楽しんでおられる。真似のできない人生の大先輩のお一人。

 

       2020(令和2)年8月2日  イラスト&文 奈良盤雄 』

 

                        

Today's illustration 365 + 55 is "Mr. Sanehisa Goto" who is too respected. Design college days When he was opening the number one dental laboratory in New York, I vividly remember being at home in New Jersey for a week. After retiring, enjoy an exciting adventure life in Shiga no Sato, which is full of nature. I am in. One of the great seniors in life that cannot be imitated.

       August 2, 2020 (Reiwa 2) Illustration & text Iwao Nara 

 

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■2020_08_04   コロナウイルスに向き合う   Face the coronavirus

 

全世界に疫病が蔓延し、人類崩壊へ向かうのか、新しい秩序への助走なのか、自由主義全体主義に席を譲ろうとしているのであろうか・・・不安の流れに映る夕陽は、山をどす黒く染めていく。

 

揺蕩うと 流れし時の 蝉しぐれ 

        夕焼け染める 山のあなたや 》

      ―たゆたふと ながれしときの せみしぐれ 

                ゆうやけそめる やまのあなたやー

 

そして、定まらない時の流れに 蝉たちが夕暮れの刹那の向こう側にある夢の世界にむかって、不安を吹き飛ばすように鳴き叫んでいる・・・

 

いまこそ内なる声に導かれるときのような気がする・・・

 

Whether the plague is widespread all over the world and it is going to collapse humanity, is it a run to a new order, or is liberalism trying to give up seats on totalitarianism?

The setting sun, which is in the flow of anxiety, dyes the mountains black.

 

And in the flow of uncertain times, the cicadas may be screaming to blow away their anxiety toward the dream world on the other side of the moment at sunset.

 

We feel like we are now being guided by our inner voice...

 

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                                                       高島トレイルの神々しい夕陽 

               

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                                                      高島トレイルの希望あふれる夕焼け

 

 

 

 

■2020_08_06    森のかすかな光に誘われて

Invited by the faint light of the forest

 

早朝の森は、小さな命が輝き、満ち溢れるている。

蝉たちは鳴き叫び、小鳥たちはお喋りに忙しく、虫たちは静かに聴き入っている。

今朝もまたかすかな命の光あふれる森に、わたしを誘ってくれるのである。

 

《 かすかなる 命ひかりし この森の 

          導きの手や われ誘いし 》

    ―かすかなる いのちひかりし このもりの 

                みちびきのてや われいざないし―

 

誘われるままにブナの木に耳を近づけてみると、その喜びの声が伝わってきた。

―ありがとう、君に出会えるなんて嬉しいんだ。よく来てくれたね。-

 

The early morning forest is when little life shines and overflows.

The cicadas scream and sing, the birds are busy talking and the bugs listen quietly.

This morning, God invites me to the forest, which is full of faint light.

As I approached the beech tree as I was invited, I heard the voice of joy.

" Thank you, I'm glad to meet you. You came a lot. "

 

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■2020_08_16   敗戦記念日を迎えて

 the anniversary of the defeat

 

猛暑がつづくなか、新型コロナウイルスの第二波が猛威をふるっている。自宅での自粛待機にも限界があり、外に飛び出して草刈りや、伸び切った樹木の枝の剪定に汗した。家周りがさっぱりしたことはもちろん、何といっても己の鬱積したエネルギーを発散することが出来、身も心も軽くなったことを喜んでいる。

 

《 コロナなる 疫病慣れし 人々や 

         手洗いマスク うわの空かな 》

  ―ころななる えきびょうなれし ひとびとや 

                  てあらいますく うわのそらかなー

 

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この夏も75回目の敗戦記念日を迎えた。戦争犠牲者、日本人約310万人、米国人約17万人、関係国犠牲者数約2000万人という膨大な犠牲者の上に太平洋戦争は終息を見たのである。平和の尊さを肝に銘じ、戦争無き世を望みたいものである。

 

続けているブログも、「星の巡礼 シルクロード踏破16000㎞の旅日記」の内、ギリシャに立寄り<幻のアトランティス大陸>の古代遺跡を駆け巡ってみた。

 

 

 

shiganosato-goto.hatenablog.com

 

 

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                                            デロス古代遺跡ギリシャエーゲ海・デロス島にて)

                                               Sketched by Sanehisa Goto

 

As the heat wave continues, the second wave of the new coronavirus is in full swing. There was a limit to the self-restraint waiting at home, and I jumped outside to mow and sweat on the branches of trees that had grown up. Not to mention the refreshing atmosphere around the house, I am delighted that I was able to release my accumulated energy and lighten my body and soul.

This summer marks the 75th anniversary of the defeat. The Pacific War had come to an end with a huge number of victims: 3.1 million Japanese, 170,000 Americans, and 20 million in the countries concerned. With the preciousness of peace in mind, we would like to hope for a world without war.

In the ongoing blog, in the “The Pilgrimage of the Stars: The 16000km Trip Diary of the Silk Road”, I stopped by Greece and ran through the ancient ruins of the <phantom Atlantis Continent> floating in the Aegean Sea.

 

 

 

■2020_08_25   バイク<HONDA-MAGNA 50cc>去る

Bike <HONDA-MAGNA 50cc> leave

 

終活をむかえ、体力に耐えないオートバイも処分の日を迎えた。約21年の間、日本中を駆け巡ったホンダ<MAGNA 50>との別れの日である。

先に長年親しんだパートナー、ハーレーダビッドソンとも別れているので寂しくなる。

パートナーとの別れは格別である。最後の日、洗車し、錆である染みも愛くるしく見えるボディをきれいに磨き上げた。去りゆく君を想い詠んでみた・・・

 

《 お別れの 悲しき日来て 君の背や

          エンジン響く 雄姿蘇りし 》

  ―おわかれの かなしきひきて きみのせや 

                 えんじんひびく ゆうしやどりしー

 

With the end of life, motorcycle that could not withstand gravity reached the day of disposal. It was a day to say goodbye to Honda <MAGNA 50>, who ran all over Japan for about 21 years.

I am so sad to be parting with a partner. On the last day, I washed the motorcycle and cleaned up the body that looks adorable with rust stains. I thought about you as be going away and wrote a phrase・・・

The sad day of farewell to you has come. Looking off your back, I remember your strong figure that made the engine sound.

 

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                        日本一周中のホンダ・マグナ50

 

 

 

■2020_08_25   花に生まれて<ランタナ

Born in a flower <Lantana>

 

散歩をしていると、ランタナの花が語りかけてきた。

その肉厚の花びらを持つ福よかな顔たちを輝かせて、あなたは幸せですか、と問いかけているようである。

 

《 賑やかに  踊りしランタナ 七変化 

         優雅まといて 我を仰ぎし 》

  ―にぎやかに おどりしらんたな ななへんげ 

                 ゆうがまとい われをあおぎしー

 

As I was taking a walk, the lantana flowers spoke to me. It seems that you are asking if you are happy, shining the blissful faces with the thick petals.

 

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■2020/09/13  立木の伐採

Cutting of standing trees

 

台風による大木(直径約30㎝3本)の屋根への寄りかかりを取り除くためにチエンソーを使って伐採することになった。ボーイスカウトで習った伐採法を思い出しながら、切れ込みを入れるが思うように倒れてくれないから大変である。伐採した木は、乾燥させ、暖房やキャンプファイアの薪として利用することにしている。炉で燃え盛る火は幾つになっても男のこころを怪しく燃えたたすものである。

 

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《 生きし木に 聴こゆる鼓動 耳に当て 

        お詫び入れてや 鋸をあてにし 》 

  ―いきしきに きこゆるこどう みみにあて 

                 おわびいれてや のこをあてにし ー

 

 

一方、コロナウイルスによる長引くステイホームで、ブログ『星の巡礼 シルクロード16000㎞踏破日記』も順調に最終章<イタリア・ルート編>を迎えた。

 

 

shiganosato-goto.hatenablog.com

 

 

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              サン・フランチェスカ大聖堂(アシジ・イタリア)

                         Sketched by Sanehisa Goto 

 

シルクロード最終地であるローマ近郊アッシジにあるサン・フランチェスカ大聖堂で無事の踏破を感謝し、祝福を受けた。

I was blessed to thank for my successful passage at the Cathedral of San Franceska in Assisi, near Rome, the final destination of the Silk Road.

       

 

It was decided to use a chain saw to cut down large trees (3 trees with a diameter of about 30 cm) due to the typhoon in order to remove the leaning on the roof. Recalling the logging method I learned from the Boy Scout, I made a cut, but it didn't fall down as I expected, so it's difficult. The felled trees will be dried and used as firewood for heating and campfires. The fire that burns in the furnace suspiciously burns the heart of a man.

On the other hand, the blog "Journey of Silk Road 16000km -Traversal Diary" has steadily reached the final chapter <Italian Route> at a long-term stay home caused by the coronavirus.

 

 

 

 

■2020_09_15 コロナによる悲しいびわ湖花火大会中止

Sad Lake Biwa Fireworks Festival Canceled by Corona

 

ここびわ湖の夏の風物詩である大津港花火大会が、コロナウイルスの蔓延で中止を余儀なくされた。

残念である。

 

《 コロナなる 疫病散りし びわの湖 

         花火待たるる いつの日かや 》

      ―ころななる えきびょうちりし びわのうみ 

                  はなびまたるる いつのひかや―

 

The Otsu Port Fireworks Festival, a summer feature of Lake Biwa, was forced to be canceled due to the spread of the coronavirus. It was a shame.

 

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                                                 びわ湖 大津花火大会 (2019年度)

               Sketched by Sanehisa Goto

 

 

 

Facebook2020_09_16  秋の登山口整備に汗を流す

Autumn mountain trail-entrance maintenance

 

わが家はびわ湖バレーのロープウエーの山麓駅近くにあり、秋になるとたくさんの観光客が比良の山々を楽しむ。またここには、多くの登山愛好家が利用する比良登山の「(金毘羅峠ルート)蓬莱山登山口」(現在、倒木により閉鎖中)と「(打見山ルート)木戸登山口」がある。今日は恒例の登山道整備のボランティアの日である。鋸・鉈・鎌・枝鋏をもって「木戸登山口標識」の周りの野薔薇・雑木を刈り、夕暮れに下山する登山者の安全・安心・安堵の道標を整備してきた。毎年、比良の山々では多くの遭難者がでている。心して山を楽しみたいものである。登山届の提出・転倒滑落防止の体力づくりの事前準備・迷ったら戻る・早めの下山を心したい。

 

《 道迷い 地図も読めぬや パニックに 

          一息つきて 戻るがベスト 》

  ―みちまよい ちずもよめぬや ぱにっくに 

                 ひといきつきて もどるがべすとー

 

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             f:id:shiganosato-goto:20201219175533j:plain

                                 比良山系 蓬莱・打見山<木戸登山口>の整備

 

 

Our house is near the foot of the ropeway station in the Lake Biwa Valley, and many tourists enjoy the mountains of Hira in the fall. In addition, there are "(Konpira Pass Route) Mt. Horai Climbing Entrance" (currently closed due to fallen trees) and "(Uchimiyama Route) Kido Climbing Entrance" of Hira Mountaineering. Today is the annual volunteer day for mountain trail maintenance. I have mowed wild roses and miscellaneous trees around the "Kido mountain climbing entrance sign" with a saw, hatchet, sickle, and scissors, and have prepared a guidepost for the safety, security, and relief of climbers descending at dusk. Every year, many victims come out in the mountains of Mts. Hira. We want to enjoy the mountains with all our heart. We want to submit a mountain climbing notification, prepare in advance to build physical strength to prevent falling and slipping, return if we get lost, and go down the mountain early.

 

 

 

 

■2020_09_24 孫たちからのプレゼント ジジ&ババ似顔絵 と 大作ドラゴンの画

Presents from grandchildren Gigi & Baba caricature and masterpiece dragon drawing

 

《 孫の目に 映る爺婆 笑いおり 

        ただただ優し 似顔絵ありや 》

 ―まごのめに うつるじじばば わらいおり 

                ただただやさし にがおえありやー

 

孫たちの目に、爺婆はいつもにこやかで優しく映っているのであろう。笑いの似顔絵を描いて送ってくれた。特に、男の子はドラゴンが大好きで、男の子らしい巨大なドラゴン戦士の絵をかいてくれた。

 

 

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In the eyes of our grandchildren, Jiji-Baba(Grandpa & Grandmom ) are always smiling and tender. A load of laughter drew a picture and sent it to me. In particular, boys love dragons and drew pictures of boyish dragon warriors.

 

 

 

■2020_09_29   シーカヤック解体収納

Sea kayak dismantling storage

 

米国ニュージャージ在住時、息子が在籍していたボーイスカウト隊(ABS NJ11)のスタッフとしてデラウエア―川でカナディアンカヌーの漕ぎ方を教え、川下りをしたあと、シーカヤックに転身した。

1号艇(ドイツ製クレッパー/Klepper)をびわ湖底に沈め、現在の2号艇(モンベル製アルファック)に乗り換えてから、約半世紀のシーカヤック人生を楽しんできた。

終活の一環として、次世代にバトンを引き継ぐため、フォールディング・カヤックを洗い、解体収納して劣化を防ぐことにした。

カヌーによる穏やかな川下りや、シーカヤックによる荒海との戦いは、わたしの人生を豊かなものにしてくれた。感謝である。

 

《 荒海の 人生漕ぎし カヌー乗り 

         独りたどるや 北斗七星 》

   ―あらうみの じんせいこぎし かぬーのり 

                ひとりたどるや ほくとしちせいー

 

 

2号艇<アルフェック・ARFAQモンベル社製 日本2006年製シーカヤック二人乗り・日本海常神半島および琵琶湖で帆走を楽しむ>

 

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       シーカヤックによるびわ湖一周挑戦の勇姿を友人が描いてくれた

                Sketched by Iwao Nara

 

When I lived in New Jersey, USA, he taught how to row a Canadian canoe on the Delaware River as a staff member of the Boy Scout Troops (ABS NJ11) where my son was enrolled, and after going down the river, I turned into a sea kayak.

I have enjoyed the sea kayaking life for about half a century since I sank the first boat (Klepper made in Germany) to the bottom of Lake Biwa and switched to the current boat No. 2 (Alfac made by Mont-bell).

As part of the end of life, in order to pass on the baton to the next generation, I decided to wash the folding kayak, disassemble and store it to prevent deterioration.

The calm river rafting by canoeing and the fight against the rough seas by sea kayaking enriched my life. Thank you.

 Boat No. 2 <Alfeck ARFAQ made by Montbell Japan 2006 sea kayak two-seater, enjoy sailing on the Sea of ​​Japan Tsunegami Peninsula and Lake Biwa>

 

1号艇<クレッパーaerius-545-classic-side ドイツ1973製シーカヤック二人乗り>

木製フレーム・布キャンバス/ラダー・帆付き(米国NY在住時大西洋ロングビーチで帆走・びわ湖横断中に強風「比良八講おろし」に遭遇、2008年夏沖島付近で沈)

Boat No. 1 <Klepper aerius-545-classic-side German 1973 sea kayak two-seater>

Wooden frame / cloth canvas / rudder / with sail (Sailed at Atlantic Long Beach while living in NY, USA ・ Encountered strong wind "Hira Hakkou Grated Wine" while crossing Lake Biwa, sank near Oki-Shima Island in summer 2008)

 

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ユーコンリバー360㎞川下りに使用したカナディアン・カヌー

Yukon River 360km Canadian-canoe used for river canoeing

 

shiganosato-goto.hatenablog.com


 

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■2020_10_04    『星の巡礼 比良大縦走―リトル比良トレッキング』

比良縦走<打見山~釈迦岳/リトル比良~音羽ルート>を歩いてきた

 

Pilgrimage of the Stars Hira Great Traverse-Little Hira Trekking

We walked the Hira traverse <Mt. Uchimi- Mt. Shaka - Little Hira-Otowa route>.

 

<母なる峰々にいだかれて>

山に入ると、緑に満たされ人間本来の姿である胎児の気持ちにさせられる。そこには原始のこころが宿り、雄大な樹海を泳いでいるような安寧を味わうのである。緑の覆いのほころびから漏れ来る太陽の光が、まるで命あるシャワーのように降りそそぎ愛の賛歌を歌い上げてくれる。今回もまた比良山系の神々の峰にいだかれて、比良大縦走のうち<リトル比良ルート>を、パートナーを同伴し、ゆっくりと歩を進めてきた。

 

《 抱かれし 母なる峰に 枕して 

          沈みし夜空 星流れしや 》

  ―いだかれし ははなるみねに まくらして 

                しずむよぞらに ほしながれしやー

 

<Being in the mother's peaks>

When entering the mountain, it is filled with greenery and makes you feel like a foetation, which is the original human figure. There, the primordial heart dwells there, and you can enjoy the peace of mind as if you were swimming in the magnificent sea of trees. The sunlight leaking from the cracks of the green cover pours down like a living shower and sings a hymn of love. This time as well, I was struck by the peaks of the gods of the Hira Mountains, and took a slow walk along the <Little Hira Route> of the Hira Mountains with my partner.

 

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10:00 am 打見山山頂(1108m)から、蓬莱山(1174m)をバックにスタートする

びわ湖を見下ろす神々の棲む比良の峰々に爽やかな風が吹き抜けている。

 

10:00 am Start from the summit of Mt. Uchimi (1108m) with Mt. Horai (1174m) in the background A refreshing breeze blows through the peaks of Hira, where the gods live, overlooking Lake Biwa.

 

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■2020_10_5~7 <Go To トラベル 立山連峰散策>

Tateyama mountain range walk

 

Go To トラベルの呼びかけに賛同し、立山黒部アルペンルートの紅葉に色づき始めた立山連峰を散策してきた。しかし、新型コロナウイルスによる観光地の疲弊を目の当たりにして愕然とした。多くの飲食関係、宿泊先が臨時休業に追い込まれ、開業しているところでさえコロナウイルス対策<うつさず・うつされず>に対し予約宿泊を半減し、涙ぐましい努力をされ頭の下がる思いであった。万全の対策をしていまこそわれわれも消費行動を起こし、経済活動に参加すべき時ではないかと思う。

約40万年前に隆起して出来上がったといわれる立山連峰の少し早い紅葉・黄葉をマスクをして楽しんできた。

 

《 コロナなる 疫病暗き この世にて 

           懐温し 自然の恵み 》

  -ころななる えきびょうくらき このよにて 

               ふところぬくし しぜんのめぐみ―

 

In support of the call for Go To Travel Campaign, I took a walk in the Tateyama mountain range, where the autumn colors of the Tateyama Kurobe Alpine Route began to change color. However, I was shocked to see the exhaustion of tourist spots caused by the new coronavirus. Many restaurants and accommodations were forced to take temporary closures, and even when they were open, I thought that I would be depressed by making a tearful effort by halving the number of reserved accommodations against the coronavirus countermeasures <depression / depression>. .. I think it is time for us to take consumer action and participate in economic activities after taking all possible measures.

I have enjoyed wearing a mask on the slightly early autumn colors and yellow leaves of the Tateyama mountain range, which is said to have been raised about 400,000 years ago.

 

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               紅葉の立山アルペンルート 

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               紅葉の立山室堂より立山連峰を望む

 

 

 

■2020_10_11スケッチ『秋の立山黒部の峰々』

Sketch "Autumn Tateyama Kurobe Peaks"

 

立山黒部アルペンルートを散策したおり、紅葉した美しい立山を囲む連峰をノートブックに描き残してきた。

立山黒部をも含む日本アルプスは、太平洋岸より日本海へ抜けたアルプス大縦走、百名山完登途次の各峰登頂、アルプス裏銀座縦走や立山連峰縦走、穂高連峰縦走というロマンの山旅つづけ、それも単独で楽しんできた懐かしい峰々で満ちている。

今回初めて、立山黒部アルペンルートを利用し、日本アルプスの裏側から登頂した峰々や縦走した壮大な山並みを眺めてきた。一歩一歩たどった思い出の足跡をこの目で確かめ、楽しむことが出来たことを喜んでいる。

 

《 黒部なる ロマンの峯も 暮色映え 

          彩り換えて 衣散りしや 》

  -くろべなる ろまんのみねも ぼしょくはえ 

                いろどりかえて ころもちりしやー

 

 

As I strolled along the Tateyama Kurobe Alpine Route, I left a notebook drawing of the mountain range surrounding the beautiful autumn colors of Tateyama.

The Japanese Alps, including Tateyama Kurobe, continue to travel in the romance of the Alps, which runs from the Pacific coast to the Sea of Japan, climbs each peak on the way to the completion of 100 famous mountains, runs Uraginza in the Alps, runs along the Tateyama mountain range, and runs along the Hotaka mountain range. , It is also full of nostalgic peaks that I have enjoyed alone.

For the first time, I used the Tateyama Kurobe Alpine Route to see the peaks that climbed from the back of the Japanese Alps and the magnificent mountain range that ran vertically. I am glad that I was able to see and enjoy the footsteps of the memories I followed step by step.

 

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                                             立山   一ノ越2700mより後立山連峰を眺める

 

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                                                    立山黒部アルペンルートより立山連峰を望む

 

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                                             立山 一ノ越2700mより中央アルプス裏銀座縦走路を望む

 

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                                             一ノ越より 立山室堂・みくりが池方面を見下ろす

 

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                                               立山     一ノ越より槍ヶ岳を背景に竜王岳2872mを望む

 

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                 立山室堂より峰々をスケッチ                                          立山室堂より剣岳スケッチ三景

 

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                    立山室堂より立山連峰(上)  

              立山 大観峰2316mより裏銀座縦走コース(下)を望む

 

 

 

■2020_11_06 比良山の空中庭園・八雲ケ原(湿原)の紅葉散策

A walk through the autumn leaves of the Hira Mountains Yakumogahara Marsh"

 

今年も美しい日本の紅葉の季節がやって来た。

標高1000m級の比良山系の紅葉は今が見ごろである。

11月の初旬、比良山系標高900mに広がる広大な八雲ケ原湿原、天空の庭園と呼んでいる紅葉のパラダイスは湿原から流れ出る小川の流域に広がる。

紅葉散策へのルートは、イン谷口(250m)より正面谷(比良川)の険しい急登<青ガレ>を登りきって、金糞峠(かねくそとうげ 881m)を越える。

峠を越え、坊村・中峠方面へ直進、西へ下ると、間もなく右手より八雲が原入口に出て、空中庭園をつらぬく小川をさかのぼる。この間の流域の紅葉が真っ盛りで、思わずその美しさに歓喜の声をあげた。

 

《 染まり往く 比良の峰々 衣替え 

         八雲の池で 握りほほばる 》

  ―そまりゆく ひらのみねみね ころもがえ 

                やくものいけで にぎりほほばるー

 

比良山八雲ケ原湿原の美しい紅葉の風景はブログでご堪能いただきたい。

 

shiganosato-goto.hatenablog.com

 

すでに枯葉に彩られたヤクモ池(910m)で、あたたかいインスタントラーメンとお握りを頬張り、北比良峠(962m)よりダゲ道を下山し、イン谷口にもどった。

下山路であるダゲ道での標高差に見られる紅葉もまた、赤黄葉から黄緑葉、そして緑葉に変わる紅葉の絶妙な混合配色が味わえて楽しい。

比良山系の1000m以上の山頂付近(11月5日現在)はすでに落葉し、現在標高1000~500m間の紅葉が真っ盛りである。今年の11月中下旬、標高500~200m間が紅葉に染まると思われる。

高山での紅葉観賞にはフリースやダウンの防寒服を持参することをおすすめする。

今回も、パートナーに助けられ8時間の紅葉登山に、気持ちいい汗をかいてきた。

 

比良山の空中庭園・八雲ケ原(湿原)の紅葉散策でカメラに収めた移りゆく秋の風景をお楽しみいただければ幸いである。

 

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            比良山 八雲が原 八雲池にて(右奥・武奈ヶ岳

                Sketched by Sanehisa Goto

 

Walking around the autumn leaves of Hira Mountain's aerial garden Yakumo-ga-Hara (wetland):

 

At Yakumo-Pond (910m), which was already colored with dead leaves, we took on warm instant noodles and rice cakes, descended the Dage-Road from Kitahira Pass (962m), and returned to In-Taniguchi.

The autumn colors seen in the difference in altitude on the downhill road, Dage-Road, are also fun to enjoy the mixture of the colors of the autumn leaves that change from red-yellow leaves to yellow-green leaves and then to green leaves.

The leaves have already fallen near the summit of the Hira Mountains over 1000m, and the autumn leaves are currently in full bloom at an altitude of 1000-500m. In mid-November, the area between 500 and 200m is expected to be dyed with autumn leaves.

We recommend bringing a fleece or down jacket to see the autumn leaves in the high Mts.

I sweated comfortably for 10 hours of climbing the autumn leaves with the help of my partner,again.

 

I hope that you will enjoy the changing autumn scenery captured by the camera while strolling through the autumn leaves of Yakumogahara (wetland), an aerial garden on Mt. Hira.

 

 

 

■2020_11_12    秋の花蕾<はなつぼみ>

Autumn flower buds

 

散歩で出会ったマサキや椿の花蕾に語りかけられて、家に持ち帰って飾ってみた。彼らに似合う花瓶を選ぶのも楽しい。

 

《 浮世なる 命見たさや 花つぼみ 

          透かせし光 覗く我おり 》

  -うきよなる いのちみたさや はなつぼみ 

                すかせしひかり のぞくわれおりー

 

まだ見ないこの世の命見たさに、花咲を待っている椿の子らは、透かした光を通してのぞき見する姿に、己を重ねてみた。

 

I was told by Masaki(Japanese spindle tree) and camellia flower buds that I met on a walk, and I took them home and decorated . It's fun to choose a vase that suits them.

The camellia children waiting for blooming to see the life of the world that they haven't seen yet, I tried to overlap themselves with the appearance of peeping through the open light.

 

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                                   蕾もつマサキと椿の投げ入れを楽しむ

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                                 マサキの蕾                                                             ツバキの蕾

 

 

 

■Facebook2020_11_23 かずら温泉の紅葉を訪ねて(四国祖谷の里)

Visit the autumn leaves of Kazura Onsen (Shikoku Iya no Sato-Hot Spring)

 

《 無の風に おのれ見つめし 紅葉花 

        神の息吹や すみずみまでも 》

       ―むのかぜに おのれみつめし もみじばな 

                かみのいぶきや すみずみまでもー

 

ただ一枚のモミジに目を止めてみると、そこには微かな風に体を震わせて、見つめるわたしに応えているモミジに出会う。モミジ一枚にもその役割があり、その存在に意味を感じる一瞬である。はかなくも散りゆく命が、この世に輝くひと時でもある。

実に美しいこの世の営みに感嘆する。

人も又おなじ美しい存在であることをうれしく思う。

 

Visit the autumn leaves of Kazura Onsen / Hot Spring

(Iya no Sato, Shikoku, Japan,)

 

When I stop my eyes on just one leaf of maple, I meet him that is responding to me, shaking his body with a faint breeze. One maple also has that role, and it is a moment when I feel the meaning of its existence. It is also a time when the ephemeral life is shining in this world.

I admire the beautiful activities of this world.

I am glad that people are also the same beautiful beings.

 

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                                  かずら温泉ホテルの紅葉 と ケーブルカーで行く天空の露天風呂

                 Kazura Onsen Hotel's autumn leaves and an open-air bath in the sky by cable car

 

 

 

 

Facebook2020_11_26木洩れ日に遊ぶ蕾(つぼみ)たち

Buds playing in the sunlight through the trees

 

《 落葉射す 木洩れ日淡き 裏庭で 

        コーヒー片手に 蕾たらんと 》

  -おちばさす こもれびあわき うらにわで 

               こーひーかたてに つぼみたらんとー

 

裏庭に出て、コーヒー片手に初冬の柔らかい陽を頬に浴び、マシュマロのように膨らみを感じるのが大好きである。周りの花蕾も私の分身のように目を閉じて太陽に向かい幸せを噛みしめているではないか。平和である。

 

I love going out into the backyard, basking in the soft early winter sun on my cheeks with a cup of coffee and feeling the bulge like a marshmallow. The flower buds around me also close their eyes like me and face the sun, biting happiness. It is so peaceful.

 

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                                       甲武信(こぶし・バレリーナ)の花蕾(はなつぼみ)
                                                     Flower buds of Kobushi (Ballerina)

 

 

 

■2020_11_28  仲間を偲びて

In memory of our friend:

 

今日は、天に帰って行った仲間を偲ぶ集いがある。

ここ志賀の里の藪ツバキは、満開である。互いに美しさを競う様は生きる喜びを表している。

そのようななか、一生を終え地に落ち、天に帰って行った藪ツバキに出会った。黄昏の静寂の中、満ち足りた響きを残して・・・

 

《恥じらいて 姿隠すや 藪つばき 

        たそがれ野道 落つる音かな》

 -はじらいて すがたかくすや やぶつばき 

               たそがれのみち おつるおとかな-

 

Today, there is a gathering in memory of our friend who went back to heaven. The bush camellia in the village of Shiga-no-Sato is in full bloom. Competing for beauty with each other represents the joy of living. Under such circumstances, I met a camellia that had fallen to the ground after a lifetime and returned to heaven. In the silence of twilight, leaving a satisfying sound ...

 

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■2020_12_03   紅葉山麓に達する

Reach the foot of autumn leaves

 

ここ12月上旬の志賀の里―比良山系の紅葉は、標高400mより山麓にかけて真っ盛りである。

人知れず散りゆくものは美しいものである。

 

《 満ち足りて 散りゆく紅葉 教えしや

        続きし我ら かくありなんと 》

  -みちたりて ちりゆくもみじ おしえしや 

                つづきしわれら かくありなんと-

 

満ち足りた顔で散りゆく紅葉達は、われわれ人間も<われただ足るを知る=吾唯足知>ことを学んでほしいと教えているようである。

 

The autumn colors of the Shiga no Sato-Hira Mountains in early December are in full bloom from an altitude of 400m to the foot of the mountain. Things that are scattered unknowingly are beautiful.

The autumn leaves scattered with a satisfying face seem to teach us human beings to learn to "I just know, what is enough".

 

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■2020_12_05 還りゆく命

Returning life - Reincarnation

 

一生を終えた枯葉たちが、地上に散り、みんなで第九を歌いながら煙となり、祈りのなかアメージング・グレイス③をハミングし、燃え尽きて天に帰っていく様は清く、美しい。

お互いまた会おうね、と言いながら・・・

 

《 柔光の 染み入る一葉 終えし身や 

         燃えて昇りし 化身の祈り 》  

    -にゅうこうの しみいるいちよう おえしみや  

                もえてのぼりし けしんのいのり-

 

多くの危険、苦しみと誘惑を乗り越え、
私はすでにたどり着いた。
この恵みがここまで私を無事に導いた。
だから、恵みが私を家に導くだろう。 (アメージング・グレイス③より)

 

 

It is pure and beautiful that the fallen leaves that have finished their lives are scattered on the ground, singing Symphony No.9 together and becoming smoke, humming Amazing Grace ③ in prayer, burning out and returning to heaven. While saying that we will meet each other again ...

 

Through many dangers, toils and snares.
I have already come;
'Tis grace has brought me safe thus far,

And grace will lead me home. Amazing grace③>

 

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2020_12_07   冬支度の溝掃除(雪対策)

Cleaning the ditch for winter preparation (snow measures)

 

毎年師走を迎える前に、雪に備えての溝掃除と、夏の間に繁った雑草を刈ることにしている。

Before December, I plan to clean the ditch in preparation for snow and mow the weeds that grew during the summer.

 

《 雪迎え 溝にたまりし 枯葉とり 

        血管ふさぐ デブリス似たり 》

         ―ゆきむかえ みぞにたまりし かれはとり 

                けっかんふさぐ でぶりすにたりー

 

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                                         雑草に覆われた溝の草刈りから始める

 

 

 

■2020_12_13大津絵の世界に遊ぶ

Play in the world of Japanese Traditional Folk Painting “Otsu-E”

 

わがボーイスカウト仲間 篠田常生氏から「令和2年 現代大津絵展」開催の案内状が届いた。

わたしも居を構えている大津市、この際、郷土の民画<大津絵>の魅力を探ってみたいと出かけてきた。

 

《 大津絵の 民あざむきし ユーモラス 

         異なる寄せ絵や 含み笑いし 》

  ―おおつえの たみあざむきし ゆーもらす 

                 いなるよせえや ふくみわらいしー

 

大津絵は、模写する愛好者の手によって、その表情や情景の豊かさを変え、取り合わせを変えることによって、進化を続ける世にも珍しい民画である。

版画的要素に、手を加える点描によって作品の強弱を表現する方法もまた庶民的で親しみが持てる。彩色もシンプルで、その古色になんとも言われない素朴さを感じるのである。

 

My boy scout fellow-Mr.Tsuneo Shinoda, sent me a letter of invitation to hold the "2021 Contemporary Otsu-E Exhibition".

So I went out to see the charm of Otsu-E (Japanese Traditional Folk Painting).

Otsu-e is a rare folk painting that continues to evolve by changing the richness of its facial expressions and scenes and the combination of the paintings by the hands of copying enthusiasts. The method of expressing the strength and weakness of the work by modifying the print elements with pointillism is also popular and familiar. The coloring is simple, and I feel the simplicity of the old colors.

 

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       友人・篠田常生氏の軸装作品大津絵「傘さし美人」と「鬼の三味線」の前で

 

 

 

 

2020_12_17 初雪 と雪帽子   First Snow &  Snow Hat

 

ここ志賀の里の森は、初雪に歓喜の声をあげている。

散る紅葉たちが雪の妖精と出会い、恥じらう姿に、幼少期に歌った童謡・雪<雪やこんこ>を懐かしく思い出し、口ずさんだ。

今年も、暮れゆく師走を迎えて、寒さも一段と厳しくなってきた。

焚火に火照るのも又うれしい。

 

《 初雪に 散る散る紅葉 恥じらいて 

        思い出せしや 雪やこんこン 》

  -はつゆきに ちるちるもみき はじらいて 

               おもいだせしや ゆきやこんこンー

 

雪やこんこ 霰(あられ)やこんこ 降っても降ってもずんずん積もる

山も野原も 綿帽子かぶり 枯れ木残らず 花が咲く

 

Here, a forest in Shiga-no-Sato , the first snow is crying out for joy. The fall foliage meets the snow fairy, and when she is ashamed, she hums, remembering the nursery rhymeYuki” <Yuki-ya Kon-ko> that I sang in my childhood. This year as well, the cold weather has become even more severe with the arrival of December. It's also nice to shine on a fire.

 

真っ白な雪の帽子をかぶってのファッションショー、庭木の顔が凛々しく輝いている。

冬陽というスポットライトを浴び、雪帽子の形が変わり、消えゆく様は、人の世の常をみているようである。

 

《 会えたよと 庭木嬉しき 雪帽子 

         姿変えしや  淡き冬陽に 》

  ―あえたよと にわきうれしき ゆきぼうし 

              すがたかえしや あわきふゆひにー

 

A fashion show wearing a pure white snow hat, the face of the garden tree is shining dignifiedly. In the spotlight of winter sun, the shape of the snow hat changes and disappears, which seems to be the norm in the human world.

 

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                                                   2020/12/17 16:30 初雪の降り始め

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            一晩降り続いた積雪 2020/12/18  06:30 

             15:00頃には完全に雪は溶け消滅

 

 

 

■2020_12_19  一枚のCDが届いた <One DVD arrived

 

周防大島の荘厳寺 白鳥文明老師より一枚の自作DVD<PB81南半球旅行>が届いた。

感謝である。

いまから6年前だろうか、ピースボートの船内で京都の美術大学で彫塑を学ばれた異色の老師と出会い、知遇をえた。老師は、船内の絵画教室を主宰し、自主企画で仏法の教えを講じられ、乗船客である老若男女の人生相談に耳を傾け、寄港地ラバウルでの戦没者の慰霊に尽くされるなどお役目を率先されておられた。

わたしは、そのお心の優しさに招かれていまなお人生考を学ばせていただいている自称弟子の一人である。

 

ピースボート ぎゅっと詰まりし 語り部の 

           喜怒哀楽や 人生航路 》

  -へいわせん(平和船) ぎゅっとつまりし かたりべの 

                きどあいらくや じんせいこうろ―

 

《 蓮の船 泥掻き混ぜし 大海の 

           七情乗せし 煩悩菩提 》

 -はすのふね どろかきまぜし たいかいの 

               しちじょうのせし ぼんのうぼだい-

 

A self-made CD <PB81 Southern Hemisphere Trip> has arrived from Shogonji Temple in Suou-oshima Island. Thank you for it.

Six years ago, I met a unique old master who studied sculpture at an art university in Kyoto on the Peace Boat, and got acquainted with him. The old master presides over a painting class on board, teaches Buddhism on his own initiative, listens to life counseling for men and women of がall ages, and serves as a memorial service for the war dead at the port of call Rabaul.

I am one of the self-proclaimed disciples who are invited by the kindness of his hearts to still learn life thoughts.

 

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■2020_12_20  冬の雨垂れ Winter raindrops

 

ここ志賀の里は、一転して冷たい雨である。多分、大雪になりそうだ。

明けやらない闇に響いてくる軒下の雨滴音に耳を傾けていると、夜の帳(とばり)に、年(歳)の瀬を想うのである。

 

 

《 軒の下 雨垂る朝の 静けきや 

        明けゆく帳 静寂染まりし 》

  -のきのした あまたるあさの しずけきや 

              あけゆくとばり しじまそまりしー

 

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Here in Shiga no Sato, it is a cold rain. Maybe it's going to be heavy snow. When listening to the sound of raindrops, I think of the year end

in the darkness dawn of the night .

 

 

 

 

2020_12_25  2020回目の聖誕日・クリスマスの日に

 

いまから丁度20年前、ディアスポラという民族離散を経て、ユダヤ人のシオニズム運動により始まったパレスチニア帰還。建国に燃えていたイスラエルを縦断し、旧約と新約の聖書の世界を歩いてきた。2020回目の聖誕日・クリスマスの日にようやく旅日記をとりまとめることが出来た。

マリアが受胎告知を受けたナザレ、イエス生誕地であるベツレヘムを訪れた日を懐かしんでいる。

 

《 諸人の 喜び溢れし 命満ち 

        今ぞ生まれし 君を称えよ 》

  ―もろびとの よろこびあふれ いのちみち 

              いまぞうまれし きみをたたえよー

 

 

 


 

2020th Holy Day / Christmas

Exactly 20 years ago, after a diaspora ethnic group, they returned to Palestine, which was started by the Jewish Zionist movement. I traversed Israel, which was burning in the founding of the country. I walked through the world of the Old and New Testament Bibles. Finally, I was able to put together a travel diary at that time.

I miss the day when I visited Bethlehem - the birthplace of Jesus, Nazareth - Mary received the Annunciation.

 

 

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   モーセ率いるイスラエル人が40年間彷徨した旧約の世界を歩く(ネゲブ砂漠で)

Walk the Old Testament world (in the Negev Desert) where Moses-led Israelis have wandered for 40 years.

 

 

 

■2020_12_28 今年もまたに出会った

I met the Japanese allspice again this year.

 

今年も暮れゆく寒空のもと、京都伏見の実家の庭より移植した思い出深き蠟梅の花が咲いた。老木ゆえに花の色も香りも弱々しいが、生き続けてくれる姿に感銘を受けるのである。

 わたしも年を重ねたものである。みなさんからの祝いを糧に今少し励みたい。感謝である。

 

《 蝋梅の ほのかに香る 朝坐禅

  ―ろうばいの ほのかにかおる あさざぜん-

 

《 蝋梅も 生かされし身や 七拾九 》

 -ろうばいも いかされしみや しちじゅうきゅう-

 

Under the cold weather this year as well, the memorable Japanese allspice flowers transplanted from the garden of my parents' house in Fushimi, Kyoto bloomed. The color and scent of the flowers are weak because they are old trees, but I am impressed by how they continue to live.

I am also old. I would like to encourage you a little now with the celebration from everyone. Thank you.

 

 

 

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■2020_12_30 新年迎える歳末大掃除
Year-end cleaning for the new year
 
積雪の比良の峯を眺めながら、老いてもコントロールできるホンダ・スーパーカブ・プロ110で墓参ツーリング、風切るオートバイの爽快さを忘れられないものである。
帰宅してからは、年納め恒例の窓ふき、床のワックス掛け、玄関のタイル磨き、雪の準備と心地よい汗をかいた。
 
《 カブ走る 彦根路さやか 墓参り 
           新年迎ふ 花も嬉しや 》
 -かぶはしる ひこねじさやか はかまいり 
            しんねんむかふ はなもうれしや-
 
While looking at the snow-covered the Hira mountains, I can't forget the exhilaration of a motorcycle touring to the grave with the Honda Super Cub Pro 110, which can be controlled even when I am old.
After I got home, I wiped the windows, waxed the floor, polished the tiles at the entrance
window cleaning, prepared the snow as annual, and sweated comfortably.
 
 

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■ 2020_12_31 雪の大晦日  Snow New Year's Eve
 
目を覚ますと白銀の世界、わが家の木々が美しい雪のマントを着飾って嬉しそうである。
ここ志賀の里の雪の妖精たちの美しいシルエットをご紹介しよう。
 
《 疫病の 過行く暮の 埋もれ雪 
         詠いしこころ 温もりありて 》
  -えきびょうの すぎゆくくれの うもれゆき 
              うたいしこころ ぬくもりありて―
 
新型コロナウイルスも、埋もれ雪と共に年を越しつつある。雪の妖精は、温もりある歌声で新しい年を迎えようとしている。
When I wake up, I am happy to see the world of pure silver, and the trees in my house dressed up in a beautiful snow cloak.
The new coronavirus is also passing over this year with buried snow. The Snow Fairy is about to be welcome the new year with a warm singing voice.
 

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■2020_12_31 今年最後の満月<Last COLD MOON in this year>
 
大雪の一瞬を裂いて、今年最後の満月である寒月<Last Cold Moon>が天空に顔を出してくれた。
 
《 夜半見る 寒月冴えし 闇の里 》
-やはんみる かんげつさえし やみのさと-
 
令和2年(2020)最後の夜、雪降る暗闇の志賀の里の夜空を裂いて、一瞬美しい寒月(コールド・ムーン)である満月が姿を見せてくれた。希望の満月に見えたひとも沢山いたであろう。くる年は希望に満ち、平和でありますように・・・
感動である。
On the last night of the second year of Reiwa (2020), the full moon, which is a beautiful cold moon, appeared for a moment, tearing through the night sky of the snowy dark Shiga-no-Sato.. I think there were many people who looked like a full moon of hope.
May the coming year be full of hope and peace ...
I'm impressed.
 

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<Photo- Last Cold moon in this year – 31/12/2020 19:28 Otsu-Shiga, Japan >
 
 
 
■2020_12_大晦日   2020年を顧みる

 

新型コロナウイルスという疫病に閉じ込められ、

お陰で、家族で観る<鬼滅の刃>がヒットし、

結局、GO TO キャンペーン(経済)と疫病は共存できず、

SNSに振り回され、真実とフェイク(嘘)を見極めることが出来なかった。

 

共産主義大義と理想が崩れ、独裁の道具として利用され、

民主主義国家である米国が分裂し、絶対的優位性が崩れ、

不安定な世界に変貌し、新たなる冷戦の戸口に立った年であった。

 

共産主義が隠ぺいに走り、市場経済・自由と平等を標榜し、

AI・IT・SPACEの覇権をにぎり、国際ルールを破壊し、

人権を、イデオロギーという国権で強制束縛するという世界秩序に挑戦する国家が成立した年でもあった。

 

宇宙・経済・情報支配をスローガンとし、共存共栄を破壊し、一国集中の強権を確立し、世界の覇権を握るための国家政策を進める国が現れた年であった。

 

領海を線引き強奪し、他民族を矯正し、同化させ、愛国心を持たせるという帝国主義的押し付け政策で領土拡張、世界制覇をもくろむ独裁国家が肥大化し、戦争がまた繰り返されるのではないかと危惧する年でもあった。

 

新型コロナウイルスへの全世界的一致した対策をとれないでいる現状は、すでに人類滅亡に向かっている一歩であるといってよいだろう。なぜなら発生源を絶対に認めず、事実を隠匿することは、協力しての原因究明、対策立案、医療対処、ワクチン開発に障害であるからである。

 

安全と自由、平等と繁栄、信仰と真実、誠実と努力、地域と国際(グローバル)という人類共通の理念が曖昧になり、相互不信に陥った年であったともいえる。

 

お互いを理解し、お互いを許し合うという人類愛の基本に対峙する強固な信念が薄れてきた年かも知れない。

 

人類の競争、国家間の競争に、明るい未来と、夢を追及するという理想が失われた年ではなかっただろうか。

 

いまこそ、ひとり一人が平和を望み、自由を愛するという確固たる信念と姿勢が必要であることを痛感させられる年であった。

 

自由と平和、平等と信条を守るためには、強い意志と覚悟が必要である。

くる年が平和でありますように・・・

ご多幸を祈ります。

 

Looking back on 2020   at Shiga-no-Sato>

Trapped in a plague called the new coronavirus, Thanks to that, the <Kimetsu no Yaiba> that we watch with our family became a hit,

After all, the GO TO campaign (economy) and the new coronavirus cannot coexist,

We were swayed by SNS and could not distinguish between truth and fake (lie).

 

The cause and ideals of communism collapsed, and it was used as a tool for dictatorship.

The United States, a democracy, splits and its absolute superiority collapses.

It was a year of transformation into an unstable world and standing at the door of a new Cold War.

Communism runs in hiding, advocating market economy, freedom and equality, take control of AI, IT and SPACE, destroy international rules,

 

It was also the year when a nation was established that challenged the world order of forcibly binding human rights with the national right of ideology.

 It was the year when a country emerged with the slogans of space, economy, and information control, destroying coexistence and co-prosperity, establishing the power of one-country concentration, and advancing national policies to seize world hegemony.

I am afraid that the war will be repeated again as the territorial waters are delineated, the other races are corrected, assimilated, and the patriotism is imposed by the imperialist policy to expand the territory and expand the territorial nation with the intention of conquering the world.

 

It was also a year. It can be said that the current situation in which global unanimous measures against the new coronavirus have not been taken is already a step toward the extinction of humankind.

This is because concealing the facts without recognizing the source is an obstacle to cooperative investigation of the cause, planning of countermeasures, medical treatment, and vaccine development.

 

In a year of mutual distrust, the common philosophies of security and danger, freedom and binding, equality and prosperity, faith and dictatorship, truth and falsehood, honesty and effort, and region and international (global) became ambiguous.

It can be said that there was. It may be the year when the strong belief in confronting the basics of human love to understand each other and forgive each other has diminished.

Wasn't the year that the ideal of pursuing a bright future and dreams was lost in the competition of humankind and the competition between nations?

It was a year that made us realize that each and every one of us needs a firm belief and attitude to desire peace and love freedom.

Freedom and peace, equality and beliefs require strong will and determination.

 

It seems that the coming year is peaceful.

 

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          良いお年をお迎えください

           Have a nice New Year !

 

 

 

          《 2020 志賀の里 歳時記 》

 

                  

 

 

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2020『星の巡礼 志賀の里歳時記』Ⅰ

『2020志賀の里・歳時記』 Ⅰ (1月1日~5月19日)

2020 Shiga-no-Sato Glossary of seasonal words (for haiku poets)

 

2020(令和2)年は、コロナウイルスに始まり、コロナウイルスに終わる疫病の年となった。

ここ志賀の里は、過疎の地だが、近くにあるびわ湖バレーは全国から観光客を集める賑やかな山である。

コロナの三密から逃れ、新鮮な空気や自然にいだかれるためにやってくる人があとを絶たない。

一日も早く疫病を克服し、自然を愛でる生活に戻れることを祈るものである。

日本国民一人ひとりが、すべてを犠牲にし、耐えた一年であった。

お互いをたたえ、誉めたい。

 

ここに、<2020志賀の里 歳時記>を書き加え、令和2年を締めくくりたい。

 

2020 (Reiwa 2) was the year of the plague that started with the coronavirus and ended with the coronavirus. The village of Shiga is a depopulated area, but the nearby Lake Biwa Valley is a lively mountain that attracts tourists from all over the country. There is no end to the people who come to escape from the Three Cs of Corona and get into the fresh air and nature. We pray that we can overcome the plague as soon as possible and return to a life that loves nature. It was a year of enduring at the expense of everything. I want to honor each other.

 

I would like to add <2020 Shiga's Saijiki> here to finish the second year of Reiwa.

“Saijiki” is a glossary of seasonal terms for haiku composers.

 

 

■2020_01_01   2020(令和2年)1月1日 元旦

HAPPY NEW YEAR  

 

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         明けましておめでとうございます 

         HAPPY NEW YEAR

                                                           

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                                           2020年 元旦  後藤實久

                                     

 

 

 ■2020_01_11 満月のもと美酒に酔い漢詩を吟ず

Under the full moon, get drunk with sake and sing Chinese poetry

 

ここ数日、令和2年の初満月が比良や鈴鹿の峰々に微笑みかけている。

美酒「越乃寒梅」の熱燗に酔い、鯖街道踏破の途次 昨初冬の

満月のもと花脊峠で詠んだ漢詩五言絶句《酔月酒》を高らかに吟じて、

楽しんだ。

 

<鯖街道踏破ブログ:shiganosato-goto.hatenablog.com>

shiganosato-goto.hatenablog.com

 

For the past few days, the first full moon of Reiwa 2(2020) has been smiling at the peaks of Mts.Hira and Suzuka. Drunk with the hot sake of the sake "Koshinokanbai", the process of traversing the Saba Kaido ( Japanese ancient trekking road). in the early winter of last year,the five-word Chinese poetry "Suigesshu" that was sung at the Hanase Pass under the full moon. Enjoyed it.

 

 

          漢詩《酔月酒》  後藤實久作

 

         凛月下初冬    凛として 月下の初冬

      酔美酒独酌    独り酌み 美酒に酔ふ

      濡頬落流星    落ち来る 流星頬濡し

      了鯖道共仏    仏と共に 鯖街道了る

 

           りんとして げっかのしょとう

           ひとりくみ びしゅうによう

           おちくるりゅうせい ほほぬらし

           みほとけとともに さばかいどうおえる

 

 

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■2020_01_28  手書き便に薫る墨の匂いがいい

The smell of ink scented on handwritten flights is so nice.

 

《 手書き便 蝋梅愛でつ 想ふ君 》

  -てがきびん ろうばいめでつ おもふきみー

 

手書き、それも毛筆による炭香る便りはめったにお目にかかれなくなった。そんな一枚を見つけて友の生き方を味わうのもまた老人の喜びである。

 

I rarely see the charcoal-scented news from handwriting and brushstrokes. It is also an old man's pleasure to find such a piece and enjoy the way of life of my friend.

 

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「 謹賀新年 凛と生き 矍鑠を祈る 」

 ―きんがしんねん りんといき かくしゃくをいのるー

 

庭に咲いた蝋梅を愛でながら、

友からの手書きの賀状を読み返している。

歳をとっても凛と生き、丈夫で元気な老人たれと友はいう。 

(矍鑠―かくしゃく― 年をとっても丈夫で元気なさま) 

 

While loving the plum blossoms in the garden,
I am reading back a handwritten greeting card from my friend.
He is telling me even if you get older, you are a durable, healthy old man.

 

 

 

■2020_02_06  雪の精 Snow Fairy

 

ふわふわと雪の精が天から舞い降りてくる。

待ちに待った志賀の里の初雪・冬景色である。

Fluffy and snow spirits come down from heaven. The long-awaited first snow and winter scenery of Shiga-no- Sato.

 

《 出会いてや 夢受け止めし 雪の精 》

     ーであいてや ゆめうけとめし ゆきのせいー

 

天から落ち来る雪の舞を見上げていたら、少し薄口をあげていたのであろうか雪の精が舞い込み、その冷たい雪の精の体温が伝わってくるではないか。幸せを味わう一瞬である。

 

When I was looking up at the snow dance falling from the heavens, I would been opening

a little bit of my mouth.  And then the spirit of the snow would come in, the body temperature of the cold snow would be transmitted. It is a moment to enjoy happiness.

 

《 たわわなる 白き重みの 老いの背や 》

    -たわわなる しろきおもみの おいのせやー

 

初雪の重みにたわむ樹木の枝葉が、あたかも老いた自分の背に見えてくる。 その曲線に何とも言えない親近感を覚え、いつまでも温かい背中のシルエットを眺めていたものである。

 

The branches and leaves of a tree that flex under the weight of the first snow appear as if they were my old back.  I felt an intimacy with the curve and I was kept looking at the warm back silhouette.

 

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■2020_02_13   時が過ぎるのは早いものである。

Time goes by so quickly.

 

《 君想ひ 流離うままに 暮れし日々 

       沈みし残り香 時を見つめし 》

  ―きみおもひ さすらうままに くれしひび 

            しずみしのこりが ときをみつめし―

 

亡き人を想うとは、さすらうままに時が過ぎ、かの人の残り香をなつかしむようなものである。

 

Thinking of the deceased is like passing the time, wandering, and grabbing the remaining incense.

 

今日は大切な人の21回目のメモリアルデーである。お墓にお花を飾り、今日一日彼女を偲びたいと思う。

 

Today is the 21st Memorial Day for a loved one. I want to decorate the grave with flowers and remember her all day long.

 

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■2020_03_07 『星の巡礼 淡路島一周サイクリング老人の旅』

<Awaji Island Cycling Old Man's Journey>

 

淡路島は、古事記にでてくる神話<国生み>の島である。

タイムレースもいいが、風に遊び、雲に導かれ、海と語り、テントを張り、天の川に泳ぎ、俳句を作り、詩吟を吟じる。そして火をおこし、熱いコーヒーを流し込む・・・ロマンチックな2泊3日のサイクリングの旅に出かけてきた。 お互い体を鍛え、コロナに備えよう。

 

《 国生みの たどりし淡路 爺の春 》     

    ―くにうみの たどりしあわじ じじのはるー

 

Awaji Island is an island of mythology <national birth> that appears in Kojiki. Time race is good, but playing in the wind, being guided by clouds, talking to the sea, setting up tents, swimming in the Milky Way, writing haiku, and singing poetry. I set fire and pour hot coffee. I went on a romantic two-night, three-day cycling trip. We train each other and prepare for the corona Virus.

 

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               夕陽に浮かぶ明石海峡大橋

 

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2020『星の巡礼 淡路島一周サイクリング老人の旅』①

https://shiganosato-goto.hatenablog.com/entry/2020/03/04/222114

 


 

 

■2020_03_20   蓬莱山雪中キャンプを楽しむ

Enjoy snow camp on Mt. Horai

 

木蓮が咲くころ、雪中キャンプを楽しみに蓬莱山に登っている。今年は極端に積雪少なく、びわ湖バレーのゲレンデもコロナウイルスの影響もあってか人影もまばらであったが、大自然の美しい夕暮れや夜空に輝く星座に魅了された。寝袋に潜り込んでからの深夜の強風(体感風圧30)にテントごと吹き飛ばさる直前、急遽避難、ヘッドランプを頼りに深夜の撤退下山というハップニングに見舞われた。長年の登山の中での貴重な体験に少し興奮したものである。

 

When the magnolias bloom, I am climbing Mt. Horai looking forward to camping in the snow. There was extremely little snow this year, and although the slopes of the Lake Biwa Valley and the people were sparse due to the influence of the coronavirus, I was fascinated by the beautiful dusk of nature and the constellations shining in the night sky. Immediately before the tent was blown away by the strong wind (experienced wind pressure 30) at midnight after sneaking into the sleeping bag, I was suddenly evacuated and was hit by the happening of withdrawing from the mountain at midnight relying on the headlamps. I was a little excited about the precious experience of many years of mountaineering.

 

《 咆哮の 怯え縮みし 春嵐 》

―ほうこうの おびえちぢみし はるあらしー

 

テントを揺さぶる春嵐の咆哮に、みを縮め怯えた一夜であった。

It was a night that I felt to be scared of a spring storm when I stayed in a tent on the top of Mt. Horai

 

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                 蓬莱山頂の残雪

 

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         残雪淡き蓬莱山頂よりびわ湖西岸を見下ろすテント

 

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             比良山系 蓬莱山頂の落日と地蔵尊

 

 

 

 

■2020/04/29 『星の巡礼 シルクロード踏破16000㎞日記』後編

 <タシュクルガン/中国 ⇒ ペシャワールパキスタン

  Silk Road traversal 16000km diary Part 2

   <Tashkurgan / China Peshawar / Pakistan>

 

 コロナウイルスとのながいお付き合いになりそうである。自宅待機の時間を生かして森の再生に汗を流しながら、『星の巡礼 シルクロード踏破16000㎞日記』を整理し、パミール高原を越えカラコルムハイウエーをバスで走った<中国/タシュクルガン ⇒ ペシャワール/パキスタン>間の日記を書き上げてみた。

It is likely to be a long-term relationship with the coronavirus. Taking advantage of the time spent waiting at home, while working hard to regenerate the forest, I organized the "Star Pilgrimage Silk Road 16000km Diary" and ran the Karakorum Highway over the Pamir Plateau by bus <China / Tashkurgan ⇒ Peshawar / Pakistan > I wrote a diary between them.

 

《 おさまらぬ コロナ踊りや 過ぎし春 》

    ーおさまらぬ ころなおどりや すぎしはるー

 

コロナ騒動がおさまらないうちに春も過ぎてしまった

Spring has passed before the corona turmoil has subsided.

 

お体を大切にされ、人類を震撼させている疫病に耐えて、お互い元気な姿での再会を楽しみにしております。志賀の里にいるわれわれは元気です。

写真は、パキスタン/アフガニスタン国境ハイバル峠にて

We look forward to seeing each other in good spirits, enduring the plague that cherishes our bodies and shakes humankind. We are fine in Shiga-no-Sato. The photo is at the Khyber Pass on the Pakistan / Afghanistan border.

 

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           アフガニスタン ハイバル峠にてガイドと

 

 shiganosato-gotoの日記 (hatenablog.com)


 

 

■2020_05_05  コロナに負けじと風に舞う鯉のぼり

A carp streamer that dances in the wind, losing to Coronavirus

 

《 暗き世も 泳ぎ切るらん のぼり鯉 》

    ―くらきよも およぎきるらん のぼりこいー

 

この世はいまコロナウイルスで暗い気持ちになっているが、鯉のぼり(子供)たちは

大空を元気に泳ぎ切ることであろう。

 

The world is feeling dark now because of coronaviruses, but carp streamers (children) will be able to swim well in the sky.

 

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■2020_05_06  コロナわれ関せずと葱坊主は独り坐禅

    Coronavirus is zazen alone without being involved

 

世間は、コロナウイルスという疫病に騒然となっているが、わが家の葱坊主たちは

我関せずと泰然自若の体である。

 

《 疫病に 独り坐禅や 葱坊主 》

 ―えきびょうに ひとりざぜんや ねぎぼうずー

 

In this world, the plague of coronavirus has been a cause of noise, but the green onions of our family are self-sufficient without any concern.

 

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■2020_05_07  コロナに負けじと溝掃除

No losing to Coronavirus and cleaning the ditch

 

《 梅雨入りや コロナ追いやる 溝掃除 》

    ―つゆいりや ころなおいやる みぞそうじー

 

われわれが現在、深い関係を持っている未知なる新型コロナウイルスは高温多湿、特に太陽光に弱いという説が専門家や、ホワイトハウスから発表されている。その先陣を切って日本は梅雨を迎え、夏場に突入する。疫病の一日も早い終息を願って溝掃除に汗を流した。

 

Experts and the White House have announced that the unknown new coronavirus, which we have a deep relationship with, is weak in high temperature and humidity, especially sunlight. Japan is approaching the rainy season and enters the summer. I sweated to clean the ditch in hopes of ending the plague as early as possible.

 

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■2020_05_10 母の日に寄せて

For Mother's Day

 

わたしたち兄弟姉妹にとって最愛なる母が召天して20年目の母の日、幼い小鹿たちを女手一つで守ってくれた日々が懐かしく、感謝の気持ちでいっぱいである。

 

《 母慕ふ 小鹿の千鳥 怪しげや 

        振り返し笑み いまだ忘れじ 》

  ―ははしたう こじかのちどり あやしげや 

           ふりかえしえみ いまだわすれじー

 

My mother, the beloved mother of our brothers and sisters, celebrated her 20th year of Mother's Day after calling, and the days when she protected the little fawns with her hands are nostalgic and full of gratitude.

 

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■Facebook2020_05_16 義父94歳の誕生を祝って

Celebrating the birth of my father-in-law, 94 years old

 

高齢に伴い老人ホームに入居中の義父に変わって、山里にある実家の庭木を剪定してきた。

どの庭木も義父が慈しみ育てた庭木たち、なかでも老梅の朽ちた大木が玄関先にその姿をさらしている。よく見ると朽ちた老梅に一本の若々しい子梅の腕が天を衝いてその枝を伸ばしているではないか。

命を引き継ぐ、その愛の営みに心震える感動を覚えた。

 

《 慈しみ 義父の育てし 庭木刈る 

         朽ちて老梅 子梅遺せし》

   -いつくしみ ちちのそだてし にわきかる 

              くちてろうばい こうめのこせしー

 

As my father-in-law he grew older, instead of who is living in a nursing home and has been pruning the garden tree of his house in mountain village.
All the trees are grown by his love and kindness, and among them, the old tree of plum exposes itself to the front door.  Look closely, the arms of a youthful plum on it is growing.

I was deeply moved by the love that took over new life.

 

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         義父の生家

 

 

 

■2020/05/19  コロナウイルスからの経済回復

Economic recovery from coronavirus (in Chinese market)

 

中国のコロナウイルス終息宣言からの経済回復速度を見ていたが、案外早く経済システムの回復が見られ驚いている。今後の日本経済回復の目途になるのではないだろうか。

1月23日 武漢都市封鎖

3月20日 アマゾン通販で<AC/DC 変換アダプター>注文

4月5~16日お届け予定日

4月8日  武漢封鎖解除

5月18日 注文商品受領

I was watching the speed of economic recovery from China's declaration of the end of the coronavirus, but I was surprised to see the recovery of the economic system unexpectedly quickly. I think it will be a prospect for the recovery of the Japanese economy in the future.

 

《 春風に 森の妖精 謳いあげ 

       鋸に和してや コロナ散せし 》

  ―はるかぜに もりのようせい うたいあげ 

             のこにわしてや ころなちらせしー

 

コロナウイルスによるステイホームの間、森の再生作業を終え、デッキの改修に取組み、ヨモギ餅づくりを楽しみながらブログ「星の巡礼 シルクロード踏破16000㎞日記⑤―パキスタン編」を仕上げた。

https://shiganosato-goto.hatenablog.com/

 


During the stay home with coronavirus, I finished the forest regeneration work, worked on the deck repair, and finished the blog " Pilgrimage of Star: “Silk Road Crossing 16000 km diary ⑤-Pakistan edition" while enjoying making mugwort rice cake.

 

 

 

 

     

 

 

      『2020志賀の里・歳時記』 Ⅱ 

          (5月19日~12月31日)に続く

 

 

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